連載小説
[TOP][目次]
ラブウイルス
 カナエは海に潜るように人形の記憶に飛び込み、奥へ奥へと侵入する。

交戦許可ーーーー交戦不許可ーーーー交戦許可ーーーーーー不許可ーーーーー許可ーーーーー

「「こっち」にも出張してみるものだな……こんなに面白いものに遭遇するとは!……「A.I」搭載の「アンドロイド」と来たもんだ、SF映画でしか見たことないぞ!」

ついさっきの記録だ、時間を遡る。

「 お ぴ ゃ ー ! ? 」

……肉体を奪われるプティの視覚情報が現れた。
行きすぎた、もう少し後……

「出動の準備はいいか?」
完了しています
「よし……しかしいつ見ても不気味だな」

見えた、恐らくは船の中……この魔界領に侵入する前。
教団の兵士と見られる二人がこの人形に呼び掛けている。
やはり教団由来の代物だったらしい。

「「神の兵」ってもよ……見た目は悪魔的だよな、こいつの戦うところ見たことあるか?まるで魔物だ」
「味方なんだからいいだろ」

二人の兵は出動前のこの人形の側で雑談を始める。
どうやらこの人形は通称「神の兵」と言うらしい、なんとも教団らしいセンスだ。

「噂によるとこいつ、量産されるらしいな」
「何だって?こいつが?」
「あくまで噂だけどな」

聞き捨てならない。
こんな奴にうようよ増えられたら困る。

「どうやってだよ?」
「方法なんか俺が知るかよ、ただ……モノリス博士ならできるだろうよ」
「ああ……だろうな、あの人が出来るって言うならできるだろう」
到着まで、あと三分です
「もうすぐか、いつも正確だな」
「腹ん中に時計があるらしいぜ」

モノリス博士、どうやらその人物がこれの製作者らしい。
見てみたい、いや、好奇心だけの問題でなく知っておくべきだ。
さらに時間を遡る。

「ーーーーーーーー」
自己診断を開始します
「ーーーーー」
問題ありません
「ーーーーーーーーーーー」
了解しました

……?
おかしい。
場所はフラスコや研究機材らしきものが見受けられるので研究室だろう。
ということはこの話している相手がモノリス博士なのだろうが……。

「ーーーーーーー」
問題ありません
「ーーーーーーーーーーーーー」
はい
「ーーー」

妨害されている。
博士の話す言葉の部分だけノイズが入って聞き取れない。
その顔にもノイズが入って判別できない。

「ーーーーーーーー」
はい
「ーーーー」
現在まで大きな交戦は起きていません
「ーーーーー」
はい

と、その顔のわからない博士は妙な動きをした。
手を人形の方に伸ばしかけたかと思うと途中で不自然に止めて戻したのだ。
じわり、と胸苦しい感覚が伝わった。

まて、胸苦しい?
カナエは驚愕した。
胸苦しいだと?
これはつまり……。
この知能はそこまでの水準に達しているという事か?
そしてこの妨害はこの人形の拒否反応によって起こされていると?

カナエは侵入を中断して目を開いた。目の前には人形の顔がある。
無論、その顔に表情という表情は浮かんでいない。
しかしカナエは見た。
その目の中に揺らめく青白い火。
赤い炎よりも冷たく見えてその実赤い炎よりなお熱い青い火。
視線を表情から移すと人形の小刻みに震える右手が視界に入った、振り上げられている。
「何……」
ループしていたはずだ。動けるはずがない。
「……ア……」
人形の口が微かに開き、声が漏れた。
人形に触れている指先から伝わってくる。激情が。
触れるな、その記憶に触れるな、その人を見るな。
それだけは許さない。
「アア、ア、ア、ア、ア……」
カナエの顔に笑みが浮かぶ。
すごい、感情どころではない、これはもっと、複雑で高度な心。
嫉妬
「アアアアアア!」
血が通っているとしか思えない人形の声と共にノコギリが振り下ろされる。

ぞびぞびぞびぞびっ

怖気が立つような音が森に響いた。
柔らかいものが硬いものに潰される音、骨がへし折れる音、血の飛び散る音。
それら全部が入り混じった湿った音。
「……」
カナエは笑顔のままぐらり、と右に傾いた。
カナエのもう半分は左に傾いた。
振り下ろされたノコギリはカナエの左肩から入り込み、胸の間を通って右脇腹にかけて袈裟斬りにしていた。
カナエの上半身は二つに別れ、断面から夥しい血が溢れ出した。
魚のように二枚に下ろされた上半身がぐんにゃりと倒れる……。
直前、左側の手が右の手を掴んで崩れるのを防ぐ。
「いっ……」
右手と左手で引き合って身体を戻し、断面をぴったり合わせていく。
「いたたたたたたたたたたた」
苦悶の表情で上半身を再び一つにしたカナエは合わさったラインに手をかざす。
ぽう、と手の平に光が灯り、光を当てられた接合部がじわじわと溶接するように塞がっていく。
が、傷跡は完全に消える事なく無残な痕を残す。
「う……む……」
溶接が終わり、肩や首をグリグリ回すとカナエはしょんぼりした表情でその傷跡を見下ろす。
「しばらく完治にかかるなこれは……あー、のぶくんにまた怒られる……」
カタタタタタ……カタタタタタ……
人形の方は再びループ状態に陥り、振り下ろしたノコギリを微かに震わせていた。
見ると肩の部分の繊維が破けて内部が僅かに露出している。肉体の指示に強引に反して動いた結果、繊維が断裂したらしい。
しかしどうやらあの一撃が限界だったらしくそれ以上動く様子はない。
それでもあの青い火の灯った目でカナエをじっと見ている。
「……あー、その……すまない」
カナエは頭を掻くと謝った。
「機械のログを覗くような感覚で侵入をしたんだが……よもや嫉妬を抱く程に感性が発達しているとは思わなかったんだ……わかっていれば「乙女心」に侵入するなんて無粋はしなかったんだが、いや、言い訳だな……とにかくすまない」
「……」
カタタタタ……カタタタタ……
「言い訳ついでに言っておくと私には既にいい人がいる訳で、君の製作者に対して抱いたのはあくまで専門家としての興味であってそういう興味とは……」
「……」
カタタタタ……カタタタタ……
「OK、お詫びにちょっとしたプレゼントを送ろう」
すい、と紫に光る指先を躍らせるとひたりと人形の胸元の石に触れた。
「君を解放してあげようじゃないか……なあに、遠慮はいらない、これも侵略の一環だ……」
にんまりと魔物らしい笑みを浮かべてカナエは言った。







