巻かれ男冒険譚
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王室からの調査依頼
商団の車輪窃盗事件の話も大分熱が覚め、もう街は次の話題に移った。
街の中での便利屋もそれなりに収入はあるが、街の外にも依頼は山ほど転がっている。
「ほうほう…東の国で盗まれた魔道具の捜査に…こっちは砂漠の廃村調査か。」
俺は集会場のカウンターで渡された、新着の依頼書の写しを読みながら呟いた。
この国は反魔物国なので、今回のこの砂漠の依頼のように、明らかに魔物と対峙することになりそうな依頼は、結構危険度の高い依頼として扱われている。
そんな依頼は、王室直々に任命されたプロの仕事人が引き受けるのがセオリーなのだが、王室以外の依頼主が、低コストで目的を達成しようとしたときに、こうして一般の依頼に紛れ込んでくるケースがあるのだ。
そんな依頼はやはり報酬が高く、冒険家でとりあえず金を稼ごうとする安直な考えを持った奴が安請け合いして、結局帰ってこないケースが後を絶たない。
そいつらがどうなったかは大体想像が付く。きっと今頃魔物娘に犯される日々を送っているのだろう。
噂では、伴侶を求めた魔物娘が、わざわざこうした依頼を張り出し、冒険家(夫候補)をおびき寄せていることもあるそうだ。
「わお。王室直々の依頼か。珍しいな…。報酬は・・・悪くないな。」
俺は備考欄までしっかり目を通し、王室からの依頼である証拠の印を確認してから、受託料を用意してカウンターへ向かった。
翌日 東の国 砂漠
「うおぉ・・・あっちぃな。」
灼熱の太陽が照りつける砂漠には、見渡す限りどこまでも続く砂の海しかない。
今回は王室直々の依頼と言うことで、特別に王城にある転移魔方陣を使わせてもらえた。遠く離れた場所の転移魔方陣とネットワークのように繋がっていて、今回の依頼で出向く砂漠がある、東の国まで転送してもらえたのだ。
しかし、不便なことに生身の人間しか転送することができず、東の王城に転送された直後は素っ裸だった。今は支給された服と、小型のナイフや対魔物用の装備などを身につけている。一応使い慣れた道具はたくさんあるのだが、プロの仕事人でもない限り、支給された装備で十分だろうというのがお偉いさんたちの考えのようだ。
今回の依頼内容は、一週間前に魔物たちの襲撃を受けて廃村となった集落の調査だ。砂漠の魔物たちに突如襲撃され、逃げおおせた村人たちの中には子供や妻や夫が行方不明だという者が多数いたようで、その廃村の可能な限りの情報収集と、一人でも多くの村人たちの安否確認をして欲しいとのことだ。
王室から支給されたのは身につける装備だけで、砂漠を歩き回るための足、すなわちラクダなどの乗り物は支給されなかったのだが、一週間前までは旅商人などが使っていた『道しるべ』と呼べるだけの跡は残っていたので、迷うこと無く進めそうだ。
「お、あれは、オアシスか。」
道中、小さなオアシスを見つけた。緑が茂っていて日陰も多く、水もあるようだ。
「ん?あれは・・・まさか!」
オアシスへと歩を進めると、視界の端に何かが落ちているのが見えた。よく目を凝らしてみると、それは半身が蛇の魔物娘、ラミアだった。
思わず態勢を低くして様子を見る。今まで引き受けてきた依頼で、何度か魔物娘を見かけている。さすがに接触をしたことは無いが、目が合ったこともあり、人間とは桁違いな能力も目の当たりにしている。
この先の村を襲った魔物娘の集団の一味だとしたら、目の前に居る彼女以外にも近くに居るかもしれない。
俺は辺りにも視線を這わせながら、ラミアの様子を伺った。
しかし、様子が変だ。ラミアが居る場所は日陰ではなく、太陽の光が照りつける日向だ。それに加えて、目の前のラミアはおそらく熱いであろう砂に身を横たえ、長い蛇身を投げ出している。寝ていると言うよりは、倒れているように見える。
警戒は解かないまま、3メートルほどの距離に近づいてみた。人間に近い上半身は呼吸とともにかすかに動いていて、死んではいないことはわかった。しかし、動かない。
「おーい。」
俺は恐る恐る声をかけてみた。返答は無い。だが、油断してはいけない。狸寝入りの可能性もある。蛇だが。
気が引けたが、ほかに方法が無いので、足元の砂を一掴み彼女の体に投げつけてみた。
しかし、微動だにしない。
俺は彼女を中心に円を描くように移動し、彼女の顔が見える位置に移動した。やはり目は開いていない。
やや幼さが残る顔立ちに、長いまつげ、ふっくらとした唇と、陽光を反射して輝く金髪。下半身の鱗も、移動しながら見るとキラキラと光っていた。
美人だった。
「お、おい!」
俺は再び声をかける。すると、かすかに体が反応したように見えた。
意識はあるのか?
