第三十九記 -ドッペルゲンガー-
…私、何してるんだろう…。
しなきゃいけないことは、分かってる。
町に出て、旅人が集まりそうな所に行くこと。
そして、私の村の方へ行く人を探して、同行させてもらうこと。
町に出なくたっていい。ここは宿屋。旅人は大勢いるはず。
部屋から出て、廊下ですれ違った人に頼めば、即OKになるかもしれない。
…たったそれだけのことが…今の私には、できない。
……………。
宿の女将さん…下半身が蛇みたいな人が、一昨日から毎日、
私の様子を心配して、部屋まで見に来てくれている。
その度に、謝罪とお礼の言葉、それと宿泊日延長のお支払い。
病院に行った方が…と言う女将さんの言葉も聞かず、一日中ベッドで横に。
………本当、何してるんだろう…。
他人に迷惑を掛けてまで…なんで動こうとしないんだろう…。
早く村に帰りたいはずなのに…。みんなに会いたいはずなのに…。
ネスさんが、私のために置いていってくれたお金も…もう残り少ない…。
……どうして……?
ネスさんと、あんなに早くお別れになったから?
それなら、もっと一緒にいたメイさん達とのお別れの方が、辛いはず。
そうじゃない。それだって辛いことだけれど、それとは違う。
違うはずなのに、ネスさんとのお別れの瞬間が、頭から離れない。
…憂鬱な、昼下がり……。
……………。
……………。
コン、コンッ。
…ノックの音。
誰だろう…。女将さん? 今朝来たのに…。
もしかして、心配になって、また来てくれたのかな…。
……出にくい…。心配を募らせちゃうだけだから…。
………重い身体を動かして………ゆっくり、ドアノブに手を掛け……開く。
……………。
………え?
「ソラちゃんっ!」
…おねえ…さん……? どうして…。
「よかった…! 無事だったんだねっ!」
ぎゅうっ…と……私を包む、懐かしい感触…。
…お姉さんだ…。本当に、お姉さんだっ…。おねえちゃんだっ!
―おねえちゃんっ!
ちからいっぱい、抱き返す。
どうしておねえちゃんがこんなところに?
なんで私がいる場所が分かったの?
どうやってここまで来たの?
…いい。そんなの、どうでもいいっ。
おねえちゃんがいる。おねえちゃんがいてくれている。
それだけでいい。それ以外…それ以外、何もいらないっ…!
「ソラちゃん…。本当に、よかった…」
おねえちゃん…。ごめんなさい…。
心配掛けて、ごめんなさい…。勝手にいなくなって、ごめんなさい…。
「…あははっ。ソラちゃん見たら、なんだかどっと疲れちゃった」
その言葉にハッとして、慌てて離れ、お姉さんにベッドで休むよう促す。
「うん。ごめん、ちょっと横にならせてもらうね」
部屋に入り…ころんと、ベッドで横になるお姉さん。
…夢じゃない。お姉さんは間違いなく、私の目の前にいる。
「…ソラちゃん、こっちに来て。お話しよう?」
お姉さんの目が、私を誘う。
招かれるままに…お姉さんが寝転ぶ隣…頭側の方で、腰を下ろす。
「どれくらい、待たせちゃった?」
…否定と謝罪を含めながら、答える。
「そっか…」
お姉さんの口癖。
なんだか、とても久しぶりに聞いたような気がする。
私がいなくなって、まだ1ヶ月も経っていないはずなのに。
「ソラちゃん」
私を呼ぶ声…と、両手招き。
犬とか猫を呼ぶ時のようなしぐさ。
私にとっては、お姉さんが頭を撫でてくれるときのしぐさ。
もししっぽが生えていたら、ぶんぶん振っていると思う。
喜び隠さず、腕の中へ。
「よーしよしよし…」
シャンプーするときのように、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
…気持ちが良すぎて…身体中の力が抜けていく……。
疲れているお姉さんに、だらけていた私が癒されている駄目っぷり。
癒してあげなきゃという気持ちはあっても、甘えたい気持ちに勝れない。
……しあわせ……。
「…髪、伸びちゃったね。でも、ちょっと大人っぽく見える」
ほんと? なら、髪、伸ばそうかな…。
あ、でも、お姉さんはどっちの方が好き?
