前編
「だぁかぁらぁ! アタシに構わないでって言ってるでしょ!」
ある日の夕方。いつも私が相談を受けるのに使っている無人の音楽準備室が騒がしかった。今日は二人の同期生の魔物娘が私のところに来ている。一人はセルキーの貝原美海、もう一人は雪女の水原まなかだ。雪女の方はともかく、セルキーはそろそろ暑くなってきているこの季節なのに、ブレザーと長袖セーター、セルキーの毛皮のマフラーと言う場違いな格好をしている。見ているだけでも暑苦しい。雪女が魔力を効かせて部屋の温度を下げてくれているのだけれども。
「別にアタシはアイツのことなんかこれっぽっちも思ってない! 思ってないったら思ってない!」
「えー? でも美海ちゃん、いっつも彼のこと気にしているじゃない。今日の帰り一緒になるかなあって……」
「う、うっさい! 他に話題がないからアンタにその共通の知り合いの話をしているだけ!」
……全部聞かなくてもこのやりとりだけで察することができる。セルキーの貝原はとある男が好き。だけど、セルキーの毛皮で出来たマフラーなんて身につけているから、本心に気付けていない。家に一人帰っても寂しいと思わない。そして水原の気遣いを煩わしく思っている。
「もういい! アタシは帰る!」
強引に彼女は話を打ち切って彼女は鞄を持って立ち上がった。そのまま回れ右をして乱暴に扉を開けて出て行った。のっしのっしと彼女は廊下を歩き去っていく。
「……ごめんなさいね。怒らせちゃったみたい」
「ううん。まなかが悪いの。この時間だと、もう彼と一緒に帰れそうにないから……」
その理由であの怒りよう……もう素直になって彼を求めるべきなのではないの?
私は窓を開けた。虚空から自分の弓矢を取り出し、弦を引き絞る。同時に光の矢が形成され、その光が一瞬強く輝いてから消えると、鈍く輝く黄金の矢がそこにあった。
これは「愛の矢」。この矢を受けたものはその者が抱いている愛情を膨れ上がれさせる。例え、本人が気づいていなくても。この矢を受けた貝原は自分の中にある彼への気持ちが膨れ上がり、自覚できるようになることだろう。風呂か何かに入る時、セルキーの毛皮を身から外したりしたら完璧だ。その気持ちはより強くなるはず。
私は弦の指を離す。矢は空に向かって放たれ……普通ではありえない曲線を描いて飛んでいった。貝原の元に行ったのだ。
これで良かったのかしら? と水原の方に向き直る。彼女は大きく頷いて、私にありがとうと言った。ここに来た本来の目的は相談ではなく、この矢だったのだから。
授業が終わって少し時間が経った黄昏時。愛の宮北高校の使われていない音楽室の準備室にて恋愛相談とは言えないようなことをやっている……そんな私はキューピットの加賀美玲亜だ。
また別のある日の夕方。廊下を歩いている時だった。
「あの〜、加賀美さん……」
恐る恐ると言った調子で彼女は私の後ろから声をかけてきた。私は振り向く。体格は私と同じくらい……いえ、肩幅の広さを考えると彼女の方が大きいはずだ。だけど縮こまりながら私に話しかけているのが、その印象を薄めている。
手足はガッシリとしており、鱗に覆われている。肌は、私も褐色気味だが、彼女は私より色濃い。腰からは茶色の太い尾、その先端には小さな火……サラマンダーだ。学年はおそらくひとつ下だろう。それにしても縮こまり過ぎなのだと思うのだけれども。ましてや、あの陽気で熱血漢なサラマンダーだと言うのに。
「……何かしら?」
「あ、あの……加賀美さんに相談が……」
……今の微妙などもりは何なのかしら。いや、言われなくても分かる。よく私は「無表情で何を考えているか分からない」「声の抑揚が控えめだから状況によっては怒っているように聞こえる」「クールだから怖い」と言われる。自覚はしている。目も釣り上がっていて鋭いほうだと思うし。でもさすがにそこまで怯えられると少し傷つく。表には出さないけど……いや、出にくいのだけれども。
それはさておき、そんな怖い私にわざわざ相談に来ると言うことは、相談の内容は決まっている。私は無人の音楽準備室に彼女を招き入れ、話を聴き始めた。始めはやっぱり私に気圧されて要領を得ないしゃべり方だった彼女だったが、何度か聞くと分かった。
最近、くっつけたい男と女がいる。私もその二人は知っていた。剣道部の斉藤輝樹と同じく剣道部の竜田るりだ。竜田るりはリザードマンである。斉藤のほうが竜田に惚れて告白しているのだが、そこはリザードマン。竜田は自分に勝たないとその告白は受けられないと言ったらしい。それで何度か試合しているのだが、結果は今のところ0勝5敗で斉藤が全負け。まあ無理もないと思う。斉藤はこの学園に入ってから剣道を始めたルーキー。対して竜田は女子キャプテンで実力もそれ相応。竜田が在学中にその愛を実らせるのは難しいと思われる。そのようなわけで二人の恋愛は膠着状態。
加えて、竜田の意識は学園生活最後の夏の大会に向かっている。最近は斉藤への扱いが邪険らしい。このままだとこの恋愛はどう転ぶか怪しい。
「だから、ここは加賀美さんの矢でドーンと!」
「……いいわ」
頷いて私は窓を開けた。虚空に向けて左手をかざす。次の瞬間、その手にはいつもの弓が握られていた。弦を引くと矢が形成される。だが今度はいつもの矢ではない。その矢は黒曜石でできているのではないかと思うくらい黒い。
これは「鉛の矢」。いえ、そういう名前と言うだけで、鉛製ではないのだけれども。ともかく、この矢を受けると、深い喪失感に襲われる。愛が枯渇するのだ。こうなると他者からの愛を強く求めるようになり、自身に向けられる愛のありがたさを感じるようになる。竜田も感じるようになるだろう。彼に決闘を求められる、その有り難みを。彼がいない時の寂しさを。
鉛の矢を私は放つ。それは廊下を出るとまるで磁石が反発するかのように進路を曲げて飛んでいった。
