第六十五話〜わからず屋には拳を一つ〜
〜???〜
暗い空間の中に意識が浮かび上がる。恐らくはいつもの空間……今回は妙なギミックは無し……流石に赤くなったり足元がベタベタになったりという物よりは気が楽だ。
尤も、この状態自体が既に異常なのだが。
『何で、こんな姿で生まれてしまったのだろう』
どこか絶望したような声が響いてくる。声の主は少し十数歩ほど離れた位置にいるベルゼブブからのようだ。
『僕の友人は皆綺麗な姿をしていた……エキドナ、ヴァンパイア、ドラゴン、アークインプ……同じような高位の魔物だというのに僕は……蝿だ』
友人と談笑する彼女の姿が浮かび上がる。
周囲は気付いていないようだが、彼女の瞳には嫉妬の念がありありと浮かび上がっていた。
もしかしたら本人からの再現映像の可能性もあるので、若干の補正は入っているかもしれないが。
『周りの子は全然気にしない……でも僕自身は劣等感で身が押しつぶされそうだった……』
着飾っている彼女の友人を遠巻きから眺めている彼女が映し出される。
彼女はどこか寂しげにその様子を見ていた。
『滑稽だよね……僕一人で劣等感に苛まれているんだもん。でも、僕にとっては重要な事なんだ』
『そんな気持ちに苛まれているうちに自分でもどうにもならない感情が僕の中を支配していった……』
今まででも暗かった空間がさらにドス黒く……血かなにかのような色に変色していく。
『嫉妬……。自分より綺麗な子に対する羨望がどうしようもなく大きくなってきて……それでもなんとかそれを友人に打ち明けられた。でも……』
これは……つい昨日の光景だろうか。確か吹き抜けの下のベンチにいた時の光景だ。
ベンチの上に彼女自身と彼女の友人らしきアークインプが座っている。
『あの子、言ったんだ……『気にすることはないよ、そんな事』って……』
『そんな事って、何?僕がずっと抱えてきた劣等感がそんな事ってどういう事なの?』
彼女の目から光が失われていき、空間に亀裂が入り始める。
『そうだよね。君は元から可愛いからそんな事が言えるんだよね。僕が感じてきていた劣等感なんて知らないよね。でもね、僕は……』
『モノスゴク、キズツイタンダヨ?』
ベキベキと無数の亀裂で空間がうめつくされていく。やれやれ、本当に……本当にたったこれだけの事で精神の均衡が崩れるのか。
魔物というのは体が人間以上に頑丈でも心の方は大して変わらないのかもしれない。
『本当に、くだらんことで悩むな、お前は』
『クダラナイ?キミニハワカラナイヨネ?ジブンガオシツブサレソウナコノキモチハ……』
嫉妬、か。姿形の事についてはしたことはないが……
『俺の先輩にさ、物凄く強い人がいるんだよ』
何の話だ、と首を傾げる彼女を置いて俺は続ける。
ある意味で俺の独白。ある意味で俺の懺悔。ある意味で俺の夢だった。
『たった一人で敵の群れに突っ込んで纏めて叩き潰すような化物じみた先輩でな。いやはや、目標にするのも無謀な強さだったよ、あれは。』
彼は、強かった。それこそサイバーテロとも言える事件の中核にある巨大な電子兵器をたった一人で、しかも無傷で倒してしまうようなでたらめな凄腕(ホットドガー)だった。
『俺の育ての親に聞いたことがあるんだ。何故俺は彼みたいに強くなれないのかって。なんて言ったと思う?』
『天賦の差、だってよ。俺はどう逆立ちしてもかなわないってさ。でもな、同時にこうも言ってくれたよ。』
それは俺がここまで生きてくる上でのターニングポイントのような物だった。
この言葉のお陰で俺は電脳空間での戦いより現実での戦いに重点を置いたトレーニングを積むようになる。
『お前は電脳空間では全く何もできないが、現実世界では誰にも真似できないような戦い方をする。電脳の海では勝てずとも現実の陸じゃあ誰にも負けないだろ、ってさ』
『現にその頃になると奇襲をすれば師である姉さんにも一割の確率で一本取ることが出来るようになっていたさ。だからな、誰にだってあるんだよ。自分には劣等を感じている反面、誰にも負けないような事がさ』
そう言った途端彼女がケタケタと笑い出す。
精神に直接触るような、背中がぞわぞわとしてくる嫌な笑いだった。
『ダレニモマケナイ?ヒトツカッテモヒトツノコトデダイナシニナッタライミガナイ!』
『容姿にコンプレックスがあるんだったら言ってやる』
殆ど滑るように彼女へと接近し、その細くて小さい肩を掴む。
ベルゼブブという魔物は非常にすばしっこい。本来であれば簡単に避けられていたはずだ。
それだけに今の彼女は完全に憔悴しきっているというのが見て取れた。
『小さくて腕の中に収まってしまいそうな大きさが可愛い』
『……え?』
何を言われたのか分かっていないのか、きょとんとした表情で俺を見上げてくる彼女。
止めること無く矢継ぎ早に追い打ちをかける。
『笑えば太陽のように眩しそうな笑顔になりそうな顔がいい。柔らかくて手触りの良い髪が良い。手の中にすっぽり収まりそうな小さな手が可愛い。釣り目がちだけど人懐っこそうな目が可愛い』
『うぇ……あの……えぇ?』
上手く状況を整理できないようで顔が真っ赤になって目が泳ぎ始める。もうひと押しだ……
『困るとばらばらな方向に彷徨う触覚が可愛い、恥ずかしくなるとりんごみたいに赤くなる頬が可愛い、困ると潤む目が可愛い、まだ言うか?』
『あぅ……あうぅぅ……』
羞恥心が処理許容量をオーバーしたらしく、真っ赤になって俯いてしまった。
まぁこの状態であれば必要以上に自分を貶めたりはしないだろう。
『姿が何だ。お前にはそれを打ち消せるほどに良い所が沢山あるじゃないか』
おそらく彼女の友人もその事が言いたかったのだろう。尤も、うまく説明できずにかえって彼女を傷つける結果になってしまったのかもしれないが。
『ぁ、ありが……とぅ……』
『どーいたしまして』
………………
…………
……
『ぐあぁ……死にてぇ……くせぇ……臭すぎる……』
数分後。正気に返った彼女とは裏腹に数分前の自分の言葉の臭さに自分で悶絶している。
誰か、止めを刺せ。恥ずかしすぎて生きているのがつらい。
『え〜と、その……うれし、かったよ?』
『何故に疑問形だ……』
ようやく立ち直って彼女の方を見るとなぜか俯いてもじもじと手をすりあわせている。
ベルゼブブ特有の仕草のようなものだろうか?
