Act.7<Reincarnation>
クロアの意識が全てを塗りつぶすような黒から浮かび上がってくる。
辺りはほぼ何もなく、白いタイルが敷き詰められた床が果ての見えないほどまで続いていた。
自分の手足を見ようとして、あまりの不可思議さに一時的に彼の思考が停止した。
……何も着ていない。
「ここは……どこだ?」
いつの間にか隣にはサラが立っていた。彼と同じように全裸で。
「さぁな……場違いに天国にでも来ちまったか?」
「む、クロアか……って何故裸なのだ。」
「お前には言われたくねぇよ。」
「ぬぉ!?いつの間に!」
どうやら自分が裸だった事に気づいていなかったらしい。抜けているにも程がある。
「私達はあの術を使って……それからどうなったのだ?」
「死んだ。それは、間違いない筈だが……何が起きている?」
彼らの使った術──Reincarnation──は、かなり前に禁術指定された転生術の一種だ。
互いの命を代償にし、来世へ二人揃って転生するという危険な儀式。
その危険性と、発動する際の巨大なエネルギーによって周囲の空間が焼け焦げる為に使う事が禁止された物ではあるのだが、世をはかなんで自殺する恋人同士がどうせ死ぬなら……ということで使う者が後を絶えなかった。
「やれやれ、またこの転生術を使う者が来たか……。この忙しい時期に面倒な事じゃの……。」
いつの間にか目の前に白いローブを来た老人が降り立っていた。
あごひげを撫で付けながらひどく面倒くさそうに顔をしかめている。
「しかもなんとまぁ……よりによってお前か、忌み子よ。人の手によって造られし呪われた者よ。」
「忌み子……?あんたは俺が何なのか知っているのか?」
「知っておるとも……。信仰を傘に着て人を人の手で創りだした愚かな人間の落とし子……。その行為自体も見過ごすことは出来んかったが、お主自体も許してはおけん。色々とお前の行く末を操作して消そうとしたのじゃが……しぶとさはゴキブリ並みじゃの。あぁ、全く面倒じゃ。いつもならエンジェルが相手をするんじゃが今は誰もいないからのぉ。わしが直々に試練を課すしか無いではないか。」
その時、クロアとサラは直感した。
「(あぁ、こいつが俺(私)達の運命を狂わせたのか)」
それを確信した時、クロアからは青の炎が、サラからは虹色の炎が吹き出して彼らの体を包み込んだ。
その炎が薄れていった時、クロアはいつもの赤いコートにジーンズを着ており、背中にはヴァーダントが留められていた。腰にはミタクとナハトがホルスターに収納されている。
炎が晴れて尚彼の背中には青い炎が渦巻いており、その炎の中にうっすらとだが人の影が見えている。
サラはというと、虹色の光を滲ませる東方の鎧に見を包んでいる。アグニとルドラは鋸から日本刀のような鋭い形状へと変化している。同じように、極彩色の炎の中には筋骨隆々の魔神のような陰が浮かんでいた。
「何処の誰だか知らねぇが……天界の天使共を消しておいてくれてありがとよ。お陰で……」
「我らが軍神よ、御采配感謝致します。貴方のお陰で私は……」
「満足するまで気に入らないヤツをぶん殴れる!」
「真の仇を討つことができる!」
「っく……!?な、何なのじゃこいつらは!?たかが人間とただの魔物が何故ここまで力を付けられる!?」
叩きつけられる大剣と双剣の連撃に杖一本でなんとか防いでいく。
白いローブを着た老人……主神は困惑していた。
彼と同等の力をつけた現魔王と勇者のコンビであるならばともかく、クロアはただの人間だし、サラは1度も人から精を吸収した事が無い魔物だからだ。
彼は知らないのだろう。
サラが持っている双剣はただの双剣ではない。
彼女はこの双剣を古道具屋で見つけたのだが、実は魔力を宿しただけのイミテーションではなく、実際に炎と風の魔神を封じ込めた双剣だった。
それを使うたびに彼女の中へ二柱の魔神の力が蓄積していった。
結果、天界へと魂が来た際に魔神の力が解放されて魂と完全に融合。莫大な魔力を得ることとなった。
そしてクロアの方はと言うと……。
『よう、あんたが俺の息子をさんざんっぱら痛めつけてくれたらしいな!?』
「だ、誰じゃ!」
声の発信源はクロアの背中の炎の人影からだった。ただし、その声はクロアには届いていないようだ。
動揺することもなく主神に攻撃を加え続けている。
『俺はアレク!英霊化した一人の冒険者の魂で……こいつの養父で守護霊だ!』
以前、クロアは死に掛けた際に不思議な夢を見ている。
青い光が彼の中へと取り込まれていく夢だ。
その光こそ……英霊化したアレクだった。
どうやら未練を残して地上を彷徨っていた所で、何者かに変化させられたらしい。
