第三十五記 -ユニコーン-
…ほんの一瞬の、再会。
ソラちゃん…変わってなかったな。
見た目も、声も、泣き虫なところも。村にいた頃のまま。
身長は、ほんの少しだけ大きくなっていたかもしれない。
…次は、いつそれを確かめることができるだろう…。
「…あの…」
…どこか気まずそうな、お馬さん。
この魔物とは、まだほんの少ししか関わっていないけれど、
人を襲おう…って考えは持っていないことだけは、分かった。
ソラちゃんと一緒に暮らしていたみたいだし、信じていいと思う。
もちろん、聞きたいことは山ほどあるけれど。
「…お馬さん」
「あ、はいっ」
「ごめんね、先に聞かせて」
「…はい」
びゅう…と吹く潮風に、髪がなびく。
まだ湿っぽい髪が顔に張り付き、気持ちが悪い。
…手で軽く払いながら…問い掛ける。
「お馬さんは、ソラちゃんの友達?」
「………」
すぐにYESと返ってくると思ったら、黙られてしまった。
どういうことだろう…。いきなり予想が外れるなんて思わなかった。
「…その…」
「うん」
「………」
「………」
「……恋人、です…」
………あぁ…。そっか…。魔物…だもんね。
ソラちゃんの身体のことを知れば……おかしくない、か…。
恋人、ね…。ソラちゃんの恋人かぁ…。……びっくりだなぁ…。
男の子と普通に付き合うと思ってたから。ほんと、びっくり。
……ソラちゃんが、近くにいることを許したってことは…。うん…。
優しいんだろうね…、このお馬さん。見た目、そんな印象はある。
うん、良かった。それなら、まだ救われた気持ちになれる。
無理矢理、力づくで…って相手じゃなくて。……良かったね、ソラちゃん…。
「…そっか」
「……あの…」
「何?」
「ソラ様の故郷と、同じ出身の…確か、斜向かいの家の…お姉様ですか…?」
…ソラちゃん、村の話、しているんだ…。
よかった…。村を嫌いにはなっていなさそう…。
「うん…、そう」
「………」
「…ミーファって、呼んでくれればいいよ」
「…ミーファ様…」
「様、いらない」
「あ…ご、ごめんなさい…。どうしてもお名前を呼ぶ時には…」
うん、優しくて、人が良さそう。ソラちゃんが好きなタイプ。
魔物のことは詳しくないけれど…たぶん、このお馬さんは…ユニコーン。
昔は乙女を象徴する聖獣だった、って御伽話を読んだ覚えがある。
角が生えた白い馬の魔物…、そっくりそのまま、御伽話の通り。
「…歩きながら、話そうか」
「…はい…」
「どこに向かえばいいかな?」
「道路沿いに…そうですね……右へ進みましょう」
「どうして?」
「ソラ様や私が住んでいた場所から見て、魔界は大体北東に位置しています」
「地続きで、東側からぐるりと回れば帰ることができるので…」
「右に進む、と」
「はい」
「うん。行こう」
いざ、一歩踏み出そう…としたところで。
膝を付き…腰を下ろすお馬さん。どうしたんだろうと思い、顔を見る。
「どうぞ、お乗りください」
…そっか、お馬さんだもんね。
でも、いいよ。お馬さんは魔物だけれど…友達になれそうな気がするから。
友達の背中に乗るなんて、私には腰が引けちゃってできないよ。
「いいよ。一緒に歩こう」
「えっ? ですが…」
「横に並んで、歩こう。ほらっ」
「あっ…」
お馬さんの手を引き、立ち上がらせて…歩き始める。
目の前に広がるのは…禍々しい色の空と、毒々しい野花、長い長い道。
…歩調を気にしながら……道路に足を踏み入れる。
「………」
「…お馬さんってさ」
「はい」
「名前、あるの?」
「あ…ごめんなさい。申し遅れました、ユニと申します」
「謝らなくていいよ。ユニさん、ね。よろしく」
「はい。よろしくお願い致します」
…ユニさんも、私の方に歩調を合わせようとしている…。
このままじゃあ、どちらも歩きづらい。今回は好意に甘んじよう。
「ユニさん。はっきり聞いちゃうけれど、さ」
「はい」
「ソラちゃんのこと、どう思ってる?」
「ソラ様のことを…ですか?」
「うん」
…ソラちゃんも、どこかの海岸に打ち上げられているのかな…。
できるだけ海沿いの道を歩いて、そちらに注意は払うけれど、
もし、もう目が覚めて歩きだしているとしたら…どこに向かうだろう…。