お姉さんが好きな方の髪にしたい。髪型も、決めてほしい。
「お姉ちゃんね、歳かな〜…、この前、白髪が一本だけ生えてたの」
お姉さん、まだ21歳でしょ? たまたまだよ、きっと。
それとも…私が心配掛けちゃったせいかな? だとしたら、ごめんなさい。
「…よーし、ソラちゃんの若さ、吸い取っちゃうぞっ。がぶーっ」
あ、噛まれた。頭噛まれた。吸い取られるぅ〜っ。
「なんちゃって。あははっ」
あははっ。
「………ねぇ、ソラちゃん」
なに? お姉さん。
「本当に…私、ソラちゃんのことを…待たせてない…?」
うん、大丈夫っ。全部吹っ飛んじゃった。
「…その表情、勘違いしてるよ、ソラちゃん」
…? 勘違い?
「私が訊いている、待たせてないかっていうのは…」
「……こっちのこと…」
………っ!?
「ずっと…待っていたんでしょ…?」
お姉さんが、洋服越しに触れている……そこ。
夢の中でしか、触れられたことがない場所。
ずっとそうしてほしいって、夢見ていたところ。
そこに今…お姉さんの手が……添えられている…。
「ごめんね、長い間待たせて…」
脳裏まで響く、お姉さんの声。
…何故か、恐る恐るな気持ちで……その表情を見る。
「今…楽にしてあげる♥」
……今まで、見たことがない………エッチな顔……。
「…ソラちゃん。まずは、どうしてほしいのかな…?」
……………ぁっ。
「……ん…?」
やっ…。うそ……まって…!
「ソラちゃん…?」
見ないで…おねえちゃ……っ!
「あ」
……………ぁ……。
「……嘘…。おもらし…?♥」
……………。
「もう…。ソラちゃん、いくら嬉しいからって…」
……………。
「…でも、嬉しいな♥ そんなに私とエッチするの、楽しみだったんだ♥」
ぁっ…。
「いいよ…、もっとおもらししても♥」
「お姉ちゃんが、オムツ穿かせてあげようか?」
「それとも、手で受け止めてあげる?」
おねえ…ちゃ……。
「…それとも……飲んでほしい?♥」
っ……おねえちゃんっ!!
「きゃっ!?♥」
おねえちゃん…! おねえちゃんと…エッチ…! おねえちゃんとっ…!
