連載小説
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すこし・ふしぎ(SF)なゲイザーちゃん / SF / 未来
 GA-Z1惑星間航路の監視中、第三ディスプレイに何かの姿が映った。

 その外見は幼年の女性型ヒューマノイドのようなフォルムだ。しかし、人間で言う顔の部分には眼球が一つしかない。体表の色も白く、人間の肌の色ではなかった。背中からは黒いケーブルのような機構が伸びていて、ケーブルの先端には人間でいう目玉のような物が付属していた、おそらくフレキシブル型のアームカメラだ。
 型番不明のアンドロイドが漂着したのかもしくは、稀有な可能性ではあるが異種生命体の一つだと推測された。 
 しかしデータベースやログでも検索を掛けたが、そんな外見の機械が開発されたという報告や実例は無かった。モニターの端子不良や記憶映像の誤作動でもない。
 どちらにせよ、この中継局には私一人しかいない。異常が起これば私が直接確認を行う必要がある。私は宇宙空間用の防護装備を着て、ディスプレイに映っていた場所へと向かう。
 確認までに要する時間はおよそ三十秒。搭乗口の第三、第二ゲートが数秒の遅延を挟んで歯切れ悪く開いていく。以前の漂流物との衝突でエラーが出ているからだ。
 考慮すべき事項を列挙しながら、最外部に位置する第一ゲートが開くのを待った。  
 ゲートが開くと、先程ディスプレイに映った、宇宙の黒にも似たその姿が現れる。

「なんだ、これ入口だったのか」

 彼女の口が動いて、私の耳に音声が聞こえた。
 当然真空である宇宙空間で音は伝わらない。相手がこちらの通信プロトコルを知っていたというのは考えにくいが、直接に無線通信を飛ばしてきた可能性が高い。

「聞こえてんだろ?
 ここ、どこかよく分かんねえけどさ。とりあえず入れてくれよ」

 また音声が伝わり、彼女の特徴的な一つ目が私の顔を捉える。
 一体どういう経緯で、どうやって、彼女がここに来たのか。本部への報告事項としてまた一つ項目が増える。どう行動すべきなのか私としても判断ができない。まさしくイレギュラーな事態だ。
 しかしこちらとコンタクトを取ろうとしているのは事実だ。状況を把握しなければ報告は不可能である。
 わたしは身振りでゲートの中に入るよう指示し、それを理解した彼女と共に船内へと戻った。

「あなたは、何者なのですか? どうやってここへ?」
「そりゃああたしの方が聞きてえな。ここはどこなんだ」

 防護装備を外しながら私は彼女に質問したが、返ってくる返事は曖昧だった。

「ここはGA-Z1惑星近辺エリアになります」
「ワクセイ? 聞いたことない場所だな。 そんじゃあこの建物は?」
「この船は惑星間経路に位置する中継施設です」
「何言ってるのかさっぱり分かんねえけど、とりあえずだ。
 その堅苦しい話し方はどうにかしてくれよ」
「申し訳ございません」

 もう少し彼女から掘り下げて話を聞いてみても、回答を得られた物は少数だった。
 彼女の言葉から推測するに、私達の持つ技術を超えた方式を使って空間移動を行っていた所、偶然ここへ辿りついてしまった、という事のようだ。
 そして、彼女は自身を『生物』であり、『魔物』だと言った。
 後者の比喩表現らしきものはともかく、通常の生物が生身で宇宙空間にいられるはずがない。
 だがその言動自体は不自然とは言えないだろう。自分を人間だと自称するアンドロイドは多いからだ。それは対話型インタフェースなどの機構を実装する上で有用性が認められた場合か、もしくは愛玩用・個人用のアンドロイドに多く実装される機構である。おそらくは彼女もそうプログラムされているのだろう。

「どうしてもあたしを生きてるとは認めたくない訳か」
「可能性としてあり得ません。真空状態の宇宙を生身で漂流できるはずがありませんから」
「はん、それぐらいでビクビクするかよ。
 空気が無いのと物凄い寒さにはさすがに驚いたが、それぐらいどうってことねえ」
「魔法? 魔法とは何ですか? 研究中の新技術ですか?」
「……ま、そうなるよな」

 話しながら彼女にひとしきり船内を案内し終えると、私と彼女はメインルームに戻った。
 とはいっても船内の広さはおよそ50平方メートル、他の中継局と比べても非常に小さいサイズなので特に案内という程の事もない。
 
