魔物娘掛け合い漫才:『目黒のサンマ』
「海だー! 海だよ!!」
「アリスお嬢様、走ると転んでしまいますよ。あとそこはまだ河口ですよ」
「ダメだよ、ダメダメそんなんじゃ! キキーモラもせっかく来たんだから! 盛り上がらないと! ほらっ、海だーー!!」
「海だー」
「ねえ低くない? テンション低くない?」
「いえ、そのようなことは決して。河口だー」
「ウチのメイドさん、クール過ぎるよ……。ほら、キキーモラもさ、楽しまないと! ビー・ハッピー!!」
「ええ、そうですね。お嬢様の言う通りです」
「でしょ?」
「非番だった今日の朝にお嬢様にいきなり起こされたあげく午後の『大好評! 稲荷先生の花嫁修行講座 〜お料理編〜』の貴重な予約を血涙まじりにキャンセルさせられたこのキキーモラも、実は海に行きたかった気分でございます」
「ねえトゲがない? 言葉にトゲがない?」
「いえ、そのようなことは決して。ヤッホー」
「山じゃないよ!?」
「まあ、いいでしょう。私も久しぶりに海に来ましたから」
「しかも魔界じゃないふつーの海だからね! 青いね、すっごく青いね!」
「アリス様の館の前に流れる川はドドメ色してますからね」
「ねえやめて? さも当たり前のように風評被害バラまくのやめて?」
「でもたまにピンク色っぽくなるのは本当です」
「それはまあ、魔界だからね! そういう時期はお母さまの鼻息もなんだか荒くなる時期だからわかりやすいよね!」
「いえそれは、鼻息が荒くなるというよりは、単に発情してるだけですね」
「はつじょう?」
「お嬢様にはまだ早いかと。せめて想い人でもできてから出直しやがれください」
「ねえなんで? なんでたまにキキーモラは尖ったナイフみたいになるの? ……もういいもん! こうして来たんだから、ステキなお兄ちゃんでも見つけちゃうんだから!」
「そうですね。私も良いタイミングです、ここで花嫁修行の成果を見せるべきでしょう。殿方へのお声かけはお任せください」
「そんなことも花嫁修行で練習するの!? 大丈夫? いろいろとブレてない?」
「ブレてません!! 完璧ですッ!!」
「そんなところでキリッとしちゃうの……?」
「お嬢様、見ていてください。このメイドが殿方の1人や2人……いえ、忠臣二君に仕えず。私が真に仕えるべき殿方を我が物にしてみせます」
「ねえ私は? キキーモラの中で私の扱いはお嬢様(仮)とかそんな感じなの?」
「今こそ、我が物にしてみせますッ……!」
「無視かな?」
「いえ、そのようなことは決して」
「あ、そういえば、確かキキーモラ前も社交会で同じこと言ってたよね、でも狙ってた使用人さんに声もかけられずに結局ワイトさんに取られやめて? 私を掴んで海に投げ込もうとするのやめて?」
「お嬢様(笑)。言っておきますが今の私は以前の私ではありません」
「うん。いちいちツッコミは入れないけど、そうなの?」
「はい、おっしゃる通り以前の私は、花も恥じらう乙女特有のシャイな性質から、殿方に話しかけることが難しかったのは事実です」
「シャイかなぁ……」
「しかし乙女な私はくじけませんでした。なぜなら、『大好評! 稲荷先生の花嫁修行講座』があったからです」
「広告の成功談みたいな語りになってきたね」
「その講座の1つ、『花嫁修行講座 〜腹式呼吸と発声編〜』によって私は変わりました」
「応援団かな?」
「さあ行きましょうアリスお嬢様! 素晴らしいとのが……海は待ってくれませんよ!」
「いいよそこまで言ってから直さなくても!!」
「お嬢様の理想のお兄様も見つかるかもしれませんよ?」
「そ、それは…………えへへ……。ホントに見つかるかなぁ? 私をおひざにのせてくれたり、腕まくらしてくれるお兄ちゃん……。ねえねえ、キキーモラはどんな人が好みなの?」
