ご主人様の血筋
「……ん…………んみゅ……」
気付けばそこは見慣れぬ部屋だった。私はそこのベッドで眼を覚ました。
部屋は貴族が使っている部屋の様に広く、カーテンがしまっている為か薄暗い。家具も綺麗で、ベッドもカーテン付きで一人で使うには少し広い。
あれ、私の部屋じゃない?
ベッドにカーテンなんか付いてなかった筈だし、そもそもここまで生活空間を整えていなかった筈。そこで私は自分の肌が露出しているのに気がついた。そう言えば着替え中に気絶したのだ。
「ここは……」
「よう、眼覚めたか?」
「ふぇっ!」
突然の声に私は驚く。
私は寝返り、振り向いた。すると眼と鼻の先にルドガー様の顔があった。
心臓が爆発しそうになるのをこらえ、彼に尋ねる。
「あ、あのぉ、こ、こここ、ここは……?」
「俺の部屋」
「はひ!?」
ルドガー様はイタズラっぽく笑う。
私は混乱した。
「ちょ、ちょっと待ってください!整理します!」
私は一旦起き上がり、頭の中を整理する。
確か私はビルフォート家に派遣されて、そこで実は使用人が一人も居なくて、当主も一人暮らしでイケメンで、取り敢えず部屋を借りさせて貰って働く事になって、当主がイケメンで、部屋を整理している最中にルドガー様が入られて彼に下着を見られて気絶してそして気が付けばルドガー様のお部屋で下着姿のまま添い寝をしている状況はーーーー‼
「…………事後?」
「は?」
ルドガー様は怪訝な表情を浮かべた。
私の全身が茹で上がった様に赤くなり、熱を帯び、心臓がはち切れそうになるくらいバクバク鳴り、喉からありったけの悲鳴が溢れだした。
「ふぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「申し訳ございませんでした‼」
正装に着替えた後、私はルドガー様に謝罪した。
「いや、誤解を招いた俺が悪いから気にすんな」
結局、事後がどうとかは私の勝手な誤解だった。
気絶して倒れた私をルドガー様がここまで運んで下さっただけだったのだ。わざわざここまで来たのは私の部屋のベッドが出来ていなかったから。下着姿のままなのは……ただ単に面倒だったかららしい。
「で、ですが、何故その、そ、そそ添い寝を……?」
「面白そうだったから」
「はい!?」
ルドガー様はケラケラ笑った。
正直、訳が分からない。
「まぁ良いだろ。所でだ」
「……はい」
ルドガー様は話を切り替える。
色々と釈然としないが主が話を切り替えたのだ。私も切り替えなければ。
「お前、この街は初めてだろ?」
「は、はい。そうです」
「だから俺が案内してやるよ。飯の買い出しとかもしなきゃいけねぇし」
「あ!」
今のルドガー様の一言で気がついた。
そう言えばまだ食事の準備をしていない!
「い、今何時ですか!?」
「六時」
「そ、そんなに……!」
私が気絶したのが確か一時頃。およそ五時間も眠っていた事になる。
それに六時は晩餐の時刻。もうとっくに食事の準備を終えていなければならない。
「も、申し訳ございません!」
「構わねえよ。元々そのつもりだったし、さっき部屋を訪ねたのも要件はそれだ」
「はあ」
何故部屋を訪ねて来たのだろうと思ったらそういう事だったのか。
ルドガー様はタンスから黒いコートを取り出し、羽織る。
「ま、時間も時間だし、出掛ける仕度するぞ。準備しろ」
「わ、分かりました!」
私は自分の部屋に戻り、出掛ける準備をした。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
ビルフォート邸を出てからから約五分。
クォート民からの視線が痛い。特に人間種からの視線が。
ルドガー様、改めご主人様は平然としているが、人見知りの私は縮こまらざるを得ない。
「あの、ご主人様?」
私はご主人様に尋ねる。
「何だ?」
「な、何故か注目されているのですが……?」
