ep壱・狩りネコの啼く頃に
ちゃぽん……
かこーん……
「ふぅ……、たまんねぇ…。」
やっと傷も塞がり、骨が繋がって、包帯生活から脱却した俺は、ユクモ村の温泉施設にておよそ1ヵ月半ぶりの入浴を楽しみ、これまでの垢を落としていた。
お湯の中で手を握って、開くのを繰り返す。
まだ痺れが取れないが、日常生活に支障はなさそうだ。
これなら、またハンター生活に戻れるだろう。
「お湯加減は如何ですかにゃ?」
番台に座るアイルーが愛想良く尋ねる。
この地方のアイルーは尻尾が二本、ワーキャットではなくネコマタという種らしい。
「ちょうど良い。」
「それは良かったですにゃ。ハンターさんもすっかり元気になって良かったですのにゃ。怪我の具合はそりゃ酷くて、村まで息があったのが不思議だったくらいでしたにゃ。命あっての物種とはこのことですにゃよ。」
湯の中の身体を見渡してみる。
引き裂かれた痕と雷で焼け焦げた痕が生々しい腹。
骨が肉を突き破った痕が残る腕。
湯の水面に映る顔には、頬をザックリと切り裂いた三本の爪痕。
縫合した糸が取れて、ほぼ完治したとは言え、俺の身体は何とも酷いつぎはぎだらけだ。
俺の身に何が起こったのか覚えていない。
ただ呆然と………、何も出来ずにやられたことだけはわかる。
初めて出会った圧倒的な力の前に、捕食者と被捕食者の理、弱肉強食の自然の掟が俺を叩きのめしたんだと、お湯に浸かる俺はぼんやりと考えていた。
覚えているのは、スカイブルーの毛並みが美しい、しなやかな肢体。
おそらく突然変異種と思われるジンオウガという名のワーウルフ。
本来ワーウルフに備わっていないはずの甲殻と二本の豪壮な角。
不思議だ……。
あいつを思い出すと心がざわめく。
恋にも似た胸の乾き。
俺が求めていた力の象徴、そのものだ。
ちゃぽ……
「お身体の具合はよろしいようですわね。」
静かに、上品な物腰でお湯に入ってきた4本尻尾の稲荷。
バスタオルを身体に巻いて肝心なところを隠してはいるものの、超G級の身体のラインが眩しい彼女はユクモ村の村長。
名前は知らないが、ボロボロになった俺のために医者を呼んだり、高級な薬剤である秘薬などを俺に与えてくれたりして、村に来て早々、俺が世話になりっ放しの人だ。
「何とかな。そろそろ、仕事も出来そうだ。」
「それはよろしゅうございましたね。あなたの代理のハンター様も頑張っていただいているのですが、先日……、彼女もジンオウガに出会ってしまって、慢心創痍で帰って来たものでして…。あなた程の怪我は負っていないのですが、少々お仕事に支障をきたすようですので。」
彼女、というのは俺の代理で村にいるハンターのことだ。
最初は竜人の類かと思ったのだが、リザードマンという種であるらしい。
それでも人間よりも遥かに高い身体能力を持った彼女を、そこまで追い詰めるとは…。
「……?あらあら、ほほほ♪」
「どうしたんだ?」
「確かにそろそろお仕事が出来そうですわね♪」
何のことだろう?
「ジンオウガのことをお考えなのでしょう?お顔がすごく楽しそうですわよ。彼女がやられたと聞いて尚、嬉しそうに強敵を思い浮かべるなんて、ハンターという方々は皆さん業が深い方ばかりですわね♪」
そんなに嬉しそうな顔をしていたのだろうか。
だが、確かにそうかもしれない。
ポッケ村では味わえなかった恐怖。
姉さんがいたから感じることがなかった充足感。
あいつなら……。
あいつならきっと…!!
「それに、随分と興奮なさっておいでですわね♪」
「へ……?おうわ!?」
お湯の中で俺の股間を慌てて隠す。
な、何で俺の肉ガンランスが竜撃砲発射状態になっているんだ!?
