後篇
私の名前は安藤咲。
安藤家の長女で、先日15歳の誕生日を迎えたばかりの中学生。ただいま絶賛恋人募集中です。そんな私は最近、夜更かししながらする読書の楽しさに目覚めてしまい、元々いいとは言えない朝の目覚めが大変によろしくありません。母さんや妹に起こしてもらっても半ば寝ているなんて事も多々あります。
突然ですが、そんな私の両親がただいま目の前で修羅場を迎えています。
「さあ、喋ってください。一体誰なのです。誰と一緒に私たちを裏切ったんですか。こんな幸せな家庭を崩壊させてしまう最低な女はどいつなんですか!?夢ってことはサキュバスですか?それともレッサーサキュバス…あ、ナイトメア?それにしたって魔力、匂い、なんの痕跡すら残さないなんてどんな女なのかしら…ああ、憎らしい…憎らしい!!!」
普段私たちに優しく微笑んでくれる母は、家族には決して見せない様な険しい顔、眉間に深い皺をよせ、細く整った眉を吊り上げ、恐ろしいほど目を見開いた般若の様な表情を浮かべて掴みかかり、まるでバーテンダーがシェイカーを振るかのように父の上半身を激しく揺さぶっています。はっきりいって、滅茶苦茶怖いです。
「い、一体どうしたん、だ?一先ずっ…おち、落ち着いて。頼むから落ち着いておくれ、ああ、ぐぅ…」
一方の鬼気迫る母の勢いに何の抵抗も出来ない、私と同じく寝起きがあまりよろしくない父は、何が起こっているのか全く理解できないようで、母の手荒い行動になすがまま振りまわされています。その表情は情けないほど狼狽していて、はっきりいってこんな場面では場違いな感想ですが、なんだかちょっとだけ可愛らしいです。
「お姉ちゃん、お母さんを止めて…ぐすっ、止めてあげてよぅ…」
私が生まれてこの方、喧嘩一つしているところを見たことすらない二人が目の前で修羅場を展開している事だけでも信じられない非日常的な光景なのに、加えて私を混乱させるのが、私の体にしがみつき小刻みに震えている妹の美緒の様子でした。私が独身ラミア属の必須アイテムである抱き枕にしがみついて惰眠をむさぼっている至福の時に「お姉ちゃん、助けてぇっ!!」とまるで悲鳴のような叫びを上げながらかけ込んできたのです。さすがの私もいつも大人びていて、本当に年下なのかと思ってしまうほど落ち着いた性格の妹がここまで取り乱しているという緊急事態に眠気も吹き飛びました。それにしても美緒に、妹にこうして頼られるのはなんだかくすぐったいですがちょっぴり嬉しいかもです。
しかし、目の前でおきているこの事態は一体なんなのでしょう…。
「う〜ん、もしかしてこれは全部、夢なのかな…あ、ダメだ。抓ったら痛いや……」
もしや、これは寝起きの悪い私が見ている夢のなのでは…
これ以上ないほど現実とは思えない出来事の連続に私は思わず頬を抓ってみますが、しっかりと痛みが走りこれが決して夢ではない事を教えてくれます。どうやら寝起きの悪い私が勝手に見ている夢ではないようです。しかしだからといって、それが現状を少しでも解決してくれるわけではありません。とりあえず非常に恐ろしいですが、怒髪衝天の母が何故そうなったのか確かめようと思います。私は出来るだけ柔らかな口調で、母に話しかけてみました。
「あ、あの母さん?えっと……これは、どうしたの?」
「………。」
すると私に声をかけられた母はぴたりと動きを止めたかと思うと、ゆっくりとこちらに視線を向けました。
「あら、咲。起きたのね、おはよう。」
一見すればまるでいつもと変わらない優しい声色で話しかけてくれる母でしたが、微笑んでいるのかそれとも引き攣っているのか判別できないつり上がった口、うっすらと開かれた目から放たれる殺気の様な威圧を感じさせる視線、そしてこめかみに浮かぶ太い血管が母の隠しきれない怒りを否が応でも教えてくれます。はっきり言って今すぐ逃げ出したいほど怖いですが、いつもの母に戻って欲しい、珍しく妹が姉である自分を頼ってくれているのだから力になってあげたいと言う気持ちを支えになんとか恐怖を唾と共に飲みこんで会話を続けます。