「四回り以上は年上のナイスシルバーか、もしくは法に触れるくらいの幼女ですね」
「え、振れ幅大きすぎない!? というか後半は何がおきたの!?」
「あ、キキーモラきた! おかえりー!」
「…………フッ」
「やさぐれてる!!」
「衆目の中でイチャつきおってからに……いやむしろこの場では独り身の方が少数…………つまり私の方がつまはじき者だった…………という笑い話なのでしょうね………………ははっ、滅びよ」
「だからなに!? こじらせすぎたウィル・オ・ウィスプみたいになってるよ!?」
「アリスお嬢様。見てください、周りを」
「たくさん来てるね、人も魔物も」
「ですが、夫婦や恋人同士、あるいは家族連ればかりでしょう?」
「あー……あまり1人で来てたりとか、男の子同士でとかはいないねー、残念だけど」
「もう帰りましょうか」
「早くない!?」
「他に海で何をしろと!?」
「海水浴は!?」
「ああなるほど、だからお嬢様はかわいい水着に着替えていらしたのですね」
「えへへ、でも私はむしろメイド服のままのキキーモラの方が疑問だけどね」
「ご心配なく、防水仕様です」
「……ま、まあいいや! それより見て見てこれ! キキーモラが離れてるスキに大きな板をひろったよ! これ浮きがわりにして泳ごうと思うの!」
「小汚い板ですね」
「浜辺に転がってたからね!」
「文字が少し残ってますよ、何かの看板だったのかもしれませんね」
「それじゃああそこの岩まで競争しようよ! キキーモラは私より身体が大きいから、私はハンデでこの板を使って泳ぐよ!」
「わかりました、手加減なしでいかせていただきます」
「もちろんだよ! さぁスタート!! キキーモラー、追いつけるものなら追いついてみなー!!」
「ぜぇ……ぜぇ…………」
「お嬢様、私の勝ちですね」
「そりゃね……いっさい泳がず岩場をジャンプされたらそりゃね……」
「これでも元は魔獣ですから」
「うん、でもえげつない勝ち方には変わりないよね?」
「それで、勝った方は負けた方におごり、ということでよろしいでしょうか?」
「さらっと主従関係でそれはどうなのかなって感じのことを言うね」
「お嬢様と私の関係は、そんな凡俗の主従と同列に扱えるような関係ではありませんよ」
「なんかいい話っぽくしようとしてるけど、これただのタカリだからね? ……でもいいよ! 日頃のおつかれさまの意味もこめて、キキーモラになにかごちそうしてあげる!」
「なんでもですか?」
「先に言っておくけど、食べものでね! あと、私のおこづかいの範囲でね!」
「そう、ですか……」
「露骨にガッカリされてる……」
「いえ、何であれアリスお嬢様のお優しさ。たとえそこらに転がるヒトデやフロウケルプであってもためらいなく私は食べましょう」
「それはやめて? 特に後半はやめて?」
「お嬢様、あちらにお店が見えます。そこで何か買うというのはいかがでしょうか?」
「海の家ってやつだね! もちろんいーよ!」
「では、私が買ってまいります。アリスお嬢様はお疲れでしょうから、こちらでお待ちください」
「わかった、座ってまってるね。 私は飲み物をおねがい!」
「お任せください、必ずやご期待に沿えるものを手に入れてまいります。メイドの大盤振る舞いです」
「……手に持ってるの、私のおサイフだけどね」
「買ってきました」
「だいぶ時間かかったけど、なにかあったの?」
「申し訳ありません。お店の主人さまと世間の荒波について愚痴りあっていたところ、盛り上がってしまいまして」
「そっか……こういう時なんて言えば良いのかわからないけど、気をつけてね?」
「はい、心がスッキリしました」
「反省してるようにみえてしてないね? 休日のに無理強いしたのは悪いと思ってるけど、でも主人を2時間近くほうっておいて話し込んじゃうのはどうかなーと思うよ?」
