前編
「おい、聞いてくれ。俺、オトヒメさんに告白することにした」
春の陽気の下で睡魔と激戦を繰り広げた授業後の昼休みという、高校生活において一、二を争うほど生徒が活気づく時間。
もちろん自分もその例外ではない。
待ちに待った昼飯の時間なのだから。
購買で蛮族の略奪じみたパンの争奪戦から帰ってきた俺は、自分の席のイスをそのままに身体だけ反対に向け、後ろの席のヤツと二人して昼飯を食っていた。
「オトヒメさんって、隣のクラスの?」
そう答えたのがヤツだ。
虫どころか草すら引っこ抜くのをためらうような温和な性格。
そんな内面が外にそのまま出てきたかのような、毒気がいっさい感じられないへにゃっとした表情。
「おう、B組のあの子な!」
「……確かに、あの子キレイだよねぇ」
そう賛成してくれた。
こいつから見ても、やはりオトヒメさんは美人にカテゴリされるらしい。
「だよな? でもちょっと話した時すげぇ気さくだったし、髪長くてキレイだし、料理上手そうだし、大和撫子な美人って言葉がしっくりくるよな!」
「うん。ぼくもよく合同授業の時とかに話すけど、なんていうか人を惹きつける的な高貴なオーラが出てるよね。もわぁっと」
「そのオトマトペ、なんかヤダな……。ってか、お前オトヒメさんとそんなによく話すのかよ! やめろ、お前は近づいたらアカンやつや!」
野菜が多めの弁当箱を箸でつついているそいつの発言に、慌てて牽制を入れる。
あれだ、こいつはマンガだったら目が線になっていつもニコニコしてる系のヤツだ。
怒った姿もこれまで見たことがない。
優男って言葉がこいつ程に似合うヤツは、俺は他にはTVに出てくるような某事務所の男性アイドル軍団ぐらいしか思いつかない。
ハッキリ言おう、だからこそ危険なのだと。
こいつと俺だったら世の女性はどちらを選ぶか?
非常に悲しいことに、答えは決まりきっていた。
「アカンってなんだよー。別に同じ学年なんだから、少し話すのくらい普通でしょ?」
「うるせぇ! そのキレイな弁当をケチャップまみれにしてやる!」
「わー!? ……あ、丁度ブロッコリーに味付けが欲しかったところなんだった」
腹いせに購買産のフランクフルトのおまけで牽制を図ってはみたものの、むしろ喜ばれてしまった。
それどころか、お礼にとヤツの手持ちのハンバーグをくれる始末。
なんて懐の深いヤツなんだ。
くそ、超うめぇ。
「ありがとね。まさか、ぼくにくれるためにケチャップとっといてくれたの?」
「そ、そんなことないんだからねっ! 余裕かましやがって、この幼馴染みめ……。おいお前、今まで受けてきた告白の数を覚えているか?」
「え? いや、あんまりそういうのは相手の迷惑になっちゃうし、他の人に言うものじゃ……」
「うわ、良いヤツだ!! 良いヤツかよちくしょう! 俺は悪いヤツだから言えるね! 相手の迷惑なんて考えないで声高に言っちゃうね! ゼロだよ!!」
すると、今まさにうるさいし迷惑だろが、と周りのクラスメイトどもから食い終わりの箸やらペットボトルが玉入れのごとく投げこまれた。
誰だよ、中身少し残ったアイスのカップ投げた奴。
しかし周りのその暴挙を止めたのも、ヤツだった。
「あっ、こら、それぐらいで許してあげてよ!」
「くぬぅっ、優しい! 敵に塩を送ったつもりか!」
「敵って。でもぼくに話したってことは、何かアドバイスが欲しいとか、手伝ってくれってことだろ?」
「はっ!! やべ、そうだった! 教えてくださいオナシャス! シャーッス!!」
「すごい手のひら返しだね……」
「いや悪い、ほんとこの通りだ!」
苦笑いの友人を拝み倒す。
そうだ、元はそのつもりで話題を振ったのだった。
こいつの『オトヒメさんとよく話す』発言で要らぬ動揺をしてしまっていた。
「……まあ、全く構わないんだけどね。いいよ、ぼくで良ければ力になるよ」
「ヒュー!! さすが幼馴染み!」
よっ、優しいイケメン! モテ王!!
