連載小説
[TOP][目次]
墓守・1
雪に覆われ切り立った峰々。その雪解け水を湛え、きらきらと太陽の光を跳ね返すとても大きな湖。そこに映える赤い屋根の街並み。なかなか美しい景観に、旅人はついつい長居をしてしまう。
旅人で無くとも、わざわざ景色を見にやってくる者も多い。彼らを相手取った宿屋や商人が増え、街は大きく賑やかになった。
けれど、僕にはあまり関係はない。
街と湖を挟んで反対側、山の麓、鬱蒼とした森の中にひっそりと建つ聖堂。そこが僕の居場所だ。

「…」
朝。日課である聖堂内の掃除をする。正直頻繁に使う事は無いので毎日掃除をする必要はない。が、日課だし綺麗なのは良い事なので掃除をする。
「…」
掃除を終え軽く朝食を取った後、基本的にやることが無くなる。特にお勤めがある訳ではない。奉仕活動も無ければ布教もしない。迷える子羊を導くことも無い。そういうことは教会の羊飼いがすればいい。
「…」
ので、あとはもう自由時間だ。何をしようと自由だが、墓守の僕は死者を守らないといけないということで、あまり聖堂から離れられない。
「…」
読書。釣り。料理。裁縫。工作。園芸は新しく始めた。仕事の無い分を僕は多くの趣味で時間をつぶすことにしている。
「…」
今日の所は園芸に力を入れよう。そろそろ花が咲きそうだ。湖へと繋がる小川から手桶へ水を汲み、杓子を使って撒く。水は扇状に広がり蕾を濡らした。
「…」
遠くから馬の足音と荷台の車輪が回る音がしてきた。予定通りだ。聖堂の前で待っていると、一週間分の食糧と、頼んでおいた生活用品とその他諸々を引く馬と人が現れた。
「はぁい」
「…」
いつも物資を配達に来る、健康的な日焼けをしたウロさんは、いつもの様に聖堂の裏口から荷物を入れて行く。僕も手伝うが、ウロさんが運んだ方が早い。ウロさんは怪力だ。
「っと。これで良いかな?」
個人的に欲しい物を書いたメモをウロさんに渡しつつ、僕は肯定の意味で頷く。そんな僕を見てウロさんは首をかしげた。一つに纏めた長めの髪が横に揺れる
「しっかし喋らないなよぁ。街のやつら墓守は喋っちゃいけないとか言ってたけど、ほんとか?」
ウロさんは言うが、そう言う訳ではない。喋ってはいけないのは死者の傍に居る時だけで、普段は喋って良い。が、僕は喋るのが苦手なので喋らないだけだ。
「ん?喋ってもいいのかよ」
ウロさんは何も言わなくても何だか分かってくれるので余計喋らなくていい。楽だ。らくちんだ。
「…」
「茶でも飲むかってか?いいぜ。つきあってやるよ」
何も言わずここまでの意思疎通はウロさん以外出来ない。楽で楽で仕方ない。うれしい。
お茶とお茶菓子を用意する為、一足先に中に入った。

「相変わらず小ざっぱりした部屋だなぁ」
「…」
「今育ててる花もそろそろ咲きそうじゃんか。部屋に飾ったらどうだ?」
「…」
「え?飾んないのか?何に使うんだよ勿体無い。きれいな花なんだろ?」
「…」
「秘密ってなんだよ」
「…」
「部屋に飾っといても花弁なんて枯れる前にどうにかすりゃいいじゃん。綺麗好きにも程があるだろに。埃のひとつも落ちてねぇじゃんか」
「…」
「はははっ、確かに。その辺の主婦よりかしっかりしてるよ」
「…」
「…まぁなー。おとーちゃんとおかーちゃん死んじゃってからずっと一人だもんなぁ。…そ、そーいやそこのゴーレムはうごかねぇの?」
「…」
「なるほど。仕事用じゃ家事はできねぇか………そっか…そーだよなぁ」
「…」
「え?いや、あ、なな、なんでもねーよ!!!」
「…」
「元気ならお前さんの数倍はあるから大丈夫だって」
「…」
「ちょ、怪力馬鹿てなんだよおい。聞き捨てならねぇ!」
「…」
「あっ!このやろ逃げんな!」
ウロさんは僕に拳骨を喰らわせたあと、ぷんすかしながら帰って行った。未だ頭が痛い。怪力馬鹿は伊達では無いのだ。しかし僕も悪いのでお詫びに何か贈ろう。物で機嫌を取るとは浅はかだが、これがまぁウロさんには割と効く。丁度今日良い材木を届けて貰ったので、それで何か作ろう。




