第八記 -サイクロプス-
「…どうぞ」
…鉄の厚い扉を押すと………押す、と………開かない。
見た目に反せず、すごく重量があるようだ。びくともしない。
身体を押し当てて…気合の一声。合わせて、押す………押す……。
…開かない。
「………」
…ふと、気付く。前にも同じことがあった気がする。
この扉…引いて開けるタイプなのかもしれない。うん、きっとそうだ。
数歩後ろに下がり、手前に引くと…。
「………」
………開かない。やっぱり開かない。
…鍵穴は無い。もう一回押す。うんともいわない。
もう一回引く。すんともいわない。
…途方に暮れる。
「…引き戸…」
……簡単に開いた。
……………
………
…
「ほな、ぷーちん、毎度な〜♪」
商談を終えた刑部狸…ポコさんが、高下駄を鳴らして帰っていった。
…名刺と一緒に貰った、この…飲み薬? 中身、なんだろう…。
虹色で、ゴボゴボいってる時点で怪しさ満点だけれど…。
まぁ、いいや。今度家に来てくれるって言っていたから、その時に聞こう。
今はそれよりも…。
「………」
ガンッ、と、響き渡る…鈍い音。
私の背丈の半分はあろう大金槌が、ぶんっと振り上がる。
また…ガンッ、と、鈍い音。
「………」
赤白く熱せられた鉄板が、ほんの少しだけ形を変える。
それを火箸でくるりと返し、再度、嘶く。
「………」
水で冷やし…出来を確認しているのか、板に目線を合わせている。
………と、今度は、一般的なサイズの手鎚を取り出し、細かく叩き始めた。
「………」
…鍛冶には、向こう鎚と手鎚がいる。前に、パン屋のおばさんが教えてくれた。
師匠が手鎚、弟子が向こう鎚を取って、それぞれ微調整と延ばしを行う。
師匠の掛け声に、弟子は力を込めて、向こう鎚を振るう。すると、より強い金属ができる。
延びきったら、折り畳み、泥をかけて、熱し、また向こう鎚を打って延ばしていく。
時折、師匠が手鎚で形を整える。これを、何度も、何度も、何度でも繰り返す。
幾重にもなった金属は、どんな盾も貫き、どんな矛も弾き返す。師弟の絆みたいに。
…なんでパン屋のおばさんとこんな話になったのかは、忘れちゃったけれど。
ぷーさんはそれを全部ひとりでやっている。誰の手を借りることもなく。
「………」
腰に少し痛みを感じ、座り直す。水晶の椅子は、私には合わないみたい。
「………」
…サイクロプスは、魔物の中でも非常に珍しいタイプの種族。
何がと言うと、人間を襲うことがまったく無い。まったく。
それどころか、仕事以外での関わり合いは避けるという徹底ぶり。
うーちゃんメモによると、それは魔物に対しても同じらしい。
会う機会があるのは、一部の商人や戦士のみ。ほとんどが鍛冶の依頼。
あの教団ですら依頼することがある…という噂も耳にしている。
無害で、有能。だから、誰からも頼られている。うーちゃんメモ談。
「………」
私は、今、何かを依頼して、それの完成を待っているわけじゃない。
今日の仕事を終えるまで、ここに居させてほしいと頼んだのだ。
最初は断られたけれど、何度もお願いしたら、了承してくれた。
「………」
…そう頼んだ理由は、研究のため…というのは、もちろんある。
ただ…もうひとつ、研究とは関係なく、気になることがある。
知りたいのは、むしろそっちの方で…。
「………」
…銘切りが終わった。つまり、完成。
黒曜石の両刃長剣。黒光りした刃身がカッコイイ。
「…楽しい?」
不意に、大きな瞳がこちらに向き、問われる。
「見ていて」
頷く。
―かっこいい。
思ったままに答える。
「………」
…剣を鞘に納め、立て掛ける。
椅子を引いて…私の隣に、腰掛けるぷーさん。
「…ソラ」
名前を呼ばれる。
「ソラ、だっけ」
頷く。
「………」
じっ…と見つめられる。なんだろう、にらめっこしてる気分。
「…鍛冶は、好き?」
…少し考えて…見てるのは、と返す。
「………」
………手を伸ばし、テーブル上に置いてある手鎚を一本、ぷーさんが手に取る。
「…やってごらん」
予想外の申し出に、驚く。
差し出される手鎚。…戸惑いながらも、受け取る。
「………」
ぷーさんが席を立ち、また火の前に戻っていく。
私も席を降り、その後を追う。
「………」
…タタラから玉鋼を取り出し、テコ付け。それが金敷に敷かれる。
「…こっち」
ぷーさんに肩を引かれ、促されるまま金敷の前で立て膝になる。
「…これを着けて…」
外したての、大きな皮手袋。…かなり、ぶかぶか。間接一つ分足りない。
「………」
背から覆うような形で…私の手に、ぷーさんの手が添えられる。
素肌の、青い指が、ぶかぶかの手袋越しに…私の手を握る。
握り締められる、テコ棒と、手鎚。
