すたぁげいざぁ
あるところに、一人の女の子がいたの。
女の子はゲイザーという魔物。
大きな一つ目をしていて、目玉の付いた触手がうじゃうじゃ。
歯もギザギザ尖っていて、見るからにおっかない。
そんな見た目だったから、女の子には友達がいなかったの。
女の子の方も、自分の姿がとってもコンプレックス。人前に出るのは大嫌い。
だから明るいうちは洞窟の中でじっとしてて、夜に辺りが暗くなると、そこから森に出かけてた。
女の子のお目当ては、森の中にある大きな広場。
そこでお星さまを見るのが大好きだった。
吸い込まれそうな黒い闇夜の中に、数え切れない光がキラキラ瞬く、自然の宝石箱。
それが一人ぼっちだった女の子を慰めてくれるように思ってた。
ある日、女の子がいつものように、森の広場で星を眺めていたときのこと。
広場の真ん中には大きな切り株があって、そこに腰掛けて夜空を見上げてたの。
雲一つない、満天の星空だった。
たたたっと、森の奥から誰かが切り株の方に駆け足で寄ってきた。
女の子が見てみると、そこには同い年ぐらいの男の子が立っていた。
腕いっぱいに、大きな望遠鏡を大事そうに抱えてて。
息を切らしながら、とても驚いた顔で、女の子を見つめてた。
女の子はどうしたかって? それはもう、すごく嫌な顔をしたわ。
自分の姿を見て、心無い言葉をぶつけられることも少なくなかったから。
それに、女の子の予想通りに、男の子はこう呟いたのよ。
「目が……」
なんてね。
女の子はうんざりしたわ。またコイツも一つ目のことを言うのかって。
すぐにでも男の子から離れたかったけど、女の子は自分のお気に入りの場所から退くつもりもなかった。
当然よね。先客は女の子の方だもの。
それで、女の子は男の子に言ったの。
「この目に何か文句でもあるの?」
だけど、男の子の返事は、彼女の予想とまるっきり違ってた。
「ううん、違うよ!」
そう言って首をぶんぶん振って、男の子は夜空に輝く星たちの方を指差して。
「あんまり明るくて綺麗だから……お星さまみたいだなって、そう思ったんだ」
女の子はあっけに取られちゃった。
自分の目が、まさかお星さまみたいだなんて言われるなんて、一度も考えたことなかったから。
「アタシの目、一つ目だけど……怖くないの?」
女の子は尋ねたわ。そうしたら、また大きく、男の子の首が横にぶんぶん。
「すごく綺麗。それから、そっちのたくさんある目の方も」
女の子の頬がかぁって熱くなった。
今まで生きていて、自分の目を褒めてもらうことなんて、初めての経験。
信じられないけれど、男の子はしげしげ自分の目を見つめてる。
興味いっぱいだけど、ちょっとおっかなびっくりで、でも全然気持ち悪く感じてない風。
胸の辺りをとてもザワザワさせながら、また女の子は男の子に聞いてみた。
「アンタ、何しに来たのよ」
あっと、小さく男の子が声を上げてから、抱きかかえてた望遠鏡を女の子に見せた。
「星を見に来たんだ」
それから男の子は、興奮した様子で、女の子に尋ね返した。
「君も、星を見に来たの?」
そう、だけど。
女の子の言葉を聞くと、男の子はすごく嬉しそうな表情に変わったわ。
それから、女の子に手を伸ばして、こう言ったの。
「それなら、一緒に星を見ようよ」
その日からほとんど毎日、女の子は男の子と一緒に、二人で星を見るようになった。
男の子はこの辺りいったいの領主様の息子。
女の子と同じで、お星さまを見るのが大好き。
宝物は、お父さんに買ってもらった望遠鏡。
ずっとずっと、一緒に星をみる友達がほしかった。
だから男の子は、すぐに女の子と仲良くなった。
女の子が魔物だなんてこと、男の子にとってはお構いなし。
それより相手が星に興味を持っていることの方がずっと大事。
女の子の方も、初めての友達ができたことに大喜びよ。
初めての友達で、自分を受け入れてくれる、初めての人。
女の子が切り株で待っていると、必ず男の子は駆け足で寄ってくるの。
「お待たせ」
それが二人の始まりの合図。
女の子と男の子は、本当にたくさんの思い出を作っていった。
二人で代わりばんこに望遠鏡を覗き込んだり、男の子の持ってきた星の本を一緒に読んだり。
魔法を使って男の子をプカプカ浮かばせてみたときには、目が自分に負けないくらいまん丸になってた。