溜まってたのか!?
それとも強敵に興奮したら、こっちが反応したのか!?
「そちらのお世話もしましょうか?」
冗談なのか本気なのか、お湯の中で身体を密着してくる村長。
熱い吐息を耳傍で感じ、やわらかな巨峰の感触が背中にダイレクトに伝わってくる。
「い、いらん!!」
「それは残念ですわ。では仕方がないのでお仕事の話に移りましょうか♪」
そう言って村長は、木札をお湯に浮かべて俺の方へと流した。
木札には何やら文字が書かれている。
えーっと…………?
修繕費?
治療費?
食事代?
家賃?
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅ…………!?
「け、桁がおかしいぞ!?」
「おかしくはありませんわ♪死にかけていたハンター様をお救いするために、貴重な秘薬をいくつ使ったとお思いですか?それだけじゃ足りなくて、ついには難しい外科治療もしましたのよ。それにハンター様の装備だって、ジンオウガに完全に引き裂かれて、修理ではなく元通りにわざわざ買い揃えて差し上げたのですよ。それに治療中のお食事にしましても、あまりに下手なものを与えてはならないと栄養価の高いものを選んでおりましたから自然とお値段の方も……♪あ、お部屋のお家賃だけは少々負けて差し上げましたわ♪」
「だからって、1200万zって大金払える訳が…!!」
「ええ、払えるとは思っておりません。ですので……♪」
どこから取り出したのか、お湯に浮かべた洗面器から杯を取り出して村長は美味しそうに中の酒を飲み干し、幸せそうな表情を浮かべると、俺に死刑執行を高らかに宣言するのであった。
「その借金が払い終わるまで、あなたはユクモ村のハンターですわ♪」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
《依頼内容:渓流にて以上の物品を納めること
1・特産キノコ(集められるだけ集めること)
2・村の備蓄が少々すくないのでロイヤルハニーを探しておくこと。
3・同様の理由で薬剤として使用するのでケルビの角を30本。
4・村人の安全を守るため、肉食モンスターとブルファンゴの間引き。
以上のことを申し付けます。
よろしくお頼みしますわね♪ あなたの村長より》
渓流のベースキャンプで依頼内容の木札を眺めて、俺は溜息を吐く。
まさか派遣された村に着いて早々莫大な借金を背負うとは思ってもみなかった。
それに……。
「あの……、今日からよろしくお願いします…にゃー。」
何故かお荷物を背負うことになった。
こいつの名前はガチャ。
ネコマタのオトモアイルーなのだが、如何せんオトモにしても幼すぎる。
「お前…、いくつだ?」
「人間で言えば9歳くらいですにゃ。」
………………使えるという気配が微塵もない。
オトモアイルーとして連れて行くなら、もう少し経験のあるやつじゃないと一緒に連れて行くこっちが不安で堪らないというのに…。
俺がオトモを雇ったのではない。
俺がオトモを押し付けられたのだ。
あの村長に…。
「解雇。」
「にゃー!?ウチ、いきなり失業にゃー!?」
「俺にオトモを雇う程の経済的な余裕はない。それに…。」
瀕死の怪我から病み上がりとは言え、俺にオトモなど必要ない。
俺はただ一人で強くなり、あいつに立ち向かわなければならない。
雑魚をウロチョロさせている余裕などないんだ。
俺は背中の太刀を一気に引き抜き、ガチャに突き付けた。
「ひにゃ!?」
「俺はお前のお守りをしている時間はない。」
去れ、と脅すのだがガチャは動かない。
ひどく怯えているのだが、突き付けられた切っ先を前にして震えながら言った。
「い、嫌ですにゃ!!」
「死にたいか?」
「し……、死んでも嫌ですにゃ!!それに旦那さんはウチを解雇する権利はないのですにゃ!旦那さんがもしもウチを不当に解雇したら、当然違約金が発生するにゃー。ウチを雇うお金の10倍払わなきゃいけなくなるにゃーって村長さんが言えって教えてくれたにゃ。」
あ、あの女…!
