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第二十九話・Under the name of Justice
私は考える。
何故この世に魔物などが闊歩するのか。
私は憎悪する。
何故人々は邪悪を愛するのか。
私は疑問に感じる。
何故正義が虐げられるのか。
私は捨てる。
すべては神の威光を世界に示すため。
すべては邪悪を打ち倒すため。
すべては裏切り者をこの世界から一掃するため。
疑問など持ってはいけないのだ。
信仰は何においても優先されなければいけない。
我々の使命だ。
神の名において、
失われた地を、
奪還しなければいけないのだ。


「諸君らの意見を聞こう。」
大聖堂奥にある円卓の間に12人の男たちが集まっている。
反魔物派教会領、その名を「ヴァルハリア」。
文字通りの宗教国家である。
男は、ユリアス大司教。
この地の実質的な支配者である。
だが、彼には統治能力はほぼ皆無と言っていい。それが何故、大司教などという身分になれたかというと実に馬鹿げたことに、盲目的な神へのその信仰心の厚さ故である。
事実国土は小さく、流通はほぼ途絶え、土地の開発や農地開発などは他国に比べて大きく遅れ、国民の教育水準はロウガのいる町の三分の一に満たない。それでも国民は不満など口にしない。彼らは皆、戒律こそ重んじるべきものと信じて疑わないのである。
もちろん、魔物など存在すべくもない。
「大司教、我々は今こそ神敵を打ち倒すべきと思います。」
彼らは時機も知らず、戦略も知らない。
今こそ、と口にするものの、それはいつなのかすら考えない。
「しかし、あの神敵を滅ぼすには骨が折れますぞ?」
「何を言うか、男爵。神の名を口にする我らが悪魔どもを恐れてどうなる。我らこそ神のもっとも忠実な下僕でなければならないのですぞ!失われた大地を悪魔から奪い返すことこそ、我らが生まれた意味。これぞ神の思し召しではございませぬか!?」
彼らはいつも声高に叫ぶ。
彼らの言う悪魔とは親魔物派国家を指す。
そして神敵というのはロウガのことを指す。
そして約20年前まではそこにアスティアの名が入っていた。
「我々の騎士団も充実しました。数こそ僅か100余名ですが、皆信仰心厚い一騎当千の若者たちばかり。我らの地を穢した悪魔たちを皆殺しにすれば、人々は正義に目覚めましょう。やがて味方の数は千になり、万となり、やがては地平を埋め尽くす神の兵が出来上がりましょう!」
彼らは戦を自分の手でしたことがない。
彼らは常に古えの騎士物語に思いを馳せ、自らの理想以外に知識を知らない。
「しかし、100余命では戦になりませんな。」
「だからこそ、隣国のフウム王国を味方に引き入れたのだ。彼らは実に神に忠実な者たちだ。いつの日か我らと共に馬を並べ、世界をあるべき姿に取り戻すだろう。」
「それに神敵は悪魔と魔物たちを匿っている。これは明らかな人類に対する裏切り行為であり、我々に対する挑発行為ではないか!」
「大司教、戦は数ではありません。戦とは正義があるかどうかなのです!正義は負けませぬ。我らこそ、この地上で唯一絶対の正義。我らの神こそがこの世で唯一の法であり、正義なのです!どうか、ご決断を!!」
「大司教!」
「大司教!!」
ユリウスは考えていた。
果たしてこの戦を決断すべきか…。
しかし、常に彼の頭の中には信仰があった。
魔物を、魔物を愛する者を憎む心があった。
明確な理由はない。
彼はいつだってそう教えられたから、憎んでいるのだ。
「フウム王国と連絡を取れ。」
「おお、それでは…!」
「大司教!」
ユリウスは立ち上がる。
円卓に座った諸侯もワイングラスを片手に起立する。
「フウム王国と足並みを揃えよ。しかし、今年中では彼らの準備は整わぬであろう。配下からの報告がない以上、あれがまだ完成していないのであると思われる。連絡員を増やし、彼らに完成を急がせよ。我らは奪還する。一年後の春だ。騎士団の先頭には私も馬を駆り、神敵に正義の鉄槌を下す。来年の春には我らは神敵を滅ぼし、悪魔を駆逐し、世界をあるべき姿に戻すのだ!」
乾杯、と諸侯はワイングラスを高々と掲げる。
ユリウスは確信していた。
自分の望みは叶うのだと…。
根拠もなく、盲目的に。