ドキドキしながら火を起こして、二人で紅茶を淹れたときもあったっけ。とっても美味しい紅茶だったわ。
毎日が楽しくて仕方なかった。
次の日が待ち遠しかった。
雨の日はとても悲しかった。
春の優しい夜風が吹いている日も。
夏の暑さが少し残っている日も。
秋の虫が大勢鳴いている日も。
冬の雪がたくさん積もっている日も。
男の子と女の子は一緒だった。
星の見える日は必ず、二人で一緒に星を見ていた。
季節が一巡りして、二巡り、三巡り。何度も季節は巡っていった。
この幸せな日々が、どこまでも続くって……女の子はそう思っていたわ。
「大きくなったら、天文学者になりたいんだ」
いつも男の子が語っている、将来の夢。
その輝いた目の先にあるものに気付かずに。
ううん……気付かないフリをし続けてた。
だって女の子は、男の子のことが好きになってたから。
友達としてじゃなくて、男の子のことが好きになってたから。
もし男の子がいなくなったら。
そんなこと考えたくないぐらい……男の子のことが好きだったから。
二人が出会った日と同じ、満天の星空の日だった。
いつものように女の子が切り株に腰掛けていると、男の子がやって来た。
お待たせって、いつもの言葉があると思ってたわ。
だけどその日は、いつまでたっても男の子は俯いたまま、何も言わなかった。
不思議に思って、女の子は尋ねたわ。どうしたのってね。
「……ごめん」
それが、男の子の返事だった。
何を謝ることがあるのかしら。女の子は小さく笑ったわ。
不安を払いのけるようにね。
でも男の子の言葉に、笑顔は消えてしまった。
「……もう、会えない……」
会えない?
何で?
どうしてなの?
思いが言葉にならないまま、呆然としている女の子の前で、男の子はポツリポツリと言ってきたの。
「星の勉強をしに……大きな街の学校に行くんだ」
「宿舎に入って……何年も、帰って来れなくて……」
「だから……もう、会えない……」
男の子の肩が震えてた。大切なはずの望遠鏡も、強すぎるぐらい固く抱えられてた。
男の子は泣くのを堪えてたの。
人前で思い切り泣けるほど、女の子の前で泣けるほど、子どもではなくなってたから。
だけど、女の子は耐えられなかった。
おめでとう。
夢のための第一歩だね。
がんばってね。
応援するから。
そう言ってあげたいのに、その言葉は出てこない。
代わりに出そうになるのは、男の子を引き止める言葉。
嫌だよ。
行かないで。
ずっと一緒にいてよ。
アタシを一人にしないで。
必死にその言葉を抑えて、大きな瞳からポロポロと、涙がこぼれ落ちる。
好きだって、言ってしまおうと思った。
けれど女の子は、それが言えなかったわ。
自分の気持ちを、男の子を引き止めるための言葉にしたくなかったの。
男の子が大好き。彼の夢も、大事にしてあげたかった。
でも、また一人になるって思うと、胸が張り裂けそうになって。
しばらく二人で、何も言えないまま……女の子は泣きじゃくってた。
「これ……」
そっと、男の子が女の子の前に見せたもの。
「これ……っ!」
こんどは少し強い口調になって、女の子にそれを差し出した。
目の前にあるのは、男の子の望遠鏡。
男の子の、何より大事な宝物。
「……いらない」
もらっても仕方ない。
もう一人で星なんて見たくない。
女の子が首を振ると、男の子も首を振った。
「……あげない、貸すだけ」
今度は男の子は、女の子の胸に望遠鏡を押し付けた。
「返してもらいに来る……! 宝物だから、絶対に……!」
そこで女の子は気付いたの。
望遠鏡を返してもらいに来る。
また自分に会いに来てくれる。
望遠鏡はその約束の証。
これで本当の最後じゃないって。
「本当に……絶対に……?」
「絶対に会いに来る……! 約束するから……っ!」
そう言って、二人でゴツンっておでこを合わせて。
「いつか望遠鏡、取りに来るから……」
「それまで大切にして、待ってる……」
二人の大切な約束を口にして。
女の子は望遠鏡を受け取った。
いつになるかは分からないけど、男の子が取りに来る。
男の子の宝物。大好きな人の宝物。
そして。
あなたは遠くの街に行ってしまい。
私はまた一人で、星を見るようになった。