「はいはい。ムリにおだてなくて良いからさ。じゃ、ここだとなんだし後でそっちの家で作戦会議でいい?」
「もちろん!」
快諾してくれた幼馴染みは、やっぱりこちらが危機感を覚えそうになる程の優男スマイルを浮かべていた。
くそう、同性なのに思わず見とれちまうってどういうことだよ。
だがしかし俺は、頼れる仲間を得ると同時に手強い敵を減らすことに成功したのだ。
クラスの騒がしい女子グループにこの前教えてもらった。
女子の「わたしぃ、あの人のコトが気になってるんだけどぉ」という会話には、自分の独占販売経路を確立し、近隣の潜在敵の芽を摘む意味合いがあると。
その時はなにその企業間戦争と思っていたものの、試してみれば結構効果的じゃないか。
そうして放課後になると野郎2人がマイホームに集結、作戦会議という名のダベりを開始した。
しまい忘れたこたつ机を囲み、炭酸飲料を片手に話は進む。
「じゃあぼく、それとなく連絡先を聞いてくるよ」
「え、そこまでしてくれんの?」
「任せてよ。親友の頼みだろ?」
「ユウジョウ……! というかお前、そこまでしてくれるともう昔のギャルゲーの親友ポジみたいだな」
「うーん、ならクラスメイトの女子とかの好感度も今度教えてあげようか?」
「親友ポジってすげー!! でもそれは俺が傷つきそうだからちょっとやめて!」
話はそんな風にまとまり、俺は親友の全面的なバックアップを得た。
ヤツの手助けもあり、そこからはトントン拍子に話が進んでいく。
作戦会議の数日後には、無事にオトヒメさんと連絡先を交換。
気後れする心を叱咤しながら向こうへのコンタクトを試みると、無事に成功。
適当なやり取りを経て1週間後、無事に告白。
そして、無事にフラれた。
「お昼ご飯食べよー」
「おう、もう俺は食ってるぞ」
季節は夏。
オトヒメさんへの告白は「私は、私に付き添ってくれる他の子達の面倒を先に見なければならないため、自分のことは今は後回しにしたいのです」という言葉によってやんわりと拒否された。
いや、というより実際には俺は直接告白したわけではなく、オトヒメさんに今気になる男子とかいますか、とジャブを仕掛けた程度だ。
そしたら前述の言葉がクロスカウンターのごとく返ってきたので、それ以降の作戦は全て頓挫してしまった。
そこの幼馴染みはその日の終わりに、俺の話を聞くと静かに首を横に振っていた。
そうだよな、あんな真剣に言われてしまってはもうそれ以上踏み込めないよな。
詳しい事情は聞けなかったが、オトヒメさんにも彼女なりの深い事情があるのだろう。
俺は泣いた。
春の桜は散った。
だが、人は案外強いものだ。
そして時間は全てを癒してくれる。
季節も変わってあの人からやんわりフラれたショックからも立ち直り、今ではこうして俺も普通に焼きそばパンを食えていた。
「……って、わー!! ちょっと、なんでパンの袋をかじってるの!?」
「どうした、焼きそばパン欲しいのか? このソースの染みた一番おいしいとこ以外ならやるぞ?」
「違う違う!? それビニールにへばり付いたソースを舐めてるだけだから! 早くペッしなさい、ペッ!」
言われて手元を見ると、パンにしてはガサガサして透明なものを食べていた。
ところどころ歯型が付いている。
「またか……気づかなかった」
「もー、これで何度目なのさ……って、パン本体は床に落ちてる!?」
「ああ大丈夫、ちゃんと拾って食べる食べる」
「その発言が既に大丈夫じゃないんだけど!?」
幼馴染みのご厚意により、弁当箱のフタに取り分けられたヤツの弁当をもらう。
涙が出るほどうめぇ。
正気度が急速に回復してくるのを感じるぜ。
「なんか悪かったな。手伝ってもらったのにしくじっちまって」
「それも聞くの何度目か分からないんだけど……。とりあえず、ぼくは全く気にしてないよ?」
本当になんでもないようサラリとそう言ってのけ、自分のバッグから予備の割り箸を取り出して弁当の高菜をつまんで平然としている。