「お、おはよう。母さん父さん。あ、あのね…何があったの?」
「…心配してくれるのは嬉しいけれど、あっちにいっていなさい。これは私たち夫婦の問題です。あなたは美緒と一緒に朝御飯を食べていて頂戴。」
「い、いやさすがに…この状況を目の前にしてそれは…」
「………。」
抵抗を示す私の言葉は、母の無言の笑みで封殺されました。
先程までの姉として頑張ろうとするかっこいい私ではなく、わが身が大事な情けないお姉ちゃんでごめんねと内心美緒に謝りつつ、妹をつれてそそくさと後ずさりをします。
「ごめんなさい、今すぐ二人でご飯を頂いてきます。さ、美緒。お姉ちゃんとごはんを食べようね…」
「え、お姉ちゃん?」
そして体にしがみつく妹を促しつつ私は両親の寝室から退出しました。
「はあ〜…怖かった。一体全体父さんは母さんをあそこまで怒らせるなんて何をしでかしたのかしら。って、そうか…何かがあったのか美緒に聞けばいいんじゃない。」
両親の寝室の襖を閉めた途端、どっと疲れが噴き出しました。
殺気を放つ武人の前に立たされるような、それとは違う次元で恐ろしい女同士の争いの場に巻き込まれたような、そんな極限状態から解放され思わず特大のため息をついてしまいます。確かにあれは犬も食べないだろうなあとなんだか妙に納得してしまいます。しかしそれではなんの解決にもならないので、私は台所に美緒と向かう間に、何故このような事態になったのかを質問してみました。
「ねえ、美緒。お姉ちゃんに何があったのか教えてよ。」
視線を下に向けると、涙を浮かべ今にも泣き出しそうな顔をした妹がびくっと体を震わせました。
こんな状況では仕方ないなと思いつつ、私は妹の頭に手を置いて、少しでも安心させてあげるためにも手触りの良い白髪を撫でてあげます。
「ね、お願い。」
「…あのね」
すると躊躇いがちに俯きながらも妹は事の発端を話してくれました。
「いつものように、私はお父さんを起こそうと思ってお部屋に行ったの。」
「うん。」
「そしたら、お父さんはまだ寝ていて…だから起こさないように静かに近寄って、大きな声を出して驚かそうと思ったら」
「思ったら?」
「お父さんがね、寝言で知らない女の人の名前を数回呼んだ後に『愛しているよ』って言ったの。それを聞いて私…とっても驚いちゃって。…どうしようか迷ったんだけど、このままにしておくのが一番怖かったからお母さんに相談したの。…お父さんが浮気しているかもって。」
「………」
私は開いた口をふさぐことができませんでした。
あの父さんが浮気…?誠実という項目を辞書で引いたなら、『それは安藤祐介のような人物の事』と書いてあるのではないかと思うほどの父さんが浮気だなんて。けれど、それならば母さんの態度が嫌というほど飲み込めます。思わず自分も配偶者に裏切られたならあんな態度をとってしまうかもしれないなと納得してしまいました。しかもそんなセンセーショナルな密告をした妹が、優しくて大人びた美緒がこんな風に泣きながら訴えたなら…。子煩悩な母が冷静な判断を下すことは出来ないだろうことも想像に難くありません。
だからこそ、私は母さんの分も冷静にこの事態を判断しなければと思いました。
「ねえ、美緒。」
私にはあの父さんが浮気をするなどどうしても納得がいかないので美緒に質問してみます。
「疑うってわけじゃないんだけどね…質問していいかな?」
人形のように可愛い妹は黙ってこくりと頷いたので、続けました。
「確かにお父さんは『愛しているよ』って言う前に知らない人の名前を口にしたの?」
「うん。」
「お母さんや私たちの名前じゃなくて?」
「そうだよ。だって」
妹はそこで言葉を切り、自分が聞いた事に何の間違いもないと言わんばかりに目に力を込めて言いました。
「『千歳…千歳、愛しているよ』って確かにお父さんは言ったもん!!お友達にも同じ名前の女の子がいるけど、千歳って…女の人の名前だよね!?」