「…落ち着いて、ソラちゃん」
「お姉ちゃん、ソラちゃんにしてあげる方のが…好きだな」
……おねえちゃん……。
「……良い子だね…。良い子には、御褒美、あげる♥」
…あっ…♥ 手……動かしちゃ…っ♥
「ソラちゃん…こうやって撫でられるの、好きだよね」
「ここは頭じゃないけれど。あははっ」
「…頭を撫でる度に、シュークリームを食べた時みたいな顔をして…」
「お姉ちゃん、その顔が好きで、暇があればソラちゃんを撫でてるの、気付いてた?」
「泣いちゃった時も、私が撫でると、すぐ泣き止んでくれてたよね」
「それが可愛くて、仕方なかった。本当に私を信頼してくれてる、って思えて…」
「……ん…♥ 大きくなってきたね…♥」
やぁ…♥ 言わないで……おねえちゃん…♥
「…いつだったかな、アレ…。ソラちゃんが、10歳の時?」
「朝からずっと、私に何か言いたげな顔をしてて…」
「どうしたの?って聞いても、なんでもない、って言うし…」
「でも、何回も尋ねたら…顔を真っ赤にして…」
「白いオシッコが出た…って、耳打ちで教えてくれたよね」
「お姉ちゃん、あれに答えるの、すごく困ったなぁ…。自業自得だけれど」
「でも…あれも、私を信頼してくれていたから、教えてくれたんだよね」
それ…っ……だめっ…♥ さきっぽ…ぐりぐりしないでぇ…♥
「…どうして、私だったのかな?」
「私以上に、ソラちゃんに優しくしていた子、結構いたよね?」
「なんでその子たちじゃなくて…私を一番信頼してくれたの?」
やぁぁぁ…♥ きもちいいよぉ…っ…♥
「それに、ソラちゃん。私達、同じなんだよ?」
「同じ…女の子」
「ソラちゃんは、本当にそれでいいの?」
「きっと、男の子を好きになった方が…幸せになれるよ?」
「辛いことも少ないよ?」
いわないで…♥ いわないでぇ…♥
「ねぇ、どうして? ソラちゃん」
………ゃ……♥
「…ソーラちゃんっ。お姉ちゃん……教えてほしいな…♥」
……………♥
「………♥」
―……おねえちゃん…みたいに……ひぅっ♥ …おねえちゃんみたいに…♥
「うん…」
―やさしくて……つよくて…ぁっ…♥ はっ…♥ きれいで……かっこよくて…♥
「あははっ。ソラちゃん、買い被り過ぎ」
―…そんな人に…なりたくて……♥ ふぁぁ…っ♥
「憧れ…とは、違うのかな?」
―………おねえちゃんみたいな…ひとの…♥
「うん?」
―おねえちゃんみたいなひとの………およめさん………に……なりたくてっ……♥
「………」
………言っちゃった……。
おねえちゃんのこと…どう思ってるか…言っちゃった…。
およめさんになりたい、って……言っちゃった…。
「…そっか。そっかぁ…、そう来たかぁ」
……………。
「そっか…」
……………。
「………」
……………。
「…ごめん、ソラちゃん」
……………ぇ…。
「私は…ソラちゃんの『彼氏』にはなれない」
……………。
「ソラちゃんが望むことは、できるだけ叶えてあげたいけれど…」
「それだけは無理…かな」
……………。
……………。
……………。
……………。
……………。
……………あはっ…。
わかっ、てた…。わかってたこと…。
こうなるって、わかってたから……言えなかった…。
当然、だよね。女同士だもん。同性だもん。
好きになっちゃう方が……変だもん…。
変だってわかってたから、言わなかった。ちゃんと自覚してた。
してたはずなのに…なんで、言っちゃったんだろう。
馬鹿。なんて馬鹿なんだろう。知ってたはずなのに。
どれだけおねえちゃんに甘えれば、気が済むの?
また、おねえちゃんの優しさが、うん、って答えてくれると思ったの?
おねえちゃんが、私の言うことをなんでも聞いてくれる…都合の良い人だと思ったの?
馬鹿。馬鹿。馬鹿。
また、泣くんだ。そして、またおねえちゃんに迷惑を掛けるんだ。
自分勝手。泣いちゃえ。いっぱい泣いちゃえばいいんだ。
そして、おねえちゃんに嫌われちゃえ。馬鹿な私なんて、嫌われちゃえ。
……ううん…。
消えて………無くなっちゃえ……。
「…ソラちゃん」
……………。
「私を…怒らないであげて」
………? 私を……って…?
「私は、ソラちゃんの悲しい気配を感じて、慰めてあげようとしただけ」
「ソラちゃんの辛い気持ちを、失くしてあげよう、って」
…おねえ…ちゃん…?
