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第五十五話・狼牙@呟き
盗み聞きをしていたアスティア、アヌビス、サクラ、マイアの四人を交えて、応接室はすぐに宴会場に変わった。ロウガはサクラにフラン軒に足りない酒を買いに行かせ、学園の倉庫に隠していた大吟醸を開け、龍雅に振舞った。
サクラが酒樽2つを背負って帰ってきた頃、ロウガは息切れをするサクラを無視して、紅 龍雅を四人に紹介する。
「………という訳で、俺の幼馴染だ。仲良くしてやってくれ。」
「沢木、俺はもう元服して何年だと思っているんだ。そんな子供を紹介するような言い方はやめてくれよ。」
「ああ、悪いな。どうもお前の見た目が若いもんで……、つい。」
「勘弁してくれよ。」
彼女たちは皆互いに顔を見合わせた。
そして、代表するようにアスティアが口を開いた。
「失礼だが…、タツマサ殿はおいくつですか?とてもではないが、ロウガと幼馴染には見えませんが……?」
「25歳です。そなたは…?」
「失礼、自己紹介が遅れましたがロウガの妻…、アスティアと言います。」
何故、龍雅とロウガの年齢が離れているのか。
それに答えを出したのは、やはりロウガだった。
「……推測の域に過ぎない話だけどな。いや、そろそろマイアにもサクラにも教えてやった方が良いかもしれん。」
ロウガは話し出す。
自分がこの世界の人間ではないこと。
おぼろげな記憶の中で森の中を通ったこと。
そして彼もまたその森を抜けてきた者であることを。
「…………それでしたら、僕に思い当たることが。」
そう言ってサクラは語り出す。
教会領ヴァルハリアに存在する迷いの森のことを。
そして不思議な旅人、自分に良く似た顔のロウガのことを。
マイアはサクラの言葉に一言添えた。
「…彼からは微かに私とサクラの匂いがした。もしかしたら、あの男は私たちの子供なのかもしれない。」
それを聞いてサクラは口を横一文字にして押し黙った。
彼自身、何となく考えていたのかもしれない。
「…この大陸は不思議なところだな。仮にここが隣り合う別世界だとしても、何とも居心地の良い。この大陸で三十余年…か…。沢木、お前が羨ましいよ。こんな世界があったとしたら、日の本など……、実に小さなものだな。あいつも一緒に来れたなら……、どんなに喜んだだろうか…。」
龍雅は注がれた酒をグイと飲み干す。
「……龍雅、何があった。」
「何もないさ。お前の跡を継いで、足軽大将になったんだが、お前と一緒さ。あの無能に恐れられて、刺客を差し向けられて……、愛する女を失った…。ただそれだけだよ。」
「……そうだったのか。」
「あの…、話の腰を折るようで恐縮なんですが、アシガルダイショーって何ですか?」
サクラが手を上げて、ロウガに質問する。
「…少年、足軽も知らんのか?」
「そう言うなよ、龍雅。こっちの世界の日の本はジパングって名前なんだが、こっちでは俺たちみたいに戦に明け暮れた時期が存在しないんだ。足軽大将とはな、サクラ。こっちで言うところの軽装歩兵隊長みたいなものだ。」
「そうなんですか…って、え?タツマサさんはロウガさんの跡を継いだってことはロウガさんって…、エラい人だったんですか?」
「馬鹿、エラかねぇよ。戦場にはガキの時分からいたから、それで階級が出来ちまっただけだ…。ちょっと外で煙草吸ってくる…。」
それだけ言ってロウガは席を立った。
それを見て龍雅は笑って言う。
「相変わらずだな、沢木。話がテメエのことになるとすぐ逃げる。」
「うるせぇよ。お前も俺より年下なのに相変わらずタメ口じゃねえか。」