女の子はゲイザーという魔物。
大きな一つ目をしていて、目玉の付いた触手がうじゃうじゃ。
歯もギザギザ尖っていて、見るからにおっかない。
そんな見た目だったから、女の子には友達がいなかったの。
女の子の方も、自分の姿がとってもコンプレックス。人前に出るのは大嫌い。
だから明るいうちは洞窟の中でじっとしてて、夜に辺りが暗くなると、そこから森に出かけてた。
女の子のお目当ては、森の中にある大きな広場。
そこでお星さまを見るのが大好きだった。
吸い込まれそうな黒い闇夜の中に、数え切れない光がキラキラ瞬く、自然の宝石箱。
それが一人ぼっちだった女の子を慰めてくれるように思ってた。
ある日、女の子がいつものように、森の広場で星を眺めていたときのこと。
広場の真ん中には大きな切り株があって、そこに腰掛けて夜空を見上げてたの。
雲一つない、満天の星空だった。
たたたっと、森の奥から誰かが切り株の方に駆け足で寄ってきた。
女の子が見てみると、そこには同い年ぐらいの男の子が立っていた。
腕いっぱいに、大きな望遠鏡を大事そうに抱えてて。
息を切らしながら、とても驚いた顔で、女の子を見つめてた。
女の子はどうしたかって? それはもう、すごく嫌な顔をしたわ。
自分の姿を見て、心無い言葉をぶつけられることも少なくなかったから。
それに、女の子の予想通りに、男の子はこう呟いたのよ。
「目が……」
なんてね。
女の子はうんざりしたわ。またコイツも一つ目のことを言うのかって。
すぐにでも男の子から離れたかったけど、女の子は自分のお気に入りの場所から退くつもりもなかった。
当然よね。先客は女の子の方だもの。
それで、女の子は男の子に言ったの。
「この目に何か文句でもあるの?」
だけど、男の子の返事は、彼女の予想とまるっきり違ってた。
「ううん、違うよ!」
そう言って首をぶんぶん振って、男の子は夜空に輝く星たちの方を指差して。
「あんまり明るくて綺麗だから……お星さまみたいだなって、そう思ったんだ」
女の子はあっけに取られちゃった。
自分の目が、まさかお星さまみたいだなんて言われるなんて、一度も考えたことなかったから。
「アタシの目、一つ目だけど……怖くないの?」
女の子は尋ねたわ。そうしたら、また大きく、男の子の首が横にぶんぶん。
「すごく綺麗。それから、そっちのたくさんある目の方も」
女の子の頬がかぁって熱くなった。
今まで生きていて、自分の目を褒めてもらうことなんて、初めての経験。
信じられないけれど、男の子はしげしげ自分の目を見つめてる。
興味いっぱいだけど、ちょっとおっかなびっくりで、でも全然気持ち悪く感じてない風。
胸の辺りをとてもザワザワさせながら、また女の子は男の子に聞いてみた。
「アンタ、何しに来たのよ」
あっと、小さく男の子が声を上げてから、抱きかかえてた望遠鏡を女の子に見せた。
「星を見に来たんだ」
それから男の子は、興奮した様子で、女の子に尋ね返した。
「君も、星を見に来たの?」
そう、だけど。
女の子の言葉を聞くと、男の子はすごく嬉しそうな表情に変わったわ。
それから、女の子に手を伸ばして、こう言ったの。
「それなら、一緒に星を見ようよ」
その日からほとんど毎日、女の子は男の子と一緒に、二人で星を見るようになった。
男の子はこの辺りいったいの領主様の息子。
女の子と同じで、お星さまを見るのが大好き。
宝物は、お父さんに買ってもらった望遠鏡。
ずっとずっと、一緒に星をみる友達がほしかった。
だから男の子は、すぐに女の子と仲良くなった。
女の子が魔物だなんてこと、男の子にとってはお構いなし。
それより相手が星に興味を持っていることの方がずっと大事。
女の子の方も、初めての友達ができたことに大喜びよ。
初めての友達で、自分を受け入れてくれる、初めての人。
女の子が切り株で待っていると、必ず男の子は駆け足で寄ってくるの。
「お待たせ」
それが二人の始まりの合図。
女の子と男の子は、本当にたくさんの思い出を作っていった。
二人で代わりばんこに望遠鏡を覗き込んだり、男の子の持ってきた星の本を一緒に読んだり。
魔法を使って男の子をプカプカ浮かばせてみたときには、目が自分に負けないくらいまん丸になってた。