そういった態度には、フラれた当初は他人事だと思って……といった八つ当たりの感情を抱いたものの、今はわざとそう振る舞ってくれているということを俺も察してしまっている。
お前は良いヤツだよ、ほんとに。
これでも実はかなり感謝してるんだぞ、俺。
そんな考えが、伸びた長髪が垂れてくるのをかき上げつつ食事をするヤツを見て頭に浮かんだ。
「…………? どしたの?」
「いや、なんでもない」
もちろん言うつもりはない。
恥ずかしいし。
転機が訪れたのは、その2週間後のことだ。
いつも通り昼飯を囲んでいる休み時間。
俺は少し迷ったものの、結局ヤツに言うことにした。
「バイトの後輩が、かわいい」
「…………え?」
「バイトの後輩が、すっげぇかわいいんだ」
「……なにか悪いものでも食べた? ビニールとか」
「失敬な。そんなアホなこと誰がするか」
俺は語った。
高校の初めから俺が続けているアルバイト先で、夏前から新人が入っていたこと。
その子はワーウルフ。
取り柄は元気だと言わんばかりにいつも仕事熱心で、話していて非常に楽しい。
ムードメーカーとはあんな子のことを指すのだろう。
「……へぇ、いい子だね」
「ああ、そうなんだよ!」
ただ、これまではそれだけだったのが、この前のことだ。
普通なら当直で3人入るはずのバイト先が、その日は1人がバックれたために残った2人で業務を進めざるをえなかった。
その運の悪い2人が俺とその後輩。
弱音どころではなく色々と吐きそうな程の忙しさの中で、それでもなんとか乗り切ったものの、通常の終業時間になっても仕事の始末がまだまだ残っていた。
だから、新人のその子には先にあがってくれ、と俺は言ったのだ。
しかしその子は、それを断って一緒に手伝ってくれたうえ、こう言った。
「『センパイだけ置いていけませんよ! 私もこれでも同僚のつもりですっ、エンリョなくこき使ってくださいっ!』ってな?」
「…………」
「もうヤバイよ、これは! いたいけな男子高校生のハート、ブスッと射抜かれてしまったよ!」
横を通り過ぎていったクラスメイトがそれを聞いて、俺の頭を中身入りのペットボトルで無言で叩いて去っていった。
どうやら発言がキモかったようだ。
でも今はそんなこと気にならない。
「だから俺、やるよ」
「ええと、告白するの?」
「好きです!!」
「い、いやぼくに言うんじゃなくて! その子に!」
好きです。付き合ってください。
そう後輩に告げるシーンを想像してみる。
「い、イケる、せ、成功するに決まってるだろ」
「めちゃくちゃ声震えてるんだけど……」
はぁ、とヤツは一つ息を吐いた。
「手伝おうか?」
「いいのか!?」
「だからぼくに話したんでしょ?」
「ま、まあ否定はできない。でも、手伝うったってどうやって?」
「そりゃあ……きみのバイト先はファミレスだろ、そこに行って、その子とそれとなく話してくるよ。それで、ぼくをきっかけにしてきみもその子と距離を縮める……とか?」
おいおい、天才かよ。
というか、こいつさらっと言ってるけどそれほぼナンパと難易度変わらないじゃん。
すげぇじゃん。
多少悩んだものの、いつも通り気負いのない様子のヤツを見ていると、またヘルプを頼むことにためらいはなくなった。
この親友ならきっとやってくれる。そんな期待があった。
「よし、頼むます! シャッスシャッス!」
「やれるだけはやってみるよ。あ、もうすぐ昼休み終わっちゃうけど……」
「いいよいいよ、今日ウチに寄ってけよ」
「わかった、途中でなんか買ってっていい? きっと長くなるから晩ご飯作るよ」
おお、持つべきは親友よ。
その後、ヤツはオトヒメさんの時と同じような盤石の頼りがいを発揮してみせ、手厚くフォローをしてくれた。
連絡先は既にアルバイト仲間として持っていたので、その関門はすぐにクリア。
バイトなどの仕事の関係だと距離を詰めづらいというあいつのアドバイスにより、ヤツがそれとなくファミレスに来たところで、俺と後輩とヤツを含めた3人で話すことに成功。
それからヤツを含め、後日にワーウルフ後輩と3人でゲーセン等々遊びに行くことに成功した。
