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後編〜完〜

終了を告げるチャイムが響き、机に突っ伏していた生徒達がむくりと起き上がる。
「よ〜し、これで期末テストは終了だ。幸い今回は不正行為も無く終われて何よりだ。赤点は初日に説明したとおり平均点の半分以下。特に今回は全教科の先生方も甘く問題を作ったらしいから、まさか夏休みの半分を費やして鬼の補習に参加するような奴は出ないだろうと思ってい・る・ん・だ・が・?大丈夫だよなぁ?まぁ、いい。テスト返却は来週の月曜日。それまでお前らはつかの間の休息だ。その日には頭髪検査もあるから休みのうちに切っておけよ!もし、どこぞのホスト気取りでロン毛にしてくる奴が居たら、おれが問答無用でゴリン(バリカンで5ミリのボウズ頭)にしてやるから覚悟しておけ。では学級委員、号令!」


「っしゃ〜!終わった〜!!」
「相変わらずテンション高いよなぁ野口のやつ…」
「だからイグニスと契約したんじゃない?クーラー効いてるのに3度くらいは暑くなるよ…」
「言えてる。地球温暖化の原因の3割くらいはあいつのせいかも…」

号令が済んでそれぞれの荷物をまとめるクラスメイト達を尻目に、僕はいそいそとさっきまでやっていた世界史のテスト問題用紙をかばんにしまって教室の出口へ向かう。
「そんなに急いでどこかに行く用事でもあるのか?祐樹?」
「ひぃっ!!?」
突然背後からただならぬ殺気を孕んだ声に呼び止められ、硬直する。ブリキの人形のようにぎこちなく振り返ると、鞄を持って仁王立ちをしているイリィが居た。
「い、いや、早く帰って冷たい飲み物でも飲んでまったりしようかと…」
にっこりと微笑むイリィにまるで言い訳をするかのように言葉を並べるが、イリィはその影がさした笑顔を崩さないまま一歩一歩僕へと近づいてくる。そして手を伸ばせば届くくらいの距離に来たところで、僕に顔を近づけて、
「そうか、では、一緒に帰ろう。飲み物も用意させるぞ?」
そう言って僕を引きずって歩き出すイリィ。クーラーの効いた部屋から廊下に出る瞬間のあのなんともいえない感覚を感じつつ、僕はがっくりとうなだれた。




「ね、ねぇ、イリィ?僕の家…こっちじゃないんだけど…」
「何を言っているんだ?家はこっちだろう?」
左腕を組むようにして抱え込まれ、指を絡めて握られたまま校門を出て歩き出す。校門を出た瞬間に右へ、すなわち駅の方へ歩き出そうとした僕を無言のまま引き戻して、左、すなわちイリィの家の方へ引っ張っていくイリィ。さも当然のような顔で応える彼女に、溜息をつくしかなかった。



期末テストの勉強を付きっ切りで見てやろうと言われてイリィの家へ行った僕は、とうとう期末テスト終了の今日まで自分の家に帰ることは無かった。つまり、今日まで一週間以上彼女の家に泊まっていることになる。
イリィの家のお風呂でやっちゃったあの日、イリィは一日中上機嫌で、普段以上に僕にべったりだった。ほとんど自習ばかりだったその日は、本当は遠い席なのに、クラスの女子に頼んで無理に僕の隣の席へやってきた。席の交換に応じたクラスの女子もそうだが、気づいていながら注意しないその時間の担任のメロウの先生もどうかと思う。
それをいいことに、イリィは教科書を忘れたわけでもないのに机をぴったりくっつけて来たり、こっそり机の下で手を握ってきたりする。なのに、机の上の彼女は表情一つ変えず優等生のままだった。人(魔物)はここまで感情を伏せることが出来るのか…僕はあきれながら配られたプリントに取り掛かっていた。
そしてその日もやっぱり僕はイリィの家に拉致される勢いで連れて行かれ、泊められた。その日は一緒にお風呂には入らなかったが、『せっかくだから一緒の部屋で寝よう!いや、いっそ一緒のベッドで寝よう!!』なんて言い出され、僕が断ると彼女は鼻息を荒くして手をワキワキと動かしながら迫ってきた。
で、その日は結局寝られなかった。彼女は何を言っても僕と寝ると言い張ったし、僕が一人でベッドに入っていても、彼女は逆夜這いを仕掛けてきそうだったからだ。
寝不足でふらふらになっている僕を見て、やっとこさ彼女が折れてくれた。だが、彼女が妥協をしたとしても、僕が彼女の家に泊まるという前提は覆らなかった。
その次の日は僕の一人部屋をちゃんと用意してくれた。やっぱり不安はあったけれど、彼女は”今回は”ちゃんと約束を守った。寝不足だった僕が気づいていないだけかもしれないけど…
それからは普段どおりだった。朝は彼女が起こしに来る前に携帯のアラームで起きたし、着替えも済ませておいた。彼女はそんな僕に『つまらん』なんて文句を言ってきたけれど、寝込みを襲われるよりはましだ。
ただ時々、朝起きたら使っていないほうの枕の位置が動いていたり(何故二つあるのかって?イリィに聞いてよ…)、朝起きたらちゃんと身体に毛布が掛かっていたりして不思議に思うことがあったが、イリィが何かアクションを起こすとしたら、僕は今頃、犯され続けて骨抜きになっているだろうから、僕の気のせいだと思うことにした。
そんなこんなで今日に至る。



「ねぇイリィ?そろそろ僕の両親も心配しているかもしれないから、家に帰りたいんだけどぉ?」
手を引かれながら遠慮がちに彼女に言葉を投げかけるが、
「大丈夫だ。使用人に連絡に行かせたら、祐樹の両親は快く了承してくれた。『一年でも一生でも構いませんよ。ふつつかな息子ですが、よろしくお願いします。』とお義母さん(おかあさん)が仰られていたそうだ。お義父さん(おとうさん)は新聞越しに『うむ。息子を頼んだ。』と仰られていたそうだぞ?」
「ちょ、ちょっといい?今、なんだか聞き捨てなら無いフレーズが二つくらい紛れ込んでいた気がするんだけど?」
「と言うわけで、祐樹の両親には話がついている。心置きなく我が家に泊まって行くといい。」
「無視しないで〜〜!!」
まったく父さんと母さんは息子が人様の家に厄介になっているというのにどうしてそんな呑気なんだろうか。僕は適当すぎる両親に溜息を吐きつつイリィに引きずられて行った。