ドキドキしながら火を起こして、二人で紅茶を淹れたときもあったっけ。とっても美味しい紅茶だったわ。
毎日が楽しくて仕方なかった。
次の日が待ち遠しかった。
雨の日はとても悲しかった。
春の優しい夜風が吹いている日も。
夏の暑さが少し残っている日も。
秋の虫が大勢鳴いている日も。
冬の雪がたくさん積もっている日も。
男の子と女の子は一緒だった。
星の見える日は必ず、二人で一緒に星を見ていた。
季節が一巡りして、二巡り、三巡り。何度も季節は巡っていった。
この幸せな日々が、どこまでも続くって……女の子はそう思っていたわ。
「大きくなったら、天文学者になりたいんだ」
いつも男の子が語っている、将来の夢。
その輝いた目の先にあるものに気付かずに。
ううん……気付かないフリをし続けてた。
だって女の子は、男の子のことが好きになってたから。
友達としてじゃなくて、男の子のことが好きになってたから。
もし男の子がいなくなったら。
そんなこと考えたくないぐらい……男の子のことが好きだったから。
二人が出会った日と同じ、満天の星空の日だった。
いつものように女の子が切り株に腰掛けていると、男の子がやって来た。
お待たせって、いつもの言葉があると思ってたわ。
だけどその日は、いつまでたっても男の子は俯いたまま、何も言わなかった。
不思議に思って、女の子は尋ねたわ。どうしたのってね。
「……ごめん」
それが、男の子の返事だった。
何を謝ることがあるのかしら。女の子は小さく笑ったわ。
不安を払いのけるようにね。
でも男の子の言葉に、笑顔は消えてしまった。
「……もう、会えない……」
会えない?
何で?
どうしてなの?
思いが言葉にならないまま、呆然としている女の子の前で、男の子はポツリポツリと言ってきたの。
「星の勉強をしに……大きな街の学校に行くんだ」
「宿舎に入って……何年も、帰って来れなくて……」
「だから……もう、会えない……」
男の子の肩が震えてた。大切なはずの望遠鏡も、強すぎるぐらい固く抱えられてた。
男の子は泣くのを堪えてたの。
人前で思い切り泣けるほど、女の子の前で泣けるほど、子どもではなくなってたから。
だけど、女の子は耐えられなかった。
おめでとう。
夢のための第一歩だね。
がんばってね。
応援するから。
そう言ってあげたいのに、その言葉は出てこない。
代わりに出そうになるのは、男の子を引き止める言葉。
嫌だよ。
行かないで。
ずっと一緒にいてよ。
アタシを一人にしないで。
必死にその言葉を抑えて、大きな瞳からポロポロと、涙がこぼれ落ちる。
好きだって、言ってしまおうと思った。
けれど女の子は、それが言えなかったわ。
自分の気持ちを、男の子を引き止めるための言葉にしたくなかったの。
男の子が大好き。彼の夢も、大事にしてあげたかった。
でも、また一人になるって思うと、胸が張り裂けそうになって。
しばらく二人で、何も言えないまま……女の子は泣きじゃくってた。
「これ……」
そっと、男の子が女の子の前に見せたもの。
「これ……っ!」
こんどは少し強い口調になって、女の子にそれを差し出した。
目の前にあるのは、男の子の望遠鏡。
男の子の、何より大事な宝物。
「……いらない」
もらっても仕方ない。
もう一人で星なんて見たくない。
女の子が首を振ると、男の子も首を振った。
「……あげない、貸すだけ」
今度は男の子は、女の子の胸に望遠鏡を押し付けた。
「返してもらいに来る……! 宝物だから、絶対に……!」
そこで女の子は気付いたの。
望遠鏡を返してもらいに来る。
また自分に会いに来てくれる。
望遠鏡はその約束の証。
これで本当の最後じゃないって。
「本当に……絶対に……?」
「絶対に会いに来る……! 約束するから……っ!」
そう言って、二人でゴツンっておでこを合わせて。
「いつか望遠鏡、取りに来るから……」
「それまで大切にして、待ってる……」
二人の大切な約束を口にして。
女の子は望遠鏡を受け取った。
いつになるかは分からないけど、男の子が取りに来る。
男の子の宝物。大好きな人の宝物。
そして。
あなたは遠くの街に行ってしまい。
私はまた一人で、星を見るようになった。
17/04/18 12:23更新 / まわりの客