『あ、あのぅ……』
『やめとけ、後悔するから』
『僕まだ何も言ってないよ!?』
だって、なぁ。これまで幾度も似たような感じの奴を見てきた身としてはこれから何が起こるか大体予想が付く訳で……。
そうなると面倒事(女性陣からのまたか、という色々な目)が増える訳で。
『こんな口からホイホイ褒め言葉が出てくる奴の事は信用しちゃいかん。騙されて捨てられるぞ』
『捨てる……の?』
『う“……』
今のは少し軽率だっただろうか。というか少なくとも理不尽に女性を捨てるような事は自分としてもしたくない。
『一般論だ、一般論。俺は……しないけどさ』
『よくわかんないよ……』
しょんぼりとうなだれる彼女に苦笑しつつ、垂れてしまった触覚のある頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
『ま、俺じゃなくてもいい奴は見つかるさ。』
『君じゃ、ダメなのかな?』
そう涙目で俺を見上げてくるなっての……情が沸くから。
『これ以上周囲にロリを増やしたくない。5人もいたら身が持たん』
『まぁ拒否されてもついて行っちゃうんだけどね』
『やめろよ!?』
じゃれるように背後に乗っかってくる彼女の重さを感じつつ、周囲が光に包まれて意識が遠のいていく。
願わくば……本当にここでの事を忘れてもらいたい。割と切実に。
〜バレアナ遺跡群〜
「いっつつ……」
「む、目が覚めたか……」
意識が覚醒すると、目の前を鈍色の大きな丸い塊が覆っていた。
あまり働いていない頭でそれが何なのか分析する。頭の裏に感じる柔らかい感触、現在の自分の体勢……あぁ、そうか。ミストが膝枕していてくれたのか。
「済まないな……また甘えることになって」
「私としてはいつでも甘えてもらって構わないのだが?」
そうなると男としても人間としてもダメになりそうなので謹んで辞退しよう。
先ほどの巨大蝿……ベルゼブブは元の姿に戻っていた。
出血も特に無く、安らかな寝息を立てている。
「傷は私が持っている薬で治した。お前がよく怪我をするから常備しておいて正解だった」
「否定しきれないのが痛いな……」
実際俺はよく怪我をする。それも大半が周囲が慌てるような怪我なものだから始末に負えない。自分じゃまだ行けるって思うものばかりだと思うんだけどな。
「ぅ……あれぇ……?いつの間に寝ちゃって……あいたたた!なんか体中痛い!?」
自力で起き上がろうとしてあまりの痛みに再び地面へと倒れるベルゼブブ。
まぁ確かにあれだけ散弾とトラップ浴びせれば全身痛くもなるよな……
「うわ、羽までボロボロ!?何、どうなってんの!?」
「かなり混乱しているみたいだが……大丈夫か?」
「ま、なんとか言い訳してみるよ」
一人じたばたしている彼女の所へ行き、目線を合わせるように屈み込む。
すると何かに気づいたように俺を指さした。
「あ、口がうまい人」
「そこだけ切り取ったように覚えているんかい」
好意を持たれた事に関しては覚えてないのだからある意味僥倖か。
「俺らがツアーガイドをやっている最中に怪物が出たらしくてな。お前は慌てて逃げたが運悪く致死性トラップ地帯に迷い込んで引っ掛かりまくった挙句気を失ったんだ。」
「あれ……そうだっけ?なんだかよく覚えてない……」
覚えていないのであれば好都合だ。このまま有耶無耶にしてこの場を去ってしまおう。
この奇妙な体質のせいでこれ以上周囲にロリキャラが増えるのはゴメンだ。
『警告、生体反応接近中。6時の方向距離30に数1。』
唐突なラプラスからの警告。方角的にはこの吹き抜け底の入り口の一つか。
指定された方向を視界に収める。するとそこにいたのは……
「ふぅん……魔物を更に凶暴化させる宝玉、か。噂には聞いていたけど本当にあったなんてね」
「フウガ……」
昨日の襲撃の張本人……勇者であるフウガ・サイジョウその人だった。
まるで汚物でも見るかのようにベルゼブブを見ている……胸糞が悪くなるな。
「今の魔物は危険じゃない、だっけ?十分危険じゃないか。なんらかのきっかけで凶暴化するならそれは代替わりの前も後もないよ」
「ちが……これは彼女達のせいじゃない!これは俺達の世界の問題だ!」
エクセルシアは本来この世界には無かったはずの物質だ。それがこの世界に持ち込まれてしまったのは明らかに俺達の過失なのだ。そこに彼女達の否はない。
「君がどこから来たのだろうが関係ないよ。条件次第で魔物は危険な生命体に変貌してしまう……僕にとってはこれで十分だ」
彼のマントの中からゴトリと何か丸い物が落ちる。半透明のその中には何か緑白色に光る物が渦巻いて荒れ狂っていた。
「それは僕の魔力を凝縮した魔力球だ。これが弾けると周囲千フィート以内は暴風によって切り裂かれる……もう暫くしたら破裂するから逃げるのも無理だろうね」
それだけ言うと彼がふわりと宙に浮かぶ。
彼の言う通りであれば少なくともこの場に居る俺とベルゼブブ、ミストは助からない事になる。
「おい、待て!」
「僕の使命は人に害をなす魔物を狩る事……それに魔に与する人を狩る事だ。じゃあね、愚かな異端者さん。」
吐き捨てるように言って高速で吹き抜けを上昇していく。残された俺達はただ呆然とするしかなかった。
「どうする、のだ?」
「…………」
絶望的な気持ちで魔力球を見る。そいつは細かく震えてまさに爆発寸前だった。
「この類の魔法って物陰に隠れても波のように広がってくるから文字通り逃げも隠れもできないよ……」
「マジか……」
ミストの馬を飛ばしても逃げきれるかどうか……シュバルツコードで覆い隠しても爆発の威力を抑えきれるか分からない。
「はは……参ったなこりゃ……」
「アルテア……」
何かを決意したかのようにベルゼブブを小脇に抱え、俺と魔力球の間に入るミスト。まさか……
「せめて、私が盾になろう。直撃するよりはマシな筈だ」
「馬鹿はよせって……例え庇われたとしても俺の身体的強度じゃ耐え切れないっての」
昨日の彼の襲撃を思い出す。あの建物を両断した風が四方八方に撒き散らされるのだ……たとえミストといえど防ぎきれるかわからない
『諦めるのは全ての手を試してから……そうではありませんか?マスター』
視界の一部にウィンドウが開く。内容は……兵装の詳細のようだ。
その説明を見る内に胸の内に希望が湧いてきた。
「一か八か……どうせ死ぬならなんでもためしてみるか」
もう間もなく魔力球が爆発する頃。宙に浮かんで僕は眼科の遺跡を見下ろしていた。
入り口辺りには中にいた魔物が出てきて固まっている。
魔力球が爆発したら……次はあれだ。
「もうそろそろ……だね」
正直言ってあの姿の魔物を殺すのは心苦しい事この上ない。
しかし、僕にはもはや帰る場所が教団しか無いのだ。ここまで育ててくれた恩がある以上は……それに逆らうことはできない。
「……ん?」
見ると、遺跡の吹き抜けから赤紫色の光の尾を引きながら何かが上空へと上がってくる。
僕が飛行する時の最大速度とほぼ同じ……あれは一体……
「どけぇぇぇぇぇええええ!」
僕のすぐ隣を猛スピードですり抜けるそれは……先程吹き抜けの底にいた男だった。
鎧の背には先程には無かった見たこともないような機械が取り付けられている。
先ほどの赤紫色の尾はそこから流れ出す光のような物だった。
彼は僕を追い越してさらに上空へと飛び上がり、何かを手放した。
慣性の法則に従ってそれはさらに遥か上空へと打ち上げられ……まばゆい光と共に爆発した。
爆発の余波の爆風……いや、これは……僕の魔力の混じった風……?
まさか……
「あそこから飛び上がって安全圏まで魔力球を投げ飛ばしたって事!?」
あまりの荒唐無稽な処理方法に驚きを隠せない。僕の驚愕をよそに彼はゆっくりと同じ高さまで降下してきた……
いやはや……危機一髪だった。一瞬でも判断が遅れていればあの暴風で全身を切り裂かれていたかもしれない。
『E-Weapon<フライスラスター>……大気圏空中機動用の粒子噴射式推進ユニットです。これで上空高くへと魔力球を運んで爆破、安全圏へ離脱しましょう』
兵装スペックを見せられた時から大体の想像は付いていた。
もしこれで飛ぶにしてもミストやベルゼブブはともかく、彼女の馬までは持ち運べない。
だとしたら一番軽く、現在の状況を生み出している原因を取り除く方法に絞られてしまう。
しかも、それが実行可能な範囲であるのだから迷っている暇は無かった。
「ミスト、ちょっと行ってくるよ。」
「ちょっとで済む事では無いだろうが……止めても無駄なのだろう?」
「そういう事。んじゃ、生きていたら会おうや」
まさに爆発寸前の魔力球を抱え込み、空高くへと飛翔していく。
あとは知っての通り爆破処理が完了。誰一人怪我をすること無く成功したって訳だ。
「それにしても……なにやら作為的な物を感じるな。この推進ユニット」
背後に4,50センチほど突き出た流線型のフォルム。
それはまさにジェットエンジンの吸気口とほぼ同じ作りをしており、アーマーとユニットの境目あたりにあるスリットからは常に赤紫色の粒子が放出され、蝶のようなオプティカルウィング(光子翼)が形成されている。
さらにマイクロミサイルの追加装甲と規格が合っただけでなく、このフライスラスターもダミーコートのアーマー部分とぴったり合うのだ。もはやその場で生成された兵器というよりは元から作ってあった装置に合うエネルギー源……エクセルシアが収まったから使えるようになったという感じがしてくる。
『要は安定して使えればいいのです。技術の出処は気にしないようにしましょう』
「なんだかなぁ……まぁこれのお陰で助かったのだから文句は言えないが」
改めて宙に浮いているフウガの方を見ると怒りに震えるように俯いていた。
「何故……何故邪魔をするんだ……」
「いや、今回の場合邪魔をしないと俺が死んじゃうでしょーよ」
それとも何か。何もせずに無抵抗に殺されろってか。そこらへんの虫だって潰されそうになったら抵抗するぞ。
「あれだけ危険な物だってわかっているのに!何故貴方は奴らを庇う!?」
「危険な物、か。本当にそう思っているのか?」
何故だろうか。その言葉は全然心に響かなかった。
言っている声が震えているからだろうか。それとも俺が真実を知っているから?
