巻かれ男冒険譚 %02 c=15d %02 c=15d

太古のオアシス

「こっちよ。」

俺は今、ミンスに連れられてオアシスの地下に広がる遺跡の中を歩いていた。
地上とは打って変わって空気がひんやりとしていて薄暗い洞窟の中を、彼女は迷うことなく進んでいく。

遺跡の中は、崩れかけていた。
柱はしっかりと残っているのだが、壁が崩れて通路を塞いでいたり、階段が一部崩れて通れなくなっていたり、長い間手入れされていないようだった。
しかし、古い造りの光源は生きていて、ぼんやりと遺跡内を照らしていた。

「何度もここを通ったのか?」
「ええ。この遺跡を通って逃げてきたの。あいつに見つからないように、こっそりここに忍び込んで、オアシスへの道を覚えたのよ。」

ミンスはするすると這いながら、少し誇らしげに言った。








一週間前、彼女は他の魔物娘たちと一緒に、夫を求めてこの先の砂漠の村を訪れた。

驚いたことに、反魔物体制の国に挟まれたこの砂漠は、昔は魔物と人々が仲睦まじく暮らす大きなオアシスだったらしい。
そんな記録を頼りにこの村を訪れた彼女たちだったが、それはやはり昔の話で、村人たちは大騒ぎで逃げ出してしまった。

落胆する彼女たちに、更なる不幸が襲いかかった。

彼女たちの来訪と同時に村を訪れた男が、村を占領しようとテロを起こしたのだ。
男は見たこともない魔道具を使い、人々はもちろん、魔物娘たちまで捕らえてしまった。

「その魔道具が、これよ。」

ミンスは忌々しいものを見るように、左腕の腕輪を見つめた。

ミンスの説明によると、男は腕輪によく似た装飾の銀色の杯を持っていて、その中から垂れる液体を対象の体に浴びせて、この腕輪のような枷を嵌めるらしい。
枷を嵌められた者は、少しずつ体力や魔力を吸われ、その魔力や体力が杯に溜まっていくそうだ。

「なるほど。で、逃げ出した先で魔力切れになって、気を失ったのか。
それで、その杯が一杯になると、どうなるんだ?」
「わからないわ。でも、興奮した男が言ってた。この杯で、東の国の城を吹き飛ばすって。きっと、集めたエネルギーを爆弾にでも変えるつもりなんだわ。」

彼女は怯えた瞳でそう言った。
魔力を吸うと言う魔道具。このまま彼女たちの力が吸われ続ければ、爆弾うんぬんの前に、彼女たちが危ない。

「ありがとう……。」

考えていたことが顔に出ていたのか、唐突に彼女が礼を言ってきた。

「なんだ、いきなり。」
「出会ってまだ一時間も経ってない私を信じて、そんなに真剣に考えてくれてる。それだけでも、嬉しいの。」

彼女は目尻に涙を溜めながら言った。

「おいおい、まだ何もしてないうちに泣く奴があるか。」

俺は彼女をこれ以上泣かすまいと、少し茶化しながら言った。

「あなた、ほんとにいい人なのね。……惚れそうよ。」

今度はミンスが茶化し返してきた。

「な、何を言ってるんだ。」
「あら、冗談に聞こえたかしら?」
「なっ、え?」

頬を赤らめて心なしか情熱的な視線を向けてくるミンスに俺は焦ってしまい、言葉につまってしまった。

「アハハハ」

そんな俺を見て、どこか満足そうに彼女は笑った。しかし、すぐに俺は状況を思い出し、慌てて彼女の口を手で塞いだ。手でね。手だよ!

「きゃっ!?むぐっ!!」
「ダメだミンス。遺跡の中は音が響く。大きな声は出さない方がいい。」
俺は彼女に耳打ちした。彼女はビクンと肩を弾ませたあと、小さく何度も頷いた。
それを見て、俺はそっと手を離した。

「ぷはぁ……襲われるかと思ったわ。」
「は?!いや、そんなつもりは……うお!?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるミンスから離れようとして壁に手をつくと、その壁の古びた土煉瓦がゴトっと奥へ引っ込み、俺は前のめりに倒れてしまった。ミンスごと。