「!?これは…まさか…」
玄関の門を開けて庭を通り、何度見てもその大きさに驚かされる豪邸の玄関に来た時、イリィが左奥のガレージを見て驚きの声をあげた。
僕もそのガレージの方に目を向けると、そこには今日の朝には無かったぴかぴかのいかつい高級車が停まっていた。
「ねぇイリィ?まさかあの車って…」
「……あぁ、母さんが帰ってきたようだ。」
さっきまで普段どおりだったイリィの表情が、今は別人のようにピリリと引き締まっていた。
「じゃ、じゃあイリィ!今日は僕は自分の家に帰るよ!お母さんも仕事で忙しかったんだろうし、僕が居たらくつろげないかもしれないかr…」
「いや、いい。いずれは会わせようと思っていたんだ。こうも早くなるとは思っていなかったがな。」
そう言ってなんだか覚悟を決めたような表情でドアノブを握るイリィ。そんな彼女を僕は必死に止める。
「ちょ、ちょっと待ってよイリィ!そんな、急にイリィのお母さんに会うなんて!まだ心の準備が…っていうか、また日を改めた方が…イリィ、お母さんに僕のことを言ってあるの?普通そういうのって、会う数日前に『あってほしい人が居るんだ』とか言うもんじゃないの!?」
「まぁそう硬くなるな。大丈夫。大分寛容な人だ。いきなり会わせたとしても、頭ごなしに否定するような人じゃないさ。それに…」
そこでイリィは僕を見つめ、
「たとえ母さんがお前を拒否したとしても、私はお前の傍から離れない。絶対にだ。」
少し頬を紅く染めながらまっすぐに僕を見つめるイリィ。あぁ、僕はこんなにも彼女に愛されて…って、今はそんなこと言ってられないよ!
「いや、でも、そういわれてもやっぱり緊張するよ!どうしよう!僕、どこかおかしいところとか無い?服装とか大丈夫?」
「ええい、うるさい!せっかく私が感動的な言葉で落ち着かせようとしてやったのに…まったく…まぁいい。実際私も少なからず緊張はしている。くれぐれも、失礼の無いように頼むぞ?普通にしていれば大丈夫だ。」
そう言いながら彼女は玄関の扉を開けた。普段は全然気にしていなかったドアの軋む音なんかが、やけに大きく聞こえた。ただでさえ長く入り組んだ廊下も、今は益々長く感じる。
だが、とうとう僕たちは居間の扉の前にたどり着いた。イリィが一回だけ息を深く吸い、フッと吐き出して僕を見る。僕は、やっぱりまだ緊張していたけれど、彼女の目をしっかり見て、小さく頷いて見せた。イリィもまた僕に頷き返し、居間の扉が開かれた。
「…っ」
「…!?!?」
部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、今まで感じたことの無いすさまじい覇気がのしかかってきた。まるで全身に競技で使うような重い金属板をぶら下げたような重圧。呼吸すらも許されないような息苦しさ。イリィも同じく感じ取っているようだけど、さすが娘というだけあって、僕よりは落ち着いている。
「っ…ふっ……っ……」
言葉すらも発せ無くなった僕は、床に引っ張られるように重い首をやっとこさ動かして、少しだけ見慣れた居間を見回す。すると、部屋の中央。大きな革張りの高級ソファにおしとやかな女性のそれととれる満面の笑みを浮かべた女性が座っていた。その頭には金の双角。背には一対の大きな翼。手にはイリィのそれとそっくりな紺色の鱗や甲殻。上品に揃えられて少し身体の右のほうに流されている両足も、同じように紺色の鱗や甲殻で覆われている。
「…お帰りなさい。イリアナ。もう暑い季節なのに大変ねぇ。」
人間が想像しえる最高の女神のような声と表情で、目の前のドラゴンの女性はゆっくり言葉を発した。
「ただいま戻りました、母さん。お仕事、ご苦労様です。」
頬からつうっと汗をたらしながら、イリィがゆっくり応える。
「まぁまぁ、実の親に敬語なんて、ちょっと寂しいわねぇ。そんな他人行儀な態度はやめてちょうだいな…」
そう言いながら女性は優雅に口元を押さえて眉をしかめる。
「母さんを慕うが故の言葉遣いです…」
イリィは少し頭を下げながらそう言った。しかし、
「…やめてって言ってるのよ…」
女性がスッと口元の手を膝の上でもう一度組みなおしながらそう呟いた。静かな物言いだったが、その言葉に怒気が含まれているのは鈍いといわれている僕にも痛いほどわかった。実際、その瞬間に覇気が一際強くなり、もう少しでその場に倒れこんでしまいそうだった。
話が違うじゃないかイリィ!もっと寛容な人じゃなかったの!?僕は非難するようにイリィの表情を伺うが、彼女は黙って母親を見つめているばかりだった。そしていよいよ僕の精神が限界になり、お母さんの覇気に押しつぶされそうになった時、ふいにさっきまでが嘘のように身体を覆う覇気が消えた。
「なぁんてね♪久しぶりね〜イリアナ。元気そうじゃない。」
訳がわからずきょとんとしていると、イリィのお母さんがふっと表情を和らげて陽気に声を掛けてきた。
「ええ。母さんこそ。」
「そうでも無いわよ〜もう、毎日毎日あちこち引っ張りまわされて、やんなんちゃうわ!ほんと…」
「ご苦労様。」
「え?あれ?い、イリィ?」
「あ、そうそう、一つ聞くけど、私のベッドルームがあんな状態になっているのはどうして?」
さっきまでのおしとやかさは何処へやら。まるで別人のように、砕けた物言いで話し、勉強の時も気になったあの改築工事中の部屋の方を指差すイリィのお母さん。というか、僕おいてけぼりなんですけど?ちょっとぉ!
「あぁ、あれは、ちょっと別の用途で使いたかったから…」
「ふぅん…?私のお部屋を勝手に引っ掻き回してまで使いたかった用途って…何かしら?」
「そ、その、それは…///」
「それはぁ?」
「あ、あの!!」
このままだと僕は完全にこの部屋の空気と一体化してしまいそうだったから、僕は勇気を振り絞って声をあげた。こんなに勇気を振り絞ったのは初めてイリィに話しかけたあの時以来なんじゃないだろうか?まぁとにかく、今は二人に話を聞くのが先だ。
「あら?」
「!?祐樹…」
突然割り込んだ僕にさっきと同じく口元を手で覆って驚いた表情を浮かべるイリィのお母さん。そして、まるで僕が居ることをすっかり忘れていたといわんばかりに目を丸くして僕を見つめるイリィ。
「あぁ、すまない祐樹。け、決してお前のことを忘れていたわけじゃないんだ…」
そう言いながら顔の横の髪の毛に指を絡ませるイリィ。いや、絶対忘れてたでしょ?忘れてたでしょ?
「うふふ、変わらないわねぇイリアナは。昔から、嘘をつくときは顔の横の髪を弄ってたものねぇ?もう、お母さんすぐわかる♪祐樹さん。覚えておくといいわよ?この子の癖はわかりやすいから♪」
「な!?母さん!あまり余計なことを祐樹に吹き込むな!」
「フフフッ♪」
「あ、アハハ…」
結局僕が声をあげても、存在を主張しても、この場の空気は完全にお母さんの手の中にあって、まったく変わらない。
イリィそっくりの笑顔で笑う彼女は、イリィと同じくらい、いや、それ以上に美しい容姿をしていた。健康な僕と同年代の男を100人連れてきても、全員が美人だと言うだろう。そして、その美しさに、かわいさをプラスするように、頭の二本の角にイリィと同じようにかわいい真っ青なリボンが付いていた。イリィのお母さんの容姿を失礼ながら観察していたら、さっきのお母さんの言葉に何か引っかかるものを感じた。その何かに思い当たるのはそれほど難しいことではなく、僕ははっとして疑問を投げかけた。
「ど、どうして僕の名前を知っているんですか?」
イリィも同じ事に気づいたのか、お母さんのほうをじっと見つめている。
対するお母さんは、クスクスと少女のような無邪気な笑顔を浮かべて、僕たち二人を交互に見ながら簡単に説明した。
「フフフッ実はね、ずっと二人のことを見てたのよ〜?」
「な、どういうこと?」
驚愕の表情を浮かべてイリィがお母さんに詰め寄る。
「二人でデートをしているのをたまたま見かけて〜、お絵かきしている姿も見て〜、その後貴方達と来たら、人目のあるところで言い争いなんて始めるものだから、人祓いをかけてあげたのよ?ンフフ♪おかげで邪魔が入らずにお互いを分かり合えたでしょう?」
「な、そんなことを…」
「なるほど…確かにあの時あまり人目が気にならなかったなぁ…」
僕たちの初デートの様子はイリィのお母さんに筒抜けだったのか…
「それから、毎朝二人で手を繋いで学校行ったりしてるし〜♪帰りもべったりだし〜♪挙句の果てにはこの家にまで連れてきちゃうし〜♪もう、イリアナってばだ・い・た・ん・ね〜♪」
「…(かぁーッ!)」
お母さんの言葉にどんどん顔を赤らめていくイリィ。当然僕も当事者な訳で、僕たちは二人そろって真っ赤になっていた。
「フッフッフ♪お母さんは全部お見通しなのです!さぁ、白状なさい!二人とも、何処まで行っちゃってるの?イリアナは、もう初めてをささg「お母さん!!!どうして声を掛けてくれなかったの?帰ってきてるならそう言ってくれればよかったのに!!」
恥ずかしさからの混乱ゆえか、普段からこうなのか、イリィは普段からは想像も付かない砕けた口調でお母さんに食って掛かった。
「あらぁ?だって邪魔しちゃまずいかな〜と思ってぇ〜♪(ニヤリ」
「じゃ、邪魔って…だったら最初からスルーしてくれてれば良かったのに…」
「そんなことできるわけ無いじゃない〜?かわいい娘が好きな男の子と二人きりでデートしてるのよ?気にならないわけ無いじゃないの♪それで?何処までしたの?A?B?もしかしてDとか…」
「もう!知らない!!行くよ!祐樹!」
「え、あ、ちょっと…イリィ!?」
「ふ〜ん♪イリィって呼ばせてるんだぁ?いいわね〜私もあの人には呼び方でよく注文をつけたわね〜」
僕の手を掴んで居間の奥の部屋へ引きずっていくイリィ。僕はそんな彼女に戸惑いながらも、思い出に浸っているのか遠くを見つめる彼女に小さく一礼して部屋を後にした。




