連載小説
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序章
とある国へ魔王軍が侵攻を開始した。
奸計など用いず、正面から堂々と侵攻してきたのだ。
魔王の娘、リリムが直接指揮を取っているとされ数も多く士気も高い。
対して人間の軍は粒ぞろいであり練度は高いものの絶対数が少ない。
人間の軍は一般的には身体能力、体力、魔力などの要素において魔物に劣る。
勇者などを保有していれば別だが、魔物の軍に対してはどうしても数を揃えねばならない。
そもそも、この国は武勇の国では無く、文化・芸術の国である。
全面的な戦争は軍備の維持費・魔物領との距離などの面から想定していなかったのである。


騎士の練度も士気も高い。故に善戦はするだろう。しかし、勝敗は火を見るより明らかとされた。
隣国からも早々に増援は出せないとの打診があった。
増援を出したとしても助けることが出来ない。
滅ぶ国を助けるよりも、自分の国を守るために必死の努力をすべきだ。と各国は判断した。

この国は見捨てられたのだ。



魔王軍の指揮を取っている総大将。魔王の娘リリム。名前はソフィリアと言う。
絶大な魔力を持ち、容姿は女性としての美しさを一身に集めたかの如き美貌を誇っていた。
彼女の誘惑により、全ての男は彼女の前に跪くだろう。
敵対している騎士ですらも主君の為に戦いぬく意思を打ち砕く誘惑。
彼女の誘惑に耐えるというのは人間の業ではない。それがリリムという存在なのである。

しかし、それは逆に彼女は自身を持て余していた。
自分に相応しい男が居ないのだ。現れないのだ。
如何に高名な騎士であろうと、神から寵愛を受ける勇者であろうと、彼女の前には屈した。
彼らが小さい存在だとは思わない。彼女の前に現れた人物は常に素晴らしい男たちであった。
しかし、それでも彼女には釣り合わない。
私は彼らの最良の妻になれるだろう。それを完璧に熟す自信は持っていた。
だが、考えられる限り最高の、そして理想の夫婦になることは出来ない。
自分自身の理想が、夫を選ぶ事に妥協を許すことは出来なかった。
それは自分自身を縛る誇りだと理解しながら、最高の男を求めてしまったのだ。

しかし、理想の男が現れることは無い。少なくとも待つ限りは。そう確信していた。

故に彼女は魔物領を広げるという手を取った。彼女その才能に溢れていた。
ソフィリア。名の意味は賢きもの。彼女の知略・知慮・知謀は尽きることを知らなかった。
彼女は犠牲を出さず、最大限の戦果を出し、次々に人間の国を堕落させていった。
配下の魔物達への褒美は、攻め込んだ国の男たちである。次々に夫婦が生まれた。
リリムである彼女は全ての人間、魔物達が幸せになることを望んだ。
最も早く、最も犠牲が少ない手段は、圧倒的な戦力差による一方的な制圧である。
徐々に魔界へ侵食するには時間がかかり、気づかれた時の対処に犠牲が出やすい。
自ら采配を振ることで操ることができる戦争が最も効率の良い外交手段だったのだ。
故に自らについた二つ名は「 無血の賢将 」という大層な名であった。
もはや彼女が指揮を取る限りにおいて、戦争は戦争に成り得なかったのである。





彼女に取って世界はなんの面白みも無い所であった。





今回の侵攻も同じような結果だろう。使者が述べた言葉は自らの国の敗北を告げる言葉。


   我が国は魔王軍への無条件の降伏の要求を受諾します。


しかし、彼女の心が少し揺れる事となった。


   ただし。条件が一つだけ御座います。 


骨のある男が現れたのだ。


   我が国の王子、マクシミリアン王子がチェスによる決闘を申し込まれております。


使者から決闘の条件、要求、内容を全て正確に聞き取ったソフィリアはそれを受諾した。
「無血の賢将」にわざわざ、知略の戦いを挑む。その無知と無謀を思い知らせる為に。
しかしソフィリアは裏切られることとなる。如何に自分が思い上がっていたかを。