「…ソラちゃん」
「その言葉は…本物に伝えてあげて」
「………またね」
あっ…。
「………」
………おねえちゃんじゃ……ない……。
おねえちゃんの形が、どろりと崩れた中にいたのは…私と同じくらいの、女の子。
黒ずくめの服で…長い前髪が、表情を隠した……魔物の女の子…。
「……あの…」
女の子が、口を開く。
「だまして……ごめんなさい…」
「私は…男性が思い描く『彼女』にしか…なれないんです…」
「だから……最初はブレて分からなかったのが…はっきりしちゃって…」
……………。
「………」
「……ソラ…さん…」
「私が変身した人の言葉は……その人の意思じゃありません…」
「制約のせいです…。私の…チカラの関係で…」
………でも…。
「………私…」
「ソラさんは……甘えてばかりじゃ…ないと思います…」
えっ…?
「…記憶……見ちゃったんです…。本当に、ごめんなさい…」
「……ソラさん……たくさん…たくさん、お礼を言っていました……」
「いつも……その人の為に何ができるか、考えていました…」
……………。
「………届いていると…思います……」
っ…。
「……あんなに、思ってもらえて…」
「好きにならない人なんて………いないと…思います…」
「…同じ女性でも……例え…男性でも…魔物でも…」
「……愛情が分かる生き物なら……誰でも…」
「………ソラさんのこと……好きになります………」
……………。
「……ごめんなさい……」
………ううん……。
「あっ…」
…ありがとう……。
「……ソラ…さん…?」
………ありがとう……。
「………泣かないで…。ソラさん…」
……………おねえ……ちゃん……。
「………」
……………
………
…
「…ソラさん…。この辺で…大丈夫です…」
私の背中にぴったりと隠れたドッペルゲンガー…ルペちゃんが、囁く。
てっきり人通りの多い道に出るのかと思ったら、その一歩手前の、細い裏路地内。
こんな場所でいいのかな…?
「……あの人から…女性を想う…寂しい気配を感じます…」
ルペちゃんの視線の先には……大通り脇の広場で、ベンチに腰掛け、
肩を落とし…いかにも失恋したような、暗い雰囲気を漂わせている男性。
周りにはカップルが多い分、余計に浮いて見える。なんだか可哀想…。
「…ここまで付き添ってもらって…ありがとうございます…」
背中から離れ、ぺこりと頭を下げるルペちゃん。
お礼を言うのは、私の方。
これなんて、そのお返しにもならないくらいのお手伝い。
ルペちゃん…本当に、ありがとう…。
「………ソラさん…」
ぐにゃりと、黒い影になり……ルペちゃんだった形が変わっていく…。
「…ソラさんの幸せを……祈っています………」
…目の前には……ドレスを着飾り、扇を持った…貴族風の女性。
「………あら? ここは…」
辺りをきょろきょろと見回し……男性の方を向いたところで、顔色がぱぁっと明るくなる。
「まぁ! あそこに見えるのは、愛しの御方…♥ 今、そちらへ行きますわっ♥」
私には目もくれず…小走りで広場の方へ掛けていく女性。
人の波も気にせず………その向こうへ、消えてしまった…。
……ルペちゃん…。
私も、ルペちゃんの幸せを祈るね…。
ううん、絶対幸せになる。ルペちゃんなら。
偽物じゃない…本当の姿の、ルペちゃんのままで…。
……………。
…一歩、踏み出す。
広い大通り。酒場はどっちだろう。冒険者ギルドとかもあるのかな?
誰に聞けば分かるだろう…。あ、そうだっ。お店に入って聞いてみよう。
えーと…お店お店……。
「あら」
ふと…行き交う人のざわめきの中で…私の耳に届く、一つの声。
振り向くと……たくさんの人からの視線を集めている……白髪の女性。
私を、見ている。
「ソラ♥ やっと見つけたわ…♥」
………ぁ……。
「ソラちゃんっ!」
後ろから、私を呼ぶ………あの声。
振り返る。
人ごみの中に見える……あの…姿……。
その後に続く…白い…半人半馬の………っ。
―……………ユニ……ちゃん…?
