老人と幼女(魔女)
寒い冬の夜の頃、古い民家にて黒髪の幼女と体の細い白髪だらけの老人が向かい合って座っていた。
静かな空気が小屋の中を満たす、老人はその空気を楽しむように目を閉じて微笑むが、幼女の顔はどこか悲しげだった。
「春になったら何をしましょうか」
「お前をあぐらの上に乗せて、花見をしたい」
「そうですか、じゃあその時にはじいさまの好きな塩お結びもたくさん作りますね」
「それは、楽しみだ」
そう言って老人は朗らかに笑い、それを聞いて幼女は静かに笑みを浮かべた。
そして老人は続けて言う。
「しかし、春まで持ちそうにない、だから用意はしなくていいぞ」
「じいさま、その冗談は笑えません」
「冗談ではない、現にこの体はろくに動かん、可愛いお前が近くにいるというのに抱き締めに行くことさえできん」
ため息が老人の口から漏れた、幼女は下唇を噛んで言う。
「では治しましょう、若返る方法を私は知っています、それ行えば私と初めて出会った頃にまで若返る事もできます」
「ならん」
きっぱりと老人は言った。
「それはならん」
幼女は何度も治療を薦めて、この言葉を何度も聞いていた、衰え始めた春に、暑さに倒れた夏に、病に伏せた秋に、そして痩せ細りつつある今に。
「自然に生き、自然に死ぬ、それが人」
「その治療は儂を魔物にするのだろう、それはならん、人として生まれたのなら、人として死にたい、分かってくれ」
そう言って老人はよろよろと何かを探るように空中に手を伸ばす、幼女は老人に近寄ってその手を掴むと、自分の頭の上に置く。
皺だらけの手が幼女の黒髪を撫でる、何十年もの間、事あるごとに繰り返されたそれは、いつも幼女に笑顔を与えていた、しかし今は涙しか与えない。
声を殺して幼女は泣く、だが震える体を抑える事は出来なかった。
老人は微かな震えを手のひらで感じた。
「すまんな……」
ぽつりと言葉がこぼれる。
「すまんな、じゃないです」
絞るように声が出た、その声には怒りが含まれていた、老人は撫でる手を止め驚く。
いつもならば、幼女が泣き疲れて寝るまで撫で続けるのだが、今日の幼女は違った。
「私はあなたと決めたのです、あなた以外は嫌なのです」
幼女は手を軽く払うと、老人の胸ぐらを小さな手で弱く握り、淡々と静かな怒りを込めるように喋り続ける。
「私はあなたと添い遂げたい」
「ですから先に逝きません、逝かせません」
「だってまだ共に歩む事ができるでしょう」
「私はこの我が儘を意地でも通します、後でいくらでも罵って下さい、あなたの側で受け止め続けます」
初めて出会った時から、今まで、怒る幼女を老人は見たことがなかった、笑ってはしゃぐ事はよくある、たまに膨れてすねたりするがすぐに機嫌は直る、だか怒る事はなかった。
我が儘を一つも言わず、他の魔物夫婦に比べて極めて少ない夜の営みにも不満をこぼさず、長い間自分を支え続けてくれた幼女の初めての我が儘だった。
「じいさま」
「な、なんだ」
「春になったら、私をあぐらの上に乗せて花見をしたいんですよね?」
「そ、そうだが」
「塩お結び、食べたいですよね?」
「た、食べたいぞ」
「行きましょう」
「どこにだ」
「サバトです!」
そうして、老人はサバトに連れていかれた。
冬が去り、桜の咲く季節の頃、一本の桜の木の下で黒髪の青年が、黒髪の幼女をあぐらの上に置いて花見をしている。
青年のしっかりとしたあぐらの中で木漏れ日を受けながら、幼女は口を開いた。
「じいさま」
「おいおい、今は若いぞ」
「ふふふ、そうでしたね、ではあなた」
「なんだ」
「お尻に硬いモノが……」
「く、くるぶしだろう」
「そうですね、くるぶしでした」
「そうだ、くるぶしだ」
「ふふふ…………今夜は楽しみ……」
「……何の事だ」
「さぁ…………ふふふ」