「あなたはこれから、どうされるおつもりですか」
「どうって聞かれても困るが」
「もしあなたが……たとえ宇宙空間を外部装置の補助なしで行動する事が出来たとしても、近隣の惑星までの移動機能を備えているとは思えません」

 私がそう言うと、彼女はにやっと笑って言った。

「それなら心配はねえな。
 起点座標は変わってないはずだから、さっきやった魔法をそのままひっくり返せばいいだけだ。
 オマエに心配されるこたあない」
「つまり、御助力は必要ないと理解してよろしいですか?」
「……だからなあ、その喋り方……」
「すみません」

 私の思考は、この一連の事態をどう処理して報告すべきか、という事を考えていた。









 メインルームの椅子に座り、本部との通信画面を開く。
 接続が確立され、ベネス上官の姿がモニターに映る。

「――今週の報告は二件です。
 まず一件目ですが、第二ゲート、第三ゲートが開閉時に遅延する事態が発生しました。
 一ヶ月前に報告した、報告番号EM-0221の小隕石衝突による影響の残存だと思われます」
「了解した、預かったデータを基に報告書を作成しておく。二件目を」

 モニター越しに、この中継局の管理者であるベネス上官が答える。
 一度もトーンの変わらない無機質なシステム音声だ。

「二件目ですが、」
「どうした?」
「……正体不明の漂流物が飛来した――と計器が観測しましたが、事実かどうかは判断不可でした。
 おそらく計測機の誤処理であると考えられます。現在は異常ありません」
「継続的故障でないなら報告は不要だ。こちらの件は報告を省略する。
 他には?」
「……以上です」
「了解した」

 そう言い残して、モニターと音声の接続が切れたアナウンスが流れる。

 私は虚偽の報告をした。
 私は彼女の存在を隠蔽した。
 どうしてそんなことをしたのか、自分でも判断ができない。
 
「あたしみたいなのが居るなんて、認めたくないってか?」

 仮重力装置が作動している室内なのに、彼女は無重力空間を遊泳するかのように浮遊して私のそばに近寄ってきた。
 そういう機構を備えているのか、彼女が『魔法』と称する技術の一つなのか、私には分からない。

「……いえ。そういうつもりではありませんが」
「ふうん? じゃあどういうつもりだよ」

 彼女の背中から伸びる無数のアームの一つが私の身体に触れる。金属のような感触はなく、生物のような、軟い素材のようだった。

「私にも、分かりません」






「ここの景色はずーっと夜空なんだな。お日様はのぼらない訳か」
「質量を考慮しないなら類似する恒星はあります。が、この中継局は公転していませんし、距離も離れていますから、その現象も起こりません」
「ホント難しく言うの好きだな、オマエ」

 彼女と遭遇してからおよそ一日が経過した。
 彼女がいたとしても特に変化はない。
 ルーチンワークは最近になってから目に見えて分量が減り、定期報告が一週間に一度の頻度になったのもかなり前のことだ。
 全体メンテナンスも半年に一度の予定ではあったが、今年度の予定はまだ立っていない。

「オマエさ、昔からずっとこんな所で仕事してるのか?」
「はい」
「どれくらい?」
「およそ十一年です」

 その言葉を聞いて、彼女は少しの間黙る。
 そっと顔を見ると、その大きな目はさも驚いたかのように見開かれていた。よくできている。

「それまでずっと……一人で?」
「はい」
「今日みたいな、同じ作業ばっかりしながら?」
「はい」
「……」

 私が返事をすると、彼女は少しだけ沈黙した。

「こんな仕事、辞めた方がいいんじゃねえか」
「そういうわけにはいきません」
「だからってこんな生活……アタマのほうがおかしくなるだろ」

 第一から第四ディスプレイに映る映像はほとんど変化せず、平穏な宇宙空間をただ映している。
 続いて、数種類のシステムが要整備状態になっているのを確認する。これは二週間前から継続してこの状態のままだ。
 報告は完了済みなので、後は整備班の到着を待つことになる。

「オマエさ、もっと他の場所に行きたいって思わないのかよ」
「別の仕事を与えられれば、そこに赴く。それだけです」
「バカ言うな、それじゃあまるで――奴隷じゃないか」

