連載小説
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確かな変化
 モノリスが不注意だったと言えばそうだ。
しかしベータの育成と同時に効率的量産方法を模索する研究で忙殺されていた近況を考えると致し方ないとも言える。
ついでに言うとそんな現状の中、アルファのメンテナンスを自己診断プログラムに任せきりにしていたのも原因だ。
アルファの異変を知らせたのはアルファ輸送班所属の兵士達だった。
「あれはそういう風に改造しているのか」
「仕事に集中できない」
「同僚達の間で妙な空気が蔓延している」
「おかしな気になるからどうにかしてくれ」
そういった苦情が噴出し、モノリスの元に届いてようやく気づく事になった。







コトン、

研究室の小さなテーブルでモノリスとアルファはチェス盤を挟んでいた。
久々の事だった。

コトン、

モノリスは内心感嘆していた。
身体的なグレードアップに目が行きがちだったが知能の面においても彼女は以前と違う次元に到達している。
加減を考えるよりも真剣に勝つために頭を回さなくてはいけない場面が何度かあった。
「参りました」
「ああ……」
対戦が終わって一息つき、モノリスは座っていても見上げるような位置にあるアルファの顔を見た後、視線を水平に戻した。
まさに、その目の前に苦情の原因があった。
「アルファ」
「はい」
「ボディの変化はいつ頃から始まっていた?」
一見すると、太ったかのように見える。
以前はスリムで威圧的なシルエットを型どっていた黒衣の前面の生地がみっちりと張りつめ、寸胴型になってしまっている。
しかし視線を下に移すと、胸から下の部分の生地は逆にゆとりがあることがわかる。
アルファの胸部、もっと正確に言うと乳房が極端に肥大していたのだ。
「ボディサイズは流動的に変化しているので時期の断定はできません、しかし明らかな兆候が出始めたのは魔界領への遠征を開始してから約1ヶ月後からです」
「何故……報告をしなかった?」
「報告が必要なケースは活動に支障があった場合、との指示を受けています、この変化は活動に影響をもたらしていません」
「……」
指示に対して融通がきかないあたり、モノリスは久々にアルファの知能が人工物であるという実感を得た。
しかしながらこれは……。
「アルファ」
「はい」
「肥大した部位を見せろ」
「はい」
アルファは迷わず黒衣の前面をはだけた。
ぷるん、という擬音では事足りない。ぶるん、でもない。
だゆん、とか、ばるん、とかいう擬音が相応しいものが黒衣の内から溢れ出た。
「…………」
一瞬、尻かとみまごうような巨大で真っ白な肉は開放された反動でゆらゆらとモノリスの前で揺れる。
見事な釣鐘型のそれは自重によって柔らかに外側にこぼれているが、そのサイズにしては驚くほどに形が整っている。
無論、アルファは女性型であるので乳房は以前からあった。
だがそれは魔力は女性の形と親和性が高いというデータからそうかたどっただけであり、あくまで人形だった。
つまり胸に膨らみはあったがこれほど豊満ではなく、そして……。
(……乳首……?)
真っ白な肌のその先端に、微かな切れ目のように見える部分がある。
陥没してはいるが……それは紛れも無く赤子に母乳を吸わせるための器官、乳頭だった。
よく観察するとその切れ目の周辺は薄くではあるがほんのりと紅色に色づき、ふっくらと盛り上がり始めているのも確認できる。
そう、以前は形だけだった胸の膨らみは本当に膨らんでいるだけでその先端にそんなものはなかった。
それが今本物の女性の乳房へと変貌を遂げ、無かった器官までも自生させつつあるのだ。
「………」
「………」
「………」
(……あっ……)
モノリスはふと我に返る。
そして研究者の観察眼ではなく、ただ単純にぼんやりとその膨らみに見とれている自分に気付いた。
新鮮な驚きだった。
ずっと忘れていた、いや、存在しないのじゃないかとすら思っていたものを自分の中に見つけたのだ。
すなわち性的欲望。
すなわち繁殖欲。
すなわち自分が人間の雄であるという証。
同時に兵士達が苦情を寄こした理由にも納得した。
このように雄の繁殖欲を刺激するものを兵器が動くたびにゆさゆさ揺らしていたのでは士気にも関わるだろう。
(興味深い……が、今は繁殖欲よりも調べなくてはいけない事がある)
「触るぞ」
「どうぞ」
ぐい、と服を広げてアルファはモノリスに向けて胸を突き出す。
大変な迫力だ。
モノリスはそれに手を伸ばす。疑問を抱えながら伸ばす。
