第四十話・共鳴する魂
チ…、こいつら一体いつまで俺たちに付き合うつもりなんだ。
血糊で俺の小太刀も切れ味が鈍ってきやがったし、シリアの疲労も隠せない。
初めにいた連中を全員斬ったと思ったのに、次から次へとまるでゴキブリみたいに湧いて出てきやがる。いや、デビルバグの方が何万倍も可愛げがあるが…、教会の連中とやりあう時はいつも面倒臭い。
やつら教義のための殉教は何よりと尊いなんて妙な考えが骨の髄まで染み付いているから、斬っても斬ってもキリがない。
もういくつ首を落としたのかすら覚えていない。
途中から首を狙っている余裕がなくなってきた。
「シリア、俺が突破口を開く。お前はここから退け。」
「…私はフレックの足手まといか。」
「……そう思われたくなければ、気合を入れろ。だが、無闇に突っ込むな。30人以上斬ったのにやつらの戦意に衰えがない。お前も疲れが酷いし、俺もお前に突っ込まれたらやばい。どんどん戦うフィールドが狭くなって、スピードを活かせない。」
「わかった!」
シリアは、いつかの記憶が引っかかって退くことが出来ない…、いや、俺に足手まといと思われたくないのだろう。
正しい戦法で考えれば、すでにシリアはあまり役に立たない。
だが強がる彼女を俺も邪険に出来ない…。
俺も…、甘くなったものだ…。
こうなっては暗殺家業引退も近いのかもしれない…。
「我らが同胞をよくも討ち取ってくれたな。だがぁ、貴様たちもこれまでだ!まさか目標に向かう前にこれ程の手練がこのような所にいようとは思わなんだが、これも神の与えたもう試練。貴様らを討ち取り、我らは本懐を遂げん!」
「口数が多いな。たった二人が怖いのかい、おっさん?」
二人…か。
いよいよもって末期症状だな。
「よくぞ吼えた、小僧!我らの団結の力、その身を以って、その命を以って刻み付けよ!」
兵士たちが一斉に動き出す。
俺だけなら、逃げるのも斬り抜けるのも簡単だ。
そもそも俺は影に生きる一族。
決して光の下に出ることなく、決して記録に残ることなく生きる者。
だからこいつらの誇りとはまた別次元の誇りを持つ者。
ただ標的を討ち、不利と見れば脇目も振らず逃げ、勝ち名乗りも許されず、歴史の闇に沈むことを誇りとする。
しかし…、それが狂ってしまった。
そこにもう一つだけ余計なものが増えてしまった。
こいつを、シリアの重みを背負って生きていく。
だから俺はここから逃げる訳にはいかない。
彼女のために死ぬことも許されない。
「…クソォ!!!」
エリアに近付いた者を手当たり次第に斬る。
もう首は飛ばない。
鎧の隙間から致命傷を与え続けるだけの斬撃。
勝負は小太刀に油が回る前に終わらせられるかというところになるが、この数相手にそれが出来るかどうか…。
ジパングの刀は切れ味が良いんだが、重さがないからこういう時に一気に不利になってしまう。
切っ先が欠けないように慎重に突きを入れ続ける。
「へぐぇ……。」
一人、また崩れていく。
その後ろからさらに兵士が剣を振り被る。
波状攻撃の怖いところか…。
「フレック、危ない!」
「ぬほぁ!?」
シリアの剣が男の顔を割る。
しかし、それが彼女の得物の限界だった。
パキィィンッ
切っ先から中ごろまで彼女のロングソードが折れる。
「…くそ。」
「…シリア、俺のことは良い。だから自分の命だけは守れ。」
「フレック?」
「セヤッ!」
エリア内の男の喉を掻き斬る。
二人仕留めたが、そこで小太刀の限界が来た。
それを見て兵士たちが恐れもなく前進し始め、俺たちはじりじりと距離が詰められていく。
絶体絶命…、いやこの場合は今までのツケが溜まった結果だな。
「ハッハッハッハッハ、よく粘ったがこれまでのようだな!!」
テメエは後ろで叫んでいただけだろうが。
だが、本当にこれまでだな。
