連載小説
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おまけ 堀越茜と栗原麗
親友の栗原麗とクラスメイトの日野清志が恋人になってちょうど二週間が経過した。

「眼を潤ませながら必死に射精を我慢する顔…本当に、その顔が可愛くてよぉ〜。気を抜けば脅してるアタシの顔がゆるんじまいそうで、堪えるのが大変だったなぁ。しかもその上、あいつが吐き出す精液がこれまたうっとりするくらい美味くって、もうやんなるぜ〜………」
「…………はぁ。」
饒舌に動く麗ちゃんの舌はまるで止まる気配を見せない。
堀越茜は暇があれば何度となく聞かされてきた親友の惚気話をため息交じりに聞き流していた。
「って、おい。ちゃんと聞いてるのか、茜。」
「聞かなくたって麗ちゃんが何を言いたいか分かるわ。麗ちゃんと日野君が結ばれて以来、一体何度同じ話を聞かされていると思っているのよ…。」
「何度だってぇいいじゃないか〜。惚気させろよぉ〜。母親は「忙しい」の一言で全然聞いてくれないし、父親にこんな話をするのは…なんか嫌だからさ、惚気話が出来るのはお前ぐらいなんだよぉ〜。それにもうすぐアタシの体にあいつの精液が完全に馴染むころだから、楽しみでうずうずして仕方が無いんだよぅ〜。それでな昨日のことなんだが……」
「…はあ、ダメだこりゃ。」
頭を抱えてしまいたい。
校内一の不良といわれる麗ちゃんが完全に恋する乙女になっている。親友の恋が成就したことは大変喜ばしいことだが、こういう事態になってしまったのは完全に想定外だ。「アタシはこれから清志と学校生活を目一杯楽しむぜ」という宣言の元、今までの態度が嘘のように遅刻も早退もせずにちゃんと登校してくれているのは茜としても非常に嬉しいことなのだが、これまでとはちがう意味で親友を御することの難易度が上がってしまった気がして、再び茜はため息をついたのだった。



そもそものきっかけは麗が転校生に一目惚れしたことから始まる。

「転校生を、日野清志をアタシのものにしたい…だから、協力してくれ。」
麗ちゃんにそう言われ、頭を下げられたのは今から三週間ほどさかのぼった日の放課後のこと。
「え?ものにするってまさか…麗ちゃん、日野君の事が好きなの!?」
「ああ。……そうだ。」

“息絶えるような幼稚な情熱を感じる”
麗ちゃんは自分が抱く彼への想いを、そう表現した。その眼は今まで見た事が無いほど真剣だったし、口調からも麗ちゃんが本気であることを如実に表していた。茜はまだそういう男性と巡り合えてはいないから彼女の想いは察することしかできないが、どれほど彼女の中でその気持ちが熱くくすぶっているのかはなんとなく理解できたように思う。
「勿論、麗ちゃんのことは応援するし、手伝えることはできるかぎりするけど…麗ちゃんは私に何をして欲しいの?」
「とにかく、なんでもいいからあいつの事に関して情報を集めてくれないか?些細な事でもいいがそうだな、性癖だとか…コンプレックスや過剰に反応するポイントそういったものが分かれば一番なんだがなあ…」

「え?」
私は麗ちゃんの要望に少し違和感を覚えた。
委員長や生徒会の副会長をしている所為か、茜は頼れる人柄であると思われて時たまこういう恋愛相談をされる事がある。大抵の場合はお互いの橋渡しだったり、気になっている人の人柄や好みを教えて欲しいといったもの。頼られることは嬉しいし、カップルとなり幸せそうにしている姿を眺めるのはこちらも嬉しいから自分に出来る範囲で協力している。彼女の相談もそれに近いと言えば近いのだが、麗ちゃんの頼みはいままでの人のそれとは少しばかり違っているように思えた。恋愛の相談というよりもどちらかというと…
「ちょっと待って、麗ちゃん。」
「なんだ?」
「性癖はともかくとして、コンプレックスだなんてまるで粗探しみたいじゃない。」
そう、粗探しの様だと思った。
しかし麗ちゃんは私の疑問を否定するどころか、にっこりと笑うと肯定の言葉を口にした。
「ああ、粗探しのようだと言われても仕方ないかもしれないが…その通りだから仕方がない。でもあいつにケチをつけたいからとかそういう理由じゃないからな?」
「それなら、なおさら何のためにそんなことを知りたいの?」
私の質問に麗ちゃんはこう答えた。
「何のためにってそりゃ…それを材料に脅すためにきまってんだろ〜」
「な!?れ、麗ちゃん…さっきあなたは日野君のことを好きだって…」
「ああ、好き…いや愛しているといってもいいな。」
「じゃあ、なんで脅すだなんて物騒な事…」
麗ちゃんはそこで静かに眼を瞑り、少しの間沈黙した。