「…こう」
手が振り上げられ…すごい勢いで、落とす。
カンッ、と響く、高い音。
「…やってごらん」
…痺れる手を振り上げ……落とす。
キンッ、と響く、甲高い音。
「…もっと、強く」
振り上げ……落とす。
跳ねる火花。
「…もっと」
振り上げ……落とす。
焼ける金属の熱が、顔を火照らせる。
「………」
……振り上げ…落とす。
振り上げ…落とす。
「…上手」
掴み、今度は小刻みな打ち方。
変な延び方をしていたところが、整っていく。
「…もう一回」
…振り上げ…落とす。
振り上げ…落とす。
「………」
振り上げ、落とす。
……………
………
…
「…ソラ」
研ぎの作業に入って暫く。作品が完成形に近付いていく。
そんな折、すぐ後ろから私を呼ぶ、ぷーさん。
「…魔物は、好き?」
…頷く。
「…私も、人が、好き」
砥石に水を流し、再度研ぐ。
「…それ以上に、鍛冶が、好き」
位置をずらし、刃先が均等になるよう注意する。
「…お母さんも、お婆さんも、鍛冶が、好き」
刃の滑る音が、石壁に響く。
「…私の子供も、きっと、鍛冶が、好きになる」
炉の火は絶えず、なお燃え盛る。
「…神は、私を、嫌ったけれど」
工房には、人間がひとりと、魔物がひとり。
「…皆は私を、好いてくれた」
身体を合わせ、刃を研ぐ。
「…鍛冶は、ずっと、好いてくれた」
力を合わせ、刃を研ぐ。
「…今日、またひとり、それが増えた」
…砥石から離し、灯に傾ける。
「ソラが、鍛冶のようで、ありますように」
……………
………
…
月明かりの道を、ゆっくり歩く。
手には、私の銘入りの包丁。小振りな、自分の手に合わせたサイズ。
また来てほしい、とぷーさんが言ってくれたことを思い出しながら、鼻歌を紡ぐ。
今度はおみやげも持っていこう。ももちゃん用のカウベルとかも作ってもらおう。
今からもう、次に行く時のことを考えて、わくわくしちゃう気の早い自分。
…私の気になっていたことは、余計なお世話…勝手な思い違いだった。
ぷーさんには、あんなに素敵な友達がいる。ずっとずっと前からの。
私は今日からお友達。追い付けるよう、頑張らなきゃ。
月明かり、ふんわり落ちてくる夜。
工房に、ふたりっきりの、夜が来る。
……………
………
…
…鉄の厚い扉を押すと………押す、と………開かない。
見た目に反せず、すごく重量があるようだ。びくともしない。
身体を押し当てて…気合の一声。合わせて、押す………押す……。
…開かない。
「………」
…ふと、気付く。前にも同じことがあった気がする。
この扉…引いて開けるタイプなのかもしれない。うん、きっとそうだ。
数歩後ろに下がり、手前に引くと…。
「………」
………開かない。やっぱり開かない。
…鍵穴は無い。もう一回押す。うんともいわない。
もう一回引く。すんともいわない。
…途方に暮れる。
「…引き戸…」
……簡単に開いた。
……………
………
…
「ほな、ぷーちん、毎度な〜♪」
商談を終えた刑部狸…ポコさんが、高下駄を鳴らして帰っていった。
…名刺と一緒に貰った、この…飲み薬? 中身、なんだろう…。
虹色で、ゴボゴボいってる時点で怪しさ満点だけれど…。
まぁ、いいや。今度家に来てくれるって言っていたから、その時に聞こう。
今はそれよりも…。
「………」
ガンッ、と、響き渡る…鈍い音。
私の背丈の半分はあろう大金槌が、ぶんっと振り上がる。
また…ガンッ、と、鈍い音。
「………」
赤白く熱せられた鉄板が、ほんの少しだけ形を変える。
それを火箸でくるりと返し、再度、嘶く。
「………」
水で冷やし…出来を確認しているのか、板に目線を合わせている。
………と、今度は、一般的なサイズの手鎚を取り出し、細かく叩き始めた。
「………」
…鍛冶には、向こう鎚と手鎚がいる。前に、パン屋のおばさんが教えてくれた。
師匠が手鎚、弟子が向こう鎚を取って、それぞれ微調整と延ばしを行う。
師匠の掛け声に、弟子は力を込めて、向こう鎚を振るう。すると、より強い金属ができる。
延びきったら、折り畳み、泥をかけて、熱し、また向こう鎚を打って延ばしていく。
時折、師匠が手鎚で形を整える。これを、何度も、何度も、何度でも繰り返す。
幾重にもなった金属は、どんな盾も貫き、どんな矛も弾き返す。師弟の絆みたいに。
…なんでパン屋のおばさんとこんな話になったのかは、忘れちゃったけれど。
ぷーさんはそれを全部ひとりでやっている。誰の手を借りることもなく。
「………」
腰に少し痛みを感じ、座り直す。水晶の椅子は、私には合わないみたい。
「………」
…サイクロプスは、魔物の中でも非常に珍しいタイプの種族。
