第九話・ここではないどこかより来たりて
森の中を歩いていた。
どれ程歩いたかわからない程長い時間を彷徨った。
何度同じ目印を歩いたのだろうか…。
とっぷりと日が暮れて、森の中は真っ暗。
光一つない闇の世界。
故郷を捨て、こんなところまで逃げてきた俺にはお似合いか。
このまま闇の中に沈んでしまっても良いかもしれない…。
ん…?
あれは……、灯り?
誰かいるのか…?
故郷も何もかも捨てた俺なのに…、
誘われるように、
あの明るい場所へ足を進めてしまった。
「ああ、君かい?」
そこにいたのは若い女…。
頭の角、背中の翼が人間でないことを教えてくれている。
サキュバス…、なのか……?
だが、俺の知っているサキュバスとは何かが違う…。
どこか絶対的な存在で、何とも言えない高貴な雰囲気が漂っている。
「久し振りだね。君がこの世界に来て以来だから、30年振りかな?」
誰だ……。
思い出せない。
「思い出さない方が良いよ。ここは君の夢の中、私の夢が交差しているだけ。君が私を思い出すのはまだ早い…。」
この森を抜けたい。
この森を抜けるにはどっちに行けば良い?
「…そうか、君はまだ迷っていたんだね。この道を真っ直ぐ行けば良い。だが、この先を行けば君はさらに迷宮を彷徨うんだ。あの娘を助けた日も、あの娘を受け止めた日も、君は私に出会い、そして私の暗示で忘れて、君は手探りで道を進み、今この世界を動かす種を残そうとしている。それはこの世界にとって希望の始まり。でも君にとっては終焉の始まり。まだ引き返せるよ。引き返せば君は安息の人生を送れるはずだ。それでも君は苦難に満ちた道を歩くつもりかい?」
……………。
お前が誰なのか思い出せない。
お前が何を知っているのか、どうでも良い…。
例え、こんな弱い俺でも必要としてくれる誰かがいるのなら…。
俺はこの命をその誰かのために使おう…。
「……30年経っても変わらないね、君は。ああ、もうすぐ目が覚める。またいつか会おう。きっと君は私を忘れてしまうだろうけど、その時にまた同じ答えを聞かせてくれると嬉しいな。さようなら、またいつかの夢の中で。」
夜が明ける。
いつしか森は消え、
俺は何度目かのあの日に戻る。
誰に会い、何の夢を見ていたのか濃い霧の向こう側にすべては隠れたまま…。
―――――――――――――――
俺の故郷は日の本、この地でジパングと言われる土地。
そう思っていた。
だが、それは間違いだと思い知らされる。
知らなければ良かった…、と諦めが付くまでどれだけの時を要したか…。
まだ娘が生まれて間もない頃。
何かあの子に読んでやれる本はないかと、図書館に入った。
町で唯一の小さな図書館。
日暮れになるまで探しただけあって、なかなか良い物を見付けた。
そのまま…、帰れば良かった。
つい地理の本棚で俺の故郷のことを見たくなってしまった。
捨てたはずの故郷が妙に懐かしく思ってしまった。
このところ特に思い出す故郷に残した家族や仲間たち。
本の記された日付は5年前。
比較的新しい『ジパング』と書かれた本を手に取った。
内容はよくある風土、風俗、そこに住む人々の文化を綴ったもの。
不思議な懐かしさと…、言葉にならない違和感が芽生えた。
その時は何故、違和感を感じたのかわからなかった。
いや、わからなかったと思い込んだだけだったのか…。
違和感の決め手はアヌビスが持ち込んだ。
娘のためと作った学校を彼女と共に拡張していた時だった。
真っ先に作られた図書館には彼女の蔵書と近隣の彼女の伝手から膨大な量の書物が集められた。今でもこの図書館は学園の敷地の三分の二を占めている。
その中に、『ジパング 最新版』があった。
その時、懐かしさに襲われたのではなく、あの日の違和感が唐突に甦った。