いや……恐らくは本心で言っていないからだろう。
「お前は魔物が危険だと自分に言い聞かせている節がある。お前は本当に……魔物が危険だから排除しようとしているのか?」
「黙れ……」
「違うだろう。魔物を排除しなければ自分が自分じゃなくなるから、とかそんな理由じゃないのか?下らないな……お前はそんな事をしなくてもお前でいられるだろうに」
「黙れ、黙れ……!」
彼の周囲に膨大な魔力によって強い陽炎が立ち登り始める。よほど怒っているのか……
それともただ単に駄々をこねているだけなのか。俺としては後者だと思うのだがね。
「いつまでガキをやっているつもりだ。現実を見据えろ。お前が言うような魔物は……とっくの昔にいなくなっているんだ」
「黙れぇぇぇぇえええええ!」
怒り任せに腕を振り、圧縮された空気の塊を俺へ向けて投げつけてきた。
元々攻撃が飛んでくるであろう事は予測できたので楽には避けられたが……
「っとと……これってどうやって操縦するんだ?」
『マスターが考えた方向へ飛ぶようにはなっています。と言うより……』
縦横無尽に飛び回り、無数に投げつけられる空気の刃やら砲弾やらを回避していく。
特別何かをしなくても思い通りに飛んでくれるそれはまるで体の一部かのようだった。
『マスターと私の思考パターンがほぼ同じなのでマスターと私が飛びたい方向が同じという事でもあります。操縦は私が行なっているので実質マスターが飛ばしているのと大して変わりませんね』
「フリートークによる学習ってこれの操縦のためってのも含まれていたりしてな……」
とは言え今は回避に専念……
「そこだ!」
「っ……!?」
ラプラスと話しながらだったためか、回避が遅れてもろに空気弾の直撃コースに入ってしまった。アーマーを装着しているとはいえ……肋骨の1本も覚悟したほうがいいか……!?
──ばふっ──
「……っ?」
「何だ……どういう事!?」
特に衝撃も無く、空気が抜けるような音とともに空気弾がはじけ飛んだ。まさか……異能を消す力に目覚めたか!?
『報告。フライスラスターの噴出する粒子によって魔力が拡散、消失した模様。どうやら魔力を中和する効果もあるようです』
「ですよねー……」
まぁいきなり異能の力が目覚めるなんて都合のいい事が起こる訳が無いわけで……それでもラッキーと言えばラッキーか。
とはいえこれは大きなアドバンテージだ。今までは魔法を使ってくる相手に対してはほぼ無力だったのがある程度は対抗策ができたというわけだ。
「くそっこの!」
「おっと……うぉあ!?」
しかしこの粒子、完璧では無いようで食らえば食らうほど削られる。
つまりこの粒子によるフィールドが消えた瞬間俺は八つ裂きにされる訳で……あまり悠長に状況把握はしていられないな。
「単分子カッター!」
『展開』
俺はあえて銃ではなく、『ナイフ』を選択する。その理由は明白……銃では音に邪魔されてまともな説得を試みることができないからだ。
ダミーコートによるデコイを無数にばら撒き、乱数機動で一気に肉薄する。
3次元空間から迫りくる無数の残像……いかに勇者といえどこのプレッシャーに耐えるのは容易ではないだろう。
「こ、のぉ!」
すると面倒になったのか一気に全方位に向けて空気を爆発させ、衝撃波で消し飛ばそうとする。
当然立体映像にはそんな物は聞かないが、俺自身には効くわけで……粒子によるフィールドが完全に剥がれてしまった。
「しかし、接近さえできれば!」
ナイフを構えて突進してくる俺にようやく気づき、迎撃として腰に差してある剣を引き抜いて一撃を防ぐ。
しかしそこからの鍔迫り合いに持ち込むことが目的だったので逆に好都合だ。
「いつまで駄々をこねているつもりだ!お前がいくら力を振り撒こうと何も変わらない!お前がいくら魔物を排除した所でお前の望むような世界はやって来ないんだ!」
「うるさい!僕には……僕にはもうこれしか無いんだ!」
一気に推進力を上げて俺を弾き飛ばし、再び剣で切りかかってくる。向こうは空中での戦闘に慣れているのだろう……こちらは飛んだばかりなのだから非常に不利だ。
何とかしてこいつの戦意を喪失させるか……もしくは戦闘不能に陥らせなければ。
「ならお前は何なんだ!お前が危険だと言って排除する魔物に力を振るうお前自身は!怪物を狩るつもりで自分が怪物になっていると何故気付かない!」
「違う!僕は……僕は勇者だ!魔を狩るために……故郷を壊されたから……だから!」
もはや自分でも何を言っているのかわからないのだろう。
ほぼ不可避と思われた剣筋はもはや滅茶苦茶に振り回すだけとなり、ある程度距離を取れば容易に回避する事ができた。
「言い訳をするな!自分のした事を見据えろ……自分の姿を見ろ!お前がやっている事はお前の言う『魔物』と同じだ!」
「う、ぁ……うわぁぁぁぁぁああああ!」
がむしゃらに振り回してくる剣を蹴りで手から弾き飛ばし、一気に20メートルほど彼と距離を取る。こいつは一度、頭を冷やさなければまともな判断はできないだろう。
「いい加減……」
『フライスラスター出力上昇中……150、180、200、250、300%突破。EX.LOAD発動。コード<G・フレア>』
赤紫色の粒子が俺の全身を保護するように包み込み、そのエネルギー総量を上げていく。
この煮えたぎる気持ちを……奴にぶつける……目を、覚まさせる!
「目ぇ覚ましやがれ!」
剣を取り落として尚こちらへがむしゃらに向かってくるフウガへ向けて猛然と吶喊する。
突き出すは握り拳……言って聞かない奴には、拳で語る!
「ゲキガン・フレアァァァァァアアアア!!」
突き出した拳とフウガの拳が交錯する。
その拳は互いの頬を捉え、確実なインパクトを与える。
ミシミシと俺の頬からも、彼の頬からも嫌な音が聞こえ、衝撃で両方が大きく後方へとはじき飛ばされた。頬の内側が切れたのか口の中に鉄臭い味が広がる。
結果として、フウガは地面へと向けて真っ逆さまに落ちていき、俺はフライスラスターをラプラスが操縦していたおかげかそのまま浮いていられた。
「もっとその目で……しっかり見てみろよ。お前が思っているよりこの世界は綺麗なもので満ち溢れているはずだぜ?」
さて、なんとかフウガを撃破したのはいいが、先程のパンチが効いてきたのか意識がグラグラと揺れ始める。
「おわ……と……あれ……ぁ……」
意識が遠のくと同時に体がふわりと宙に浮く感覚が。いや、元から浮いているのだからこれは……落下しているのか?
