連載小説
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メトメガアウー / 甘口 / 現代

 黒のソファベッドに寝転がった芽衣(めい)の裸体に被さって、僕はそっと長い黒髪を撫でる。彼女の軟い身体は汗で蒸れた肌の匂いがする。なんとも言えないその香りはクセになりそうで、僕が何度かすんすんと鼻を押し当てると、くすぐったいと言わんばかりに芽衣が身体をよじらせた。
 それからシルクのように真白い肌を両手で撫でながら、細い首筋に舌を這わせる。
 二人しかいない静かな研究室の中、芽衣の吐息が少し乱れたのが聞こえた。白肌の上で主張する桜色の小さな乳首をそっと指で擦ると彼女はさらに息を荒くする。

「もう……焦らさないでください、先輩っ」

 尖らせた舌で乳頭をつつくと、芽衣の口から「んっ」という可愛らしく声が漏れる。
 丸っこくて柔らかい頬の形に、ほんの少し膨らんだだけの乳房、毛の一つもない恥部。
 未成熟な子供にしか見えないその肉体と裸体を重ねる行為は、胸がきしむ様な背徳感と、言いようのない興奮を生む。
 たとえそれが人間ではない一つ目の魔物であったとしても。








「おはようですね、先輩。七時間と二十二分ぶりです」

 朝早く大学の研究室に来た僕に、年が一つ下の後輩である芽衣が迎えてくれた。彼女の特徴である真白い肌と大きな一つ目は白衣で隠せるはずもなく、それだけで彼女が『ゲイザー』という魔物なのがわかる。

「おはよう、芽衣(めい)」

 コーヒーの匂いが部屋に漂っていたので、僕も一服しようとマグカップを机から取り出す。それと一緒に荷物も自分の机に置いた。
 片側に四台が向かい合って並ぶデスクの上には資料やパソコンが所狭しと置かれており、僕や彼女の机もまた例外ではない。
 なのだが、彼女の机の乱雑さは特にひどい。種別の異なったファイルや本がこれでもかと積み重ねられ、椅子に座った彼女の背丈ぐらいまで積み重なっている。
 かといってルーズな性格かというとそうではなく、何故か時間には特に細かい。確かめたわけではないが、彼女がさっき言った『七時間と二十二分ぶり』という時間は正しいはずだ。
 僕はドリップ式のインスタントコーヒーを準備しながら、彼女に話しかける。

「昨日言ってた課題、終わった?」
「ええ。すこーし焦ってたんですけど、先輩の過去資料のおかげでどうにか纏まったんで、さっき提出してきました。
 家には帰れませんでしたけどね」
「なら良かった。自信は無かったけど、役に立って何よりだ」

 昨日、日が変わった後も芽衣はこの研究室に残っていた。実を言うと僕も付いていようかと思ったのだが「先輩はちゃんと寝てください」と彼女に言われ、素直に僕は家へ帰ってしまった。
 研究室には主に仮眠用で使われるソファベッドが角の隅っこに置かれているが、彼女が使う事は珍しい。
 そのソファにお世話になった回数で言えば、僕の方が多いだろう。

「へへっ、借りができちゃいましたねえ。
 いいですよー、先輩。どんな頼みでも受けたげます。何でもしますから」
「調子がいいなまったく、早く休んだほうがいいぞ。
 夜通しで課題やってたんだろ」
「だいじょぶですよー。仮眠はちゃんと取ってました。三時間と十六分三秒です。
 寝ぼけてなかったらですけど」

 屈託なく笑う彼女の笑顔は爽やかで、寝る時間を惜しんで課題を終えた後とは思えない。
 もしかすると一周回って疲れを通り越してるのかもしれないが、それはそれで良くないことだ。

「確か今日は講義もないんだったよな? だったらゆっくりした方がいい」
「うーん、そうですねえ。でもちょっと目が冴えちゃってて、もうちょっと動かないとよく眠れそうにないですね。
 で、先輩は今から講義なんですか?」

 僕は淹れたコーヒーをそっと持ちながら、黒いソファベッドに腰掛ける。
 ほんの数時間前には彼女がここに寝転んでいたのだと思うと、少しそわそわした。寝転がってみたい衝動にさえ駆られたが、さすがに彼女の前でそんな事をする勇気は無かった。

「いや、ちょっと早起きしただけ。用事も、次のゼミの課題をまとめるぐらい」
「へえー、先輩がそんな殊勝な事をするなんて。今日は傘持ってきてないのになー」
「酷い言われようだな、一応お前の課題も気にしてたんだぞ。
 時間には正確な芽衣のことだから、大丈夫だとは思ってたけど」
「照れますねー。おだてたってなんにも出ませんよ」

 猫のようにくしくしと黒い頭を手で掻きながら彼女が答える。
 なぜか時間に関してだけ、特別と言っていいほど彼女は正確だ。
 いつ聞かれても現在時刻を分の単位まで言うことが出来るし、ストップウォッチが無くても秒単位の時間を測れる。
 どこか偏ってはいるが、それは彼女の特技と言ってもいい。