更なる借金で俺の行動まで縛る気か!?
「…………クソ、金がないのは首がないことと一緒だ。」
「……でもホントは…、ウチ、旦那さんの傍を離れたくないのにゃ。孤児だったウチを村長さんが拾ってくれて、旦那さんのオトモにしてくれたにゃよ。村長さんが、旦那さんがウチの新しい家族だって言ってくれたにゃ。ウチ……、初めて家族が出来て嬉しかった…。」
俯いてボロボロと涙を流すガチャ。
卑怯だ…。
こんな風に訴えられちゃ……。
とてつもなく解雇し難いじゃねえか…!
チンッ
情に負けて太刀を鞘に収める。
太刀が鞘に納まった音を聞いて、ガチャが顔を上げた。
「旦那さん…?」
「邪魔をするなよ。邪魔をすれば、お前ごとモンスターを斬る。」
「旦那さん♪」
泣いていた顔が、パッと花が咲いたような笑顔になる。
そのままガチャは俺の腰に抱き付くと、そのまま顔を擦り付けて盛大に泣いた。
………後で鼻水とかの後始末が大変だな。
「ウチ、精一杯頑張る!」
「あー、はいはい。」
「そうにゃ。ウチ、旦那さんに親しみを込めて、これからは『御主人様♪』って呼んであげるにゃ♪旦那さんのためならヒラヒラのお洋服着て、メガネかけて、ちょっとドジで可愛い女を演じてあげるにゃ。」
「俺にそんな趣味はない。」
「え……、でも村長さんが、『男はめいどさんが好きで、ちょっとドジな女の子を演じていたらコロっていく』って言ってたにゃ?あんまり意味はよくわからにゃかったけど、とりあえずウチのモットーは実践あるのみだから、旦那さんが好きそうなことは全部やってあげるにゃー♪」
……帰ったら覚えてろ、村長。
一体、人のことを何だと思っていやがるんだ…。
「あの…………、旦那さん?」
「……何だ?」
「せっかく正式に雇ってもらえるようになったんにゃから……、ウチに名前を付けてほしいのにゃ。この『ガチャ』って名前は、カッコよく言えばコードネームみたいなものにゃ。本当はウチ、名前を付けてもらえる前に孤児になっちゃったから、旦那さんに……、初めての家族に新しい名前を付けてほしいってずっと思っていたのにゃ。」
名前か……。
俺の名前も確かお伽話から付けられたらしいが…。
初めての家族、というくらいなら、それぐらいのサービスはしてやるか。
「では………ハナコでどうだ。それともタマコはどうだ?」
「…………………………ガチャで良いですにゃ。」
馬鹿な!?
俺の会心のネーミングが通じないだと!?
