連載小説
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異界より来たる
 「……目を開けてごらん」
モノリスの低い声が響く。
その声に合わせて少女は目を開いた。
場所は薄暗い研究室、その部屋の中央に据えられた寝台の上に少女は寝かされていた。
シシーに似ている……というより、シシーをそのまま幼くしたような容姿の少女だった。
二メートル以上あるシシーに対し、少女は150に満たない。
顔立ちも体格相応に幼い、十代前半というところか。
そして、シシーと同じ人形の身体をしている。
「神の兵を作る神の兵」
その先駆けとなる一体だ。
戦闘を想定して造られたシシーは運動性能やパワーを必要としたためボディサイズが大きくなった。
しかし精密な作業を行うこのタイプには殊更大きなボディは必要ないとの判断でかなりサイズを落としたのだ。
完成はもっと先になる筈だったが予定を前倒しにして実現することができた。
それもこれも全ては素材収集が想定より遥かにスムーズに進んだ事が原因だ。今もモノリスの背後に控えて影のように立つシシーのお陰と言える。







 シシーは素材収集を目的として魔界領に潜入し、作戦を単独で遂行してきた。
その際シシーは実際に魔力を動力として運用する事に成功したのだ。
魔力を動力として稼働する事は稼働時間の問題解決だけでなく、シシーの能力の向上にも繋がるという事は想定されていた。
しかしその伸び代は想定を遥かに超えていた。
身体能力から思考能力、応用力からチェスの腕、滑舌に至るまでシシーの性能は段階を飛ばすような成長を見せた。
その能力を存分に生かし、大きな戦闘を避けながらの収集に成功したのだ。







 「……初めまして……マスター・モノリス」
新たに造り出された少女は淀みのない口調で言った。
初期のシシーのように喋るのに苦労する事も視覚情報に混乱する事もない。
それも当然、彼女の「脳」はシシーの「脳」を複製したものなのだ、一通りの経験が既に蓄積された状態だ。
少女は寝台から身を起こし、モノリスの背後に控えるシシーを見る、シシーも少女を見返す。
「……」
「……」
モノリスは興味深いものを見た、無言で視線を合わせる「姉妹」。
何も語らなかったが、二人はぱちぱちと同時に瞬きをした、まるで鏡で移したように同じタイミングだ。
そう、複製された脳を持つという事は現時点でほぼ同等の記憶、知識を備えているという事だ。
例えるなら同一人物が違う肉体を持って二人存在しているようなものだ。
最も、それも初期の頃だけでやがてそれぞれに特徴が出てくるのではないかとモノリスは想定している。
今後二体は全く違う仕事をし、違う物を見て違う経験を蓄積していく事になる。
人間が環境に影響を受けて人格が形成されていくのと同様、シシー達もそれぞれに「個性」と呼べるものを持つのが自然だろう。
「名前は」
「うん……?」
「彼女の名前は、どうしますか、マスター」
シシーがモノリスに問いかける。
……モノリスは顎に手を当てて考え込む。
言われてみると考えていなかった、確かに同じ「シシー」ではどちらの事かわからない。
「……」
長考するモノリスを二人の「シシー」はじっと見る。
……ふと、モノリスは気付く、自分はまるで我が子の名を考えるように悩んでいる……。
この心構えは変えなくてはいけない、シシーはやがて量産され、兵器として扱われる存在だ。
一体一体に親のように愛着を持つべきではない……。
「アルファ」
モノリスは言った。
「それが、彼女の名でしょうか」
「違う」
モノリスは長身の方のシシーを見上げながら言う。
「お前は「シシー・α(アルファ)」だ、これからお前の事は「アルファ」と呼ぶ」
振り返り、寝台の上の少女に言う。
「お前は「シシー・β(ベータ)」……これから「ベータ」と呼ぶ」
「「了解しました」」
二体は一礼して応えた。
これでいい。
もはやこの人形の事をシシーとは呼ぶまい。
固有の名前など必要ない、どうせ量産が開始されたなら製造番号を振って区別していく事になる。
「……」
何故か、モノリスの脳裏にシシーとの思い出が断片的に蘇った。
静かな研究室で脳だけだった彼女とチェスを指していた時、初めての視覚情報に混乱していた時、肉体を得てからの一局でじっと次の手を考えるシシーの目。
モノリスは疲れたように椅子に腰を下ろした。
胸に苦いものが溢れる。
「お疲れでしょうか」
「黙れ」
「はい」
シシーに冷たく言った。
冷たくしようがどうしようが彼女がこちらに何かを思う事などない、彼女に心などないのだから。
ずっとしていた習慣も……彼女の頭を撫でる事もやめようと思った。
彼女に愛着を持つような行為は自らの心を追い詰める事に繋がる。
椅子の上でうなだれるモノリスを二人のシシーはじっと見ていた。