「……これでいいかしら?」
「あ、ありがとうございます、加賀美さん! それじゃ、失礼します!」
まるで説教から解放されたかのようにサラマンダーはぺこりと頭を下げ、わたわたと部屋を出て行った。その態度に私は少し悲しさを覚えながらも、カップルをまたくっつけることが出来そうな事に一人頷いていた。
こんな、その人にとっては余計なことかもしれないことをやっている、迷惑な女……それが私、キューピットの加賀美玲亜だ。
そしてまたある日のことであった。ガラガラといきなり、音楽準備室の扉を開けた者がいた。二つのことに私は息が詰まる。一つはもちろん、いきなり扉を開けられたこと。もう一つは入ってきた人物に。
「……よぅ」
「……ノックくらいしたらどうかしら?」
ぶっきらぼうな挨拶に、私は同じくらいぶっきらぼうに返した。本当は心の中が怒りではないものにざわついているのに。
入ってきたのは私がかなり見知った人物であった。ひょろりと痩せていて背が高く、それでも半袖からは固そうな筋肉が覗いている。短く刈った髪の下にある顔は怒っているかのように険しい。
久保田知城。部活の同期だ。いや、元と言うべきか……
座りなさいと私は手で示す。知城は身体をくの字に曲げてお辞儀をし、席についた。
「それで……」
私が口火を切る。
「何か御用?」
つっけんどんな言い方かもしれない。しかしそうでもしないとどもってしまいそうであった。もっとも、声が震えているのは隠しきれなかったかもしれない。
知城は二度程、深呼吸をした。そして口を開く。
「……好きな人ができた」
やはりかと私は心の中で嘆息する。やはり、だ。ここにくると言うことはそれ以外にあるはずがない。ここはキューピットの矢を頼る恋愛相談所なのだから。
「相手は誰かしら?」
務めて私は平静を装って訊ねる。
「……言えない」
応えは思っていたより早く帰ってきた。答えになってないのだがけれども。
「相手が分からないと、矢を放とうにも届かないのだけれども」
私の声は苛立っていた。感情を表になかなか出さない私にこのような声を出させるのは相当なことだ。それだけ私は感情を抑えられなかった。
だが、知城の方も頑固だ。ムスッと黙ったままで話を進めようとしない。少し気分を変えようとして私は話の矛先を少し変えた。
「それで、あなたは何かアプローチはしたの? デートとか……は、無さそうね」
この私と同じくらい感情を表に出さない彼が、女をデートに誘うようなノリを持っているとは思えない。誠実であるのは結構だが、そこは恋愛としては難点だろう。
「メールは?」
「……用事がないからな」
これもそうだ。用事がなければ連絡しない。そういう人間だ、彼は。私もそうなのだけれども。
彼の答えに私は今度こそ本当にため息をついた。こうなるとどうしようもない。私の答えは決まってしまう。
「……今の貴方の期待には応えられないわ」
「……そうか」
彼も最初から分かっていたような口ぶりだ。じゃあなんで私のところに来たの? 苛立った私はつい、説教じみた言葉を吐く。
「今、貴女は何も行動をしていない。それで私の矢に頼るのは……虫が良すぎるわ」
私たちキューピットの矢は強力だ。状況によっては女が人間と言う存在を投げ捨てて魔物娘になるくらい。それだけ、人の気持ちを、ひいては人生を変えてしまう力を持っている。その力を安易に頼って欲しくはなかった。
「だからまず自分の力でなんとかしてみなさい」
「……何をすれば良いんだ? どうやってデートに誘えば……用事もないのに何をメールするんだ?」
険しい顔をしている割には、私を見る知城の目はまるで雨に濡れた子犬のように力がなかった。そんな彼を助けたい……そうは思うが……
「ごめんなさいね。そういうことは専門外なの」
その手のテクは私はさっぱりだ。残念ながら。私は首を横に振った。
「何も……アドバイスはないのか?」
「ごめんなさいね」
私は繰り返した。自分の満足の行かない結果に、知城は私に食らいついてくる。その気持ちがあれば、その好きになった女とやらを誘うのに十分な勇気と勢いだと思うのだけれども。そして……そんなことを訊ねる度胸があるなら。
「加賀美は……何かしたことないのか? あるいは何かされたいことはないのか? その話だけでも……」
「……私は、感情表現が苦手だから……ないわ。ごめんなさいね」
三たび、私は繰り返した。嘘は言っていない。だが彼の言葉に私は思わず詰まり、返事が遅れる。彼は気づいていないようだけれども。
感情表現が苦手なだけで、私は感情がないわけではない。むしろ、私は感情の起伏が激しい方だと思う。喜怒哀楽……すべてある。笑わないし、怒鳴らないし、めったに涙を流さないけれども。でもあるのだ。表に出ないだけで。もし私がサラマンダーやイグニス並みの爆発力があったら、彼の態度に怒って「諦めんなよ!」「どーしてそこでやめるんだそこで!」「もっと熱くなれよ!」と声を上げて叱咤激励していたことだろう。それくらいの気持ちはあるのだ、実は私には。実際には言わないけれど。そして、サハギンのように行動でストレートに示すのもどうも得意ではない。
何か行動を起こして、それでもダメなようだったら来なさい。そう言って私は彼を帰した。知城は何事もなかったかのように、立ち上がり、身体をくの字に曲げ、準備室を出て行った。スタスタと歩いているが、頭を抱えたくなっているほど困っているのが私にも分かった。
それを見送る私の目は虚ろだったかもしれない。
『加賀美は何かしたことないのか?』
「……ないのよ……」
誰もいない準備室にて、私はぽつりと一人つぶやいた。
帰宅。マンションの三階の一室のドアを開ける。
「ただいま」
玄関で声を上げる。返事はない。となると、おそらく母はデートだろう。案の定、リビングのテーブルの上には書き置きがあった。