これだけの人数斬り抜けるには、武器も時間も体力も魔力も足りない。
「…シリア、すまん。」
「…良いよ。フレックと一緒なら怖くない。」
背中合わせでシリアの手に触れる。
彼女は力強く俺の手を握った。
「やれぇぇぇーーー!!!!」
嗚呼、これで年貢の納め時か…。
彼らが強いんじゃなく、俺が弱くなってしまっただけ…、か。
何もなかった俺に、失うものなどなかった俺に、失うことが怖くなる存在が、誰よりも守らなければいけない存在が出来てしまったことが敗因だ。
だが、悔いは残るが悪い気分じゃない。
彼女と…、シリアと一緒なのだから…。
彼らの剣は届かなかった。
紅蓮の炎を右腕に宿した少年が俺たちに背中を向けて彼らに立ち塞がっていた。
「マイアさん、大丈夫…ってあれ?人違い?」
―――――――――――――
血の臭いを頼りに町を走った。
どこかであの人たちが戦っていれば、むせ返るような血の臭いを発するはずだ。
この道を抜ければ…、おそらくあの人たちが目指すであろう議会場だ。
そこが町の中間点。
そこを落とせば、一気に有利になるはずだからまず向かうはずだ。
いや…、もしかしたら他の場所から落とすのか…。
いや、大丈夫だ、きっと。
間に合うはず…ん…、血の臭い。
間違っていなかった。
「やれぇぇぇぇー!!!」
裏道を抜けると、誰かが囲まれている。
あの耳のヒレは…、リザードマン…!
そしてあの背格好は…、マズイ!!
「セリャッ!!!」
あの集団を掻き分ける時間がない。
僕は一気に彼らの頭の上を跳ぶ。
「な、何だ!?」
「セイッ!!!」
兵士の頭を踏み付け、それを反動にさらに跳ぶ。
右腕の刻印の魔力を最初から全開で燃やす。
マイアさんの前に跳び下りる。
「弾けろ!!!!」
振り向き様に兵士の腹に右腕を叩き込んだ。
男は勢い良く跳んでいき、後方で控える男たちにぶつかってやっと止まった。
マイアさんを囲んでいた兵士たちは、僕に驚いたのか一端距離を開ける。
「マイアさん、大丈夫…ってあれ?人違い?」
そこにいたのは同じリザードマンだけど、マイアさんと別人の女の子だった。
「え、あ、あの…。」
「…誰だか知らないが、助かった。」
彼女に代わって彼女と背中合わせにしていた男が礼を言った。
「い、いいえ…、その知った人と間違えてしまって…。」
「そうか…、お互いリザードマンと知り合うと大変なのかもしれんな。」
「そう、みたいですね。」
何と言うか間抜けなことに、僕たちは剣を向けられている状況でのんきな会話をしている。
「き、き、貴様ら!良い度胸をしているな!!!」
「ああ、忘れていた…。おい、あんた…、何か武器を持っているか?」
「ごめんなさい、僕は見ての通り素手で戦うんですよ…。」
「しょうがないな…。粗悪品だが…、こいつのを使うか。」
そう言って、彼は倒れた兵士の持った剣を取る。
「ほら、シリア。お前も使え。」
「わかった。」
シリアと呼ばれた女性も倒れた兵士から剣を奪い取る。
「名乗っておこう。俺はフレック=P=ニザール…、フレックで良い。」
「私はシリア=カミシュール、シリアで…、もしくは奥様と呼んでくれ。」
「コイツのことは無視して良い。あんたは?」
シリアはムキー、と怒るがフレックは完全無視で兵士に視線を向けたまま僕の名前を問う。
「サクラと言います。この町でもっとも誇り高い人たちの背中を追う者です。」
フレックが剣を構える。
それに合わせるように僕も右腕を引いて兵士たちに対じする。
「後で…、この町に何があったのかを教えてくれ。」
「わかりました。まずはここを切り抜けましょう…。」
フレックが凄まじい速度で疾る。
僕はやや遅れて、彼と共に前へ前へと踏み込んでいく。
――――――――――――――