「それはお前が可愛いからだ」
「ふぇ!?」
突然の一言に驚く。ご主人様はそれを見て笑った。
「まぁ冗談だ。可愛いのは事実だけどな」
「きょ、恐縮です…………」
そんな事を言われると凄く恥ずかしい。嬉しくもあるが。
「注目されてんのはやっぱり俺だよ」
ご主人様は一呼吸置いて話し出した。
「俺さ、ダークエルフの血が混ざってんだ」
「ふぇ!?」
私は今度こそ驚愕する。
今のご時世、魔物から男性が産まれる事はまずない。なのに彼はダークエルフから産まれたと言うのか。
「ご、ご主人様は魔物なのですか!?」
「違えよ」
「……はい?」
私は訳が分からず首をかしげる。
「今でこそダークエルフはほとんどが魔物だけどさ。元々は亜人種であって魔物じゃない。知ってるだろ?」
「あ、そうでした」
何やら早合点があるようだ。
ご主人様は自分の出生について語った。
まず、彼は人間とダークエルフのクォーターであるらしい。銀髪に赤い瞳なのもその名残だそうだ。彼の母方の曾祖母がダークエルフで、祖父がハーフ、そして彼のお母様がクォーターだった。曾祖父はもとより、祖母、父何れも人間だったため、ダークエルフの血は薄くなっていったそうだ。
「お袋は人間に混ざって暮らしてたから魔物になる事はなかった。そもそも爺さんがもうダークエルフとは縁遠い所で暮らしてたから、魔王が代替わりしてもその影響をほとんど受けなかったんだ」
魔王が代替わりした当時、ご主人様のお母様もすでに産まれていたが、魔物とは縁もなく、三十年前に前当主と結婚されたそうだ。
「ただ、血が薄れたせいだろうな。純粋なダークエルフよりも寿命が短かったせいで、俺が十歳の時に逝っちまった」
「……それは、……御愁傷様です…………」
「別に良い。俺はただ自分の事を話してるだけだ」
ご主人様は鬱陶しいとばかりに首を振った。
「この話でだいたい分かるだろ?ここの住民が俺を睨んでくるのは、俺がダークエルフの血を引いてるからだ。ダークエルフなんて良いイメージ無いだろ?辞めていった使用人どももそのせいだ。この視線もだ」
「…………」
「俺は、人間だってのに……!」
ご主人様の声に苛立ちが積もっていくのを感じた。
恐らく、ご主人様は自分の中のダークエルフの血を憎んでいる。
今の彼を見ていると胸が締め付けられる。
だが、何も知らない私には彼を、その感情を宥める術を持っていなかった。
「おっさん、この肉四枚頼む」
「あいよ、坊っちゃん!」
それから数分。
ご主人様は商店街の精肉店でお肉を購入していた。
普段、こう言った事は使用人の仕事。主人にやらせる等言語道断。しかし、ご主人様は私を制し、進んで出向いている。
ご主人様がお会計を済ませると、私は袋に入れられたお肉を受け取った。
この店主は他の住民と違い、ご主人様に対して親しく接していた。どうも付き合いが長い間柄らしい。
「おい、坊っちゃん。その嬢ちゃん、もしかして新しいメイドさんかい?」
ビクリと身体が震える。
「ああ。今日来たばっかでな。リリィって言うんだ」
話を振られたせいか鼓動が激しくなる。
あ、挨拶しなくちゃ!
「お、お初にお目にかかりまーーきゃあ‼」
お辞儀した途端、カウンターに頭をぶつけた。
直後に一瞬の沈黙が訪れ、ご主人様によってそれは破られた。
「……ク、だっはははははははははは‼」
「お、おいおい嬢ちゃん大丈夫かい?」
「ぁぅう、大丈夫です……」
頭がずきずき痛むが怪我はない。
「はは、はははは‼腹いてぇ‼」
「おいおい、坊っちゃん、人が頭ぶつけたのに笑うかい?」
笑い続けるご主人様に店主は呆れ半分に問う。
「はは、はぁ、すまん!いや、中々可愛いもんでさ……!」
「ふぇ!?」
ご主人様は私が恥ずかしむ言葉を平気で言ってくる。店主は溜め息を吐いた。
「まぁ、それは一理ある」
「はひぃ!?」
店主は呆れながらも頷いた。
ただでさえ恥ずかしいのにさらに恥ずかしい!