夜。新月だ。
「…」
厚手の黒いローブを着て、僕はゴーレムを従えて安置されている死者のもとへ向かう。今宵は3人だ。
彼らを台車に乗せ、ゴーレムが光の無い森の中台車を引いて行く。僕は台車に手を添え、松明を片手について行く。
「…」
山を少し登り、扉のついた洞窟の前に来た。扉を開き、更に暗い洞窟の中に入って行く。
傾斜のある洞窟を、台車が滑り下りて行かない様に下って行く。ゴーレムには命令が細かく書かれているので、いちいち命令する必要は無い。ゆっくりと確かな足取りで死者を運ぶ。
「…」
やがて洞窟の底に到着した。洞窟の中はとても寒い。厚手のローブは防寒対策だ。松明の火を他の松明に分け、洞窟内を明るくする。明るくなって目の前に広がるのは、外の湖と繋がっている地底湖だ。
澄みきった湖底には、沢山の白い物…骨が散らばっている。すべてが湖に愛された街に生まれ、湖で育ち、湖に見守られ死に、湖へと還った者たちのものだ。
「…」
ゴーレムと共に、一体ずつ死者を地底湖へ浮かべる。そうすると何処からともなく沢山の魚が集まってくる。魚たちが水面を激しく叩き、死者の身体を貪って行く。残りの二体も同じ様に浮かべると、そちらにも魚が集う。
「…」
死者の血肉は湖に還り、命の巡りを繰り返し、そしてまた人へと戻る。らしい。そう言った考えの下、この葬儀は行われる。
「…」
暫く黙祷を捧げる。水の音は次第に小さくなり、やがて来た時と同じ様に静かになった。
骨は骨に覆い重なる様に湖底に沈んだ。喰い破られぼろぼろになった産布を引き揚げ、最後にもう一度黙祷をして、終わりだ。
「…」
墓守だった僕の両親は何年も前に湖に還り、いったいどの骨がそうなのかは分からない。墓守として初めての葬儀は両親のものだったが、物心つく前から慣れ親しんだ行いに特に何も感じる事は無かった。
「…」
こうして湖底に溜まり続ける骨も、いつかどうにかしなければならないだろうが、僕の生きている内には無いだろう。
松明を全て消し、空になった台車に乗る。帰りは歩かなくていいので助かる。あ、ウロさんにあげる物作らないと。どうしようかな。
真っ暗な洞窟の中に、ゴーレムの足音と車輪の音だけが響いた。
「…」






「…」
朝。日課である聖堂内の掃除をする。今日は使うので念入りにする。そのあと朝食を取った。今日はウロさんの来る日である。仲直りの品はしっかり完成させた。とても良い出来だ。
「…」
そのまえに、昨日亡くなった人が今日ここに運ばれて来ると、昨日連絡を受けた。昨日の今日で死者が運ばれて来るのは、死者の身体は新月の夜に湖に返す事になっているので、なるべく早めに処理をして、身体の腐敗を遅らせる必要があるからだ。
「…」
聖堂では、死者に花を手向け、家族や友人が最後の別れをする。それが終われば、次に彼らが故人に会う時は、命の巡りの最中だ。煩わしくて叩き潰した羽虫かもしれないし、夕飯のおかずの魚かもしれない。
「…」
聖堂に死者と遺族、その友人らが到着した。皆が皆黒い喪服を着ている。喪主と思われる人が、外で待っていた僕に近付いてきた。僕は黙ったまま頭を下げる。
「…」
「今日は、宜しくお願いしますね…」
喪主の女の人は四十くらいに見えた。僕の両親も生きていれば同じくらいだろう。
「…」
「聞いていた通り…本当に、喋らないのですね」
「…」
ウロさんが言っていたが、街では僕は何も喋らないと思われているのだろうか。実際喋らないから間違いではないのだけど。
「でも、あの子もあなたに、葬儀をしてもらえるのであれば、幸せでしょう、ね…」
子、か。早すぎる死も、辛いと思うが受け入れなければいけない。
「…」
もう一度頭を下げ、聖堂内に招き入れる。聖堂中央の台座に、死者が横たえられる。死者には全身を覆う様に布がかけられている。
「…」
参列者はみな涙に目を赤くしていた。死者は周りから愛されていたのだろう。
黙祷をし、僕は死者にかかっている布を、捲る。

「…」

「この子は、週に一度の仕事が楽しみだ、といつも笑っていました…」

「…」

「仕事から帰って来る度、楽しそうに話をして、いて…」

「…」

「それで、ずっと、…そこ…で…恋、を、して…ぅ…ぁあ…く、」

「…」

「そのっ…お、想、いを…こ、今どごそっ、…づ、づだえるんだ、って、ぅぐっ、」

「…」

「う、ぁあああ゛あ゛あ゛あ゛っ」

「…」



「…」




健康的な日焼け。

下ろした長めの髪。

眠るいつもの顔。









「…」











ウロさんが、死んだ。
12/06/19 17:50更新 / チトセミドリ
戻る 次へ

■作者メッセージ
「…」
「と、言う事で死んじゃった訳だ。うん」
「…」
「これで終わりな訳ないだろ。まだまだ続くぞ」
「…」

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33