連載小説
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廃墟の町 中
 生ぬるい風が吹いてきた。

 町の北側、町長の屋敷から噴き出した暗雲が空をどんどん覆っていく。
 それに伴って、頬を撫でる生ぬるい風は徐々に勢いを増していた。

 町の中央広場にはジエフと多くの兵士、町の住人達が集まっている。
 ツイーズ達が戻って来た時には、ジエフを挟んで兵士と住民との睨み合いがおきていた。

 住民達は腕をまくり、石や角材を手に持つ者もいる。兵士達も前面に立つ者は無手だが、後方では盾を持ち、槍と剣の準備が進んでいる。
 彼等の気配は険悪・疑心を通り越しいる。切っ掛けがあれば直ぐにでも殺し合いを始めそうな物々しさだ。

「これはまた物々しい気配ですね。あの暗雲への対処もあります・・・手短に説明をお願います。」
 兵士の集団と住民の集団、その間に立って双方を制止しているジエフに近づき声をかける。

 集まった双方から(他所者は引っ込んでろ)という圧力が視線に乗って突き刺さる。
 だが、そんな視線を気にもかけないツイーズはジエフに返答を促す。

「・・・よくこの間に入って来れますね。貴方を尊敬しますよ。
 つい先ほど、町長の屋敷に隠されていた地下通路の扉を開けました。そしたら黒い煙が中から吹き出してきました。」
 聞いたのは住民と兵士の争いについだが、ジエフは順を追って状況を説明するつもりのようだ。
 だが、そんなのは待てぬというように住民側から声が上がる。

「なんで地下通路なんて探してたんだ!? しかも俺たちに話もなく扉を勝手に開けやがって!」
「大恩あるミットンさんの屋敷だってのに、オレらを近づけさせなかった!こいつらやっぱりミットンさん家から宝を盗み出すつもりだったんだろう!」
「それどころか、盗賊達の襲撃も全部お前達の仕組んだことなんだろう!この侵略者め!」

 代わる代わる響く怒りの声に、住民達の熱気が上がっていく。
 対する兵士達は口こそ開かないが、怒りで頬が引き締まり、蔑視の混じった視線は睨み殺さんばかりだ。


「・・・はい。取り敢えず事情は分かりました。それで、ツイーズ殿?  拙僧が昨日伝えた言葉は覚えていますか?」
 周囲の反応で朧げな事情を察したツイーズはより重要な議題へ話をもどす。

「!?・・・はい。覚えています。地下室や地下通路の扉を見つけてもしばらくは開けるな。でしたね。」
 ジエフは住民の拳が振り上がると身構えていたが。それを無視するツイーズの発言に毒気を抜かれつつ。返事を返す。
 周りの住人や兵士たちも異様な暗雲は怖い者が多いらしく、一旦は拳を収め、2人の話を聴く雰囲気となった。

「何故開けたのですか?」
「・・・」
 端的で鋭い問いかけに、ジエフの表情が苦渋に歪む。だが、直ぐに口を引き結ぶとツイーズと向き合った。

「彼女が・・・。私の恋人シノン・バッハベルの行方が分かっていません。避難した住民の中にはいませんでした。町の中も広く探しましたが、生存者にも遺体の中にも彼女は見つかりませんでした。
 彼女が目撃証言から考えて、探してないのは彼女の家である屋敷の地下だけです。」
「・・・なるほど。貴方の誠実な気持ちは分かりました。」

 ツイーズは心に浮かぶ諸々の批判を飲み込んだ。恋人を救いたいと願う彼の気持ちを責めるのは、ツイーズの価値観に反する。
 まあ、一言相談があると嬉しかったが。昨日の今日来たばかりの自分では難しいかと諦めた。

「とは言え、こうしてノンビリ話をしている間に後手に回りましたね。周りを見てください!」
 その鋭い声に広場にいる者たちが驚き辺りを見回す。

 いつのまにか空は殆どが暗雲に塗りつぶされ、濃い闇が辺りを覆っていく。
 何人かの兵士が慌てて篝火を点けて回る。
 それでも見えるのは広場の端程度まで。広場の外は暗い闇に閉ざされている。


「お!おい!あれ!」
 そんななか、最初に気づいたのは兵士の1人だった。その声に全員がそちらを見る。
 広場の南西、瓦礫も路地も一様に黒く塗りつぶされた中に2つの赤い光が浮かんでいた。

「・・・あれは?」
「目ですよ」
「目?」

 見ていると寒気を覚える謎の光に、誰とも知れず呟かれた疑問をツイーズが拾い上げる。
 ジエフがしたツイーズへの問いかけは、この異常に惑う者達全員の気持ちを代弁していた。
 曰く、アレは「何の」目なのかと。

