連載小説
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前篇
暑く湿った空気が体に纏わりつく様な、寝苦しい夏の夜。
月明かりが照らすその部屋の中では、暑さなど気にもしていないと言わんばかりに一組の男女が身を重ねていた。否、もっと正確に言えば女が男の体に自身の体を巻きつけていた。

女は下半身が蛇の姿をしたラミアの、ジパングにのみ生息する白蛇とよばれる魔物娘。
純白の髪、血管が透けて見える様な美しく白い肌、蛇の下半身を覆うしろがねを思わせる綺麗な鱗。まさに白蛇という存在を体現した様な美しさを誇る彼女は、無我夢中でペニスを貪っている。普段見るものに凛々しさを感じさせる切れ長の目尻はだらしなく下がり、浮かぶ瞳は淫乱に蕩け、整った鼻梁からのびる小さな鼻からは荒い息が、そして吸いつきたくなるほどぷっくらと可愛らしい口からは愛を語る言葉と喘ぎ声が絶え間なく吐き出される。
「愛しています、旦那様・・・誰よりも、誰よりも♡!!」
「ああ、俺も愛してる。俺が愛するのは生涯お前だけだ。」
まるで捕まえた獲物を確実に絞め殺すように、ゆっくりとその身に力を込めて体の自由を奪う女に向かって男は愛を囁く。
「当り前です…そんなことは当たり前なのです♡私の全てが旦那様のもので、旦那様の全ては私のもの。愛して、愛して…骨の髄まで愛し尽くして差し上げます♡」
自身の発言でさらに悦に入ったのか、女は頬を真っ赤に紅潮させ体に力を込めた。
シュルシュルと鱗がすれ合う軽い音をたてながら、健康的に日焼けした男の体を締め上げていく。有無を言わさず自身の体に絡みつかれ、男はたまらず溜まらずうめき声を上げた。けれどそれは人体が害される苦痛によって漏れるものではなく、あきらかに快楽によって吐きだされたものだ。

「っうあ…あ、ぐあぁ…」
「ふふふ…私の締め付け、そんなに気持ちいいいですか?」
「ああ、最高だよ。もう少しも我慢できないほど…ね。」
「私の膣で苦しげにペニスが痙攣してますものね。いつでも構わないので私の中にたっぷりと出してください♡そう、三人目ができるほど濃くてたっぷりのザーメンを♡」
そう言った女は男の顎を掴み、覆いかぶさるようにキスをした。
あぐあぐと咀嚼する様な激しい、貪る様なキスを受けた男は目を白黒させ快感に身を震わせる。そして一度大きく目を見開いたかと思うと、背中と腰をびくびくと大きく痙攣させた。それは紛れもなく射精を行ったサイン、男がその欲望を女の胎内に解き放った姿だった。同時に精液をその身に受けた女も体を強張らせて絶頂していた。男とは対照的に静かで、だが深く強いエクスタシーは女から思考と動きを奪い去っていた。

それからしばらくお互いに身を寄せ合い静かに抱き合った後
組み伏せたオスが屈服した姿を愛おしげに眺め、満足そうに下腹部を撫でながら女は唇を離し満足げに話しかける。
「っぷは…たぁっぷり出しましたね♡そんなに私を孕ませることを想像して興奮したんですか?」
「…ああ。あんなことを愛する奥さんから言われて興奮しない夫なんかいるわけないよ…。」
「そういっていただけるのは女として最高に嬉しい事です。でも…」
「?」
男の頬にそっと手をそえ、真っ直ぐに瞳を見つめる。
「これだけじゃあ…まだまだ足りません♪」
「分かってるよ、俺だけのいやらしくて可愛い奥様♡」
「ふふ、今夜は寝かせませんよ?徹底的に搾って差し上げますから…覚悟してくださいね、旦那様♡」

再び暗い室内に卑猥な水音と悩ましい嬌声が奏でられる。
こうして二人は夜遅くまで、片時も離れることもなく愛し合ったのだった。








朝日が照らす清潔に手入れされた台所。
そんな女の戦場でてきぱきと料理をする割烹着を着た白蛇の姿、具を切る軽快な包丁の、年季の入った鍋で味噌汁が煮える音。そんないつもの朝の風景が安藤家で繰り広げられていた。

