連載小説
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勝利の美酒がとてもおいしい
「…」ギリッ
落胆と苛立ちの雰囲気の漂う本陣のもと、私は悲惨な被害報告に歯軋りをした。
急激に勢いを増した教団の騎士達に第一部隊は半壊状態にされ、かなり攻め込まれてしまった。
すぐに退却指示を出していなかったら、この数値はまだまだ上がっていた事だろう。
それもこれも、『勇者』の存在が大きい。
私は手元にある、斥候に同行したリャナンシーの描いた絵を見た。
紙の上で剣を握る勇者はただの少女にしか見えないし、その斥候からも殆ど戦えない素人と報告を受けている。
しかし一瞬でカタを付ける剣に加え、攻守に優れた魔法も使用した。
なにか、急激に力を付ける方法があるのか…。
あわよくばその勇者をこちらに引きこむ事が出来ればと考えていたが、勇者に纏わり付く力が厄介だ。
どちらにしろ、勇者を甘く見ていたのは確かなようだ。
このままではこちらの被害は上がる一方……時間を与えたくはなかったが、もうじき冬になりリザードマン種やラミア種が動けなくなる。
ここはもう魔界へと引き返した方が良いか?だが、これで調子に乗らせるのも難だ…。
「相変わらずデュラハンは頭が固いのう。すぐ落ちるから頑丈になったか?」
「ロウガイモウロクペドクソババアがなにをほざくかボケかボケているのかとうとう色以外にもボケがまわったかしかも獣臭いさっさと出て行け」
「ひ、ひどいのじゃぁああああああ兄上ぇええええええええええ」
「はいはい。泣かない泣かない。………まったく、あまりいじめないで下さいよサウンさん」
私の名を呼ぶ友人のメノントとその夫が勝手に入って来て、その辺の報告書を勝手に読むものだから、思っていた事がそのまま出てしまった。
「以後気を付けるかもしれない。期待はするな」
「びえええぇえええええええええあにうえぇぇえぇぇええぇぇぇぇ」
メノントが泣き喚く。若干本気で泣いているのだから困ったものだ。
「わかりましたよ…。ほら、お菓子あげるから泣きやみなさいな」
「わああぁぁい!もらったーのじゃー!!」
菓子一つでとは…まったく現金な奴め。
「どうじゃ!わしの自慢の兄上は!おぬしとは大違いじゃ!」
また心の内が出そうになったが、その自慢の兄上、ナルからストップがかかったので仕方がない、止めてやる。
「で、何の用だ?」
メノントが菓子を頬張りながら小首をかしげた。
「…なんの用じゃったかの?」
全く持ってふざけている。
「ほら、何か完成したーって言ってたじゃないか。それを見せに来たんだろう?僕にも教えてくれなかったけど、いったいなんなのさ」
ナルはメノントの頭や角を撫でたり、腕の毛をもふもふしながらのんきに喋る。
「おお、そうじゃったそうじゃった。おぬしに見せびらかせたいのじゃ!」
メノントはそう言って指先で宙に赤い線を描いてゆく。
「ふふんふんふふふんふん♪」
見せびらかすだけならば後にしてくれないか。そして邪魔だ。
ナルに出て行かせるように言おうとしたが、
「何を書いているの?」
ナルも興味津津で聞く耳を持っていない。
というか、いつもは魔界の奥でいちゃついてるだけのくせに、こんな時に戦場にまで来るとは何事だ。周りの空気を読め。
メノントも魔力だけは山のように有るくせにその魔力を攻撃に転換できないとは…。
多くの仲間が命がけの婿探しをしている中、相手の居るメノントには意味の無い戦いだろうが、その魔力の高さがあればこちらが少なからずも有利になるだろう。
まぁ、此処に居るのは自らの力だけで最高の相手を探し出そうとしているやつらばかりで、他からの助力は受けたくないと言う者も多いしな。