「いえ、2時間半です」
「そうだね、私はその2時間半の時間でまた泳ぎなおして、しおれてたフロウケルプさんに水をあげて仲良くなって、ついでに仲良くなりすぎて海の中に引き込まれそうになってたよ」
「だからお嬢様の水着に隙間なくみっちり海藻が詰められているのですね」
「うん、ちょっと水着の形が変わるくらい詰めこまれてるね」
「アリス様からダシの良い匂いがします」
「それは気のせいだと思うよ」
「匂い立つような美しさでございます」
「うまいこと言ったつもりかな?」
「さてお嬢様、こちらが買ってきたお品になります」
「待ってたよ! 見せて見せて!」
「このキキーモラ、あの店にあったラインナップから熟慮を重ね、これと決めてまいりました」
「そんなにいろいろ売っていたの?」
「はい、アワビとイカ焼き、そしてこの『冷やしねぶりの果実』の3点が売り物でした」
「予想外に少ない品揃え」
「見てくださいこれ、お嬢様は初めてでしょう」
「……冷やしバナナだよね? 外側の模様とか、皮が黒いのとかはバナナっぽくないけど」
「これをですね、剥きます」
「わ、赤黒いぶよぶよが出てきた。これが実?」
「もっとよく見てください。ほら、何に見えますか? 何に見えますか?」
「つめたっ! なんで顔に押しつけてくるの?」
「そうですね、男性器ですね」
「言ってないよ!? ……えっ、そうなの!?」
「『えっ(ちの時に)、そう(にゅうするもの)なの!?』…………はい、大正解です!」
「言ってないよ!? し、知らない! えっちなんて知らないもん!! そそ、そーゆうのは、大人になってからじゃないとダメなんだよ!」
「そういうことにしておきましょう。ですが、これだけは言わせてください。おもちゃ箱の下を二重底にして一冊の本を置くという斬新な工夫、このキキーモラ、感服しております」
「んにゃーーーー!!」
「ちなみにアリス様のお父様もお母様も、サキュバスのお姉様がたも使用人も飼い猫のケット・シーも全員知っております。長姉様など、本の続刊をお買い求めになるほど……」
「もう、もういいから! わかったから!」
「まだソフトな少女マンガ的と言いますか、描写が軽めなので見逃されていますが、あれ以上となるとちょっと厳しいですね。精神的にも、家族の見る目という意味でも」
「……なんでメイドに自腹でヘンなものを買ってこられて、しかも精神的に追い詰められなきゃいけないの……。というか、私は飲み物をお願いって言ったよね!?」
「選択肢がアワビと焼きイカと冷やしねぶりの果実しかありませんでしたので」
「そうだったね! なにその店!? なんでのど渇きそうなものとソレしか置いてないの!?」
「出店していた店主様いわく、自虐ネタだそうです」
「意味がわからないよ……」
「それとお嬢様、あまり指示語ばかりで話すのは良い淑女とは言えません。きちんと、ソレではなく、『おにんにんによく似た赤黒い猛り立ったモノ』と言ってください」
「言い方がマニアック過ぎるうえに長いよ!?」
「さて、そろそろこれの食べ方の説明をしてまいりましょうか」
「すごい流れのぶった切りかたを見たよ……。でも、それ本当に食べれるの?」
「もちろんです。むしろ果肉は水分も多く、喉も潤せるでしょう」
「な、なるほど。キキーモラなりに考えて選んでくれていたんだね」
「はい」
「じゃあ、その食べ方を見せてもらおうかな! バナナと同じ? むいたのを上から」
「ぐぷっ♥♥ んっんっんっ♥♥♥ ん〜♥んちゅっんちゅっむちゅっ♥♥♥」
「えっ」
「んぅ〜〜〜♥♥♥ ぁまいぃ……♥もっとぉ……♥♥ ん、んぼっんぼっ♥♥ぐぶっぐぶっぐぶっぐぶっ♥♥んぼっんぼっ♥♥ぐぶっぐぶっぐぶっぐぶっ♥♥ずずっ〜♥♥ずずっずずっ〜♥♥♥」
「ちょっ」
