強情で猪武者な女騎士とスカした軍師の場合
兵団の先頭で馬に乗る女騎士がため息を付いた。彼女の名前はジェシカ・アンジェラス。反魔物領であるイルトスト王国の騎士団長だ。
「団長……何か困ったことでも?」
「いや、あいつと戦うのがいろいろ気が重たいんだ」
部下の言葉にジェシカは答えた。
これからジェシカが討伐に向かう相手は、かつての同僚、イルトスト王国の元軍師であるヴォクレイ・アムスキアだ。
軍師だった彼は、白兵戦を好んで力を信じて突擊するジェシカのことを、いつも猪と言って笑っていた。対してジェシカはもやしのように軟弱でかつ狡猾なヴォクレイを毛嫌いしていた。
しかし、悔しいかなジェシカはいつもヴォクレイの策に助けられていた。またヴォクレイがジェシカの武力によって助けられることも多かった。
あまり認めたくはないが、権力と欲望にまみれたイルトスト王国の上層部の世界で唯一、互いの悪口を言い合い、それでいて互いの短所を埋め合うことができた存在だと思う。
そんなある日、ヴォクレイが戦士したとジェシカは告げられた。なんでも、彼らしからぬことに戦略ミスで軍団が孤立してしまったらしい。彼が死んだことでジェシカは張り合う相手がいなくなり、どこか虚無感のような物を感じていた。
だがつい先日、実はヴォクレイが生きているという情報が入った。しかもそのヴォクレイは魔物側についたという話だ。
彼の軍略が魔物に利用されては危険だ。事態を重く見たイルトスト王国の幹部たちはジェシカを討伐に派遣したのであった。
「あいつの狡猾さを私はよく知っている。だから気が重いんだ……だが」
美しき顔を曇らせ、ため息をついていたジェシカが顔を上げる。彼女の目には怒りのような物が渦巻いていた。
「前々からいけ好かない奴だと思っていたが、魔物側に与するとは、どこまでも見下げた奴だ。あいつは絶対、私が討伐する」
そう強く言い切り、ジェシカは腰の剣を強く握り締めるのであった。
ジェシカたちの軍は、ヴォクレイが住んでいるとされる、国境に広がる森にやってきた。しかし、その入口で早速ジェシカたちは足止めをくらう。
「くそっ、なんてややこしいものを……」
苛立った声を上げてジェシカは目を向く。彼女の視線の先にはロープがあった。木と木を繋いでおり、ちょうど馬より少し高い位置に張られている。このまま走ろうとすると騎乗者が落馬する、単純かつ効率のいい仕掛けだ。
ロープが張られているのはそこだけではない。森のいたるところにそのロープが張られていた。
「隊長! いちいち縄を斬っていると進軍に手間取り、奇襲を受けやすくなると思われます! ここは馬を降りて進むべきかと……」
「むむむ……」
唸っていたジェシカだったが、部下の言うことは正しい。後続の兵士たちに振り返ってジェシカは命令と警告をする。
「皆、馬から降りよ! そして森に入ったら警戒せよ! 敵はこのような卑怯な策でこちらを攪乱する奴だ! それに負けてはいけない! 皆、私に続け!」
自身も馬から降り、ジェシカは先頭を切って進んだ。しかし、このように森の入口で仕掛けにぶつかったことから、彼女の軍の士気はすでに下がっている。
すでに彼女はヴォクレイの手のひらの上だった。
「くそぉ! ヴォクレイめ、どこまでも卑怯な手を……!」
大木を背にして矢を防ぎながらジェシカは悪態をつく。森に入って彼女とその軍を待ち受けていたのはヴォクレイの策略の嵐だった。
あるときは木の上からエルフたちに魔界鉄の矢を浴びせられた。ある程度攻撃したらエルフたちは逃げていく。
それを追撃しようとしたらジェシカの軍は落とし穴にはまった。落とし穴に落ちた兵士たちは他の森に住む魔物達に連れ去られた。
また、あるときは砦を見つけて攻撃しようとしたら、それは無人で防御にも使えないようなハリボテのような砦だった。そこに入り込んだ兵士はホーネットやケンタウロスによって一網打尽にされ、連れ去られてしまった。
これらの罠やゲリラ戦法によってジェシカの軍は統率が取れなくなり、散り散りになった。ジェシカも今、一人でこの大木の影に潜んでいる。