 カシャ・・・カシャ・・・

 また別の場所から、乾いた足音と共に赤く光る目が現れた。
 そう思うと、1組、また1組と光る目が増えていく。

「・・・っ! 松明を投げろ!」

 ジエフの声に、篝火の近くにいた兵士が動き出す。
 篝火から松明に火を点けると、怪しい目の近くへ投げた。

「ウワッ!」
「ひ、ひぃぃぃ」
「な、なんだ?あれは?」

 落ちた松明が照らし出したのは白い骨。
 筋もないのに骨と骨は繋がり、肉も無いのに立ち上がり動き回る。
 その目は赤く爛々と輝き、広場の者たちに恨みと憎しみのこもった視線を向けてくる。

「スケルトン。あの殺意溢れる気配、やはり旧魔王バージョンですか。面倒な」
「スケルトン?旧魔王? あれは・・・魔物・・・ですか?」
 ツイーズの独白にジエフが質問する。その声は動揺に震えていた。
「はい、魔物ですね。ただ、今の魔王陛下の影響を受けていない・・・野良の魔物とでも言いましょうか。」
「野良の魔物?それはいったい?」

「今の時勢、皆さんはレスカティエの魔物を噂で聞くくらいで、実際に見た人はいないでしょう?
それは、現在の魔王陛下が人の殺傷をしない為です。その魔王の魔力を受け、影響下にある魔物達も人を殺す事はありません。
 普段ならこの町にも魔王の魔力は微弱ながら漂っています。魔物が生まれても魔王の魔力を取り込み、比較的安全になるのですが・・・来ます!」

 突然、数体のスケルトンが広場に走りこんできた。近くにいた町の住民に摑みかかっていく。

「う、うわぁぁぁ!!」
「助けてくれー!」
「落ち着け!兵達前へ!」
 住民が恐怖に悲鳴を上げる。
 すぐにジエフの指示が飛び、戸惑っていた兵士たちが一斉に動き出す。
 真っ先に駆けつけた兵士が、住民と揉み合っているスケルトンを引き剥がし勢いよく地面に叩き付けた。

 ガシャーン!

 スケルトンの骨がバラバラと辺りに散らばる。
 襲ってきたスケルトンは3体、残りの2体もすぐに同じように叩きつけられバラバラになる。

「い、意外と弱いな?」
「ああ、これなら楽勝か?」
 見た目に動揺していた兵士達も、呆気なく倒せたことに逆に驚いてしまう。

「油断しないでください! 一度バラバラにしても直ぐにくっついて動き出しますよ!」
 ツイーズの言葉が終わるか終わらないかの間にバラバラの骨が震えだした。磁石に砂鉄が引き寄せられるように互いに近づいて行く。

「うお!」
「ほんとだ!!」
「これどうするんだよ!」
 動き出した骨に身震いしつつ、兵士がツイーズに叫ぶ。

「落ち着いて、骨がバラバラになっているうちに広場の外まで投げ出してください!」

 兵士達が震える骨に目を戻すと、「くそっ」とヤケクソ気味に掴んで広場の外まで投げ飛ばした。
 上腕骨や大腿骨、肋骨や頭蓋骨が風切り音を残して闇の中に飛んでいく。

「よし!これで一旦は大丈夫です。」

 ツイーズの言葉に兵士や住民達に安堵の表情が浮かぶ。
 だが、それも束の間だった。

 カチャリ、カチャリ

 また広場の外で乾いた足音が鳴る。そして赤く光る目も・・・。

 足音が集まり、さざ波の様に聞こえてくる。
 闇に浮かぶ目はまるでホタルの群れが飛び交っているようだ。

 篝火に照らされる兵士や住民の顔には不安がありありと現れている。

「何故ヤツらは入って来ないのでしょう?」
 ツイーズに対し、外を睨みながら小声で問いかけるジエフにも不安の色が滲む。

「先程、私が簡易の結界を張りました。忌避感を与える程度の低位な物ですが、妻が来るまではこれで十分でしょう。」
 いつの間にかツイーズは両手を不思議な形に組み合わせている。結界を張る所作なのだろうか。

 その言葉の通り、スケルトン達は広場の周りをカチャカチャ動き回るだけで中までは入ってこない。
 だが、その様子を見ても兵士や住民の緊張はなかなか解けない。
 ジッと暗闇を見つめたり、不安そうに隣の者へ視線をめぐらせるばかりだ。

「・・・少し時間が空きましたね。魔物の話の続きでもしますか。」
ツイーズの言葉にジエフは「?」と首を傾げたが直ぐに思い出した。

「現在の魔王・・・でしたっけ?」
「はい。現魔王陛下は比較的温厚な種族の方です。特に、殺したり大怪我をさせたりすることはまずありません。 そんな魔王陛下の影響を受けている魔物達も人の命を奪うようなことはしません。それどころか、人が危険に晒されているのを見つけたら、率先して助けるでしょう。」
「では、やはりあのスケルトン達は現魔王の影響を受けて無いということですか? でもどうして?」

 問いかけにツイーズは背後を振り向いた。
 つられてジエフも背後を振り返る。
 2人の背後は広場の中央、台座に乗せられた主神を祀る像が焼け落ちたままの無残な姿を晒している。

「職人が丁寧に作り、高位の神官が祭祀を取り行って神聖な力を宿した聖像。これならば、薄く広がっていた魔王陛下の魔力を浄化できます。もしこの像が健在だったなら、スケルトンたちの発生も抑えられたでしょう」