「ん、んんっ〜♥♥ノドに絡んでっ♥♥♥はぁ♥はぁ♥ああ、濃いぃ、すっごく濃いぃ……♥♥んぷっ、あ、少しこぼれてしまいました♥メイド服が汚れてしまいますっ♥♥♥ …………ふぅ。お嬢様、このように」
「このように!? なに今の!?」
「ねぶりの果実。これは皮が二層になっておりまして、外皮を剥いたあとの内側の皮は非常に破けやすくなっております」
「すごく冷静に語りだしたね……」
「そこでこれを食す際には、内側の皮を咥えて体温で実を温めるのです。そうすることで中の白いドロドロの果肉が膨張し、咥えている箇所から破けてぶびゅりと溢れ出すのです」
「な、なるほど……?」
「ではお嬢様もレッツトライです」
「これ、これをむいて……。わ、こっちも赤くて黒くてカチカチだね……」
「いいですよ、そのたどたどしい感じ。すごくいいです」
「はむっ。んもんも……んも」
「はいダメ! お嬢様ダメです!!」
「んぷぇっ……。え、なんで? しかもキキーモラ、さっきからなんでこの海に来て今一番のテンションの上がりかたしてるの?」
「はい見て! お嬢様、私をお手本に! ここは上下に激しくこう! こう、こうして…………んっ〜♥♥……んふ、甘い♥……んぐぼっんぼっんぼっ♥♥」
「いる? ねえその動きいる?」
「要りますッッッ!!」
「力込めすぎじゃないかな!? そんな尻尾立てるほど!?」
「もう私の方は食べ終わってしまいますよ! ほらアリスお嬢様も早くしゃぶって! 私も反対側から手で持って、立って上から見てチェックして差し上げますから!!」
「なにこの態勢!! どうして私、キキーモラの前でひざまずいてるの!?」
「ほら早くしゃぶる! ほら! ほら!」
「んっ!? ぐぶっ、ぐるじっ、いっ! んぐっ、ずっ、ごぼっごぼっごぼっ! …………んぐ!? ご、ごくっ♥♥ んちゅ、んちゅっんちゅっ〜♥♥♥」
「イイ、イイですよ!! すごくイイです! ああ、お嬢様が私のを咥えてるっ!!」
「たしか、にっ♥甘くて、おいしっ♥♥♥」
「まだ半分以上残ってますからね! 今日は完璧にこの秘密の特訓をマスターしてから帰っていただきますよ! ほら、さあほら、ふんっ!! ふんっ!!」
「お母さま、今日こそねぶりの果実は届いていませんか!?」
「あ、ああ、届いているが……」
「やった! お母さまだいすきです!」
「しかしかわいいアリスや、一体どこでそれを知ったんだい? ……その、まだ小さなアリスには早くはないかい?」
「そうなのですか? お母さま、どうしてそんな汗をかいているのですか?」
「汗なんてかいてないわ、おほほ。……おそらく、社交会で出された未婚者用の料理を見て欲しくなったのだろうけど……。一応頼んでおいたのが来たから、今日の料理に添えてあるよ」
「わーい!! えっと、どれですか?」
「これだよアリス、ああ、そっちの大皿じゃない。このお皿の白いスープさ」
「これ、ですか?」
「そ、そうさね。ねぶりの果実というのは本来こうしてスープにして食べるのだよ。他にも食べ方はないこともないが、それはもう少しだけ大きくなってからにしようね? では皆揃ったことだし、今日の晩餐をいただこうか」
「はい! では……ん、ごくっ…………あれ?」
「どうかしたのかい、おちびさんや?」
「……なんだか、物足りないような?」
「そ、そんなことはないだろう? それがねぶりの果実の味さ」
「んー…………?」
「あ、アリス?」
「お母さまごめんなさい、こちらはあまりおいしくないと思ってしまいました……」
「そ、そうさね。この味が良いと思うのは、もう少し大人になってからだろうね」
「はい! やっぱりねぶりの果実は、キキーモラが直に出したものに限りますね!」
「………………」
「………………」
「今そこの扉から逃げ出したアイツを捕まえなさい」