『マスター、気絶しないで下さい!スラスターの出力が下がっています!』
「………………」
『完全に気絶!?』
あぁ、もうなんにも聞こえねぇや……
フワフワと中を浮くような感覚に意識が吸い込まれていく。起きなければならないのに全身に力が入らない。
ここまで来て死因が意識不明による落下死って……締まらねぇにも程があるだろ……
僕は地面へ向けて真っ逆さまに落ちていた。
彼に言われた通り、魔物になっていたのは僕自身だったのかもしれない。
彼女達にとって理不尽に暴力を振りまく僕は……かつての魔物と大差無かっただろう。
「はは……何やってたんだろう……僕は……」
今更になって自分がしてきた事に押しつぶされそうになっている。
あぁ、このまま地面に叩きつけられて死んでしまえば……こんな気持に囚われなくて済むかな。
もう嫌だ……こんな気持ちを抱えながら生きていく自信なんてないよ……
唐突に、ガクンと体が上下に揺さぶられる。
自由落下の状態と違って体が重力によって下向きに引っ張られているのが分かった。
何かに服を掴まれて吊り下げられている。上を見ると……先程吹き抜けの底にいた蝿のような魔物が僕を掴んで懸命に羽ばたいていた。
羽がボロボロになって尚羽ばたいている彼女の顔は真っ赤になり、いかにも辛いであろうというのが安易と見て取れた。
「離してよ……何でこんな化け物を助けようとするのさ……」
「嫌だから!絶対に離さない……見捨てたくなんて無い!」
何故この子は見ず知らずの……しかもついさっきまで自分のことを殺そうとした相手を助けようというのだろう。
「何があったのかは知らないけど!辛いんでしょ!?苦しいんでしょ!?」
「そうだよ……だから……」
「だから!僕が半分持ってあげる!」
僕は彼女が何を言っているのかわからなかった。
でも、分からないなりにも僕はそれに縋りたくなった。
「君の良い所を見つけてあげるから!胸を張れる所を見つけてあげるから!ずっと……ずっと隣にいてあげるから!」
「…………」
「だから、僕の良い所も見つけてよ!手放したくなくなるような所を見つけて、ずっと一緒にいてよ!」
今まで、僕は魔物を狩るという一点でしか必要とされなかった。
変えの効く消耗品としての勇者。拾ってやったのだから恩を返せという要求。
それでもよかった。少なくとも僕は一人にならずに済んだ。それが例え見せかけ上でのギブアンドテイクだったとしても。
でも彼女は……役に立ってくれるだろうという打算も無しに一緒にいてくれると言う。
温かかった。少なくとも、今まで感じたことが無いぐらいに。
自然と、手が彼女の方へと伸びる。彼女はその手をしっかりと、その硬い殻に覆われた手で握ってくれた。
固く、ゴツゴツとはしていたけれど……その手はとても温かかった。
〜宿屋『エクスプローラー』〜
「っ……ってぇ……頭がグラグラする……」
目が覚めると宿屋のベッドの上だった。
先程までの戦闘が夢だったのではないか……とも思ったが、日付はしっかりと1日過ぎている。詰まるところ、あの気絶の後にここに運ばれてそのまま意識が戻らなかったのだろう。
「やっと目が覚めたか……お前は毎度の事ながら私をハラハラさせるな」
「フィー……?」
ベッド脇の椅子ではフィーが呆れ果てたという眼差しで俺を見下ろしていた。
まぁ、こればかりは反論できないのだが。
「あの時気絶して……落下したあとどうなったんだ?」
「私が飛び上がって受け止めた。飛び上がる時の余波で周囲にいた魔物やら人やらを弾き飛ばしてしまったが……まぁ幸い誰も怪我をしなかったという事で許してもらえたよ」
どこの格闘漫画だお前は。
ふと、直前まで戦っていたフウガの事を思い出す。
見た限りではそのまま落ちていたようだが……あの後どうなったのだろうか。
「あいつは……どうなった?」
「あいつ、というとフウガの事か?」
俺が頷くと苦笑交じりに首を振った。一体何が起きたのだろうか。
<フウガ、ふうがぁ……!
<ちょ、ま……きつすぎる……!
壁の向こうから聞き覚えのある少女の声……というか、助けたベルゼブブの声が。
どう見ても情事中です、本当にありがとうございました。
「……把握」
「説明が省けて助かる」
何はともあれこの様子であれば彼がこれ以上無意味に力を振りまく事は無くなるだろう。
自分の事で悩んでいた彼女もいい相手が見つかって万々歳、と。
「おぉ、ようやく目が覚めたか。」
そこに来てタイミングよくミストが部屋の中に入ってきた。
手にはくつくつと音を立てる土鍋のようなものを載せたトレーを持っている。
そういえばやたら腹が減っている。それもそのはず、昨日の昼から何も食べていない上に時間的にもほぼ丸一日経っているのだ。
空腹を自覚すると鍋から漂ってくる匂いが無性に美味しそうに感じられるのだから単純な腹をしている。
「殴られて気絶していただけとはいえ何も食べなければ腹も空くだろう。宿屋の主人が気を利かせて良い物を用意してくれたから食べるといい」
「そりゃいいや。もうすっかり腹ペコだ。一体何を用意してくれたのか……な……?」
部屋のテーブルについて鍋の蓋を開けた途端、言葉が消え失せる。
丸く灰色で平らなものが鍋の中で煮こまれている。ご丁寧にも温度を維持する魔法でも掛けられているのか、いまだに熱々だ。それは嬉しいのだが……これは、アレか?
「ス……ッポン?」
「あぁ、それを食べて是非精を付けてくれと」
鍋の中では魚介系の香り高いダシの匂いが立ち上り、野菜も美味そうに煮えているのだが……スッポン?
「これを食べてどうしろと?」
「ナニをしろと」
「隠すつもりもねぇのかよ」
デュラハンってここまで欲望に忠実だったっけ?
「アルテア、かくなる上はジャンケンでもいいから私に勝ってくれないか?」
「ひっく!いきなりハードルが低くなった!2メートルから10センチぐらいになった!」
ミストに触発されたのかフィーまでもが肉食獣の眼差しで俺を見てきているよ。
どーすんだこの状況。
隣からはギシアンが聞こえてくる。目の前にはスッポン鍋。左隣にヤル気まんまんのミスト。右隣に目が血走って息が荒くなっているフィー。
だれか助けて。
『ちなみにスッポンにはコラーゲンが豊富に含まれており、美肌にも良いそうです。』
「ここでそんな豆知識披露してどーすんだよ」
しかしいつまでも沈黙も停滞もしていられないので……
「とりあえず……3人で食べるか。」
結局3人で仲良くすっぽん鍋を頂いた後、『俺も』頂かれました。
うん、予測可能回避不可能。
「も、むりぃ……激しすぎぃ……」
「嫁入り前の女を捕まえてここまでするとは……責任を取ってもらわなければなるまい」
ただし、なぜかこの日は絶好調でミストの卓越した技にも負けずに打ち負かし、ついでにフィーも骨抜きにできた。スッポンパワーすげぇ。
〜その後、どこかの街〜
「ふうが〜つぎはこっち行こ〜!」
「はいはい、分かったから飛び回らない。周りの人の迷惑になるから」
あれからという物、僕はセルマ……ベルゼブブの彼女と行動を共にしてあちこちを旅して回っている。
勇者をやっていた頃の弊害でぎょっとされることはあるけれど、彼女が隣にいるとなにか合点がいった様子で普通に接してくれる。本当に、有難い事だ。
そして、彼女と共に行動するようになってからは何故か旅費に困らなくなった。
