第二話 鋼鉄羊傭兵団
夕刻。傭兵たちが使う安酒場に、主神教団の神父が入ってきた。
真っ黒なカソックを着込み、首から主神教団のシンボルを下げた男は、傭兵たちがたむろするテーブルの群れを縫って進む。
下劣な笑い声を響かせながら酒をあおる、ガラの悪い一団のそばを通り過ぎようとしたとき、突然腕を掴まれた。
「おい、てめえ神父だろ?俺ぁ神父が嫌いなんだよ。ちと面貸せや」
男はのっそりと椅子から立ち上がると、酔った目で神父を睨んだ。
神父は胸の前で十字を切った。
「お許しください。私は旧友に会いに来ただけです。『隣人を愛し、堕落を憎め』と教えにあるように、どうか暴力だけは……」
「うるせえ!俺はその説教たらしい口の利き方が苦手なんだ!ここでテメエを八つ裂きにしてやらあ!」
男が拳を振り上げた時だった。
「おいおい、そこまでにしとけよ罰当たり。神父さんが怖がってる」
二人の間に割って入ったのは、長身の傭兵。
身の丈ほどの大剣を背負い、ギラギラと血に飢えた目をした傭兵は、男が振り上げた拳を掴んで止めていた。
「なんだ?テメエに関係あるか?あ?」
「そいつは俺の連れだ。そいつとやり合うなら、俺たちとやり合う事になるぜ」
「なんだと!?」
男が座っていたテーブルから、他の男達が立ち上がり、一触即発の空気が漂う。
「待ってください、隊長」
隊長と呼ばれた男の後ろのテーブルから、腰にナイフを差した傭兵が言った。
「ここは穏便にいきましょうよ。血が流れたら、酒場に迷惑です。誰が死体を片付けるんですか?俺は嫌ですよ」
「別にいいじゃん。やるならやろうぜ。その方が手っとり早そうだし」
小柄な傭兵が同じくテーブルから言った。その手はテーブルの下に置かれた槍に伸びている。
「待て待て。そもそも飲みに来ただけなのに、なんで殺すか殺さないかの話になるかなあ、まったく」
ローブを着た魔術士めいた傭兵が、やれやれと首を振りながら壁に立てかけた杖に手を伸ばす。
「オラ、早く飯食いたい。こいつら殴り殺したら食えるか?」
巨漢の傭兵が、椅子をギシギシと軋ませながら言った。
「というわけだ。どうする?」
「テメエら、俺たちを誰だと……?」
「グリンバルト隊長。どうかここは穏便に」
神父がグリンバルトに言った。いつの間にか腕は男の手から抜けていた。
「ぐ、グリンバルト?あの『不死人グリンバルト』か?」
男達の間に、動揺が走る。
不死人グリンバルト。二十年に渡って幾多の戦場を渡り、剣一本で切り込み隊長を続けてきた歴戦の戦士である。
彼が率いる『鋼鉄羊傭兵団』も、小規模ながら輝かしい戦績によって、傭兵たちの間では『不死の羊の群れ』と恐れられている。
「それがなんだ?やるのかやらねえのか、早く決めろよ」
「ぐっ」
グリンバルトが凄みを効かせると、男たちは椅子に座って、元のように酒を飲み始めた。
「相変わらず元気そうで何よりだ、隊長」
傭兵団のテーブルについた神父は、懐かしい顔ぶれを見回す。傭兵たちのぎらぎらした目が神父を迎える。皆、昔と変わらず血気盛んそうだ。
「この野郎。せっかくの喧嘩を台無しにしやがって。お前も元気そうでよかったよ、エド」
グリンバルトは、神父のエドに言う。
「まさか、あのエドが神父になってるとは驚きだね。決まりが厳しくてダルそうなんだよね、あそこ」
腰に短剣を差した傭兵、マクナイトが気だるそうに言った。
もちろん、神父の姿をしているのはエドの変装であり、計画を滞りなく進めるためのものだ。
「主神教団なら魔物とヤりまくれるんだろ?だったら俺も入ろうかな」
まだ十代半ばに見える小柄な傭兵は、ライルだ。特に血気盛んな彼の言う『ヤる』は、性交ではなく殺し合いの事である。