 「しくしくしく……ひどい……ひーどーいーよー……」
スライムのプティは椅子の上で泣き崩れている。
「ふーむ」
そのプティの背後に回り、体表にぺたぺたと手を触れて触診しているのが長い白髪の少女。
黒いローブを身に纏い、血の通わない青白い美貌。
アンデッドの探求者リッチ、それが彼女の種族だ。
このリッチはプティの住む村に診療所を開いている。
もっとも基本的に病気知らずな魔物達の村だ、いつもでもいる訳ではなく気の向いた時にしか開いていない。
村への返り道で奇妙なリビングドールに似た何かに襲われたプティはたまたま開いていた診療所に飛び込んだのだった。
「ゼリーを何割か奪われているが……まあ、致命的な痕跡はないな」
「ちめーてきですよう!見てくださいこの体!」
プティは手をぱたぱた振りながらアピールする。
胸元は元に比べてかなりサイズダウンし、振り回す手足も短い。
ついでに顔立ちも幼くなっている。気のせいか性格も。
「頑張って育ってのーさつぼでーになったのにぃ……しくしく」
リッチはため息をつくとプティの頭をちゃぷちゃぷと撫でる。
「そう悲観することもない、私だってこんなだがちゃんと伴侶には恵まれた」
そう言ってそっとローブの合わせ目を開いて見せる。
ローブの下には何も付けておらず(彼女曰くこれがリッチのスタンダードらしい)スレンダーな白い肢体が覗いた。
「……うう……せんせーの体は綺麗だもん……ちんちくりんと違うもん……」
「それはどうも、まぁまた頑張ってごはんを沢山食べれば元に戻るさ」
「はぁーい」
ぱたん、とカルテを閉じるとリッチは診察を終えた。







 「また、盗難か」
「そのようだ」
窓越しに家に帰るプティを見送りながらリッチは二階から降りてきた伴侶の男に応える。
相も変わらず無愛想な顔をしているが、それは見かけだけだという事をリッチは知っている。
「多いな」
「うむ……今のところ死傷重傷者が出ていないのは幸いだが……」
近頃この村周辺で盗難事件が多発している。
盗難、と目したがそれは人間界の盗難とはかなり趣が違う。
犯人が盗むのは被害者の体の一部。それだけ聞くと非常に恐ろしい事件だが前述の通りひどい怪我を負わせるようなものではない。
先ほどのスライムのゼリーを皮切りにアルラウネの葉、テンタクルの触手、ワーシープの毛並みやホルタウロスのミルク……。
大抵が何らかの手段で昏倒させられた後それらを掠めるように奪われいる。
それだけではなく、近隣の森から果実やハーブなどの収穫物が頻繁に採取されているようなのだ。
「金目当ての輩か」
「確かに魔界の産物は地方によっては高値で取引されているが……どうも、高額なものを狙っているのとは違う気がする」
ぱら、と診療記録の束を捲りながらリッチは言う。
「何か別の目的が?」
「さて、ね……ま、本人に聞けばわかるさ」
ふわりとリッチの肩を男の腕が抱いた。
「ん……」
リッチはその腕に手を添えて男の胸に頭を預ける。
「あまり無茶はするんじゃないぞ」
「心配するな、私を誰だと思っているんだ」
「俺の嫁だ」
「ふふ……そうだ、君の嫁さんだ、だから信用してくれ」
「お前だけの体じゃないからな」
「君の体だとも」
「……」
腕を解いて離れようとする夫の腕をリッチは引き止める。
「ひと仕事するための元気が欲しいな」
「うまいものでも作ろうか」
「わかっているくせに」
リッチは微笑むとするりとコートを足元に落とした。