そして魔王の娘ソフィリアと、王子マクシミリアン、たった二人だけの戦争が始まった。




*  *  *




最初マクシミリアン王子に出会った時のソフィリアの感想は無味無臭、であった。
王族の覇気などは欠片も感じず、威厳も微塵も感じず、存在感がそもそも薄い。
なるほど、その微笑みは王族としての気品を兼ね備えているかもしれない。
しかしやはり、その笑みは凡百のそれだった。
最初に替え玉を疑った。しかし、部下からの報告ですぐに否定された。
次に油断を誘っているのかと考えた。しかし、あまりにも自然体すぎる。
最後に馬鹿にされているのではと勘ぐった。これは、否定できなかった。
そもそもの話、王や騎士などを差し置いてマクシミリアン王子が出てくるのがおかしいのだ。

最大の勝利者、など大層な名前をしているが、マクシミリアン王子の噂など聞いたことは無い。
武勇に優れるという話も、知略に優れるという話も聞かない。
芸術や音楽、演劇の才はあると聞いた。この地を支配したら彼の演目を見るつもりではあった。
だが、彼との決闘の場を設けることになるとは一切思わなかった。
その点から見れば見事な奇襲である。しかし、これは悪手の類だ。
それは決闘の条件が悪すぎる事に起因した。

ソフィリアが勝てばこの国を無条件で手に入れることができる。
しかしマクシミリアンが勝ったとしても停戦を得ることが出来るだけである。
しかもその期間は次の対局が終わるまで。その対局の申し込みは一日立てば権利を貰える。
ソフィリアが申し込むのをやめない限り、たった一日しか平和を得ることが出来ない。
例えソフィリアが敗北したとしても次の対局を申しこめば良いだけである。

ソフィリアは一回の勝利で全てを得、マクシミリアンは一度負ければ全てを失う。

もはやこれは決闘などですら無い。ソフィリアですらそう感じていた。
だが、これほど条件が悪くなければ此方としても決闘を受諾するつもりはなかった。
ただ全ての要求を無視し、押しつぶすだけで終わったからである。
彼らは敗北を素直に受け入れる事が出来なかったのだろう。
敵の誇りを汚すこと無く、全てを貰い受ける事ができるのであれば最良。
敗北は全てマクシミリアン王子の責任にすれば良い。という魂胆なのだろう。
なるほどその方針であればマクシミリアン王子というのは悪くない人選だ。
マクシミリアン王子は第三王子。王位継承権を持つが優先権は低い。
民衆からの人気は高いものの、王になることはないとされていた。
今後の統治にも然程影響を受けずに、ただ敗者として全てを押し付ける存在。
ソフィリアはマクシミリアン王子の事が気の毒にすらなってきた。
彼の事を自らの国から見捨てられた王子だという目で見てしまっていたのだ。


そして彼との対局の時が訪れた。
さすがに王族だというだけはある。彼の礼儀作法は完璧であった。
嫌味を感じさせることも無く、威圧感も緊張感も与えない。
しかし、仰々しい挨拶も美しさを称える美辞麗句も無く、王子のとの自己紹介は終えた。
これからお互い戦い合う相手なのだ。そのようなものは必要は無かった。
だが、ソフィリアはすっかり忘れていたのである。単純な事実を。
彼女の部下達も少し違和感を感じたが、それがなんの違和感かはわからなかった。
チェスは完全などでは不正はありえない。
王子にはリリムであるソフィリア様を害する力は持たない。
そもそも決闘の場に来たのはマクシミリアン王子とお付の護衛だけである、人質のようなものだ。
だから彼女の部下たちは気に留めることはしなかった。


彼女の前に現れて初めて膝を屈さなかった男の事を。
15/06/11 02:13更新 / うぃすきー
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■作者メッセージ
一気に上げようかと思いましたが前後に分けました。
と思っていたのですがもっと細かくアップする方針にしました。

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