ロウガが出て行って、アスティアたちは自己紹介を兼ねて、改めて挨拶をした。
「では改めて、紅 龍雅と申します。此度の戦、この町への道中にて数の上では敵方がやや優勢と耳に挟み、微力ながら助っ人として押し掛けて参りました。」
「彼の妻、アスティアと申します。」
「娘のマイアです。」
どう自己紹介しようか迷っているアヌビスに、アスティアは手を差し伸べた。
「彼女もロウガの妻でネフェルティータと言います。もし名前が呼び辛ければ、アヌビスや他の愛称もありますが…。」
「いえ、結構。ネフェルティータ嬢、よろしくお願い致します。」
「はい、こちらこそご丁寧に。」
アヌビスにとっては以外だった。
ロウガが自分の名前を噛んだので、同じ出身の龍雅も噛むと思っていたのだが、龍雅はその予想に反し、活舌が良かったのである。
「そして、彼は娘の恋人…、いつかはロウガの跡を継ぐ者でサクラと言います。」
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ。うん、良き目をしている。サクラ少年、名前から察するに君も日の本…、いや、この地ではジパングであったな。ジパングに由来する者か?」
「はい、母がジパングから渡ってきた人です。」
「うんうん…。君を生んでくれた両親に沢木は感謝せねばならないな。沢木の心を受け継ぐだけの者が、こんな異国の果てにいようとは…。」
「あの……、お聞きしたいんですが、良いでしょうか?」
サクラがおずおずと龍雅に問う。
「さっき亡くなったって言ってましたアヤノさんって方は…、ロウガさんとタツマサさんとはどういうご関係だったんですか?」
「……………沢木の許嫁さ。あいつが国を出る時に、俺に託した俺の愛する人。そうだな…、少しだけ昔話をしよう。あいつが昔の通りの性格だと…、しばらくは帰って来ないだろうから…。」
それはアスティアたちには信じられない異世界の話。
彼女たちの知らぬ彼の影。


―――――――――――――――


俺は壁に持たれ、煙草をふかしながら昔を思い出していた。
今更捨てたはずの故郷の話、そして非情に捨てた許嫁の話が辛かった。
『私も…、連れて行って!』
あの日の言葉が耳から離れない。
俺は逃げた。
戦から、
彼女から…。
ただ戦乱が終わることを祈って剣を振るった日々が無駄だったと知った時、まだ若かった俺は、サクラのように邪気に魅入られることもなく、また彼のように支えられる存在もなく、ただ国を捨て海を渡った。
綾乃…。
今でも顔をハッキリと思い出せる。
笑うとえくぼの出来る可愛い女だった。
親同士の決めた許嫁だったが、お互い良い関係だった…。
いや、お互いに好き合っていた…。
『どうして…、一緒に逃げてくれなかったの…!?』
幻影が責める。
泣いて共に行こうとした綾乃の肩を抱いた感触が甦る。
だが、戻らぬ過去に苛立ちと後悔が押し寄せる。
俺が綾乃を殺したようなものだ…。
もしも一緒に逃げていれば……。
流行り病で死ぬこともなかったのではないか…。
卑怯な男だ。
臆病な男だ。
アスティアやネフィー、マイアやサクラたちの前では気丈に振舞っているが実のところ、こんなにも小さな男はそうはいない。
サクラと違って、あの頃の俺に、綾乃を受け止めるだけの器量がなかったのだ…。
「………フゥ。」
煙が空に消えていく。
………夕日か。
俺が綾乃と別れた日もこんな真っ赤な夕焼けだったな。
流行り病か…。
俺もそう遠くない未来、そっちに行くだろう。
その時は平謝りするしかなさそうだな…。
果たして許してくれるだろうか。
いや、その前に地獄の釜の中で煮えたぎっているかもしれない。
「…ロウガ、煙草は程々にしろってアヌビスに言われたろ?」
アスティアが酒の入ったコップを持ってやって来た。
「…龍雅は?」
「マイアとサクラが接待しているよ。ネフィーももう少ししたらここに来る。」
アスティアの様子が少しおかしい。
「……………聞いたのか?」
「ああ、アヤノって人のこと…、彼に聞いたよ…。でも教えてくれないか。ロウガの口から…、君自身の過去を…。今まで一度も教えてくれなかっただろう?そろそろ…、教えてくれても良いんじゃないかな?」
「…………………わかった。ネフィーがもうすぐここへ来るなら一緒に教えよう。」
やがてネフィーが駆けて来る。
龍雅が話したであろう綾乃のこと…。
彼女たちにも話さなかった俺の過去…。
そろそろ遺言になるかもしれないが、せめて……。
せめて彼女たちには知って欲しい…。
それが人生の終盤に生まれた、綾乃一人愛せなかった俺のエゴ。