夏休みは特に充実したものであったと言えよう。
これは…………勝ったな。
そう思った勝利の夏休み、ついに監修・幼馴染み、主演男優・俺でワーフルフ後輩に告白を敢行。
そしてフラれた。
「ンなーつわァすーぎぃー………………ンかーぜぇあざァみー………………だァれのっ……」
「なにその歌いかた!?」
俺は声のする方向を見た。
普通のリアクションなのか大仰に驚いてみせているのか、そこには幼馴染みが立っていた。
ヤツの手には弁当、時間は気づけば昼休み。
授業は俺の意識が宇宙(そら)へと旅立っているうちに終わっていたらしい。
「もう昼休みだったのか…………」
「そだよ。ほら、ご飯食べようっ!」
「元気だなお前。ここ最近すごく元気で、良いと思うぞ。それに比べて俺ってやつは……ははっ、第三艦橋がやられたようです……提督、大破しましたー……船が、早くも船が沈むー……」
「うわー!? ねえ元気出して! ほら、持ってきたから!」
ヤツは秋になって学期が変わってから、席が俺の一つ前になっていた。席替えの結果だ。
前後の位置関係が逆になっただけである。
「はいこれ。ちょっと多めに作っといてよかったよ」
購買のパン争奪戦に参加する気力も残っていなかった惨めな俺に、弁当を分けてくれるようだ。
心なしか弁当が光り輝いているようにすら見える。
「いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束でしょ、おばあさん」
なにこのきんぴらごぼう、口から虹を吐き出しそうなほどうめぇ。
傷心がみるみる癒えていくのを感じる。ごぼうで。
「……案外物を食べると気分が切り替わるもんだな」
「頭に糖分が回ると、正常に思考が働くようになるからね」
「へぇ」
ワーウルフの後輩さんには夏休みの後半ごろに告白し、フラれた。
いや、フラれたというよりはもっと手前の段階だ。
告白の前に再びジャブ的に、俺のことをどう思う、といった内容を婉曲に聞いてみたところ、「うーん、いい人っすね!」と非常に簡潔な答えが返ってきたのだ。
それを受けて一旦帰宅し、幼馴染みとともにその意味を吟味したところ、まぁこれは脈ナシだよね、という結論になってしまったのだ。
女子の「いい人」という評価は例えるならクレイモア地雷である、気をつけるのだ。踏み込めば貴様の爆死は必至。
クラスの騒がしい女子グループから事前に聞いていたそのアドバイスが俺たちの結論の決め手となった。
その子は二期程度の短期バイトであったため、夏の終わりには退職。
目の前の幼馴染みいわく好感度ゲージはそれなりに溜まっていたとのことだったが、今は手元に連絡先こそ残っているものの、夏頃のような頻度の連絡は取っていない。
もはや、ひと夏のアバンチュールは終わったのだ。
始まる前に終わったのだ。
「ごちそうさん、悪いな。明日はお礼にメロンパンとチョコチップメロンパンを取ってきてやるよ」
「種類偏りまくりだね……。まあ、そんな恩とか着せるつもりは全くないよ?」
「んな遠慮すんなって、お前にはすげぇ感謝してるんだ。その気持ちがメロンパンでしか表せない、不器用な奴なんだ俺は」
「不器用すぎじゃないかな!?」
でもちょっと元気が出てきたみたいだね、とヤツは言った。
こいつは俺が失恋ツーラップをかましてからというもの、努めて元気に振る舞ってくれているフシがあった。
今まで以上にあれこれと気遣いをしてくれていたのも俺は気づいている。
「うん、あれだ。俺も一々落ち込んだりするのもイヤだし、しばらく恋愛うんぬんとかは積極的には考えないことにした」
「そ、そうなの? またかなり思いきったねえ」
「言うほどでもないけどな。こうしてるだけでもなんだかんだで楽しいし、ムリして彼女を作ろうとは思わなくなったってだけだろ」
そう言うと幼馴染みは、それも良いかもねと頷いていた。
しかし周りでメシ食ってたヤツらも話を聞いており、半笑いでこちらを見ていた。
それの意味するところは、と考えると……。
……ち、ちげえし!