「・・・でも、焼け落ちてしまった。」
「lはい。聖像が置かれたことで魔王陛下の魔力は浄化されました。そしてこの町の魔力的・霊的な守りを聖像が引き継いでいたのでしょう。
 ですが、聖像が破壊されたことで、この町は何の守りもない空白地帯となってしまったのです。」
「・・・昨日の夜に言っていた加護とは、魔王の魔力と聖像、この2つの守りの力のことだったのですね。」

「はい、そうです。聖像の復元や代わりを用意するのはすぐには困難です。ですが、魔王陛下の魔力は薄く広く広がっています。もう数日あればまたこの町にも戻って来たでしょう。それから地下を調査すれば、ここまで命がけになることは無かったのですが・・・。」

 ジエフが落ち着かない様子でモゾモゾと動く。大事な忠告だとは感じていたが、シノンの為にと無視してしまった。仕方ないような・・・、住民達を巻き込んで申し訳ないような・・・。

「そ、そういえばツイーズさんは先程から魔王に対して敬称をつけていますが。どうしてなので・・・」
「ヒヒ〜ン!」

 突然響いた嗎に全員が闇の中を見つめる。

 少しすると蹄の音が近づいてきた。
 スケルトンたちの足音も、蹄の音に釣られて集まっていく。

 カーン!

 闇の中から響く甲高い音に、多くの者がビクリと肩を竦ませる。

 馬がスケルトンの群れを突破しようとしているのか、カンカン、ガンガンと暴れる音が近づいてくる。

 カーン! ヒュッ!ガン!!

「ヒッ」
「うわ!」

 闇の中から飛んできた頭蓋骨が主神の像に当たり激しい音を立てる。
 そして・・・

 ザッ!

 広場の中に砂色のマントが飛び込んできた。

「プハー、抜けたー!」
 そのすぐ後ろを馬に乗った女性が続く。

「おお!?まさか無事に合流出来るとはな!こいつは運がいい!」
 最後に騎上で剣を振り回しながら初老の冒険者が光の輪に入って来た。

「ミハお義母さん!?」
「ミハノアさん!!」

 広場に入ってきた闖入者達に真っ先に駆け出したのはジエフだった。続いて住民からも数名が走り寄る。
 住民の1人が馬の手綱を取ると、広場の中央に誘導する。
 ジエフは馬の横に並んで歩きながら、女性・・・ミハノアに慌てた声をかける。

「どうしてこちらへ! 貴女は母と一緒に屋敷で休まれているはずでは!? 共の者は? まさかそこの老人だけですか!?」

 矢継ぎ早に質問するジエフを、ミハノアがまあまあと宥める。
 老人呼ばわりされた冒険者の男は笑いながらも目だけをギラリと光らせる。

「私は町長の妻ですよ?この町を任されている立場です。向こうでやるべき事が済んだのに、いつまでも休んでなんていられませんよ。」
 領都でジエフの母と復興の為の準備をしていたミハノアだが、準備の為の手続きが一通り終わると。ウデンの様子を見に戻って来たのだという。

「こちらの紳士はたまたま領都で出会った野性味溢れる騎士さんです。」
 そう言って紹介された冒険者は確かに野性味溢れる男で・・・ニヤリとした笑みはどう贔屓目に見ても紳士には見えなかった。

 広場の中央に迎えられたミハノアの周りには自然と住人達が集まり、それまでの暗い雰囲気が吹き飛んで賑やかな空気がながれる。

 そんな、騒がしいミハノアの周りを離れたマントの女性がツイーズの下までやって来た。
 ツイーズの位置はいつのまにか集団の外れになっている。本人は動いてないのだが。

「お疲れ様。あの2人を守ってあげてたんですね。ありがとうございます」

 ツイーズの労いにマントの女性はフルフルと顔を振って応えた。
 大したことは無いよ。と言ってるのだろう、表情が分からなくとも慣れると雰囲気で判るようになってくる。

 謙虚だなと一度笑うと、キリリッ、表情を切り替えた。

「では、早速この事態を収拾しよう。彼らにはちょっと悪いが、現陛下の御代で魔物による大量殺人というのはあっていいものでは無いからね。」
 そう言ってマントに手を伸ばす。

 フイッ

 だが、マントの女性は顔を逸らした。その視線の先には・・・。
 暗雲を見て心配だから町に入って来たと聞かされ、呆れ顔のジエフの姿があった。

「・・・何か?悪いこと考えてます?」
 マントがツイーズを振り向いた。隠していてもニヤリと笑っているのが明白だった。



 ◆



 真っ暗な地下通路の中にコツン、コツンと足音が響く。
 ソレは己の手も見えない闇の中でも恐れることなく、何も焦ることは無いというように悠然と歩を進める。
 だが、静かな歩みとは裏腹にソレの周りは敵意の篭った冷たい風が渦を巻いている。
 歩を進める毎に風の勢いは徐々に増しているようだ。

 やがて、ソレは止まった。
 頭上には地下を支える天井がない。闇に隠されたはるか高くに暗雲が広がるだけだ。



 ◆



 ゴ!