サクラとフレック、そしてシリアの活躍で兵士たちは僅かな数を残し、引き揚げていった。
彼らの足下には数え切れない程の死体が埋め尽くす。
ある者は首を落とされ、
ある者は鎧の隙間から血を流して死に、
ある者は爆死、
ある者は鎧がひしゃげて死んでいる。
兵士たちが引き揚げたのはサクラやフレックの強さではない。
議会場奪還のために動いていたサイガやコルトたちの組が、次の目標に向かうべく進撃していたところに彼らと運良く鉢合わせし、それが挟み撃ちのような状況になったため、体勢を立て直すために兵士たちは引き揚げたのだった。
そしてサクラよりも詳しい状況を彼はサイガの口から語られることになった。
「そうか…、この町はそんなことになっていたか…。」
「ああ、俺たちもやつらの言いなりになるのはごめんだしな。」
サイガとフレックは気が合ったららしく、暫しの休息としている。
「コルトも…、久し振り。」
「うん、サクラも久し振りだな。」
「お母さんになったんだね。」
「ああ、可愛いぜ。今度遊びに来いよ。」
「うん、ありがとう。」
サクラは心の中で感謝している。
サイガがいたからここまで来れた。
コルトがいたから勇気をもらった、と彼は心で頭を下げる。
いつか…、落ち着いたら言おうと心に決めて。
「マイアさんは…、どうしてる?」
「あいつはね、おふくろさんと同じ組だよ。やつらの武器庫になってる警察署を奪還するんだとさ。あの組は豪華だよ。うちはミノタウロスと人間の連合軍だけど、あっちはリザードマン自警団にエルフに、アカオニに…、それに新顔のドラゴンだ。仕事が楽そうだぜ。」
「あ、ダオラさん…、協力してくれたんですね。」
サクラは嬉しかった。
彼女にこんなことを手伝わせてしまうのは申し訳なかったが、それでも一緒に戦ってくれるということが嬉しかった。
それは自分のエゴだという感情も感じながら。
サクラがコルトと話をしている傍ら、町のクーデターの状況を聞いて、フレックも納得していた。
「なるほどね…、フウム王国が動き出したか…。連中、10年前に戦に負けて領土を減らしたってのに実に懲りないね。」
「へえ…、そんなことがあったのか?」
「職業柄色々知っているさ。詳細は憚りあって教えられないが、やつらは10年前にも同じように戦をしたのさ。それに負けて表向きは親魔物派に鞍替えしていたんだが…、実に諦めの悪い連中だ。」
「そりゃ、迷惑な話だ…おや?お連れさん、具合が悪いのか?」
サイガに言われフレックがシリアを見ると、何やらワナワナと震えている。
「ど、どうした、シリア…。」
「何と言う非道な連中!それに命まで助けていただいたのに、私の…、リザードマンとしての誇りがこのまま立ち去るのを許せません!!」
フレックは不味いと感じた。
彼女が時代錯誤な女であることは予測済みであったのに、すぐ去らなかったのは彼のミスである。
「罪なき人々を守るため、我ら夫婦の力を、愛の強さを、正義の刃をやつらに見せつけてやるのだ!…夫婦…愛…イイ……!!!!」
「なんで俺まで…ってか、勝手なこと言ってんじゃねえ!!!」
サクラもサイガもコルトも、少しフレックが可哀想になってきた。
何故なら彼らの身内にもそんなことを言いそうな義理堅い人物が一人いるからである。
「ヒックチ…!」
「あ、アヌビス、目が覚めた?」
「あーあー、鼻水が布団に付いちゃったよ。」
だが、シリアにツッコんでみてもフレック自身、借りを返さないまま町を出るのは気が引けていた。
「…仕方がない。俺たちは故あって旅を急がなければいけないので、あんたらとフウム王国の戦には味方出来ないが、その男を救出するまで味方をしてやるよ。」
「うむ、それでこそ私の夫!」
次の瞬間、再びシリアがゴニゴニの刑を受けたのは言うまでもない。
血糊で俺の小太刀も切れ味が鈍ってきやがったし、シリアの疲労も隠せない。