俺は思わず後ずさって再び様子を見るが、それ以上の反応は無い。
俺はいい加減じれったくなって話しかけてみた。
「おい。俺はこの先の村を調査するように言われた者だ。お前は一週間前にこの先の村を襲った魔物たちの一味か?」
再び、彼女の体がかすかに反応した。
「…ず……」
微かにだが、震える彼女の唇から声が漏れた。その声はか細く、とても苦しそうに聞こえる。
俺は彼女の尻尾を警戒しながらゆっくりと近づき、体に触れてみた。
「っ!熱い…!」
二の腕に触れてみると、驚くほど熱かった。この日差しの中でずっと横たわっていたのだろうか?だとしたら、命に関る。
「おい!しっかりしろ!目を覚ませ!」
俺は彼女の体を強めに揺すって声をかけた。
「み…ず…」
「水?」
小さな声でそれだけ言うと、彼女は再びぐったりしてしまった。なんども揺すったが、それ以上の反応はない。
仕方なく、彼女を後ろから抱える形で引きずり、水辺へ運んだ。
「おい、水辺に着いたぞ。動けるか?」
汗だくになりながら再び問いかけるが、小さくうめくばかりで動けそうにはない。俺は両手で冷たく澄んだ水をすくい、彼女の体に降りかけた。
「んぅ…はぁ…」
彼女が眉をしかめて呻いた直後、長いまつげが震え、薄くまぶたが開いた。
「はぁ…あれ…?私…」
どうやら目が覚めたようだ。俺は念のため再び距離をとって様子を伺ってみた。
「はっ!水!」
彼女は顔を上げて、目の前にオアシスの水があることに気づくと、弱弱しく体を動かして水面に顔を近づけた。しかし、腕にうまく力が入らなかったのか、思いっきり水に顔を突っ込むようにして倒れてしまった。
俺は思わず彼女に近づいて助け起こそうとしたが、一歩踏み出した直後に彼女の長い蛇身がビクリと反応したのが見え、立ち止まった。
彼女はけほけほとむせながらゆっくりこっちを振り返り、鋭くも美しい金色の瞳で俺を睨んできた。
「あ、あなた、誰?」
顔の水滴を拭いながら問いかけてくる。水を飲んで、少しは気分が楽になったのか、大分元気が戻ったように見える。
「俺はこの先の村の調査を頼まれた者だ。一週間前にこの先の村を魔物たちが襲った。お前はその一味か?」
俺は一歩も動けずに答えた。下手に後ずされば弱いと見なして襲ってくるかもしれない。
「一週間…まだそれだけしか経ってないのね…」
彼女は険しい顔をしてうつむきながら呟いた。何か、嫌な事を思い出すかのように。
「…お前も一味だと判断していいんだな?」
「…ミンスよ。」
「何?」
「お前じゃなくて、『ミンス』という名前があるの。あなたは?」
蛇身を自身の周りに集め、とぐろを巻くようなポーズになりながら、ミンスと名乗った彼女は尋ねてきた。
「…」
「名前、無いわけじゃないでしょ?」
「…いや、」
「別に良いじゃない。名前くらい教えてくれたって。その格好を見るに、東の国の人みたいだけど、別にとって食ったりしないわよ?」
彼女はそう言いながら、乱れていた髪を左手ですいた。木漏れ日を受けて、金髪がきらめく。絵画から飛び出してきたような美しい光景だった。
しかし、そんな彼女の左腕には、不似合いなほど不気味な紫色の宝石が輝く腕輪がはめられていた。
「…トージアだ。」
「ふふっ。やっと名乗ったわね。いい名前じゃない。」
名乗るべきか迷ったが、確かに名乗ったところで食われるわけでもない。そんな俺に、彼女はあどけない少女のような笑みを向けてきた。
「…ずいぶん長いこと日向に倒れていたみたいだが、大丈夫か?」
「あら、心配してくれるの?優しいのね。あ、もしかして、あなたがここまで運んでくれたの?」
彼女は尻尾を水に浸しながらかわいらしく小首をかしげた。
「あぁ、死んでるんじゃないかと驚いたよ。」
「そうね。危うく干物になるところだったわ。」
「…笑えないな。」
「あなたのおかげでこうして笑えるわ。ありがとう。」
「ど、どういたしまして。」
「ふふ、ちゃんと笑えるじゃない。」
彼女が向けてくる屈託の無い笑顔に、思わずこっちまで頬が緩んでしまった。それを見逃さず、彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら言った。
「ところで、なんで倒れてたんだ?」
距離をとって警戒する俺に、敵意は無いと言って水浴びを始めた彼女に問いかけてみた。
「逃げ出そうとしたのよ。」
水面を漂うように長い蛇体を伸ばして浮かびながら、彼女は吐き捨てるように言った。
「逃げ出すって、何からだ?」
「…」
彼女は再び表情を曇らせ、沈黙を返してきた。どうやら訳ありのようだ。
彼女の返答を促すべきか、このまま待つべきか迷っているうちに、彼女はザバッと水から出てきた。
「…そういえば、あなたはこの先の村を調査するために来たのよね?」
「うわっ!あ、あぁ、そうだ。き、君はその村から来たんだろう?」