ううむ……、所詮人間と畜生。
感性が違いすぎるということか。
「名前はいつかってことで……。旦那さん、そろそろ出かけるにゃ。お宝たくさん持って帰って、旦那さんの借金返したり、旦那さんの武具の強化のために素材をたっくさん集めて村長さんを驚かせるにゃー♪」
まぁ、良いだろう。
ガチャが泣いたり笑ったりしているのを見ると、悪くないと思えた。
俺に弟も妹もいなかったから……、年下がいればこんな感じなのかもな。
きっと姉さんもこんな風に俺を見ていたのだろう。
まずは軽いリハビリのつもりで。
「ガチャ、行くぞ!」
「はいにゃ♪ずっと付いていくにゃー♪」
軽く準備運動をして俺たちはベースキャンプを後にする。
ジンオウガまでの道もこの一歩から。
ガチャという足手纏いはいるが、それも良いだろう。
この足手纏いという枷を付けるのも、また修行。
俺はいつか上り詰める。
ジンオウガ、お前という頂を目指して………。
「むぅ……、ピッケルも虫網も忘れた。」
「旦那さん、本当にG級だったのにゃ?」
かこーん……
「ふぅ……、たまんねぇ…。」
やっと傷も塞がり、骨が繋がって、包帯生活から脱却した俺は、ユクモ村の温泉施設にておよそ1ヵ月半ぶりの入浴を楽しみ、これまでの垢を落としていた。
お湯の中で手を握って、開くのを繰り返す。
まだ痺れが取れないが、日常生活に支障はなさそうだ。
これなら、またハンター生活に戻れるだろう。
「お湯加減は如何ですかにゃ?」
番台に座るアイルーが愛想良く尋ねる。
この地方のアイルーは尻尾が二本、ワーキャットではなくネコマタという種らしい。
「ちょうど良い。」
「それは良かったですにゃ。ハンターさんもすっかり元気になって良かったですのにゃ。怪我の具合はそりゃ酷くて、村まで息があったのが不思議だったくらいでしたにゃ。命あっての物種とはこのことですにゃよ。」
湯の中の身体を見渡してみる。
引き裂かれた痕と雷で焼け焦げた痕が生々しい腹。
骨が肉を突き破った痕が残る腕。
湯の水面に映る顔には、頬をザックリと切り裂いた三本の爪痕。
縫合した糸が取れて、ほぼ完治したとは言え、俺の身体は何とも酷いつぎはぎだらけだ。
俺の身に何が起こったのか覚えていない。
ただ呆然と………、何も出来ずにやられたことだけはわかる。
初めて出会った圧倒的な力の前に、捕食者と被捕食者の理、弱肉強食の自然の掟が俺を叩きのめしたんだと、お湯に浸かる俺はぼんやりと考えていた。
覚えているのは、スカイブルーの毛並みが美しい、しなやかな肢体。
おそらく突然変異種と思われるジンオウガという名のワーウルフ。
本来ワーウルフに備わっていないはずの甲殻と二本の豪壮な角。
不思議だ……。
あいつを思い出すと心がざわめく。
恋にも似た胸の乾き。
俺が求めていた力の象徴、そのものだ。
ちゃぽ……
「お身体の具合はよろしいようですわね。」
静かに、上品な物腰でお湯に入ってきた4本尻尾の稲荷。
バスタオルを身体に巻いて肝心なところを隠してはいるものの、超G級の身体のラインが眩しい彼女はユクモ村の村長。
名前は知らないが、ボロボロになった俺のために医者を呼んだり、高級な薬剤である秘薬などを俺に与えてくれたりして、村に来て早々、俺が世話になりっ放しの人だ。
「何とかな。そろそろ、仕事も出来そうだ。」
「それはよろしゅうございましたね。あなたの代理のハンター様も頑張っていただいているのですが、先日……、彼女もジンオウガに出会ってしまって、慢心創痍で帰って来たものでして…。あなた程の怪我は負っていないのですが、少々お仕事に支障をきたすようですので。」
彼女、というのは俺の代理で村にいるハンターのことだ。
最初は竜人の類かと思ったのだが、リザードマンという種であるらしい。
それでも人間よりも遥かに高い身体能力を持った彼女を、そこまで追い詰めるとは…。
「……?あらあら、ほほほ♪」
「どうしたんだ?」
「確かにそろそろお仕事が出来そうですわね♪」
何のことだろう?
「ジンオウガのことをお考えなのでしょう?お顔がすごく楽しそうですわよ。彼女がやられたと聞いて尚、嬉しそうに強敵を思い浮かべるなんて、ハンターという方々は皆さん業が深い方ばかりですわね♪」
そんなに嬉しそうな顔をしていたのだろうか。
だが、確かにそうかもしれない。
ポッケ村では味わえなかった恐怖。
姉さんがいたから感じることがなかった充足感。
あいつなら……。
あいつならきっと…!!
「それに、随分と興奮なさっておいでですわね♪」
「へ……?おうわ!?」
お湯の中で俺の股間を慌てて隠す。
な、何で俺の肉ガンランスが竜撃砲発射状態になっているんだ!?