静かな空気が小屋の中を満たす、老人はその空気を楽しむように目を閉じて微笑むが、幼女の顔はどこか悲しげだった。
「春になったら何をしましょうか」
「お前をあぐらの上に乗せて、花見をしたい」
「そうですか、じゃあその時にはじいさまの好きな塩お結びもたくさん作りますね」
「それは、楽しみだ」
そう言って老人は朗らかに笑い、それを聞いて幼女は静かに笑みを浮かべた。
そして老人は続けて言う。
「しかし、春まで持ちそうにない、だから用意はしなくていいぞ」
「じいさま、その冗談は笑えません」
「冗談ではない、現にこの体はろくに動かん、可愛いお前が近くにいるというのに抱き締めに行くことさえできん」
ため息が老人の口から漏れた、幼女は下唇を噛んで言う。
「では治しましょう、若返る方法を私は知っています、それ行えば私と初めて出会った頃にまで若返る事もできます」
「ならん」
きっぱりと老人は言った。
「それはならん」
幼女は何度も治療を薦めて、この言葉を何度も聞いていた、衰え始めた春に、暑さに倒れた夏に、病に伏せた秋に、そして痩せ細りつつある今に。
「自然に生き、自然に死ぬ、それが人」
「その治療は儂を魔物にするのだろう、それはならん、人として生まれたのなら、人として死にたい、分かってくれ」
そう言って老人はよろよろと何かを探るように空中に手を伸ばす、幼女は老人に近寄ってその手を掴むと、自分の頭の上に置く。
皺だらけの手が幼女の黒髪を撫でる、何十年もの間、事あるごとに繰り返されたそれは、いつも幼女に笑顔を与えていた、しかし今は涙しか与えない。
声を殺して幼女は泣く、だが震える体を抑える事は出来なかった。
老人は微かな震えを手のひらで感じた。
「すまんな……」
ぽつりと言葉がこぼれる。
「すまんな、じゃないです」
絞るように声が出た、その声には怒りが含まれていた、老人は撫でる手を止め驚く。
いつもならば、幼女が泣き疲れて寝るまで撫で続けるのだが、今日の幼女は違った。
「私はあなたと決めたのです、あなた以外は嫌なのです」
幼女は手を軽く払うと、老人の胸ぐらを小さな手で弱く握り、淡々と静かな怒りを込めるように喋り続ける。
「私はあなたと添い遂げたい」
「ですから先に逝きません、逝かせません」
「だってまだ共に歩む事ができるでしょう」
「私はこの我が儘を意地でも通します、後でいくらでも罵って下さい、あなたの側で受け止め続けます」
初めて出会った時から、今まで、怒る幼女を老人は見たことがなかった、笑ってはしゃぐ事はよくある、たまに膨れてすねたりするがすぐに機嫌は直る、だか怒る事はなかった。
我が儘を一つも言わず、他の魔物夫婦に比べて極めて少ない夜の営みにも不満をこぼさず、長い間自分を支え続けてくれた幼女の初めての我が儘だった。
「じいさま」
「な、なんだ」
「春になったら、私をあぐらの上に乗せて花見をしたいんですよね?」
「そ、そうだが」
「塩お結び、食べたいですよね?」
「た、食べたいぞ」
「行きましょう」
「どこにだ」
「サバトです!」
そうして、老人はサバトに連れていかれた。
冬が去り、桜の咲く季節の頃、一本の桜の木の下で黒髪の青年が、黒髪の幼女をあぐらの上に置いて花見をしている。
青年のしっかりとしたあぐらの中で木漏れ日を受けながら、幼女は口を開いた。
「じいさま」
「おいおい、今は若いぞ」
「ふふふ、そうでしたね、ではあなた」
「なんだ」
「お尻に硬いモノが……」
「く、くるぶしだろう」
「そうですね、くるぶしでした」
「そうだ、くるぶしだ」
「ふふふ…………今夜は楽しみ……」
「……何の事だ」
「さぁ…………ふふふ」
15/04/20 23:47更新 / ミノスキー
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