「まったく!母さんはくだらないことをネチネチと…」
「まぁまぁ、お母さんだってイリィをいじめたかったわけじゃ…」
「なにぃ?祐樹よ、私以外の女の味方をするというのか?」
「え?いや、味方とかそういうんじゃなくて…」
「まったく、祐樹までそんなことを言うのか…はぁ、私と祐樹だけの思い出が…母さんに全部見られていたなんて…」
イリィの部屋に引きずり込まれた僕は、ソファに座って彼女と話していた。
イリィはお母さんに僕たちの思い出について触れられたことがそうとう気に食わないらしく、さっきから愚痴をもらしていた。
そんな彼女も数分で機嫌を直し、僕はとりあえずお風呂に入ることにした。もう一週間以上この豪邸に監禁されるように泊まっているため、僕はだいたいこの建物の間取りを把握していた。少なくとも、居間と自分の部屋とイリィの部屋とお風呂場やトイレなんかは自由に行き来できる。




イリィが使用人に僕の家へ取りに行かせた荷物の中から、替えの下着と寝巻きを取って脱衣所へ向かう。その途中の廊下で、出会ってしまった。
「あら祐樹さん。お風呂ですか?」
「は、はい。お先に失礼します…」
「そんな堅苦しい言葉遣いは止めて頂戴。あ、そうだ!自己紹介がまだだったわね。私はメリフ。知っての通り、イリアナの実のお母さんでーす☆祐樹さんは…そうね〜お義母さんって呼んでくれていいわよ?」
「い、いや、お母さんなんて、呼べませんよ…まだ…」
「あらまぁ赤くなっちゃって♪イリアナとの将来のこと、考えてるんでしょう?」
「そ、それは…まぁ、考えては居ますけど…その、そういうのは、まだ早いって言うか…と、とにかく、お義母さんなんて呼べませんよ///」
「じゃぁ…///」
数メートル。歩幅にして10歩程度の距離をぐんと詰められる。イリィよりも驚異的なそのスピードに僕はまともに反応できず、廊下の壁に背中をもたれる形になってしまった。そんな僕に舌なめずりをしながら、メリフさんはじりじりと更に距離をつめてきて、ついに僕の真正面に立った。
「私のこと、メリフって呼び捨てにしちゃう?私はそれでもいいわよ?ゆ・う・き・ちゃん♪」
鼻先が触れ合いそうな至近距離に顔を近づけて、イリィのそれよりもはるかに色気のあるささやき声でそんなことを言った。
「よ、呼び捨てなんてそんな…せ、せめて『さん』付けで…」
「遠慮することは無いわよ〜?大丈夫。誰も聞いてやしないから。さ?呼んでみて?」
「い、いや、でも…」
「ンッフフ♪呼んでくれたらぁ、気持ちいいことしてあげちゃうわよ?」
「う、ゎぁっ…」
イリィのそれによく似たメリフさんの匂いが鼻腔をくすぐり、鱗や甲殻に覆われていながら柔らかい手が、いやらしく僕のわき腹を撫で、彼女が僕の足に自分の足を絡めてくる。イリィがするのよりずっといやらしくて色気の溢れる迫り方に、僕はだんだんパニックに陥ってきた。
顔の火照りが治まらない。心臓が爆発しそうなほど高鳴る。イリィがいるから、こんなことはしちゃいけないんだとわかっていながら、男の性でメリフさんの魅力に反応してしまう。部屋着なのだろうか、無駄に胸元の開けた服からはイリィのそれより二周りは大きくて柔らかそうな谷間がちらつき、真っ赤な瞳は獲物を捕らえた雌豹のそれを思わせる。
でも、でも、僕にはイリィが…大切な人が………だめだ!こんなんじゃ!
「ご、ごめんなさい!失礼します!」
「きゃぁ!もう!真っ赤になっちゃってかわいいと思ってたら、意外と意思は強いのね♪」
なんとか残っている理性をかき集めてメリフさんの拘束から逃れる。そして逃げるように風呂場へと駆け込んだ。