食料も資金も何故か潤沢に入ってくるのはおそらく彼女のお陰なのだろう(現に本人がそう言っていた)。以前の生活を考えると天と地ほどの差がある。
「ねね、あっちの出店で美味しそうなのが売ってるよ!」
「本当に落ち着かないね、君は。」
「早く行かないとここで口の中舐め回しちゃうよー!」
「それはやめて。流石に恥ずかしいから」
後から聞いた話によると僕が殺したと思っていた魔物達や人は全員生きていたそうだ。
以前の僕なら愕然としていたかもしれないけれど、それを聞いた時心から良かったと思えたのはほかならぬ彼女と……あの時の彼のお陰だろう。彼がいなければ僕は今も獲物を求めてさまよい歩く化物のままだったかもしれない。
「セルマ」
「ん、なーに?」
この場にいない彼には言えないかもしれないけれど、せめてこの場にいて言える相手には言っておきたい。
今から考えれば地獄のようだったあの日々から引っ張りだしてくれた、彼と彼女に。
「ありがとう」
「?どういたしましてー♪」
暗い空間の中に意識が浮かび上がる。恐らくはいつもの空間……今回は妙なギミックは無し……流石に赤くなったり足元がベタベタになったりという物よりは気が楽だ。
尤も、この状態自体が既に異常なのだが。
『何で、こんな姿で生まれてしまったのだろう』
どこか絶望したような声が響いてくる。声の主は少し十数歩ほど離れた位置にいるベルゼブブからのようだ。
『僕の友人は皆綺麗な姿をしていた……エキドナ、ヴァンパイア、ドラゴン、アークインプ……同じような高位の魔物だというのに僕は……蝿だ』
友人と談笑する彼女の姿が浮かび上がる。
周囲は気付いていないようだが、彼女の瞳には嫉妬の念がありありと浮かび上がっていた。
もしかしたら本人からの再現映像の可能性もあるので、若干の補正は入っているかもしれないが。
『周りの子は全然気にしない……でも僕自身は劣等感で身が押しつぶされそうだった……』
着飾っている彼女の友人を遠巻きから眺めている彼女が映し出される。
彼女はどこか寂しげにその様子を見ていた。
『滑稽だよね……僕一人で劣等感に苛まれているんだもん。でも、僕にとっては重要な事なんだ』
『そんな気持ちに苛まれているうちに自分でもどうにもならない感情が僕の中を支配していった……』
今まででも暗かった空間がさらにドス黒く……血かなにかのような色に変色していく。
『嫉妬……。自分より綺麗な子に対する羨望がどうしようもなく大きくなってきて……それでもなんとかそれを友人に打ち明けられた。でも……』
これは……つい昨日の光景だろうか。確か吹き抜けの下のベンチにいた時の光景だ。
ベンチの上に彼女自身と彼女の友人らしきアークインプが座っている。
『あの子、言ったんだ……『気にすることはないよ、そんな事』って……』
『そんな事って、何?僕がずっと抱えてきた劣等感がそんな事ってどういう事なの?』
彼女の目から光が失われていき、空間に亀裂が入り始める。
『そうだよね。君は元から可愛いからそんな事が言えるんだよね。僕が感じてきていた劣等感なんて知らないよね。でもね、僕は……』
『モノスゴク、キズツイタンダヨ?』
ベキベキと無数の亀裂で空間がうめつくされていく。やれやれ、本当に……本当にたったこれだけの事で精神の均衡が崩れるのか。
魔物というのは体が人間以上に頑丈でも心の方は大して変わらないのかもしれない。
『本当に、くだらんことで悩むな、お前は』
『クダラナイ?キミニハワカラナイヨネ?ジブンガオシツブサレソウナコノキモチハ……』
嫉妬、か。姿形の事についてはしたことはないが……
『俺の先輩にさ、物凄く強い人がいるんだよ』
何の話だ、と首を傾げる彼女を置いて俺は続ける。
ある意味で俺の独白。ある意味で俺の懺悔。ある意味で俺の夢だった。
『たった一人で敵の群れに突っ込んで纏めて叩き潰すような化物じみた先輩でな。いやはや、目標にするのも無謀な強さだったよ、あれは。』
彼は、強かった。それこそサイバーテロとも言える事件の中核にある巨大な電子兵器をたった一人で、しかも無傷で倒してしまうようなでたらめな凄腕(ホットドガー)だった。
『俺の育ての親に聞いたことがあるんだ。何故俺は彼みたいに強くなれないのかって。なんて言ったと思う?』
『天賦の差、だってよ。俺はどう逆立ちしてもかなわないってさ。でもな、同時にこうも言ってくれたよ。』
それは俺がここまで生きてくる上でのターニングポイントのような物だった。
この言葉のお陰で俺は電脳空間での戦いより現実での戦いに重点を置いたトレーニングを積むようになる。
『お前は電脳空間では全く何もできないが、現実世界では誰にも真似できないような戦い方をする。電脳の海では勝てずとも現実の陸じゃあ誰にも負けないだろ、ってさ』
『現にその頃になると奇襲をすれば師である姉さんにも一割の確率で一本取ることが出来るようになっていたさ。だからな、誰にだってあるんだよ。自分には劣等を感じている反面、誰にも負けないような事がさ』
そう言った途端彼女がケタケタと笑い出す。
精神に直接触るような、背中がぞわぞわとしてくる嫌な笑いだった。
『ダレニモマケナイ?ヒトツカッテモヒトツノコトデダイナシニナッタライミガナイ!』
『容姿にコンプレックスがあるんだったら言ってやる』
殆ど滑るように彼女へと接近し、その細くて小さい肩を掴む。
ベルゼブブという魔物は非常にすばしっこい。本来であれば簡単に避けられていたはずだ。
それだけに今の彼女は完全に憔悴しきっているというのが見て取れた。
『小さくて腕の中に収まってしまいそうな大きさが可愛い』
『……え?』
何を言われたのか分かっていないのか、きょとんとした表情で俺を見上げてくる彼女。
止めること無く矢継ぎ早に追い打ちをかける。
『笑えば太陽のように眩しそうな笑顔になりそうな顔がいい。柔らかくて手触りの良い髪が良い。手の中にすっぽり収まりそうな小さな手が可愛い。釣り目がちだけど人懐っこそうな目が可愛い』
『うぇ……あの……えぇ?』
上手く状況を整理できないようで顔が真っ赤になって目が泳ぎ始める。もうひと押しだ……
『困るとばらばらな方向に彷徨う触覚が可愛い、恥ずかしくなるとりんごみたいに赤くなる頬が可愛い、困ると潤む目が可愛い、まだ言うか?』
『あぅ……あうぅぅ……』
羞恥心が処理許容量をオーバーしたらしく、真っ赤になって俯いてしまった。
まぁこの状態であれば必要以上に自分を貶めたりはしないだろう。
『姿が何だ。お前にはそれを打ち消せるほどに良い所が沢山あるじゃないか』
おそらく彼女の友人もその事が言いたかったのだろう。尤も、うまく説明できずにかえって彼女を傷つける結果になってしまったのかもしれないが。
『ぁ、ありが……とぅ……』
『どーいたしまして』
………………
…………
……
『ぐあぁ……死にてぇ……くせぇ……臭すぎる……』
数分後。正気に返った彼女とは裏腹に数分前の自分の言葉の臭さに自分で悶絶している。
誰か、止めを刺せ。恥ずかしすぎて生きているのがつらい。
『え〜と、その……うれし、かったよ?』
『何故に疑問形だ……』
ようやく立ち直って彼女の方を見るとなぜか俯いてもじもじと手をすりあわせている。
ベルゼブブ特有の仕草のようなものだろうか?
