連載小説
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墓守・2
「…」
気付けば、聖堂内には二人しかいなかった。ぼうっと突っ立ったままの僕と、死んだように眠るウロさん。
「…」
いや、ウロさんは死んでいるんだった。喪主や、他の人達が何か言っていた気がするが、良く分からない。あ、葬儀の支度をしないと。
「…」
ゴーレムと共に、ウロさんを聖堂の地下へと運んだ。台の上に乗せる。ウロさんは動かない。とてもきれいな、死んでいるとは思えない顔のまま、動かない。
「…」
ウロさんの服を脱がせて行く。上着を脱がせると、ブラに包まれた、たわわな胸が現れる。スカートを脱がせると、可愛らしいショーツが秘部を隠していた。
「…」
上と下両方の下着を取る。ウロさんは生まれたままの姿を僕の前に晒していた。だめだよウロさん。嫁入り前の女の子がこんな姿になってちゃ。
「…」
だめだよウロさん。早く起きないと、悪戯しちゃうよ。僕だって男なんだから、男なんて皆オオカミなんだから。
「…」
そうだ。ウロさんに渡したいものがあるんだ。ほら、これ。ペンダント、作ったんだ。その、お洒落かどうかは分からないけどさ、貰って欲しいんだ。
「…」
ウロさんの首に、木製のペンダントをかけた。
ウロさんの身体は、ひどく冷たかった。




夜。新月だ。
厚手の黒いローブを着て、僕はゴーレムを従えて安置されているウロさんのもとへ向かう。今宵は1人だけだった。
「…」
ウロさんを乗せた台車はゆっくり進んでゆく。今日はなんだか足取りが重い気がする。いつもより進むのが遅い。
「…」
洞窟の中は、一年中気温が変わらない。けど、何だかいつもより寒い。地底湖を照らす松明も心許無い。きっと水も冷たいんだろうな。ウロさんも、こんな冷たい所に入りたくないよね。
「…」
本当なら僕が頭側を持たなくてはいけないんだけど、暫くしてゴーレムは勝手にウロさんを抱えあげ、湖面に浮かべた。僕は、何故か動けなくて、それを見ていることしかできなかった。
「…」
魚たちが寄ってたかってウロさんを食べて行く。産布の隙間を縫って、ウロさんのお腹を貪る。力持ちな腕も、長い脚も、綺麗な顔も、徐々に骨になっていった。
「…っ」
いきなりゴーレムの指が僕の頬を撫でた。ゴーレムの指は少し濡れていて、いつの間にか僕は泣いていた。泣いているのに気が付くと、僕の口から嗚咽が漏れだした。
葬儀の間は、死者の傍に居る時は、静かにしていなければいけないのに、嗚咽を抑える事が出来ない。
波立つ水面には、魚たちが食べられないペンダントが浮いていた。この地底湖には、死者とそれを包む産布以外入れてはいけなかった。でも、ペンダントを外す気は起きなかった。
なんだかとても息苦しくて、嗚咽を抑えるのが馬鹿馬鹿しくなった。
「…――っ」
決まりを破ってペンダントを池に入れてしまった。一度決まりを破ってしまったんだし、今更一つも二つも変わらないだろう。それに、秘密にしてしまえば、咎める人も居ない。
葬儀は、僕の泣き声でうるさいまま終わった。




きっと僕は、ウロさんの事が好きだったんだろう。
ウロさんが、僕にとって大切な存在だったことは直ぐに分かった。
熱くなっていた趣味に燃えることがなくなったし、あんなに楽しみだった週一の物資は楽しくなくなった。
読書はウロさんが面白いって言ったから。
釣りはウロさんが魚好きだって言ったから。
料理はウロさんに美味しいものを振舞いたかったから。
裁縫はウロさんの服が良くほつれていたから。
工作はウロさんが作った小物を褒めてくれたから。
園芸はウロさんが来てくれる聖堂を綺麗にしたかったから。
物資が楽しみだったのは、ウロさんが、来てくれるから。
本棚には厚く埃が積もり、釣り糸は絡まったまま。フライパンは焦げ付いて、縫い針は何処にしまったか忘れてしまった。綺麗な白木は暖炉で灰と消え、聖堂の周りは雑草が力強く根付いている。
いくら時間が流れたとして、留まり続ける僕には意味が無い。


死んだような毎日でも、何故か僕は生きていて、死者の相手だけは身体が覚えていた。僕は、死体で飯を喰う世間の嫌われ者なんだと思い出した。
死は怖い。死から逃げたい。そんな思いが墓を遠くへと追いやった。茂る木々は死を閉じ込める檻となり、命に満ち溢れた湖が絶えずそれを見張る。手向けの生花は死から逃れるための身代りで、魚に死者を喰わせるのは転生という救いで死後の不安を振り払うため。
幼いころ、街で石を投げられた。墓守は人の不幸で飯を食う人でなしだ。そう言われた。同じ位の子供たちも面白がって投げて来て、周りの人が止めてくれたけど、その人達の僕を見る目も、何処か嫌な物を見ているようで、すごく悔しかった。すごく悲しかった。
酷い事なんてしていない。父さんと母さんが街に行けないのは、皆が誤解をしているからだ。どれだけ真剣に死者と向き合っているか知らないからだ。
僕が皆に教えてあげれば。伝えられれば。叫ぶ声に、応えてくれる人が居たら。
話すのが嫌になった今となっては、もう、どうでも良いことなのだけれど。



いつの間にか寝ていた。夢を見ていたけど、もう忘れた。外はまだ暗くて、満月が輝いていた。喉が渇いている事に気付き、また寝る前に水を飲もうとベッドから降りた。
水桶に向かう手前、ひびの入った鏡が僕を映した。生気のない顔が映る。僕は何をしているんだろう。
用事を終えベッドに戻ろうとした時、ふとゴーレムが頭に浮かんだ。前々から動きが鈍くなっていて、ちょっとした誤作動も増えてきた。定期メンテナンスはしてきたけど、一度オーバーホールしなくてはいけないかもしれない。そう考えながら、ゴーレムのほうを見やる。
しかし、目を向けた場所にゴーレムが居ない。ゴーレムは仕事の無い時は、決まった場所に待機していた筈だ。それが、居なくなっている。
あんなにかさばる物を、泥棒とか誰かが持って行くとは考えられない。そもそも来る人も居ない。という事は、勝手に出歩いたのだろうか。
父さんと母さんが遺したあのゴーレムには、葬儀に関する命令しか書かなかった筈だ。聖堂内でゴーレムを連れて行った所を探したけど、何処にも居ない。という事は、自動的に地底湖に居る事になる。
あのゴーレムが居なくなると仕事が捗らない。仕事の命令を書きこんだのは僕だけど、新しく作る知識は無いし、探しに行かなくては。
12/06/23 04:22更新 / チトセミドリ
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■作者メッセージ
「と、あの時は悲っっっっ惨な生活をしてたと言う訳だ」
「…」
「ああ、ペンダントは今でも大切な宝物だ」
「…」
「ちょっとだけってお前…。絶対貸さねぇぞ」
「…」
「けちじゃねーよ」

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