連載小説
[TOP][目次]
臨勤のお知らせ
私はオルギアン共和国の由緒正しいヴァンパイアの血族であるナイル家にお仕えしているリリィだ。
私の仕事は、ご主人様と奥様の身の周りのお世話をする事。
今日は奥様から呼びだしがかかり、お部屋に失礼していた。
だが、私は奥様から耳を疑う様な宣告をされてしまった。
「リリィ、貴女には来週からビルフォート家で働いて貰うわ」
「はい、畏まりました。…………え?」
私は奥様の一言で固まった。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」


暫くして。
「実は先日、親しくしていたビルフォート家の主人が他界してね。その業務をご子息が継いだのだけど、どうも召し使いが次々辞めていったみたいで、人手が足りないみたいなのよ。だからうちから一人メイドを貸すことになったの」
「そ、それって、臨時勤務って事ですか?」
「そうよ。いつまでになるかは分からないけど、人数が足り次第うちに戻って貰うと思うわ」
奥様はにっこりと笑ってそう話してくれる。
「で、ですが私が行っても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。貴女、うちのメイドの中では飛び抜けて腕が良いんだから」
奥様は誇るように言う。何だか恐縮してしまう。
「そ、そんな!私なんかには勿体ないお言葉です!」
「本当よ。まぁ、それは置いといて、向こうにはもう連絡を入れているから、今週末には出発出来るように準備をしておいてね。ご子息からの良い報告を期待しているわ」
奥様の視線に言葉通りの期待が込められる。
私は姿勢をただしお辞儀した。
「は、はい!承知いたしました!」


週末。
指定された場所に着くと、ナイル邸に負けず劣らずの大きな建物が建っていた。ここが今日からお世話になるビルフォート家の御屋敷だ。
ビルフォート家はナイル家と親しくしている家柄のひとつで、クォートと言う街を治めている。クォートは魔物領でも珍しく人間が多い街だ。ここ最近、魔王の世界征服ももう間もない中、魔物化により人間の数は著しく低下していた。その中で人類種を残そうと言う名目で、この街では本人が望まない限り魔物化が禁止されている。
この御屋敷のご当主も代々人間が務めているそうだ。
「…………良し!」
私は気付けに頬を叩き、先へ進む。
門を潜り、扉を叩く。
「ご、ごめんください!」
…………あれ?返事がない。
「あのぉ、ごめんください!ほ、本日からこちらでお世話になりますメイドのリリィと申します‼」
幾ら叫んでも返事がない。普通、召し使いの一人くらいは出て来ても良いはずなのだが。
「あのぉ‼」
「ああ、五月蝿い!ちょっと待ってろ!」
何度か呼び掛けていると、扉の奥から男性の声が響く。
私はその声に一瞬ビクリと震えた。
そして扉が開かれ、奥から銀髪の青年が顔を覗かせた。
その顔を見た瞬間、私は体を強張らせた。
「……あんた誰?」
男は訝しげに聞いてきた。
私は緊張のあまり固まった体をなんとか動かし、挨拶する。
「あ、わわわ私は、えっと、その、ほ、ほんじちゅからこちらでお世話ににゃりますメ、メイドのリリィと申しましゅっ‼」
お、思い切り噛んでしまった。カミカミだ。お辞儀も酷いくらい固い。
「………………プフッ!」
少しの間キョトンとしていた青年は直後に吹き出した。
「だッははははは‼お前噛みすぎだろ!」
「ふぇ!な、なな、何ですか!いきなり笑わなくても良いじゃないですか!」
「いや、これ笑ってくださいって!ブハ‼言ってるようなもんだろ‼」
青年の爆笑は止まらない。
「う、うぅ!」
ああ、恥ずかしい!いっそ死んでしまいたい!
彼のあまりの反応に視界が滲む。ここまで取り乱すのはメイドとしての恥だがそんな事は構っていられなかった。
「あ、おい、泣くなよ!悪かったって!ゴメン‼」
男は爆笑から一変、申し訳なさそうに謝った。
「取り敢えず中に入れよ!メイドの話は聞いてるから、ゆっくり話しようぜ?」
そうして、私は中に迎え入れられた。