「ん?」

 ゴゴゴ・・・・・・!

「なんだ!」
「またなんか来るのか!?」

 突然、地鳴りと共に地面が震えだす。
 ミハノアのお陰で明るくなっていた住民達の顔には不安が戻る。ジエフや兵士、初老の冒険者は音のする北の方角へと厳しい目を向ける。

 ゴゴゴ・・・ゴガーン!

 真っ黒な空に青白い稲妻が立ち昇った。
 そう、それは正に昇ったと表現するのが適切だろう。

 稲妻を受けた暗雲がゴロゴロ渦を巻き、時折、カッ!カッ!稲光を放つ。

 全ての者が怪しく光る空を見つめた。
 だからこそ、多くの者達が直ぐにソレに気がついた。

 稲光を背景に、ソレは空中を滑るように近づいて来る。

「シノン・・・」
「シノンちゃん!?」
 ジエフが呆然と呟き。
 ミハノアが驚きの声を上げる。

 ソレは確かに彼等の愛し、探し求めた少女の姿だった。

 炎に焼かれた様子は無い。服のところところに煤が付いている程度だ。
 一見元気そうにも見えるが、その身に纏う気配は冷たく禍々しい。

 住民や兵士たちから次々に不安の声が上がる。
 そんな彼等にシノンが視線を向けた。

「ウ!」
「ヒィ!」
「キャアアア!」

 ただそれだけでいくつもの悲鳴が上がり、何人もが地面にしゃがみこむ。

「まったく、少し見つめただけでその恐れようは何だ?みっともない者達だ」

「??」

 多くの者が、少女の放った言葉に強い違和感を抱き混乱する。
 それはどう聞いても野太い男の声で、少女が出せる声ではない。
 だが・・・。

「・・・あなた?」
「ミットンさんか?」

 ミハノアや住民達には、男の声に聞き覚えがあった。
 この町の町長であるミットン・バッハベルの声そのものだったからだ。

「そうだ、夫のことも分からなくなるとはな。まあ、この姿では仕方ないか。」
 そう言いながら、シノン・・・ミットンは自分が動かす少女の手を眺める。

「ミットンさんの亡骸は回収している。今シノンを操ってるのは・・・ミットンさんの亡霊ということか? 」
「あなた!シノンに何をしたのですか!?シノンは無事なのですか?」
 ジエフが事態の深刻さに顔をしかめ、ミハノアが娘を案じる。

「ああ、シノン! 私の可愛い娘よ! 彼女は私が逃すのが遅れた為に煙に巻かれ、地下通路で命を落としたのだ!」
 ミットンが悲しげに叫ぶ。

「そんな!」
「シノンちゃん・・・」
 ジエフとミハノアは、あまりの衝撃に顔が蒼白になる。
 そんな2人を置き去りに、ミットンが叫ぶ。

「痛恨の極みだ!痛恨の極みだ!!・・・だがシノンの体は傷も無く、復讐を誓う我らに素晴らしい依り代となってくれた。これこそ神の采配、神が我らに娘を殺した者たちへ復讐せよと仰っているのだ!!!」

 ミットンは声高らかに怒りと喜びを爆発させる。
 それに同調するように、ミットンの周りを青白い火の玉が飛び回る。
 広場の周りでもスケルトン達が足を踏み鳴らし、笛のような不気味な咆哮を上げる。

「・・・っ!全員集まれ! ミハお義母さんは住民を集めて真ん中へ!   兵!住民を囲んで守備隊形を取れ!」
 死霊達の熱気に、ジエフが切迫した声を出す。
 直ぐに兵士が動き、住民達を庇ってスケルトンと向かい合った。
 住民達も身を寄せ合い不安そうに辺りを見回している。

 ジエフが兵の配置を確かめると、ツイーズに声をかけて近くに呼んだ。

「すみません。知恵をお借りしたい。この状況から脱出するにはどうしたらいいでしょう?少なくともミハお義母さまと住民たちだけでも逃がしたいのですが・・・」
「兵士の犠牲を厭わないのであれば、スケルトン達の突破は可能だと思います。
 ただ、上空の怨霊達・・・火の玉が飛んで来たら兵士たちでは防ぐ術がありません。拙僧程度の結界では、移動中の効果は期待できませぬし・・・。」

「・・・・・・退避は困難だと?」
「はい、そうです。それにジエフさんにはシノンさんの安否を確かめる必要があるのでは?」

「シノンの安否? シノンは煙に巻かれ命を落としたと・・・」
 不安そうに上空の影に目を向けると。高笑いを続けるミットンの周りでは青白い火が次々と増えていく。それに加え、1つ1つの火の玉が大きく・・・人の頭ほどの大きさまで成長していく。

「おっと失礼。今の言い方だと紛らわしかったですね。私が言うのは心の安否。亡くなった住人が怨霊、アンデットとなっているのです。
 シノンさんもまた幽霊となってこの地にいるかもしれません。」