千歳、千歳という名の女…それはもしかして
「ねえ、美緒…。これが、これが一番大事だから正確に答えて欲しいんだけど…お父さんが口にしていた名前は千歳だってお母さんに伝えた?」
「…ううん。言ってない。言う前にお母さんがお父さんの所に行っちゃったから…」
その言葉を聞いた私は、先程母さんの言っていた言葉や状況からある結論を導き出すことができました。
けれどその結論のあまりにも、こう言っては母さんに申し訳ありませんが馬鹿馬鹿しいものだっただけに、全身から力が一気に抜けその場にへたり込んでしまいました。
「はは、ははは…なあんだ…そう言う事だったのか。全く、紛らわしいったらないじゃない、父さんったら。それに母さんもなんて慌てんぼさんなのかしら。あははははは!!」
「お、お姉ちゃん?どうしたの!?」
最後の頼りである姉までもおかしくなってしまったと思ったのか、美緒が必死にしがみつき、先程の母のように私の体を揺さぶります。私は妹を落ちつかせるために再び頭に手を置いて、数度ポンポンと優しく叩きながら言いました。
「大丈夫、大丈夫よ。安心して、美緒。お父さんは浮気なんてしてないし、ちゃんとお母さんだけを愛しているんだから。ただ、そう…色んな事が重なってお母さんがちょっと勘違いしただけよ。」
「え?本当に?」
「ええ。だから早く二人のところに行って誤解をといてあげなくちゃ、ね」
「ね、ねえ、お姉ちゃん…」
「ん、何?」
妹にパジャマの袖を引っ張られ、私は寝室に向かうのを止めてそちらに視線を向けます。
妹はかなり落ち着きを取り戻し恐れの感情が引いたようですが、何故この姉はそんなことを言えるのかまるで理解する事が出来ないといった眼を私に向け、質問してきました。
「なんでお姉ちゃんは、私が言ったお父さんの寝言を聞いただけで…お父さんが浮気してないって分かったの?」
その理由は実に単純で明快なもの。
しかし、いくら聡明で大人びていても幼い妹には少しばかり理解しにくいことなのかもしれません。なんせ父や母は妹の前では母方の祖父母をいつも下の名前で、『けいじおじいちゃん』、『りんこおばあちゃん』と呼んでいるので余計にそうかもしれませんから。もし自分が美緒と同じ年ぐらいだったなら、同じように勘違いしてしまうかもしれないなと思います。
「それはね、美緒。千歳って言うのはお母さんの…………」
夫婦の修羅場は終盤へとさしかかっていた。
「そう、どうしても話してくださらないのですね。」
「だ、だから恭子の言っている事の意味がよく分からない…」
「ええ、ええ。浮気をした人はみんなそう言うみたいです…。こうなったら、もう…こうするしか」
恭子は右手で祐介の肩を掴み、左手に青白い炎を出現させる。
せめて夫の浮気相手を聞き出してからこの嫉妬の炎を抽入しようと思っていたが、しつこく質問しても知らぬ存ぜぬを繰り返す夫に我慢の限界はすぐにでも訪れようとしていた。そしてまさに嫉妬の塊を夫の胸に押し込もうとしたその瞬間―――
「お母さん、ストップ!!」
突然の乱入者が現れた。
襖を勢いよく開け、大きな叫び声を上げ部屋に入ってきたのは咲だった。
「……咲。二人で朝御飯を食べていなさいって…言いましたよね。」
「お母さん、落ち着いて。お願いだからいつもの冷静な母さんに戻って私の話を聞いて!!」
大きなジェスチャーで自制を訴える娘を、恭子は冷やかに見詰める。
「咲。あなたは何故私がここまで怒っているのか美緒から聞いたのね?」
「うん。父さんが浮気したんじゃないかって…」
「だったら」
娘が言いきる前に、強い口調で遮る。
「あなただって、分かるでしょう?浮気された私がどんなにみじめで、悲しいかってことを。」
「………。」
「だから。お願いだから…二人にして頂戴。」
なるべく優しく、怒りを心の奥底に封じ込めながら娘にお願いする。
「いやよ、母さん。」