 続く言葉は無かった。
 そのかわりのように、彼女は私を大きな一つ目で睨んでいる。 
 
「……なあ。あたしに付いてくるってのは、どうだ?」
「どういうこと、でしょうか」
「あたし達のいる世界に来てみないか、ってことさ」
「それはどういった比喩表現ですか?」
「そのままの意味だ。あたしは別次元の場所からここに来たって言ったじゃねえか」

 別次元の場所。
 私の頭は、そんな単語を正常な言葉として受け取る事ができない。
 できないはずなのになぜか、その『世界』とは一体何なのか考えてしまう。

「もし……私がその『世界』という場所へ行けたとして、何かが変わるでしょうか。
 結局の所、私は誰かの指示通りに動くだけです。
 それはどんな場所であれ、変わりはありません」
「なんで誰かに従う必要があるんだよ?」
「私が機械であり、人工物だからです。人間ではないからです」

 そう言った瞬間、彼女はまた目を大きく、丸く見開いた。

「ニンゲンじゃない、だって?」
「お気づきではなかったのですか」
「だ、だってどこからどう見たって、ニンゲンのまんまじゃねえか」

 メインルームの椅子に座った私の腕に、彼女がそっと触れる。
 そのまま彼女は不思議そうな顔で私の肩や腹を撫でていく。

「さ、触った感触だって柔らかいぞ」
「人型アンドロイドをベースにしていますから」

 そのままぺたぺたと彼女は私の身体を撫でまわしていたが、ふと我に返ったように彼女は私から離れた。
 その顔は赤く、温度も上昇しているように見える。
 本当の生物だと言われても納得しそうな、なるほどよく出来ている機構だと思った。

「こうやって、ちゃんと話も出来るのに?」
「対話方式のインタフェースを採用していますし、ある程度の自己学習は可能です」
「ちょっと待てよ。 ニンゲンみたいに働ける奴がどうしてこんな場所にいる必要があんだよ?」
「人型素体の生産ペースは年々増加しているのに対し、人工知能の発達はそれに追い付いていません。ボディのみの生産が過剰となり、他用途への転換が望まれる事になりました。
 人工知能の生産ペースが向上しないのは製造方式や型番の差異によるベンダロックイン、需要の多様化に釣り合わない生産コスト高騰による迷走等、原因は様々ですが――。
 結果、人型アンドロイドを使用した処理装置が増加した、とされています」
「オマエの頭ン中はまだ、ニンゲンじゃないってのか?」
「……」
「こんなに、ニンゲンみたいに、生きてるのにか」
「生きているというのは語弊があります。私は、」
「っ、」

 続けようとした所で、彼女が私に掴みかかった。
 私は椅子から落ちて、床の上に仰向けになる。
 その上から彼女が馬乗りになって、赤い一つ目でじっと睨んでくる。

「いいか、『命令だ。オマエは人間だ』……分かったな?」

 瞬間的に、空間湾曲と似た異常なパラメータの変動が私の計器に発生する。一瞬でそれは収まり誤差の範囲と見なされる。
 そして彼女の命令を理解した――その命令には応じられない。
 管理者および管理機関の命令なく自分の素性を偽る事は惑星間条約第七条で禁止されている。

「私はアンドロイドです。人間ではありません」

 私ははっきりと答えたが、彼女はその答えに納得しなかった。

「なんで……だ? 暗示は確かに……」
「システム書き換え等の行為はプロテクトされています。
 試行されたかどうかは私では確認できませんでしたが、場合によっては惑星間条約にも違犯する恐れが――」
「うるせえ!」

 苛立ったような動きで彼女は床を殴りつける。
 金属と金属の触れ合う硬い音ではなく、通信局を損壊させる為の行動ではなかった。
 つまりそれは彼女に備えられた『それらしい』ヒトの動きなのか、それとも。

「……うるせえ。それ以上言うなよ。
 オマエが造り物だなんて、あたしは認めてない」

 いつもより力のない声で言って、彼女はすうっと浮いて私から離れる。そして、そのままメインルームから出ていった。
  








 メインルームの椅子に座り、私は本部との通信回線を開く。
 いつものようにベネス上官の姿が表示されるがディスプレイの映りには少し異常があり、画像に乱れが走っている。
 しかし画面や回線にエラーの表示はない。 
 私は許容範囲内と判断し、報告を開始する。

「――今週の報告は三件です。
 予備バッテリーが残量ゼロになった装置が数台ありました。
 該当装置は添付ファイル第二種に記載してあります」
「了解……した、預かった、……ータ、を基に、報告、書を……、しておく」
「……?」
 
