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第三十八話・英雄の序章
バフォメットの大号令による決起集会が開かれている頃、彼らに属さない者たちも戦っていた。もっともその男にとってはロウガたちに共感して戦うと言うよりも降りかかった火の粉を自分の手で払っただけに過ぎないのであったが…。
これは後にアヌビスことネフェルティータによって記された歴史書の中の、後の人々に大きく影響を与えた人物の序章である。





「誰だよ…、このあたりに温泉都市があるなんて言ってたのは…?」
黒いマントを纏った旅人風の男。
腰には珍しい二本の小太刀。
男を形容する言葉があるとすれば、黒い、これに尽きる。
男の名はフレック=P=ニザール。
やっとストーカー被害から抜け出し、そのかつてのストーカーと共に旅行中であった。
「む…、おかしいな…。地図通り進んで来たはずなんだが…?」
同じようにマントを纏い、軽鎧を纏い、腰にロングソードを帯びた女がわざとらしく目を逸らす。
女の名はシリア=カミシュール、リザードマンである。
ちなみに彼女の手に地図などない。
「シリア…、一体、この町に何しに来たかったんだ…。」
「べ、別にここに剣聖として名高い同族がいるからご高説賜ってみたいなぁ…なんて考えていないぞ?」
「………。」
フレックは何も言わず、押し黙ったまま、彼女のコメカミをグリグリの刑に処した。
「いたたたたたたた、痛い!痛いよ!愛が痛い!!」
「やかましい!!!ここにくれば疲れがぶっ飛ぶっていう温泉があるから行ってみようなんて言うから、お前に道案内を頼んでみれば…。しかも何なんだよ、この物々しい雰囲気!俺が噂で聞いたのと全然ちがうじゃねーか!!」
「うぅ…、確かにね…。婚前旅行に温泉は確かに華がなかったなぁ。」
「そ・う・い・う・こ・と・じゃ・な・い・く・ら・い・わ・か・る・だ・ろ!?」

ギリギリギリギリギリギリ

フレックはさらに力を込める。
シリアの痛覚は限界を超えて、痛がる声すら出せない。
さすがに可哀想になったのか、グリグリから頬っぺたや顔全体を捏ね回すゴニゴニの刑にシフトする。
「むしゃぶはぶしゅ!?」
「はっはっは、何言ってんのかわかんねーぞー。」
戯れながらもフレックは考えていた。
彼が名もなき町に関して知る知識では、魔物と人が完全に同等の価値を持っていてある種、理想とする関係にもっとも近い場所であるという噂。彼自身、この町に訪れるのは初めてであるが、それでもこの町に漂う空気が異質であると彼の本能が危険信号を出していた。
「で、お前は本当に何も感じないのか?」
「…散々人を弄びおって。そうだな、何だか酷く嫌な感じがする。」
こう、ザラリとした感じだ、とシリアは言った。
「何だか、早めに町を出た方が良いような…、そんな感じだ。」
「同感だ。何だか、ヤバイ。」
いざとなればフレックもシリアも自分の力で切り抜けていける。
そう理解はしていても、フレックは彼女を巻き込むのを躊躇った。
どんなに素っ気なくしても、どんなに突き放してみても彼に付いて来るシリアへの、彼なりの愛情なのかもしれない。
旅立つのなら日が昇ってから旅立った方が良いのは、彼の長い旅の経験から理解していたのだが、宿を借りようにもすでに真夜中、日付は変わってしまって宿など空いていないだろう、とフレックは考える。
せめて雨風を凌げる場所で野宿出来れば…、などと思案していた矢先、
「おい、貴様ら!夜間外出は禁じられている!速やかに家に帰れ!!」
という高圧的な声に遮られた。
フレックが振り向くと実に馴染みのある紋章の入った鎧に身を包んだ男たちが隊列を成していた。