「アリスお嬢様、走ると転んでしまいますよ。あとそこはまだ河口ですよ」
「ダメだよ、ダメダメそんなんじゃ! キキーモラもせっかく来たんだから! 盛り上がらないと! ほらっ、海だーー!!」
「海だー」
「ねえ低くない? テンション低くない?」
「いえ、そのようなことは決して。河口だー」
「ウチのメイドさん、クール過ぎるよ……。ほら、キキーモラもさ、楽しまないと! ビー・ハッピー!!」
「ええ、そうですね。お嬢様の言う通りです」
「でしょ?」
「非番だった今日の朝にお嬢様にいきなり起こされたあげく午後の『大好評! 稲荷先生の花嫁修行講座 〜お料理編〜』の貴重な予約を血涙まじりにキャンセルさせられたこのキキーモラも、実は海に行きたかった気分でございます」
「ねえトゲがない? 言葉にトゲがない?」
「いえ、そのようなことは決して。ヤッホー」
「山じゃないよ!?」
「まあ、いいでしょう。私も久しぶりに海に来ましたから」
「しかも魔界じゃないふつーの海だからね! 青いね、すっごく青いね!」
「アリス様の館の前に流れる川はドドメ色してますからね」
「ねえやめて? さも当たり前のように風評被害バラまくのやめて?」
「でもたまにピンク色っぽくなるのは本当です」
「それはまあ、魔界だからね! そういう時期はお母さまの鼻息もなんだか荒くなる時期だからわかりやすいよね!」
「いえそれは、鼻息が荒くなるというよりは、単に発情してるだけですね」
「はつじょう?」
「お嬢様にはまだ早いかと。せめて想い人でもできてから出直しやがれください」
「ねえなんで? なんでたまにキキーモラは尖ったナイフみたいになるの? ……もういいもん! こうして来たんだから、ステキなお兄ちゃんでも見つけちゃうんだから!」
「そうですね。私も良いタイミングです、ここで花嫁修行の成果を見せるべきでしょう。殿方へのお声かけはお任せください」
「そんなことも花嫁修行で練習するの!? 大丈夫? いろいろとブレてない?」
「ブレてません!! 完璧ですッ!!」
「そんなところでキリッとしちゃうの……?」
「お嬢様、見ていてください。このメイドが殿方の1人や2人……いえ、忠臣二君に仕えず。私が真に仕えるべき殿方を我が物にしてみせます」
「ねえ私は? キキーモラの中で私の扱いはお嬢様(仮)とかそんな感じなの?」
「今こそ、我が物にしてみせますッ……!」
「無視かな?」
「いえ、そのようなことは決して」
「あ、そういえば、確かキキーモラ前も社交会で同じこと言ってたよね、でも狙ってた使用人さんに声もかけられずに結局ワイトさんに取られやめて? 私を掴んで海に投げ込もうとするのやめて?」
「お嬢様(笑)。言っておきますが今の私は以前の私ではありません」
「うん。いちいちツッコミは入れないけど、そうなの?」
「はい、おっしゃる通り以前の私は、花も恥じらう乙女特有のシャイな性質から、殿方に話しかけることが難しかったのは事実です」
「シャイかなぁ……」
「しかし乙女な私はくじけませんでした。なぜなら、『大好評! 稲荷先生の花嫁修行講座』があったからです」
「広告の成功談みたいな語りになってきたね」
「その講座の1つ、『花嫁修行講座 〜腹式呼吸と発声編〜』によって私は変わりました」
「応援団かな?」
「さあ行きましょうアリスお嬢様! 素晴らしいとのが……海は待ってくれませんよ!」
「いいよそこまで言ってから直さなくても!!」
「お嬢様の理想のお兄様も見つかるかもしれませんよ?」
「そ、それは…………えへへ……。ホントに見つかるかなぁ? 私をおひざにのせてくれたり、腕まくらしてくれるお兄ちゃん……。ねえねえ、キキーモラはどんな人が好みなの?」
「四回り以上は年上のナイスシルバーか、もしくは法に触れるくらいの幼女ですね」