「…さぁ」
「夢から、覚めましょう♥」
……………
………
…
しなきゃいけないことは、分かってる。
町に出て、旅人が集まりそうな所に行くこと。
そして、私の村の方へ行く人を探して、同行させてもらうこと。
町に出なくたっていい。ここは宿屋。旅人は大勢いるはず。
部屋から出て、廊下ですれ違った人に頼めば、即OKになるかもしれない。
…たったそれだけのことが…今の私には、できない。
……………。
宿の女将さん…下半身が蛇みたいな人が、一昨日から毎日、
私の様子を心配して、部屋まで見に来てくれている。
その度に、謝罪とお礼の言葉、それと宿泊日延長のお支払い。
病院に行った方が…と言う女将さんの言葉も聞かず、一日中ベッドで横に。
………本当、何してるんだろう…。
他人に迷惑を掛けてまで…なんで動こうとしないんだろう…。
早く村に帰りたいはずなのに…。みんなに会いたいはずなのに…。
ネスさんが、私のために置いていってくれたお金も…もう残り少ない…。
……どうして……?
ネスさんと、あんなに早くお別れになったから?
それなら、もっと一緒にいたメイさん達とのお別れの方が、辛いはず。
そうじゃない。それだって辛いことだけれど、それとは違う。
違うはずなのに、ネスさんとのお別れの瞬間が、頭から離れない。
…憂鬱な、昼下がり……。
……………。
……………。
コン、コンッ。
…ノックの音。
誰だろう…。女将さん? 今朝来たのに…。
もしかして、心配になって、また来てくれたのかな…。
……出にくい…。心配を募らせちゃうだけだから…。
………重い身体を動かして………ゆっくり、ドアノブに手を掛け……開く。
……………。
………え?
「ソラちゃんっ!」
…おねえ…さん……? どうして…。
「よかった…! 無事だったんだねっ!」
ぎゅうっ…と……私を包む、懐かしい感触…。
…お姉さんだ…。本当に、お姉さんだっ…。おねえちゃんだっ!
―おねえちゃんっ!
ちからいっぱい、抱き返す。
どうしておねえちゃんがこんなところに?
なんで私がいる場所が分かったの?
どうやってここまで来たの?
…いい。そんなの、どうでもいいっ。
おねえちゃんがいる。おねえちゃんがいてくれている。
それだけでいい。それ以外…それ以外、何もいらないっ…!
「ソラちゃん…。本当に、よかった…」
おねえちゃん…。ごめんなさい…。
心配掛けて、ごめんなさい…。勝手にいなくなって、ごめんなさい…。
「…あははっ。ソラちゃん見たら、なんだかどっと疲れちゃった」
その言葉にハッとして、慌てて離れ、お姉さんにベッドで休むよう促す。
「うん。ごめん、ちょっと横にならせてもらうね」
部屋に入り…ころんと、ベッドで横になるお姉さん。
…夢じゃない。お姉さんは間違いなく、私の目の前にいる。
「…ソラちゃん、こっちに来て。お話しよう?」
お姉さんの目が、私を誘う。
招かれるままに…お姉さんが寝転ぶ隣…頭側の方で、腰を下ろす。
「どれくらい、待たせちゃった?」
…否定と謝罪を含めながら、答える。
「そっか…」
お姉さんの口癖。
なんだか、とても久しぶりに聞いたような気がする。
私がいなくなって、まだ1ヶ月も経っていないはずなのに。
「ソラちゃん」
私を呼ぶ声…と、両手招き。
犬とか猫を呼ぶ時のようなしぐさ。
私にとっては、お姉さんが頭を撫でてくれるときのしぐさ。
もししっぽが生えていたら、ぶんぶん振っていると思う。
喜び隠さず、腕の中へ。
「よーしよしよし…」
シャンプーするときのように、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
…気持ちが良すぎて…身体中の力が抜けていく……。
疲れているお姉さんに、だらけていた私が癒されている駄目っぷり。
癒してあげなきゃという気持ちはあっても、甘えたい気持ちに勝れない。
……しあわせ……。
「…髪、伸びちゃったね。でも、ちょっと大人っぽく見える」
ほんと? なら、髪、伸ばそうかな…。
あ、でも、お姉さんはどっちの方が好き?