……町、が妥当かな…。
幸い、私は荷物ごと流されたけれど、ソラちゃんはあの時、空手だった筈…。
食糧はもちろん、お金も持っていないんじゃ、帰るにしてもどうしようもない。
まずそれをどうにかしようと、人がいるところ…つまり町を目指す…と思う。
「…ソラ様は……誰にでも優しくて…あたたかくて…よく笑って…」
「…うん」
「素直で…でも素直過ぎるところがあって……いいえ…」
「ソラ様は、長所が全部『過ぎる』ところが悩ましくもあって…」
「他には…甘えん坊で…手を繋ぐのが好きで…お菓子を作るのが趣味で…」
「体型を気にしていて…それで毎日欠かさず、ももさんのミルクを飲んで……」
「…ごめんなさい、ごちゃ混ぜになってしまいましたね」
「あははっ」
「……私は、そんなソラ様を…」
「心からお慕いし……愛しています」
……………。
……恋人、だね…。本当に…。
悪いところもちゃんと分かっていて、それをこうして他人に言えるんだから。
その上で、そんな欠点も含めて、『愛してる』って言えるんだから。
…恋人……か……。
「…ユニさん」
「はい」
「大切にしてあげてね。ソラちゃんのこと」
「…はい。私にとって、誰よりも…何よりも大切な方ですから」
………なんだろう。なんだろうな…。
何かは分からない…変にもやっとした何かが、胸のあたりで詰まってる…。
…嫉妬、かな? ソラちゃんを取られちゃった訳だし…。
でも、このお馬さん…ユニさんと一緒にいる時が、
ソラちゃんにとっての一番幸せなら…それくらい、我慢しないと。
「ミーファ様、私もお尋ねしてよろしいですか?」
「勿論」
「ソラ様は…故郷にいた頃のソラ様は、どのような方でしたか?」
…馬鹿正直に、ありのまま全部話す必要はないよね…。
そんなことをしても、ユニさんも、ソラちゃんも…そして私も、
誰もが良い気持ちにならない…損をしちゃうだけだもの。
「…友達が、すごく多かったかな。男の子、女の子問わず」
「人気があったのですね」
「人気…というより、放っておけない、って感じだった」
「放っておけない…?」
「ソラちゃんってさ」
「はい」
「泣き虫でしょ?」
「えっ…?」
「え?」
あれ…? 違うの?
ソラちゃんって、すごく泣き虫だよね?
だから皆、放っておけなくて、それで自然と友達が増えていって…。
あれ?
「…違うの?」
「辛いことがあった時は、むしろ、無理してでも笑う方かと…」
…耐えているってこと…? あのソラちゃんが?
すぐに耐え切れなくなっちゃって、泣き出しちゃうソラちゃんが…?
………あぁ、でも…あの事件以降のソラちゃんは、そうだったかもしれない。
いつも無理して笑っていた覚えがある。心から笑っているって感じたのは、数回だけ。
そのままなんだ。その時のまま…。まだ、無理して笑っているんだ。
…私のことを、『お姉ちゃん』じゃなくて、『お姉さん』って呼び始めたのも、
ちょうどその頃だったかな…。最初に聞いた時、少し戸惑っちゃったっけ。
だって、『お姉さん』って、『お姉ちゃん』と比べてどことなく他人行儀だし、
ちょっと大人びた感じで…子供っぽく見えるソラちゃんには、似合わない。
私自身も、ソラちゃんには『お姉ちゃん』って呼んでもらえた方のが嬉しい。
お姉ちゃん、ソラちゃん、って……呼び合う方のが…。
「…そっか。昔は、泣き虫だったの」
「そうだったのですか…。意外です」
「男の子達は、ソラちゃんのこと好きなくせに、いじめたりしてさ」
「まぁ…」
「それでよく、泣いちゃってた」
「好きな子ほど…と云うものですね」
「ユニさんも、ソラちゃんのこと、いじめてるの?」
「ふふっ。…いじめたりもするくらい、愛しています」
「…そうきたかぁ」
すごい。『ぞっこん』っていうのを、初めて見た。
否定するかな…と思ったけれど、とんでもない。一本取られちゃった。
「そういえば、ユニさんの他にもさ」
「はい」
「頭に角が生えた子や、花が咲いた子もいたけれど…あの二人も魔物?」
「ももさんと、ドラさんのことですね。お二人とも魔物です」
「一緒に暮らしているんだ」
「はい、皆さん一緒に。お二人も、ソラ様の恋人なんですよ」
………はい?