「きゃぁ!(おんぷ)」
「むぐっ!?!」

前のめりに倒れた俺は、顔の両側から温かくて柔らかな二つの膨らみに包まれた。

「ちょ、ちょっと!?ひゃん!!息がくすぐった……」
「ぷはっ!?すまん!わざとじゃな……い……?」

慌てて上体を起こして弁明を図るが、彼女は黙って目をそらしていた。

「……いや、えっと、怒ってらっしゃる……?」

問いかけてみても彼女は答えず、斜め上に顔を向けていた。
俺もつられて同じ方を向くと、美しい光景が広がっていた。

「な、なんだ!?ここ……」
「私も知らないわ。初めて見る部屋よ。」

俺たちは目も合わせずに話していた。

さっき俺が手をついた壁は、狭い通路の壁に機能的に収納され、その壁があった場所の少し先には、緩やかに下る階段があった。
その階段の先には豪華な客船がまるごと収まりそうな巨大な部屋があり、円形に近いその部屋の中心には、これまた円形の枯れた噴水のようなものがあった。
手の届く範囲の壁は普通の石造りの壁なのだが、半球のように削られたドーム状の天井や壁には、快晴の空を思わせるような美しい青色の塗料が塗られ、どこから来ているのかわからない魔力で、呼吸をするようにゆっくり点滅していた。
そんな青色のなかに、人や魔物娘と思われる壁画が描かれていた。壁画の中の人々は、天井の中心に描かれた白い杯を崇めるようなポーズをとっている。
その杯を取り囲むように、見たことあるような、無いような、そんな異形の魔物娘たちが華々しく踊っている。

「……ここだわ。」
「なに?」

壁画に見とれていると、いつの間にか噴水(?)の前に立っていたミンスが呟いた。

「遠い昔、魔物と人が共に暮らした場所。その中心……ここのことだったのよ。」

枯れた噴水の一番下の段を覗き込みながら、確信したようにそう言う彼女の表情は、先程までとは打って変わって明るいものになっていた。

「そんな伝承、聞いたこと無いぞ?」
「私のおばあちゃんから聞いたの。この部屋こそ、その伝承が本当だったっていう証明なのよ……すごく、綺麗……」
「なぁ、そこに描かれてる杯って、もしかして……」

壁画を眺めるミンスに疑問をぶつけてみる。俺の指差した画を見て、彼女は眉をひそめた。

「…わからないわ。そんなにまじまじと見てないもの。でも、確かに似ている気はするわね。」
「……!?おい、それ!」

顎に人差し指を添えて答えるミンスの左腕に違和感を感じて、よく見てみると、嵌め込まれた紫の宝石が光を放っていた。その光は、空色の天井と同じく呼吸するようにゆっくりと点滅している。

「何これ……」

不安そうに腕輪を見たミンスは不意にこっちを向いた。
なぜか少しドキッとしてしまった。

「まさか、その腕輪、この部屋に反応しているのか?」

適当な推測だが、壁画の杯が関係しているなら、この腕輪も何かしら関係しているはずだ。

「待って。この画!杯の下の部分!この噴水に似てない?」

ミンスは壁画、噴水、腕輪へと順に視線を巡らせて、最後に俺を見た。
言われた通りもう一度壁画を見てみると、確かに杯の下の部分は階段状の台座になっていて、見方によってはそこにある噴水ととれなくもない。段数も一致している。

「なるほど……確かにな。って!おい、待てよ!」

再びミンスに視線を向けると、彼女はスルスルと噴水の階段を這い始めていた。

「見て、ここ。噴水の中心にこんな台座があって、何かを置けそうな丸い窪みがあるのよ。」

噴水の中心で止まったミンスが静かに言った。俺も階段を上ろうと足をかけたその時、ミンスの腕輪が眩い輝きを放ち始めた。

「やっぱり、反応してる。間違いないわ!」
「ミンス!大丈夫なのか?!」

逆光で彼女の姿がまともに見えない。興奮気味な彼女の声に問いかけると、『心配性ね』とクスクス笑う声が聞こえた。
手を目の前にかざしながら階段を上りきると、スイッチを切るように突然光が消えた。

「あら?」
「なんだ?!」

視界の黒点を消そうと、まばたきをしながら身構える。すると、彼女の腕輪が水銀のような液体に変化して床に垂れ落ちた。
その液体は紫色の宝石を残して床に染み込むように消えていき、同時に天井から半球状の天井の表面を伝うように光が流れ、壁と天井の境目で綺麗に止まった。水のように波打っている。