しかし、咲は譲らなかった。
次女の美緒に比べ、ややマイペースでお嬢様気質のある咲がこんな強気な態度をとることは実に珍しく、恭子は面を食らってしまった。
「だって母さんは大きな勘違いをしているんだもの。そんな状態で放っておくわけにはいかないよ!!」
「勘違いですって?」
「そう、母さんは美緒の言葉を中途半端にしか聞いてない。だから勘違いしちゃったの!!」
「……いいえ、ちゃんと聞いたわ。あの子は涙をこらえながら必死に私に伝えてくれたもの。」
「じゃあ母さんに質問するけど、父さんは寝言でその浮気相手の名前をなんて言っていたか美緒に聞いた?」
「…な、まえ?」
「そう、それさえちゃんと聞いていればいくら動揺していたとしても母さんなら真相が分かったはずだよ。」
娘の言葉を聞いて、はっとした。
確かに恭子は美緒から浮気相手とおぼしき相手の名前を聞いてはいない。女の人の名前、としてしか聞いていないのではないだろうか。混乱し、怒りで血が上っていた頭にようやく冷静さが戻ってきたのを感じると同時に、目の前の長女が言うようになにか大きな勘違いをしているのではないかという疑念が大きくその身をもたげる。
「それじゃあ核心を言う前に少し父さんにも聞きたい事があるんだけど」
「な、なんだい?」
先程から話題についていけず、それでも固唾を飲んで私たちの会話を聞きもらすまいとしていた夫は、急に話しかけられ素っ頓狂な声を上げた。
「父さん、さっき寝ている間に…もしかして母さんと結婚する前の夢を見なかった?」
「ん、んあ…そう、そうなんだよ。随分昔の懐かしい夢を見たんだ。あれはちょうど、お母さんと付き合いだしたころ…高校生の頃だったなあ。夢の中で二人とも当時の制服を着ていてね。手をつないで夕陽のくれる河原を歩いていたんだ。二人とも顔を真っ赤にさせて。あの時は二人とも初でねえ…なんだかそれが懐かしくってなあ〜。しかもその当時はこう、なんていうのか…同級生の男達の間で硬派な男でいるっていうのが流行していて。柄にもなく父さん恰好つけてお母さんの事を名字の『千歳』で呼んでいたころだったんだ。だからつい夢の中でもお母さんの事を昔の様に『千歳』って呼んでしまったよ。」
夫は頬を赤らめ、照れながら夢の内容を私たちに話した。
それは恭子が先程まで想像もしなかったようなことだった。確かに恭子が安藤家に嫁入りする前に名のっていた名字は名前と勘違いされやすい『千歳』というものだったし、共に過ごした夫との学生生活のある期間、夫がそういう呼び方で恭子を呼んでいたのも事実だ。だとすると夫が寝言で言っていた名前、美緒が他人だと勘違いしてしまったという名前は―――
「そ、そんな…まさか…」
「そう、父さんは母さんの旧姓である『千歳』って名字を寝言で呟いていただけ。でも、美緒には旧姓という概念がまだしっくりきていないみたいだったし、お友達の名前に千歳ちゃんっていう子がいるから勘違いしてしまったみたいなの。美緒にとってのお母さんはあくまで『安藤恭子』であって『千歳恭子』ではなかったんだね〜。」
咲はのんびりとした口調とは反対に、きびきびとした動きで私に近寄り話しを続ける。
「そして、父さんが口にした『千歳さん』が母さん以外の『千歳さん』である可能性はあり得ない。なぜなら母さんは父さんに迫りながら『他の女の痕跡が無い』って自分で言っていたものね?だからこそ、父さんの寝言は間違いなく母さんの事で、父さんは浮気なんかしていないってことになる。」
「……私はなんてことを」
恭子は娘の言葉を聞き、その場に崩れ落ちてしまった。
「だから言ったでしょ、母さん。勘違いしてるって。」
「………」
「でもよかったじゃない、何事かが起きてしまう前に全てが解決したんだからさ〜。」
「………。」
「美緒の方には朝御飯を食べながら私がゆっくりと説明しておいてあげるから、安心してね。それじゃあ、父さんにしっかり謝るんだよ、母さん!!」