初めにいた連中を全員斬ったと思ったのに、次から次へとまるでゴキブリみたいに湧いて出てきやがる。いや、デビルバグの方が何万倍も可愛げがあるが…、教会の連中とやりあう時はいつも面倒臭い。
やつら教義のための殉教は何よりと尊いなんて妙な考えが骨の髄まで染み付いているから、斬っても斬ってもキリがない。
もういくつ首を落としたのかすら覚えていない。
途中から首を狙っている余裕がなくなってきた。
「シリア、俺が突破口を開く。お前はここから退け。」
「…私はフレックの足手まといか。」
「……そう思われたくなければ、気合を入れろ。だが、無闇に突っ込むな。30人以上斬ったのにやつらの戦意に衰えがない。お前も疲れが酷いし、俺もお前に突っ込まれたらやばい。どんどん戦うフィールドが狭くなって、スピードを活かせない。」
「わかった!」
シリアは、いつかの記憶が引っかかって退くことが出来ない…、いや、俺に足手まといと思われたくないのだろう。
正しい戦法で考えれば、すでにシリアはあまり役に立たない。
だが強がる彼女を俺も邪険に出来ない…。
俺も…、甘くなったものだ…。
こうなっては暗殺家業引退も近いのかもしれない…。
「我らが同胞をよくも討ち取ってくれたな。だがぁ、貴様たちもこれまでだ!まさか目標に向かう前にこれ程の手練がこのような所にいようとは思わなんだが、これも神の与えたもう試練。貴様らを討ち取り、我らは本懐を遂げん!」
「口数が多いな。たった二人が怖いのかい、おっさん?」
二人…か。
いよいよもって末期症状だな。
「よくぞ吼えた、小僧!我らの団結の力、その身を以って、その命を以って刻み付けよ!」
兵士たちが一斉に動き出す。
俺だけなら、逃げるのも斬り抜けるのも簡単だ。
そもそも俺は影に生きる一族。
決して光の下に出ることなく、決して記録に残ることなく生きる者。
だからこいつらの誇りとはまた別次元の誇りを持つ者。
ただ標的を討ち、不利と見れば脇目も振らず逃げ、勝ち名乗りも許されず、歴史の闇に沈むことを誇りとする。
しかし…、それが狂ってしまった。
そこにもう一つだけ余計なものが増えてしまった。
こいつを、シリアの重みを背負って生きていく。
だから俺はここから逃げる訳にはいかない。
彼女のために死ぬことも許されない。
「…クソォ!!!」
エリアに近付いた者を手当たり次第に斬る。
もう首は飛ばない。
鎧の隙間から致命傷を与え続けるだけの斬撃。
勝負は小太刀に油が回る前に終わらせられるかというところになるが、この数相手にそれが出来るかどうか…。
ジパングの刀は切れ味が良いんだが、重さがないからこういう時に一気に不利になってしまう。
切っ先が欠けないように慎重に突きを入れ続ける。
「へぐぇ……。」
一人、また崩れていく。
その後ろからさらに兵士が剣を振り被る。
波状攻撃の怖いところか…。
「フレック、危ない!」
「ぬほぁ!?」
シリアの剣が男の顔を割る。
しかし、それが彼女の得物の限界だった。
パキィィンッ
切っ先から中ごろまで彼女のロングソードが折れる。
「…くそ。」
「…シリア、俺のことは良い。だから自分の命だけは守れ。」
「フレック?」
「セヤッ!」
エリア内の男の喉を掻き斬る。
二人仕留めたが、そこで小太刀の限界が来た。
それを見て兵士たちが恐れもなく前進し始め、俺たちはじりじりと距離が詰められていく。
絶体絶命…、いやこの場合は今までのツケが溜まった結果だな。
「ハッハッハッハッハ、よく粘ったがこれまでのようだな!!」
テメエは後ろで叫んでいただけだろうが。
だが、本当にこれまでだな。
これだけの人数斬り抜けるには、武器も時間も体力も魔力も足りない。
「…シリア、すまん。」
「…良いよ。フレックと一緒なら怖くない。」
