これは砂漠の兄弟社兵站部門に所属していたヘンリー＝ガルドの記した通称、ガルド・レポートと呼ばれるノートが後世発見されたことによって明らかとなったエピソードである。


「で、兄弟。俺に相談とは珍しいな…。」
「わざわざ来てもらって悪かったな。まぁ、とりあえず一杯やってくれ。」
俺、ヘンリー＝ガルドは、なにやら相談があるということで、同じ砂漠の兄弟社所属商人、ルイ＝ターニックの雑貨屋に来ている。
「話は聞いたぜ。お前、有り金叩いて何かでかいことをするんだって？」
「もう耳に入ったのか。まったく兄貴の耳は地獄耳だな。」
「わかっているのか、金は俺たち商人の槍であり、剣であり、最大最強の手札なんだぞ。それを全部使ってまで何をしようってんだ？」
「…そのことなんだよ、相談したいことってさ。」
ルイは少し困ったような顔をして注いだウィスキーを傾ける。
「それに…、その金は惚れた女のために使うって言ってただろう。」
「彼女たちも納得してくれたよ…。」
「…そうか……って、おい！何だ、『たち』って！？え、何？お前、惚れた女は一人じゃなくて複数なの！？初耳だぞ、それ！！」
「二人さ…。ラミアの娼婦でね、この町で唯一の娼館の売れっ娘の親子さ。」
「……俺、二人も身請けするって漢、初めて見たぜ。」
何となく負けた気がして、ルイの空いたグラスにウィスキーを注ぐ。
カラン、と氷が小気味の良い音を鳴らした。
「で、そんな大事な金を何に使う気なんだ？」
「兄貴も知ってるだろ？いや、兄貴はこの間のクーデターの時には教会側の支援をしていたからよくわかっているよね…。戦争が始まるんだ。だからこの金をこの町のために使ってしまいたいんだよ…。もちろん、俺にはハイリスクノーリターンな話だから、商人としては失格な話だけどね。」
「まったくだ。いつからそんな愛国心を持つようになったんだ？」
ルイはニコリと笑って答えた。
「愛さ。」
「愛？臭い台詞は止しやがれ。で、何に注ぎ込もうってってんだ？」
「オリハルコンさ。」
「ブッ！？」
思わず口に含んでいたウィスキーを噴き出してしまった。
「ば、馬鹿じゃないのか！！そんな高額な代物…、１ｃｍ四方の塊を買うだけで城の門番の半月分の給料が消し飛ぶんだぞ！何だってそんな高額な代物を手に入れたいんだ！！！」
オリハルコンはものすごく貴重な金属。
俺たち兵站部門の人間でもなかなかお目にかかれない代物だ。
その金属の武器を持っている戦士もたまに見かけるが、それはそいつが自腹で手に入れたものではなく、旅の途中で手に入れたとか、伝説のモンスターを退治した報酬に現金の代わりにもらったとか、実に運任せな話ばかりだ。
それをルイは自分の全財産を使ってでも手に入れたいと言う。
確かに金次第では手に入らないこともないが、一体何をするつもりなのか。
「…一体いくら分欲しいんだ。」
「誰にも迷惑をかけられないから、あくまで俺だけの財産で。社内預金崩して、株や物件を何もかも現金化しただけ欲しいんだ。」
「マ、マジかよ…！？」
ルイの社内預金に、この地における現金と株？
おいおい、国は無理として州が一つ買えるぞ。
「本気、なのか？」
「本気だ。俺はこの町が好きだし、この町に生きるやつらも好きだ。そして愛する人が一人いれば幸せなのに、俺は二人も愛してしまった。金はなくなっても増やす手段はいくらでもある。それならこの町のために、彼女たちのためになるのなら、俺はすべてを投げ打ってでもやり遂げたいんだ。彼女たちを守るために武力もない俺に出来ることはこの方法しかない。」
「……わかった。だがオリハルコンの加工はどうする気だ。あれにはとてつもない技術が必要なんだぞ。それにその後、形にするためには鍛冶もいるし、工房もいる。その経費もお前が持つって言うのか？」
「当たり前だよ。クーデターが終わってからすぐに町長のロウガ氏には、工房建設予定の話を持っていったし、技術者も見付かっている。後は鍛冶とオリハルコンの入手ルートをどうにかしないといけないんだ。」
「……剣でも作る気なのか？」
「いや、鏃（やじり）だよ。」
「ブッ！？」
また噴き出した。
「お、おい落ち着け！良いか、剣や槍ならいざ知らず、消耗品の矢にオリハルコンを使う気なのか！？」
「そうさ。確かに馬鹿げた発想だと思ったけど、鏃をオリハルコンにすることによって矢が軽くなって飛距離が伸びる。そしてこの町にはエルフやダークエルフみたいに弓の扱いのうまい種族がいる。性能の上がった矢と彼女たちの腕があれば、戦力の向上は間違いないんだ。」
「そりゃあ、間違いはないが…。」
その時、雑貨屋の引き戸がガラガラと開いた。