「なあ、茜。お前はもし好きで好きでたまらない男と出会う事ができたならどういう風に愛したい?」
「え?それは…」
彼女の一言で姿も分からぬ未来の夫へ思いをはせてみる。
「やっぱり食事から性交まで、その人の行動や予定をしっかりと管理して…愛してあげたいかなあ。」
「なんせ、お前はアヌビスだもんな。」
その声はひどく悲しさや寂しさを感じさせた。
「さっき茜はなぜ愛する人を脅すのかって聞いたよな。その答えはそれがマンティコアの、私たちの種族なりの愛し方だからだよ。」
「…愛し方。」
「ああ、そうだ。私たちマンティコアは恐怖や困惑を感じながらどうしようもなく快楽に身悶える時の男の表情がたまらなく好きだ。そうやって男を自分たちの体に、魅力に堕落させて自分だけのモノにする方法も能力ももっている。」
親友が自分の魔物らしい尻尾をそっとなでる。
「だから私たちマンティコアは自分の能力を最大に活かせるよう状況をコントロールして男を襲う。でも他人からみればその行為は“脅し”や“卑劣な行為”に見えてしまうし、そういう行動をしているマンティコアは“意地悪な性格”となるわけだ。」
ただ、自分たちができる愛し方をしているだけなんだがなぁ―――そういって麗ちゃんは自虐的に笑う。
「時々思うよ。もしそんなことを一切せず、普通に告白して、普通に恋愛して、普通にセックスしたらなんてな。でも、やっぱりダメなんだなあ〜。マンティコアに生まれたからには母や祖母が、多くのご先祖さんがそうしたように男を堕落させたいって思っちまう。やっぱりアタシもマンティコアなんだな。」
「………。」
彼女の言葉を聞いて改めて想像する。
私たちアヌビスは何故男をそうまでコントロールしたがるのか。それは本能でもあるし、そうするだけの知略や呪いなどの技術を有し、そして周りのアヌビス達は誰も疑問を抱くことなく夫をそうやって愛しているから…。そうすることこそが夫を誰よりも愛する事が出来ると思っているし、信じている。きっとそれ以外の愛し方はできないだろうとも考えてしまう。

そう思ったところで彼女の先程の表情を理解することができた。
彼女は、優しい性格をしている。だからこそ自分が求めている欲望に対してかなり悩んだのではないかと表情を見ると思わずには居られなかった。不良の噂を信じている人たちや、マンティコアと言う種族だけで敬遠している人たちには信じられないかもしれないが、彼女はとっても優しい。それは私たちが仲良くなるきっかけとなった出来事からも分かる。


その出来事とは私たちが小学校低学年のころの話。
当時の私は、同級生からひどく疎まれた存在だった。恥ずかしい話だが、原因は全て自分にある。そのころの私はとにかく自分がいいと思ったことや、こうした方がいいといったことを相手に強制しようとする子供だった。例えば先生が言った事を守らない人がいればすぐにそれを正すよう迫ったり、いいつけを守っていないことを先生に告げ口したりしていた。同級生がそうするにはそれだけの理由や思いがあるというのに、だ。だから、そういう相手の事を考えない行動はすぐに批判を買った。「いい格好しい」、「目立ちたがり」、「いつも偉そうにしてる」などと陰口をよく叩かれた。その時、自分が何故そう言われなければ分からなかった愚かな私に話しかけてきたのが、誰あろう麗ちゃんだった。

「お前さあ、自分の事しか考えてないじゃん。」
「え?」
「相手のためとか言って、自分のしたいようにしてるだけじゃないかっていってんだよ。」
正直に言うと、麗ちゃんはとっても苦手な部類の相手だった。
マンティコアは凶暴で意地悪、そう言うイメージが自分の中で強かったし、その通り彼女はまるで男子の様に活発で喧嘩だってしたし、先生の言う事もよく聞いていなかった。絶対に自分とは相容れない、そんな存在だと思っていた。だからこそそんな相手に自分が思いもしなかったことを言われた私は大いに動揺した。
「そ、そんなことない!!なんでそんなひどい事を言うの、栗原さんのばか!!!」
「はん。ばかなのはお前のほうだろ、この頭でっかちアヌビスめ。くやしいなら、かかってこい!!」
「栗原さんなんてだいっきらい!!!」
私はそこで初めて喧嘩というものをした。
普段相手に言ってはいけないと自分が言っていた酷い言葉を麗ちゃんに投げかけ、してはいけないと注意していた拳を叩きつけ、叩きつけられた。