『俺をこんなにしたのはあんたの協力者らしいな!あまり信用されてねぇんじゃねぇか!?』
「っく……煩い!それ以上しゃべ……」
「Don't look away!(何処を見ている!)」
クロアのボディブローが綺麗に入る。
あまりの痛みに体をくの字に折り曲げた彼に対してさらに拳の乱打を浴びせかけた。
「Don't ask help. There is no qualification for which it prays to you!(助けを乞うな。お前に祈る資格なんて無い!)」
頭を鷲掴みにし、もう片方の手で渾身のストレートをお見舞いする。
彼は軽々と宙を舞い、地面に叩きつけられてバウンドした。
強大な力で守られている筈の彼の体に酷い激痛が走る。
「楽に死ねると思うな……!」
飛ばされた先にはサラが待ち構えていた。
両の刀で主神を空高くまで斬り上げる。それに追いすがるようにサラが地を蹴り、彼に肉薄する。
「私の幸せを……アレクを奪った罪……簡単に赦されると思うな!」
魔力によって固定化された空気を蹴って縦横無尽に彼を切り刻んでいく。
幾度も斬られているにもかかわらず、その身から血は出てこない。
斬られた側から凍結し、炭化しているからだ。
「吹き飛べ!」
大上段に振り上げた双剣から巨大な虹色の炎が吹き出し、巨大な剣を形作る。
それを躊躇うこともなく主神へと叩きつけた。
「がっ……は……」
地面へと叩きつけられる主神。その口の端からは血の泡がこぼれ落ちている。
憎々しげに離れて降り立つサラとクロアを睨みつける。
「調子に……乗るな……若造がぁぁぁぁぁあああ!」
主神の体が脈動するかのように膨れたかと思うと、みるみるうちに巨大化していく。
それはまるで怪獣映画か何かをみているかのようだった。
『貴様らなど……この世界には不要じゃ!消え去れぇぇぇぇええええ!』
巨大な拳を振り上げ、クロア達めがけて振り下ろす。しかし、彼らは逃げも隠れもしなかった。
クロアの背中の炎が歪み、膨れ上がって一つの形を創る。
それは、巨大な腕。
その手が振り下ろした主神の拳を受け止める。
2つの巨大な質量がぶつかり合い、辺りに莫大な衝撃が撒き散らされた。
「I will not disappear…… but you!(消えるのは俺じゃねぇ……お前だ!)」
クロアが右手に力を込めると、同調するかのように炎の手が締まっていく。
ミシミシという音と共に主神の手が砕け散る。一瞬だけ血飛沫が周囲に飛び散ったかと思うと、燐光へと変化して辺りに撒き散らされた、
あまりの痛みに主神がその巨大な声で悲鳴を上げる。
『おのれ……なぜじゃ……何故忌み子がこれほどまでに逆らう!不要な存在が……汚れた存在がァ……!』
「Shut up、Fucking god.(黙れ、腐れ神)」
クロアの炎の腕が彼の頭まで伸び、鷲掴みにする。
同じ方向から虹色の炎の腕も伸びてきた。クロアが隣を見ると、不敵な笑みを湛えたサラが彼を見ていた。
「やるか。」
「あぁ、もちろん。」
『この……離せ……離せぇ!』
二人が腕に力を込めていく。巨大な硬いものが割れていくような、ミシミシというよりベキベキという音が辺りに響きわたっていく。
『ぁ……が……ががが……』
彼は必至に手を引き剥がそうと残った手で掴んでいるが、離れる様子がない。
むしろ、離さない。
「これで終わりだ……8年分の恨み、受け取りやがれ!」
二人が一際強く拳を握り締める。
渾身の力と、恨みを込めて。
「「Die!!(死ね!)」」
炎の巨腕に握りつぶされ、ザクロか何かのように主神の頭が砕け散る。
不思議と脳漿のような物は無く、一瞬血しぶきのようなものが飛び散ったかと思うと光の粒子に分解されて主神の体ごと消えていった。
役目を終えた炎の巨腕はあっという間に霞のごとく消え去っていった。
「……終わったな。」
「そうだな……奴の言う試練がこれだけであるならば……だが。」
二人の体が段々と薄くなり、光の粒子のような物へと分解されていく。
そろそろ……終りが近い。
「生まれ変わるというのはどんな気分なのだろうな。」
「生まれ変わったって事自体忘れているんだったら自覚のしようがないんじゃねぇか
?」
「身も蓋もない事を言うな……もう少し情緒というものをだな……」
彼女は文句を言おうとしたが、顔を伏せて笑いを堪えているクロアを見ると言う気が失せてしまった。
「生まれ変わっても……またこういう掛け合いができるといいな。」
「いいな、じゃねぇよ。するんだ。」
クロアが彼女の頬に柔らかく拳を押し当てる。
彼の決意を形にすべく。
「待っていろよ。どんなに地の果てに飛ばされようが、どんなに高い壁に阻まれようが……必ず会いに行く。」