『父さんとデートしてきます♥ 泊まりだから今日は帰らないわ♥ 夕飯と明日の朝ごはんの用意は冷蔵庫にあるからね』
実際に話すと私と同じくらい感情を表に出さないのに、手紙になったらイヤにハイテンションだ。私は心の中で苦笑を漏らす。
もう一つ、私が苦笑したいことがあった。『用意がある』。つまり、自分で作れと言うことだ。
まあ食事を自分で作る事自体は問題ない。子どもの頃から仕込まれた。なぜ仕込まれたか? こういう日のためだ。
楽しんで、と心の中で母と父にエールを送り、私は冷蔵庫をとりあえず開けた。鶏肉、睦びの野菜、まといの野菜の外葉、卵、ホルスタミルク、りんご……まあ、今日一日だけでなく、三日は買い物に出なくてもいいくらいは揃っていた。
だが私は冷蔵庫をそのまま閉じた。作ろうと思えば作れる。だが、そんな気力は起きなかった。リビングから出て、玄関のすぐ横にある自分の部屋に向かう。机の上に鞄を起き、着替えることなく私はベッドの上に寝転がった。そしてため息をつく。考えることは今日、相談にきた知城のこと。
今でこそ恋愛相談のまね事をしている私だが、実は私も去年は部活に参加していた。弓道部だ。そう、知城と同じ。成績は良かったのだが……私の種族がキューピットだったのが良くなかったようだ。いろいろとやっかみを受けた。やれ魔物娘だから身体能力が高くてずるい、やれキューピットだからその能力を使っているのではないか、やれそもそもその生意気な態度が気に入らない……居心地が悪くなった私は部活を止め、こうしてキューピットの能力を使ってカップルを使っているだけの、見せかけの恋愛相談をやっている。そう、見せかけだから具体的なアドバイスを訊ねられると何もできないのだ。
そのような経緯で部活をやめた私だったが、まあそれなりには辛かった。私だって表にでないだけで人並みには感情があるのだ。苦しさだって感じる。そんな私に声をかけてくれたのが、部活の同期の久保田知城だった。
『……おはよう』
低く曇天のように重たい声であったが、声をかけられただけで私は嬉しかった。
「弓は引っ張る物じゃない……と、先生が言っていた」
私がキューピットの能力で弓を使っているのではなく、自力で弓を引いているのを見てくれており、アドバイスをくれた。それだけでない。
「前より上手くなっているな……朝の練習の成果が出ている」
私の実力を認めてくれ、かつこっそり練習していたところまで見ていてくれた……
弓道部にいた人間ではかなり私に優しくしてくれた人物だっただろう。逆にそれが、私が弓道部に少しズルズルと居続けるはめになってしまったのだけれども。
私が部活をやめてからも、彼は私に気を使ってくれた。そう、この恋愛相談だって実は彼が提案してくれたものだ。本当に、何の気なしに言った物だったらしいけど。だが彼のお陰で私は無為に時を過ごさずにいられている。
いつからだろうか。私が彼を意識しはじめたのは。あるいは、彼に優しく声をかけられたあの時から私は堕ちていたのかもしれない。何度、彼の事を思って家で一人自分を寂しく慰めたことだろう。
しかし私は、実際には何も恋愛アドバイスとかをしていない女。加えて感情表現が下手と来ている。彼と話すのが精一杯。他にアプローチができていなかった。
そしてもうそろそろ高校二度目の夏が迫ろうとしていた。それまでに私、加賀美玲亜は何か彼に恋愛でのアプローチをしたことがないのか?
「……ないのよ……」
もう一度私は力なく呟いた。新作映画が出たらデートにも誘えたのに、バレンタインにチョコを渡すことだってできたはずなのに。そも彼の方からデートの誘いが来たりしない。加えて今度、好きな人が出来たと私に相談に来た。と言うことはどういうことなのか。つまりは、私は彼の眼鏡に叶っていない……そういうことなのだろう。八方ふさがりだ……
苦しい……恋愛がこんなに苦しい物だなんて思っていなかった。男と女、あるいは魔物娘をくっつけるべく、愛の矢と鉛の矢を放っているキューピットの私だが……矢を受けた者はこんな思いをしているとは……それを知りながら先日は竜田に、また別の日には貝原に矢を射るとは、なんと無責任なことか……
いや、と私は一人勝手に言い訳する。彼女らは見込みがある恋愛だからいい。だからこそ私は矢を放った……だが私はそうではないのだ。だから余計に苦しい。胸が張り裂けそうだ。
その胸を抑えるかのように、私はぎゅっとブラウスを握りしめる。とくとくとその奥で心臓が早鐘を打っているのを感じた。他にも感じられる。ふにゅりと柔らかい、乳房の感触を……結構なところまで成長している。弓を引く時、少々邪魔なくらいに。
気づけば私はブラウスのボタンをもう一方の手で外し始めていた。それだけでなく私はその下の、紫地にカラフルなドット柄のブラも外した。これで少し楽になった。少し。胸の奥のもやもやは消えない。
そのもやもやを消そうとするかのように、私は丸い乳房を捏ね回しはじめた。実際に苦しいのはその奥なのに。でも止められない。それどころかいつもより激しくなる。
はあはあと荒い息遣いをしながら私は胸を揉みしだく。本当は彼に……知城に触って欲しいのに。でもそれは叶わないらしい。その悔しさを解消するかのように、私は親指と人差し指の腹で先端をきゅっとつまみ上げた。
「……くぅ……!」
思わず声が漏れた。同時に私は膝をくっつけて身体にぎゅっと寄せた。下半身がうずく。特に、下腹部が。動いた拍子に、じわりと溜め込まれていた液体が染み出し、下着を濡らしたのを感じた。確かめるように私は片手を下へと伸ばし、ショーツのクロッチを指先でなぞった。ぬるりとした感触がそこにあった。
「ん……もう、こんなに……」
これ以上濡れてしまうと、染みになってしまう……それでも私は指の動きを止められなかった。どうせ、すぐに洗濯機に放り込めばいいと思っていたのもあるのだけれども。