心臓の鼓動が収まらない。僕は必死にメリフさんとのことを忘れようとシャンプーで頭を無造作に洗った。無我夢中で泡立て、ワシャワシャと音を立てて頭皮を擦る。だが、どれだけシャワーを浴びても、両手にためたお湯で顔を洗っても、メリフさんのあの目が、表情が、匂いが、メリフさんのことが頭から離れない。お湯をためた桶の水面に、今日見たメリフさんのいろんな表情がうかぶ。僕は頭の中まで全部洗い流したい気持ちで桶のお湯を勢いよく頭にかけた。
ザッパァと勢いよく床にお湯が広がり、やがて排水溝へと流れていく。そんな様子を眺めながら、そっと自分の左胸に手を当てる。
「……まだ、ドキドキしてる…」
僕はがっくりとうなだれて、自分の胸にぐっと爪を立てた。その時、
「だ〜れだ♪」
「うわっ!?」
いきなり両目を鱗に覆われた手で覆われ、背中に二つのふくらみが押し付けられた。
「なっ!?え?イリィ??!」
僕は驚きながらも両目を覆う手を引き剥がそうとする。しかし、その手は僕が触れる前にサッと僕の身体の前面に移動し、へその辺りをがっしりホールドする。
「ブッブー☆ざぁんねぇん♪正解は、私でした〜♪」
僕の左肩に顎を乗せ、上気した表情で無邪気に笑うメリフさんが目の前の鏡に映っていた。
「な、メリフさん!どうやって中に…」
「どうやってって、普通に入ってきたのよ?」
その言葉にハッとする。しまった!気が動転してて鍵をかけるのを忘れていた。この人ならやりかねない。イリィのように、僕の入浴を覗いたり、それ以上のことを…
「そんなことより…」
メリフさんは僕のお腹を拘束する手にさらに力を込め、柔らかい身体を押し付けてきた。
「ねぇ祐樹さん……今、私のこと考えてたでしょ?」
「!?」
「あー♪図星なんだ?いけないんだ〜!イリアナというものがありながら、私のことで頭をいっぱいにしちゃうなんて〜?それで鍵をかけ忘れて、こうして私に襲われちゃうなんて〜?あ、それとも?本当は私にこうして襲われるのを期待してたとか?も〜、やらしいなぁ祐樹さんは〜♪」
相変わらず僕の肩に顎を乗せて一人キャイキャイとはしゃぐメリフさん。本当に彼女はイリィと同じ種族で、なおかつイリィの親なのだろうか?なんというか、物腰がイリィとはるかに違う。そんなことを考えて、ハッとする。
今、僕は何を考えた?僕は今、イリィとメリフさんを比べたんじゃないか?
「そんないやらしい祐樹さんには、お仕置きが必要かな〜?」
めまぐるしく回る僕の思考なんてそっちのけで、メリフさんは僕のお腹に回した手をそっと自分の上半身へ持っていき、身体に巻いたタオルの、身体とタオルに挟まれた部分を外した。布が擦れる小さな音が聞こえ、メリフさんの大事な部分を隠していたタオルが解かれる。
「や、やめてくださいメリフさん!悪戯が過ぎますよ!早く離れてください!」
必死に訴える僕と鏡越しに目を合わせ、メリフさんはにんまりと笑みを浮かべた。
「それは出来ないかな〜♪だってぇ、今身体が離れたら〜私のタオル落ちちゃうもん。わかるかな?私の胸と、祐樹さんの背中に挟まれて、かろうじて隠してるんだよ?でも、もし祐樹さんが私から離れたりしたら、はさむ力が無くなって、落っこちちゃうよ?」
したり顔で説明しながら、大きく柔らかい胸を僕の背中に押し付けてくるメリフさん。だんだん腕に込める力を強め、タオル越しでも彼女の体温が伝わってくる。その感触に、やっぱり僕の愚息は反応し、既に固くそそり立って臨戦態勢だった。
「め、メリフさんが勝手に自分でタオルを解いたんでしょう!!」
僕は出来るだけ強く彼女に訴える。しかし、彼女はいまだニヤニヤとした表情を崩さず、
「そう思うなら、抵抗してみたら?いいよ?逃げちゃえば?でも、振り返ったら裸の私が居るけどね。祐樹さんが動かなければ、私は裸になることは無い。それはつまり、祐樹さんが私を裸にするか、どうするかを決めるってことよ?でも、祐樹さんなら、イリアナ以外の女の人を裸にしちゃうのかも知れないわね〜♪キャー怖い怖い」
「そ、そんなことはしません!とにかく、早く自分でタオル直して離れてください!僕はもう上がります!!」
ここで僕がはっきりしないといけないんだ!イリィに対して誠実であるために、ここで空気に乱されてちゃいけないんだ。毅然とした態度で、メリフさんを拒絶しないといけないんだ!
「釣れない事言うわねぇ〜。でも、身体の方は『もっとして』って言ってなぁい?」
「いい加減にしてください!離して!離れてください!」
もう限界だ。そう悟った僕は、無理やりメリフさんの手から逃れようとしたが、その瞬間、メリフさんの口から衝撃的な発言が飛び出した。
「ンフフ。実はねぇ、この間二人でこうやってお風呂でイチャイチャしてたの、見てたんだぁ♪」
「な!?」
「言ったじゃない。ずっと二人を見てたって。この家にこっそり帰ってきてたのよ?貴方達がテスト勉強をしているのも、イリアナがこっそり夕飯の中に媚薬を入れるようにシェフに頼んでたのも、全部知ってたんだから♪そ・れ・に…祐樹さんの寝顔、かわいかったなぁ♪」
なんてことだ。この人はずっと、この家の中に潜んで、僕たち二人を観察してたんだ。そして最後、僕の寝顔?つまり、枕が動いてたりしたのは、この人の仕業?
「でも、残念ながら、祐樹さんはイリアナに知られて困るようなことは何一つしなかったのよね〜♪イリアナが知ったら怒りそうなこと、悲しみそうなことを掴んで、ちょっと祐樹さんをいじめてみたかったんだけど、無理そうね〜…」
「何でそんなことを…」
「ンフフ♪そうねぇ、簡単に言うと…お母さんのヤキモチってやつかしら?手塩にかけて育ててきた愛娘が、全部の愛情を注いで見つめる男を見つけたのよ?今まで私に隠し事なんてしなかったのに、私に隠そうとしたんだから。妬いてもしょうがないでしょ?」
なんというか、はちゃめちゃな人だ…普通だったら、そこは嫉妬の感情を抑えて娘を祝福するもんじゃないだろうか?
そんなことを考えていたのもつかの間、不意にメリフさんが自分から胸のタオルを取り払って、僕の背中に直接胸を押し当てて来た。
「もういいわ。そろそろ本番よ。さぁ、答えて?イリアナに、こんな風にされたんでしょ?こうやって、胸を押し付けて上下に動いて背中を洗ってもらったんでしょ?気持ちよかったんでしょ?」
そう言いながら、イリィと同じように胸を背中に押し当てて、ひしゃげさせるように押し付けてきた。イリィのそれより大きな胸は、この世の何よりも柔らかく、僕の背中の全体を舐めるように動き回る。
「ほら、わかる?私の胸が、祐樹さんの背中の上で踊っているのよ?気持ちいいでしょ?」
さっきよりも幾分かトーンの高い声でまくし立てる彼女。鏡に映る彼女の表情は、朱に染まって興奮しているようだった。そして不意に、動きが小さくなり、僕の耳元に口を寄せて小さな声で聞いてきた。
「ねぇ?イリアナの胸と私の胸、どっちが気持ちいい?どっちが好き?」
ダメだ!答えちゃいけない!好きな人と他の人を、比べちゃいけない!僕は唇を固く引き結んで、黙ったままかたくなに首を振った。そんな僕を見て、『フンッ』と鼻を鳴らしたメリフさんは、『仕方ないわね…』と呟いて、そっと僕から離れた。
僕は彼女が離れた瞬間、チャンスと思い、勢いよく立ち上がって脱衣所へ急いだ。しかし、脱衣所への扉を開け、飛び込むように中へ入った瞬間、急に身体から力が抜け、僕は立ったまま動けなくなった。
かろうじて動く目で、自分の足元を見ると、そこにはまばゆい光を放ってクルクルと回る魔法陣があった。
「フフフッ仕方ないわね。魔法を使わせてもらうわ。動こうとしても無駄よ?その魔法はイリアナでも抗えない強固なものだから。」
ひたひたと足音が近づいてくる。振り返れないが、振り返らなくてもわかる。メリフさんが僕に魔法をかけて動きを封じたんだ。考えてみれば、ドラゴンなのだからこれくらいの魔法は朝飯前だろう。
絶体絶命だ。主に僕の貞操が。
しかし、もう数歩で脱衣所へ入ってきそうな距離にメリフさんが来た時、急にメリフさんがハッと声をあげて歩みを止めた。次の瞬間、脱衣所の反対側の扉が開けられ、イリィが入ってきた。イリィは僕を見て一瞬驚いた表情を浮かべて頬を赤らめた。
「な、そんなところで何をしているんだ?あがったのなら早く服を着て部屋に戻ればいい。あ!もしかして一緒に入ろうと待っていてくれたのか?なぁんだ、そう言ってくれればもっと急いだものを…」
いや!違うよイリィ!僕はメリフさんに襲われかけて…。そこではっと気づく。いつの間にか僕の足元の魔方陣は消え、身体が自由に動くようになっていた。
後ろを振り返ってももうメリフさんは居なかった。
「ん?どうした祐樹?浴場に誰か居るのか?」
「いや、誰もいないよ!うん。大丈夫!」
不思議そうな顔をして僕を見るイリィを何とかごまかし、僕はホッと胸をなでおろす。そして、僕は彼女に対する罪悪感を覚えながら、一緒に2度目の入浴をした。
僕が何時かのように頭を洗っていると(本日二度目の洗髪だ。)イリィが何時かのように僕の背中に抱き付いてきた。
「これがそんなに気に入ったのか?してほしかったなら素直に言えばよかっただろう?」
「あ、アハハ…そ、その…恥ずかしくて…」
だめだ、どうしてもさっきまでメリフさんにされていたことを思い浮かべてしまう。目の前に居るのはイリィなのに。イリィだけを見つめなきゃいけないのに…背中に押し付けられる彼女の胸は、メリフさんの物と同じくらい柔らかいはずなのに…暖かいはずなのに…なんだか薄ら寒く感じてしまう。
でも、でも僕は、一生懸命奉仕してくれる彼女に笑ってもらうために、『気持ちいいよ』と言うしかなかった。
しかし、恐れていたことが現実になってしまった。
「…ん?」
不意にイリィが動きを止め、疑問符をそのまま発音したような声をあげる。
「…ど、どうしたの?」
その声を聴いた瞬間、僕の背筋に悪寒じみたものが走った。
「………がするぞ…」
「え?」
「他の女の匂いがするぞ!!」
「うわっ!!?」
突然死霊のような恐ろしい声で怒りをあらわに叫んだイリィ。僕は飛び上がりつつも、最悪の事態に死すらも覚悟した。
「祐樹!!どういうことか説明してもらうぞ?なぜお前の身体から私以外の女の匂いがするんだ?いつもと少し様子が違うと思ったらそういうことだったのか…」
「違うんだイリィ!落ち着いて話を聞いて!」
僕がそう叫んだ瞬間…
パァン
左頬を衝撃が走り抜けた。
「この浮気者!相手は何処のどいつだ!?正直に答えろ!さもないと、傷口が100個から1000個に増えることになるぞ!!」
「ちょ、ちょっと待って!落ち着いてってb…ガッハッ!!!」
「これが落ち着いていられるか!こればかりは絶対に許せん!私の部屋に行くぞ。そこでみっちりと絞ってやる!」
怒りをあらわに喚き散らすイリィを落ち着かせようとしたが、言い終わる前に尻尾で右わき腹を叩かれた。そのまま倒れた僕の腕を掴んで、自分の部屋へ引きずっていこうとするイリィ。僕はなすすべも無く引きずられていった。