縮こまる私を見て店主はゴホンと咳を吐く。
「まぁ、ともかくだ。すまんな嬢ちゃん。こんな坊っちゃんだが、根は良い奴だ。しっかり面倒見てやってくれ」
「……は、はい!」
時が過ぎ、時刻は6時。
買い出しを済ませた私達は屋敷に戻っていた。料理人も居ないビルフォート邸では、私が調理した料理をご主人様の前のテーブルに運ぶ。
「お、お召し上がりください……!」
「ん、いただきます」
ご主人様は用意されたステーキをナイフで切り、フォークで口に運ぶ。
瞬間、ご主人様は眼を見開いた。
「……何だこれ?」
「ふぇっ!?」
私はご主人様の反応にゾッとした。
「あのぉ、もしかしてお口に合いませんでしたか……?」
「いや、これは凄く、うめぇ……‼」
私の不安が一気に払拭され、歓喜が沸き上がる。
「あ、ありがとうございます!」
私は褒められた嬉しさに勢い良くお辞儀した。
「……は、尻尾振ってやがる。……可愛い奴」
「はい、何か?」
ご主人様は私を見て小さく呟いた。私は上手く聞き取れず、聞き返す。
「いや、何でもねぇ」
ご主人様はどこか楽しそうにそう返した。
「にしても、お前料理うめぇな。プロも顔負けじゃないか?」
「い、いいいえ、そんな……!」
「そんな謙遜すんなよ。腕は確かなんだ、もっと誇れ」
「んみゅっ」
ご主人様は手を伸ばし、私の頭を撫でる。
「……ん、………ぁふ……」
その手つきは荒っぽいものだったが、思いの外心地よかった。
「分かったか?」
「……は、……はい!ありがとうございます‼」
「ん、それで良い」
ご主人様は二口目を口にした。
だが直後、思い出した様にご主人様は私に振り向く。
「あ、そうだ。お前も一緒に食えよ」
「ふぇええ!?だ、駄目です!使用人がそんな……!」
普通、主人とメイドは別々に食事をする。主人と使用人は階上と階下。つまり身分が天と地程違うのである。それが一緒に食事等あってはならない。
「良いだろ別に。どうせ俺とお前しか居ないんだ。階級とか使用人としてとか気にすんな」
「そ、そんな訳には……!」
「分かった。じゃあ命令だ。これからは一緒に食事をしろ」
「…………っ!」
ご主人様は鋭い眼光で私を睨む。
その迫力に私は息を呑んだ。
有無を言わせぬその眼光を受け、私は何とか声を絞り出す。
「は、……はい。畏まりました……」
「…………よし」
私の了解の言葉を聞き届けると、ご主人様の眼はふと優しくなる。
「ごめんな。こんな我儘聞いて貰って。……断っても良かったんだぜ?」
「い、いえ!ご主人様のご命令ですから!メイドとして従うのは当たり前です!」
「そっか。ありがとな」
ご主人様は笑顔を浮かべた。
「……『メイドとして』、か」
「……?何か仰られましたか?」
「いや、気にしないでくれ」
だが私は何も気付けなかった。その笑顔がどこか暗い事に。
気付けばそこは見慣れぬ部屋だった。私はそこのベッドで眼を覚ました。
部屋は貴族が使っている部屋の様に広く、カーテンがしまっている為か薄暗い。家具も綺麗で、ベッドもカーテン付きで一人で使うには少し広い。
あれ、私の部屋じゃない?
ベッドにカーテンなんか付いてなかった筈だし、そもそもここまで生活空間を整えていなかった筈。そこで私は自分の肌が露出しているのに気がついた。そう言えば着替え中に気絶したのだ。
「ここは……」
「よう、眼覚めたか?」
「ふぇっ!」
突然の声に私は驚く。
私は寝返り、振り向いた。すると眼と鼻の先にルドガー様の顔があった。
心臓が爆発しそうになるのをこらえ、彼に尋ねる。
「あ、あのぉ、こ、こここ、ここは……?」
「俺の部屋」
「はひ!?」
ルドガー様はイタズラっぽく笑う。
私は混乱した。
「ちょ、ちょっと待ってください!整理します!」
私は一旦起き上がり、頭の中を整理する。
確か私はビルフォート家に派遣されて、そこで実は使用人が一人も居なくて、当主も一人暮らしでイケメンで、取り敢えず部屋を借りさせて貰って働く事になって、当主がイケメンで、部屋を整理している最中にルドガー様が入られて彼に下着を見られて気絶してそして気が付けばルドガー様のお部屋で下着姿のまま添い寝をしている状況はーーーー‼
「…………事後?」
「は?」
ルドガー様は怪訝な表情を浮かべた。
私の全身が茹で上がった様に赤くなり、熱を帯び、心臓がはち切れそうになるくらいバクバク鳴り、喉からありったけの悲鳴が溢れだした。
「ふぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「申し訳ございませんでした‼」
正装に着替えた後、私はルドガー様に謝罪した。
「いや、誤解を招いた俺が悪いから気にすんな」
結局、事後がどうとかは私の勝手な誤解だった。
気絶して倒れた私をルドガー様がここまで運んで下さっただけだったのだ。わざわざここまで来たのは私の部屋のベッドが出来ていなかったから。下着姿のままなのは……ただ単に面倒だったかららしい。
「で、ですが、何故その、そ、そそ添い寝を……?」
「面白そうだったから」
「はい!?」
ルドガー様はケラケラ笑った。
正直、訳が分からない。
「まぁ良いだろ。所でだ」
「……はい」
ルドガー様は話を切り替える。
色々と釈然としないが主が話を切り替えたのだ。私も切り替えなければ。
「お前、この街は初めてだろ?」
「は、はい。そうです」
「だから俺が案内してやるよ。飯の買い出しとかもしなきゃいけねぇし」
「あ!」
今のルドガー様の一言で気がついた。
そう言えばまだ食事の準備をしていない!