「それは・・・」
 否定したくとも否定できなかった。この町で亡くなった者達が怨霊となって犇く中、シノンだけが天に召されたと考えるのは虫が良すぎる。
 だが・・・。

「・・・昨夜住人の方達から聞きました。シノンさんは心優しく。多くの住民から親しまれていたと。そんな子が荒ぶる怨霊となっていたらと思うと・・・、会うのが怖いのですね?」
 迷いを見せるジエフにツイーズは優しく語りかけていく。

「確かに、変わり果てた恋人を見るなど胸が引き裂かれる思いでしょう。 ですが今回は・・・」
 ツイーズが後ろ確認すると、砂色のマントがコクリと頷いた。

「今回はその心配は無さそうですね。少しお待ちを、彼女の心を呼び出して見ましょう。スケルトンや怨霊達が押し寄せて来ますから皆さん気を引き締めてくださいね。」

「え?いや!襲ってくるって!?待ってくだ・・・!!」
 ギョッとした顔の兵士達が見つめる中、ジエフの制止は間に合わなかった。
 ツイーズは懐から取り出したお札に「オン」と一言呟くとミットンに向けて投げ放った。
 放たれたお札は矢のように飛んでいく。途中迎撃に飛び出した火の玉を巧みに避けると、ミットンの腹部に張り付いた。

バチン!

「ぐぬ!?」

 お札の周りが青白く放電する。
 驚いたミットンが引き剥がそうと手を伸ばすが、その度に放電が邪魔をして直接触ることができない。
 そうこうするうち、お札を中心に黒いシミのようなものが広がっていく。穴だ。

「シノン!」
「大丈夫ですよ」
 シノンの体が抉られていると思ったジエフの叫びを、ツイーズが優しく制す。

「あの穴は体の奥に閉じ込められた心と直接語り合うための窓の様なもの。本来は頭の怪我で意識が戻らない者や、強い眠りに引き込まれた者に使う術です。シノンさんが成仏できていないのなら、恐らくあそこに・・・」

 ツイーズの話に皆が一斉に黒い穴・・・円窓を見つめた。
 すると・・・。

「これはなに?」

 ひょこりとポニーテールの少女が顔を覗かせた。

「シノン!!!」
「シノンちゃん!!!」

 ジエフとミハノアが驚きの声を上げる。
 住人や兵士達からも驚きの声が上がる。

「ジエフ様!? お母様!それに皆さんも!」
 その声にシノンもジエフ達に気がついた。

「無事か!?どうしてそんなところに?今大変なことが起きてるんだ!」
「!・・・知っています。お父様を通して外の様子は見えていました。」
 ジエフの言葉にシノンは辛そうにする。

「ごめんなさい!私の所為なんです!
 暗い地下で1人寂しく死んだ私の心が、お父様や町の人達の霊を引き寄せてしまったんです。私の体が燃えずに残っていたの見てお父様達は喜ばれて・・・。使わせてくれという言葉に頷いてしまったんです。」
 シノンは申し訳なさそうに俯いてしまった。

「ああ、シノン!君は怨霊にはなっていないんだね! 良かった!早くこっちへ」
 ジエフが手を伸ばすが、シノンは首を横に振る。

「お父様が表に出ている以上、私が表に出ていくことはできないんです。 ごめんなさいジエフ様。
 お母様、私もお母様と一緒に逃げていれば、皆さまをこんな危険にさらすことは無かったのに・・・。」
 シノンの顔はクシャリと歪み両目には大粒の涙が光る。

「くそう!なんなのだこの札は!」
 ミットンは娘とジエフの会話など意に介さず、お札を剥がそうと苦心していたが、放電に阻まれ触れることができない。忌々しげにお札を睨みつけている。

「あなた!自分のためにシノンを閉じ込めているのですか!」
「ミットンさん!その体はシノンの体です。シノンに返してください!」
 娘の涙も意に介さないその言動にミハノアとジエフが叫ぶ。

「ミハよ!夫に対してその態度はなんだ!シノン!お前もだ、ここに頼れる父がいるのだぞ!何も心配することはない!」
そういって、お腹をはたく。

バチン!

「ヒッ」

 お札に弾かれ、直接当たることはなかったが、激しい火花にシノンが後ずさる。

「っ! シノン今助けるぞ!」
 その様子にジエフがカッとなって駆け出そうとするが、近くの兵士たちが慌てて掴み、押しとどめられた。

「空中にいる相手にどうやって近づくつもりですか?」
 兵士達を振り解こうともがくジエフの後ろからツイーズが近づく。

「どうやってって!それは・・・」
「頭に血を登らせてガムシャラに突っ込んでも、スケルトン達の餌食ですよ」

 ジエフは何も言い返せず、悔しさで唇を噛む。彼の怒りを表すように一筋の血が流れた。

「ジエフ様!私は既に死んだ身です。助けて頂いても何も返せるものは有りません。救いたいというそのお気持ちだけで十分です。だから、早く逃げてください! 私が少しの間ですが父を止めますから!」