お姉さんが好きな方の髪にしたい。髪型も、決めてほしい。
「お姉ちゃんね、歳かな〜…、この前、白髪が一本だけ生えてたの」
お姉さん、まだ21歳でしょ? たまたまだよ、きっと。
それとも…私が心配掛けちゃったせいかな? だとしたら、ごめんなさい。
「…よーし、ソラちゃんの若さ、吸い取っちゃうぞっ。がぶーっ」
あ、噛まれた。頭噛まれた。吸い取られるぅ〜っ。
「なんちゃって。あははっ」
あははっ。
「………ねぇ、ソラちゃん」
なに? お姉さん。
「本当に…私、ソラちゃんのことを…待たせてない…?」
うん、大丈夫っ。全部吹っ飛んじゃった。
「…その表情、勘違いしてるよ、ソラちゃん」
…? 勘違い?
「私が訊いている、待たせてないかっていうのは…」
「……こっちのこと…」
………っ!?
「ずっと…待っていたんでしょ…?」
お姉さんが、洋服越しに触れている……そこ。
夢の中でしか、触れられたことがない場所。
ずっとそうしてほしいって、夢見ていたところ。
そこに今…お姉さんの手が……添えられている…。
「ごめんね、長い間待たせて…」
脳裏まで響く、お姉さんの声。
…何故か、恐る恐るな気持ちで……その表情を見る。
「今…楽にしてあげる♥」
……今まで、見たことがない………エッチな顔……。
「…ソラちゃん。まずは、どうしてほしいのかな…?」
……………ぁっ。
「……ん…?」
やっ…。うそ……まって…!
「ソラちゃん…?」
見ないで…おねえちゃ……っ!
「あ」
……………ぁ……。
「……嘘…。おもらし…?♥」
……………。
「もう…。ソラちゃん、いくら嬉しいからって…」
……………。
「…でも、嬉しいな♥ そんなに私とエッチするの、楽しみだったんだ♥」
ぁっ…。
「いいよ…、もっとおもらししても♥」
「お姉ちゃんが、オムツ穿かせてあげようか?」
「それとも、手で受け止めてあげる?」
おねえ…ちゃ……。
「…それとも……飲んでほしい?♥」
っ……おねえちゃんっ!!
「きゃっ!?♥」
おねえちゃん…! おねえちゃんと…エッチ…! おねえちゃんとっ…!
「…落ち着いて、ソラちゃん」
「お姉ちゃん、ソラちゃんにしてあげる方のが…好きだな」
……おねえちゃん……。
「……良い子だね…。良い子には、御褒美、あげる♥」
…あっ…♥ 手……動かしちゃ…っ♥
「ソラちゃん…こうやって撫でられるの、好きだよね」
「ここは頭じゃないけれど。あははっ」
「…頭を撫でる度に、シュークリームを食べた時みたいな顔をして…」
「お姉ちゃん、その顔が好きで、暇があればソラちゃんを撫でてるの、気付いてた?」
「泣いちゃった時も、私が撫でると、すぐ泣き止んでくれてたよね」
「それが可愛くて、仕方なかった。本当に私を信頼してくれてる、って思えて…」
「……ん…♥ 大きくなってきたね…♥」
やぁ…♥ 言わないで……おねえちゃん…♥
「…いつだったかな、アレ…。ソラちゃんが、10歳の時?」
「朝からずっと、私に何か言いたげな顔をしてて…」
「どうしたの?って聞いても、なんでもない、って言うし…」
「でも、何回も尋ねたら…顔を真っ赤にして…」
「白いオシッコが出た…って、耳打ちで教えてくれたよね」