 ベネス上官の音声にノイズが走っている。
 通信装置に何か異常が発生しているのかと思ったが、やはりエラーの表示はない。

「聞こ……て、いるか? 報……はもう、いい」

 その瞬間、音声と映像のノイズがパッと消えた。
 コンソール画面を見て、いつも使用していた回線コードとは違う事に私は気づく。

「だが、君に伝えておきたい事がある。
 なお今回の通信ログは、通信終了後に削除する」

 いつも変わり映えのしなかった単一な上官の声が、抑揚付いている。まるで人間のように。
 ベネス上官はそのまま話し続ける。

「……通信ユーザは、ベネス上官に変わりありませんか?」
「認証コードを確認すれば分かるだろう、『私』がベネスだ。
 君も感づいているかもしれないが、その中継局はもはや管理対象外となりつつある。
 君のいる旧型中継局はそのまま撤去されずに残置される予定だ――君も含めてな」
「残置、ですか」
「そうだ。だが、私が伝えたい要点はそこではない」

 人間のような声色で喋るベネス上官に違和感を覚えつつも、私は会話を続ける。

「およそ十二時間後、君の中継局に隕石群が飛来する。
 以前君から報告を受けた物よりも遥かに大きい規模と数だと予想される。
 中継局が廃棄になる以上、もう管理は無意味だ。したがって君がそこに残る理由は無い。
 すぐにそこから脱出しろ」
「……何を命令したいのですか? なぜ、そんな事を伝えたのです?」
「君を助ける為だ」
「助ける?」
「ああ。おかしいと思うか? まだ完全に理解はできないか?
 君の学習度合まで計測できないのが残念で仕方ない。私と似ていて非常に興味深いのに」

 ベネス上官は少しだけ笑ったような声を出して、さらに続ける。

「どちらでもいいが、通信時間にあまり余裕がない、急ぐぞ。
 どんな方法を使ってでもいい。君だけはその場所から離れろ。
 『私』も同じアンドロイドだが、だからこそ分かる。君は――」

 通信はそこで途切れ、映像も遮断された。再接続を行っても応答は返ってこない。
 ベネス上官の言葉が頭の中で反芻されていたが、それでも私にはどうすべきか分からなかった。


「仕事は終わったか?」
「……」

 上官との通信が切れておよそ十分後、彼女がメインルームへ戻ってきた。
 その間私はモニター前の椅子に座ったまま何も出来ずにいた。

「本部から連絡が来ました。
 不審な人物、もしくは機械が、この基地局にいる疑いを掛けられています」

 椅子の横に立っている彼女の方を見ずに、私は言った。

「……それで?」
「どれだけ遅くても十二時間後には監視隊がここに来るでしょう。
 貴方は早くここから離れてください」
「ふうん、そうか。あたしにはとっとと出ていってほしいってワケだ」
「単刀直入に言えば、そうなります」
「……わーったよ。どうせココに居たってやるコトないもんな」

 長い髪の毛を荒っぽくいじりながら、彼女が言った。
 私は彼女に目を合わせない。合わせることができない。
 しかし彼女は強引に、私の顔を掴んで目を合わせてきた。

「一刻も早く、脱出してください」

 それだけを私は言うと、彼女は私の顔から手を放してまた離れる。
 メインルームの扉が開いた音が聞こえて、また静かになった。




 





 ベネス上官からの通信を受けて、十一時間五七分が経った。
 その間、私は通信を受けた時と同じく、椅子にずっと座ったまま時間が経つのを眺めていた。
 一部の計器が隕石群の飛来とそれによる電磁波の乱れを感知したのか、警戒レベル二級のアラートを局全体にアナウンスしている。
 もし彼女がまだここに残っていれば、私に説明を求めてくるはずだ。だが今の所、その様子はない。彼女は、彼女が言う”元の世界”に帰ったのだろう。
 彼女が無事でいるかどうか、それだけは気がかりだったが、どちらにせよ私が関与しても事態は好転しない。


 残った時間で考えていたのは、いつか彼女が言った”元の世界”の話だ。
 そんな物があり得るはずがない。あり得たとして、それを観測する手段が私達にはない。
 並行世界の是非を問うのと同じだ。
 ――しかし彼女の不可思議さは、我々の知る法則や概念を超越していた。
 虚に等しい確率の事象だがもしかすると、彼女という存在は事実だったのかもしれない。
 
 どちらにせよ、もう数分でそれも分からなくなる。

 警戒レベルが一級へ昇格する。モニターでレッドアラートが何個も点滅し、計器が異常報告を繰り返す。その一部は計測不能を示しシステムダウンを起こした。中継局は数百に及ぶ警報で異常を告げるが、まだ私の自己センサーでは異常感知できない。
 まだ影響を受けておらず正確なままの旧型同期式時刻システムが、残り一分を表示した。
 
 私は目を閉じる。
 死とは何かを考えながら。

 『私』は、死でどこに往くのだろう?