咲はこちらが口をはさむ間もなくまくし立てた後、人懐っこい笑顔を浮かべふりふりと手を振ったかと思うと、さっさと寝室から出ていってしまった。
「………。」
「………。」
かくしてゲリラ豪雨の様に突然かつ激しく安藤家に降りかかった災難はどうやら無事に終息を迎え、寝巻のまま呆然となった祐介と、隣で脱力した最愛の妻、恭子だけが寝室に残された。
「はははっ、はあぁ……」
事情を一切説明されず、ただただ目の前で妻と娘がかわるがわるに話す内容を自分なりになんとか整理をつけてみようとも思ったが、上手く頭が回らないのですぐにあきらめた。それでも自慢の末っ子が自分たちのことを心配して行動してくれたこと、目に入れても痛くないほど可愛い長女が問題の解決に尽力してくれたことが分かって祐介は嬉しかった。だから力の抜け切った口からため息と乾いた笑いをこぼしたのだった。しかしその笑い声を聞いて恭子は我に返ったのか、元々白く美しい顔色をさらに蒼白にしたかと思うと祐介の前で土下座をし、畳に額をこすりつけながら謝罪の言葉を口にした。
「旦那様、本当に…本当に申し訳ありませんでした!!混乱していたとはいえ、旦那様を疑ってしまい、あまつさえできもしない自分自身に嫉妬の炎を燃やし、ご迷惑をおかけしてしまいました…」
妻の謝罪の声はところどころ可愛そうなくらい震えていた。
「旦那様のお気持ちが晴れるならどんなことでもいたします。ですからどうか、どうか私を…お許しください!!!」
「恭子…」
妻の名前を口にしてそっと肩に手を置く。
祐介は正真正銘怒ってなどいなかった。確かに朝の起きぬけに怒気に身を震わせる妻に迫られ、それはそれは肝が冷えたのだが、事情を断片的ではあるが知った今ではむしろこんなことをしてしまうほど自分のことや家族を愛してくれる妻が可愛らしくて、愛おしくて堪らない。だから勘違いしてしまった彼女を慰めこそすれ、許さないだとか叱責するなんてことをしようだなんてこれっぽっちも思わなかった。
「っすみません、本当にすみませんでした…どうか、どうか許してください…」
ところが妻は自分が腹をたてていると思っているのか、肩を掴まれるとびくりと体を大きく震わせた後、ただただ謝罪の言葉を繰り返した。
「落ち着いて、恭子。俺はちっとも怒ってなんかいないから…」
まるで先ほどと立場が完全に逆転してしまったなと苦笑いしつつ、できるだけ優しい声で妻に話しかける。
「だから、ね。顔を上げて…。じゃないとなんだか俺が恭子をいじめているみたいじゃないか。それとも俺が怒っていないって言葉を信用できない?」
「……ぅ」
妻の弱り目につけ込むのは申し訳ないと思ったが、このままでは事態は動かないと考え祐介はあえて彼女を刺激する様な言葉を投げかける。すると予想した通り、自身の感情を優先するよりも祐介を困らせてはいけないと判断した恭子はゆっくりと顔を上げる。
「ああ、ほら…額がこすれて赤くなってるじゃないか。ん、ちゅ…」
「あ、旦那様……」
さきほどまで畳に押しつけられていた額は痛々しく赤くなっている。
それを少しでも和らげてあげたくて、効果があるかというふうに考えていたわけではないが、無意識のうちに祐介は恭子の頬に手をそえ額にキスした。彼女は唇をその身に受けた瞬間、自分が何をされたのかわからないのかきょとんとしていたが、すぐに状況を把握し顔を真っ赤に赤らめた。突然の祐介の行動に驚いたせいか、心なしか落ち着きを回復した妻にゆっくりと話しかける。
「確かに吃驚したし、恭子を怒らせてはいけないなって心の底から思ったけど…あれは俺や家族の事を愛してくれているからこその行動だって分かっているよ。」
「………。」
「だから…恭子が罰を受ける必要も、そんなに思いつめる必要もない。俺は間違ったことをいっているかい?」
「………いいえ、旦那様のおっしゃる通りです。ですが」
「じゃあ、話しはここまで。これからいつもの恭子に戻ってくれればそれで解決だ!!」