その白蛇の後ろ姿はなんともなまめかしく、しかし同時に強く清らかな母性を見る者に感じさせる。

「うん、美味しい。今日もいい出来♪」
味噌汁の味見をし、満足のいくできに安藤恭子は頬を緩ませた。
夫である祐介や二人の娘たちに少しでも美味しい料理を食べて欲しいと常に思っている恭子は料理に決して手を抜く事はない。例えどんなに昨晩夜更かししても、幼馴染である夫の元に嫁いで以来毎朝同じ時間に目を覚ましこうして朝御飯を作っている。確かに静かに寝息を立てる夫に寄り添って二度寝するという手ごわい誘惑があるにはあるが、面倒であるだとか大変だと思ったことは一度もない。なぜなら恭子が作った料理を食べて家族が笑顔になるだけで、他では決して得る事の出来ない喜びや満足感が心の中に巻き起こるからだ。

「さて、ご飯はもうすぐ炊きあがるから…もうそろそろ旦那様達を起こそうかしら。って、あら?」
水菜の胡麻和えを小皿に取り分けながら、家族を起こすべきか否かを考えていると背後に気配を感じた。
「おはよう。お母さん。」
眠たげに眼をこすり上げながら台所に入ってきたのは、恭子にとって二人目の娘、美緒だった。
「はい、おはよう。美緒は一人で起きてきて偉いわね〜。」
「んむぅ…子供扱いしないでよぉ、お母さん。」
えらいえらいと頭をなでながら恭子がそういうと美緒はやや不服そうに下唇を突き出すが、頭を撫でられること自体は嫌ではないのか目を嬉しそうに細めじっとしていた。

美緒は今年で六歳になる。
今年の春からようやく小学校に通い始めたばかりだ。だが、美緒は本当に手がかからない。夜泣きなど一度もしない赤ん坊だったし、決して無闇にぐずったりわがままを口にすることもない。最近ではこうして必ず一人で起きて恭子の手伝いまでしてくれるほどだ。賢くて、優しくて、思いやりのある本当に自慢の娘である。
「うふふ、ごめんなさいね。それじゃああともう少しで朝御飯が出来るから、お姉さんな美緒ちゃんはお母さんを手伝ってもらえるかしら?」
「うん。分かった。そういえば今日の朝御飯はなに?」
「今日は御みそ汁と水菜の胡麻和えと〜」
「?」
「ハムエッグ♪」
「ホント、お母さん!?」
自分の大好物が今日の一品であることを知った美緒の顔に、年相応の眩しいほど可愛らしい笑顔が浮かぶ。
こちらが心配になるほど大人びているが、美緒はこういうふとした瞬間に子供らしい表情を浮かべる。それが堪らなく可愛いくて、そんな彼女が見たくて、もっと母である私に甘えてもいいのよといつもいうのだが、そう言われた途端に再び大人びた態度に逆戻りしてしまう。何とも子育ては難しい、手はかからないがそう思わせてくれる末っ子さんである。
「ええ。美緒のために腕によりをかけてつくるわよ〜。だからお母さんがハムエッグを作っている間に、お寝坊さんなお父さんと咲お姉ちゃんを起こしてきてもらえるかしら?」
「わかった〜。二人を起こしてくるね!!」
「はい、お願いしますね。」
「いってきます!!!」
誇らしげにびしっと気をつけの恰好をしたかと思うと、美緒は滑るように二人を起こしに向かった。
その後ろ姿にはやる気が満ち、尻尾の先が機嫌よさそうに揺れる。きっと美緒の頭は大好きなハムエッグのことや、母親である恭子に頼りにされたことからくる嬉しさでいっぱいなのだろう。恭子も遠い昔であるが、母親に褒めてもらったり、おつかいを頼まれた時に似たような感情を抱いた記憶が確かにある。自分が幼いころ、美緒ほどしっかりしていたと言う自覚はないが、もしかしたら母親もこういう気持ちだったのかなと思うと、なんだか無性に微笑ましい気持ちになった。

