第二十四話・ジュネッスA旅立ちの朝
ロウガは一人学園長室に泊まり、私は家に帰った。
家に帰ると灯りがない。
マイアが帰っているはずなのに…。
「ただいま。」
ドアを開け、声をかけるが返事はない。
ランプに火を点け、部屋の中に火を灯す。
すっかり日付が変わってしまった…。
「せっ…、やっ…!」
庭の方でマイアの息遣いが聞こえる。
風を斬る音、ああ、外で稽古していたのか。
窓から覗いて、娘の後ろ姿を確認した。
「ただいま、マイア。」
「あ、母上…、お帰りなさい。」
「全然駄目だね、雑念だらけだ。」
「……そう。」
目が赤い。
ついさっきまで泣いていたのだろう。
悲しさを紛らわしたい一心で身体を動かしていたのだろう。
「おいで、今夜は遅いからもう寝よう。お風呂を沸かすから、手伝っておくれ。」
「母上は、先に休んでください…。私はもう少し身体を動かして…。」
「悲しみはそんな方法じゃ晴れないよ。それは根本的な解決じゃない。」
「母上は…!!」
「わかるよ。だからおいで。お風呂に入りながら教えてあげるから。」
「わかんないよ!母上みたいに幸せな人に…、私みたいに好きだった人に、拒絶された女の気持ちなんか…、わから…ない…よ……!!」
堪え切れずマイアはボロボロと涙を流した。
「やっと…、好きだって言えたのに…、本気で…、私だけを見て…、くれたのに…!ずるいよぅ……、こんな気持ち……、初めてだよぉ……!」
ロウガが作った縁側から庭に下りる。
しゃっくりとまともにならない言葉でマイアは泣き続ける。
娘に近付き、やさしく抱きしめる。
「やだよぉ……、サクラに………、嫌われたくないよぉ…!」
「あの子は、マイアのことが好きだよ。好きで好きで堪らなくて、自分を信じられなくなっただけだから、大丈夫…。さぁ、もう遅いから、お風呂に入ろう。そのままじゃ、顔を腫らして彼を見送らなければいけなくなる。」
娘の弱々しい姿…、こんな姿を見たのはいつ以来だっただろうか…。
―――――――――――
かこーん…
「落ち着いたかい?」
「……うん。」
身体の石鹸の泡をお湯で流す。
ロウガと結婚して、彼のいたジパングでの習慣を知るまで、お風呂に入って一日の疲れを取るなんて発想はなかったなぁ、としみじみする。
「…母上、いつ見てもすごい傷だよね。」
「ああ、そうだろう…。でもね、ロウガはこんな私を綺麗と言ってくれたんだよ。」
あの日から消えない傷。
四肢を砕かれたあの日の傷は薄くなることもなく、今でも醜く残っている。
尻尾にも歪な切断された痕。
今では再生したが、他のリザードマンに比べればいくらか短い。
身体中の刃物傷もいくらか薄くなったが、それでもまだまだ目立つ。
「マイア…、今日は少しだけ昔話をしてあげよう…。彼が自分の覚悟に疑問を持ってしまったのも…、そもそも私のせいかもしれない…。」
「母上が…?」
「マイア、お前は疑問に思ったことはないかい?自分に兄弟がいないこと、他のリザードマンの家では子沢山なのに何故うちだけ、自分一人なんだろうって。」
「…それは父上が歳で、二人目を出来る程性がないって聞いたけど。」
子供の頃、一度だけ兄弟が欲しいと駄々を捏ねた時に教えたこと。
「本当はね、私が子供を産めない身体だったからなんだよ。」
「え、でも…、じゃあ、私は…!?」
「正真正銘私たちの子供さ。奇跡的にね、マイアだけ授かったんだよ。その頃のロウガの狼狽っぷりは今思い出しても笑えるよ。お腹にマイアがいるとわかった途端、私はお姫様待遇さ。どこに行くにも常にロウガが付きっ切りで、私がクシャミ一つしようものなら、夜中だろうと医者を叩き起こしたりね。」
「あはは、今じゃ想像も付かないね。」
思えば、今まで知らなかった幸せの破片をロウガは、私のために必死になって集めようとしていたのかもしれない。
「でも、何で子供の出来ない身体になったの?病気だったとか…?」
「病気だったら…、良かったかもね…。」
「…そうなの?」
「…私が生まれた村はね、私が8歳だった頃、反魔物勢力の侵攻を受けてね…。その日、たまたま村を出ていた数名を除いて全滅したんだよ。その死んだ人たちの中には私の伯母さんもいてね…。」
「母上は無事だったんだ…。」