「え、振れ幅大きすぎない!? というか後半は何がおきたの!?」
「あ、キキーモラきた! おかえりー!」
「…………フッ」
「やさぐれてる!!」
「衆目の中でイチャつきおってからに……いやむしろこの場では独り身の方が少数…………つまり私の方がつまはじき者だった…………という笑い話なのでしょうね………………ははっ、滅びよ」
「だからなに!? こじらせすぎたウィル・オ・ウィスプみたいになってるよ!?」
「アリスお嬢様。見てください、周りを」
「たくさん来てるね、人も魔物も」
「ですが、夫婦や恋人同士、あるいは家族連ればかりでしょう?」
「あー……あまり1人で来てたりとか、男の子同士でとかはいないねー、残念だけど」
「もう帰りましょうか」
「早くない!?」
「他に海で何をしろと!?」
「海水浴は!?」
「ああなるほど、だからお嬢様はかわいい水着に着替えていらしたのですね」
「えへへ、でも私はむしろメイド服のままのキキーモラの方が疑問だけどね」
「ご心配なく、防水仕様です」
「……ま、まあいいや! それより見て見てこれ! キキーモラが離れてるスキに大きな板をひろったよ! これ浮きがわりにして泳ごうと思うの!」
「小汚い板ですね」
「浜辺に転がってたからね!」
「文字が少し残ってますよ、何かの看板だったのかもしれませんね」
「それじゃああそこの岩まで競争しようよ! キキーモラは私より身体が大きいから、私はハンデでこの板を使って泳ぐよ!」
「わかりました、手加減なしでいかせていただきます」
「もちろんだよ! さぁスタート!! キキーモラー、追いつけるものなら追いついてみなー!!」
「ぜぇ……ぜぇ…………」
「お嬢様、私の勝ちですね」
「そりゃね……いっさい泳がず岩場をジャンプされたらそりゃね……」
「これでも元は魔獣ですから」
「うん、でもえげつない勝ち方には変わりないよね?」
「それで、勝った方は負けた方におごり、ということでよろしいでしょうか?」
「さらっと主従関係でそれはどうなのかなって感じのことを言うね」
「お嬢様と私の関係は、そんな凡俗の主従と同列に扱えるような関係ではありませんよ」
「なんかいい話っぽくしようとしてるけど、これただのタカリだからね? ……でもいいよ! 日頃のおつかれさまの意味もこめて、キキーモラになにかごちそうしてあげる!」
「なんでもですか?」
「先に言っておくけど、食べものでね! あと、私のおこづかいの範囲でね!」
「そう、ですか……」
「露骨にガッカリされてる……」
「いえ、何であれアリスお嬢様のお優しさ。たとえそこらに転がるヒトデやフロウケルプであってもためらいなく私は食べましょう」
「それはやめて? 特に後半はやめて?」
「お嬢様、あちらにお店が見えます。そこで何か買うというのはいかがでしょうか?」
「海の家ってやつだね! もちろんいーよ!」
「では、私が買ってまいります。アリスお嬢様はお疲れでしょうから、こちらでお待ちください」
「わかった、座ってまってるね。 私は飲み物をおねがい!」
「お任せください、必ずやご期待に沿えるものを手に入れてまいります。メイドの大盤振る舞いです」
「……手に持ってるの、私のおサイフだけどね」
「買ってきました」
「だいぶ時間かかったけど、なにかあったの?」
「申し訳ありません。お店の主人さまと世間の荒波について愚痴りあっていたところ、盛り上がってしまいまして」
「そっか……こういう時なんて言えば良いのかわからないけど、気をつけてね?」
「はい、心がスッキリしました」
「反省してるようにみえてしてないね? 休日のに無理強いしたのは悪いと思ってるけど、でも主人を2時間近くほうっておいて話し込んじゃうのはどうかなーと思うよ?」
「いえ、2時間半です」