すりすりと、ショーツ越しに私は女の最も敏感な部分を擦り立てる。布越しなのが、激しすぎない感じでちょうどいい。じゅわりと瞬間私の指先に温かい物が絡みつき、すぐに冷たくなった。
「あ、あああ……」
私の腰が浮き、物欲しげにくねる。何を欲しているのか、感情表現が苦手なくせにそれはすぐに口をついて出た。
「知城……ともきぃ……」
想い人の名前を私は口にする。とたんに、身体が熱くなったように感じた。
この指が知城の物だったら……彼の名前を呼びながらそんな妄想に頭を回らせる。決して実らない、その想像に。また胸がぎゅっと締め付けられる。それをごまかすかのように、私はもう一方の手でバストを思いっきり掴んだ。
ああ、こんないやらしい姿を知られたら、知城は私のことを嫌いになってしまうだろうか? クールなふりしていたが所詮愛欲に溺れる淫らな魔物娘と軽蔑するだろうか? ……でももういい。溺れてしまおう、この快楽に……どうせ叶わない恋なのだから……
自棄になった私はさらに大胆になる。体勢をうつ伏せに変えた。同時にショーツをスカートごと脱ぎ去る。そしてむき出しになった尻を高々と掲げた。誰かが足元に入れば、彼を求めてよだれを垂らしている私のアソコが見えてしまうことだろう。だが今は彼は愚か、誰もいない。両親はデートだ。
私は両手を股間に差し入れる。片手の指はクリトリスを捏ね回し、もう片手の指を、その割れ目に差し入れる。第一関節だけ。それ以上は進めない。それでも
「はっ、うあああっ……」
思わず声が漏れる。うわずったような声だ。入り口を押し広げられる快感はなかなかの物であった。
尻を掲げたまま、私は指で股間をいじり始める。くちゅくちゅといやらしい音が私の部屋に響く。その音に私の嬌声が混じった。
「はあ、はあ……知城……知城……とも……」
彼に後ろから貫かれたり、この体勢でアソコを指でいじられることを想像する。腰がいやらしくくねり、指の先端がきゅっと締められる。こうすると、知城は射精してくれるだろうか。考えても意味のないことだけれど。それを実感するとより寂しくなる。
寂しさを解消させようと私の身体は仮初の解決法へと私を駆り立てる。指の動きが激しくなる。それにつれて私の身体も昂っていく。
「ああ、ダメ、ダメぇ……」
今までとは少し違うぞくぞくとした恐怖を伴う快感が私の身体を駆け巡る。思わず「ダメ」と言う言葉を口にする。だが止めはしない。この後がいいことを知っているから。それを目指して指は言葉に反してますます激しくなった。
そしてその時がやってきた。下腹部でスパークでも起きたかのようだった。私の腰が跳ねる。だがアソコを触っている手を逃さないように太ももが閉じてぎゅっと動きを拘束する。
「んんーっ! んんんーっ!」
顔はまくらに押し当てている。親がいなくてもさすがにイク時の声を響かせるのは抵抗があった。それくらいの冷静さはある。オナニーの時は。そしてその冷静さはすぐに頭に広がり、虚無感と羞恥心を強く覚えさせた。
いつの間にか雨が降っていた。どしゃぶりとまでは行かないが、それでも外に出るのは億劫になる、この時期らしい雨だ。その雨は私の気分をより陰鬱にさせた。
ブラウス一枚とハイソックスだけの格好の私はごろりとベッドに横になる。そして雨の音を聞きながらぼんやりと考えた。
たぶん、セックスはもっと気持ちいいのだ。他の魔物娘の話を聞くとみんなそう言っている。行為の最中は自分を抑え切れないほど乱れ、事のあとも甘いまどろみに浸れるらしい。
だが私にはその機は来ない……いや、本当にそうか?
実は、手はまだ残されていた。私は弓を手にしてみる。あまたのカップルを作り続けたこの弓と矢……もちろん、自分のために使うことだってできる。
キューピットが自分のために使う矢は少々特別だ。その特別な矢には、射手の思いが乗る。いわば恋文なのだ。射られた者はその思いを、言葉はなくとも感じることができる。すべて。そして気持ちも射手に向くのだ。この矢を使う手があった。
しかし……自分で言ったではないか。
『今、あなたは何も行動をしていない。それで私の矢に頼るのは虫が良すぎるわ』
頭の中で自分が言った言葉がリフレインされる。全くもってその通り。私はもっと彼にアプローチしてからこの矢を使った方がいいのではないだろうか? メールを使うと言う手段だってあるのだ。だけど……
知城に言った言葉は私を戒めるための物であり、彼を戒めるための物であり、そして……彼の恋を後押しせずにあえて阻もうとした、悪魔の言葉だったのかもしれない。
「……」
無言で私はベッドから起き上がった。ブラウスを脱ぎ捨て、産まれたままの姿になる。そしてベランダのドアを開け放った。まるで痴女の行為だ。自慰で乱れて頭の中で何か切れたのか、それとも嫉妬と悪魔のいざないに狂ったのか……湿った夜風に裸身を晒す私は弦を引き絞った。その弓に黄金の矢がつがえられる。
『……今、矢を撃たなかったら彼は私の手の届かないところに行ってしまう……そうなる前に……!』
知城のその女性への想いを矢の力で強引にこちらに奪い取ってでも、彼が欲しい。邪で猥りがましい思いにまみれた矢はぶれていた。それでもキューピットの矢だ。天空にを走った矢はひとりでに急旋回して虚空へと消えた。知城の家に向かったのだ。
『……これで知城は私の思いを知るだろう……そして明日、答えを聞かせてもらおう……』
しばらく私は矢が消えた方向を眺めるともなしに眺めていた。が、やがて自分が裸のままベランダの入り口に立っていたことを思い出した。恥ずかしすぎる。変態に見られていたかもしれない。ぴしゃりと私は窓を閉め、脱ぎ散らかしたブラウスと下着を手にとった。これらを洗濯機に入れる。ショーツの内側のクロッチにはべっとりと私の愛液がついている。その元となった私の股はそれ以上にベトベトだ。お腹も結構空いてきたが、それより先にシャワーを浴びなければ……