「お二人も、って…。恋人、ユニさんだけじゃないの?」
「私達だけでなく、ソラ様に好意を持っていらっしゃる方は多いかと…」
つまり…少なくとも、三股? ソラちゃんが?
ソラちゃんが、三股ぁ〜???
「…えっと、さ。さすがに、『魔物は人を殺して食べる』なんて教えは信じてないけど…」
「魔物は…その……一人の相手を、複数人で愛するのって、別に気にしないの?」
「そんなことはありません。一夫一妻こそが、私達の望む幸せです」
「なら…」
「ソラ様が、迷っているんです。誰を生涯の伴侶とするのか…」
「…あー…」
すごく納得した。
そうだろうなぁ…。良く言えば皆平等、悪く言えば優柔不断なソラちゃん。
ソラちゃん自身も、悪いとは思っていても…決められないんだろうなぁ…。
もし、誰か一人だけから、先に告白されたって状況ならいいんだろうけれど…。
たぶん、三人同時にだったのかな。それは難しいよね…。ソラちゃんじゃなくても。
「…でも、さ」
「?」
「決められないと思うよ。ソラちゃん。一生」
「………」
…黙っちゃった。
たぶん、ユニさん自身も考えたことだとは思うけれど…。
言わない方が、よかったかな。私自身、後に続けられる言葉がないし…。
…でも、そうだとしても、この答えだけは出しておいてもらいたい。
余計なお節介かもしれないけれど…それは、ソラちゃんの未来にも繋がる。
そして、ユニさんや…あと二人の恋人の未来にも。いずれ出すべき答え。
ソラちゃんに幸せになってもらいたい、っていう…私の意地。
「…信じています」
「信じている…?」
「はい。ソラ様は、最後には私を選んでくれると…信じています」
「ももさんも、ドラさんも…自分を選んでくれると…」
「………」
「答えが出るまではの時間は…とても長いかも、分かりません」
「ですが、ソラ様は必ず答えを出してくれます」
「…どうしてそう思うの?」
「ミーファ様も、御存知だと思いますよ」
「私も…?」
「はい」
……………。
……………。
………あぁ…。そっか…。
「…ソラちゃんにも、『特別』はいるから?」
「そうです。ソラ様は一見、皆に平等に、ありのままに接していますが…」
「ちゃんと『特別』はいるんです。私達を、『特別』にしてくれているんです」
「なら…『特別』の中に、更に『特別』があってもおかしくない筈です」
「…それを……ソラ様が、故郷のお話をする中で…」
「お友達の話の時に…ミーファ様を、『特別』に多く語っていたことで…」
「それで…確信したんです」
「……参ったなぁ…」
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
…本当に、参った。私がお節介に入る幕じゃない。
誰かを愛するっていうのは、こういうことなんだ。
恐らく、魔物だから…って訳じゃない。愛が分かる生き物は、全て。
ユニさんは、誰よりもソラちゃんのことを分かっている。恐らく、他の二人も。
生半可な気持ちの人なんて、その中には…とても入る隙間がない。
すごいなぁ…、魔物って。………ううん、ユニさんって。
ソラちゃん、幸せ者だね。お姉ちゃん、心から安心した。
「…そっか……」
さて…、ソラちゃんを村に連れて帰るつもりで来た私だけれど…。
………困ったなぁ……。本当に、困った。
「…そっかぁ……」
本当に嬉しいのに…困ったなぁ……。
……………
………
…
ソラちゃん…変わってなかったな。
見た目も、声も、泣き虫なところも。村にいた頃のまま。
身長は、ほんの少しだけ大きくなっていたかもしれない。
…次は、いつそれを確かめることができるだろう…。
「…あの…」
…どこか気まずそうな、お馬さん。
この魔物とは、まだほんの少ししか関わっていないけれど、
人を襲おう…って考えは持っていないことだけは、分かった。
ソラちゃんと一緒に暮らしていたみたいだし、信じていいと思う。