「……感じるわ。あれ、魔力よ。」

天井を見上げながらミンスが言う。

「……何がなんだか……どこか変なところはないか?」
「だーいじょうぶよ。」

回りを見渡しながら尋ねると、のんきな返事が返ってきた。
ミンスに視線を向けると、どこもおかしくないという表情で両手を開いて見せた。
腕輪は跡形もなく消えている。

「……宝石だけ残ってるな。」
「ほんとね。何故かしら?」
「俺にわかるわけないだろ。」
「……触って大丈夫なの?今度はあなたに変な腕輪が……」
「怖いこと言うなよ。」

そんな会話をしながら俺は転がった宝石を拾い上げてみる。
なんのことはない。普通の宝石に見える。

「見せて。」

そう言って手を出すミンスに宝石を渡したとたん、紫色の宝石は光る粒子のように分裂して、ミンスの体に溶け込んでいってしまった。

「なっ!?」
「きゃっ!?」

突然のことに悲鳴をあげたミンスだったが、すべての粒子が溶け込み終わると、にんまり笑みを浮かべていた。

「お、おい?どうしたんだよ?」

俺が恐る恐る声をかけると、ミンスは明るい声で言った。

「吸われた魔力が戻ってきたわ!」

そう言って勢いよく抱きついてきた。

「うおっ!?」
「よかった!何でかわからないけど、これで安心だわ。」

早口でそう言いながらグイグイ締め付けてくる。

「わかった!わかったから離s……」

手を突っ張って引き離そうとした瞬間、より一層強い力で抱き締められ、俺は息が詰まった。

「ありがとう、トージア。ほんとにありがとう。」

涙混じりなのか、震えた彼女の声が耳元で聞こえる。
彼女が腕輪で吸われてしまった魔力は戻った。
からくりも道理もまるでわからないが、この部屋は何か大掛かりな仕掛けが施されているような気がする。
だが、その前に。
魔力が戻ったということは、今のミンスはとても危険なんじゃ……
そこまで考えが至ったと同時に、彼女を引き剥がそうと両手を挙げかけたところで、俺はその手を止めてしまった。
彼女を引き剥がすことを、しなかった。

確かに最初は襲われるかと身の危険を感じることはあったが、彼女は良い娘だった。
オアシスで話したとき、俺を尻尾で捕らえることに成功した後、締め上げるなりそのまま襲うなり、自由にできたはずなのに、そのまま俺を解放し、更には遺跡の存在を俺に教えるほどに純粋に俺を信じた。

俺の中にあった『彼女は魔物だから』という前提が、この短い時間のなかで『彼女は魔物だけれど』に変えられてしまった。
俺は、いつの間にか彼女に親しみを感じていた。

「……振りほどかないのね。」
「えっ……?」

涙は引いたのか、震えの消えた声で彼女は問いかけてきた。
心を読まれたのだろうか?そんな疑問が浮かび、顔が少し熱くなる気がした。

「今、魔力を取り戻した私は、危ないって考えたんでしょ?」

本当に読まれていた。彼女なりに人間という存在を見てきた経験が、その推測を導いたのか、魔物特有の勘とでも言うのか、ここまで見透かされてしまうとは正直恐ろしくも感じてしまう。

「……答えないってことは、そうなのね?」
「……そうだな、否定はしない。」

少しの間をおいてさらに問いかけてくる彼女に正直に答えた。
すると、突然彼女が密着させていた身体を離して俺の顔を覗き込んできた。

「っ……」
「貴方は、本当にいい人ね。」

俺の頬に手を添えながら、熱のこもった真剣な目でそんなことを言う彼女。
俺はまさに、蛇に睨まれた蛙のように、そんな彼女の黄金の瞳から目が離せなくなっていた。

「……い、いい人ねって、俺は別になにもしてないじゃ……」
「いいえ。してくれたわ、たくさん。」

俺の言葉を素早く遮って、彼女は話し始めた。

「あのまま日向で倒れていたら、きっと干物になってたわ。そんな私を見捨てることなく水辺まで運んでくれて、私の話を信じてついてきてくれて、偶然とは言え、この場所だって私だけじゃ見つけられなかった。言葉では上手く言えないけど、心も支えてくれた。
あなたはたくさんのことをしてくれたわ。充分過ぎるくらい。」