 魔界領の海岸、黒い空の下の暗い海に一隻の船が停泊していた。
鉄と木材でできた頑丈な作りのその船は掲げる旗もなく、特徴のない外観をしている。
その船の舳先に立つ船員は海岸近くの森をじっと観察していた
そろそろ時間のはずだ。
「……帰還を確認!」
その森から現れた長身の黒い影を見て船員は報告する。
アルファは静かに船に近寄る。
「止まれ!魔力検査を行う!」
魔道士の船員が船から降りてアルファに近付き、アルファの全身の魔力の濃度を測る、特に神霊石が保護する頭部周辺は念入りに。
「……異常なし」
「よし、出すぞ」
暗黒魔界の周辺なので、この海域は当然水棲の魔物の生息地だ。
魔物よけの魔法の効力がある間しか滞在は許されない。アルファを回収した隠密船は迅速に岸を離れた。
「……安全域に出たぞ」
「全く……毎度命懸けだぜ……」
回収に当たった二人の兵は格納されたアルファの傍で息をつく。
「お疲れ様です」
「あ?……あ、ああ……」
アルファが兵に声をかけた、兵士は戸惑いながら返事をした。
この人形の方から声をかける事など今までで初めてだ、大抵こちらから指示を与えない限り人形らしくじっと黙っているのが常だったのだが……。
呆気に取られる二人の前でアルファは潮風に乱れた髪をそっと撫でて整え、黒衣の乱れを直している。
「……」
「……」
何故か、二人はその仕草に見とれていた。
そうしてアルファが目を閉じてスリープモードに入ったところで顔を見合わせる。
「な、何見とれてるんだよお前」
「お、お前こそ……」







 「帰還いたしました」
「ああ……」
研究室でモノリスはアルファを背中で出迎えた。
黒衣の中に仕込まれていた収納バッグを下ろすとアルファは机に向かっているモノリスの背に何か言いたげな仕草をしたが、何も言わなかった。
「よし……メモリーチェックだ」
「はい」
アルファは研究室の中央にある席に座ると、その頭部に複雑な機械が取り付けられたヘルメットを被る。
そこから繋がる機材にアルファの今回の作戦の経緯が映像情報として映し出される仕組みだ。
「……」
出動から帰還までの経緯を確認する中、モノリスは一つ気になる部分を見つけた。
最後の素材収集の場面……森の中でワーウルフを襲撃した際の映像だ。
背後から奇襲を仕掛けようとした直後にノイズが入り、次の場面では既に船の到着ポイントに向かっている場面に飛んでいた。
「シシー……いや……アルファ……最後にワーウルフに接触した時何が起こった?」
「はい、このワーウルフに奇襲を勘付かれ交戦に発展しました、素材の回収には失敗し、撤退しました」
「損傷を受けたか?」
「ボディーに損傷はありません、しかし幾度か強い衝撃を受ける場面がありました」
「……」
実の所この映像記録装置は衝撃に弱い面があり、激しい動きやショックを与えると記録が飛ぶ事が度々ある。
「そうか……そのワーウルフは軍に所属している兵士ではなかったか?」
「はい、野生に生息しているタイプでした」
ならば、大きな問題に発展する事はないだろう。
最も厄介なケースは魔王軍にこの兵器の存在を知られる事だ。
「よし……ベータ、アルファと同期を行え」
「了解しました」
もう一方の机で複雑な製作マニュアルと向き合っていた小柄なベータは椅子に座るアルファに近付く。
「同期」とは二体の成長をより促すために互いの経験を共有させるシステムだ。
アルファが作戦から帰還したら行うようにしている。
ベータはアルファの手を取り、じっと情報の伝達を待つ。
「……?」
違和感を感じたのはその時だった。
いつもの同期と違う、何か違う、別の何かがアルファの中に流れている。
それが記憶情報と共に手の平を介して流れ込んで来る。
「ーーーーーーー」
ベータは見た。
アルファの無機質だった表情に浮かぶあるなしかの微笑を、生物的で、蠱惑的な微笑を。
びくんっ
ベータの身体が僅かに跳ねた。
机に向かっているモノリスは気づかない。
とろん、と、ベータの幼い顔が緩んだ、その顔をアルファが目を細めて見つめる。
「……」
「……」
「済んだか」
「「はい」」
同期が完了した時には二人共いつもの表情に戻っていた。
16/01/04 21:54更新 / 雑兵
戻る 次へ

■作者メッセージ
ここからが本番だ…(長い

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33