 自分を救うためジエフが走り出そうとしたことに、シノンは驚きと喜びを滲ませながらも逃げるよう訴える。

「何を言うかシノン!コヤツはこの町を陥れた男の息子だぞ!許すわけにはいかん!」
 シノンの言葉にミットンは声を荒げて喚くと、ギロリとジエフを睨みつける。

「おい!領主の犬ども!キサマらはどうせコレが目当てなのだろう!」
 そう言うと、右手で薄い円盤を掲げた。
 軟玉を円盤状に磨き上げ、中央に円孔を開けた宝物。

「「「!」」」
「ホウ、アレが下賜さたという璧ですね。強い魔性を帯びています。先程の稲妻もそうでしたが、やけに怨霊達が活発だったのはあれがエネルギー源となっているためですね。」
 ジエフや一部の兵士に緊張が走る中、ツイーズが冷静に璧を見つめる。

「ジエフよ!お前達親子は我が妻と娘を誑かし、その裏では盗賊どもと繋がってこの町を襲わせた!我らを殺した盗賊どもが町を出る直前。
 尋ねて来る者達がいたぞ!誰だったと思う?お前のとこの討伐部隊の体長達だ!!」

「!」
 ミットンの言葉にジエフが目を見開き辛そうに顔をゆがめる。
 盗賊たちと討伐部隊の繋がり・・・。これでは領主の関与は決定的といえるだろう。
 ジエフにとって、常日頃の父はもっとも尊敬する相手だった。9分9厘疑わしい状況ではあったが、父の無実を願っていたのも確かだった。


 だが、今は自分の悲しみに浸れる状況では無いと顔を横に振る。
 グッと背筋を伸ばして兵達の前に出ると、ミットンに向かい合った。

「ミットン・バッハベル!ウデンの長よ!
 領主である父の凶行!私も息子とし父の凶行に気づけなかったことを、 深くお詫び致します!あなたの怒りはもっともです。私は璧は奪うようなことはしません!兵達にもさせません!お望みなら私の命も差し出します!ですから・・・、シノンと住民達は解放してあげて下さい!お願いします!」
 見下ろす怒りのまなざしをしっかりと受け止めて話すと、最後には深々と頭を下げるジエフ。

 璧よりも、自分よりも、まずシノンや住民達を助けようとする意思は多くの者達に伝わった。その様をミハノアは嬉しそうに見つめ、町の住人達は目を見開いて見つめた。
 兵士の一部は渋い顔をしたが、仕方ないかと互いに顔を見合わせると、未来の当主の命だけは守らんと周りを囲む。

「ジエフお兄様・・・」
 深々と垂れる頭をシノンも見つめていた。

「ぬ〜。いかに取り繕おうともお前達親子は嘘つきの虐殺者どもだ!
 蹂躙されたウデンの怒りを教えてくれる、この若造が!」
 だが、ミットンの怒りは収まらなかった。
 璧を持つ手を一段と高く掲げると周りに怨霊達が集まって来る。
 そして「行け!」と璧を振り下ろすと、怨霊達、スケルトン達が広場に向けて殺到した。



 ◆



「あ、ようやく来たか。」
 兵達の後ろでジエフの様子を見ていたツイーズが呟く。

 ガチャ!ガシャ!ガチャ!ガシャ!

「お札貼ったらすぐ来るって言ってたもんね。大外れ」
「あの穴は急所をさらけ出されたに等しいですからね。焦って襲って来るかと思ったのですが。弱点とも理解してないのやら?」

「来るぞ!ジエフ様を下げろ!盾を張れー!」
「「「うおおおぉぉぉぉー」」」

 ガッ!シャーーーン!

「よし!ちゃんとスケルトン達の1段目は防ぎましたね。ただ、怨霊達が問題だな。・・・死者が出る前に早く解決したいのですが。ダメ?」

「スケルトン跳ね返しましたー! 」
「よっしゃあ!」
「上から火の玉が来るぞー!」
「クソッ! あんなのどうすりゃいいんだ!?」
「こっちの倒したスケルトンがくっつこうと・・・第2波外から来ます!」

「まだダメ。ちょっと焚き付けにいくからついて来て。」
「ハァ・・・。仕方ありませんね。」



 ◆



 ジエフは兵士たちの輪のすぐ後ろに戻されていた。
 ミットンの心を解きほぐせず、戦いになったことを悔しく思う。だがスケルトン相手に奮戦する兵士と指揮を変わってくれた副官に任せてばかりもいられない。今は住民達を守ることが優先だ。
 だが・・・。

「火の玉が来るぞー!」

 住民から上がった声にジエフも上を仰ぐ。
 住民の頭上を人の頭程の火の玉が舞っていた。いや、実際に火の玉の中に髑髏の形が見える。

 怨霊。
 先程聞いた言葉に胸の奥が冷たくなる。剣で切っても効くようにはとても見えない。
 ツイーズはどこにいる。対策を知ってるらしき男を探そうと目を離した・・・途端。