もちろん、聞きたいことは山ほどあるけれど。
「…お馬さん」
「あ、はいっ」
「ごめんね、先に聞かせて」
「…はい」
びゅう…と吹く潮風に、髪がなびく。
まだ湿っぽい髪が顔に張り付き、気持ちが悪い。
…手で軽く払いながら…問い掛ける。
「お馬さんは、ソラちゃんの友達?」
「………」
すぐにYESと返ってくると思ったら、黙られてしまった。
どういうことだろう…。いきなり予想が外れるなんて思わなかった。
「…その…」
「うん」
「………」
「………」
「……恋人、です…」
………あぁ…。そっか…。魔物…だもんね。
ソラちゃんの身体のことを知れば……おかしくない、か…。
恋人、ね…。ソラちゃんの恋人かぁ…。……びっくりだなぁ…。
男の子と普通に付き合うと思ってたから。ほんと、びっくり。
……ソラちゃんが、近くにいることを許したってことは…。うん…。
優しいんだろうね…、このお馬さん。見た目、そんな印象はある。
うん、良かった。それなら、まだ救われた気持ちになれる。
無理矢理、力づくで…って相手じゃなくて。……良かったね、ソラちゃん…。
「…そっか」
「……あの…」
「何?」
「ソラ様の故郷と、同じ出身の…確か、斜向かいの家の…お姉様ですか…?」
…ソラちゃん、村の話、しているんだ…。
よかった…。村を嫌いにはなっていなさそう…。
「うん…、そう」
「………」
「…ミーファって、呼んでくれればいいよ」
「…ミーファ様…」
「様、いらない」
「あ…ご、ごめんなさい…。どうしてもお名前を呼ぶ時には…」
うん、優しくて、人が良さそう。ソラちゃんが好きなタイプ。
魔物のことは詳しくないけれど…たぶん、このお馬さんは…ユニコーン。
昔は乙女を象徴する聖獣だった、って御伽話を読んだ覚えがある。
角が生えた白い馬の魔物…、そっくりそのまま、御伽話の通り。
「…歩きながら、話そうか」
「…はい…」
「どこに向かえばいいかな?」
「道路沿いに…そうですね……右へ進みましょう」
「どうして?」
「ソラ様や私が住んでいた場所から見て、魔界は大体北東に位置しています」
「地続きで、東側からぐるりと回れば帰ることができるので…」
「右に進む、と」
「はい」
「うん。行こう」
いざ、一歩踏み出そう…としたところで。
膝を付き…腰を下ろすお馬さん。どうしたんだろうと思い、顔を見る。
「どうぞ、お乗りください」
…そっか、お馬さんだもんね。
でも、いいよ。お馬さんは魔物だけれど…友達になれそうな気がするから。
友達の背中に乗るなんて、私には腰が引けちゃってできないよ。
「いいよ。一緒に歩こう」
「えっ? ですが…」
「横に並んで、歩こう。ほらっ」
「あっ…」
お馬さんの手を引き、立ち上がらせて…歩き始める。
目の前に広がるのは…禍々しい色の空と、毒々しい野花、長い長い道。
…歩調を気にしながら……道路に足を踏み入れる。
「………」
「…お馬さんってさ」
「はい」
「名前、あるの?」
「あ…ごめんなさい。申し遅れました、ユニと申します」
「謝らなくていいよ。ユニさん、ね。よろしく」
「はい。よろしくお願い致します」
…ユニさんも、私の方に歩調を合わせようとしている…。
このままじゃあ、どちらも歩きづらい。今回は好意に甘んじよう。
「ユニさん。はっきり聞いちゃうけれど、さ」
「はい」
「ソラちゃんのこと、どう思ってる?」
「ソラ様のことを…ですか?」
「うん」
…ソラちゃんも、どこかの海岸に打ち上げられているのかな…。
できるだけ海沿いの道を歩いて、そちらに注意は払うけれど、
もし、もう目が覚めて歩きだしているとしたら…どこに向かうだろう…。
……町、が妥当かな…。
幸い、私は荷物ごと流されたけれど、ソラちゃんはあの時、空手だった筈…。
食糧はもちろん、お金も持っていないんじゃ、帰るにしてもどうしようもない。
まずそれをどうにかしようと、人がいるところ…つまり町を目指す…と思う。