「無事と言えば無事だったね。両腕両足を万力で砕かれて、自慢の尻尾を切れ味の悪い斧で何度も叩かれて、面白半分に刃物で斬られ、右目を抉り取られて、数々の拷問を遊び目的で受けて、処女を奪われて陵辱されても生きていたのだからね。」
「……!!!」
「後は鎖に繋がれて鴉に突付かれて死肉を食われるか、駐留軍の兵士たちに飽きるまで陵辱されて惨めに殺されるか…、大した違いはないね。私はそんな状況に絶望してしまっていたよ。身体は何とか生きていても心がね…。でもそこに旅人が通りかかったんだ。」
「……。」
「その人はろくに言葉も通じなくて、ボロボロの服を着て…、一見乞食みたいな人だったよ。それでもその人は私を傍に来て…。」
マイアをやさしく抱きしめて、背中をポンポン、と叩く。
「こうして抱きしめてくれてね。その反魔物派の駐留軍をあっという間に皆殺しにしたんだ。完全武装の男たちに彼は一歩も引かず、ただ前に踏み込むんだ。私に背中を向けたまま一度も振り返らずに剣を振るい続けたんだ。」
「それが…、父上?」
「そう。その後彼とはそれっきりさ。でもね、私の残った左目にロウガの背中が焼き付いて離れなかった。抱きしめてくれた温もりを私は忘れられなかったんだ。身体が治るのにそれから5年もかかったよ。そして、その年に私は旅に出ることにした。リザードマンらしく死んでいくために、ロウガの背中に笑われないような剣士になって死のうと思ってね…。私は自分の髪を切って、自分の墓を作って『アスティア』を葬った。」
「待って!母上、それってルゥおば様の書いた『心の鈴を鳴らして』のストーリーじゃない!?そんな例え話、真面目に聞いていたのに茶化さないでよ!」
マイアが思わず、湯船から立ち上がる。
そう、これはあのお芝居のお話。
「…私が、エレナだったんだよ。」
「だから、そんな例え話を…!」
「マイア、母親が元全大陸指名手配犯というのは嫌かい?」
マイアは私の目を見て、何かを感じ取ったらしく、言葉と息を飲み込んだ。
「…本当、なんだ。」
「ああ、私はエレナの後、ロウガに会った訳じゃない。私は初めからロウガと共にあるのだから。後はあのお芝居が好きなマイアはわかるよね。ロウガは脚色が多いと言っているけど、あのストーリーはラストシーン以外はほとんど事実なのだから…。」
ラストシーンは、エレナを決闘の末に殺してしまい、主人公は再び心の傷と彼女への想いを胸に秘めたまま、悲しみ抱えて当てのない旅へ戻る。
「本当のラストシーンはね、あんな綺麗なものじゃないよ。ロウガは自分の命と引き換えにしてでも私を救おうとしたんだ。憎しみと絶望と倦怠の中で死にそうだった私の魂を救おうとしたんだよ。その結果、彼の右腕は動かないし、右目は何も見えないし、町では子供が『ヤクザだ』と泣いてしまう程の傷を負ってしまった。でもね、ロウガはそれを誇りにしていたんだよ。マイアが生まれたばかりの頃にね、私に言ったんだ。」
『この程度の代償で二つ、命が助かったのなら安いもの。』
「サクラ君には悪いことをしてしまったね。私はただ、君たちは何も失うものはない。君たちはただ得るだけの戦いなのだ、と励ましたつもりだったのだが、彼は私が思う以上に深く受け止めてしまったようだ…。」
「…あいつは、真面目だから。」
「よくわかっているじゃないか。さすがに好きになった相手のことはよくわかるものだな。」
「は、母上!からかわないでよ…。」
「ふふ、じゃあ、昔話はお終いだ。そろそろ上がらないと湯冷めするよ。」
はぁーい、とマイアは湯船から上がる。
だいぶ元気が出たようだ…。
さて…、そうなると、この子の行動は見えてしまう。
どうしたものか…。
ロウガが何て言うかな。
「ねぇ、母上…。」
そら来た。
――――――――――――
「じゃあ、気を付けて行ってこいよ。戻ってくる頃には俺は父親になって、今よりもっと強くなってやるぜ。俺も家族のために強くなるよ。」
「うん、サイガも気を付けて。まだ治り切ってないんだから無理はしないで。」
朝、町の入り口で僕の両親、車椅子に乗ったサイガとコルト、アヌビス教頭、ロウガさんが見送りに来てくれた。
「それじゃあ、父さん、母さん、行って来ます。」