自分は本当にメンテナンスによる問題解決を目的に触診をしようとしているのか?
実は繁殖欲に突き動かされて触れようとしているのではないか?
自分の中で結論が出ないまま、その果実に指が触れようとしている。
カチャ
「マスター……」
直前、ベータが扉を開いて部屋に入ってきた。
ベータの大きな瞳に巨大な乳房を晒すアルファとそれに手を伸ばすモノリスが映る。
「……」
「……」
微妙な空気の後、モノリスは無言で手を下ろし、アルファも指示されていないが胸をしまった。
「どうした、ベータ」
「……はい」
ベータが質問に答える前、モノリスは気付く。
研究室に慣れない匂いがする。
いつもは薬品と化合物の刺激臭に満ちている部屋にまったく種類の違う匂い。
(……甘い……菓子の匂い?)
「ベータ、何を作った」
「これを」
ベータは両手で皿を持っていた。
その上には少々形が不揃いなクッキーが盛られていた。
「加熱機器を使用して作りました」
モノリスはその暗い目でじろりとベータを睨む。
「……そんな指示は出していない」
「研究の進歩への貢献になると判断しての行動です」
「……研究の進歩と、そのクッキーの関連性を説明しろ、それともそのクッキーはクッキーに見える別の何かなのか」
「これはただのクッキーではありません」
「へえ?」
「小麦粉を使用せず、粉末状にした大豆を使用しているのが特徴です、その生地にナッツ類と細かくしたリンゴをブレンドして焼いたものです」
モノリスは額に手を当てて項垂れた。
「つまり菓子の新製品だ、それと研究の関連性は何だ」
「失礼ながら、マスターの健康状態、特に栄養状態は理想的と言い難い状況にあると思われます」
「……人形に食生活の心配をされる日が来るとは予想外だ」
「我々の生産はマスターの知識無くして成り立ちません、よってマスターの健康状態は研究の進歩に深い関連性があるものと予測できます。この食糧は摂取に手間がかからず、尚且つマスターの食生活に不足しがちな植物性タンパク質や食物繊維を豊富に……」
「わかったもういい」
手を上げて遮った。
「クッキーを焼くに至った経路は理解した、それはここに置いていけ」
「はい」
ベータはとてとてとテーブルに近付くとチェス盤のとなりに皿を置いた。
ふと、モノリスの思考が働いた。
戦場での食糧生成。
シシーが量産されたあかつきには戦闘だけでなく、そういった戦場でのサポートをするタイプも役立つだろう。戦場での食料事情は戦況に深刻な影響を与えるものだ。
いや、それだけではない。
モノリスはアルファに目を移し、今は黒衣の下に隠れているあの膨らみを思い出した。
戦場での慰安。
そういった用途にもーーーー
モノリスはその思考を頭から振り払った。
不快だった。
食料の案はともかく、後者の発想はそれ以上考える気になれないほどに不快だった。
戦闘だ、戦闘用のシシーをより発展させるのだ。
そうすればそもそも戦場に兵士が送られる事事態なくなるだろう、そうすればそんな用途にシシーが使われる日も来ない。
と、テーブルの横にじっと立って待機しているベータが目に入った。
ベータはテーブルの上に置かれたクッキーとモノリスをチラチラと交互に見ている。
「……」
モノリスは皿に手を伸ばし、それの一つを摘んで口に放り込んだ。
サク、サク、サク、
少々歯に引っ付くような食感は気になるが……味は香ばしく、果物の甘味もあってそこそこだった。
「……」
モノリスは無言で皿の上のクッキーを全て平らげた。
「これは保存が効くか?」
「はい、一週間程は」
「備蓄をいくらか作っておけ、作りすぎるなよ」
「はい」
その「はい」がいつもと違ってひどく嬉しげに聞こえ、モノリスはベータの顔を見た。
ほんの微かだが、その幼い表情はいつもより和らいで見える。
「ありがとうございます、ベータは大きな達成感を得ました」
「……皿を下げろ」
「はい」
皿を持って部屋を出て行くベータの後ろ姿を見ながらモノリスはまた、不快な考えを脳裏にちらつかせてしまう。
……慰安目的なら、ああいった幼い容貌のタイプにも需要があるのだろう。
モノリスの表情は口の中の甘味と裏腹に苦いものになっていった。
今は考えないようにしよう、今は……。
「……」
モノリスの向かいに座るアルファは胸に手を当て、モノリスのその苦渋に満ちた表情をじっと見ていた。

16/01/31 19:51更新 / 雑兵
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