話しながら、彼女は空いている方の腕を俺の背中に回してきた。
その手の感触、彼女の視線、鼻にかかる、どこか甘い吐息、全てが俺の全身に絡み付くようで、ついぼぅっとしてしまいそうになる。

「だからね、」

そこで、ふっと彼女は視線を俺からはずした。
それを受けて、俺も我に返る。

「伝えたいの……」

自分のなかで何かを確認するように、彼女は表情を固め、唇をきゅっと引き締めた。

「私ね、」
「ま、待て、ミンス。」

俺は、思わず声を出してしまったことを一瞬後悔してしまった。
なぜなら、目の前の彼女の表情がみるみる泣きそうになっていったから。

「なぁに?」

今度は少しむっとした表情になって、問いかけてきた。

「その、なんていうか、まだ、早いと言うかさ。その、ミンスは腕輪が取れたけど、それで終わりじゃないだろ……?」

俺の言葉に、一瞬頭上に?を浮かべたミンスは、すぐに目を丸くした。

「だからさ、その…今の続きは、全部終わってから、改めて聞きたいというか…ほら、ミンスは、俺がいろんなことをしてくれたって言うけど、俺としては、まだなにもしてないような気がしてるんだよ。だから、ちゃんと、ミンスに何かをしてあげてから…にしたいんだ。」

我ながら情けないくらい噛みながら言い訳がましい言葉を連ねる。
こんなことを言われては、彼女に恥をかかせてしまうかもしれない、なんて考えは、後だしジャンケンのように後から湧いてきて、俺は恐る恐るミンスに視線を投げ掛けた。

「そぅ……そうね……。わかったわ。」

一瞬残念そうな表情が覗いたが、彼女ははにかんでそう言った。
俺もつられて笑みを返すと、不意に彼女はまた真剣な顔になって、俺を見つめてきた。

「でも、これだけは言わせて。」

そう言って、またずいっと顔を寄せて、

「私を助けてくれたのが、貴方で良かったわ。」

そして、照れ隠しか、いたずらっぽく笑った。

そのときの俺は、きっとすごく間抜けな顔をしてただろう。
見とれてしまって、何も言えなかった。
















「あそこか?」
「えぇ。見える?あの黒い鉄格子の中に皆が閉じ込められてるの。」

遺跡の出口は村の外れにある小屋の中だった。
ミンスのあとに続いて村の中を進むと、村人や魔物娘たちが捕らえられているという村長の家が見えてきた。
日が落ちかけてきて、薄暗くなっているなかで、鉄格子の側に立てられた何本もの松明の灯りが辺りを照らしている。

「例の男は?どこだ?」

俺とミンスは家の玄関と檻が同時に窺える位置に移動して様子を見ることにした。

「きっと家の中ね。」

ミンスが見つめる檻には、上から布が被せられ、中に光が差し込まず、外からでは様子が窺えない。

「……みんな、無事でいてよ……」

涙混じりに祈るようなミンスの声が聞こえた直後、村長の家の中から怒声が上がった。
ハッとして物陰に隠れ直す。しかし、玄関が開く音はせず、男が出てくる気配はない。

「二手に別れよう。ミンスは牢屋に行って、捕まってる人たちを解放してくれ。俺は家の中の様子を見る。魔法は使えるか?」

低い姿勢のままミンスに問いかけると、ミンスは小さく咳払いをしてから、口を開いた。

「(魔法って、こういうの?)」

少し自慢げににやけながら、こちらを見るミンス。
口は動いたが、声は出ていなかった。だが、俺の頭には直接声が届いている。

「すごいな。」
「(私たちラミアは声に魔力を込めることができるの。こんな使い方もできるのよ。)」
「よし、じゃあ、人質を解放し始めたら教えてくれ。万が一男がそっちに向かいそうになったら、俺が足止めする。」

剣技の腕にそれほど自信はないが、こういう仕事をしていれば盗賊の類と戦う羽目になったりもする。それなりに戦うすべは心得ているつもりだ。
そっと懐のナイフを取り出すと、ナイフを握る俺の手に、ミンスが手を重ねてきた。