俺はその本を手に取る。
彼女の持ち込んだ本は正確で詳細な内容だった。
全8巻にも及ぶ膨大な情報量は俺を恐怖に落とすだけの破壊力を持っていた。
噛み合わない過去。
噛み合わない風土。
何より俺が生まれ、仕えた国が存在しない。
俺が故郷を捨てた原因、戦乱に明け暮れたという歴史がない。
俺が、沢木家が存在しない。
共通する認識が足りない。
そこに記されていたのは、戦のない平和な時期が現在も続き、比較的安定した土地である見知らぬ故郷。
これがアヌビスが持ち込んだ物でなければ一笑して終わりだったろう。
彼女がここに置く以上、それは彼女の目と見識で測られたもっとも信憑性の高い書物であるというのは間違いないのだから。
それから俺はしばらくこの図書館に閉じ篭るようになった。
来る日も来る日も本を読み漁った。
歴史書、科学書、実用書、果ては魔導書まで。
何でも良かった。
どうか、俺が存在する証がありますように…。
そう祈って本を読み続けた。
そして、見付けた一冊の本。
『平行世界理論』
俺は何度もその本を読んだ。
擦り切れる程読んで、その理論に反対する本を読んだ。
納得したくなかった。
そして納得するしかないと悟った時、世界がグラリと揺らいだ気がした。
俺が俺として存在するための基盤を一瞬でなくしてしまった思いだった。
俺は……、誰なんだ………。
誰か教えてくれ……。
人知れず図書館の隅で泣いた。
当然答えなんて返ってくる訳もなく、虚しい自問自答が続く日々だった。
『また夢の中で会おう…。』
誰かがそんなことを言ったような気がする。
これは…、ここで生きている俺は誰かの見る夢の中なのか…。
だがアスティアがいる。
マイアが俺の背中を追いかけている。
それだけは夢や幻だと思いたくなかった。
怖くて、不安で以前より頻繁にアスティアの身体を求めるようになった。
彼女は何も言わない。
ただやさしく抱き止めてくれる。
そのやさしさに甘えて、明るい俺を演じて、都合のいい強い父親を演じ続けている。
愛情と虚無、彼女たちに俺がここにいると言ってほしかった。
そして自分の身体の異変に気付いたのも、それからすぐだった。
時々、身体の中をドス黒い炎を駆け抜ける。
それが激痛を伴い、身体を蝕んでいく。
最初は何かの病だと思っていた。
だが、アヌビスの推奨する健康診断に異常はない。
だから家族やアヌビスに心配かけまいと、俺はその感覚に襲われるたび、丹田の底へ気を沈めていった。
これが俺の周囲の魔力の影響だと知ったのは2年前のこと。
本来はここまで魔力が蓄積すれば、インキュバス化や若返りなど、何らかの影響があると聞いたが俺には何も起きていない。
その代わりに純粋に高濃度の魔力が俺の中で渦巻いていた。
彼女たちに知られたら事だ…。
きっと彼女たちはやさしいから自分たちのせいで俺が苦しんでいると考えてしまうだろう。
だから、彼女たちに気付かせないように、
俺も何も知らぬフリをして、
ただひたすら黒い力を隠し続ける。
以来、常に軽い頭痛を感じながら、俺は自身の中の黒い衝動を抑え、俺自身と戦いながら今日まで何とか生きている。
――――――――
ぽつり、ぽつりとロウガが語り出した。
初めは何から話して良いかわからない、となかなか繋がらない話が徐々に形を成していく。私は彼の言葉を黙って聞き続けた。
ロウガの話す内容はアヌビスの推測通りだった。
推測通りであってほしくはなかった。
「魔力の除去は出来ないそうだな。」
「はい、今のところ蓄積された魔力を落とす技術はありません。」
「クックック…、アヌビス。お前が言うと死刑執行官のようだな。」
「笑い事ではありません!何故…、黙っていたんですか!?私たちはそんなに頼りなかったですか!?」