「ルイさーん。いませんかぁー？」
「ああ、マツＤじゃないか。ちょうど良かった。奥に来てくれ。」
奥のルイの私室に顔を出したのはまだあどけなさの残る青年だった。
「どうしたんですか？今日お休みでしたっけ…あ、お客さんでしたか。」
「うん、紹介しておくよ。この人は俺の所属している兄弟社の兄貴分でヘンリー＝ガルド。兄貴、この子だよ。俺が言っていたオリハルコンの加工技術者は。」
「こ、この子が！？」
どこか学者みたいな雰囲気はあるが、とてもそんな技術者には見えない。
「あ、初めまして。ルイさんのお店の常連でこの町の研究所で研究員をしています、松井電衛門と申します。ルイさんのおっしゃった通り、オリハルコン加工の研究をしていまして、今日はその新しく発見した方法をルイさんに見てもらおうと思いまして…。」
「新しい方法だと！？み、見せてくれ！」
彼が見せてくれた研究資料を見て、愕然とした。
この資料に載っている方法は、より純度の高いオリハルコンを精製する方法でこれまでのやり方よりも３０％もコストが安くなる上、必要とするオリハルコン原石の量も２０％もカット出来る。
こんな方法は大都市の錬金術組合でも知らない…。
何でこんな辺境の地でこんな最新技術が生まれているんだ…。
…待てよ。
この実験用のオリハルコンはどこから手に入れたんだ？
「へぇ…。すごいじゃないか、マツＤ。これなら当初の計画以上の成果が見込めそうだよ。」
「そうでしょ？だから急いでルイさんに持ってきたんですよ。」
ルイとデンエモンがその資料を見て喜んでいる。
「なぁ、えっとデンエモン君と言ったな。喜んでいるところ悪いんだが、この実験用のオリハルコンの原石はどこから手に入れたんだ？」
原石だけでも高額な代物だ。
辺境の研究機関がおいそれと手を出せる代物じゃない。
「え…。そ、それはですね。実は現町長のロウガさん…、ご存知ですか？」
「ああ、知ってる。」
むしろ彼を逮捕するために動いていたし。
「彼のお宅の裏山にですね……、あるんですよ。」
「何が？」
「……オリハルコンの鉱山。」
「バブゥッ！！！！」
盛大にウィスキーを噴射した。
「ゲホッゲホッ…！」
「兄貴、大丈夫か！？」
「大丈夫じゃねぇ！！！何でそんな宝の山がそんなとこにありやがる！！！」
デンエモンはバツが悪そうに頭を掻いて説明した。
「彼はどうもオリハルコンをそこいらの石としか見ていないようで、僕たちがいくら貴重な物だと説明しても、ただ同然でくれるんですよ。まだ坑道を作っていないので鉱山としての機能はありませんが…、僕らの研究所の目算だと、一年間で市場に出回るオリハルコンの約７割くらいの産出量はあると思いますよ。」
開いた口が塞がらない。
「…そいつから貰えば入手ルートに困ることはねぇだろ。」
ルイは首を横に振った。
「それは駄目だよ。俺個人の我侭なんだからさ。だから兄貴にその手のルートを紹介してもらおうと思ってさ。」
「はぁ………。で、このデンエモン君がルイに加担しているってことは、彼も女絡みなのか？」
デンエモンは恥ずかしそうに頷く。
「…カー！お前ら青春しすぎだ！まったく…。だが、わざわざ俺のルートを使う必要はないぞ。ここの山にお宝が眠っているなら、ここのお宝を使っちまおう！」
「だ、だから兄貴。それは……。」
「馬鹿、これは商売だ。むしろ俺がお前に紹介料払っても良いくらいの、久々にビックチャンスだ。お前らが気まずいって言うなら、俺がそのロウガってやつに交渉する。オリハルコンが眠っているのに掘り出さない馬鹿がどこにいやがる！」
「それはそうだけど…。」
「それにもし戦に負けてみろ。お前さんたちの女を守る道具があの山に眠っているとやつらが気が付いたら、やつらはそれを持って、魔物を滅ぼせって各地に散るんだぜ。」
何だかよくわからんが、教会と取引を切って良かった。
人間には何か運命というものがあるらしいが、俺が仕事が終わってもこの町にいたのは運命だったらしい。
いい加減に教会相手の利益の低い仕事は飽き飽きしていたし、ちょうど良い。
ヘンリー＝ガルド、一世一代の大勝負になりそうだ。
「今日はもう日が落ちるな…。よし、今日は飲みに行こう！大の男がこんな狭苦しい家でウジウジしてんのは身体にも精神的にもよろしくない！デンエモン君は飲めるのかい？」
「え、あ、少しだけ。」
「よっし、それなら飲もう。ルイの同志だ。お互い顔繋ぎに飲もうや。」
交渉は明日だ。
交渉資金は…、大丈夫だろう。
足りなければ本部に申請するまでだ。
運が良ければオリハルコン市場を俺たち砂漠の兄弟社が独占出来る！
俺たちはその足で、町の居酒屋へと走るのだった。