『あ、あのぅ……』
『やめとけ、後悔するから』
『僕まだ何も言ってないよ!?』
だって、なぁ。これまで幾度も似たような感じの奴を見てきた身としてはこれから何が起こるか大体予想が付く訳で……。
そうなると面倒事(女性陣からのまたか、という色々な目)が増える訳で。
『こんな口からホイホイ褒め言葉が出てくる奴の事は信用しちゃいかん。騙されて捨てられるぞ』
『捨てる……の?』
『う“……』
今のは少し軽率だっただろうか。というか少なくとも理不尽に女性を捨てるような事は自分としてもしたくない。
『一般論だ、一般論。俺は……しないけどさ』
『よくわかんないよ……』
しょんぼりとうなだれる彼女に苦笑しつつ、垂れてしまった触覚のある頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
『ま、俺じゃなくてもいい奴は見つかるさ。』
『君じゃ、ダメなのかな?』
そう涙目で俺を見上げてくるなっての……情が沸くから。
『これ以上周囲にロリを増やしたくない。5人もいたら身が持たん』
『まぁ拒否されてもついて行っちゃうんだけどね』
『やめろよ!?』
じゃれるように背後に乗っかってくる彼女の重さを感じつつ、周囲が光に包まれて意識が遠のいていく。
願わくば……本当にここでの事を忘れてもらいたい。割と切実に。
〜バレアナ遺跡群〜
「いっつつ……」
「む、目が覚めたか……」
意識が覚醒すると、目の前を鈍色の大きな丸い塊が覆っていた。
あまり働いていない頭でそれが何なのか分析する。頭の裏に感じる柔らかい感触、現在の自分の体勢……あぁ、そうか。ミストが膝枕していてくれたのか。
「済まないな……また甘えることになって」
「私としてはいつでも甘えてもらって構わないのだが?」
そうなると男としても人間としてもダメになりそうなので謹んで辞退しよう。
先ほどの巨大蝿……ベルゼブブは元の姿に戻っていた。
出血も特に無く、安らかな寝息を立てている。
「傷は私が持っている薬で治した。お前がよく怪我をするから常備しておいて正解だった」
「否定しきれないのが痛いな……」
実際俺はよく怪我をする。それも大半が周囲が慌てるような怪我なものだから始末に負えない。自分じゃまだ行けるって思うものばかりだと思うんだけどな。
「ぅ……あれぇ……?いつの間に寝ちゃって……あいたたた!なんか体中痛い!?」
自力で起き上がろうとしてあまりの痛みに再び地面へと倒れるベルゼブブ。
まぁ確かにあれだけ散弾とトラップ浴びせれば全身痛くもなるよな……
「うわ、羽までボロボロ!?何、どうなってんの!?」
「かなり混乱しているみたいだが……大丈夫か?」
「ま、なんとか言い訳してみるよ」
一人じたばたしている彼女の所へ行き、目線を合わせるように屈み込む。
すると何かに気づいたように俺を指さした。
「あ、口がうまい人」
「そこだけ切り取ったように覚えているんかい」
好意を持たれた事に関しては覚えてないのだからある意味僥倖か。
「俺らがツアーガイドをやっている最中に怪物が出たらしくてな。お前は慌てて逃げたが運悪く致死性トラップ地帯に迷い込んで引っ掛かりまくった挙句気を失ったんだ。」
「あれ……そうだっけ?なんだかよく覚えてない……」
覚えていないのであれば好都合だ。このまま有耶無耶にしてこの場を去ってしまおう。
この奇妙な体質のせいでこれ以上周囲にロリキャラが増えるのはゴメンだ。
『警告、生体反応接近中。6時の方向距離30に数1。』
唐突なラプラスからの警告。方角的にはこの吹き抜け底の入り口の一つか。
指定された方向を視界に収める。するとそこにいたのは……
「ふぅん……魔物を更に凶暴化させる宝玉、か。噂には聞いていたけど本当にあったなんてね」
「フウガ……」
昨日の襲撃の張本人……勇者であるフウガ・サイジョウその人だった。
まるで汚物でも見るかのようにベルゼブブを見ている……胸糞が悪くなるな。
「今の魔物は危険じゃない、だっけ?十分危険じゃないか。なんらかのきっかけで凶暴化するならそれは代替わりの前も後もないよ」
「ちが……これは彼女達のせいじゃない!これは俺達の世界の問題だ!」
エクセルシアは本来この世界には無かったはずの物質だ。それがこの世界に持ち込まれてしまったのは明らかに俺達の過失なのだ。そこに彼女達の否はない。
「君がどこから来たのだろうが関係ないよ。条件次第で魔物は危険な生命体に変貌してしまう……僕にとってはこれで十分だ」
彼のマントの中からゴトリと何か丸い物が落ちる。半透明のその中には何か緑白色に光る物が渦巻いて荒れ狂っていた。
「それは僕の魔力を凝縮した魔力球だ。これが弾けると周囲千フィート以内は暴風によって切り裂かれる……もう暫くしたら破裂するから逃げるのも無理だろうね」
それだけ言うと彼がふわりと宙に浮かぶ。
彼の言う通りであれば少なくともこの場に居る俺とベルゼブブ、ミストは助からない事になる。
「おい、待て!」
「僕の使命は人に害をなす魔物を狩る事……それに魔に与する人を狩る事だ。じゃあね、愚かな異端者さん。」
吐き捨てるように言って高速で吹き抜けを上昇していく。残された俺達はただ呆然とするしかなかった。
「どうする、のだ?」
「…………」
絶望的な気持ちで魔力球を見る。そいつは細かく震えてまさに爆発寸前だった。
「この類の魔法って物陰に隠れても波のように広がってくるから文字通り逃げも隠れもできないよ……」
「マジか……」
ミストの馬を飛ばしても逃げきれるかどうか……シュバルツコードで覆い隠しても爆発の威力を抑えきれるか分からない。
「はは……参ったなこりゃ……」
「アルテア……」
何かを決意したかのようにベルゼブブを小脇に抱え、俺と魔力球の間に入るミスト。まさか……
「せめて、私が盾になろう。直撃するよりはマシな筈だ」
「馬鹿はよせって……例え庇われたとしても俺の身体的強度じゃ耐え切れないっての」
昨日の彼の襲撃を思い出す。あの建物を両断した風が四方八方に撒き散らされるのだ……たとえミストといえど防ぎきれるかわからない
『諦めるのは全ての手を試してから……そうではありませんか?マスター』
視界の一部にウィンドウが開く。内容は……兵装の詳細のようだ。
その説明を見る内に胸の内に希望が湧いてきた。
「一か八か……どうせ死ぬならなんでもためしてみるか」
もう間もなく魔力球が爆発する頃。宙に浮かんで僕は眼科の遺跡を見下ろしていた。
入り口辺りには中にいた魔物が出てきて固まっている。
魔力球が爆発したら……次はあれだ。
「もうそろそろ……だね」
正直言ってあの姿の魔物を殺すのは心苦しい事この上ない。
しかし、僕にはもはや帰る場所が教団しか無いのだ。ここまで育ててくれた恩がある以上は……それに逆らうことはできない。
「……ん?」
見ると、遺跡の吹き抜けから赤紫色の光の尾を引きながら何かが上空へと上がってくる。
僕が飛行する時の最大速度とほぼ同じ……あれは一体……
「どけぇぇぇぇぇええええ!」
僕のすぐ隣を猛スピードですり抜けるそれは……先程吹き抜けの底にいた男だった。
鎧の背には先程には無かった見たこともないような機械が取り付けられている。
先ほどの赤紫色の尾はそこから流れ出す光のような物だった。
彼は僕を追い越してさらに上空へと飛び上がり、何かを手放した。
慣性の法則に従ってそれはさらに遥か上空へと打ち上げられ……まばゆい光と共に爆発した。
爆発の余波の爆風……いや、これは……僕の魔力の混じった風……?
まさか……
「あそこから飛び上がって安全圏まで魔力球を投げ飛ばしたって事!?」
あまりの荒唐無稽な処理方法に驚きを隠せない。僕の驚愕をよそに彼はゆっくりと同じ高さまで降下してきた……
いやはや……危機一髪だった。一瞬でも判断が遅れていればあの暴風で全身を切り裂かれていたかもしれない。
『E-Weapon<フライスラスター>……大気圏空中機動用の粒子噴射式推進ユニットです。これで上空高くへと魔力球を運んで爆破、安全圏へ離脱しましょう』
兵装スペックを見せられた時から大体の想像は付いていた。
もしこれで飛ぶにしてもミストやベルゼブブはともかく、彼女の馬までは持ち運べない。
だとしたら一番軽く、現在の状況を生み出している原因を取り除く方法に絞られてしまう。
しかも、それが実行可能な範囲であるのだから迷っている暇は無かった。
「ミスト、ちょっと行ってくるよ。」
「ちょっとで済む事では無いだろうが……止めても無駄なのだろう?」
「そういう事。んじゃ、生きていたら会おうや」
まさに爆発寸前の魔力球を抱え込み、空高くへと飛翔していく。
あとは知っての通り爆破処理が完了。誰一人怪我をすること無く成功したって訳だ。
「それにしても……なにやら作為的な物を感じるな。この推進ユニット」
背後に4,50センチほど突き出た流線型のフォルム。
それはまさにジェットエンジンの吸気口とほぼ同じ作りをしており、アーマーとユニットの境目あたりにあるスリットからは常に赤紫色の粒子が放出され、蝶のようなオプティカルウィング(光子翼)が形成されている。
さらにマイクロミサイルの追加装甲と規格が合っただけでなく、このフライスラスターもダミーコートのアーマー部分とぴったり合うのだ。もはやその場で生成された兵器というよりは元から作ってあった装置に合うエネルギー源……エクセルシアが収まったから使えるようになったという感じがしてくる。
『要は安定して使えればいいのです。技術の出処は気にしないようにしましょう』
「なんだかなぁ……まぁこれのお陰で助かったのだから文句は言えないが」
改めて宙に浮いているフウガの方を見ると怒りに震えるように俯いていた。
「何故……何故邪魔をするんだ……」
「いや、今回の場合邪魔をしないと俺が死んじゃうでしょーよ」
それとも何か。何もせずに無抵抗に殺されろってか。そこらへんの虫だって潰されそうになったら抵抗するぞ。
「あれだけ危険な物だってわかっているのに!何故貴方は奴らを庇う!?」
「危険な物、か。本当にそう思っているのか?」
何故だろうか。その言葉は全然心に響かなかった。
言っている声が震えているからだろうか。それとも俺が真実を知っているから?