「い、今何時ですか!?」
「六時」
「そ、そんなに……!」
私が気絶したのが確か一時頃。およそ五時間も眠っていた事になる。
それに六時は晩餐の時刻。もうとっくに食事の準備を終えていなければならない。
「も、申し訳ございません!」
「構わねえよ。元々そのつもりだったし、さっき部屋を訪ねたのも要件はそれだ」
「はあ」
何故部屋を訪ねて来たのだろうと思ったらそういう事だったのか。
ルドガー様はタンスから黒いコートを取り出し、羽織る。
「ま、時間も時間だし、出掛ける仕度するぞ。準備しろ」
「わ、分かりました!」
私は自分の部屋に戻り、出掛ける準備をした。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
ビルフォート邸を出てからから約五分。
クォート民からの視線が痛い。特に人間種からの視線が。
ルドガー様、改めご主人様は平然としているが、人見知りの私は縮こまらざるを得ない。
「あの、ご主人様?」
私はご主人様に尋ねる。
「何だ?」
「な、何故か注目されているのですが……?」
「それはお前が可愛いからだ」
「ふぇ!?」
突然の一言に驚く。ご主人様はそれを見て笑った。
「まぁ冗談だ。可愛いのは事実だけどな」
「きょ、恐縮です…………」
そんな事を言われると凄く恥ずかしい。嬉しくもあるが。
「注目されてんのはやっぱり俺だよ」
ご主人様は一呼吸置いて話し出した。
「俺さ、ダークエルフの血が混ざってんだ」
「ふぇ!?」
私は今度こそ驚愕する。
今のご時世、魔物から男性が産まれる事はまずない。なのに彼はダークエルフから産まれたと言うのか。
「ご、ご主人様は魔物なのですか!?」
「違えよ」
「……はい?」
私は訳が分からず首をかしげる。
「今でこそダークエルフはほとんどが魔物だけどさ。元々は亜人種であって魔物じゃない。知ってるだろ?」
「あ、そうでした」
何やら早合点があるようだ。
ご主人様は自分の出生について語った。
まず、彼は人間とダークエルフのクォーターであるらしい。銀髪に赤い瞳なのもその名残だそうだ。彼の母方の曾祖母がダークエルフで、祖父がハーフ、そして彼のお母様がクォーターだった。曾祖父はもとより、祖母、父何れも人間だったため、ダークエルフの血は薄くなっていったそうだ。
「お袋は人間に混ざって暮らしてたから魔物になる事はなかった。そもそも爺さんがもうダークエルフとは縁遠い所で暮らしてたから、魔王が代替わりしてもその影響をほとんど受けなかったんだ」
魔王が代替わりした当時、ご主人様のお母様もすでに産まれていたが、魔物とは縁もなく、三十年前に前当主と結婚されたそうだ。
「ただ、血が薄れたせいだろうな。純粋なダークエルフよりも寿命が短かったせいで、俺が十歳の時に逝っちまった」
「……それは、……御愁傷様です…………」
「別に良い。俺はただ自分の事を話してるだけだ」
ご主人様は鬱陶しいとばかりに首を振った。
「この話でだいたい分かるだろ?ここの住民が俺を睨んでくるのは、俺がダークエルフの血を引いてるからだ。ダークエルフなんて良いイメージ無いだろ?辞めていった使用人どももそのせいだ。この視線もだ」
「…………」
「俺は、人間だってのに……!」
ご主人様の声に苛立ちが積もっていくのを感じた。
恐らく、ご主人様は自分の中のダークエルフの血を憎んでいる。
今の彼を見ていると胸が締め付けられる。
だが、何も知らない私には彼を、その感情を宥める術を持っていなかった。
「おっさん、この肉四枚頼む」
「あいよ、坊っちゃん!」
それから数分。
ご主人様は商店街の精肉店でお肉を購入していた。
普段、こう言った事は使用人の仕事。主人にやらせる等言語道断。しかし、ご主人様は私を制し、進んで出向いている。
ご主人様がお会計を済ませると、私は袋に入れられたお肉を受け取った。
この店主は他の住民と違い、ご主人様に対して親しく接していた。どうも付き合いが長い間柄らしい。
「おい、坊っちゃん。その嬢ちゃん、もしかして新しいメイドさんかい?」
ビクリと身体が震える。
「ああ。今日来たばっかでな。リリィって言うんだ」
話を振られたせいか鼓動が激しくなる。
あ、挨拶しなくちゃ!