「さて、あの子のためにも…美味しいハムエッグを作ってあげなきゃね♪」
そんな気持ちを胸に秘めつつ、娘の姿を見送った恭子は冷蔵庫から卵を取り出した。
あの笑顔を翳らせないためにも、しっかりと料理しなければ。

改めて、恭子は気を引き締めたのだった。







恭子は半熟が苦手だ。
そういう母親に育てられたと言うのも要因として大きいが、自分で料理し始めてもどうしても半熟にしようと意欲はわいてこない。だから、ハムエッグにせよ卵料理は完全に火を通している。
「よし、あとは蒸らせばオーケーっと。」
家族の人数分、四つの黄身にしっかりと熱が通ったことを確認した恭子はフライパンに蓋をした。おそらく、もうすぐ美緒が二人を起こして戻ってくるだろう。再び美緒の可愛らしい笑顔が見られるのが楽しみでならない。

だが、そんな恭子の期待は予想もしなかった事態によって打ち砕かれてしまう。


「…ぅう、お母さん。」
なんと少し前まであんなに嬉しそうに台所を飛び出していった美緒が、必死に泣くまいとしかし目に涙をにじませながら帰って来たのだった。そんなことが起きるなんて考えもしなかった恭子は、驚き慌てて美緒の元に駆け寄った。
「……。」
「!?み、美緒…どうしたの、何があったの!!?」
「………ぉ母さん」
美緒の肩に手を置き、身をかがめ視線を美緒の高さに持っていくと、ほんの少しばかり落ち着きを取り戻したかのように美緒は恭子の名前を呼んだ。その声はか細く消えてしまいそうだ。
「お母さんはここにいるわ。だから落ち着いて、ね。」
「ぅん……」
「何があったの、美緒。あなたがそんなに悲しそうにしていたらお母さんまで悲しいわ。」
「………。」
「だから、ね。お母さんに何があったか話して頂戴。」
恭子は半ば懇願するように、健気に口を噤む娘に理由を尋ねる。
どんな理由でこの子がここまで悲しんでいるのか分からないが、その悲しみの根源を少しでも早く取り除いてあげたい、そんな一心だった。

「……あのね、お母さん。」
「なあに、美緒?」
「お母さんとお父さんは……愛し合ってるんだよね?」
「……え?」
しかし、情けなく狼狽する母親に投げかけられた質問は、これまた恭子が想像すらしなかったものだった。
「ごめんなさいね、美緒。ちょっと質問の意味が、その…お母さんにはよくわからないのだけど。それはどういう意味で質問しているのかしら?」
「…………。」
恭子の、質問への答えでは無く逆に疑問を呈する言葉を聞いた美緒は、眉毛を情けなくハの字に曲げたかと思うと下を向いてしまった。何が何だか要領を得ないが、恭子は彼女が期待していないことをしてしまったようだ。
「……ごめんなさい。美緒の質問に答えず質問したのは確かにお母さんが悪かったわ。ちゃんと答えるわね。」
一旦言葉を切り、深呼吸して答える。
「お父さんとお母さんはは、愛し合っているわ。お母さんは誰よりもお父さんを愛しているし、お父さんはどんな女性よりもお母さんを愛してくれている。だからこそ、美緒や咲お姉ちゃんがこの世に生まれたのよ。あなたたちが私たちの愛の象徴のような存在なの。」
「!!」
恭子の言葉を聞いた美緒は心なしか明るい表情になったように見えたが、それでも直ぐに表情を曇らせ何かを考えるように俯いてしまった。
「さあ、お母さんはちゃんと美緒の質問に答えたわ。次は美緒がお母さんの質問に答えてくれるわよね?」
「……お父さんが」
「お父さんが?」

「お父さんが……浮気しているかもしれないの。」

魔物娘は例え幼くても、その本質は変わらない。
そのことは広く知れ渡っている事実だし、どんなに幼い姿であっても魔物娘は魔物娘でありオスを求める淫乱なメスだ。だからこそ美緒も幼いなりにも白蛇として配偶者に譲れないポイントがあることはよくわかるのだろう。