「さて、祐樹。何か言い残すことはあるか?」
イリィの部屋に着いた僕は、後ろ首を掴まれてベッドに放り込まれた。間髪いれずにイリィが僕の身体に馬乗りになって、鼻息も荒いまま僕を見下ろして言葉を投げかける。
「待ってよイリィ!話を聞いて!僕の意思じゃないんだ!」
僕は必死に講義したが…
「うるさい!この期に及んでまだ言い訳か?見苦しいにも程があるぞ!さっさと白状しろ!私以外の誰と身体を重ねた!?」
「そんなことしてないってば!いっ!?痛い痛い!!血が出るよ!!」
僕を怒鳴りつけながらイリィは僕のお腹に爪を立てる。ギリギリと食い込んでくるそれは、怒りをたたえて普段よりももっと真っ赤になった彼女の瞳とあいまって、僕に恐怖を与えてくる。
「祐樹、私が今何を考えているかわかるか?」
「えぇ…?」
怒りに歪んだ表情から、険しい表情になったイリィが静かに僕に問いかけてきた。僕はパニックに陥っていて、その質問の意味がまったく理解できない。
「私は今、とても悲しい。祐樹、私はお前を信じていたんだぞ?お前は言ったなぁ?『愛しているのは私だけだ』と。あの言葉は嘘だったのか?」
「う、嘘じゃないよ!僕が愛してるのはイリィだけd、うぐっ!?」
「どの口がほざくか!」
イリィの言葉を否定しようと声をあげたが、彼女は僕の鳩尾に指先をグッと押し込んできた。
「痛い…痛いよイリィ…浮気なんてしてないんだよ…信じてよ…」
彼女が指を突き立てた部分に、生暖かい液体が滴る。目を向けて確認するまでも無い。この液体は血だ。彼女の爪で、僕の皮膚が切れたんだ。
「では、どうしてお前の身体から私以外の女の匂いがするんだ?浮気以外に考えられないだろう?」
イリィは僕の血を見つめながら静かに問いかけてくる。
「め、メリフさんが、悪戯で…浴場に入ってきて…」
「なに?母さんが?それは本当か?」
普通に生活していて鳩尾から血が出るなんてそうある話じゃない。僕は初めての激痛に涙を漏らしていた。
「ほ、本当だよ!メリフさんが、僕に嫉妬して…イリィがしてくれたみたいに…背中に胸を…ブフッ!?」
そこまで言って今度は右頬に衝撃が走りぬける。
「母さんが強要したこととはいえ、お前にも拒否することぐらいは出来たはずだ!それをしなかったということは、つまりお前もその気があったんだろう?」
「そ、そんな気持ちは無かったよ!もちろん拒否したさ!」
それから僕は、イリィにお風呂場であったことを事細かに説明して無実を主張した。だが、メリフさんに『私の胸とイリアナの胸、どっちが気持ちいい?どっちが好き?』と聞かれたときに、どう答えたのかを問われ、『答えなかった』と答えたら、今度は左胸に爪を食い込ませてきた。胸骨とイリィの爪の間で、引き裂かれようとしている皮膚から激痛を感じる。
「何故答えなかった!?そこは迷わず私の胸だとこたえるべきところだろう!!」
「あ、相手にしちゃいけないと思ったんだ!だから…その、無回答でやり過ごそうと…」
「嘘だな!本当は母さんの胸が気持ちよくて答えられなかったんだろう?!え?どうなんだよ!!」
今まで聴いたことも無い荒々しい口調で、今では僕の両胸に付き立てられた爪をグイグイ食い込ませてくるイリィ。僕は激しい痛みに悲鳴を上げるが、イリィはそんなのお構い無しに僕を責め立ててくる。そして、ついに僕の胸板からも血が滴り始め、イリィはその血なぞるように指ですくって舐め取った。
「どうにせよ、不貞を働いた祐樹には罰を与えねばなぁ?そうだ!一生消えない傷なんてどうだろうか?その傷があれば、他の女を抱けなくなるような…うん!我ながらなかなか良いアイデアだな。」
そう言って不適な笑顔を浮かべるイリィ。そんな彼女に僕は恐怖しか感じず、嗚咽交じりの溜息が漏れた。
「お前は血の一滴から髪の毛の一本にいたるまで全て私のものだ。だから、その証をお前に刻む。持ち物に名前を書くのと同義だ。さぁ、何処に刻んでほしい?背中か?いや、どうせなら良く見える体の前面にしようか?それくらいならお前の意見を聞いてやれるぞ?」
「……なさぃ……」
「ん?よく聞こえないな?もっとはっきり言え?」
「ごめんなさい!許してください!」
僕はあらん限りの声で叫んだ。
「もう二度とこんなことはしません!絶対にしません!だからもう痛いことしないでくだざい!僕が好きなのはイリィだけです!神に誓います!だかr「もういい!!」」
溢れる涙を拭うことも出来ず、ただただイリィへの謝罪の言葉を叫ぶ。そんな僕の言葉を、イリィはきっぱりとさえぎって黙らせた。
「…少々やりすぎたな。すまん祐樹。だが、本当に二度とこんなことはするなよ?次にこんなことがあった日には…」
そこまで言ってふと表情を和らげる。
「……そんなことは二度とないと信じよう。では、最後に一つ…」
僕は彼女の責めからやっと解放される安心感から、全身が脱力していくのを感じた。そんな僕の気を引き締めるように、僕の頬にそっと手を添えて、イリィが静かに言った。
「コホンッ!…お願い事!おまえ自身の全てを私に捧げると誓え!『私のものになる』と。」
そう言って僕を見下ろす目には、少しばかりの鋭さがあって、僕は半ば反射的に答えていた。
「はいっ!わかりました…」
「うむ、よろしい。」
満足げにそう言いながら、イリィはやっと僕の身体の上から降りた。続けて僕もベッドから降りる。するとイリィが、そっと僕の手を握って言った。
「祐樹、その…こういうことは…どう誘えばいいのかわからないのだが…その…お前が嫌じゃなければ……いや!お前に拒否権は無い!するぞ!祐樹!」
「えっ、えぇ?す、するってなにを?」
突然何かを決意したように僕の手を引いて部屋を飛び出すイリィ。走りながら、起用に僕を引っ張って抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこの状態だ。僕とそれほど身長差の無い彼女だが、ドラゴンなので、僕を抱えることなど造作も無いのだろう。そのまま駆け足で、イリィは長い廊下を走り、あの改築作業中の部屋の前まで来た。ところが、そこには既に作業服や執事服を着て忙しなく作業をしている人たちの姿は無く、工事に使う機材なんかも見当たらなかった。
「今日の昼ごろに作業は終了していたらしい。私たちが学校にいる間に。」
それだけ言って、イリィはそっと僕を下ろす。短時間とはいえ、普通は男の僕がするはずのお姫様抱っこを逆にされてしまったという複雑な心境の中に入る僕は、そんな彼女の言葉を遠くに聞いていた。