これモテないひがみじゃねぇし!!
誰だよ今、負け犬ワンワンとか言ったヤツ!!
そんな、あまりに的外れな笑いを受けてしまってはこちらとしても非常に遺憾であった。
的外れな笑いだが、笑ったヤツらには授業中に細かく折ったシャーペンの芯をひたすら飛ばしてプレゼントすることが決定した。
だが、困った事が起きたのは次の日だった。
「…………」
「おはよー、どしたの?」
「…………ッ!」
「な、なんで顔が劇画タッチになってんの?」
時間は朝の登校時間、場所はゲタ箱。
秋の風は涼しく、長袖を着ても肌寒く感じるこの頃。
俺が固まっていると、後からやって来た幼馴染みのあいつが話しかけてきた。
「って、それ」
ヤツも気づいたようだ。
俺のゲタ箱の中に、手紙が入っていることに。
「……はは、イタズラだよな?」
「いやあ、どうなんだろ……」
便箋には、『放課後に開けてください』とあった。
そうオーダーされては仕方ないので、あまり周りにソワソワして見えないように、努めて授業に集中した。
ちなみに全く集中できなかった。
誰がこんなものを送ったのか考え、悩み、どうせ野郎どものイタズラか女子のイタズラだろうと考えて悲しくなり、最後の授業の頃には人狼ゲームをしているかのような疑心暗鬼に陥っていた。
そして放課後のチャイムが鳴る。
「よーし、終わったー! 帰ろうか?」
「待て、ちょっと待て。いや、少しのお時間そこでお待ちいただけますか?」
「丁寧だね!! ……あー、アレ?」
「アレだ」
速攻でトイレへとダッシュ、個室へと飛び込む。
はたから見れば、どう見てもただトイレが我慢できなかった小僧にしか見えなかっただろう。
でもそんなことは気にしない。
封筒を開ける。
中にあった便箋を取り出す。
白い。フチは花柄だ。きれいだ。
文字もちょっと丸っこいけど、きれいだ。
文面が逆さ向きだったので、ひっくり返して読む。
読む。
読む。
便箋を逆さにしてもう一度読む。
読めない。
なにやってんだ俺は。
俺はトイレから飛び出すと、廊下を再びダッシュして自分の教室に戻った。
はたから見れば、どう見てもトイレの怪談か何かに出会って逃げ出した小僧にしか見えなかっただろう。
教室にはまだ人が居たため、平常心で自分の席に歩いて戻り、待っていてくれた前の席のヤツにあくまで静かに語りかけた。
「ヤバい!! マジでこれはヤバい!!」
「どうしたの、大声出しながら走ってきて」
「春が、この世の春が来おった!!」
「秋だけどね……?」
よければ見せてくれないかとそいつに言われ、少し考えたものの、やっぱり渡すことにした。
眉をひそめて受け取った幼馴染みは、便箋の内容を読むにつれ驚きの表情に変わる。
珍しく、わずかに糸目も見開かれていた。
「…………本物だね」
「だろ!?」
「しかもこの子、1コ下の学年の白蛇さんだね」
そう、白蛇さん。
聞いたことはあるというか、彼女は結構有名だ。
それも、学年をまたいで話題が届くほどには。
この日本において、かつ魔物娘の中においてもかなり目立つアルビノ気味の白磁の肌に、雪のような髪色。
大人しい性格らしいが、成績は非常に優秀。
苦手なのが体育の競うタイプの競技というのも見る人によっては美点である。
そんな子が目立たないはずがない。
実際このクラスの野郎どもの中の数人も、彼女にアプローチを仕掛けていた。
まあそれも、そんな彼女に庇護欲を掻き立てられて結成されたという女子グループの強固な輪に阻まれ、ボコボコにされて帰ってきたらしいが。
しかしそんな子が、なぜ。
なぜ俺に。
さらに、文面の最後の方には。
「『屋上で待ってます。今日もし読んでくれなくても、構いません。ですが明日も、明後日もずっと待っていようと思います』……って、書いてあるね」
なぜか気になって、とっさに明日の天気を確認。
雨だった。
「まさか雨の中でも待つ気か!?」
「いや、傘はさすがに差すと思うけど……」
それもそうだ。
だがそれでも、この手紙の送り主は雨の中で待っているかもしれない。
また、手紙には放課後とのみ書かれ、時間が指定されていなかった。
いやいや、夜になっても待ち続けてるとかないよな?