音に驚いて振り返ると、さっきまで見ないようにしていた裸体が間近に見え、思わず声が上ずってしまった。顔が熱くなるのを感じる。
そんな俺の反応が面白かったのか、彼女はクスクスと笑いながらからかってきた。
「フフフ、何よ照れちゃって。かわいいわね。見たかったら見てもいいのよ?」
「か、からかうな!」
「アハハハ…」
「笑ってないで質問に答えろ!」
俺は口元を押さえて無邪気に笑う彼女に、少し語気を強めて言い放った。
「ハハハ…もう。そんなに怒らなくても良いじゃない。…私はね、あなたがこれから行こうとしているその村から、逃げてきたの。」
「どういうことだ?」
俺は依然として彼女に向き直れないまま更に問いかけた。
「…ふぅ。こっち向いて良いわよ。」
彼女はまた質問に答えず、一息ついてからそう言った。俺はゆっくりと振り返ったが、彼女はまだ裸のままだったので、慌てて背中を向けた。
「お、おい!服着てないじゃないか!」
「えー?私、振り返っても良いとは言ったけど、服を着終わったとは一言も言ってないわよー?」
「コイツ…!」
「えいっ♪だから、ミンスって名乗ったでしょ。コイツでもお前でもあんたでもないの。ちゃんと名前があるの!」
子供のようにぷんぷんと怒りながら、彼女は俺の背後からいきなり抱きついてきた。魔物娘とは言え、さっきから人間を相手にしているような感覚にとらわれていて、すっかり警戒を解いてしまっていた俺は、あっけなく彼女の細い腕に捕まってしまった。
「しまった!くっ!離せ!」
「きゃぁ!」
俺はとっさに全力で腕を振りほどいて彼女から離れた。彼女はそんな俺の行動が予想外だったのか、短い驚きの悲鳴を上げた。
「もう!乱暴ね。ただの冗談よ。」
「洒落になってない。魔物娘が人間の男を襲うのは良く知ってるんだ。」
「襲うなんて人聞きの悪い…愛情表現の一環よ?」
そう言いながら、彼女は身を抱くしぐさをして腰をくねらせながら、眉をしかめて非難の目線を投げかけてくる。
驚いて跳ね上がった心臓の鼓動を鎮めながら、俺はそんな彼女を睨み返した。
「…こっちは仕事できてるんでね。ナンパならお断りだよ。」
「私たちはナンパなんかしないわ。男の人を誘うときは、いつだって本気よ?…それに」
彼女は妙にいやらしい笑みを浮かべて言葉を切った。次の瞬間、俺は腰周りに強い圧迫感を感じ、気が付けば空を見上げていた。
「本気で男の人を捕まえるときは、こんな風に全力で捕まえるの。逃がさないようにね♪」
「くっ!尻尾か!」
俺は腕に懇親の力をこめて絡みつく蛇身を振りほどこうとするが、さすがは魔物娘。ビクともしない。
そうこうしているうちに両腕ごと締め上げられ、彼女の顔が目の前に迫っていた。
「ねぇ、トージア?さっきから私ばっかり質問されてるわよね?それって不公平だと思わない?」
彼女はにんまりと笑みを浮かべて問いかけてきた。俺はひとまず抵抗をあきらめ、隙をうかがうことにした。
「何が望みだ?」
俺はいたって冷静に問いかけた。
「そうねぇ。まずは、私のことをちゃんと名前で呼んで欲しいわ。」
彼女は人差し指を顎にあてて少し考えてから、悪戯っぽく笑って言った。
「…俺を襲うつもりだな?…うぐっ!?」
俺は無視して更に問いかけた。とたんに、腰周りの蛇身がキュッと締まり、鈍く痛みが走った。
「だから、今度は私が質問する番なの!」
彼女、ミンスは再び頬を膨らませて言った。
「…わかった。ミンス。さ、これでいいだろう?早く離してくれ。」
俺は唯一動かせる手首を動かして、ぺしぺしと彼女の蛇身を叩きながら頼んでみた。しかし、やっぱり開放されなかった。
「まだよ。いくつも質問してきたじゃない。まだ足りないわ。」
「じゃぁ、今度は何だ?」
「…助けて欲しいの。」
「何?」
呟くように彼女の口からこぼれた言葉に、思わず聞き返してしまった。
「…さっき、このまま襲うつもりか?って聞いたわね。」
「あ、ああ。」
「先に答えてあげる。襲うつもりは無いわ。」
「なら、どうしてこんな…」
「お願いがあるのよ…!」
俺の言葉をさえぎって、彼女は吐き出すように言った。俯いているため、表情は見えないが、絡みつく蛇身から伝わる小さな振動で、彼女が泣いていることがわかった。
「…お願い…!私たちを助けて…!」
そう言いながら彼女は顔を上げる。美しい金色の瞳が、涙に滲んでいた。
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次へ
どうも〜。読んでいただいてありがとうございます。
相変わらずの見切り発車、駄文に超展開など、お見苦しい点が多々あるかと思いますが、少なくとも今回の砂漠編くは完結させるつもりなのでよろしくお願いします。
よろしければ、感想など書いてくださると嬉しいです。
16/05/10 22:01
ウカナ・N・アクナス
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