ある日の夕方。いつも私が相談を受けるのに使っている無人の音楽準備室が騒がしかった。今日は二人の同期生の魔物娘が私のところに来ている。一人はセルキーの貝原美海、もう一人は雪女の水原まなかだ。雪女の方はともかく、セルキーはそろそろ暑くなってきているこの季節なのに、ブレザーと長袖セーター、セルキーの毛皮のマフラーと言う場違いな格好をしている。見ているだけでも暑苦しい。雪女が魔力を効かせて部屋の温度を下げてくれているのだけれども。
「別にアタシはアイツのことなんかこれっぽっちも思ってない! 思ってないったら思ってない!」
「えー? でも美海ちゃん、いっつも彼のこと気にしているじゃない。今日の帰り一緒になるかなあって……」
「う、うっさい! 他に話題がないからアンタにその共通の知り合いの話をしているだけ!」
……全部聞かなくてもこのやりとりだけで察することができる。セルキーの貝原はとある男が好き。だけど、セルキーの毛皮で出来たマフラーなんて身につけているから、本心に気付けていない。家に一人帰っても寂しいと思わない。そして水原の気遣いを煩わしく思っている。
「もういい! アタシは帰る!」
強引に彼女は話を打ち切って彼女は鞄を持って立ち上がった。そのまま回れ右をして乱暴に扉を開けて出て行った。のっしのっしと彼女は廊下を歩き去っていく。
「……ごめんなさいね。怒らせちゃったみたい」
「ううん。まなかが悪いの。この時間だと、もう彼と一緒に帰れそうにないから……」
その理由であの怒りよう……もう素直になって彼を求めるべきなのではないの?
私は窓を開けた。虚空から自分の弓矢を取り出し、弦を引き絞る。同時に光の矢が形成され、その光が一瞬強く輝いてから消えると、鈍く輝く黄金の矢がそこにあった。
これは「愛の矢」。この矢を受けたものはその者が抱いている愛情を膨れ上がれさせる。例え、本人が気づいていなくても。この矢を受けた貝原は自分の中にある彼への気持ちが膨れ上がり、自覚できるようになることだろう。風呂か何かに入る時、セルキーの毛皮を身から外したりしたら完璧だ。その気持ちはより強くなるはず。
私は弦の指を離す。矢は空に向かって放たれ……普通ではありえない曲線を描いて飛んでいった。貝原の元に行ったのだ。
これで良かったのかしら? と水原の方に向き直る。彼女は大きく頷いて、私にありがとうと言った。ここに来た本来の目的は相談ではなく、この矢だったのだから。
授業が終わって少し時間が経った黄昏時。愛の宮北
また別のある日の夕方。廊下を歩いている時だった。
「あの〜、加賀美さん……」
恐る恐ると言った調子で彼女は私の後ろから声をかけてきた。私は振り向く。体格は私と同じくらい……いえ、肩幅の広さを考えると彼女の方が大きいはずだ。だけど縮こまりながら私に話しかけているのが、その印象を薄めている。
手足はガッシリとしており、鱗に覆われている。肌は、私も褐色気味だが、彼女は私より色濃い。腰からは茶色の太い尾、その先端には小さな火……サラマンダーだ。学年はおそらくひとつ下だろう。それにしても縮こまり過ぎなのだと思うのだけれども。ましてや、あの陽気で熱血漢なサラマンダーだと言うのに。
「……何かしら?」
「あ、あの……加賀美さんに相談が……」
……今の微妙などもりは何なのかしら。いや、言われなくても分かる。よく私は「無表情で何を考えているか分からない」「声の抑揚が控えめだから状況によっては怒っているように聞こえる」「クールだから怖い」と言われる。自覚はしている。目も釣り上がっていて鋭いほうだと思うし。でもさすがにそこまで怯えられると少し傷つく。表には出さないけど……いや、出にくいのだけれども。
それはさておき、そんな怖い私にわざわざ相談に来ると言うことは、相談の内容は決まっている。私は無人の音楽準備室に彼女を招き入れ、話を聴き始めた。始めはやっぱり私に気圧されて要領を得ないしゃべり方だった彼女だったが、何度か聞くと分かった。
最近、くっつけたい男と女がいる。私もその二人は知っていた。剣道部の斉藤輝樹と同じく剣道部の竜田るりだ。竜田るりはリザードマンである。斉藤のほうが竜田に惚れて告白しているのだが、そこはリザードマン。竜田は自分に勝たないとその告白は受けられないと言ったらしい。それで何度か試合しているのだが、結果は今のところ0勝5敗で斉藤が全負け。まあ無理もないと思う。斉藤はこの学園に入ってから剣道を始めたルーキー。対して竜田は女子キャプテンで実力もそれ相応。竜田が在学中にその愛を実らせるのは難しいと思われる。そのようなわけで二人の恋愛は膠着状態。
加えて、竜田の意識は学園生活最後の夏の大会に向かっている。最近は斉藤への扱いが邪険らしい。このままだとこの恋愛はどう転ぶか怪しい。
「だから、ここは加賀美さんの矢でドーンと!」
「……いいわ」
頷いて私は窓を開けた。虚空に向けて左手をかざす。次の瞬間、その手にはいつもの弓が握られていた。弦を引くと矢が形成される。だが今度はいつもの矢ではない。その矢は黒曜石でできているのではないかと思うくらい黒い。
これは「鉛の矢」。いえ、そういう名前と言うだけで、鉛製ではないのだけれども。ともかく、この矢を受けると、深い喪失感に襲われる。愛が枯渇するのだ。こうなると他者からの愛を強く求めるようになり、自身に向けられる愛のありがたさを感じるようになる。竜田も感じるようになるだろう。彼に決闘を求められる、その有り難みを。彼がいない時の寂しさを。
鉛の矢を私は放つ。それは廊下を出るとまるで磁石が反発するかのように進路を曲げて飛んでいった。
「……これでいいかしら?」
「あ、ありがとうございます、加賀美さん! それじゃ、失礼します!」