そんなことはない。
それどころか、ただのイタズラかもしれない。
どうせクラスのアホどもが書いたイタズラだろう。
…………と、サクッと笑い飛ばせれば、どんなに良かっただろうか。
だが、この手紙の文にはどこまでも重みがあった。
こんな俺に向けて綴ったであろう文面の一言一句から、なんだかそら寒くなるほどの真剣さすら感じる。
「ドッキリじゃ、ないのか…………?」
「どうする? 行くの?」
「い、行くしかないだろ」
もし行ってイタズラだったら俺が笑い者になるだけだが、そうでなかった場合は向こうが傷ついてしまう。
それは避けたかった。
「ぼくも、付いて行こうか?」
「な!? ……あー、意外とそれも……いややっぱダメだ。悪い、1人で行くわ」
「でも、大丈夫?」
「大丈夫じゃないが、今回は1人で挑んでみる」
「うん。…………そっか」
「サンクス! 行ってくらあ!」
これ以上ないほどに自分でも緊張していた。
くそ、告白される側になったのは初めてだ。
そうして屋上への昇っている間に、あいつに告白された時の対応ぐらい聞いておけば良かったかなどと思ったものの、もう時は既に遅く。
ためらう気持ちはまだあったが、それを飲み込んでドアを思いきり開けた。
目の前に秋の夕空が広がり。
はたして、彼女はそこに居た。
「今日はこの教室でお昼食べるの?」
「おう」
前の席に座る幼馴染みに応える。
お互いに服はブレザーにセーターを着込んで、この寒い冬を乗り切る構えは万全だ。
「白蛇さんはいいの?」
「ん? どうしてだ?」
適当に購買で買ってきた戦利品を広げる。
今日の戦果は、コッペパンとジャムコッペパンと小豆マーガリンコッペパンだ。
既に三種とも教室の暖房の影響でふにゃりだしている。なんだコレ食べづれぇ。
「どうしてって……あれだよ、あの後どうなってるのか気になるじゃん?」
「うーん……」
あの後、ねぇ。
なんと説明すれば良いやら。
「今度こそフラれ、てはいない」
「え、そこから? 白蛇さんのほうから告白されたんじゃないの?」
周りを気にしてくれたのだろう、声のトーンを下げて話してくる。
俺もパンの袋を開けながら、声をひそめた。
「そうなんだが、まだ付き合ってるわけじゃないんだ」
「どゆこと?」
「なんか向こうはすごくグイグイ押せ押せで来てたんだけど…………こちらがヘタレになっちまったい。それが『友達からお願いします』というキーワードに繋がっていくのじゃ」
「なるほどね」
「あれ、もっと呆れられるかと思ったんだが」
そういう性格だって知ってたからね、と一言でまとめられる。
何も間違ってないのが悔しいぜ。
「で、向こうの提案で始まったのが交換ノート」
「古風だね」
「それとSNS」
「ギャップがすごいね……」
なんだかんだで今のところずっと続いていて、しかもかなりお互い熱心にやっているように思う。
最近は冷え性が地味にツラいなど、白蛇さんの意外な一面を知ったりもしている。
楽しい。
そんな事をヤツに話して聞かせる。
「物静かな子だと思ってたけど、話してみると意外と聞き上手というか、話題が止まって気まずいってこともないんだよな」
「へえ、そうなんだ…………」
俺がレストランでアルバイトしてることを話すと、ぜひ行きますと勢い込んで言ってくれた。
そして後日、厨房側のアルバイトの面接に白蛇さんが来た。
来るってそっちかよ、というツッコミはさておき、始まってみればこれまた意外と楽しくやっている。
ちなみに俺はホール側の業務だが、暇な時間に白蛇さんと話すこともある。
楽しい。
今日は違うが、昼も白蛇さんと一緒に食べるようになっていた。
バイトもあって料理にハマってしまったらしい。
「あの子の作る料理な、最初は2人して首かしげる感じの出来だったんだけど、今はマジでうめぇ」