「それはこちらのセリフだ。リザードマンというのは惚れた男をいつまでも追いかけ続ける物……逃げられると思うなよ。」
サラもクロアの頬に拳を当て、お互いに一旦拳を引くとそれを打ち合せた。
「「それじゃ、また来世で。」」
消えかかっていた体が完全に消失する。
二人の纏っていた燐光が、床へと引き寄せられて消えていった。
「クソッ……わしとしたことが人間ごときにまたも敗れるとは……。何もかもが想定外じゃ……」
砕け散り、分解されていた光の粒子が寄せ集まり、主神の形へと復元されていく。
腐っても神ではある。そう簡単に死ぬことなどありえないし、消えもしない。
「「「だから言ったのです。いずれ手痛いお返しが貴方を襲うと。」」」
不意に主神の背後から声が聞こえてきた。
巨大な時計の側に3人の美女が寄り添っている。
「……ノルンか。何故奴はお前達の運命操作を受けても生きている?」
クロアを度々襲った不幸は、実は主神自ら下したものではない。
異世界から運命を司る神……ノルンを呼び寄せ、自ら破滅へと導くように弄ったものなのだ。
余談だが、アレクを英霊化したのは彼女達だったりする。
クロアを不憫に思った彼女達なりのせめてもの手助けといった所だろうか。
「「「至極簡単な事。彼は自らを貶める運命を打ち破った……ただそれだけの事。」」」
「馬鹿な……相手はたかが人間じゃぞ?神を崇めることしかできない脆弱な……」
「「「それも昔の事。人間は我らの手を離れ、自らの足で歩き出しています。我々はもう、彼らに干渉すべきではありません。」」」
ノルンの背後に渦を巻く穴がポッカリと口を開ける。
そして彼女達は滑るようにしてその中へと入っていった。
「待て、何処へ行く!」
「「「我らの役目は終わりました。運命を弄んだ代償は貴方が受けるべきでしょう。」」」
追いかける暇もなく、彼女達は穴に飲み込まれて消えてしまった。
その場には主神一人が残される。
「どいつもこいつも……何故思い通りにいかんのじゃ……。」
「気は済みましたかな、主神殿。」
空間からにじみ出るように主神の周囲に無数の人が現れた。
彼らはこの世界のそれぞれの事象を司る神達だ。
「何用じゃ。今わしは機嫌が……」
「貴方の都合などどうでもいい。主神殿、貴方を拘束させて頂く。」
屈強な戦士が主神の両腕を取り押さえる。
もがいて振りほどこうとしたが、何故か力が入らない。困惑する主神に、彼……断罪の神が言い渡す。
「貴方は少々下界に干渉し過ぎた。前回の隕石といい、個人に対する運命操作といい……我らは神は見守る者。そこの所をお忘れかな?」
拘束されて尚往生際悪くもがき続ける主神に、彼は言い放った。
「貴方の主神としての力を剥奪する。何、心配する事はない。貴方の後任は既に見つけてある。彼女は貴方と同じように現代の魔王に対して良い感情は持ち合わせていないが……貴方のようにむやみに下界に干渉することは無いだろう。……連れて行け。」
「ハッ」
両脇の戦士ごと主神の姿が掻き消える。
今後、彼には誰にも触れられないような場所で幽閉されるのだろう。
今の彼には普通の老人程度の力しか残されていないのだから、自らどうこうすることはできない。
「厳しい運命を乗り越え、よくぞ試練を打ち破った……私はお前たちを祝福しよう。クロア、サラよ。」
彼は下界を覗き込み、地上へ降りていった魂の行方をいつまでも見つめていた。
……………………
………………
…………
……
〜30年後〜
大陸のとある片田舎に、二人同時に赤ん坊が生まれた。
片方は人間同士の夫婦から、片方はリザードマンと人間の夫婦だった。
しかも偶然というのは重なるもので、彼らの家は隣同士であった。
「奇妙な偶然もあるものねぇ……生まれた日も時間も同じなら家も隣同士なんて。」
「しかもあれだろう?胸に傷跡があったとか……。」
子供が生まれて一段落したということで、2つの家族は庭に集まってささやかな茶会を催していた。
「そうそう、名前はもう決めた?」
「決めたと言うかなんというか……もうあれ以外は思い浮かばないだろう。」
リザードマンの妻が半分呆れたようにため息をつく。
人間の方の彼女もクスクスと笑っていた。
お茶会を開いている方の家のリビング。
その広めのベビーベッドの上に人間の男の子とリザードマンの女の子が寝かされている。
その子達の胸元には傷跡があり、それが文字のような形をしていた。
その文字は……
11/12/26 18:24更新 / テラー
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