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第五十四話・東から来た男再び
あれからさらに一週間が経過した。
さすがに本調子とは言えないがいつまでも寝ている訳にはいかない。
それに暇だったし…。
そんな訳で俺は学園長室改め町長室の椅子に座っている。
相変わらず、未処理の書類が山のようにそびえている。
いくつかサクラの字でサインしていたり、サクラの裁可で処理がなされていたが、それでも全然減っていない。
一体どういう仕組みで増えていっているのか、俺がわからない。
いつも通りアヌビス、アスティアと共に溜まった書類を片付けていく。
「申し訳ありません。病床から起き上がったばかりだというのに…。」
「気にするな。形だけとは言え、町の長になってしまったんだから仕方がない。」
アヌビスが申し訳なさそうに顔を暗くする。
あまり沈まれても可哀想になるので、彼女の手を引き寄せ頭を撫でる。
「…サクラばかりに任せてもいられんからな。あいつは戦自体は初めてだから、まだまだ教本の域を出ない布陣。お前にしても、戦は初めて。あまり無理をするな。こういうのは経験者を扱き使え。わかったか、アヌビス。」
「………。」
アヌビスが普段なら良い返事を聞かせてくれるのにそっぽを向いて、口を尖らせる。
何があった…?
「ロウガ、また忘れてるぞ。」
笑いを堪えるようにアスティアは言った。
「何を?」
「フフッ…、アヌビス、だよ。何て呼べば良かったかな?」
「……あ。」
つい、いつもの呼び方で呼んでしまう。
「10年これで呼んでいたからなぁ…。悪い、ネフィー。」
「…はい♪」
やれやれ、いくつになっても女とは面倒な生き物だな。
「フフフ…。私も君のことはネフィーと呼ぼうかな。」
「はい、アスティアさんにもそう呼んでほしいです♪」
「じゃあ、君は私のことをお義姉さんと呼ぶんだよ。」
「え、あ、そのぉ〜…。お…お…お義姉様……。」
「バブッゥ!!!!」
飲んだお茶を噴き出した。
その言い方だと、何か色々とランクアップしてしまったような気がする。
「行儀が悪いぞ。そもそも、ロウガが素直にネフィーと関係を持っていたら、彼女はもっと素直に私のことをお義姉様と呼んでくれたものを…。」
「あ…あの〜。」
困り顔のアヌビ…、いやネフィーが真っ赤になって俺たちを見ている。
「うん、やっぱり君は可愛いな。」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくてな。俺はずっとアスティア、お前一筋で来たんだぞ。そうそう他の女を簡単に抱けると思うなよ…。」
「そうかい?私は家族が増えるのは一向に構わないんだけどね。そういえば…、君はまだネフィーを抱いていないんだったね…。よし、今日はフラン軒で飲んだら、そのままルゥの店に行こう。三人で。」
「待て待て待て、とりあえず落ち着け!アスティア、お前最近強引だぞ!?」
「私が二人目を産めないからね。ロウガの子供をたくさん抱きたい、それだけだよ。それなら若くて、私も心を許せて、すごく信用の置けるネフィーだったらロウガの……、二人目の妻でも良いかなって思った訳さ。」
ネフィーは真っ赤になって俯いてしまっている。
確かにいつだったか、二人目が欲しいとアスティアが言ったことがあったが、まだ諦めていなかったのか…。
まぁ、そんな気はしていたし…、アスティアの望む通りにしてやりたい。
だがアスティアを愛しているし、彼女のことを考えるだけで戦闘態勢に入れる俺ではあるが、あそこまでネフィーに言われてしまっては俺もその想いを無下に出来なかった…。
歳を取っても、男とは悲しい生き物だな…、ほんと…。
「あ、あの…。私の初めてって…、そんなアブノーマルで始まるんですか?」
「大丈夫、私がやさしくリードしてあげるよ。」
「うぇ…、そ、その…。お…、お願いします…。」
「………か、可愛いなぁ、もう!」
消え入りそうな声でネフィーが俯いてしまったので、アスティアが彼女を抱きしめて頭を撫でる。
…アスティアってこんなキャラだったっけ?
…いや、こんなヤツだった。
思い出すな…、マイアが生まれた頃…。
確かこんな感じに可愛がっていたなぁ…。
俺もそうだったけど。

コンコン…

「どーぞー。」
ドアを開けて入ってきたのはサクラだった。
「失礼します。」
「どうした、童貞。また誰かに自慰でも見られたか?」
「違いますよ!確かにまだ童貞ですけど、そんなことで来たんじゃないんです!」
真っ赤になって反論するサクラ。
…いい加減、童貞捨てれば良いのに。
せっかくマイアとの時間作ってやってるのに二人ときたら、何をやっているかと思えば、修練に次ぐ修練…。そうじゃない時は眠っている…。ま…、寝てる時はマイアがサクラを抱き枕にして寝ているから、醒めている訳ではなさそうだが…。
孫は…、遠そうだな。
「で、何を慌てているんだ。」
「慌てさせてるのはロウガさんじゃないですか!ロウガさんにお客さんですよ!!」
「客?俺にか?」
「ロウガさん…、って訳じゃないんですけど…。ここの長(おさ)に会わせてくれと言う人が来まして、戦になるのなら是非とも力を貸したいと。今、応接室で待ってもらってます。」
「ほう…、それは奇特な…。」
「それがジパングの人らしくて…、『負け戦に加担した方が面白い。それが大和武士、丸蝶党の心意気さ。』と言ってまして…。背中に丸の中に蝶の絵柄の入ったハオリを……。」
サクラの言葉を最後まで聞くことなく、俺は部屋を飛び出した。
丸蝶党。
大和という言い方。
間違いない…。
俺の『世界』の日の本の人間。
しかも…、俺がまだ日の本にいた当時に率いていた組織の者だ!