―――――――――――


「おお、これは大司教猊下の御使者よ。長旅、ご苦労でありました。」
「フィリップ陛下もご機嫌麗しく。本日参りましたのは、猊下のお言葉を陛下にお伝えするためでございます。」
フウム王国、王城謁見の間にて国王フィリップはユリウス大司教の決断を聞く。
「おお…、ついに神の国を実現されるのですな…。わかりました。必ずや猊下のご期待に添えるよう、あれの完成を急ぎましょう。大司教猊下にお伝えください。一年後の春、再びお会いする時、私は偽りの仮面を脱ぎ、失われた大地を取り戻す神兵となりて、この地上の悪魔を滅ぼしましょう。」
恭しく使者は礼を述べ、退室する。
「聞いての通りだ、諸侯たちよ。例の兵器の完成を急がせよ。あれこそが神の国成就の切り札となり得るのだ!」
「畏れながらフィリップ陛下。あれは非常にデリケートな兵器です。量産を可能にするのであれば、せめて5年は必要となりましょう…。」
「一機あれば良いのだ。たった一機あれば一軍くらいは屠れよう。そしてしかる後に悪魔どもを滅ぼしながら、徐々に量産すれば良いのだ。実験ではなかなかの成果を出したではないか。もしかしたらたった一機で世界を変えてしまうぞ。ハッハッハッハァー!」
フウム王国。
対外的に親魔物派勢力に属するが、それは隣国のヴァルハリアへの侵攻を許さぬようにという、偽りの同盟である。
国王の名はフィリップという。
統治能力は中程度。
可もなく不可もない統治能力で城壁の中で神への信仰を、そして城壁の外で親魔物の仮面を被る二重統治で建国三十年を超えるやはり中程度の国土を持つ国家である。
もっともフィリップ王の親魔物の仮面はメッシュで出来た仮面であり、親魔物派や魔物を妻に持つ者は城壁の外で過酷な重税と労役で虐げていた。それは親魔物派の諸外国からも常々抗議されており、一応の改善策を提示し、実行するがすぐに元に戻っている。
時に非公式な討伐命令を出し、魔物たちの集落を襲撃する。
最近ではアヌビスたちの使者団が交渉に来訪したことで、さらに挑発するようにその非公式命令は頻繁に出されている。
兵の数はおよそ3000名。
やはり表向きと違い、教会に忠誠を誓う者たちの集まりである。
そして彼の周りも盲目の信仰者であることも追記しておこう。
流通も活発な国ではあるが、国王以下諸侯は他国の状況など見向きもしない。
彼らはヴァルハリア以外から発せられる情報は、悪魔の声として頑なに耳を閉じ、頑なにその目を閉じるのである。
「では…、交渉に来ていますあの汚らわしき者たちは如何に致しましょうか…。」
「まだ生かせておけ。交渉は続ける振りをするのだ。その間に我らは軍備を整え、神の国成就のための兵を養わん。そして時来たらばやつらを血祭りに上げ、神への捧げ物としてその首を落とせ。」
「城壁の外に蠢く汚物は?」
「期限までにすべて殺せ。当然だ。」
こうして暗い密約が結ばれた。
しかし、彼らは気付いていない。
すでにこの会話がアヌビスの使者団に筒抜けであることを。
彼女たちが気付かぬ振りでこれからも情報収集のため交渉のテーブルに着くことも。
そして彼らが汚物と呼んだ魔物たちが、その襲撃後国を抜け出し、他の親魔物国家に、またはロウガたちの町へ流出し、その情報がすべて流れてしまうなどと、彼らは何一つ考えなかった。