溜まってたのか!?
それとも強敵に興奮したら、こっちが反応したのか!?
「そちらのお世話もしましょうか?」
冗談なのか本気なのか、お湯の中で身体を密着してくる村長。
熱い吐息を耳傍で感じ、やわらかな巨峰の感触が背中にダイレクトに伝わってくる。
「い、いらん!!」
「それは残念ですわ。では仕方がないのでお仕事の話に移りましょうか♪」
そう言って村長は、木札をお湯に浮かべて俺の方へと流した。
木札には何やら文字が書かれている。
えーっと…………?
修繕費?
治療費?
食事代?
家賃?
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅ…………!?
「け、桁がおかしいぞ!?」
「おかしくはありませんわ♪死にかけていたハンター様をお救いするために、貴重な秘薬をいくつ使ったとお思いですか?それだけじゃ足りなくて、ついには難しい外科治療もしましたのよ。それにハンター様の装備だって、ジンオウガに完全に引き裂かれて、修理ではなく元通りにわざわざ買い揃えて差し上げたのですよ。それに治療中のお食事にしましても、あまりに下手なものを与えてはならないと栄養価の高いものを選んでおりましたから自然とお値段の方も……♪あ、お部屋のお家賃だけは少々負けて差し上げましたわ♪」
「だからって、1200万zって大金払える訳が…!!」
「ええ、払えるとは思っておりません。ですので……♪」
どこから取り出したのか、お湯に浮かべた洗面器から杯を取り出して村長は美味しそうに中の酒を飲み干し、幸せそうな表情を浮かべると、俺に死刑執行を高らかに宣言するのであった。
「その借金が払い終わるまで、あなたはユクモ村のハンターですわ♪」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
《依頼内容:渓流にて以上の物品を納めること
1・特産キノコ(集められるだけ集めること)
2・村の備蓄が少々すくないのでロイヤルハニーを探しておくこと。
3・同様の理由で薬剤として使用するのでケルビの角を30本。
4・村人の安全を守るため、肉食モンスターとブルファンゴの間引き。
以上のことを申し付けます。
よろしくお頼みしますわね♪ あなたの村長より》
渓流のベースキャンプで依頼内容の木札を眺めて、俺は溜息を吐く。
まさか派遣された村に着いて早々莫大な借金を背負うとは思ってもみなかった。
それに……。
「あの……、今日からよろしくお願いします…にゃー。」
何故かお荷物を背負うことになった。
こいつの名前はガチャ。
ネコマタのオトモアイルーなのだが、如何せんオトモにしても幼すぎる。
「お前…、いくつだ?」
「人間で言えば9歳くらいですにゃ。」
………………使えるという気配が微塵もない。
オトモアイルーとして連れて行くなら、もう少し経験のあるやつじゃないと一緒に連れて行くこっちが不安で堪らないというのに…。
俺がオトモを雇ったのではない。
俺がオトモを押し付けられたのだ。
あの村長に…。
「解雇。」
「にゃー!?ウチ、いきなり失業にゃー!?」
「俺にオトモを雇う程の経済的な余裕はない。それに…。」
瀕死の怪我から病み上がりとは言え、俺にオトモなど必要ない。
俺はただ一人で強くなり、あいつに立ち向かわなければならない。
雑魚をウロチョロさせている余裕などないんだ。
俺は背中の太刀を一気に引き抜き、ガチャに突き付けた。
「ひにゃ!?」
「俺はお前のお守りをしている時間はない。」
去れ、と脅すのだがガチャは動かない。
ひどく怯えているのだが、突き付けられた切っ先を前にして震えながら言った。
「い、嫌ですにゃ!!」
「死にたいか?」
「し……、死んでも嫌ですにゃ!!それに旦那さんはウチを解雇する権利はないのですにゃ!旦那さんがもしもウチを不当に解雇したら、当然違約金が発生するにゃー。ウチを雇うお金の10倍払わなきゃいけなくなるにゃーって村長さんが言えって教えてくれたにゃ。」
あ、あの女…!