―――――――――――――――――


応接室の扉を大きく開く。
ソファーに座る男は間違いなく日の本の人間だった。
「おお、ここの長ですか。拙者、紅 龍雅と申す者…。」
「禄衛門…、間違いない!禄衛門ではないか!!」
男は驚いた様子で俺を見る。
「確かに禄衛門は拙者の幼名で御座るが………ん、何だか歳を取ってむさ苦しくなっているが、まさか…、お前、さ、沢木か!?丸蝶党首領、沢木上総乃丞(かずさのすけ)狼牙か!?」
「うるせぇ、むさ苦しいは余計だ!やっぱり禄衛門だ!生きていたか!!」
「そりゃお互い様だ、この野郎!」
互いに肩を叩いて再会を喜ぶ。
久し振りに、俺の知る日の本の人間と話が出来て嬉しかった。
幼名、禄衛門。
今は元服し紅 龍雅と名乗る男は、俺とは幼馴染で二つ年下の武士。
俺が日の本でまだ武士をしていた時に率いていた丸蝶党の斬り込み隊長をしていた男。
俺の家紋、丸の中に揚羽蝶を旗印とした所謂、戦闘集団で一番多かった時には50人の荒くれ者の上に俺は立っていた。
戦があれば彼らを率いて押し掛け助っ人として参上するのが俺たちのやり口。
褒賞が目当てではなく、己の武勇を示したかった者たちが集まっていた。
もっともそれ以外は何をしていたか、と聞かれれば徒党を組んで馬を走らせ、気紛れに盗賊を討ち滅ぼしたり、有り余る力で畑を耕したり、道行く村娘をからかったり…、と若い時分にはよくある血の気の多い集団だった。
「…それにしても禄え…、じゃなくて今は龍雅だな。龍雅、お前…、俺と2つ下のはずだが…、四十超えている割には若いな?」
龍雅は見た感じまだ二十代のように見える。
とても俺の二つ下とは思えない。
「何を言っているんだ、沢木。俺はまだ25だぞ。」
「…待て、俺は歳を数えていないが今推定50歳だ。」
「何だと?」
俺たちはお互いが信じられないというように顔を見合わせた。
だが、見合わせたところで事実は変わらない。
「龍雅、お前、森の中を通らなかったか?」
俺が問うと龍雅は少し考えた後、いまだ信じられない出来事のように口を開いた。
「そういえば…、夢の中で森を通ったような気がするんだ…。」
「その時、誰かに会わなかったか!?」
俺の頭の中にふと浮かんだイメージ。
その正体は俺にもわからない。
夢のような、それでいて現実のもののような熱量と存在感が俺の中にある。
「……いや、覚えていない。しかし、森を抜けたと思ったら…、俺はこの近くの荒野にいたんだ。何故かこの大陸の言葉もわかるし、近くに森なんてなかった。何年もこの大陸にいたような…、そんな錯覚まで起こしてな。もう少し気をしっかり持っていなかったら、そう思い込んでいたのかもしれない。」
俺と同じ。
彼もまた並行する世界に迷い込んでしまったらしい。
ただ俺と違うのは、何か準備されているという点くらいか…。
「………そうだ、龍雅。お前、この土地にはどうして来たんだ?」
「……そうだな。まずはそのことから話さなければいけないな。実はな、沢木。お前に伝言を預かって、ここまで来たんだ。」
「俺に?」
すると龍雅はいきなり土下座をした。
「お、おい…。どうしたんだ、いきなり。」
「すまん!俺が不甲斐ないばかりに………、お前を脱藩させただけじゃ飽き足りず、綾乃も…、綾乃も幸せには出来なかった…!」
「綾乃を…?……っ!?おい、綾乃がどうしたんだ!!」
龍雅は顔を上げないまま答えた。
「死んだ…。流行り病で…、あっけなく…。」
綾乃…。
綾乃も俺と龍雅の幼馴染。
そして…………。
「……顔を上げてくれ。伝言とは、綾乃の遺言なのか?」
「…ああ。どうか元気で…、それだけをお前に伝えてくれと言い残した…。」
「………そうだったのか。…………すまん、ちょっと失礼。」
そう言って俺はソファーから腰を上げ、応接室のドアに近付く。
足音を殺して、ドアの外に耳を澄ます。
(アヤノって誰なんでしょうね…、先生。)
(サクラ、静かにするんだ。話が聞こえなくなる。)
(あ、あの盗み聞きは良くないですよ、アスティアさん。)
(母上、私にも見せてよ!アヌビス先生、乳が邪魔ぁ!!)
実にベタな…。
しかもマイアまで帰ってきたらしく、盗み聞きとは…。
父は少し悲しいぞ…。
俺は何も言わずにドアを勢い良く開いた。
「「「「え…?うわひゃぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
一瞬の静止。
そしてドアという支えを失った彼女たちは部屋の中に倒れ込んだ。
思わず溜息が出てしまう。
「沢木…、その者たちは…?」
「ああ、すまん。俺の……、家族だ。」
バツの悪そうな俺とアスティアたち。
そんな俺たちを見て、懐かしい友は初めて声を上げて笑ってくれた。
10/11/26 00:33更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
更新が遅くなってごめんなさい。
久し振りに会った従兄弟にしこたま飲まされて二日酔いの宿利です。
前回までゆるゆるだったネジを締め直しました。
今回は隗様リクエスト、紅龍雅です^^。
特に設定を書かれていなかったので、
ロウガと同じ時系列の世界から来た迷子に
させていただきましたが如何でしたでしょうか?
二人目の大和武士はどんな物語を描くのか…。
そして綾乃とは一体誰なのか…。
次回、ロウガの過去が明らかになる!…といいな。

では最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました^^。

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