「うわぁー!」
「きゃー!」

 怨霊達がメラメラと激しく燃えながら住民めがけて突っ込んできた。

「不味い!」
 何も対策が取れていない。
 その時・・・。
 
「光よ!」

 輝く光が一瞬辺りを照らした。

 ギャー

 怨霊達が悲鳴をとともに離れていく。
 何が起きたか分からず、飛び去る怨霊を見送っていたジエフだが、慌てて光の源に目をやると・・・。

「ミハお義母さん!」
 いつの間に登ったのか、ミハノアが主神の像の台座に登り、壊れた像に触れていた。

「ふふ、これでも神学校時代は悪くない成績だったのよ?一度は強い神聖を備えたこの像を触媒にすれば、この位の神聖魔法なら何とか使えます。」
 その言葉に住民や兵士から「オオ!」と驚きと賞賛の声が上がる。

「でもゴメンなさい。あまり連続しては使えそうにないは」
 そう言うミハノアの額には玉のような汗が浮かんでいる。普段から魔法を使っているわけではない。この土壇場で急に魔法を使っているのだ。
 一度の魔法でも消耗が激しい。

 それでも怨霊達は警戒しているのか。2体の怨霊だけが偵察するように近づいて来た。

「ここは俺の出番かな?奥さん、場所をちょっと借りますぜ。」
そう言うと、初老の冒険者がミハノアが立つ台座の反対側を登ってきた。
いつのまにか、手には銀光を放つ見事な剣が握られている。

「ああ・・・。ガキの頃、魔物と軍の戦場跡に落ちていったのを拾ったんです。」
 ミハノアの視線に気づいた男がそう答えると、近づいて来る怨霊めがけて飛びかかり、銀光を一閃させた。

 ぎえぇぇぇ!

 剣はただ火の玉を素通りしただけのように見えた。
 だが、切られた怨霊は大きく叫ぶと脇目もふらず逃げ出していく。
 残った1体も警戒して距離を開けた。

「すごい!」
「おう、ボウズ。上の方は俺たちでなんとか凌いどくから、その間に何とかしろや」
 着地した男をジエフが賞賛すると、照れたように軽く流して台座の方へ戻っていった。
 また登るのだろう。近くの住人が空き箱を持ってきて、踏み台にしている。

 ミットンからは「何をしているのだ!」と悔しがる声も聞こえてくる。

「よし」
 これでスケルトンと怨霊達の当座の対策はできた。
 だが、元凶であるミットンをどうにかしなければ解決にはならない。それどころかいつまで耐えられるかも分からない。数時間か、それとも数分か・・・時間をかければジリ貧となるのはこちらだ。

 だが、どうすれば・・・。
 相手は建物の3階ほどの高さに浮かんでいる、弓矢などが通じるかも怪しいし。それに操られているとは言え大好きなシノンの体だ。
 出来れば傷つける命令は出したくないが・・・それで住民達が死んだらそれこそシノンが悲しむだろう。
 ジエフが迷っていると後ろから声がかかった。

「お困りのようですね」
 振り向くとツイーズが近づいてきてたところだった。

「いいところに!ミットンさんを抑える方法が何かありませんか!?」
 待ってましたとばかりに訪ねる。
 答えたのはツイーズの後ろから来たマントの女性だった。

「あります。」
「本当ですか!」
「ただし、条件があります」
「はい、何でも言ってください! 必ず叶えます!」
 女性がコクリと頷く。

「昨夜私が言ったことを覚えていますね?」
 ジエフの胸がドキンッと跳ねる。

「・・・どんなことがあっても。シノンを好きでいつづけなさい。でしたね。」
「その気持ちに変わりはない?」
「・・・」
 変わりがないというのは確かだ。
 だが今となっては生者と死者・・・この恋が許されるものなのか。
 ジエフは答えることができないでいる。

 ふと・・・、マントの奥から強い視線を感じた。
 その視線は力強く、それでいてとても優しい気持ちが込められていた。

 2人の会話をいつのまにか多くの者達が聞いていた。
 不安そうに周りを見つめる住人達も、スケルトンともみ合う兵士たちも、ミハノアや初老の冒険者も怨霊を追い払う傍に耳を傾けていた。
 そして、それは上空の親子も・・・。

「はい!変わりはありません!」
 言葉が先に出た。
 言葉が出ると、不安だった心が定まった。不思議と自分の思いを突き通す勇気が湧いてくる。マントの女性の優しい視線が後押ししてくれたのだ。

「ふふ、いい返事。では、彼女に永遠の愛を誓いなさい。今!改めて!」

 2人の言葉に思わず全員が振り返った。コイツラはナニを言っているんだ?
 困惑と呆れが入り乱れる視線を物ともせず、マントの女性は堂々とジエフと向かい合う。
 そしてジエフが口を・・・。
「っ」
「待ってください!」
 ジエフの言葉を、シノンが止めた。


 振り向いたジエフをシノンが切羽詰まった顔で見つめる。
「私はもう死んでいるんです!こうして生きた皆様とお話しできる事が、もう奇跡みたいなものなんです!
 私はいつまでこうして居られるか分かりません!明日には泡のように消えちゃうかもしれないんです。
 いつまで今の私ではいられるか分かりません。お父様みたいに怒りに我を忘れてしまうかもしれないですよ!
 そしたら人を襲う化け物になっちゃうかもしれません。そしたら、今みたいに沢山の皆様を危険にしてしまいます。そんなの・・・私嫌です!」
 必死にシノンは叫んだ。