更なる借金で俺の行動まで縛る気か!?
「…………クソ、金がないのは首がないことと一緒だ。」
「……でもホントは…、ウチ、旦那さんの傍を離れたくないのにゃ。孤児だったウチを村長さんが拾ってくれて、旦那さんのオトモにしてくれたにゃよ。村長さんが、旦那さんがウチの新しい家族だって言ってくれたにゃ。ウチ……、初めて家族が出来て嬉しかった…。」
俯いてボロボロと涙を流すガチャ。
卑怯だ…。
こんな風に訴えられちゃ……。
とてつもなく解雇し難いじゃねえか…!
チンッ
情に負けて太刀を鞘に収める。
太刀が鞘に納まった音を聞いて、ガチャが顔を上げた。
「旦那さん…?」
「邪魔をするなよ。邪魔をすれば、お前ごとモンスターを斬る。」
「旦那さん♪」
泣いていた顔が、パッと花が咲いたような笑顔になる。
そのままガチャは俺の腰に抱き付くと、そのまま顔を擦り付けて盛大に泣いた。
………後で鼻水とかの後始末が大変だな。
「ウチ、精一杯頑張る!」
「あー、はいはい。」
「そうにゃ。ウチ、旦那さんに親しみを込めて、これからは『御主人様♪』って呼んであげるにゃ♪旦那さんのためならヒラヒラのお洋服着て、メガネかけて、ちょっとドジで可愛い女を演じてあげるにゃ。」
「俺にそんな趣味はない。」
「え……、でも村長さんが、『男はめいどさんが好きで、ちょっとドジな女の子を演じていたらコロっていく』って言ってたにゃ?あんまり意味はよくわからにゃかったけど、とりあえずウチのモットーは実践あるのみだから、旦那さんが好きそうなことは全部やってあげるにゃー♪」
……帰ったら覚えてろ、村長。
一体、人のことを何だと思っていやがるんだ…。
「あの…………、旦那さん?」
「……何だ?」
「せっかく正式に雇ってもらえるようになったんにゃから……、ウチに名前を付けてほしいのにゃ。この『ガチャ』って名前は、カッコよく言えばコードネームみたいなものにゃ。本当はウチ、名前を付けてもらえる前に孤児になっちゃったから、旦那さんに……、初めての家族に新しい名前を付けてほしいってずっと思っていたのにゃ。」
名前か……。
俺の名前も確かお伽話から付けられたらしいが…。
初めての家族、というくらいなら、それぐらいのサービスはしてやるか。
「では………ハナコでどうだ。それともタマコはどうだ?」
「…………………………ガチャで良いですにゃ。」
馬鹿な!?
俺の会心のネーミングが通じないだと!?
ううむ……、所詮人間と畜生。
感性が違いすぎるということか。
「名前はいつかってことで……。旦那さん、そろそろ出かけるにゃ。お宝たくさん持って帰って、旦那さんの借金返したり、旦那さんの武具の強化のために素材をたっくさん集めて村長さんを驚かせるにゃー♪」
まぁ、良いだろう。
ガチャが泣いたり笑ったりしているのを見ると、悪くないと思えた。
俺に弟も妹もいなかったから……、年下がいればこんな感じなのかもな。
きっと姉さんもこんな風に俺を見ていたのだろう。
まずは軽いリハビリのつもりで。
「ガチャ、行くぞ!」
「はいにゃ♪ずっと付いていくにゃー♪」
軽く準備運動をして俺たちはベースキャンプを後にする。
ジンオウガまでの道もこの一歩から。
ガチャという足手纏いはいるが、それも良いだろう。
この足手纏いという枷を付けるのも、また修行。
俺はいつか上り詰める。
ジンオウガ、お前という頂を目指して………。
「むぅ……、ピッケルも虫網も忘れた。」
「旦那さん、本当にG級だったのにゃ?」
11/07/10 01:10更新 / 宿利京祐
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