「お、お初にお目にかかりまーーきゃあ‼」
お辞儀した途端、カウンターに頭をぶつけた。
直後に一瞬の沈黙が訪れ、ご主人様によってそれは破られた。
「……ク、だっはははははははははは‼」
「お、おいおい嬢ちゃん大丈夫かい?」
「ぁぅう、大丈夫です……」
頭がずきずき痛むが怪我はない。
「はは、はははは‼腹いてぇ‼」
「おいおい、坊っちゃん、人が頭ぶつけたのに笑うかい?」
笑い続けるご主人様に店主は呆れ半分に問う。
「はは、はぁ、すまん!いや、中々可愛いもんでさ……!」
「ふぇ!?」
ご主人様は私が恥ずかしむ言葉を平気で言ってくる。店主は溜め息を吐いた。
「まぁ、それは一理ある」
「はひぃ!?」
店主は呆れながらも頷いた。
ただでさえ恥ずかしいのにさらに恥ずかしい!
縮こまる私を見て店主はゴホンと咳を吐く。
「まぁ、ともかくだ。すまんな嬢ちゃん。こんな坊っちゃんだが、根は良い奴だ。しっかり面倒見てやってくれ」
「……は、はい!」
時が過ぎ、時刻は6時。
買い出しを済ませた私達は屋敷に戻っていた。料理人も居ないビルフォート邸では、私が調理した料理をご主人様の前のテーブルに運ぶ。
「お、お召し上がりください……!」
「ん、いただきます」
ご主人様は用意されたステーキをナイフで切り、フォークで口に運ぶ。
瞬間、ご主人様は眼を見開いた。
「……何だこれ?」
「ふぇっ!?」
私はご主人様の反応にゾッとした。
「あのぉ、もしかしてお口に合いませんでしたか……?」
「いや、これは凄く、うめぇ……‼」
私の不安が一気に払拭され、歓喜が沸き上がる。
「あ、ありがとうございます!」
私は褒められた嬉しさに勢い良くお辞儀した。
「……は、尻尾振ってやがる。……可愛い奴」
「はい、何か?」
ご主人様は私を見て小さく呟いた。私は上手く聞き取れず、聞き返す。
「いや、何でもねぇ」
ご主人様はどこか楽しそうにそう返した。
「にしても、お前料理うめぇな。プロも顔負けじゃないか?」
「い、いいいえ、そんな……!」
「そんな謙遜すんなよ。腕は確かなんだ、もっと誇れ」
「んみゅっ」
ご主人様は手を伸ばし、私の頭を撫でる。
「……ん、………ぁふ……」
その手つきは荒っぽいものだったが、思いの外心地よかった。
「分かったか?」
「……は、……はい!ありがとうございます‼」
「ん、それで良い」
ご主人様は二口目を口にした。
だが直後、思い出した様にご主人様は私に振り向く。
「あ、そうだ。お前も一緒に食えよ」
「ふぇええ!?だ、駄目です!使用人がそんな……!」
普通、主人とメイドは別々に食事をする。主人と使用人は階上と階下。つまり身分が天と地程違うのである。それが一緒に食事等あってはならない。
「良いだろ別に。どうせ俺とお前しか居ないんだ。階級とか使用人としてとか気にすんな」
「そ、そんな訳には……!」
「分かった。じゃあ命令だ。これからは一緒に食事をしろ」
「…………っ!」
ご主人様は鋭い眼光で私を睨む。
その迫力に私は息を呑んだ。
有無を言わせぬその眼光を受け、私は何とか声を絞り出す。
「は、……はい。畏まりました……」
「…………よし」
私の了解の言葉を聞き届けると、ご主人様の眼はふと優しくなる。
「ごめんな。こんな我儘聞いて貰って。……断っても良かったんだぜ?」
「い、いえ!ご主人様のご命令ですから!メイドとして従うのは当たり前です!」
「そっか。ありがとな」
ご主人様は笑顔を浮かべた。
「……『メイドとして』、か」
「……?何か仰られましたか?」
「いや、気にしないでくれ」
だが私は何も気付けなかった。その笑顔がどこか暗い事に。
15/12/17 23:32更新 / アスク
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