何がと言うと、人間を襲うことがまったく無い。まったく。
それどころか、仕事以外での関わり合いは避けるという徹底ぶり。
うーちゃんメモによると、それは魔物に対しても同じらしい。
会う機会があるのは、一部の商人や戦士のみ。ほとんどが鍛冶の依頼。
あの教団ですら依頼することがある…という噂も耳にしている。
無害で、有能。だから、誰からも頼られている。うーちゃんメモ談。
「………」
私は、今、何かを依頼して、それの完成を待っているわけじゃない。
今日の仕事を終えるまで、ここに居させてほしいと頼んだのだ。
最初は断られたけれど、何度もお願いしたら、了承してくれた。
「………」
…そう頼んだ理由は、研究のため…というのは、もちろんある。
ただ…もうひとつ、研究とは関係なく、気になることがある。
知りたいのは、むしろそっちの方で…。
「………」
…銘切りが終わった。つまり、完成。
黒曜石の両刃長剣。黒光りした刃身がカッコイイ。
「…楽しい?」
不意に、大きな瞳がこちらに向き、問われる。
「見ていて」
頷く。
―かっこいい。
思ったままに答える。
「………」
…剣を鞘に納め、立て掛ける。
椅子を引いて…私の隣に、腰掛けるぷーさん。
「…ソラ」
名前を呼ばれる。
「ソラ、だっけ」
頷く。
「………」
じっ…と見つめられる。なんだろう、にらめっこしてる気分。
「…鍛冶は、好き?」
…少し考えて…見てるのは、と返す。
「………」
………手を伸ばし、テーブル上に置いてある手鎚を一本、ぷーさんが手に取る。
「…やってごらん」
予想外の申し出に、驚く。
差し出される手鎚。…戸惑いながらも、受け取る。
「………」
ぷーさんが席を立ち、また火の前に戻っていく。
私も席を降り、その後を追う。
「………」
…タタラから玉鋼を取り出し、テコ付け。それが金敷に敷かれる。
「…こっち」
ぷーさんに肩を引かれ、促されるまま金敷の前で立て膝になる。
「…これを着けて…」
外したての、大きな皮手袋。…かなり、ぶかぶか。間接一つ分足りない。
「………」
背から覆うような形で…私の手に、ぷーさんの手が添えられる。
素肌の、青い指が、ぶかぶかの手袋越しに…私の手を握る。
握り締められる、テコ棒と、手鎚。
「…こう」
手が振り上げられ…すごい勢いで、落とす。
カンッ、と響く、高い音。
「…やってごらん」
…痺れる手を振り上げ……落とす。
キンッ、と響く、甲高い音。
「…もっと、強く」
振り上げ……落とす。
跳ねる火花。
「…もっと」
振り上げ……落とす。
焼ける金属の熱が、顔を火照らせる。
「………」
……振り上げ…落とす。
振り上げ…落とす。
「…上手」
掴み、今度は小刻みな打ち方。
変な延び方をしていたところが、整っていく。
「…もう一回」
…振り上げ…落とす。
振り上げ…落とす。
「………」
振り上げ、落とす。
……………
………
…
「…ソラ」
研ぎの作業に入って暫く。作品が完成形に近付いていく。
そんな折、すぐ後ろから私を呼ぶ、ぷーさん。
「…魔物は、好き?」
…頷く。
「…私も、人が、好き」
砥石に水を流し、再度研ぐ。
「…それ以上に、鍛冶が、好き」
位置をずらし、刃先が均等になるよう注意する。
「…お母さんも、お婆さんも、鍛冶が、好き」
刃の滑る音が、石壁に響く。
「…私の子供も、きっと、鍛冶が、好きになる」
炉の火は絶えず、なお燃え盛る。
「…神は、私を、嫌ったけれど」
工房には、人間がひとりと、魔物がひとり。
「…皆は私を、好いてくれた」
身体を合わせ、刃を研ぐ。
「…鍛冶は、ずっと、好いてくれた」
力を合わせ、刃を研ぐ。
「…今日、またひとり、それが増えた」
…砥石から離し、灯に傾ける。
「ソラが、鍛冶のようで、ありますように」
……………
………
…
月明かりの道を、ゆっくり歩く。
手には、私の銘入りの包丁。小振りな、自分の手に合わせたサイズ。
また来てほしい、とぷーさんが言ってくれたことを思い出しながら、鼻歌を紡ぐ。
今度はおみやげも持っていこう。ももちゃん用のカウベルとかも作ってもらおう。
今からもう、次に行く時のことを考えて、わくわくしちゃう気の早い自分。
…私の気になっていたことは、余計なお世話…勝手な思い違いだった。
ぷーさんには、あんなに素敵な友達がいる。ずっとずっと前からの。
私は今日からお友達。追い付けるよう、頑張らなきゃ。
月明かり、ふんわり落ちてくる夜。
工房に、ふたりっきりの、夜が来る。
……………
………
…
12/03/08 00:11更新 / コジコジ
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