堕落の術師
―宗教国家『レスカティエ教国』。 かの国は魔の手に堕ち、勇者は闇に呑まれ、民は色に狂った。 そこにかつての栄華はなく、地を跋扈するは、欲望に満ちた魔の影ばかり。 例え、人に似た姿を見ゆるとも、それはもはや人に非ず。飢えた獣に過ぎない。 大通りを歩けば、軒先にまで嬌声が響き、閉じられた窓が震え出す。 鼻先をくすぐるパンの香りも、今や懐かしい。この甘ったるい匂いは何か。 行き交う者々は、皆こちらに目を向けてくる。時折、嘗め回すような視線も感じる。 酒場の前を通り過ぎるも、喧嘩をしている酔っ払いは見られない。喧騒はあるが。 一歩進めば、こちらを尾ける足音が、次第に増えていく。先の視線も、より強く。 逃げることを考えようとも、裏道に入ってはいけない。日陰こそ彼女らの聖域だ。 この場に蔓延る大衆の内、いったい何人が、元はこの地の人間であろうか。 魔に堕ちた彼ら、彼女らが抱くその心は、変わり果てた自国を何と思うのか。 それとも、もはやそのような隙間もなく。全ては、隣に立つ者への愛で満ちているのか。 民は幸せなのか。勇者は救われたのか。国は新たな繁栄を迎えたのか。 誰に尋ねれば、その答えを得ることができるのか、私は未だ分からずにいる。 故に、せめて記録を残そう。 この国で起こった、数え切れぬほどの堕落劇。 その一端を…。 |
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