「お姉ちゃん、あれに答えるの、すごく困ったなぁ…。自業自得だけれど」
「でも…あれも、私を信頼してくれていたから、教えてくれたんだよね」
それ…っ……だめっ…♥ さきっぽ…ぐりぐりしないでぇ…♥
「…どうして、私だったのかな?」
「私以上に、ソラちゃんに優しくしていた子、結構いたよね?」
「なんでその子たちじゃなくて…私を一番信頼してくれたの?」
やぁぁぁ…♥ きもちいいよぉ…っ…♥
「それに、ソラちゃん。私達、同じなんだよ?」
「同じ…女の子」
「ソラちゃんは、本当にそれでいいの?」
「きっと、男の子を好きになった方が…幸せになれるよ?」
「辛いことも少ないよ?」
いわないで…♥ いわないでぇ…♥
「ねぇ、どうして? ソラちゃん」
………ゃ……♥
「…ソーラちゃんっ。お姉ちゃん……教えてほしいな…♥」
……………♥
「………♥」
―……おねえちゃん…みたいに……ひぅっ♥ …おねえちゃんみたいに…♥
「うん…」
―やさしくて……つよくて…ぁっ…♥ はっ…♥ きれいで……かっこよくて…♥
「あははっ。ソラちゃん、買い被り過ぎ」
―…そんな人に…なりたくて……♥ ふぁぁ…っ♥
「憧れ…とは、違うのかな?」
―………おねえちゃんみたいな…ひとの…♥
「うん?」
―おねえちゃんみたいなひとの………およめさん………に……なりたくてっ……♥
「………」
………言っちゃった……。
おねえちゃんのこと…どう思ってるか…言っちゃった…。
およめさんになりたい、って……言っちゃった…。
「…そっか。そっかぁ…、そう来たかぁ」
……………。
「そっか…」
……………。
「………」
……………。
「…ごめん、ソラちゃん」
……………ぇ…。
「私は…ソラちゃんの『彼氏』にはなれない」
……………。
「ソラちゃんが望むことは、できるだけ叶えてあげたいけれど…」
「それだけは無理…かな」
……………。
……………。
……………。
……………。
……………。
……………あはっ…。
わかっ、てた…。わかってたこと…。
こうなるって、わかってたから……言えなかった…。
当然、だよね。女同士だもん。同性だもん。
好きになっちゃう方が……変だもん…。
変だってわかってたから、言わなかった。ちゃんと自覚してた。
してたはずなのに…なんで、言っちゃったんだろう。
馬鹿。なんて馬鹿なんだろう。知ってたはずなのに。
どれだけおねえちゃんに甘えれば、気が済むの?
また、おねえちゃんの優しさが、うん、って答えてくれると思ったの?
おねえちゃんが、私の言うことをなんでも聞いてくれる…都合の良い人だと思ったの?
馬鹿。馬鹿。馬鹿。
また、泣くんだ。そして、またおねえちゃんに迷惑を掛けるんだ。
自分勝手。泣いちゃえ。いっぱい泣いちゃえばいいんだ。
そして、おねえちゃんに嫌われちゃえ。馬鹿な私なんて、嫌われちゃえ。
……ううん…。
消えて………無くなっちゃえ……。
「…ソラちゃん」
……………。
「私を…怒らないであげて」
………? 私を……って…?
「私は、ソラちゃんの悲しい気配を感じて、慰めてあげようとしただけ」
「ソラちゃんの辛い気持ちを、失くしてあげよう、って」
…おねえ…ちゃん…?