「やめとけやめとけ。主神教団のガッチガチな体制はお前にゃ合わんよ」
ローブを着た魔術師の傭兵、エムリスが冷静に指摘する。
「オラ、腹いっぱい食えるなら主神教団も悪くないかもしれねえ」
巨漢の傭兵、ダムドが腹を押さえて言った。大岩を持ち上げるほどの巨体を持つ彼は、産まれてから一度も腹いっぱい食ったことが無いと常に漏らしている。
その時、大皿に乗った豚の丸焼きやら、山盛りの茹で芋、それに大ジョッキのビールといった、豪勢な料理が運ばれてきた。
「隊長、こんな豪華な料理……一体どうしたんだ?」
エドが驚いて言った。エドの知る限り、傭兵団は常に火の車だったはずだ。
「ああ、それについては後で話す。今は乾杯だ!」
乾杯!とグリンバルトが音頭を取り、傭兵たちとエドはジョッキを掲げる。
「そういえば、団員が五人に減ったと手紙にはあったが、他の奴らはどうしたんだ?」
エドは一心不乱に料理を食べる傭兵たちを見ながら、グリンバルトに聞いた。
「ああ、やめたよ。団から抜けたんだ」
「そうか……」
自身も団を抜けた身であるがゆえに、エドはそれ以上聞けなかった。
「気にするな。単に傭兵じゃ食っていけなくなっただけだ」
グリンバルトはビールを一気に飲んで言った。
「最近、魔物どもがレスカティエを侵略したことは知ってるな」
「ああ、もちろん」
「そのせいで、傭兵の仕事が減ったんだ。魔物どもを相手にしたら命がいくつあっても足りやしねえ。かといって、人間同士の戦場に行けば、途中で魔物どもが現れて仕事にならねえ。だから、次で最後にしようってことになった」
「これは最後の晩餐ってやつか」
「そうだ。明後日、デカい戦場がある。親魔物派と主神教団のな。ここ数年で一番デカイ戦いになる」
「間違いなく死ぬだろうな」
最近の主神教団の抵抗の激しさは並ではない。魔王軍ですら手こずるほどだ。
それが人間の軍とぶつかりあうのだから、双方共に甚大な被害が出るだろう。
「そうだ。だから、俺と死にたい馬鹿ども以外は全員やめさせたよ」
「お前たちはそれでいいのか?」
傭兵たちは食事の手を止めずに頷いた。
「俺の故郷は魔物どもに侵略されたんだ。めんどくさい事にな。居場所はここしかない」
とマクナイト。
「俺は戦えるならどこでもいいぜ。でかい戦いならなおさらな」
とライル。
「魔術師の俺を受け入れてくれたのは、ここだけだ。他に居場所はない」
とエムリス。
「オラ、今までで一番食えたのがここだ。その分、戦場で敵殺す」
とダムド。
「主神教団の神父として、自殺同然の行いは認めない」
エドは主神教団のシンボルを握りしめる。それはエドが信心深いからではなく、サバトへ合図を送るためだ。
今晩実行する。すぐに用意しろと。
グリンバルトはぎらぎらと戦いに飢えた目をエドに向ける。
「エド。分かるだろう?お前もかつてそうだった。俺たちは戦いの中でしか生きられない」
「それが空しかったから、俺は抜けたんだ」
「もう、あの頃のお前はいないか。敵を殺すことにかけて、お前は天才的だった」
「ああ、死んだよ。愛を知った時から」
「愛ね。俺には縁のない話だ。戦い、酒、一夜限りの女……」
エドは傭兵たちに言った。
「みんな。今晩だけ、時間を取れないか?来て欲しい所がある」
「どこだ?」
「俺が勤めている孤児院だ」
エドは思った。彼らを死なせるくらいなら、狼の群れに放り込んだほうがいいだろう、と。
「きっと子供たちも、歓迎してくれるだろう」
20/06/08 19:02更新 / KSニンジャ
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