「はぁ…はぁ…分かったかよ?」
「…え?」
それからしばらく罵りあっていたが、お互いに疲れて動けなくなったところで彼女に質問された。
「お前がいつもしかってたやつの気持ちが、だよ。」
「……うん。」
悔しいが、汚い言葉を言ってしまう気持ちも、手を上げてしまう気持ちもよく分かった。
「みんなだってお前の優しさは分かってる。だからもうちょっと相手のことを考えてみろってんだ、この馬鹿。」
「相手のこと…か」
「そうすればみんなお前の言う事をきいてくれるさ。」
「…そうかな?」
「そうだよ、アタシが言うんだ。間違いない!!」
「ふふ…栗原さんって変。」
「おい、変ってなんだよ。それに…」
言葉を切って、少しだけ気まずそうに麗ちゃんは鼻の頭を掻いた。
「アタシの事は麗って呼べよ。アタシもお前のことを茜って呼ぶからさ。もう、アタシたちは友達だろ?」
「ありがとう、麗…ちゃん。私頑張ってみるよ…」
「またダメになったらアタシが茜をしかってやるから安心しろよ〜」


こうして私は相手を思いやる大切さを学習し、初めての友達を得たのだった。
彼女の行動が無ければ今の自分がどうなっていたかと時々思う。勝手に悲劇のヒロインのようになっていたか、もっと周りにきらわれるような存在になっていたかもしれない。そう考えると親友の優しさと思いやりに感謝してもしきれない。だからこそそんな優しい彼女が、一歩間違えれば相手を傷つけてしまうかもしれない手段をとってでもその想いを成就させたいと思う相手が出現した今、親友が幸せになる為、そして―――

「分かったわ、麗ちゃん。少しでもあなたの力になれるよう、私も頑張ってみる。」
恩返しのためにも彼女の力になろうと思った。
「お、本当かい?頼りにしてるよ〜茜!!」
「ええ。大船に乗った…とは言えないかもしれないけれど任せて。きっと手がかりを掴んでみせるよ!!」
そういう気持ちから出発し、彼を出来る範囲で調べ、友人たちから聞いたり、自分で話して得た彼の印象、情報…特に彼は父を意識している、コンプレックスとは違うが強い想いを持っていることを親友に伝えた。

そしてその後麗ちゃんに請われた通りに彼を連れ出し人が居なくなった教室に誘い出した結果が―――


「おい、どうしたぼうっとして。もぉ〜折角一足先に女になった先輩がこうして一人身の茜にありがたい体験談をしてやってるんだから、ちゃんと聞けよぉ〜」
「………。」
この舞い上がりっぷりである。
「幸せそうね、麗ちゃん。」
「おう、アタシは今一番人生の中で幸せよ〜。」
「そっか…」
「それもこれも、お前があいつの事をよく調べてくれてくれたおかげさ。本当にありがとう。」
そう言って満面の笑みを浮かべる親友の顔を見て、少しはあの時の恩を返す事が出来たのかな、なんてことをひっそりと思う。

「ねえ、麗ちゃん」
彼女にとって日野君の様な、運命の相手といつ自分が出会えるかは分からない。
「ん?なんだい」
「これからもっと幸せになってね。もし何か手助けできる事があれば私も力になるから。」
「おう、当り前よ。なんてたって茜はアタシの親友なんだからな、頼りにしてるぜ〜!!」

私が意中の人と結ばれたら、今の何倍も彼女に惚気話をしてやろうと心に誓いつつ―――

今はこうして目の前で笑っている不良の親友と一緒に笑えたらいいなと堀越茜は思ったのだった。


14/07/04 00:05更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
というわけで、本編、麗と茜に対するちょっとしたフォローを書いてみました。

マンティコアの意地悪な性格についての解釈は、設定を読んでそうであったらいいなあ〜なんて自分の妄想で出来ています(笑)。

実は本編を書き終わった時には、とにかく尻尾で清志を陥落させるところまでしか頭が回らず、その先に本番があることを完全に失念しておりました(笑)。みなさんから頂いたコメントに二人が本番を迎えた際の予想を書かれているのを見て、「あ、本番…」とようやくそのことに気がついた有様です(^^;)

このまま書いても蛇足の様な気もしますし、せっかくみなさんからコメントをいただいているので書かねばとも思うのですが、如何せん完全にノープランでして…。

ですのでしばらく考えてみて、何かひらめいて書く事ができればもう一つのおまけとして、書く事が出来なければここで完結とさせていただければと思います。

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