連載小説
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異次元の攻防
 コポ……コポコポ……
「……」
フラスコの中に満ちた緑色の液体。
その中に浮かぶのは白い塊。
表面から細かい気泡を発しながらその塊は徐々に体積を増やしていく。
少女はその様子をじっと見つめる。
「パーツ生成は時間のかかる作業、だ……現在のところはこのペースでしか、できない」
その少女の隣でフラスコを揺らしながらモノリスは解説する。
「施設の規模が大きくなれば……同時に進行できる数も増える……お前の数も増える……」
「私はこうして作られたのですね」
小柄な少女……ベータは青い輝きに顔を照らされながら言う。
「そうだ」
「興味深いです」
目を輝かせるベータからモノリスは目を逸らす。
そんな表情をするな。
胸を掻き荒らされるモノリスは知るよしもない。
今、自分の研究の結晶がもう一人の天才と対峙している事など。







 地を揺らす轟音と共に木々が揺れる。
最初の一撃で動物は逃げ去ってしまったのでもはや飛び立つ鳥もいない。
(……直線的だな)
カナエは舞い散る土や石と共に宙に舞いながら考える。
一直線に突進してきたシシーの斬撃を飛び上がって回避した所だ。
目標を失った「電気ノコギリ」はカナエの背後にあった巨木を一撃で切り倒し、また一本の木がこの戦いの犠牲となった。
ふわりと地面に着地したカナエは最初の時と同じく組み合わせた指の隙間から覗くようにシシーを観察している。
そのカナエに向き直ったシシーが地面を削りながらまたも突撃する。
最初に突撃を受けた時はその速度と威力に面食らったが変化も工夫もないその動きは読みやすく、今では十分な余裕を持って回避が間に合う。
(戦術を立てる程の応用力はない、か……?)
相手の知能を頭の中で計りながらカナエはじっと指の印を通して見る。
と、シシーが今までと違う動きをした。
ノコギリを下げてすっと姿勢を低くするとカナエに正面を向けたままじわじわと時計回りに動き出したのだ。
(お、違うパターン?)
変わらずシシーを解析しながらカナエも一定の距離を保つためじりじりと時計回りに動き出す。
(どういう目的の動きだ……?興味深い、戦術的な
バチン!
「おっ……」
思考が右足から伝わる感覚に遮られ、がくんとカナエの足が止まる。
見下ろしてみると地面が盛り上がってカナエの右足首に「噛み付いて」いる。
と、見る間にその土が色を変え、足にくい込む狩猟用の罠「トラバサミ」に姿を変えた。
シシーが装備するガジェットの一つ、「試作型カモフラージュトラップ」。
設置した瞬間、周囲の環境に擬態するというモノリスが開発した罠だ。
しかしながらあくまで試作型である為真似るのは色のみ。そのまま地面に置けばやはり目立つ。
シシーの繰り返しの突撃には複数の意味があった。
攻撃の動きに紛れて罠を設置する為。
設置した罠にカナエを誘導する為。
地面を掘り返し、罠の擬態をより完璧にする為。
そして、加減した動きに相手を慣らす為。
シシーは低くした姿勢からまたも突進した。
それまでの周囲を蹴散らすような荒々しい突撃とは違う静かな動きだった。
そして、今までで一番速い。
身動きの取れなくなったカナエに高速の刃が襲いかかる。

シシーの戦略に落ち度はなかった。
ひとえに相手が悪かった、としか言いようがない。
強いて言うなら下準備のためにこのリッチに時間的猶予を与えてしまった事が悪手だった。

カナエは慌てるでもなく突っ込んでくるシシーに対してそっと手をかざした。
指はピストルの形。
「バーン」
カナエはそう言って何かを撃つ真似をした。
ズザザザザザザ!
土を巻き上げてシシーは急ブレーキをかけた。
慣性を殺しきり、カナエの目前にノコギリを突き付ける形で急停止する。
「……」
カタタタタタ……
ノコギリは震えながらゆっくりと振り下ろす動きを再開し。
カタタタタタ……
寸前で停止すると離れる。
カタタタタタ……
振り下ろす
カタタタタタ……
離れる
カタタタタタ……
その動きが震えながら繰り返される。
「危なかった」
全く動揺した風もなくカナエは言うとよいしょ、と足のトラバサミを外した。
そして震えるノコギリを潜ってシシーの巨体に難なく近付く。
その間もシシーは震えながらノコギリの上げ下げを繰り返している。
無限ループ
シシーが陥っている状態はそう称される現象だ。
先ほどカナエが放ったのは攻撃ではなく「指令」。
十分な時間(と言っても数分に満たない)をもってシシーの制御システムを分析、解読した上でカナエが即興で作った指令信号。
流石に指令自体を変更するような複雑な指令を作る余裕はなかったが、もっと簡易なものなら作ることができた。
それは指令の調整。
これまでのシシーの行動を見るに、彼女は主に二つの指令の元に動いているようだった。
「特定の素材を収集せよ」が一つ。
そしてもう一つが「極力交戦は避けよ」。
カナエに遭遇した時、彼女は最初に逃走を選択した。
そして逃亡が不可能だと知ると交戦に切り替えたのだ。
つまり「やむを得ない状況に限り、交戦を許可する」。
そういう指示だと予測できる。
そこでカナエはその指令に変更を加えた。
「如何なる状況であっても交戦は許可しない」
しかしながらこの指令は本来の目的とかち合う指令であるためAIは「許可」と「不許可」の板挟みになり。結果、ループに陥る事になったのだ。
こちらの世界にはそんな用語どころか概念も存在しないが、いわゆる「ハッキング」という技術だ。
流石のモノリスもこんな形でシシーが破られるなどとは想定のしようがなかった。
カタタタタタ……
「ちょっと脳に負担だろうが、暫く辛抱してくれ……しかしデカいな本当に」
震えるシシーの膝をとん、と小突いて膝をつかせる。
「どれ、どんなもんかな……?」
喜色を隠そうとしない表情でカナエはシシーに触れる。
「んっ」
違和感を感じた。
魔力が消える。
(消える……というか、打ち消されている……相殺……?)
異変の発生源を調べると間もなくそれを見つけた。シシーの胸元に埋め込まれている石。
カナエは目を閉じてその石に触れる。
「これは鉱物ではなく……術式を物質化したものか」
さらに深く、その術式を解きほぐし、読み取っていく。
「うん……うん……なるほど……魔力で魔力を……これで制御を魔力から保護しているのか」
すごい発想だ、相当に柔軟な頭でないと出てこない。カナエはますますシシーの製作者に興味が沸いた。
「よし……ちょっとメモリーを確認させてもらうか、製作者の顔も見れるだろう」
シシーの額に触れ、またカナエは目を閉じる。
16/01/02 16:14更新 / 雑兵
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■作者メッセージ
あけおめ
ひたすら趣味に走った回である。
次弾ももう少しで装填終わるから待っててね。

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