「はっはっは、心配してないぞ。」
「身体に気を付けるのですよ。」
僕の荷物は、着替えの袋とテント、それに数日分の食料と水。
それにロウガさんが用意してくれた新しい胴着。
ははっ、本当に武者修行に出るみたいだ。
「路銀はその袋の中に入れている。現金が多めに、少々デカイ金がいるのであれば、俺の名を出して俺に請求を回せ。無事を祈る。俺が出来るのはここまでだ。後はその目で真贋を見極め、その手で自らの魂を宿せ。」
「はい!」
やはり…、マイアさんは来てくれない。
いや、僕が悪いんだ。
覚悟もなく、あの人を、自分を欺いたのだから…。
「娘のことが気になるか。心配するな、うちの娘の打たれ強さはオリハルコンより固い。だから、心配するな。」
「はい…、後をお願いします。」
「俺がくたばる前に帰って来い。」
「あはは、それは洒落になってないですよ…。」
ロウガさんの年齢的に…。
「教えた通りに、砂漠を抜けて反魔物領にお入りなさい。そうすれば関所を通らずに、入れますから。」
「アヌビス先生、それってやっぱり密入国ですよね。」
「それが嫌でしたら、関所を通りなさい。おそらく問答無用で捕まって、裁判という名のリンチを受けた後、町の広場で苦と辛酸の末に公開処刑されるでしょうけど…。」
「こっそり侵入します!!!」
さすがに何かを得る前に死にたくない。
「すまない!遅くなった!!」
マイアさんが走ってくる。
その姿を見て、僕は喜んでいた。
「遅いぞ、我が娘よ…って何なんだ、その大荷物は!?餞別にしては多いぞ?」
「父上、ごめん。私もサクラに付いて行く!サクラが見るものを私も見たい!」
「な!?」
唖然とするロウガさん。
僕だってそうだ。
「ほら、サクラ。行こう!」
「え、あ、あの、ちょっ!?」
ズザザザザザザザザ
マイアさんに手を引かれ、ろくに挨拶も出来ずに僕は…、いや僕たちは旅に出る。
僕の憧れた人たちの辿り着いた地平が見たくて旅に出る。
そこで僕たちは何を見るのだろう。
旅立ちの朝。
空はどこまでも青くて、どこまでも果てがない。
家に帰ると灯りがない。
マイアが帰っているはずなのに…。
「ただいま。」
ドアを開け、声をかけるが返事はない。
ランプに火を点け、部屋の中に火を灯す。
すっかり日付が変わってしまった…。
「せっ…、やっ…!」
庭の方でマイアの息遣いが聞こえる。
風を斬る音、ああ、外で稽古していたのか。
窓から覗いて、娘の後ろ姿を確認した。
「ただいま、マイア。」
「あ、母上…、お帰りなさい。」
「全然駄目だね、雑念だらけだ。」
「……そう。」
目が赤い。
ついさっきまで泣いていたのだろう。
悲しさを紛らわしたい一心で身体を動かしていたのだろう。
「おいで、今夜は遅いからもう寝よう。お風呂を沸かすから、手伝っておくれ。」
「母上は、先に休んでください…。私はもう少し身体を動かして…。」
「悲しみはそんな方法じゃ晴れないよ。それは根本的な解決じゃない。」
「母上は…!!」
「わかるよ。だからおいで。お風呂に入りながら教えてあげるから。」
「わかんないよ!母上みたいに幸せな人に…、私みたいに好きだった人に、拒絶された女の気持ちなんか…、わから…ない…よ……!!」
堪え切れずマイアはボロボロと涙を流した。
「やっと…、好きだって言えたのに…、本気で…、私だけを見て…、くれたのに…!ずるいよぅ……、こんな気持ち……、初めてだよぉ……!」
ロウガが作った縁側から庭に下りる。
しゃっくりとまともにならない言葉でマイアは泣き続ける。
娘に近付き、やさしく抱きしめる。
「やだよぉ……、サクラに………、嫌われたくないよぉ…!」
「あの子は、マイアのことが好きだよ。好きで好きで堪らなくて、自分を信じられなくなっただけだから、大丈夫…。さぁ、もう遅いから、お風呂に入ろう。そのままじゃ、顔を腫らして彼を見送らなければいけなくなる。」
娘の弱々しい姿…、こんな姿を見たのはいつ以来だっただろうか…。
―――――――――――
かこーん…
「落ち着いたかい?」
「……うん。」
身体の石鹸の泡をお湯で流す。
ロウガと結婚して、彼のいたジパングでの習慣を知るまで、お風呂に入って一日の疲れを取るなんて発想はなかったなぁ、としみじみする。