扉を開けるとそこは、飾り気の無い質素な部屋で、中央にホテルにでも置いてありそうなダブルベッドが置いてある部屋だった。天井がかなり高く、大きなガラスがはめ込まれていて、夜空が綺麗に顔をのぞかせていた。奥行きもかなりあって、スクールバスを10台くらい横並びに出来そうだ。
イリィは僕の手を取って無言で中に入っていく。そして、ダブルベッドの脇に来た。
「……」
「……」
イリィは無言のまま、何かを考え込むような表情でストンとベッドに座った。そして、自分の隣をポンポンと叩いて僕を見た。その瞳はなんだか不安に揺れているようで、僕まで不安になってくる。とりあえず、僕も隣に座ることにした。
「イリィ?どうかしたの?」
静かに腰を下ろして、声を掛けてみる。すると、イリィは俯きがちな顔をもっと俯かせて、僕の手を握ってきた。普段のはきはきした様子からは想像もできない彼女の姿に僕はちょっとときめいた。
しばし沈黙が続いた後、イリィが急に顔をあげ、僕を押し倒してきた。
「祐樹、その…さっきのことで、いよいよ覚悟を決めざるをえなくなった……。今のままでは中途半端すぎるんだ。もっと深く、強い絆が必要なんだ…。祐樹、応えてくれるか?」
押し倒した僕の体にすがるように抱きついて、僕の顔を覗き込んでそんな事を言った。その目はやっぱり不安に揺れていて、必死になっているような感じだ。僕はそっと彼女の頬に触れて、できるだけ優しく微笑もうとした。だが…
「遠まわしな言い方ねぇ。素直に『エッチしよう』って誘えばいいのに。そんなんだと…」
部屋の入り口の方から聞こえた声。聞き間違えようも無いあの声は、イリィのお母さん、メリフさんのものだ。イリィは僕から離れて起き上がり、出口の方を見る。僕も起き上がろうとしたが、頭を少し持ち上げたところで、視界を何かに覆われた。
「…お母さんが取っちゃうわよ?」
遮られた視界の向こうから、知った匂いと声が降り注ぐ。転移魔法でも使ってメリフさんが僕の顔を手で覆っているのだろう。
その事にやっと思考が追いついたと思った瞬間、
「祐樹から離れて!母さん!」
イリィの怒声。そして全身を覆うような浮遊感のあとに、視界が開けて僕は固い床に落とされた。
すぐに上体を起こして周りを見る。すぐ目の前に、さっきまで僕がイリィと抱き合って寝ていたベッドがある。そしてその上には、見間違えようの無い怒りを含んだ鋭い目で僕の右後ろを睨みつけるイリィが居た。その視線を追って僕は自分の右後ろを振り返る。そこにはやっぱり、無駄に露出の多い部屋着を着たメリフさんが居た。
「母さん!!何のつもり?祐樹をどうするつもり?!」
ベッドから降りながらイリィが早口でまくし立てる。
「一辺にそんなに質問しないでよ。まぁ、そうね…私の寝室を勝手に改造したから、その分の代償を払ってもらおうかなぁ〜ってね♪」
そう言って、メリフさんは僕にスッと近寄ってきた。僕は瞬時に身の(主に貞操の)危機を感じてイリィの方へ向かおうとしたが、いともたやすくメリフさんに捕まった。
「あん、もう!逃げないの♪」
何がおかしいのかメリフさんはクスクス笑って僕を引き寄せ、額に指先を押し付けてきた。その瞬間、僕の身体はさっきのお風呂場の時のように動かなくなってしまった。
「祐樹!」
イリィが僕の方へ走ってくる。だが、イリィが僕たちと1メートルも無い距離に来たとき、メリフさんが短い呪文を唱え、僕もろともベッドの上に移動した。
「さぁ、ねんねして♪」
そう言ってメリフさんは僕の額をちょんと小突いて僕をベッドに横たえた。
必死に身体を動かしてベッドから降りてイリィの元へ向かおうともがいたが、まったく動かない。
イリィが再び僕たちを追いかけてベッドまで来ようとするが、その前にメリフさんがまた呪文を唱えた。
すると、僕とメリフさんが乗ったベッドを囲むように半径5メートルほどの円形の魔方陣が広がり、3重の魔法壁が出来上がった。
「祐樹!待ってろ!今助ける…」
イリィが声を張り上げ、魔法壁を思い切り殴りつけるが、ヒビ一つ入らない。僕は必死に壁を壊して進もうとするイリィを見つめる事しか出来ない。
「フフフッ♪頑張りなさい!早くしないと祐樹さんを味見しちゃうから♪」
僕の頭を抱き寄せながらメリフさんが笑う。今すぐ彼女の腕を振り解いて逃げ出したいが、ドラゴンのイリィの腕力でも壊れない壁に僕がどうこうできるわけも無い。必死に僕の名を叫ぶイリィを前に、僕は半ば絶望していた。そんな僕に、不意にメリフさんが顔を近づけてきた。
「ねぇ祐樹さん、イリアナと何処まで行ってるの?キスはした?お風呂のあれだけ?」
僕は逆さまに僕の顔を覗き込んでくるメリフさんから目をそらして、答える気が無い事をアピールした。というか、そもそも彼女の魔法のせいで声が出ない。
「本当に釣れないわねぇ〜?まぁいいわ。イリアナに聞くから…」
そんな僕の対応にムッとした表情を浮かべ、メリフさんはイリィの方へ向き直った。
「イリアナ?祐樹さんとどこまでしたの?」
「母さんには関係ない!早く祐樹を解放して!」
イリィは相当頭にきているようで、喚き散らしながら魔法壁を殴りつけている。
「フンッ…何よ二人して私をのけ者にして!いいもん!勝手にやっちゃうもん!」
年甲斐も無く頬を膨らませてプンプンと怒ったメリフさんは、僕の両頬に手を添えてゆっくりと顔を近づけてくる。このままだと僕はファーストキスをメリフさんに…
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
壁越しにイリィが叫ぶが、メリフさんはそんなイリィを横目で見て『ウフフ』と笑い、僕の唇を奪った。
「んぶっ!?…」
「ん…んぅ…フフフッ…」
無理やり押し付けられた唇から生暖かい舌が差し入れられ、力の入らない僕は彼女にされるがままに口内を犯された。柔らかく熱いと感じるくらいの熱を持った舌がうねり、僕の舌を絡め取って大量の唾液を流し込んでくる。
「いやぁぁぁぁぁ!!祐樹!!祐樹ぃぃぃぃ!!!!母さん!もうやめて!早く祐樹から離れて!離れろぉぉぉ!!!!」
壁越しにイリィが絶叫する。その目からは涙が溢れ、尚も壁を壊そうともがく衝撃で飛び散っている。
「ん…んちゅ…んむ…ぷはっ♪ご馳走様でした♪フフフフフッ♪」
長い時間をかけてたっぷり僕の口内を蹂躙し、満足したようにメリフさんが唇を離す。その時にメリフさんがそっと僕の喉を撫で、僕は声が出せるようになった。
「もうやめてくださいメリフさん!どうしてこんなことを!」
僕は口元を押さえて笑うメリフさんに必死に講義した。するとメリフさんは、イリィに背を向けて真剣な表情を作って僕に言った。
「う〜ん、もう少しなんだけどなぁ〜?まぁ、心配しないで。本当に祐樹さんをイリアナから取っちゃおうなんて思ってないから。本当にそう思ってたら……ウフフ///」
「え、な、どういうことですか?ちゃんと説明してください!」
「そんなに焦らないの!すぐにわかるから……今はもっとイリアナを怒らせないとね…あ!そういえば、さっきのキス、もしかしてファーストキスだった?」