「…違うよ。きっとロウガは、だからこそ頼れなかったんだよ。」
ロウガは何も言わない。
ただ微笑んだだけだった。
「…アヌビス。お前の見解は?推測で構わん。」
「……想像出来ません。ここまで…、本来ならインキュバス化してもおかしくない魔力に汚染されたまま、人間を保っている例は過去見当たりません。しばらくは安静にしてもらわないと、あなたの身体が心配です。」
「それは出来ん。娘の修練を見てやらんといかんからな。」
ロウガはあくまでロウガだった。
変わりないように見せて、私たちを安心させようとする。
「ロウガ…。」
乾いた音を残して、ロウガの頬へ平手を一発。
アヌビスが驚いている。
「いい加減にしろ!私は言ったはずだ。お前がいなければ、私は生きていられないと!だから無理をしないでくれ!お前が…、自分のいる証がほしいのなら私がお前の道標になってやる!マイアもお前がここにいる証だ!約束、してくれただろ、二人でいようって…!私たちを幸せにしてくれるって……、言ってくれただろ!頼むから……、一人で遠くに行ってくれるな……。」
ロウガを抱きしめた。
何を言っているのかわからなくなるくらい、泣きながら強く抱きしめた。
「…………すまん。心配、かけた。」
「ロウガさん、今出来る対処法は2つです。安静にすること、そして今後は魔力の高まりを感じたら…、少しずつ解放していくことです。どんな方向へ向かうかわかりませんが、ロウガさんの場合は軽い修練の後や、その…、アスティアさんと…ま、ま、ま、交わるのもよろしいかと……。」
「照れるな。こっちが恥ずかしい。」
「無茶を言うな、ロウガ。だが…、大丈夫かな。君の場合は歳が歳だし…。」
「魔力より先に寿命の方ってか…。」
少し笑う。
ロウガを抱きしめながら、私は自分に誓う。
今度は、私がロウガを守っていく番だと。
その時、ロウガが何かに反応した。
「どうした…?」
窓から外を見詰めている。
外には何の変化もない。
「…妖気。」
そう呟いただけで、ロウガは窓から外へ飛び出した。
魔力の影響か、普段とは比べ物にならない速度でロウガは学園裏の森に走り込む。
何が何だかわからない私たちは、遅れてロウガの後を追いかけていく。
森の中は一種異様な光景だった。
まるで道標のように木々が傷付き、倒れている。
いずれも鋭い刃物で切られている。
斧ではない。
すべてが…剣による傷痕だ。
恐ろしいまでにすべてが一刀のもとに斬られている。
何かが手に触れる。
赤い…、血?
何かが荒れ狂ったような光景を抜け、開けた場所に出ると
脇腹を斬られてうずくまるマイアを庇うように徒手空拳で構えるロウガと、血塗れの大剣を構える少年が対じしていた。
どれ程歩いたかわからない程長い時間を彷徨った。
何度同じ目印を歩いたのだろうか…。
とっぷりと日が暮れて、森の中は真っ暗。
光一つない闇の世界。
故郷を捨て、こんなところまで逃げてきた俺にはお似合いか。
このまま闇の中に沈んでしまっても良いかもしれない…。
ん…?
あれは……、灯り?
誰かいるのか…?
故郷も何もかも捨てた俺なのに…、
誘われるように、
あの明るい場所へ足を進めてしまった。
「ああ、君かい?」
そこにいたのは若い女…。
頭の角、背中の翼が人間でないことを教えてくれている。
サキュバス…、なのか……?
だが、俺の知っているサキュバスとは何かが違う…。
どこか絶対的な存在で、何とも言えない高貴な雰囲気が漂っている。
「久し振りだね。君がこの世界に来て以来だから、30年振りかな?」
誰だ……。
思い出せない。
「思い出さない方が良いよ。ここは君の夢の中、私の夢が交差しているだけ。君が私を思い出すのはまだ早い…。」
この森を抜けたい。
この森を抜けるにはどっちに行けば良い?