「え、ふぇええ!?」
私を迎え入れた青年は驚くべき事にビルフォート家現当主、ルドガー・フォン・ビルフォート本人だった。
面談室でお互い自己紹介し、案の定また噛んで落ち込む事数回。
ルドガー様から衝撃の事実を聞かされる。
「そ、そそそそれって、ここには使用人が一人も居ないのですか!?それもルドガー様お一人で!?」
「ああ、親父が死んでから一気に辞める奴が増えてな。お袋もずっと前に死んでるし。ってか元々五、六人しか居なかったからあっという間に居なくなった。残ってくれた奴も居たけど、もうかなり歳取ってて今にも倒れそうだったんで退職させた」
ルドガー様は淡々と説明する。
そう言えばここに来るまで一つも人影を確認していない。彼の言うことは本当だろう。
「まぁ、親父は結構信頼されてたしな。それに比べて俺の事はどうでも良かったんだろ」
「…………」
正直、私は「それは違う」と言いたかった。
だが、私はビルフォート家の事情を知らない。私が口を挟む事は出来ない。
「まぁ、それはどうでも良いんだ。取り敢えず今日から頼むわ。部屋は今の所殆ど空いてるから適当に使ってくれ。何だったら親父とかの部屋でも構わない」
「い、いえ、使用人がそのような……!使用人部屋を使わせていただきます!」
流石に一使用人が前当主の部屋を使う訳にはいかない。
しかし、
「ない」
「はい!?」
私の申し出はいとも容易く叩かれた。
「どどどう言う事ですか!?」
「そのままの意味だ。使用人部屋なんかこの屋敷には存在しねえ」
「ふぇええ!」
「お前のリアクションっていつも『ふぇええ!』じゃね?」
余計なお世話です!
私は口に出さず抗議する。主に口答えするのはメイドとしてあってはならない行為だ。
と言いつつ実はたまにやってしまう私も居るのだが。
「では今まで使用人はどこで!?」
「だからその空き部屋使ってたんだよ。親父の意向でさ。『せっかく働いて貰っているのだから良い部屋を使わせるべきだ‼』ってな」
「そ、そうなのですか……」
前当主はとても寛大な方だった様だ。
「まぁ、そんな訳であえて言うならその空き部屋が使用人部屋だ。どこでも良いから好きに使ってくれ」
「……はい。承知いたしました」
ルドガー様はなげやりに言った。私はそれに頷くしかなかった。


「はぁ……」
面談室から出た後、私はルドガー様の部屋に近い部屋を借りた。有事の際にすぐ駆けつけられる様にするためだ。
部屋の中はほとんど生活臭がしないくらい綺麗に片付けられていた。
ベッドのシーツもピンと張られ、床も壁も隅々まで綺麗に清掃されていた。
どの家具も埃を被っている様子はない。きっと以前の使用人が掃除していたのだろう。
あまりの綺麗さに溜め息を吐いてしまう。
取り敢えず一通り生活空間を仕上げ、私服からメイド服に着替えている最中、コンコン、とノックされる。
私はビクンッと硬直した。
「は、はひっ‼」
「リリィ、少し良いか?」
「はい‼し、少々お待ちくだしゃい!い、今は着替えーー!」
「済まんが待たん」
荷物を片付けていると言うのにルドガー様は扉を開ける。
私は完全に固まってしまった。
「……ぁ」
ルドガー様はキョトンとし、私の姿を注視する。
現在、私の格好は下着を着けただけである。しかも寄りによって猫ちゃん柄のパンツである。
「は、わわわわわわわわわわわわわわわわわわ!」
身体の熱が急に上がる。頭がぐらぐらする。視界が霞む。意識が遠くなる。
「キュゥ…………」
私は意識を手放した。
15/12/10 23:28更新 / アスク
戻る 次へ

■作者メッセージ
スミマセン。どうも書きたいものが出るとそっちにいってしまう。情けないッス。
ただ、助言を頂いたドリルモールさんには感謝です!

リリィちゃんには取り敢えず叫ばせたいのでシチュエーション的にはかなり急です。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33