「…母上、いつ見てもすごい傷だよね。」
「ああ、そうだろう…。でもね、ロウガはこんな私を綺麗と言ってくれたんだよ。」
あの日から消えない傷。
四肢を砕かれたあの日の傷は薄くなることもなく、今でも醜く残っている。
尻尾にも歪な切断された痕。
今では再生したが、他のリザードマンに比べればいくらか短い。
身体中の刃物傷もいくらか薄くなったが、それでもまだまだ目立つ。
「マイア…、今日は少しだけ昔話をしてあげよう…。彼が自分の覚悟に疑問を持ってしまったのも…、そもそも私のせいかもしれない…。」
「母上が…?」
「マイア、お前は疑問に思ったことはないかい?自分に兄弟がいないこと、他のリザードマンの家では子沢山なのに何故うちだけ、自分一人なんだろうって。」
「…それは父上が歳で、二人目を出来る程性がないって聞いたけど。」
子供の頃、一度だけ兄弟が欲しいと駄々を捏ねた時に教えたこと。
「本当はね、私が子供を産めない身体だったからなんだよ。」
「え、でも…、じゃあ、私は…!?」
「正真正銘私たちの子供さ。奇跡的にね、マイアだけ授かったんだよ。その頃のロウガの狼狽っぷりは今思い出しても笑えるよ。お腹にマイアがいるとわかった途端、私はお姫様待遇さ。どこに行くにも常にロウガが付きっ切りで、私がクシャミ一つしようものなら、夜中だろうと医者を叩き起こしたりね。」
「あはは、今じゃ想像も付かないね。」
思えば、今まで知らなかった幸せの破片をロウガは、私のために必死になって集めようとしていたのかもしれない。
「でも、何で子供の出来ない身体になったの?病気だったとか…?」
「病気だったら…、良かったかもね…。」
「…そうなの?」
「…私が生まれた村はね、私が8歳だった頃、反魔物勢力の侵攻を受けてね…。その日、たまたま村を出ていた数名を除いて全滅したんだよ。その死んだ人たちの中には私の伯母さんもいてね…。」
「母上は無事だったんだ…。」
「無事と言えば無事だったね。両腕両足を万力で砕かれて、自慢の尻尾を切れ味の悪い斧で何度も叩かれて、面白半分に刃物で斬られ、右目を抉り取られて、数々の拷問を遊び目的で受けて、処女を奪われて陵辱されても生きていたのだからね。」
「……!!!」
「後は鎖に繋がれて鴉に突付かれて死肉を食われるか、駐留軍の兵士たちに飽きるまで陵辱されて惨めに殺されるか…、大した違いはないね。私はそんな状況に絶望してしまっていたよ。身体は何とか生きていても心がね…。でもそこに旅人が通りかかったんだ。」
「……。」
「その人はろくに言葉も通じなくて、ボロボロの服を着て…、一見乞食みたいな人だったよ。それでもその人は私を傍に来て…。」
マイアをやさしく抱きしめて、背中をポンポン、と叩く。
「こうして抱きしめてくれてね。その反魔物派の駐留軍をあっという間に皆殺しにしたんだ。完全武装の男たちに彼は一歩も引かず、ただ前に踏み込むんだ。私に背中を向けたまま一度も振り返らずに剣を振るい続けたんだ。」
「それが…、父上?」
「そう。その後彼とはそれっきりさ。でもね、私の残った左目にロウガの背中が焼き付いて離れなかった。抱きしめてくれた温もりを私は忘れられなかったんだ。身体が治るのにそれから5年もかかったよ。そして、その年に私は旅に出ることにした。リザードマンらしく死んでいくために、ロウガの背中に笑われないような剣士になって死のうと思ってね…。私は自分の髪を切って、自分の墓を作って『アスティア』を葬った。」
「待って!母上、それってルゥおば様の書いた『心の鈴を鳴らして』のストーリーじゃない!?そんな例え話、真面目に聞いていたのに茶化さないでよ!」
マイアが思わず、湯船から立ち上がる。
そう、これはあのお芝居のお話。
「…私が、エレナだったんだよ。」
「だから、そんな例え話を…!」
「マイア、母親が元全大陸指名手配犯というのは嫌かい?」
マイアは私の目を見て、何かを感じ取ったらしく、言葉と息を飲み込んだ。
「…本当、なんだ。」
「ああ、私はエレナの後、ロウガに会った訳じゃない。私は初めからロウガと共にあるのだから。後はあのお芝居が好きなマイアはわかるよね。ロウガは脚色が多いと言っているけど、あのストーリーはラストシーン以外はほとんど事実なのだから…。」