ファーストキスという言葉に、さっきまで喚き散らしていたイリィがぴたっと止まる。その気配を感じつつ、僕は答えた。
「は、はい……初めてです…」
その言葉に、イリィががっくりと膝を突いてうなだれた。
「そ、そんな…私の、私の祐樹の初めてが…」
がっくりとうなだれる彼女の下の床に、ポツリポツリと涙が落ちる。僕はその姿が見ていられなくて、キッとメリフさんを睨みつける。
「うっふふ〜ん♪祐樹さんの初めて、おいしかったわよ?気に入っちゃったから、このままセカンドもサードも頂いちゃおうかしら?ウフフフフフッ♪」
「……けるな……」
クスクスと笑うメリフさんの声に混じって、小さく聞こえたイリィの声。消え入りそうな声は、はっきりとは聞き取れなかったが、僕の直感が危険を知らせていた。
「ふざけるなあああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
がばっと起き上がったイリィが今までの比じゃないけたたましい声で叫んだ。その瞬間、部屋全体が大きくゆれ、メリフさんの顔からも笑顔が消えた。
壁の向こうのイリィの姿がどんどん大きくなり、床がその重さに耐えかねて軋み、部屋全体がミシミシと音を立てる。
赤い瞳は更に紅く光り、手や足を覆っていた鱗や甲殻が全身に広がり、風呂場でもよく見た立派な翼が更に大きくなり、太い尻尾がどんどん伸びてムチのようにしなり、かわいくもかっこよくも見えた頭の双角がどんどん太さと長さを増し、あっという間にイリィはドラゴン本来の姿になった。目を見張るほど美しく、恐ろしいほどに逞しく、地上の王者たる真の姿のイリィがそこに居た。
「ふぅ…やっと本気になったかぁ…。」
竜の姿になったイリィを見上げながら、メリフさんが溜息を吐いた。その後ろでは、イリィが再び魔法壁への攻撃を再開していた。
「さて、祐樹さん、やっと本題に入れるわね。」
僕の方へ向き直りながら、メリフさんが小さく呪文を唱えた。すると、イリィの雄たけびや壁を攻撃する音がボリュームを落とすように小さくなって、聞こえなくなった。そして、ピンと張り詰めたような表情でメリフさんが話し始めた。
「今、祐樹さんが見ているのが、私たちドラゴンの真の姿。その爪はどんな鋼鉄さえも紙切れのごとく引き裂き、ブレスはあらゆるものを灰と化す。咆哮は空気を裂き地を揺らし、その一歩は山を割り、翼で自由に空へ舞う。あらゆる生き物に恐れられ、あらゆる生き物に崇められてきた強大な生き物。今の時代、魔物と人はほとんど共存したと言ってもいい。でも、魔物の持つ力は決して絶えず、消えず、今の世にも受け継がれている。それは私たちも、そしてイリアナも例外じゃない。さぁ祐樹さん。答えてちょうだい。これは古くから人間に恐れられてきたドラゴンの中の一人として、そして、イリアナの母としての質問よ。」
そう言ってメリフさんはイリィの方を手で示し、静かに僕に問いかけた。
「祐樹さん、貴方は、これほどまでに強大で、恐ろしい力を持った私たちドラゴンを、イリアナを、愛し続けられますか?」
最後の言葉を言う瞬間、メリフさんの瞳がすぅっと縦に細くなり、彼女が真剣だという事を強調する。僕はまっすぐにその目を見つめて、はっきりと言い切った。
「はい!」
「同じドラゴンでも力に個体差が出る。私は母からこの強大な魔力を受け継いだ。だからこうして、今イリアナを食い止めていられる。そしてイリアナは、私が母から受け継がなかった強力な身体能力を受け継いだ。イリアナがその気になれば、この家は5分と立たず、瓦礫の山と化すでしょう。その力の矛先が、何時、祐樹さんを向くかも解らない!今のように、怒りに我を忘れて暴れまわれば、貴方に危害が及ばないとは言い切れない!」
メリフさんは段々声を荒げて僕にぶつけるようにまくし立てる。
「それでも…」
僕はしっかりとメリフさんの目を見つめ返して叫ぶ。大きく息を吸い込んだ瞬間、メリフさんがパチンと指を鳴らす。すると、僕の身体が動くようになり、イリィの声や周りの音も戻ってきた。
「それでも僕は、イリィを愛してる!!!!」
僕はありったけの声を張り上げて、そう叫んだ。その瞬間、またイリィがピタッと動きを止め、壁を殴りつけていた手がだらんとおろされた。
「祐樹…」
「フフフッ♪祐樹さんならそう言ってくれると信じてたわ。イリアナのこと、よろしく頼むわね♪」
先ほどまでとは打って変わって、またいつものお茶らけた笑みを浮かべたメリフさん。そんな彼女に僕も笑い返し、ふと尋ねた。
「…イリィは、こんなにも僕を愛してくれているんだ。何か彼女にお返しとかはできないでしょうか?」
僕のその問いに、きょとんとした表情を浮かべたメリフさんは、ふと表情を和らげて、
「それは…イリアナ本人に聞くか、自分で決めないとね♪」
そう言って、再び指を鳴らす。すると、3重の魔法壁はあっさりと消え、イリィがゆっくりといつもの姿に戻っていった。僕はすぐにベッドから降りてイリィの元へ駆け寄った。イリィは床に手を突いて脱力していた。そんな彼女の両肩に手を置いて、そっと寄り添う。
「大丈b…ぅぶっ!?」
僕がイリィに声を掛ける前に、急に顔を上げた彼女に唇を奪われた。3秒ほど経って、そっと彼女が離れた。
「お願い事!今のがファーストキスだと認めろ!以上!」
涙で潤んだ目で訴える彼女に、僕はそっと笑いかけた。
「まぁまぁ、お熱いこと〜♪それじゃ、お邪魔虫は退散しますよ〜♪」
もう一度唇を重ねようと顔を近づけあう僕たちに、メリフさんが口を挟んだ。
「待って!母さん!祐樹を襲おうとした事は何が何でも許せない!そこに正座して!早く!」
「やぁよ♪もう、今更じゃない?若いんだから細かい事は気にせずに♪ね?」
そう言って僕にウィンクするメリフさん。僕は小さく笑うしかなかった。
「私の部屋を勝手に改築した代償は、祐樹さんに払ってもらうわよ?祐樹さん、何があっても、イリアナから離れちゃダメよ?いいわね?」
「は、はい!」
僕は咄嗟に答えたが、どもってしまった。結局最後はかっこつかないな…僕は嘲笑気味にそんな事を思った。
それから、メリフさんは逃げるように帰っていき(僕とイリィが居るこの家以外にも、他に家があるらしい。さすがだ…)、僕たちはそのままベッドに入って寝た。正直イリィが逆夜這いを仕掛けてきそうな気がしたが、竜の姿になって疲れたのか、ベッドに入って数分で静かに寝息を立て始めた。僕はそんな彼女の寝顔をそっと覗き込んでから、電気を消した。
天井のガラスの向こうに見える沢山の星を見つめながら、僕は考えた。彼女が僕に向けてくれる愛。それは、この世の何よりも純粋で、まっすぐで、深いものだろう。その愛へのお返しがしたい。何がいいだろうか?そこで、まるでガラスを通り抜けて空から落ちてきたように、僕の頭に名案が浮かんだ。僕は彼女を起こさないように一人で小さく笑って、目を閉じた。
(実はこっそり彼女の寝顔にキスをしたりとか、布団の中で手を繋いでたなんて事は、今でも内緒だ。我ながら大胆に出た行動だったけどね///)