教団関係者…!?
俺は正直言って困った。
この町が教団の手に落ちてるなんか聞いていないぞ。
「おい、貴様ら!夜間外出とは何事か!!恥を知れ恥を!!!」
「いえね、俺たちは旅の者でして…。もっと早くにこの町に着きたかったんですが、ついさっき辿り着いたばかりでして…。」
なるべく低姿勢で答える。
面倒事はごめんだ。
「戒律により、夜間の外出は禁じられている!旅人であろうと、この町に入った以上は従ってもらわねばならぬ…ん?貴様、一体何を連れておる!!」
まずい…。
シリアを隠さないと…!
「いえ、この者は…。」
「ええい、問答無用!聖なる奪還の地に穢れし者を入れるとは、何たる不心得者!!全員、抜刀許可…、この者たちは悪魔の手先じゃぁぁ!!!」
相変わらず話をきかねぇ!
「シリア、人数が多い!お前は逃げろ!!」
「いや…、私は残るよ…。」
シリアが腰のロングソードを引き抜く。
「臭うんだ、こいつら…、臭うんだ。私たちの…、同族たちの…、魔物たちの血の臭いが染み付いているんだ!」
男が剣を振り被る。
シリアはその剣が振り下ろされるよりも速く、瞬く間に鎧の隙間に切っ先を突き入れる。
短い声を発したかと思うと、斬りかかった男たちが力なく倒れ、痙攣をしながら石畳の地面を赤く染める。
「ハァッ…、ハァッ…、舐めるなよ。私だってリザードマンだ。こんなのを何人連れてきても私は倒せないぞ…!」
「き、貴様ぁ…ハッ!?男の方はどこに行った!!!」
騒ぎすぎだ、おっさん。
問答無用、大いに結構…。
だがな…、テメエらは俺の大事な者に手を出した。
背負っていこうとした命に向かって剣を抜いた。
もう、命のやり取り以外に終末はないと思え…。
そして実にお粗末。
そもそも彼らは数で押し込む虐殺に慣れすぎたんだな…。
嗚呼、何て可哀想に。
それが危険を感じる本能を鈍らせている…。
俺たちを狙わなければ生き残れたのに…。
「ギャアッ!?」
「な、何事!?」
まずは首一つ。
右の小太刀でスパッと一発で落とす。
「わ、わかりません!突然、リトラの首が…、首が落ちたんだ!!」
そうか、彼はリトラと言うのか…。
「どこだ…、どこから…フグッ!?」
首、二つ目。
口うるさいやつは…、昔から嫌いだ。
左の小太刀でさらにスパッと。
「卑怯な…!姿を見せろ!!」
「無理だよ…、フレックが本気になった。お前たちを全滅させなきゃ、いけなくなった。顔を見られて、フレックに剣を抜かせた。お前たちは生き残れない。」
「き、貴様らぁぁぁぁ、我々が教会騎士と知って…!?」
「違うだろ。お前たちは教会騎士の服着た、無能な豚だ…。」
指揮官もどき(俺命名)の耳元で囁く。
指揮官もどきが驚いて振り向くが、すでにそこに俺はいない。
俺はただ闇に溶け、
闇の中を疾り、
魔力を解放して闇の一部となって音もなく彼らを殺す。
「ギャッ!」
三つ目。
嗚呼、何て他愛のない柔らかな感触。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
シリアも剣を構え突っ込む。
そうだ、それで良い。
彼らは俺という闇に怯えながら前面から来るお前を相手にしなければいけない。
「シリア=カミシュールが雄姿、その目に焼き付け冥府で語れ!」
ったく…、調子に乗り過ぎだ。
実際彼らが怯んでいるのは…、お前の強さじゃないというのに…。
「こ、こんな…、魔物は神の威光の前に無力になるんじゃないのか…!?」
「神の威光などで私は怯まない。私が平伏すのはフレックの愛の前だけだ!」
「だから、お前はそういう恥ずかしいことを叫ぶな!!!!」
…しまった。
ついツッコんで闇の中から出てしまったじゃないか。
後でお仕置き…、だな。
何故かシリアが嬉しそうな目で俺を見ているが気にしない。
「い、いたぞ!やつさえ殺せば、こんなトカゲなど…!」
「…遅いよ。」
すでに指揮官もどきの視界から俺は消えている。
最後方で震えていた男の首がポロリと落ちる。
「い、いつの間に後ろに…!?」
「悪いね、魔力を出さなきゃ、俺はもっと速い。」
やっと二人の男たちが振り向き剣を振り上げる。
「あーあ…、馬鹿だねぇ…。」
逆手に持った小太刀が男の顔を割る。
四つ目。
同時に左の小太刀で鎧の隙間から心臓を突き刺す。
これで五つ目…、いや、これはノーカンで。
さてさて…、シリアが調子に乗る前にこいつら全員に引導を渡さなきゃ。
生きて帰さない…。
しかし、噂とこうまで違う状況…、この町に何かあったのだろうか。
少し調べてみる価値がありそうだ。
さっきまでさっさと町を出ようなんて言っていたが、こりゃ職業病だな。
きっと。
「うわぁぁぁぁ…内臓がぁ…、集めなきゃぁ…、拾わなきゃぁ…。」
腹を割られて慌てふためく男の首を無慈悲に落とす。
いや、この場合慈悲だな。
苦しまないで良いように…。
「おりゃおりゃおりゃー!シリア=カミシュールの正義の刃、受けてみろぉー!」
…いかん、調子に乗るとすぐボロが出るくせに…、猪女め。
いや…、トカゲか。



こうして与太話本、妖しげな噂ばかり掲載されるゴシップ誌にはよくその存在を実しやかに語られ、大陸一高名な暗殺者として実在の有無がよく議論の的となっていたフレック=P=ニザールは、この戦いを契機に実在の人物として、後にアヌビスことネフェルティータの記した歴史書によって、初めて公式の記録にその足跡を刻むこととなるのである。


10/11/05 21:40更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
ちょっと短いですが…、かめやん様からお借りした
フレックとシリア参戦です。
…何だかスパロボみたいなノリになってきましたねw。
次回はついにサクラ復帰です。
さてこの後どんな展開になるのか、すでに本人にもわかりません。
予定しているラストを変更するのか、
それともそのラストに持っていけるのか…。
後10話以上はゆうにいるなぁと考える今日この頃です。

最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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