「…そうか、君はまだ迷っていたんだね。この道を真っ直ぐ行けば良い。だが、この先を行けば君はさらに迷宮を彷徨うんだ。あの娘を助けた日も、あの娘を受け止めた日も、君は私に出会い、そして私の暗示で忘れて、君は手探りで道を進み、今この世界を動かす種を残そうとしている。それはこの世界にとって希望の始まり。でも君にとっては終焉の始まり。まだ引き返せるよ。引き返せば君は安息の人生を送れるはずだ。それでも君は苦難に満ちた道を歩くつもりかい?」
……………。
お前が誰なのか思い出せない。
お前が何を知っているのか、どうでも良い…。
例え、こんな弱い俺でも必要としてくれる誰かがいるのなら…。
俺はこの命をその誰かのために使おう…。
「……30年経っても変わらないね、君は。ああ、もうすぐ目が覚める。またいつか会おう。きっと君は私を忘れてしまうだろうけど、その時にまた同じ答えを聞かせてくれると嬉しいな。さようなら、またいつかの夢の中で。」
夜が明ける。
いつしか森は消え、
俺は何度目かのあの日に戻る。
誰に会い、何の夢を見ていたのか濃い霧の向こう側にすべては隠れたまま…。
―――――――――――――――
俺の故郷は日の本、この地でジパングと言われる土地。
そう思っていた。
だが、それは間違いだと思い知らされる。
知らなければ良かった…、と諦めが付くまでどれだけの時を要したか…。
まだ娘が生まれて間もない頃。
何かあの子に読んでやれる本はないかと、図書館に入った。
町で唯一の小さな図書館。
日暮れになるまで探しただけあって、なかなか良い物を見付けた。
そのまま…、帰れば良かった。
つい地理の本棚で俺の故郷のことを見たくなってしまった。
捨てたはずの故郷が妙に懐かしく思ってしまった。
このところ特に思い出す故郷に残した家族や仲間たち。
本の記された日付は5年前。
比較的新しい『ジパング』と書かれた本を手に取った。
内容はよくある風土、風俗、そこに住む人々の文化を綴ったもの。
不思議な懐かしさと…、言葉にならない違和感が芽生えた。
その時は何故、違和感を感じたのかわからなかった。
いや、わからなかったと思い込んだだけだったのか…。
違和感の決め手はアヌビスが持ち込んだ。
娘のためと作った学校を彼女と共に拡張していた時だった。
真っ先に作られた図書館には彼女の蔵書と近隣の彼女の伝手から膨大な量の書物が集められた。今でもこの図書館は学園の敷地の三分の二を占めている。
その中に、『ジパング 最新版』があった。
その時、懐かしさに襲われたのではなく、あの日の違和感が唐突に甦った。
俺はその本を手に取る。
彼女の持ち込んだ本は正確で詳細な内容だった。
全8巻にも及ぶ膨大な情報量は俺を恐怖に落とすだけの破壊力を持っていた。
噛み合わない過去。
噛み合わない風土。
何より俺が生まれ、仕えた国が存在しない。
俺が故郷を捨てた原因、戦乱に明け暮れたという歴史がない。
俺が、沢木家が存在しない。
共通する認識が足りない。
そこに記されていたのは、戦のない平和な時期が現在も続き、比較的安定した土地である見知らぬ故郷。
これがアヌビスが持ち込んだ物でなければ一笑して終わりだったろう。
彼女がここに置く以上、それは彼女の目と見識で測られたもっとも信憑性の高い書物であるというのは間違いないのだから。
それから俺はしばらくこの図書館に閉じ篭るようになった。
来る日も来る日も本を読み漁った。
歴史書、科学書、実用書、果ては魔導書まで。
何でも良かった。
どうか、俺が存在する証がありますように…。
そう祈って本を読み続けた。
そして、見付けた一冊の本。
『平行世界理論』
俺は何度もその本を読んだ。
擦り切れる程読んで、その理論に反対する本を読んだ。
納得したくなかった。
そして納得するしかないと悟った時、世界がグラリと揺らいだ気がした。
俺が俺として存在するための基盤を一瞬でなくしてしまった思いだった。
俺は……、誰なんだ………。
誰か教えてくれ……。
人知れず図書館の隅で泣いた。
当然答えなんて返ってくる訳もなく、虚しい自問自答が続く日々だった。
『また夢の中で会おう…。』
誰かがそんなことを言ったような気がする。
これは…、ここで生きている俺は誰かの見る夢の中なのか…。
だがアスティアがいる。
マイアが俺の背中を追いかけている。
それだけは夢や幻だと思いたくなかった。
怖くて、不安で以前より頻繁にアスティアの身体を求めるようになった。
彼女は何も言わない。
ただやさしく抱き止めてくれる。
そのやさしさに甘えて、明るい俺を演じて、都合のいい強い父親を演じ続けている。