それから4年が経ち、僕たちは高校も卒業して成人した。だけど、特に変わりは無い。相変わらずイリィは僕にべったりだし、ムードをみだしたり、大事な部分で失敗することが多い僕。だけど、一つだけ変わった事がある。それは…









「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…祐樹よ!そろそろ白状する気に…なったか?私に…黙ってこっそり外出しようと…していた理由は?」
引きずり込まれたベッドルームで、僕の一物をくわえ込んで腰を振るイリィ。僕は両手を彼女の真っ赤なリボンで縛られ、抵抗できない。
「そ、それは…」
「それは?」
彼女を驚かせようとこっそり動いていたつもりだったのだが、やっぱり鋭い。見破られていたようだ。
「ちょっとイリィに見せたいものがあって…」
「見せたいものだと?」
そう言って怪訝そうな顔をするイリィ。僕は彼女の目をジーっと見つめて言った。
「今晩、仕上げをしようと思ってたんだ…だから、もう少し待っててよ。きっと喜ぶと思う。」
できれば何も知らせずに驚かせたかったのだが、不器用な僕にそんな事は出来なかったみたいだ。でも、大事なところで失敗ばかりしている僕だけど、これだけは譲れない。今回だけは、絶対に失敗したくない。
「なんだ?何を見せたいんだ?隠さずに言えよ!」
僕の言葉を半信半疑と言った様子で受け止めるイリィ。これ以上をばらすと本当に彼女を驚かす事が出来なくなってしまうので、僕はやんわりと拒否した。
「むぅ…まぁいいだろう!信じよう。祐樹が勝手に外出しようとした分の罪を拭い去れるようなものであれば、今回の件は不問にしてやろう。だが、もしそうでないならば…わかっているなぁ?」
少し頬を赤らめて期待の混じった目で僕を見るイリィ。僕は大きく頷いて見せた。そして、イリィは腰を振るペースを一気に速め、僕たちは一緒に絶頂を迎えた。



その後、僕はイリィに隠れてこっそり寝室で作業をしていた。とても大事な作業だ。彼女に一番見せたい物を、あるべき場所に収める作業。
「…よし!これで完成だ。」
僕はそっとそれに手を掛け、僕たちが普段愛の営みをするベッドの上の、柱の部分にそれを掛けた。そしてその上から薄い布をかけて、見えないようにする。これで、準備はOKだ。




「おお!?何だあれは?お前が用意したのか?」
晩御飯を食べ、お風呂も済ませ、寝巻き姿で寝室に入った僕たち。イリィはすぐに僕が用意したソレに気がついた。
「うん。心を込めて準備したんだ。イリィの喜ぶ顔を見たくてね。」
そう言いながら僕はイリィの手をそっと握る。そして、そのままベッドに上がり、膝を崩して座る彼女の前で、そっと布の端を握る。
「心の準備はいい?行くよ…」
そう言ってそっと布を取り払う。
「…わぁ…祐樹、これはお前が描いたのか!?」
「うん。その、大事な事を伝えたくてね…」
僕が取り払った布の下にあったのは、僕がこの数日こっそり家から抜け出して描いていた、僕とイリィが描かれた大きな絵だった。隣に並んで微笑みあう僕たちは、互いに手を取り合い、その手には、僕がメリフさんの元で”バイト”という名目で働いてもらったお金(どんな内容の仕事だったかはノータッチで…)で注文した指輪が埋め込まれていた。
子供のように目をきらきらさせて絵のあちこちに目を走らせるイリィ。僕はそっと絵の中の指輪をつまみ出し、彼女の前に座る。
「イリィ。実はね、僕は始めて見た時から君が好きだったんだ。根暗なイメージでイリィとの接点も共通点もまったく無くて、僕は君への想いをなんども諦めようかと思った。でも、そんな僕とイリィを結び付けてくれたのが”絵”だったんだ。だから、僕はこの絵に誓って言う。ずっと、僕と一緒に居てください。イリィ!結婚してください!」
そう言ってイリィの前に抜き取った指輪を差し出す。
「……祐樹///……うん。居る!ずっと一緒に居るぞ!絶対傍から離れないぞ!」
そう叫んで、僕の胸に飛び込んでくるイリィ。僕はそっと彼女を抱きしめ、絵を見上げた。絵の下に付けたタイトル。
『Draw me forever.』
「祐樹!これからもずっとずっと絵を描いていこう。ずっと私を描いてくれ!」
「うん。ずっと。ずっとだ。」
僕たちはこれからも、お互いの想いを込めた絵を何枚も描いていくだろう。この広い寝室の壁が埋め尽くされても、沢山沢山。
その絵が朽ち果てても、僕たちの愛は終わらない。




Draw me forever.永遠に。

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終わった〜ふいぃ〜。
お待ちいただいていた方々がいらっしゃったらお待たせしました。なんとか終了にこぎつけました。長かったイリィとのイチャラブもこれにて終了です。最後まで多くの方が描かれているようなディープなエロシーンが描けなくて、結局諦めましたwwそれでも、お楽しみいただけたら嬉しいです。メリフさんの活躍が地味に大きくて、我ながら笑ってしまいました。最後にちょこっと登場する割には結構大役になってますよねww
さて、このあとは投げっ放しになっていたメインの方に戻ろうと思います。感想やご意見などどしどし申してくださると嬉しいです。
最後までこのような駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。ノシ
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33