背中合わせでシリアの手に触れる。
彼女は力強く俺の手を握った。
「やれぇぇぇーーー!!!!」
嗚呼、これで年貢の納め時か…。
彼らが強いんじゃなく、俺が弱くなってしまっただけ…、か。
何もなかった俺に、失うものなどなかった俺に、失うことが怖くなる存在が、誰よりも守らなければいけない存在が出来てしまったことが敗因だ。
だが、悔いは残るが悪い気分じゃない。
彼女と…、シリアと一緒なのだから…。
彼らの剣は届かなかった。
紅蓮の炎を右腕に宿した少年が俺たちに背中を向けて彼らに立ち塞がっていた。
「マイアさん、大丈夫…ってあれ?人違い?」
―――――――――――――
血の臭いを頼りに町を走った。
どこかであの人たちが戦っていれば、むせ返るような血の臭いを発するはずだ。
この道を抜ければ…、おそらくあの人たちが目指すであろう議会場だ。
そこが町の中間点。
そこを落とせば、一気に有利になるはずだからまず向かうはずだ。
いや…、もしかしたら他の場所から落とすのか…。
いや、大丈夫だ、きっと。
間に合うはず…ん…、血の臭い。
間違っていなかった。
「やれぇぇぇぇー!!!」
裏道を抜けると、誰かが囲まれている。
あの耳のヒレは…、リザードマン…!
そしてあの背格好は…、マズイ!!
「セリャッ!!!」
あの集団を掻き分ける時間がない。
僕は一気に彼らの頭の上を跳ぶ。
「な、何だ!?」
「セイッ!!!」
兵士の頭を踏み付け、それを反動にさらに跳ぶ。
右腕の刻印の魔力を最初から全開で燃やす。
マイアさんの前に跳び下りる。
「弾けろ!!!!」
振り向き様に兵士の腹に右腕を叩き込んだ。
男は勢い良く跳んでいき、後方で控える男たちにぶつかってやっと止まった。
マイアさんを囲んでいた兵士たちは、僕に驚いたのか一端距離を開ける。
「マイアさん、大丈夫…ってあれ?人違い?」
そこにいたのは同じリザードマンだけど、マイアさんと別人の女の子だった。
「え、あ、あの…。」
「…誰だか知らないが、助かった。」
彼女に代わって彼女と背中合わせにしていた男が礼を言った。
「い、いいえ…、その知った人と間違えてしまって…。」
「そうか…、お互いリザードマンと知り合うと大変なのかもしれんな。」
「そう、みたいですね。」
何と言うか間抜けなことに、僕たちは剣を向けられている状況でのんきな会話をしている。
「き、き、貴様ら!良い度胸をしているな!!!」
「ああ、忘れていた…。おい、あんた…、何か武器を持っているか?」
「ごめんなさい、僕は見ての通り素手で戦うんですよ…。」
「しょうがないな…。粗悪品だが…、こいつのを使うか。」
そう言って、彼は倒れた兵士の持った剣を取る。
「ほら、シリア。お前も使え。」
「わかった。」
シリアと呼ばれた女性も倒れた兵士から剣を奪い取る。
「名乗っておこう。俺はフレック=P=ニザール…、フレックで良い。」
「私はシリア=カミシュール、シリアで…、もしくは奥様と呼んでくれ。」
「コイツのことは無視して良い。あんたは?」
シリアはムキー、と怒るがフレックは完全無視で兵士に視線を向けたまま僕の名前を問う。
「サクラと言います。この町でもっとも誇り高い人たちの背中を追う者です。」
フレックが剣を構える。
それに合わせるように僕も右腕を引いて兵士たちに対じする。
「後で…、この町に何があったのかを教えてくれ。」
「わかりました。まずはここを切り抜けましょう…。」
フレックが凄まじい速度で疾る。
僕はやや遅れて、彼と共に前へ前へと踏み込んでいく。
――――――――――――――
サクラとフレック、そしてシリアの活躍で兵士たちは僅かな数を残し、引き揚げていった。
彼らの足下には数え切れない程の死体が埋め尽くす。
ある者は首を落とされ、