ラストシーンは、エレナを決闘の末に殺してしまい、主人公は再び心の傷と彼女への想いを胸に秘めたまま、悲しみ抱えて当てのない旅へ戻る。
「本当のラストシーンはね、あんな綺麗なものじゃないよ。ロウガは自分の命と引き換えにしてでも私を救おうとしたんだ。憎しみと絶望と倦怠の中で死にそうだった私の魂を救おうとしたんだよ。その結果、彼の右腕は動かないし、右目は何も見えないし、町では子供が『ヤクザだ』と泣いてしまう程の傷を負ってしまった。でもね、ロウガはそれを誇りにしていたんだよ。マイアが生まれたばかりの頃にね、私に言ったんだ。」
『この程度の代償で二つ、命が助かったのなら安いもの。』
「サクラ君には悪いことをしてしまったね。私はただ、君たちは何も失うものはない。君たちはただ得るだけの戦いなのだ、と励ましたつもりだったのだが、彼は私が思う以上に深く受け止めてしまったようだ…。」
「…あいつは、真面目だから。」
「よくわかっているじゃないか。さすがに好きになった相手のことはよくわかるものだな。」
「は、母上!からかわないでよ…。」
「ふふ、じゃあ、昔話はお終いだ。そろそろ上がらないと湯冷めするよ。」
はぁーい、とマイアは湯船から上がる。
だいぶ元気が出たようだ…。
さて…、そうなると、この子の行動は見えてしまう。
どうしたものか…。
ロウガが何て言うかな。
「ねぇ、母上…。」
そら来た。
――――――――――――
「じゃあ、気を付けて行ってこいよ。戻ってくる頃には俺は父親になって、今よりもっと強くなってやるぜ。俺も家族のために強くなるよ。」
「うん、サイガも気を付けて。まだ治り切ってないんだから無理はしないで。」
朝、町の入り口で僕の両親、車椅子に乗ったサイガとコルト、アヌビス教頭、ロウガさんが見送りに来てくれた。
「それじゃあ、父さん、母さん、行って来ます。」
「はっはっは、心配してないぞ。」
「身体に気を付けるのですよ。」
僕の荷物は、着替えの袋とテント、それに数日分の食料と水。
それにロウガさんが用意してくれた新しい胴着。
ははっ、本当に武者修行に出るみたいだ。
「路銀はその袋の中に入れている。現金が多めに、少々デカイ金がいるのであれば、俺の名を出して俺に請求を回せ。無事を祈る。俺が出来るのはここまでだ。後はその目で真贋を見極め、その手で自らの魂を宿せ。」
「はい!」
やはり…、マイアさんは来てくれない。
いや、僕が悪いんだ。
覚悟もなく、あの人を、自分を欺いたのだから…。
「娘のことが気になるか。心配するな、うちの娘の打たれ強さはオリハルコンより固い。だから、心配するな。」
「はい…、後をお願いします。」
「俺がくたばる前に帰って来い。」
「あはは、それは洒落になってないですよ…。」
ロウガさんの年齢的に…。
「教えた通りに、砂漠を抜けて反魔物領にお入りなさい。そうすれば関所を通らずに、入れますから。」
「アヌビス先生、それってやっぱり密入国ですよね。」
「それが嫌でしたら、関所を通りなさい。おそらく問答無用で捕まって、裁判という名のリンチを受けた後、町の広場で苦と辛酸の末に公開処刑されるでしょうけど…。」
「こっそり侵入します!!!」
さすがに何かを得る前に死にたくない。
「すまない!遅くなった!!」
マイアさんが走ってくる。
その姿を見て、僕は喜んでいた。
「遅いぞ、我が娘よ…って何なんだ、その大荷物は!?餞別にしては多いぞ?」
「父上、ごめん。私もサクラに付いて行く!サクラが見るものを私も見たい!」
「な!?」
唖然とするロウガさん。
僕だってそうだ。
「ほら、サクラ。行こう!」
「え、あ、あの、ちょっ!?」
ズザザザザザザザザ
マイアさんに手を引かれ、ろくに挨拶も出来ずに僕は…、いや僕たちは旅に出る。
僕の憧れた人たちの辿り着いた地平が見たくて旅に出る。
そこで僕たちは何を見るのだろう。
旅立ちの朝。
空はどこまでも青くて、どこまでも果てがない。
10/10/29 00:33更新 / 宿利京祐
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