愛情と虚無、彼女たちに俺がここにいると言ってほしかった。
そして自分の身体の異変に気付いたのも、それからすぐだった。
時々、身体の中をドス黒い炎を駆け抜ける。
それが激痛を伴い、身体を蝕んでいく。
最初は何かの病だと思っていた。
だが、アヌビスの推奨する健康診断に異常はない。
だから家族やアヌビスに心配かけまいと、俺はその感覚に襲われるたび、丹田の底へ気を沈めていった。
これが俺の周囲の魔力の影響だと知ったのは2年前のこと。
本来はここまで魔力が蓄積すれば、インキュバス化や若返りなど、何らかの影響があると聞いたが俺には何も起きていない。
その代わりに純粋に高濃度の魔力が俺の中で渦巻いていた。
彼女たちに知られたら事だ…。
きっと彼女たちはやさしいから自分たちのせいで俺が苦しんでいると考えてしまうだろう。
だから、彼女たちに気付かせないように、
俺も何も知らぬフリをして、
ただひたすら黒い力を隠し続ける。
以来、常に軽い頭痛を感じながら、俺は自身の中の黒い衝動を抑え、俺自身と戦いながら今日まで何とか生きている。
――――――――
ぽつり、ぽつりとロウガが語り出した。
初めは何から話して良いかわからない、となかなか繋がらない話が徐々に形を成していく。私は彼の言葉を黙って聞き続けた。
ロウガの話す内容はアヌビスの推測通りだった。
推測通りであってほしくはなかった。
「魔力の除去は出来ないそうだな。」
「はい、今のところ蓄積された魔力を落とす技術はありません。」
「クックック…、アヌビス。お前が言うと死刑執行官のようだな。」
「笑い事ではありません!何故…、黙っていたんですか!?私たちはそんなに頼りなかったですか!?」
「…違うよ。きっとロウガは、だからこそ頼れなかったんだよ。」
ロウガは何も言わない。
ただ微笑んだだけだった。
「…アヌビス。お前の見解は?推測で構わん。」
「……想像出来ません。ここまで…、本来ならインキュバス化してもおかしくない魔力に汚染されたまま、人間を保っている例は過去見当たりません。しばらくは安静にしてもらわないと、あなたの身体が心配です。」
「それは出来ん。娘の修練を見てやらんといかんからな。」
ロウガはあくまでロウガだった。
変わりないように見せて、私たちを安心させようとする。
「ロウガ…。」
乾いた音を残して、ロウガの頬へ平手を一発。
アヌビスが驚いている。
「いい加減にしろ!私は言ったはずだ。お前がいなければ、私は生きていられないと!だから無理をしないでくれ!お前が…、自分のいる証がほしいのなら私がお前の道標になってやる!マイアもお前がここにいる証だ!約束、してくれただろ、二人でいようって…!私たちを幸せにしてくれるって……、言ってくれただろ!頼むから……、一人で遠くに行ってくれるな……。」
ロウガを抱きしめた。
何を言っているのかわからなくなるくらい、泣きながら強く抱きしめた。
「…………すまん。心配、かけた。」
「ロウガさん、今出来る対処法は2つです。安静にすること、そして今後は魔力の高まりを感じたら…、少しずつ解放していくことです。どんな方向へ向かうかわかりませんが、ロウガさんの場合は軽い修練の後や、その…、アスティアさんと…ま、ま、ま、交わるのもよろしいかと……。」
「照れるな。こっちが恥ずかしい。」
「無茶を言うな、ロウガ。だが…、大丈夫かな。君の場合は歳が歳だし…。」
「魔力より先に寿命の方ってか…。」
少し笑う。
ロウガを抱きしめながら、私は自分に誓う。
今度は、私がロウガを守っていく番だと。
その時、ロウガが何かに反応した。
「どうした…?」
窓から外を見詰めている。
外には何の変化もない。
「…妖気。」
そう呟いただけで、ロウガは窓から外へ飛び出した。
魔力の影響か、普段とは比べ物にならない速度でロウガは学園裏の森に走り込む。
何が何だかわからない私たちは、遅れてロウガの後を追いかけていく。
森の中は一種異様な光景だった。
まるで道標のように木々が傷付き、倒れている。
いずれも鋭い刃物で切られている。
斧ではない。
すべてが…剣による傷痕だ。
恐ろしいまでにすべてが一刀のもとに斬られている。
何かが手に触れる。
赤い…、血?
何かが荒れ狂ったような光景を抜け、開けた場所に出ると
脇腹を斬られてうずくまるマイアを庇うように徒手空拳で構えるロウガと、血塗れの大剣を構える少年が対じしていた。
10/11/17 22:17更新 / 宿利京祐
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