ある者は鎧の隙間から血を流して死に、
ある者は爆死、
ある者は鎧がひしゃげて死んでいる。
兵士たちが引き揚げたのはサクラやフレックの強さではない。
議会場奪還のために動いていたサイガやコルトたちの組が、次の目標に向かうべく進撃していたところに彼らと運良く鉢合わせし、それが挟み撃ちのような状況になったため、体勢を立て直すために兵士たちは引き揚げたのだった。
そしてサクラよりも詳しい状況を彼はサイガの口から語られることになった。
「そうか…、この町はそんなことになっていたか…。」
「ああ、俺たちもやつらの言いなりになるのはごめんだしな。」
サイガとフレックは気が合ったららしく、暫しの休息としている。
「コルトも…、久し振り。」
「うん、サクラも久し振りだな。」
「お母さんになったんだね。」
「ああ、可愛いぜ。今度遊びに来いよ。」
「うん、ありがとう。」
サクラは心の中で感謝している。
サイガがいたからここまで来れた。
コルトがいたから勇気をもらった、と彼は心で頭を下げる。
いつか…、落ち着いたら言おうと心に決めて。
「マイアさんは…、どうしてる?」
「あいつはね、おふくろさんと同じ組だよ。やつらの武器庫になってる警察署を奪還するんだとさ。あの組は豪華だよ。うちはミノタウロスと人間の連合軍だけど、あっちはリザードマン自警団にエルフに、アカオニに…、それに新顔のドラゴンだ。仕事が楽そうだぜ。」
「あ、ダオラさん…、協力してくれたんですね。」
サクラは嬉しかった。
彼女にこんなことを手伝わせてしまうのは申し訳なかったが、それでも一緒に戦ってくれるということが嬉しかった。
それは自分のエゴだという感情も感じながら。
サクラがコルトと話をしている傍ら、町のクーデターの状況を聞いて、フレックも納得していた。
「なるほどね…、フウム王国が動き出したか…。連中、10年前に戦に負けて領土を減らしたってのに実に懲りないね。」
「へえ…、そんなことがあったのか?」
「職業柄色々知っているさ。詳細は憚りあって教えられないが、やつらは10年前にも同じように戦をしたのさ。それに負けて表向きは親魔物派に鞍替えしていたんだが…、実に諦めの悪い連中だ。」
「そりゃ、迷惑な話だ…おや?お連れさん、具合が悪いのか?」
サイガに言われフレックがシリアを見ると、何やらワナワナと震えている。
「ど、どうした、シリア…。」
「何と言う非道な連中!それに命まで助けていただいたのに、私の…、リザードマンとしての誇りがこのまま立ち去るのを許せません!!」
フレックは不味いと感じた。
彼女が時代錯誤な女であることは予測済みであったのに、すぐ去らなかったのは彼のミスである。
「罪なき人々を守るため、我ら夫婦の力を、愛の強さを、正義の刃をやつらに見せつけてやるのだ!…夫婦…愛…イイ……!!!!」
「なんで俺まで…ってか、勝手なこと言ってんじゃねえ!!!」
サクラもサイガもコルトも、少しフレックが可哀想になってきた。
何故なら彼らの身内にもそんなことを言いそうな義理堅い人物が一人いるからである。
「ヒックチ…!」
「あ、アヌビス、目が覚めた?」
「あーあー、鼻水が布団に付いちゃったよ。」
だが、シリアにツッコんでみてもフレック自身、借りを返さないまま町を出るのは気が引けていた。
「…仕方がない。俺たちは故あって旅を急がなければいけないので、あんたらとフウム王国の戦には味方出来ないが、その男を救出するまで味方をしてやるよ。」
「うむ、それでこそ私の夫!」
次の瞬間、再びシリアがゴニゴニの刑を受けたのは言うまでもない。
10/11/06 23:22更新 / 宿利京祐
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