―――――――――――――――――


俺は本当の名を沢木上総乃丞義成と言う。
別名、沢木の紅若。
ああ、俺の家は代々領主に仕えた家で、そこそこの地位と名誉を持った家柄だったんだ。それに普段から女物の赤い着物を羽織って、顔に紅を塗って傾いた格好をしていたから、沢木家の紅を塗った若様を短くして、そんな呼び名が付いたんだ。
狼牙って名前はその義成って元服した時に名乗らされたのが嫌だったから。
丸蝶党って荒くれ者を纏めた時に勝手に名乗ったんだ。
お前たちは知る由もないだろうが、俺は幕府が嫌いだった。
幕府ってのはこっちでいう中央政権の呼び名でな、俺が日の本にいた頃にはすでにその権威は地に堕ち、戦乱に次ぐ戦乱の中で各地の大名と呼ばれた為政者が自らの覇権を賭けて血で血を洗っていた。
昔、源氏と平氏という一族が争ってな…。
結局生き残ったのは源氏だったんだが、俺はその敗れた一族の末裔でな。
だから俺は公然と幕府に反旗を翻していたんだよ。
各地の戦も抑え切れない者が頂点にいるなど許せるものか。
丸に揚羽蝶はな、その敗れた平氏一門の家紋なんだよ。
足利将軍に忠義面した親父に反発して、狼牙って名乗ったんだ。
唯、すべてに牙を剥く。
そんな決意を込めて…。
「ロウガさんって…、そんな家柄だったんですね。」
「私も意外だったな。君は名家の人間とは程遠いと思っていたよ。」
うるせぇよ。
綾乃に関しては、龍雅も言っていたはずだ。
綾乃は俺の許嫁だったって…。
その通りだよ。
ついでに言うと龍雅は俺の遠縁に当たるんだ。
綾乃は俺か龍雅の許嫁になるはずだったんだが…、龍雅の家、紅家の方でな、縁起の良くないことが起こって、そういう縁で綾乃は俺の許嫁に納まったんだ。
俺と同い年の武家の娘でな…。
やたら気が強くて、負けず嫌いで…。
いつもいつも俺たちの後を付いてきていた。
龍雅も惚れていた。
いや……、丸蝶党の連中もあいつに惚れていた。
そんな女だったよ。
「ロウガも好きだったんだろ?」
………ああ。
アスティアやネフィーには悪いと思うが…。
「すでに妻二人なんですよ。今更です。」
そうか…。
あいつとはいつでも一緒だったよ。
何をするにでも綾乃が傍にいた。
俺が戦場に丸蝶党を率いて行く時も綾乃は鎧に身を包んで付いてきた。
俺と同じ薙刀を持って…な…。
そうだな、よく考えてみれば……、アスティア。
綾乃はお前によく似たやつだったよ。
「ロウガ…、君は私たちを守ってきた。それが出来た君が、何故そんな君を愛し、また君が愛した人を……、捨ててしまったんだ。」
そうだな……。
それを語るには……、俺が日の本での栄光と感じた虚構を話さねばならない。
………すべては戦乱の狂気が見せた幻だったよ。
10/12/22 19:10更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
という訳でロウガの過去導入編です。
一応それとなく出してはいたのですが
ロウガは室町時代後期〜末期にかけての人間です。
次回は本格的に若い十代のロウガが主役で話が進みます。
なのでメインキャラの出番はありませんが
ジパングの魔物が登場しますよ〜。
ロウガの剣の師匠は実は……!

さて最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました^^。
紅 龍雅の実力など気になる〜というメッセージをいただきましたが
彼の戦闘はもうしばらくお預けですw
ただし……、元ロウガの率いた組織の斬り込み隊長なので実力は…。
どれくらいかは妄想して待っていてください^^。
ちなみにロウガの丸に揚羽蝶の家紋ですが、
私の家の家紋です(実話)。
真偽は定かではないのですが、ハッタリだけなら抜群ですw

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