「…ソラちゃん」
「その言葉は…本物に伝えてあげて」
「………またね」
あっ…。
「………」
………おねえちゃんじゃ……ない……。
おねえちゃんの形が、どろりと崩れた中にいたのは…私と同じくらいの、女の子。
黒ずくめの服で…長い前髪が、表情を隠した……魔物の女の子…。
「……あの…」
女の子が、口を開く。
「だまして……ごめんなさい…」
「私は…男性が思い描く『彼女』にしか…なれないんです…」
「だから……最初はブレて分からなかったのが…はっきりしちゃって…」
……………。
「………」
「……ソラ…さん…」
「私が変身した人の言葉は……その人の意思じゃありません…」
「制約のせいです…。私の…チカラの関係で…」
………でも…。
「………私…」
「ソラさんは……甘えてばかりじゃ…ないと思います…」
えっ…?
「…記憶……見ちゃったんです…。本当に、ごめんなさい…」
「……ソラさん……たくさん…たくさん、お礼を言っていました……」
「いつも……その人の為に何ができるか、考えていました…」
……………。
「………届いていると…思います……」
っ…。
「……あんなに、思ってもらえて…」
「好きにならない人なんて………いないと…思います…」
「…同じ女性でも……例え…男性でも…魔物でも…」
「……愛情が分かる生き物なら……誰でも…」
「………ソラさんのこと……好きになります………」
……………。
「……ごめんなさい……」
………ううん……。
「あっ…」
…ありがとう……。
「……ソラ…さん…?」
………ありがとう……。
「………泣かないで…。ソラさん…」
……………おねえ……ちゃん……。
「………」
……………
………
…
「…ソラさん…。この辺で…大丈夫です…」
私の背中にぴったりと隠れたドッペルゲンガー…ルペちゃんが、囁く。
てっきり人通りの多い道に出るのかと思ったら、その一歩手前の、細い裏路地内。
こんな場所でいいのかな…?
「……あの人から…女性を想う…寂しい気配を感じます…」
ルペちゃんの視線の先には……大通り脇の広場で、ベンチに腰掛け、
肩を落とし…いかにも失恋したような、暗い雰囲気を漂わせている男性。
周りにはカップルが多い分、余計に浮いて見える。なんだか可哀想…。
「…ここまで付き添ってもらって…ありがとうございます…」
背中から離れ、ぺこりと頭を下げるルペちゃん。
お礼を言うのは、私の方。
これなんて、そのお返しにもならないくらいのお手伝い。
ルペちゃん…本当に、ありがとう…。
「………ソラさん…」
ぐにゃりと、黒い影になり……ルペちゃんだった形が変わっていく…。
「…ソラさんの幸せを……祈っています………」
…目の前には……ドレスを着飾り、扇を持った…貴族風の女性。
「………あら? ここは…」
辺りをきょろきょろと見回し……男性の方を向いたところで、顔色がぱぁっと明るくなる。
「まぁ! あそこに見えるのは、愛しの御方…♥ 今、そちらへ行きますわっ♥」
私には目もくれず…小走りで広場の方へ掛けていく女性。
人の波も気にせず………その向こうへ、消えてしまった…。
……ルペちゃん…。
私も、ルペちゃんの幸せを祈るね…。
ううん、絶対幸せになる。ルペちゃんなら。
偽物じゃない…本当の姿の、ルペちゃんのままで…。
……………。
…一歩、踏み出す。
広い大通り。酒場はどっちだろう。冒険者ギルドとかもあるのかな?
誰に聞けば分かるだろう…。あ、そうだっ。お店に入って聞いてみよう。
えーと…お店お店……。
「あら」
ふと…行き交う人のざわめきの中で…私の耳に届く、一つの声。
振り向くと……たくさんの人からの視線を集めている……白髪の女性。
私を、見ている。
「ソラ♥ やっと見つけたわ…♥」
………ぁ……。
「ソラちゃんっ!」
後ろから、私を呼ぶ………あの声。
振り返る。
人ごみの中に見える……あの…姿……。
その後に続く…白い…半人半馬の………っ。
―……………ユニ……ちゃん…?
「…さぁ」
「夢から、覚めましょう♥」
……………
………
…
12/04/08 00:03更新 / コジコジ
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