―――――――――――


「以上が最新の情報です。」
「ご苦労だった、アヌビス。」
俺は煙草に火を点けようとしたが、アヌビスが咳払いをするので手を止めた。
「あまり健康上お奨め出来ません。すぐにでも禁煙なさってください。」
「…これは薬だぞ?」
「あなたの国ではそうだったかもしれませんが、私たちの世界ではそれは有害物質です!」
やれやれ…、最近どんどん小姑めいて来た。
「あまり怒るな。そんなに眉間に皺を寄せると…、可愛い顔が台無しだぞ。」
「そ、そういうことを言っているのではありません!!」
おっ、尻尾が千切れんばかりに振れている。
クックック…、これだからこいつをからかうのは止められん。
「…少し休め。能力を広げて情報収集をしてくれたんだ。無理をして、倒れられたら…、誰が学園を仕切るんだ?」
「…お心遣いありがとうございます。ですが、今は休んでいる暇がありません。議会も…、先日は何とか押し切れましたが、より一層あなたは恨みを買いました。彼らに無茶な行動に出られたら…、もう手がありません。」
「連中と呼応して内部から襲撃…か。戦の常套手段だ。」
「…やはり、あなたは戦に慣れているんですね。」
慣れている…、か。
あの日常からかつて逃げ出したというのに、また俺は戻ってきてしまったのだろうな。
「…あの日々が俺の青春時代だった。ちょうどサクラの年齢の頃には、俺は戦場にいた。さて…、何人斬ったかな…。元々将軍の跡目争いから始まった戦で、俺が日の本にいた時だから…、それでも五年くらい争っていて…、たぶんまだ続いているんだろうなぁ…。あの場所が俺の生きる場所だった…、そういう意味では俺は戦慣れしていると言えるな。」
「…それは奥様…、いえ、アスティアさんもご存知のお話ですか?」
「…?いや…、あいつは知らないだろうなぁ…。」
「そうですか…。」
そう言って嬉しそうな顔をするアヌビス。
何があったんだ?
「では…、彼らの動き出す頃も掴めましたし、とりあえず襲撃時期に合わせまして何か策を打ちましょう。バフォメット氏とも相談しておきます。」
「頼む…。ところで、やつらの言う「あれ」は何か掴めたか?」
「それは…、厳重な結界と幾重にも重ねられたプロテクトでなかなか突破出来ず、いまだ何一つは…。ただ何か恐るべき兵器であるというのは間違いありません。」
「…そうか。だが、焦るな。そして明日から三日程お前は休暇を取れよ。ここのところ休日返上で土地の買収や住宅工事計画に携わってくれたおかげで予定より早く亡命してきた彼らの住まいが整いそうだ。ここで少し休んでおけ。そうでないと、恋人くらいいるんだろ?逃げられるぞ。」
「………本当に気付いていないんですね。」(ぼそ)
「何か言ったか?」
「いいえ、何も。では、明日から休暇をいただきます。詳細な資料はここに置いておきますので、私の休暇中に頭に叩き込んでください!」
机の上に置かれる、200ページ以上に渡って綴られた詳細な報告書。
ああ、頭が痛い…。
「…アヌビス。」
部屋を出て行こうとする彼女を引き止める。
「…はい?」
「…もしもさらに亡命者が増えるようだったら、すべて俺の名の下に裁可を下せ。悪名はすべて俺が引き受ける。だから安心して良い。お前も、アスティアも、娘もサクラも…、悪名を被る必要はない。」
「…わかりました。」
「それとギルドで手配されている…。」
「あの二人の件でしたらすでに解決済みです。親魔物領に展開されているギルドでは彼らの指名手配を解除出来ています。」
…仕事が早いな。
「…ありがとう。」
「いえ…、私もマイアさんは自分の妹のように思っていますので…。」
では、失礼しますとアヌビスは部屋を後にした。
…もしも議会や教団、王国が彼らを、俺の家族たちを脅かすことになるのなら俺は戦わなければならない。
彼らは正義の名の下に魔物たちを襲う。
俺に正義はない。
俺は俺のまま、この感情の向くままに殺し合いの螺旋に身を委ねるのだろう。
そして頭に浮かぶのは、アスティアたちを巻き込みたくないというエゴ。
はは…、何という矛盾だろうか。
だが、もはや綺麗事ではすまないところまで来てしまった。
俺は彼女らのために戦い、彼女らを死なせ、彼女らに看取られて地獄へ行く。
今からそういう覚悟はしておいた方が良いようだ。
10/10/30 23:44更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
王国、教団の動きです。
いやー、歴史資料を読み漁るのに時間がかかったぁw
楽しんでいただけたでしょうか。
しかし、ロウガって自分勝手で鈍感ですよね。
もげてしまえばいいのに…、おっと口が滑った。

さて最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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