 酷く怖いものに出会ったように。怯えて部屋の隅に縮こまる幼子のように、必死に叫んだ。
 その激しい姿に両親であるミハノアやミットンでさえも驚き呆気に取られている。

「シノン・・・」

「私はこのまま消えて無くなるべきなんです!神様の身元に行けるのですからそれでいいん・・・」
「シノン!」

 抗うように重ねていたシノンの言葉が止まった。
 恐る恐るその瞳がジエフを見つめる。

「普通に考えたら、馬鹿な事だってのは重々分かっている。領民を預かるべき者がすることではないことも分かってるし。今まで育ててくれた父への酷い裏切りだというのも分かってる。」
 少し悲しそうな目をしながらも言葉は続いた。

「でもねシノン。俺は君が好きなんだ。大好きなんだ。どんな事が起きても、どんな君になっても。この気持ちは本物だ。」
 そのあまりに優しい言葉に少女は俯く。

「私、あなたに触ることも出来ない・・・。触ってもらうことも出来ない・・・。ウ・・・一緒にご飯を食べることも出来ないし、作ることも出来ない。ウゥ・・・一緒に眠ることも出来ない。ウ、グズ・・・赤ちゃんだって・・・グズ・・・出来ないんだよ?」
 話しながらシノンは泣いていた。今までの彼女の人生で一番涙があふれてくる。
 止めどなく頬から溢れ落ちた涙が虚空に消えていく。
 消える涙を見つめながら彼女は言葉を重ねた。
 幽霊なのに何で涙は無くなってくれないんだろう。

「シノン。俺も1人だったら・・・。とてもこれを言う勇気は無かった。俺の父さんや母さん、小さな時から一緒の友人たち、領地の人たち、神官様や国王陛下だって皆んなが皆んな反対すると思う。ミハお義母さんだって・・・無理にとは言わないと思う。」
 台の上に立つミハノアが申し訳なさそうに俯く。

「でもね、1人だけ、良いよって。言ってくれる人がいたんだ。好きな人が例え死んでしまっても。幽霊になってしまってもずっと好きでいていいんだよって、何度も背中を押してくれたんだ。それがこちらの・・・そう言えばまだお名前も伺ってなかったですね。」
「ふふふ。ランドラと言いますわ。勇気ある人の子よ」
 嬉しそうに笑いながらランドラが名乗る。

「なんか、褒められると恥ずかしいですね。・・・シノン、自分の気持ちが誰にも認められないのは辛いことだ、苦しい事だ。俺だって縮こまってどうしようも出来なくなるくらいに・・・。でもね、たった1人でも良いよって認めてくれる人が入れば、勇気が出てくるんだ。
 俺はランドラさんに勇気を貰った。だから、今度は俺から君に勇気を上げたいんだ。シノン!」

 ジエフの言葉が止んだ。
 人が、頭に降り注ぐ雨がなくなると空を仰ぐように。
 シノンは聞こえない言葉に引かれるように顔を上げた。
 そして、熱い眼差しと目が合った。

「はうっ」

 驚きに涙が止まり。無いはずの血潮が頬を廻る。
 ジエフが片膝を着くと、ポケットから何かを取り出した。
 それは片手に収まるほどの小箱。
 ・・・まさかと思いながらも、ジエフの一挙手一投足に目が離せない。

 ジエフは小箱が開けると。シノンに見えやすいように捧げた。

「シノン・・・。俺と・・・結婚してください!」
 紅い小さな宝石のあしらわれた指輪。
 婚約の話が出た時・・・いや、もっと以前から待ちわびていた物。
 盗賊団の討伐が済んだら渡すねと約束されていた物。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「もう・・・。貰っても身に着けててあげられないんだよ?」
「構わ無い」

「私みたいな幽霊の女の子でいいの?」
「幽霊でも、君だから、いいんだ!」

「・・・返してって言われても返さないからね?」
「もちろんだ!返してなんて言うわけないしな!」

「クス・・・。その告白、お受け致します。私に勇気をくれたあなたに、私も精一杯の愛でお返ししますね。」


「「「「キャーーー!!!!」」」」
 シノンの言葉に女性陣から黄色い声が飛ぶ。
 ミハノアやランドラまでキャーキャー言って騒ぎだす。

 兵士や住人の男たちは、マジかよー。と呆れた顔を互いに見合わせる。
 だが、パチパチ・・・と拍手が上がる。ツイーズと冒険者だ。
 その音に引かれるように・・・、男たちも1人、また1人と手を打ち鳴らしていく。拍手の輪が広がり全員が拍手と声援を送る頃には、いつしか若い2人を祝福する笑顔一色となっていた。
19/04/30 23:49更新 / 焚火
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■作者メッセージ
一応、今回の話のメインだと思っています。

次で締めです。
明後日くらいには上げたいと思います。

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