いや……恐らくは本心で言っていないからだろう。
「お前は魔物が危険だと自分に言い聞かせている節がある。お前は本当に……魔物が危険だから排除しようとしているのか?」
「黙れ……」
「違うだろう。魔物を排除しなければ自分が自分じゃなくなるから、とかそんな理由じゃないのか?下らないな……お前はそんな事をしなくてもお前でいられるだろうに」
「黙れ、黙れ……!」
彼の周囲に膨大な魔力によって強い陽炎が立ち登り始める。よほど怒っているのか……
それともただ単に駄々をこねているだけなのか。俺としては後者だと思うのだがね。
「いつまでガキをやっているつもりだ。現実を見据えろ。お前が言うような魔物は……とっくの昔にいなくなっているんだ」
「黙れぇぇぇぇえええええ!」
怒り任せに腕を振り、圧縮された空気の塊を俺へ向けて投げつけてきた。
元々攻撃が飛んでくるであろう事は予測できたので楽には避けられたが……
「っとと……これってどうやって操縦するんだ?」
『マスターが考えた方向へ飛ぶようにはなっています。と言うより……』
縦横無尽に飛び回り、無数に投げつけられる空気の刃やら砲弾やらを回避していく。
特別何かをしなくても思い通りに飛んでくれるそれはまるで体の一部かのようだった。
『マスターと私の思考パターンがほぼ同じなのでマスターと私が飛びたい方向が同じという事でもあります。操縦は私が行なっているので実質マスターが飛ばしているのと大して変わりませんね』
「フリートークによる学習ってこれの操縦のためってのも含まれていたりしてな……」
とは言え今は回避に専念……
「そこだ!」
「っ……!?」
ラプラスと話しながらだったためか、回避が遅れてもろに空気弾の直撃コースに入ってしまった。アーマーを装着しているとはいえ……肋骨の1本も覚悟したほうがいいか……!?
──ばふっ──
「……っ?」
「何だ……どういう事!?」
特に衝撃も無く、空気が抜けるような音とともに空気弾がはじけ飛んだ。まさか……異能を消す力に目覚めたか!?
『報告。フライスラスターの噴出する粒子によって魔力が拡散、消失した模様。どうやら魔力を中和する効果もあるようです』
「ですよねー……」
まぁいきなり異能の力が目覚めるなんて都合のいい事が起こる訳が無いわけで……それでもラッキーと言えばラッキーか。
とはいえこれは大きなアドバンテージだ。今までは魔法を使ってくる相手に対してはほぼ無力だったのがある程度は対抗策ができたというわけだ。
「くそっこの!」
「おっと……うぉあ!?」
しかしこの粒子、完璧では無いようで食らえば食らうほど削られる。
つまりこの粒子によるフィールドが消えた瞬間俺は八つ裂きにされる訳で……あまり悠長に状況把握はしていられないな。
「単分子カッター!」
『展開』
俺はあえて銃ではなく、『ナイフ』を選択する。その理由は明白……銃では音に邪魔されてまともな説得を試みることができないからだ。
ダミーコートによるデコイを無数にばら撒き、乱数機動で一気に肉薄する。
3次元空間から迫りくる無数の残像……いかに勇者といえどこのプレッシャーに耐えるのは容易ではないだろう。
「こ、のぉ!」
すると面倒になったのか一気に全方位に向けて空気を爆発させ、衝撃波で消し飛ばそうとする。
当然立体映像にはそんな物は聞かないが、俺自身には効くわけで……粒子によるフィールドが完全に剥がれてしまった。
「しかし、接近さえできれば!」
ナイフを構えて突進してくる俺にようやく気づき、迎撃として腰に差してある剣を引き抜いて一撃を防ぐ。
しかしそこからの鍔迫り合いに持ち込むことが目的だったので逆に好都合だ。
「いつまで駄々をこねているつもりだ!お前がいくら力を振り撒こうと何も変わらない!お前がいくら魔物を排除した所でお前の望むような世界はやって来ないんだ!」
「うるさい!僕には……僕にはもうこれしか無いんだ!」
一気に推進力を上げて俺を弾き飛ばし、再び剣で切りかかってくる。向こうは空中での戦闘に慣れているのだろう……こちらは飛んだばかりなのだから非常に不利だ。
何とかしてこいつの戦意を喪失させるか……もしくは戦闘不能に陥らせなければ。
「ならお前は何なんだ!お前が危険だと言って排除する魔物に力を振るうお前自身は!怪物を狩るつもりで自分が怪物になっていると何故気付かない!」
「違う!僕は……僕は勇者だ!魔を狩るために……故郷を壊されたから……だから!」
もはや自分でも何を言っているのかわからないのだろう。
ほぼ不可避と思われた剣筋はもはや滅茶苦茶に振り回すだけとなり、ある程度距離を取れば容易に回避する事ができた。
「言い訳をするな!自分のした事を見据えろ……自分の姿を見ろ!お前がやっている事はお前の言う『魔物』と同じだ!」
「う、ぁ……うわぁぁぁぁぁああああ!」
がむしゃらに振り回してくる剣を蹴りで手から弾き飛ばし、一気に20メートルほど彼と距離を取る。こいつは一度、頭を冷やさなければまともな判断はできないだろう。
「いい加減……」
『フライスラスター出力上昇中……150、180、200、250、300%突破。EX.LOAD発動。コード<G・フレア>』
赤紫色の粒子が俺の全身を保護するように包み込み、そのエネルギー総量を上げていく。
この煮えたぎる気持ちを……奴にぶつける……目を、覚まさせる!
「目ぇ覚ましやがれ!」
剣を取り落として尚こちらへがむしゃらに向かってくるフウガへ向けて猛然と吶喊する。
突き出すは握り拳……言って聞かない奴には、拳で語る!
「ゲキガン・フレアァァァァァアアアア!!」
突き出した拳とフウガの拳が交錯する。
その拳は互いの頬を捉え、確実なインパクトを与える。
ミシミシと俺の頬からも、彼の頬からも嫌な音が聞こえ、衝撃で両方が大きく後方へとはじき飛ばされた。頬の内側が切れたのか口の中に鉄臭い味が広がる。
結果として、フウガは地面へと向けて真っ逆さまに落ちていき、俺はフライスラスターをラプラスが操縦していたおかげかそのまま浮いていられた。
「もっとその目で……しっかり見てみろよ。お前が思っているよりこの世界は綺麗なもので満ち溢れているはずだぜ?」
さて、なんとかフウガを撃破したのはいいが、先程のパンチが効いてきたのか意識がグラグラと揺れ始める。
「おわ……と……あれ……ぁ……」
意識が遠のくと同時に体がふわりと宙に浮く感覚が。いや、元から浮いているのだからこれは……落下しているのか?