そう、白蛇にとって何よりも嫌なことは相手に浮気されること。
勿論個人によって程度があるが、中には同じ空間に他の女性が居るだけで『浮気』だと憤慨して青白い嫉妬の炎を体から吹き出し、夫を徹底的に支配してしまうものもいる。恭子はそこまでではないものの、だからといって自分は嫉妬深くありませんなどと気楽に言えるほど広い心では無い事をちゃんと理解していた。だからこそ、そんなことが起こらないよう夫と交わる度に体だけでは無く心も交わらせ、夫が他の女に現をぬかさないよう心掛けてきたつもりだ。

「……え?」
そんな恭子にとって美緒の口から放たれた言葉はまさに青天の霹靂、不意打ち以外の何物でも無かった。
信じられない、それが正直な気持ちだ。だって昨日だってあんなに二人で愛し合って、夫からは私の匂いしか、私の魔力しか感じられなかった…あの誠実で優しい夫が浮気するなんてありえないと心がそう叫び声をあげる。
「ね、ねえ…美緒。」
けれど夫を信じる気持ちと同時に、目の前で涙ぐむ娘が決して悪戯に、無闇に相手を傷つけるような事を言わないことも恭子は知っている。きっとこのことを母親に尋ねようと心に決めるまでにこの子は何度も悩んで、そして心を痛めたに違いない。
「何故、何故ね…美緒はお父さんが浮気しているって思ったか、お、お母さんにその理由を聞かせて貰えないかしら。」
「………。」
母親のみっともなく取り乱した言葉を聞き、深い悲しみと何かを決心するかのように唾を飲み込んだ美緒が口を開いた。
「さっきお父さんを起こしに、お父さんとお母さんの部屋に行ったの。そうしたら、お父さんはまだぐっすり寝ていて…」
「……。」
「いつものようにびっくりさせて起こしてあげようと思って、音をたてないようにゆっくりゆっくり近寄ったの……そしたら」
「そしたら?」

「お父さんが、知らない女の人の名前を何度か言った後とっても優しい声で『愛しているよ』って寝言でいってたの……だから、だからお父さんは他の人とって…」

その言葉はまるで稲妻のように混乱する恭子に容赦なく降り注いだ。
そして稲妻を受けた枯木がそうなるように、全身に嫉妬の炎が噴き出しているのが分かった。

「お、ぉ母さん?」
まるで幽鬼のようにゆらりと、力なく立ち上がった母親を心配そうに美緒が見上げる。
腹の底からわき上がる怒りが噴き出しそうになるが、なんとか堪える。目の前にいるのは必死に事実を伝えてくれた最愛の娘だ。こんな感情をぶつけることは絶対にだめだ。だってその感情を向けられるべき対象はちゃんといるのだから。
「ああ、ハムエッグを作り終えていてよかった……」
「え?」
「ねえ、美緒。私はこれからお父さんと『お話し』しなければいけないの。」
「………。」
「フライパンにハムエッグがあるから、それをお姉ちゃんと二人で食べてね。」
そう言うや否や、恭子は割烹着を脱ぎ捨て寝室に向かった。

これまで幾度も朝を迎えてきたが、こんなに最悪な気分で迎えた朝は初めてだ。

先程まであんなに美緒のことで暖かい気持ちに包まれていた恭子の心は、正反対のようにささくれ立ち荒れている。

「ごめんなさい、美緒。こんな母親で…でも」

私だって、女なの。

こればっかりは、どうしようもないの。


寝室の襖を勢いよく開けると、そこには心地よさそうに眠る祐介がいた。
涎は垂れていないものの、その口は幸せそうに口角があがっている。

その笑顔ははたして誰によるものなのか

それを確かめるため、私は眠っている夫に襲いかかったのだった。



14/06/02 02:25更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
ほのぼのとした家族ものともう一つのテーマを合わせたものを書いてみたいと思い、書き始めてみました。

前半だけ見れば、どこがほのぼのなんだよという感じしかしませんが(笑)。

ちゃんと完結できるよう頑張ろうと思います!!

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