「そうだね、私はその2時間半の時間でまた泳ぎなおして、しおれてたフロウケルプさんに水をあげて仲良くなって、ついでに仲良くなりすぎて海の中に引き込まれそうになってたよ」
「だからお嬢様の水着に隙間なくみっちり海藻が詰められているのですね」
「うん、ちょっと水着の形が変わるくらい詰めこまれてるね」
「アリス様からダシの良い匂いがします」
「それは気のせいだと思うよ」
「匂い立つような美しさでございます」
「うまいこと言ったつもりかな?」
「さてお嬢様、こちらが買ってきたお品になります」
「待ってたよ! 見せて見せて!」
「このキキーモラ、あの店にあったラインナップから熟慮を重ね、これと決めてまいりました」
「そんなにいろいろ売っていたの?」
「はい、アワビとイカ焼き、そしてこの『冷やしねぶりの果実』の3点が売り物でした」
「予想外に少ない品揃え」
「見てくださいこれ、お嬢様は初めてでしょう」
「……冷やしバナナだよね? 外側の模様とか、皮が黒いのとかはバナナっぽくないけど」
「これをですね、剥きます」
「わ、赤黒いぶよぶよが出てきた。これが実?」
「もっとよく見てください。ほら、何に見えますか? 何に見えますか?」
「つめたっ! なんで顔に押しつけてくるの?」
「そうですね、男性器ですね」
「言ってないよ!? ……えっ、そうなの!?」
「『えっ(ちの時に)、そう(にゅうするもの)なの!?』…………はい、大正解です!」
「言ってないよ!? し、知らない! えっちなんて知らないもん!! そそ、そーゆうのは、大人になってからじゃないとダメなんだよ!」
「そういうことにしておきましょう。ですが、これだけは言わせてください。おもちゃ箱の下を二重底にして一冊の本を置くという斬新な工夫、このキキーモラ、感服しております」
「んにゃーーーー!!」
「ちなみにアリス様のお父様もお母様も、サキュバスのお姉様がたも使用人も飼い猫のケット・シーも全員知っております。長姉様など、本の続刊をお買い求めになるほど……」
「もう、もういいから! わかったから!」
「まだソフトな少女マンガ的と言いますか、描写が軽めなので見逃されていますが、あれ以上となるとちょっと厳しいですね。精神的にも、家族の見る目という意味でも」
「……なんでメイドに自腹でヘンなものを買ってこられて、しかも精神的に追い詰められなきゃいけないの……。というか、私は飲み物をお願いって言ったよね!?」
「選択肢がアワビと焼きイカと冷やしねぶりの果実しかありませんでしたので」
「そうだったね! なにその店!? なんでのど渇きそうなものとソレしか置いてないの!?」
「出店していた店主様いわく、自虐ネタだそうです」
「意味がわからないよ……」
「それとお嬢様、あまり指示語ばかりで話すのは良い淑女とは言えません。きちんと、ソレではなく、『おにんにんによく似た赤黒い猛り立ったモノ』と言ってください」
「言い方がマニアック過ぎるうえに長いよ!?」
「さて、そろそろこれの食べ方の説明をしてまいりましょうか」
「すごい流れのぶった切りかたを見たよ……。でも、それ本当に食べれるの?」
「もちろんです。むしろ果肉は水分も多く、喉も潤せるでしょう」
「な、なるほど。キキーモラなりに考えて選んでくれていたんだね」
「はい」
「じゃあ、その食べ方を見せてもらおうかな! バナナと同じ? むいたのを上から」
「ぐぷっ♥♥ んっんっんっ♥♥♥ ん〜♥んちゅっんちゅっむちゅっ♥♥♥」
「えっ」
「んぅ〜〜〜♥♥♥ ぁまいぃ……♥もっとぉ……♥♥ ん、んぼっんぼっ♥♥ぐぶっぐぶっぐぶっぐぶっ♥♥んぼっんぼっ♥♥ぐぶっぐぶっぐぶっぐぶっ♥♥ずずっ〜♥♥ずずっずずっ〜♥♥♥」
「ちょっ」