砂漠の兄弟社社歌　　　作詞・僕　作曲・あなた

俺たちはこの世で一番
がめついと言われた男
だけど火の中、水の中
７２時間働けますか！？
片手に商品持って
片手にドリンク持って
君の町へと
あなたの町へ
お役に立ちます兄弟社

商品の範囲は無限大
人身売買は勘弁な！
兵站、雑貨、貴金属
お金になるなら何にでも
どこへも行きます兄弟社

嗚呼、熱き我ら砂漠の兄弟社





「どうだ、良い歌だろう！」
「ちょっとお客さん！音痴な歌、歌ってると出入り禁止にしますよ！！」
ゾンビの女将さんがお盆で叩く。
「あ、すんません。」
「楽しく飲むのは良いんですけど、あまりハメを外すと……、捻じり切りますよ？」

ゾクッ

俺の背中に電流が疾る。
「ごめんなさい。どうぞお平にぃ…。」
「わかれば良いんですよ。あ、いらっしゃいませー。」
女将さんは別の客へと行ってしまった。
まさか、数々の修羅場を越えた俺が怯むとは…。
あれ、あの従業員のゾンビたち…。
どこかで見たことがあるような…？
そう……、クーデターの時に…………。
………ひぃ、ふぅ、みぃ、数は合ってるよな？
行方不明の…………。
「お客さん、あまり深く考えない方が良いですよ。」
いつの間にか女将さんが背後に立っている。
「な、何も考えてません！！！」
「そ♪なら良いんですよ♪」
………………あの女将、ただものではない。

■作者メッセージ
こんばんわ、宿利です。
さっそくですが、また魔物娘出てないじゃん…。
そんな訳で多肉類の旦那様のヘンリー＝ガルド、ルイ＝ターニック
そしてマディーン様の松井電衛門参戦です。
戦場ではないので参戦というのも変ですがｗ
さて次回もガルドレポートの続きです。
社歌は読者様の脳内で再生してくださいｗ

では最後になりましたが
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました＾＾。

１１月２２日、加筆修正しました。