「へえ…………」
聞きながら下を向いて弁当をつついていた幼馴染みは、ふと顔を上げた。
「で、告白はいつするの?」
「へ?」
「まだ付き合ってるってわけじゃないんでしょ?」
「うーん……」
「しないの?」
結構踏み込んで聞いてくるな。
まあ、確かにこいつにはこれまで何度も助けてもらった。
今さら隠すことなんて何もないだろう。
「あ、じゃあ、またする? 上手く成功するように、作戦会議」
「いや、よしとこう」
「え」
「なんていうか、それももう1人でやってみたいって言うかさ、今までがむしろお前に頼りっぱだったんだよな」
だから、もう作戦会議は必要ないのだ。
秋から今までにかけて、白蛇さんとはかなり仲良くなってきたという自負もある。
ここは俺一人が一肌も二肌も脱がねばなるまい。
命じられれば蛇のごとく脱皮して見せようじゃないか。
「そっか。そうだよね」
「今まで助かった。正直、お前がいなきゃこれまでのどこかでしなびてた可能性すらあるからな」
「あ、じゃあ、今日は普通に遊びに行っていい?」
「いや、悪いが白蛇さんが来るんだ」
「えっ……ああ、そうなんだ?」
タイミング悪く昼休み終了のチャイムが鳴ってしまったため、会話もそこそこに切り上げる。
放課後になると、またすぐにヤツが話しかけてきた。
「まさか、もう今日あの子に告白するとか?」
「な、なぜ分かった!? エスパーか!?」
「いやいや、そういうのじゃなくて……ほんとに?」
「あ、ああ」
思いきりスベってしまった。
少し恥ずかしい。
「ええっと、ぼくの手伝いは」
「いや、大丈夫。俺に任せろ! もう今の俺は過去の俺じゃない、言うなれば強くてニューゲームみたいなもんだからな!」
「……うん、それは良かったよ」
「面倒見のいい幼馴染みのお陰でもあるけどな。よし、行ってくる。さらばだ!」
「……あ、待って!」
颯爽と去ろうとしたところを呼び止められる。
非常にカッコ悪い。
「そうだ、アドバイス!」
「アドバイス?」
ずい、と幼馴染みに顔を寄せられる。
「今日は早く授業終わったし、まだ時間あるよねっ? やっぱりちょっと心配だから、そんな時間はかけずにぼくからできる助言をしてあげるよ。そんな直接の作戦じゃなくて、きみの告白が成功するように、ぼくの体験談的なものを話すくらいなら良いだろ?」
それは少し魅力的かもしれない。
こいつはモテる部類だし、きっといわば恋愛強者とかいうのにカテゴリされるはずだ。
白蛇さんに最初手紙で呼ばれた時、こいつに少しでも助言をもらっておけば、と悔やんだことを思い出した。
そうなると、むげに切り捨てるのも惜しいし、何よりこいつのお節介を拒否するのも逆に不義理だと感じた。
「分かった、頼むよ幼馴染み先生。はいどうぞ!」
「いやいや、ここじゃ人がたくさんいるし、ぼくもやりづらいような」
「それもそうか」
そして腐れ縁が2人して、廊下をうろうろ。
いくつか見て回り、英語の時の少人数用教室なんて良いんじゃないかという話になり、その部屋に侵入。
「暗いね」
「もう放課後だし、ブラインド降りてるからな」
さて、時間もないしそろそろ話を聞かせてもらおうじゃないか!
幼馴染みの俺に、告白が絶対成功する、役立つアドバイスってのをよ!
そう言おうと後ろを振り向きかけた時、背中に何かが触れる感触がした。
身体が一気に燃え始めたかのように感じ、全身を熱が駆け回る。
それが頭に届く頃には視界までが真っ赤に明滅し、遂には立っていられなくなる。
意識が遠のく。自分が床に吐く息ですら熱い。
そして、後ろで鍵を掛ける音がした。
足音が近づいてくる。
17/04/19 23:30更新 / しっぽ屋
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