祐介は明るい声で終結宣言をする。
「…はい。」
しかし、彼女の反応は芳しくない。
「(ああ、そうか…例え俺が許したとしても彼女は自分自身が許せないのか。)」
夫の言葉を飲みこみ、必死に自分に言い聞かせるように俯く彼女の様子を見て、彼女が何に悩んでいるのかをなんとなく理解した。恭子は人一倍真面目で真っ直ぐな性格をしている。それは小学生のころから共に過ごしてきた祐介が誰よりも理解している。そんな彼女はおそらく何も罰が与えられない自分が許せない、そんな妄執に凝り固まっている。感じる必要のない自責の念で心がいっぱいなのだ。きっとこのままでは彼女に大きなストレスがかかってしまうだろう。だから、祐介は彼女の気を反らす為の馬鹿馬鹿しい『お願い』をしてみようと考えた。
「いや、でもそうだな〜いきなり叩き起こされて、浮気を疑われたんだから少しぐらい俺がいい目を見てもいいのかもしれないな〜。」
「!!」
「だからさ…今から俺とセックスしてよ、恭子。」
「は、はい…分かりました」
祐介の言葉を聞いた恭子はそんなことでいいのかと疑問符を浮かべていた。
なにせ二人が性交することは日常茶飯事の事であるし、何故夫がこのタイミングでわざわざそんな提案したのかその真意を測りかねているようだ。しかしすぐに了解し、祐介ににじり寄る妻にさらに要求を求めていく。
「ただし、ただセックスするだけじゃ芸が無いから…」
「?」
「これから少しの間、俺に対する敬語は禁止。そして俺の呼び名は昔恭子が呼んでくれていた呼び名で呼んでくれ。」
発想となったのは先程まで見ていた夢の内容。
人によっては問題にすらならないお願いかもしれないが、正式に結婚することが決まって以来口調や態度を『妻』にふさわしいものに変え、例え睦み合っている最中であっても頑なにそれを守ってきた恭子にとってみればこのお願いは効き目があるだろう。それも罰となるほど酷くもなく、かといって一切の躊躇いや恥がないわけではないという程度に。
「え、そ…それは」
案の定、祐介の要望を聞いた恭子は耳の先まで真っ赤にして羞恥心をあらわにさせ、表情に僅かばかりの抵抗の色をにじませる。
「ん〜?さっき『旦那様のお気持ちが晴れるならどんなことでもいたします。』って言ったのは恭子だよね?」
「う…でも」
「出来るよね、恭子?」
「………分かったわ、ゆう君。」
夢の中で見たように、顔を真っ赤に染めながら昔の呼び方で祐介を呼ぶ妻が可愛くて可愛くて、堪らず恭子の美しく形のいい唇にキスをする。
「よくできました…ちゅ、ちゅ…んちゅ、ちゅぷ…ちゅ、ちゅぅ」
「あん、ちゅく…んふぅ」
まるで妻はファーストキスの時の様に体を強張らせ、キスを受け止める。
祐介は最初に軽く啄ばむ様な口づけをして、恭子の緊張をある程度和らげた後に舌を彼女の口内へと滑らせていく。いつもであれば進入してきた舌に待ってましたといわんばかりに絡みついてくる蛇の舌はなりを潜めていた。それがなんだか愉快で、執拗に舌の表面を舐めまわしてみたり、彼女の上あごに押し当てるように舌を持ち上げ扱くように愛撫を繰り返すなどし、時間をかけて恭子の口腔をじっくりと堪能する。
「っぷはぁ…はあ、ゆう君…激しい…♡」
そうしてしばらく激しいキスを交わし、お互いに息が苦しくなったところで口を放した。
すると二人の間にはお互いの唾液で出来たいやらしい橋がかかり、それを焦らすように揺さぶる荒い息が吐き出される。顔を赤く染め、息を荒げる恭子は何時になく艶やかで祐介を否応が無く昂ぶらせる。
「仕方ないよ。だって恭子が久しぶりに俺の事を『ゆう君』だなんて呼んでくれるんだもの。興奮するなって方が無理な話さ」
「もう…バカ。でも…嬉しい♡」