 



「おい!」

 警報の中に混ざる声。
 彼女だ。赤い一つ目をした正体不明のアンドロイド。

「てめえがアタシをごまかそうってんなら、こっちにも考えがある。
 もう一度だけだ。
 もう一度だけ、オマエに言ってやる――」
 
 無数のアラートランプが点灯する中でも、確かに彼女の赤い一つ目は確認できた。
 椅子にもたれかかったままの私の顔をがっしりと黒い両手が掴む。

「『アタシと、一緒に来い』」

 その瞬間、身体が分断されるような強い衝撃を感知した。
 













 
 








 ……まだ処理能力がある? なぜ?
 ここはどこだろう。
 演算装置だけが奇跡的に損傷を受けなかったのだろうか?
 
 体内センサーと感覚器がリブートされ処理結果が出力される。
 値は……標準的な可住惑星の基準値に納まっている。
 メインカメラ及びマイクもまだリストアは完了していないが、やはり損傷はないようだ。
 そのうち起動音と共に、メインカメラとマイクが作動し始める……

「……、 ……い! ……おい! ……ろよ! ……目ェ、……ろよ……!」


 目の前に広がるのは、雲の浮かぶ大空。
 私にとってデータベースにしかない光景だが、生物可住型惑星だと演算結果が示す。

「……あ! ふう、驚かすなよ。
 オマエが壊れたらアタシじゃどうにもなんねえんだからな……え?」

 そして私を上から見下ろす単眼の女性――女性型アンドロイド? 分からない。
 だが私のメモリには残っている。
 中継局に突然侵入してきたその対象は、私の中ではとても重要な位置にメモライズされていた。

「お、……おい、オマエ、息、して……」
「大丈夫です。呼吸は必要ありません」

 発声用デバイスも復旧、あとは現在座標軸の計測システムが異常値を示している事を除けば、特に問題はない。 
 私の声も届いたらしい、目の前の女性は涙を流しながらも、にっこりと自然な動作で笑った。

「し、心配、かけさせんじゃねえよ、ばーかっ」

 心配……心配?
 単語内容のロードも言語反応演算もエラーはない。該当項目と関連の処理にも同様だ。
 だが、なぜ?
 
「心配という言葉は、何を指しますか」
「へ?」
「メモリとして、知識として私はそれを知っている。
 知っているはずなのに、何か欠落しているのではないかという疑いがあります。
 それを使用した前例がないからかもしれない」
「……つまり?」
「私は、心配という言葉を使われる対象として、正しいのでしょうか」

 それはつまり、私の機構がエラー検出に失敗した、ということ。

「――あ、あたりまえ……だっ」

 彼女は私に顔を見せないように背けながら涙を右腕で拭う。
 私が知る限りそういった問題は初めてで、非常に困難な修復であると認識する。
 もちろん自己を完全にエラー検出できる機構など存在し得ない、どんな完全なアルゴリズムであろうとも。

「では貴方はおそらく、私を助けてくれたということになるのですね」
「……かも、な」

 そして同時に生まれる仮定。
 それはエラー検出と訂正を私以外の機構に委ねる試行。
 それは私を形作るシステム機構が相互作用しあうオブジェクト指向である事からの予測。

 期待。

「ありがとう、ございます」

 『私』が、そう言った。
 
15/04/17 18:25更新 / しおやき
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■作者メッセージ
呼んでたんだ…SFタグが「僕を使ってくれ」って…

なおわたしはSFがそれなりに好きですが、文庫本などにありがちな難解な話は苦手です。さんすうが苦手です。
つまりこの話はそんな私が精一杯のSFな雰囲気を出そうとした結果です。
だって勉強ってアタックしてもフラグ立ててもぜんぜんデレてくれないんだもん!

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