「ん、んんっ〜♥♥ノドに絡んでっ♥♥♥はぁ♥はぁ♥ああ、濃いぃ、すっごく濃いぃ……♥♥んぷっ、あ、少しこぼれてしまいました♥メイド服が汚れてしまいますっ♥♥♥ …………ふぅ。お嬢様、このように」
「このように!? なに今の!?」
「ねぶりの果実。これは皮が二層になっておりまして、外皮を剥いたあとの内側の皮は非常に破けやすくなっております」
「すごく冷静に語りだしたね……」
「そこでこれを食す際には、内側の皮を咥えて体温で実を温めるのです。そうすることで中の白いドロドロの果肉が膨張し、咥えている箇所から破けてぶびゅりと溢れ出すのです」
「な、なるほど……?」
「ではお嬢様もレッツトライです」
「これ、これをむいて……。わ、こっちも赤くて黒くてカチカチだね……」
「いいですよ、そのたどたどしい感じ。すごくいいです」
「はむっ。んもんも……んも」
「はいダメ! お嬢様ダメです!!」
「んぷぇっ……。え、なんで? しかもキキーモラ、さっきからなんでこの海に来て今一番のテンションの上がりかたしてるの?」
「はい見て! お嬢様、私をお手本に! ここは上下に激しくこう! こう、こうして…………んっ〜♥♥……んふ、甘い♥……んぐぼっんぼっんぼっ♥♥」
「いる? ねえその動きいる?」
「要りますッッッ!!」
「力込めすぎじゃないかな!? そんな尻尾立てるほど!?」
「もう私の方は食べ終わってしまいますよ! ほらアリスお嬢様も早くしゃぶって! 私も反対側から手で持って、立って上から見てチェックして差し上げますから!!」
「なにこの態勢!! どうして私、キキーモラの前でひざまずいてるの!?」
「ほら早くしゃぶる! ほら! ほら!」
「んっ!? ぐぶっ、ぐるじっ、いっ! んぐっ、ずっ、ごぼっごぼっごぼっ! …………んぐ!? ご、ごくっ♥♥ んちゅ、んちゅっんちゅっ〜♥♥♥」
「イイ、イイですよ!! すごくイイです! ああ、お嬢様が私のを咥えてるっ!!」
「たしか、にっ♥甘くて、おいしっ♥♥♥」
「まだ半分以上残ってますからね! 今日は完璧にこの秘密の特訓をマスターしてから帰っていただきますよ! ほら、さあほら、ふんっ!! ふんっ!!」
「お母さま、今日こそねぶりの果実は届いていませんか!?」
「あ、ああ、届いているが……」
「やった! お母さまだいすきです!」
「しかしかわいいアリスや、一体どこでそれを知ったんだい? ……その、まだ小さなアリスには早くはないかい?」
「そうなのですか? お母さま、どうしてそんな汗をかいているのですか?」
「汗なんてかいてないわ、おほほ。……おそらく、社交会で出された未婚者用の料理を見て欲しくなったのだろうけど……。一応頼んでおいたのが来たから、今日の料理に添えてあるよ」
「わーい!! えっと、どれですか?」
「これだよアリス、ああ、そっちの大皿じゃない。このお皿の白いスープさ」
「これ、ですか?」
「そ、そうさね。ねぶりの果実というのは本来こうしてスープにして食べるのだよ。他にも食べ方はないこともないが、それはもう少しだけ大きくなってからにしようね? では皆揃ったことだし、今日の晩餐をいただこうか」
「はい! では……ん、ごくっ…………あれ?」
「どうかしたのかい、おちびさんや?」
「……なんだか、物足りないような?」
「そ、そんなことはないだろう? それがねぶりの果実の味さ」
「んー…………?」
「あ、アリス?」
「お母さまごめんなさい、こちらはあまりおいしくないと思ってしまいました……」
「そ、そうさね。この味が良いと思うのは、もう少し大人になってからだろうね」
「はい! やっぱりねぶりの果実は、キキーモラが直に出したものに限りますね!」
「………………」
「………………」
「今そこの扉から逃げ出したアイツを捕まえなさい」
17/04/05 21:34更新 / しっぽ屋