 シシー・アルファは森の暗闇の中でじっと動かずいた。
アルファは学習する、魔物にも無警戒なタイプと警戒心の強いタイプがいる。
無警戒なタイプは特別な工夫をせずとも無防備に近づいて来るので事は容易い。例えば前回のスライムのように。
しかし今度のタイプはそうはいかない。
ザッ ザッ ザッ
目標を補足した。
フードを目深に被って獣道を歩くその姿は詳細にはわからないが、袖から露出する獣毛と服の裾から背後に垂れ下がっている獣の尻尾を見るに間違いない。
ワーウルフ。
必要なのはこの魔物の爪。
かすめ取るのは難しい部位であり、尚且つ危険に敏感な種族だ。
受けた指令は素材の収集、しかし交戦は極力避けるようにも指示されている。
有効な手段は奇襲による無力化。
木の上に座り込んで闇に紛れていたいたアルファは静かに行動を開始する。
木の幹を伝い、ゆっくりとワーウルフの背後に着地する。
その巨体にも関わらず全く音が立たない。大型の捕食獣のようだ。
「……」
姿勢を低く保ったまま這うように接近する。
彼女の背丈では月明かりを遮って気付かれる可能性が高いからだ。
手の届く範囲、ワーウルフに気付いた様子はない。
すうっとアルファの手が伸びる。
よく見ると通常の彼女の手とは外観が違う。
皮膚がなく、骨格が剥き出しになったような手。
その手の平に青白い石のようなものが埋め込まれている。
スライム捕獲の際にも使用したショック・アーム。
非殺傷性でありながら大型獣だろうと昏倒させる。魔物も例外ではない。
アルファのアタッチメントの中でも隠密に向いた装備だ。

パシッ

その手がワーウルフの肩に触れる直前、手首が掴まれた。
アルファの目は認識する。
手首を掴んだのは青白い人間の手。
爪も獣毛も生えていない。
「ふむ、面白い手をしているな?」
肩ごしに振り返ったのは手と同じく青白い肌の美しい少女の顔。
「もっとよく見せてくれないか」
「ーーーーーーーーーー」
瞬時に手を振り払い、大きく後方に飛び退く。
その拍子に相手の纏っていたフード付きのローブが払い落とされる。
長い白髪がこぼれ落ち、相手の魔物の全容が明らかになる。
ワーウルフではない。獣毛や尻尾はローブに付いている装飾……そう見せかけるためのもの。
中にいたのは白い長髪の青白い少女。恐らくアンデッド種。
アルファの脳は回転する。
張られていた、相手は自分をおびき出す目的でそう装っていたという事だ。
「意図はわからないが集める物には法則があった、次に欲しがるのはワーウルフの爪じゃないかと思ってな、ビンゴだ」
危険。
アルファは身を翻し、森の闇に消えようとする。
「つれない事するなよ」
ドンッと何かにぶつかるような音がしてアルファの動きが止まる。
見えない壁が立ち塞がっている。
結界だ。
「四方を囲んであるから逃げられないよ」
アルファは振り返り、直ちにモードを変える。
隠密重視から戦闘重視へ。
見る間に両手がすげ替わり、長大なノコギリが現れる。
「ほほお」
リッチは目を見開く。
「「スタンガン」の次は「電動ノコギリ」か?」
聞きなれない単語を言いながらふわりと重力がないかのように跳躍する。
轟音と共に直前までリッチが立っていた地面がノコギリで抉られる。
「リビングドール……ではないな?君は」
リッチは中空で逆さまになりながらで指を印のような形に結び、その指の隙間から逆さに見えるアルファの姿を覗き込んだ。
「……何と、まあ」
飛んだ時と同じくふわりと着地したリッチは驚きに目を見開いていた。
「使い魔でも遠隔操作でもなく自律して動いているのか君は!一体どんなぶっ飛んだ脳みその奴が君を作ったんだい?」
シャリリリリィン
アルファは無言でノコギリを擦り合せ、火花を散らせる。
その火花にリッチは目を輝かせる。
「「こっち」にも出張してみるものだな……こんなに面白いものに遭遇するとは!」
髪をかきあげ、狂気に近い好奇を目に燃やしながらリッチは笑う。
「「A.I」搭載の「アンドロイド」と来たもんだ、SF映画でしか見たことないぞ!」







 リッチの名は「カナエ・カワブチ」

異界より来たりし、頭脳明晰な死人。

15/11/07 08:32更新 / 雑兵
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■作者メッセージ
自作品のキャラを出張させるのは楽しい、楽しいのは作者だけかもしれない。
でも楽しい。

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