『マスター、気絶しないで下さい!スラスターの出力が下がっています!』
「………………」
『完全に気絶!?』
あぁ、もうなんにも聞こえねぇや……
フワフワと中を浮くような感覚に意識が吸い込まれていく。起きなければならないのに全身に力が入らない。
ここまで来て死因が意識不明による落下死って……締まらねぇにも程があるだろ……
僕は地面へ向けて真っ逆さまに落ちていた。
彼に言われた通り、魔物になっていたのは僕自身だったのかもしれない。
彼女達にとって理不尽に暴力を振りまく僕は……かつての魔物と大差無かっただろう。
「はは……何やってたんだろう……僕は……」
今更になって自分がしてきた事に押しつぶされそうになっている。
あぁ、このまま地面に叩きつけられて死んでしまえば……こんな気持に囚われなくて済むかな。
もう嫌だ……こんな気持ちを抱えながら生きていく自信なんてないよ……
唐突に、ガクンと体が上下に揺さぶられる。
自由落下の状態と違って体が重力によって下向きに引っ張られているのが分かった。
何かに服を掴まれて吊り下げられている。上を見ると……先程吹き抜けの底にいた蝿のような魔物が僕を掴んで懸命に羽ばたいていた。
羽がボロボロになって尚羽ばたいている彼女の顔は真っ赤になり、いかにも辛いであろうというのが安易と見て取れた。
「離してよ……何でこんな化け物を助けようとするのさ……」
「嫌だから!絶対に離さない……見捨てたくなんて無い!」
何故この子は見ず知らずの……しかもついさっきまで自分のことを殺そうとした相手を助けようというのだろう。
「何があったのかは知らないけど!辛いんでしょ!?苦しいんでしょ!?」
「そうだよ……だから……」
「だから!僕が半分持ってあげる!」
僕は彼女が何を言っているのかわからなかった。
でも、分からないなりにも僕はそれに縋りたくなった。
「君の良い所を見つけてあげるから!胸を張れる所を見つけてあげるから!ずっと……ずっと隣にいてあげるから!」
「…………」
「だから、僕の良い所も見つけてよ!手放したくなくなるような所を見つけて、ずっと一緒にいてよ!」
今まで、僕は魔物を狩るという一点でしか必要とされなかった。
変えの効く消耗品としての勇者。拾ってやったのだから恩を返せという要求。
それでもよかった。少なくとも僕は一人にならずに済んだ。それが例え見せかけ上でのギブアンドテイクだったとしても。
でも彼女は……役に立ってくれるだろうという打算も無しに一緒にいてくれると言う。
温かかった。少なくとも、今まで感じたことが無いぐらいに。
自然と、手が彼女の方へと伸びる。彼女はその手をしっかりと、その硬い殻に覆われた手で握ってくれた。
固く、ゴツゴツとはしていたけれど……その手はとても温かかった。
〜宿屋『エクスプローラー』〜
「っ……ってぇ……頭がグラグラする……」
目が覚めると宿屋のベッドの上だった。
先程までの戦闘が夢だったのではないか……とも思ったが、日付はしっかりと1日過ぎている。詰まるところ、あの気絶の後にここに運ばれてそのまま意識が戻らなかったのだろう。
「やっと目が覚めたか……お前は毎度の事ながら私をハラハラさせるな」
「フィー……?」
ベッド脇の椅子ではフィーが呆れ果てたという眼差しで俺を見下ろしていた。
まぁ、こればかりは反論できないのだが。
「あの時気絶して……落下したあとどうなったんだ?」
「私が飛び上がって受け止めた。飛び上がる時の余波で周囲にいた魔物やら人やらを弾き飛ばしてしまったが……まぁ幸い誰も怪我をしなかったという事で許してもらえたよ」
どこの格闘漫画だお前は。
ふと、直前まで戦っていたフウガの事を思い出す。
見た限りではそのまま落ちていたようだが……あの後どうなったのだろうか。
「あいつは……どうなった?」
「あいつ、というとフウガの事か?」
俺が頷くと苦笑交じりに首を振った。一体何が起きたのだろうか。
<フウガ、ふうがぁ……!
<ちょ、ま……きつすぎる……!
壁の向こうから聞き覚えのある少女の声……というか、助けたベルゼブブの声が。
どう見ても情事中です、本当にありがとうございました。
「……把握」
「説明が省けて助かる」
何はともあれこの様子であれば彼がこれ以上無意味に力を振りまく事は無くなるだろう。
自分の事で悩んでいた彼女もいい相手が見つかって万々歳、と。
「おぉ、ようやく目が覚めたか。」
そこに来てタイミングよくミストが部屋の中に入ってきた。
手にはくつくつと音を立てる土鍋のようなものを載せたトレーを持っている。
そういえばやたら腹が減っている。それもそのはず、昨日の昼から何も食べていない上に時間的にもほぼ丸一日経っているのだ。
空腹を自覚すると鍋から漂ってくる匂いが無性に美味しそうに感じられるのだから単純な腹をしている。
「殴られて気絶していただけとはいえ何も食べなければ腹も空くだろう。宿屋の主人が気を利かせて良い物を用意してくれたから食べるといい」
「そりゃいいや。もうすっかり腹ペコだ。一体何を用意してくれたのか……な……?」
部屋のテーブルについて鍋の蓋を開けた途端、言葉が消え失せる。
丸く灰色で平らなものが鍋の中で煮こまれている。ご丁寧にも温度を維持する魔法でも掛けられているのか、いまだに熱々だ。それは嬉しいのだが……これは、アレか?
「ス……ッポン?」
「あぁ、それを食べて是非精を付けてくれと」
鍋の中では魚介系の香り高いダシの匂いが立ち上り、野菜も美味そうに煮えているのだが……スッポン?
「これを食べてどうしろと?」
「ナニをしろと」
「隠すつもりもねぇのかよ」
デュラハンってここまで欲望に忠実だったっけ?
「アルテア、かくなる上はジャンケンでもいいから私に勝ってくれないか?」
「ひっく!いきなりハードルが低くなった!2メートルから10センチぐらいになった!」
ミストに触発されたのかフィーまでもが肉食獣の眼差しで俺を見てきているよ。
どーすんだこの状況。
隣からはギシアンが聞こえてくる。目の前にはスッポン鍋。左隣にヤル気まんまんのミスト。右隣に目が血走って息が荒くなっているフィー。
だれか助けて。
『ちなみにスッポンにはコラーゲンが豊富に含まれており、美肌にも良いそうです。』
「ここでそんな豆知識披露してどーすんだよ」
しかしいつまでも沈黙も停滞もしていられないので……
「とりあえず……3人で食べるか。」
結局3人で仲良くすっぽん鍋を頂いた後、『俺も』頂かれました。
うん、予測可能回避不可能。
「も、むりぃ……激しすぎぃ……」
「嫁入り前の女を捕まえてここまでするとは……責任を取ってもらわなければなるまい」
ただし、なぜかこの日は絶好調でミストの卓越した技にも負けずに打ち負かし、ついでにフィーも骨抜きにできた。スッポンパワーすげぇ。
〜その後、どこかの街〜
「ふうが〜つぎはこっち行こ〜!」
「はいはい、分かったから飛び回らない。周りの人の迷惑になるから」
あれからという物、僕はセルマ……ベルゼブブの彼女と行動を共にしてあちこちを旅して回っている。
勇者をやっていた頃の弊害でぎょっとされることはあるけれど、彼女が隣にいるとなにか合点がいった様子で普通に接してくれる。本当に、有難い事だ。
そして、彼女と共に行動するようになってからは何故か旅費に困らなくなった。
食料も資金も何故か潤沢に入ってくるのはおそらく彼女のお陰なのだろう(現に本人がそう言っていた)。以前の生活を考えると天と地ほどの差がある。
「ねね、あっちの出店で美味しそうなのが売ってるよ!」
「本当に落ち着かないね、君は。」
「早く行かないとここで口の中舐め回しちゃうよー!」
「それはやめて。流石に恥ずかしいから」
後から聞いた話によると僕が殺したと思っていた魔物達や人は全員生きていたそうだ。
以前の僕なら愕然としていたかもしれないけれど、それを聞いた時心から良かったと思えたのはほかならぬ彼女と……あの時の彼のお陰だろう。彼がいなければ僕は今も獲物を求めてさまよい歩く化物のままだったかもしれない。
「セルマ」
「ん、なーに?」
この場にいない彼には言えないかもしれないけれど、せめてこの場にいて言える相手には言っておきたい。
今から考えれば地獄のようだったあの日々から引っ張りだしてくれた、彼と彼女に。
「ありがとう」
「?どういたしましてー♪」
12/06/08 20:49更新 / テラー
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