「(貴方が傷つくのはとても嫌だけど、貴方が誰かを傷つけるのもいやだわ。)」

ナイフの刃を見つめながら、悲しげに言うミンス。俺はそんな彼女の頭をなでながら答えた。

「命を奪われるつもりもないし、奪うつもりもないよ。第一優先は足止め。行動不能にできればそれが最善だ。」

俺の言葉でミンスの顔は少し明るくなったが、やはりまだ心配らしい。

「(気を付けてね。)」

そう言って、ミンスは俺から離れた。

「(そうそう。大事なことを言い忘れたわ。この声、私にしか使えないから、トージアからの言葉は聞けないの。忘れないでね。)」

そう言うと、ミンスは素早く俺の頬にキスをしてきた。

「(いってらっしゃい。)」

けなげに笑うミンスの笑顔に押されて、俺は村長の家まで近づいた。






村長の家の窓には砂嵐除けの板が付けられていて、中の様子はうかがえない。だが、男のものらしき気配が確かにする。かがんだ姿勢のまま家の裏手に回ると、板が付けられていない窓が一つだけあった。

「何故だ!?何が足りない!?」

突然聞こえた男の怒声に肩がはねる。板のない窓の向こうからではなさそうだ。恐る恐る窓から中を覗くと、どうやらベッドルームのようだ。
このまま中に侵入して男に襲い掛かってもいいが、男の正確な位置も分からないし、勝てる保証もない。どうしたものか。

思考を巡らせていると、ミンスの声が聞こえた。

「(トージア。聞こえる?牢屋のカギを外せたわ。みんな衰弱してるけど無事みたい。一斉に逃げ出すとばれちゃうから、少人数ずつ逃がすわね。)」

建物の陰から牢屋のほうを見ると、ミンスが牢屋の陰から顔をのぞかせていた。
俺はジェスチャーで脱出開始の合図を出すと、ミンスは小さく手を振って了解の意思を示した。
そのまま牢屋の中に引っ込み、程なくして三人ほどの村人を連れて遺跡の出口があった小屋のほうへ逃げ始めた。

「さて、どうしたもんか。」

再び家の外壁にもたれかかりながら考える。ミンスの話では、捕まった捕虜の数は、人間と魔物合わせて20人ほど。三人ずつ逃がしていくとすれば、それなりに時間がかかるはず。

時間を稼ぐにしても、外からでは手出しができない。物音を立てて建物からあぶり出す手もあるが、こういう場合、相手はきっと真っ先に檻のほうを確認しようとするはずだ。

「残るは…奇襲か」

もう一度ナイフの柄に手をかける。ミンスにはかっこつけたことを言ったが、いざとなると震えている自分の手が情けなかった。

恐怖を追いやって自分を奮い立たせようとしていると、前方の牢屋から人影がのぞいているのに気が付いた。
そいつは砂漠の村民らしく、頭まで布をかぶっていて顔が見えないが、こちらの様子をうかがっているようだ。

俺は急いで檻に戻るようにとジェスチャーをしたが、そいつは意に介さず身をかがめてこちらに向かってきた。

「おい何してる!早く牢に戻れ。安全な場所まで案内されるのを待つんだ。」
「大丈夫です。話を聞いてください。僕は家の中の男の知り合いなんです。」

抑えた声で早口にそういう男は、顔の布を取り払った。そいつは20にもなってなさそうな少年だった。

「なんだって?知り合い?」

脱いだ布を懐にしまいながら俺と同じように壁にもたれる少年。知り合いということは、村を襲った男の協力者かもしれない。俺は慌ててナイフに手を伸ばすが、少年は片手をあげてそれを制した。

「大丈夫です。僕はあなたの敵じゃない。僕はシン。この村の村長、オージールの孫です。」
「村長の孫?君も一緒につかまったのか?」

「わざと捕まったんです。あの男…僕の兄を捕まえるために。」

突然現れた少年は、心底憎いものを睨むような視線を村長の家に向けながら、冷たくそう言った。



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どうも〜。バタバタしていて思いのほか更新に時間がかかってしまいました。
砂漠編第二話です。
遺跡の中の描写はけっこう悩みました。なによりも、頭の中にイメージを作る段階で苦労したので、そのイメージをさらに文章にするなんてとても大変でした。
精進したいと思います。

次回はいよいよ砂漠編クライマックス。(次で終わらせたい。)

ミンスとトージアは砂漠の村を救えるのか!?
頑張って完結させるので、どうか最後まで気長にお付き合いいただけると幸いです。
コメントや感想など、お待ちしております。

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