「…ソラ様は……誰にでも優しくて…あたたかくて…よく笑って…」
「…うん」
「素直で…でも素直過ぎるところがあって……いいえ…」
「ソラ様は、長所が全部『過ぎる』ところが悩ましくもあって…」
「他には…甘えん坊で…手を繋ぐのが好きで…お菓子を作るのが趣味で…」
「体型を気にしていて…それで毎日欠かさず、ももさんのミルクを飲んで……」
「…ごめんなさい、ごちゃ混ぜになってしまいましたね」
「あははっ」
「……私は、そんなソラ様を…」
「心からお慕いし……愛しています」
……………。
……恋人、だね…。本当に…。
悪いところもちゃんと分かっていて、それをこうして他人に言えるんだから。
その上で、そんな欠点も含めて、『愛してる』って言えるんだから。
…恋人……か……。
「…ユニさん」
「はい」
「大切にしてあげてね。ソラちゃんのこと」
「…はい。私にとって、誰よりも…何よりも大切な方ですから」
………なんだろう。なんだろうな…。
何かは分からない…変にもやっとした何かが、胸のあたりで詰まってる…。
…嫉妬、かな? ソラちゃんを取られちゃった訳だし…。
でも、このお馬さん…ユニさんと一緒にいる時が、
ソラちゃんにとっての一番幸せなら…それくらい、我慢しないと。
「ミーファ様、私もお尋ねしてよろしいですか?」
「勿論」
「ソラ様は…故郷にいた頃のソラ様は、どのような方でしたか?」
…馬鹿正直に、ありのまま全部話す必要はないよね…。
そんなことをしても、ユニさんも、ソラちゃんも…そして私も、
誰もが良い気持ちにならない…損をしちゃうだけだもの。
「…友達が、すごく多かったかな。男の子、女の子問わず」
「人気があったのですね」
「人気…というより、放っておけない、って感じだった」
「放っておけない…?」
「ソラちゃんってさ」
「はい」
「泣き虫でしょ?」
「えっ…?」
「え?」
あれ…? 違うの?
ソラちゃんって、すごく泣き虫だよね?
だから皆、放っておけなくて、それで自然と友達が増えていって…。
あれ?
「…違うの?」
「辛いことがあった時は、むしろ、無理してでも笑う方かと…」
…耐えているってこと…? あのソラちゃんが?
すぐに耐え切れなくなっちゃって、泣き出しちゃうソラちゃんが…?
………あぁ、でも…あの事件以降のソラちゃんは、そうだったかもしれない。
いつも無理して笑っていた覚えがある。心から笑っているって感じたのは、数回だけ。
そのままなんだ。その時のまま…。まだ、無理して笑っているんだ。
…私のことを、『お姉ちゃん』じゃなくて、『お姉さん』って呼び始めたのも、
ちょうどその頃だったかな…。最初に聞いた時、少し戸惑っちゃったっけ。
だって、『お姉さん』って、『お姉ちゃん』と比べてどことなく他人行儀だし、
ちょっと大人びた感じで…子供っぽく見えるソラちゃんには、似合わない。
私自身も、ソラちゃんには『お姉ちゃん』って呼んでもらえた方のが嬉しい。
お姉ちゃん、ソラちゃん、って……呼び合う方のが…。
「…そっか。昔は、泣き虫だったの」
「そうだったのですか…。意外です」
「男の子達は、ソラちゃんのこと好きなくせに、いじめたりしてさ」
「まぁ…」
「それでよく、泣いちゃってた」
「好きな子ほど…と云うものですね」
「ユニさんも、ソラちゃんのこと、いじめてるの?」
「ふふっ。…いじめたりもするくらい、愛しています」
「…そうきたかぁ」
すごい。『ぞっこん』っていうのを、初めて見た。
否定するかな…と思ったけれど、とんでもない。一本取られちゃった。
「そういえば、ユニさんの他にもさ」
「はい」
「頭に角が生えた子や、花が咲いた子もいたけれど…あの二人も魔物?」
「ももさんと、ドラさんのことですね。お二人とも魔物です」
「一緒に暮らしているんだ」
「はい、皆さん一緒に。お二人も、ソラ様の恋人なんですよ」
………はい?