まるで説教から解放されたかのようにサラマンダーはぺこりと頭を下げ、わたわたと部屋を出て行った。その態度に私は少し悲しさを覚えながらも、カップルをまたくっつけることが出来そうな事に一人頷いていた。
こんな、その人にとっては余計なことかもしれないことをやっている、迷惑な女……それが私、キューピットの加賀美玲亜だ。
そしてまたある日のことであった。ガラガラといきなり、音楽準備室の扉を開けた者がいた。二つのことに私は息が詰まる。一つはもちろん、いきなり扉を開けられたこと。もう一つは入ってきた人物に。
「……よぅ」
「……ノックくらいしたらどうかしら?」
ぶっきらぼうな挨拶に、私は同じくらいぶっきらぼうに返した。本当は心の中が怒りではないものにざわついているのに。
入ってきたのは私がかなり見知った人物であった。ひょろりと痩せていて背が高く、それでも半袖からは固そうな筋肉が覗いている。短く刈った髪の下にある顔は怒っているかのように険しい。
久保田知城。部活の同期だ。いや、元と言うべきか……
座りなさいと私は手で示す。知城は身体をくの字に曲げてお辞儀をし、席についた。
「それで……」
私が口火を切る。
「何か御用?」
つっけんどんな言い方かもしれない。しかしそうでもしないとどもってしまいそうであった。もっとも、声が震えているのは隠しきれなかったかもしれない。
知城は二度程、深呼吸をした。そして口を開く。
「……好きな人ができた」
やはりかと私は心の中で嘆息する。やはり、だ。ここにくると言うことはそれ以外にあるはずがない。ここはキューピットの矢を頼る恋愛相談所なのだから。
「相手は誰かしら?」
務めて私は平静を装って訊ねる。
「……言えない」
応えは思っていたより早く帰ってきた。答えになってないのだがけれども。
「相手が分からないと、矢を放とうにも届かないのだけれども」
私の声は苛立っていた。感情を表になかなか出さない私にこのような声を出させるのは相当なことだ。それだけ私は感情を抑えられなかった。
だが、知城の方も頑固だ。ムスッと黙ったままで話を進めようとしない。少し気分を変えようとして私は話の矛先を少し変えた。
「それで、あなたは何かアプローチはしたの? デートとか……は、無さそうね」
この私と同じくらい感情を表に出さない彼が、女をデートに誘うようなノリを持っているとは思えない。誠実であるのは結構だが、そこは恋愛としては難点だろう。
「メールは?」
「……用事がないからな」
これもそうだ。用事がなければ連絡しない。そういう人間だ、彼は。私もそうなのだけれども。
彼の答えに私は今度こそ本当にため息をついた。こうなるとどうしようもない。私の答えは決まってしまう。
「……今の貴方の期待には応えられないわ」
「……そうか」
彼も最初から分かっていたような口ぶりだ。じゃあなんで私のところに来たの? 苛立った私はつい、説教じみた言葉を吐く。
「今、貴女は何も行動をしていない。それで私の矢に頼るのは……虫が良すぎるわ」
私たちキューピットの矢は強力だ。状況によっては女が人間と言う存在を投げ捨てて魔物娘になるくらい。それだけ、人の気持ちを、ひいては人生を変えてしまう力を持っている。その力を安易に頼って欲しくはなかった。
「だからまず自分の力でなんとかしてみなさい」
「……何をすれば良いんだ? どうやってデートに誘えば……用事もないのに何をメールするんだ?」
険しい顔をしている割には、私を見る知城の目はまるで雨に濡れた子犬のように力がなかった。そんな彼を助けたい……そうは思うが……
「ごめんなさいね。そういうことは専門外なの」
その手のテクは私はさっぱりだ。残念ながら。私は首を横に振った。
「何も……アドバイスはないのか?」
「ごめんなさいね」
私は繰り返した。自分の満足の行かない結果に、知城は私に食らいついてくる。その気持ちがあれば、その好きになった女とやらを誘うのに十分な勇気と勢いだと思うのだけれども。そして……そんなことを訊ねる度胸があるなら。
「加賀美は……何かしたことないのか? あるいは何かされたいことはないのか? その話だけでも……」
「……私は、感情表現が苦手だから……ないわ。ごめんなさいね」
三たび、私は繰り返した。嘘は言っていない。だが彼の言葉に私は思わず詰まり、返事が遅れる。彼は気づいていないようだけれども。
感情表現が苦手なだけで、私は感情がないわけではない。むしろ、私は感情の起伏が激しい方だと思う。喜怒哀楽……すべてある。笑わないし、怒鳴らないし、めったに涙を流さないけれども。でもあるのだ。表に出ないだけで。もし私がサラマンダーやイグニス並みの爆発力があったら、彼の態度に怒って「諦めんなよ!」「どーしてそこでやめるんだそこで!」「もっと熱くなれよ!」と声を上げて叱咤激励していたことだろう。それくらいの気持ちはあるのだ、実は私には。実際には言わないけれど。そして、サハギンのように行動でストレートに示すのもどうも得意ではない。
何か行動を起こして、それでもダメなようだったら来なさい。そう言って私は彼を帰した。知城は何事もなかったかのように、立ち上がり、身体をくの字に曲げ、準備室を出て行った。スタスタと歩いているが、頭を抱えたくなっているほど困っているのが私にも分かった。
それを見送る私の目は虚ろだったかもしれない。
『加賀美は何かしたことないのか?』
「……ないのよ……」
誰もいない準備室にて、私はぽつりと一人つぶやいた。
帰宅。マンションの三階の一室のドアを開ける。
「ただいま」
玄関で声を上げる。返事はない。となると、おそらく母はデートだろう。案の定、リビングのテーブルの上には書き置きがあった。
『父さんとデートしてきます♥ 泊まりだから今日は帰らないわ♥ 夕飯と明日の朝ごはんの用意は冷蔵庫にあるからね』
実際に話すと私と同じくらい感情を表に出さないのに、手紙になったらイヤにハイテンションだ。私は心の中で苦笑を漏らす。