「ふんふんふふふん、ふふふふふふ〜ん♪」

「ふふふ〜ふふふん、ふふふふんふん♪」

「ふんふんふふふん、ふふふふんふ〜ん♪」

「ふふふ〜んふふんふふふ〜ん♪」

「長いわ!!さっさと出で行け!!!」
流石に長い。と言うより鼻歌がいらいらする。
「あ〜とぉ〜ちょとでぇ〜お〜わるぅのじゃぁ〜♪」
こいつ…。
「ま、まあ。落ち着いて」
「ふ〜〜〜〜〜〜〜ん♪………よし、出来たのじゃ!」
「おおっ!」
空中には赤い線が幾重にも重なり、交じり、複雑な紋様となっていた。邪魔だ。
「どうじゃ!凄いじゃろ!!」
「すごいよメノ!綺麗に描けたね!」
ナルがメノントの頭を撫でる。
「兄上に褒められたのじゃ〜〜///」
メノントが貧相な胸を張っている。
「ほうすごいすごいまったくすごい。だからさっさと出て行け」
「みていろ兄上!!これからが本番じゃ!!ゆくぞぉおっ!!!」
メノントが赤い紋様に魔力を注ぐと紋様が回転を始める。
そして、紋様の中心に黒い点が浮かび、徐々に大きさを増してゆく。
しかも、バリバリ、とか、ジジジジジジジジジ、とか不穏な爆音が発せられてきた。
「ばか!やめろ!外でやれ!!」
私の心からの叫びもかき消されたのか聞く耳を持たないのか、テント内に起きた暴風は止む事は無く、書類が派手に舞う。
「おおおおおおっ!!すごいよ!!!」
「兄上にすごいって言って貰えたのじゃ〜〜〜〜〜〜」
唐突に暴風と轟音が止み、テントの中は一気に静まり返った。
乱れて眼前に垂れた髪を手で避けると、テントの中には黒い『穴』がぽっかりと下に向けて口を開いていた。
「これが、この世界と違う世界を繋ぐ道じゃ」
ナルがそれを聞いて興味深げに穴を覗いた。
「へぇ〜。これって僕がここに来たのと同じモノ?」
そう言えばナルは異世界から来たとか言っていたな。
「違う術式じゃとは思うが……どうやら、兄上の居た世界に通じているようじゃの…」
「え!?そうなの!??」
「多分じゃが、この近くで似たような時空航行術式が使われて…その術式の轍にはまって曲げられたのかもしれん。」
「この穴が……、」
「…兄上」
「ん?どうしたの?」
「兄上は……元の世界に戻りたいと思っておるか?」
ナルとメノントの間でなにやら不穏な空気がただよっているが、気にせずに散らばった書類を集め、何の騒ぎかと武器を片手にやってくる者達への対応をしてゆく。
「ん〜。そうだな〜。ずっとこっちにいるし、ちょっとは気になるかな。行ってみたいかも」
「!!!…あ、兄上ぇ」
メノントはショックを受けているが、ナルがお前を置いて帰る筈がなかろう。
「今度、一緒に行ってみようか?」
「ぅえ?」
「僕の居た世界も、こっちの世界に負けない位綺麗な所もあるんだ。僕の居ない間にどれ位変わったかはわからないけど…きっと気に入ってくれるんじゃないかな」
「あ、兄上…」
「僕が居た世界には、『新婚旅行』って言って、新しく夫婦になった二人が行く特別な旅行があるんだ。メノと一緒になって暫く経つけど…どうかな?」
「あ、兄上えええええええええええっ」
「ほらほら泣かない泣かない。まったく、泣き虫なんだから」
「だってぇ、だってぇ…うれしいんじゃもおおおぉおぉぉぉぉん!!」
「僕がメノを置いて帰る訳無いだろ?」
「うわああぁあああああぁぁぁぁぁん」
うるさい上に熱くて構わない。くそっ、うらやm…いや違う。そんなこと思ってない。
「ほら、のろけが終わったのなら出て行け」
続きはこんな物騒な所では無く、自室のベッドの上でやれ。
「あにうえぇ」
「メノ…」
「なんでここで始めようとしているんだお前らは!」
いい加減面倒になって来た私は、メノントとナルを文字通りテントから放り出した。
「全く…。はぁ、私も早い所身をかためたいなぁ…」
首も取れていないのに本音が零れる。
私の未来の為にも、皆の未来の為にも、勇者への対策を考えねば…。

――たたたたっ、たたたたっ

「だ、だだだ団長!だだだだだだいじょぶですか!!??」
遠くから軽快な足音が近づいてきていると思ったら、テントを壊さんばかりの勢いでトレットがテントに突っ込んで来た。
取り敢えず大慌てしているトレットを落ち着かせる。
「落ち着け、大丈夫だ。……丁度良い。書類の整理を手伝ってくれ」
散らばったものは集めたが、全てごちゃまぜになってしまっていた。
面倒なやつらが居なくなった所で、ようやく作業できる。
「え、は、はい。わかりました…って、な、なんですかこれ!?」
トレットがメノントの開けた穴に気付いて驚き、また慌て始めた。
「ああ…メノント、私の知り合いが開けた、異世界に通じる道だそうだ」
「メノントさんって、ナルさんの奥さんですよね…って、ええ!?異世界ですか!??も、もしかしてナルさんが居た所ですか??」
慌てたかと思ったら、今度は興味津津で穴を見ている。
「なんだ、ナルと面識があったのか?」
「はい!ナルさんにはいつも言葉を教えて貰っているんです」
「言葉?」
「ナルさんの故郷の言語です。私以外にもちっちゃい子が数人教わっています」
ナルのやつそんなことをしていたのか。ちっちゃい子とはサバトのメンバーだろうな。ナルはサバトの中でも人気があるとかないとかメノントが話していた。
「覚えた所で使う機会も無くないか?」
異国ならまだしも、異世界となれば難しいだろう。
「それはそうなんですけど…言葉を覚えるのは楽しいですよ?なんだか、知らない場所に行っているような気がするんです」
トレットは問題ないだろうが、他が大変だな。まあ、ナルならばメノント以外に現を抜かす事はないだろう。さっきも見せつけられたし。
というか、この穴を消させてから追い出せばよかったな…。ナルのいた世界とはいえ、得体の知れないものを置いておくわけにもいかない。
「ちょっとメノントを呼んでくるから、整理だけしててくれ」
「はい」
と言って私はテントから出て行こうとして、入り口の布に手を掛けた

――どさっ
「ひ」

後ろで物音とトレットの短い悲鳴。
咄嗟に腰の剣に手を伸ばし振り返ると…
「人、間……?」
穴の下にいたトレットの背中には、一人の人間が乗っていた。
11/09/19 23:56更新 / チトセミドリ
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■作者メッセージ
遅くなりました…久しぶりの更新です。

というわけで魔界サイドのお話です。
一応今回の人物は
デュラハンのサウン・イツァル
バフォメットのメノント・アムム
インキュバスのナル・アムム
ユニコーンのトレット・キャトー
となっています。
名字はたぶん使いませんが、他キャラと合わせようと思ってつけました。

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