「それで――せんぱい、今日の課題のお返しなんですけど。
 今からちょっと、エッチしましょうよ」

 そのコトバが飛び出した瞬間コーヒーを飲んでいた僕は、驚いた弾みで思いっきりむせた。
 カーペットに飛び散らなかったのは幸いだが、そんな事より僕は次にどう返せばいいか分からなくて、咳のせいで真っ赤な顔になりながらも、マグカップを近くの机に置くのが精いっぱいだった。

「もう、いまどき先輩ぐらいですよ。『エッチしよう』の一言であたふたするのは」
「……いやいや、人間、そこまで器用じゃないんだ。
 確かに君たち魔物娘が来て何年も経つけれど、そう簡単に価値観が変わるわけないだろう」
「ですかねえ。けど、この研究室のみんなも結構ハデにやってるじゃないですか。
 昨日の夕方はリッチの染音さんが高橋さんともぞもぞしてましたよ、そのソファで。
 ちゃんと消臭剤撒いてましたから、分からないかもですけど」
「いや……まあ、それは別にいいんだけどさ」
「あ、いいんですね!やった!」
「えっ、あ、おい――!」

 僕が何か言うより早く、素早く椅子から立ち上がった彼女はふわっと浮いて、僕に飛び掛かった。 飛んでくる勢いのまま僕はソファにどさっと倒れ込んで、彼女にのしかかられる。
 決して重くはないが、ほんのり熱い彼女の体温が服越しに伝わってくるので、とても平静ではいられない。
 僕の両肩には手が置かれて、吐息の当たる距離まで彼女にくっつかれている。

「さっき何でもするって言いましたよね?」
「……君がね」

 おどけた調子で芽衣が笑った。大きな一つ目が転がるようにぐりんと動く。

「だから、えっちなことしましょうよ。
 私もちょい疲れてるんで、がっつりはムリですけど」
「……軽くもなにも、そういうことはもっとこう、大事にしないと……」
「大丈夫ですよ、童貞なんて関係ないですから」
「なっ、どっ、」
「あー、やっぱりそうなんですか。ばればれですよお、先輩。
 嬉しいですねえ。わたしがハジメテの女の子になっちゃうんですね」

 顔を寄せて僕の耳をぺろっと彼女が舐めた。
 ぞくっとするような感触と一緒に、こそばゆい感じがしてかあっと頬が熱くなる。

「じゃ、じゃあ僕はともかく、君はどうなんだ。
 そんな簡単に、は、肌を重ねていいと思ってるのか。相手を選ぶ気はないのか」
「簡単に――? 先輩は、そう思っちゃいます?」

 このままだと一方的に押し切られる、でもここで断って止めるというのは彼女からの好意を無下にするのと同じだ。
 彼女の押しに困っちゃいるけれど僕だってそんなつもりじゃない、僕は――


 その時、がちゃりと音を立てて研究室の入口が開く。

「……邪魔、したかな。
 荷物置きに来た、だけだから」

 入ってきたのはさっき少しだけ話に出た、『リッチ』という魔物である染音さんだ。
 リッチである彼女は魔術の研究と一緒に、心理学の研究を行っている僕達の研究室にも顔を出している。もう一つ、彼女と交際していて、かつ僕の友人である高橋がここのメンバーだという理由もあるだろうけれど。

「じゃあ、ごゆっくり」

 大袈裟なバッグを自分の机に置きながら、それだけ言って染音さんは研究室を出て行った。
 僕が芽衣に目線を戻すと、

「えへへ。 聞きました?」
「な、何を」
「ごゆっくり、ってことはしばらく誰も来ないですよ。
 染音さんってスケジュール管理ばっちりだから、もしそうなら教えてくれるんです」
「……よく知ってるね」
「こういうチャンス、狙ってました」

 にたあっと彼女の口元が微笑んで、僕の口元にそっと近づいてくる。
 とっさに目を瞑ることしかできず、僕は唇に触れたその温かく柔い感触に身を任せた。
 ぷるんとした感触に僅かな水気、ぬるい温もり。
 時が止まったような感覚。触れた唇が離れるまでの時間が十分、いや一時間にも感じた。

「……先輩、目ぇ閉じちゃヤですよ。ちゃんと見ててください。
 さっきは十秒で、今度は二十秒――きっちりキスしますから」

 二十秒間。
 彼女の事だから、きっと正確に測ってくれる。
 それでも、次の口づけは一体何秒間に感じるのかと思うと、もう目を閉じようとは思わなかった。

「先輩、『相手を選ぶ気はないのか』って、さっき私に言いましたよね」
「あ、ああ、うん」
「ちゃーんと選びましたよ、わたし。 その結果、先輩が初めてでした」
「選んだって……何を根拠に」
「先輩はぴったり七秒です」
「七秒って、なにが」

 困惑する僕に覆い被さりながら、彼女がまたにたっと笑う。
 ぎざっとした歯が覗くと芽衣が獰猛な肉食獣のようにさえ見えた。 
 
「初めて会った時、私の目を何秒見つめてくれたか」

 言葉が終わるのと同時に、僕と芽衣は互いの柔らかな部分を触れ合わせ始める。
15/04/27 18:56更新 / しおやき
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■作者メッセージ
ゲイザーちゃんのBGMと言えばやっぱり目が逢う瞬間(とき)ですよね。
ぺたんこ的な意味でも……いやなんでもないです。

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