若かりし頃の、しかしあの頃にはない色気や艶やかさを全身から醸し出す、すっかり大人の女となった彼女が紅に染めた顔を破顔させる。それはお互いの気持ちを伝えあい、初めて二人が身も心も結ばれた遠い昔の、祐介の男根を受け入れ震えながら嬉しそうに笑っていた恭子を想起させた。そしてねっとりと絡みつく様ないやらしさの中に少しばかりの爽快さを感じさせるその笑顔は、しっかり前儀をして妻を感じさせてあげなければいけないだとか、彼女を安心させてあげなければといった祐介の思いを忘れさせるには十分な威力を持っていた。
「なあ…恭子。俺、もう我慢できない」
「え?きゃあ!?」
恭子を布団の上に無理矢理押し倒す。
突然の事に声を上げる恭子を半ば無視すように祐介は上にのしかかり、彼女の下着をはぎ取り自身の性器を露出させる。
「もう限界だ、恭子の中に入れたい…」
「うわぁ…この感覚、なんだか懐かしい…なんだか、ここもいつもより元気な気がするわ♡」
彼女の手が勃起するイチモツにふれた。それだけで強い快感が体を突き抜けていく。
「ああ、もう我慢できない!!」
「うふふ、なんだか…ゆう君、可愛い♡ほら、きて♡」
「ああ、いくぞ…恭子!!」
「あんっ…おおきい、の…きたぁ♡!!!」
ズポッ…ジュヌヌヌ、ジュプ…ズムッ
ガチガチに凝り固まったペニスがヴァギナをかき分けていく。
彼女の蜜壺は驚くほど暖かく、そして濡れていた。柔らかく適度な弾力をした淫肉はたっぷりと甘い愛液を纏って剛直に絡みつき、何の抵抗もなく剛直をその奥へと飲みこんでいく。
「くっ…恭子、恭子っ!!」
「は、激しい…ゆう君、ゆう君♡!!」
絡みつく雌穴の感触に溜まらず、祐介はいつになく荒々しいピストンを開始する。
それはその昔、ただただお互いに自分の性欲を相手にぶつけるだけの様な、そんな勢いに任せただけの拙いセックスに似ていた。祐介は恭子のヴァギナを滅茶苦茶にするように一心不乱にペニスを突き入れていき、恭子はそれを嬉しそうに受け止め、ぐちゃぐちゃと自身の淫肉がかき回される感触や、柔らかい亀頭で激しく子宮口を突きあげられる強い刺激に酔いしれた。既に二人からは理性が消え、ただただ嬌声とお互いの名前を口にしてその身を絡みつけていくだけだった。
「恭子、俺…もうっ」
そんなセックスの限界は早く訪れる。
普段であれば体位を変えたり、軽い愛撫や接吻、彼女の下半身で愛撫されるなど様々な事をたっぷりと時間をかけて楽しむ二人だが、思春期の二人がする様な、まるでスポーツのようなセックスは早くも絶頂をむかえようとしていた。
「!!きて、私の中に…ゆう君のザーメン、たっぷり出して!!」
「っ、出す…出すぞ、恭子!!」
びゅる、びゅく…ドクッドクン
「あぁ♡きた!!ゆう君のがたっぷり私の中に♡!!!」
ペニスが苦しげに震えたかと思うと、弾けるように恭子の中でオスの欲望を吐きだした。
愛しい夫の歓喜と共に恭子も絶頂をむかえ、大きな喘ぎ声を上げた後に体を細かく痙攣させる。彼女が感じたエクスタシーは非常に大きいのか、眼を瞑りただただ幸せそうに身を震わせている。その様を見ると祐介の中でむくむくと欲望が膨らみ、精液を出したばかりのペニスが痛いほどいきり立ってしまう。
「ふふ、出した…ばっかりなのに、もうこんなに固くしてる♡」
「ああ、堪らないよ。恭子の色っぽい姿を見ると…我慢できない」
すると恭子は悪戯っぽく笑った後、腕を祐介の首の後ろにのばして組み、そして下半身を正上位のまま圧し掛かっている夫の下半身に巻きつけながらおねだりを始める。彼女の表情からは先程まで浮かんでいた後悔やもう質は消え失せ、いつも通りの淫靡で美しい妻のものへと戻っていた。それが嬉しくて、祐介も力強く妻を抱きしめる。
「なら…ゆう君の美味しい精液を私に…もっと頂戴♡」
「勿論さ、恭子」
耳元で囁かれた艶っぽい言葉を切っ掛けに祐介は腰の動きを再開する。
こうして二人の寝室には、先程までの怒号の代わりに嬌声が長い時間鳴り響いたのだった。
14/06/07 11:16更新 / 松崎 ノス
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