「お二人も、って…。恋人、ユニさんだけじゃないの?」
「私達だけでなく、ソラ様に好意を持っていらっしゃる方は多いかと…」
つまり…少なくとも、三股? ソラちゃんが?
ソラちゃんが、三股ぁ〜???
「…えっと、さ。さすがに、『魔物は人を殺して食べる』なんて教えは信じてないけど…」
「魔物は…その……一人の相手を、複数人で愛するのって、別に気にしないの?」
「そんなことはありません。一夫一妻こそが、私達の望む幸せです」
「なら…」
「ソラ様が、迷っているんです。誰を生涯の伴侶とするのか…」
「…あー…」
すごく納得した。
そうだろうなぁ…。良く言えば皆平等、悪く言えば優柔不断なソラちゃん。
ソラちゃん自身も、悪いとは思っていても…決められないんだろうなぁ…。
もし、誰か一人だけから、先に告白されたって状況ならいいんだろうけれど…。
たぶん、三人同時にだったのかな。それは難しいよね…。ソラちゃんじゃなくても。
「…でも、さ」
「?」
「決められないと思うよ。ソラちゃん。一生」
「………」
…黙っちゃった。
たぶん、ユニさん自身も考えたことだとは思うけれど…。
言わない方が、よかったかな。私自身、後に続けられる言葉がないし…。
…でも、そうだとしても、この答えだけは出しておいてもらいたい。
余計なお節介かもしれないけれど…それは、ソラちゃんの未来にも繋がる。
そして、ユニさんや…あと二人の恋人の未来にも。いずれ出すべき答え。
ソラちゃんに幸せになってもらいたい、っていう…私の意地。
「…信じています」
「信じている…?」
「はい。ソラ様は、最後には私を選んでくれると…信じています」
「ももさんも、ドラさんも…自分を選んでくれると…」
「………」
「答えが出るまではの時間は…とても長いかも、分かりません」
「ですが、ソラ様は必ず答えを出してくれます」
「…どうしてそう思うの?」
「ミーファ様も、御存知だと思いますよ」
「私も…?」
「はい」
……………。
……………。
………あぁ…。そっか…。
「…ソラちゃんにも、『特別』はいるから?」
「そうです。ソラ様は一見、皆に平等に、ありのままに接していますが…」
「ちゃんと『特別』はいるんです。私達を、『特別』にしてくれているんです」
「なら…『特別』の中に、更に『特別』があってもおかしくない筈です」
「…それを……ソラ様が、故郷のお話をする中で…」
「お友達の話の時に…ミーファ様を、『特別』に多く語っていたことで…」
「それで…確信したんです」
「……参ったなぁ…」
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
…本当に、参った。私がお節介に入る幕じゃない。
誰かを愛するっていうのは、こういうことなんだ。
恐らく、魔物だから…って訳じゃない。愛が分かる生き物は、全て。
ユニさんは、誰よりもソラちゃんのことを分かっている。恐らく、他の二人も。
生半可な気持ちの人なんて、その中には…とても入る隙間がない。
すごいなぁ…、魔物って。………ううん、ユニさんって。
ソラちゃん、幸せ者だね。お姉ちゃん、心から安心した。
「…そっか……」
さて…、ソラちゃんを村に連れて帰るつもりで来た私だけれど…。
………困ったなぁ……。本当に、困った。
「…そっかぁ……」
本当に嬉しいのに…困ったなぁ……。
……………
………
…
12/04/04 00:03更新 / コジコジ
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