もう一つ、私が苦笑したいことがあった。『用意がある』。つまり、自分で作れと言うことだ。
まあ食事を自分で作る事自体は問題ない。子どもの頃から仕込まれた。なぜ仕込まれたか? こういう日のためだ。
楽しんで、と心の中で母と父にエールを送り、私は冷蔵庫をとりあえず開けた。鶏肉、睦びの野菜、まといの野菜の外葉、卵、ホルスタミルク、りんご……まあ、今日一日だけでなく、三日は買い物に出なくてもいいくらいは揃っていた。
だが私は冷蔵庫をそのまま閉じた。作ろうと思えば作れる。だが、そんな気力は起きなかった。リビングから出て、玄関のすぐ横にある自分の部屋に向かう。机の上に鞄を起き、着替えることなく私はベッドの上に寝転がった。そしてため息をつく。考えることは今日、相談にきた知城のこと。
今でこそ恋愛相談のまね事をしている私だが、実は私も去年は部活に参加していた。弓道部だ。そう、知城と同じ。成績は良かったのだが……私の種族がキューピットだったのが良くなかったようだ。いろいろとやっかみを受けた。やれ魔物娘だから身体能力が高くてずるい、やれキューピットだからその能力を使っているのではないか、やれそもそもその生意気な態度が気に入らない……居心地が悪くなった私は部活を止め、こうしてキューピットの能力を使ってカップルを使っているだけの、見せかけの恋愛相談をやっている。そう、見せかけだから具体的なアドバイスを訊ねられると何もできないのだ。
そのような経緯で部活をやめた私だったが、まあそれなりには辛かった。私だって表にでないだけで人並みには感情があるのだ。苦しさだって感じる。そんな私に声をかけてくれたのが、部活の同期の久保田知城だった。
『……おはよう』
低く曇天のように重たい声であったが、声をかけられただけで私は嬉しかった。
「弓は引っ張る物じゃない……と、先生が言っていた」
私がキューピットの能力で弓を使っているのではなく、自力で弓を引いているのを見てくれており、アドバイスをくれた。それだけでない。
「前より上手くなっているな……朝の練習の成果が出ている」
私の実力を認めてくれ、かつこっそり練習していたところまで見ていてくれた……
弓道部にいた人間ではかなり私に優しくしてくれた人物だっただろう。逆にそれが、私が弓道部に少しズルズルと居続けるはめになってしまったのだけれども。
私が部活をやめてからも、彼は私に気を使ってくれた。そう、この恋愛相談だって実は彼が提案してくれたものだ。本当に、何の気なしに言った物だったらしいけど。だが彼のお陰で私は無為に時を過ごさずにいられている。
いつからだろうか。私が彼を意識しはじめたのは。あるいは、彼に優しく声をかけられたあの時から私は堕ちていたのかもしれない。何度、彼の事を思って家で一人自分を寂しく慰めたことだろう。
しかし私は、実際には何も恋愛アドバイスとかをしていない女。加えて感情表現が下手と来ている。彼と話すのが精一杯。他にアプローチができていなかった。
そしてもうそろそろ
「……ないのよ……」
もう一度私は力なく呟いた。新作映画が出たらデートにも誘えたのに、バレンタインにチョコを渡すことだってできたはずなのに。そも彼の方からデートの誘いが来たりしない。加えて今度、好きな人が出来たと私に相談に来た。と言うことはどういうことなのか。つまりは、私は彼の眼鏡に叶っていない……そういうことなのだろう。八方ふさがりだ……
苦しい……恋愛がこんなに苦しい物だなんて思っていなかった。男と女、あるいは魔物娘をくっつけるべく、愛の矢と鉛の矢を放っているキューピットの私だが……矢を受けた者はこんな思いをしているとは……それを知りながら先日は竜田に、また別の日には貝原に矢を射るとは、なんと無責任なことか……
いや、と私は一人勝手に言い訳する。彼女らは見込みがある恋愛だからいい。だからこそ私は矢を放った……だが私はそうではないのだ。だから余計に苦しい。胸が張り裂けそうだ。
その胸を抑えるかのように、私はぎゅっとブラウスを握りしめる。とくとくとその奥で心臓が早鐘を打っているのを感じた。他にも感じられる。ふにゅりと柔らかい、乳房の感触を……結構なところまで成長している。弓を引く時、少々邪魔なくらいに。
気づけば私はブラウスのボタンをもう一方の手で外し始めていた。それだけでなく私はその下の、紫地にカラフルなドット柄のブラも外した。これで少し楽になった。少し。胸の奥のもやもやは消えない。
そのもやもやを消そうとするかのように、私は丸い乳房を捏ね回しはじめた。実際に苦しいのはその奥なのに。でも止められない。それどころかいつもより激しくなる。
はあはあと荒い息遣いをしながら私は胸を揉みしだく。本当は彼に……知城に触って欲しいのに。でもそれは叶わないらしい。その悔しさを解消するかのように、私は親指と人差し指の腹で先端をきゅっとつまみ上げた。
「……くぅ……!」
思わず声が漏れた。同時に私は膝をくっつけて身体にぎゅっと寄せた。下半身がうずく。特に、下腹部が。動いた拍子に、じわりと溜め込まれていた液体が染み出し、下着を濡らしたのを感じた。確かめるように私は片手を下へと伸ばし、ショーツのクロッチを指先でなぞった。ぬるりとした感触がそこにあった。
「ん……もう、こんなに……」
これ以上濡れてしまうと、染みになってしまう……それでも私は指の動きを止められなかった。どうせ、すぐに洗濯機に放り込めばいいと思っていたのもあるのだけれども。
すりすりと、ショーツ越しに私は女の最も敏感な部分を擦り立てる。布越しなのが、激しすぎない感じでちょうどいい。じゅわりと瞬間私の指先に温かい物が絡みつき、すぐに冷たくなった。
「あ、あああ……」
私の腰が浮き、物欲しげにくねる。何を欲しているのか、感情表現が苦手なくせにそれはすぐに口をついて出た。
「知城……ともきぃ……」
想い人の名前を私は口にする。とたんに、身体が熱くなったように感じた。
この指が知城の物だったら……彼の名前を呼びながらそんな妄想に頭を回らせる。決して実らない、その想像に。また胸がぎゅっと締め付けられる。それをごまかすかのように、私はもう一方の手でバストを思いっきり掴んだ。
ああ、こんないやらしい姿を知られたら、知城は私のことを嫌いになってしまうだろうか? クールなふりしていたが所詮愛欲に溺れる淫らな魔物娘と軽蔑するだろうか? ……でももういい。溺れてしまおう、この快楽に……どうせ叶わない恋なのだから……
自棄になった私はさらに大胆になる。体勢をうつ伏せに変えた。同時にショーツをスカートごと脱ぎ去る。そしてむき出しになった尻を高々と掲げた。誰かが足元に入れば、彼を求めてよだれを垂らしている私のアソコが見えてしまうことだろう。だが今は彼は愚か、誰もいない。両親はデートだ。
私は両手を股間に差し入れる。片手の指はクリトリスを捏ね回し、もう片手の指を、その割れ目に差し入れる。第一関節だけ。それ以上は進めない。それでも
「はっ、うあああっ……」
思わず声が漏れる。うわずったような声だ。入り口を押し広げられる快感はなかなかの物であった。
尻を掲げたまま、私は指で股間をいじり始める。くちゅくちゅといやらしい音が私の部屋に響く。その音に私の嬌声が混じった。
「はあ、はあ……知城……知城……とも……」
彼に後ろから貫かれたり、この体勢でアソコを指でいじられることを想像する。腰がいやらしくくねり、指の先端がきゅっと締められる。こうすると、知城は射精してくれるだろうか。考えても意味のないことだけれど。それを実感するとより寂しくなる。
寂しさを解消させようと私の身体は仮初の解決法へと私を駆り立てる。指の動きが激しくなる。それにつれて私の身体も昂っていく。
「ああ、ダメ、ダメぇ……」
今までとは少し違うぞくぞくとした恐怖を伴う快感が私の身体を駆け巡る。思わず「ダメ」と言う言葉を口にする。だが止めはしない。この後がいいことを知っているから。それを目指して指は言葉に反してますます激しくなった。
そしてその時がやってきた。下腹部でスパークでも起きたかのようだった。私の腰が跳ねる。だがアソコを触っている手を逃さないように太ももが閉じてぎゅっと動きを拘束する。
「んんーっ! んんんーっ!」
顔はまくらに押し当てている。親がいなくてもさすがにイク時の声を響かせるのは抵抗があった。それくらいの冷静さはある。オナニーの時は。そしてその冷静さはすぐに頭に広がり、虚無感と羞恥心を強く覚えさせた。
いつの間にか雨が降っていた。どしゃぶりとまでは行かないが、それでも外に出るのは億劫になる、この時期らしい雨だ。その雨は私の気分をより陰鬱にさせた。
ブラウス一枚とハイソックスだけの格好の私はごろりとベッドに横になる。そして雨の音を聞きながらぼんやりと考えた。
たぶん、セックスはもっと気持ちいいのだ。他の魔物娘の話を聞くとみんなそう言っている。行為の最中は自分を抑え切れないほど乱れ、事のあとも甘いまどろみに浸れるらしい。
だが私にはその機は来ない……いや、本当にそうか?
実は、手はまだ残されていた。私は弓を手にしてみる。あまたのカップルを作り続けたこの弓と矢……もちろん、自分のために使うことだってできる。
キューピットが自分のために使う矢は少々特別だ。その特別な矢には、射手の思いが乗る。いわば恋文なのだ。射られた者はその思いを、言葉はなくとも感じることができる。すべて。そして気持ちも射手に向くのだ。この矢を使う手があった。
しかし……自分で言ったではないか。
『今、あなたは何も行動をしていない。それで私の矢に頼るのは虫が良すぎるわ』
頭の中で自分が言った言葉がリフレインされる。全くもってその通り。私はもっと彼にアプローチしてからこの矢を使った方がいいのではないだろうか? メールを使うと言う手段だってあるのだ。だけど……
知城に言った言葉は私を戒めるための物であり、彼を戒めるための物であり、そして……彼の恋を後押しせずにあえて阻もうとした、悪魔の言葉だったのかもしれない。
「……」
無言で私はベッドから起き上がった。ブラウスを脱ぎ捨て、産まれたままの姿になる。そしてベランダのドアを開け放った。まるで痴女の行為だ。自慰で乱れて頭の中で何か切れたのか、それとも嫉妬と悪魔のいざないに狂ったのか……湿った夜風に裸身を晒す私は弦を引き絞った。その弓に黄金の矢がつがえられる。
『……今、矢を撃たなかったら彼は私の手の届かないところに行ってしまう……そうなる前に……!』
知城のその女性への想いを矢の力で強引にこちらに奪い取ってでも、彼が欲しい。邪で猥りがましい思いにまみれた矢はぶれていた。それでもキューピットの矢だ。天空にを走った矢はひとりでに急旋回して虚空へと消えた。知城の家に向かったのだ。
『……これで知城は私の思いを知るだろう……そして明日、答えを聞かせてもらおう……』
しばらく私は矢が消えた方向を眺めるともなしに眺めていた。が、やがて自分が裸のままベランダの入り口に立っていたことを思い出した。恥ずかしすぎる。変態に見られていたかもしれない。ぴしゃりと私は窓を閉め、脱ぎ散らかしたブラウスと下着を手にとった。これらを洗濯機に入れる。ショーツの内側のクロッチにはべっとりと私の愛液がついている。その元となった私の股はそれ以上にベトベトだ。お腹も結構空いてきたが、それより先にシャワーを浴びなければ……
15/06/06 22:48更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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