『戦争としては完全な負け戦だな……だがこのままおめおめと国に帰るつもりはないし、私もそれで終わるつもりはない。ヴォクレイさえ討ち取ればいいのだ……!』
矢の攻撃が止んだのをはかってジェシカは大木の陰から飛び出し、道なき道を走り抜けた。その足取りに迷いはない。
少し前、彼女はヴォクレイが指揮をとっているらしい陣を見つけていた。男を連れ去った、武装している魔物娘が向かう陣があったのだ。そこに帰投するということはそこが本陣に違いない。ジェシカはそう当たりをつけていた。
そして今、その陣が今目の前に見える。身を潜めてそこに身を踊らせようとしたジェシカだったが……
「きゃああああっ!?」
その入口に落とし穴があった。落とし穴の底に着いたと同時に頭をしたたかに壁に打ち付ける。
「うぐっ……」
その衝撃でジェシカは気を失ったのだった。
★
「……ん、ぅ……ぐ…頭が……ここ、は…?」
苦しげに呻き声を上げながら、ジェシカはゆっくりと目を開く。落とし穴からは引き上げられ、どこかの一室に運ばれていた。かなり広く、小屋くらいの広さはあるのではないかと思えた。
そして目の前には一人の男と一匹の魔物が立っている。男の方には見覚えがあった。
「目が覚めたか、ジェシカ」
ヴォクレイ・アムスキアが目の前にいた。灰色に煤けてパサついている髪、ひょろりと背が高くて骨ばった身体、蛇のようにじっとりとした狡猾そうな黒い目……右目を髪で隠していることを除けば記憶に懐かしい姿だ。かつての同僚、倒すべき敵。
彼に襲いかかろうとジェシカは身体を動かそうとしたが、動けなかった。手足は魔法の枷によって空中に縛り付けられ、身動きは封じられている。武装は解除されておらず、腰に剣がまだある。それなのに動けない。
腹の中で歯ぎしりしながらジェシカは視線を隣にいる魔物に向けた。
横にいた魔物は濃い黒色の毛並みの馬体を下半身に持っている……バイコーンだ。雪のように白い肌と、闇より濃い黒い毛並みが相互に引き立て合っている。
「お初にお目にかかります、ジェシカ・アンジェラス様。私がヴォクレイ様の第一夫人、ディオナ・アムスキアです。今後、よろしくお願いしますね」
ディオナと名乗ったバイコーンは頭を軽く下げた。彼女の挨拶にジェシカは眉を釣り上げて叫ぶ。
「何が『何がよろしくお願いしますね』だ、魔物め! 貴様らのような汚らわしい魔物などと仲良くするつもりなどない!」
「汚らわしい、か……魔物を汚らわしいと表現するのであれば、人間をどのように表現するべきか、私にはちょっと考えがつかないな」
不意に横からヴォクレイが口をはさんだ。そのヴォクレイに対してもジェシカは罵声を浴びせる。
「黙れヴォクレイ! 貴様だって相変わらず汚い人間だ! こんな下劣な策を用いるなど、恥ずかしくないのか!?」
「懐かしいね……君に『こんな下劣な策』と罵られるのも久しぶりだよ。そのたびに私はこう返してきたっけな。『策を用いるのが下劣だというのか?』とね」
ジェシカが動けないことにたかをくくっているのか、静かにヴォクレイはそう言ってクックッと笑う。王宮でもやったやりとりで相変わらず丸め込まれたジェシカはくちびるを噛んだ。
急にヴォクレイが笑いを止め、ジェシカに近づく。
「そしてだ。私を裏切って片目まで奪うような国の人間に言われたくなどないね……」
そう言ってヴォクレイは今まで下ろしていた前髪をかき上げた。さらにその下にあった眼帯も押し上げてずらす。思わずジェシカは息を飲んだ。
彼の右目は醜く潰れており、生々しい縫合の跡ともに赤黒く変色していた。
「目だけではない。脱げば分かるが、私の身体はあちこち傷だらけだ……あの時……」
残っている左目を、遠くを見るような目つきにしながらヴォクレイは語る。
あの時、孤立したヴォクレイの軍だったが、その理由は味方に裏切られていたからだ。
ヴォクレイの軍を囲むようにして護衛していたイルトストの軍がヴォクレイの軍に襲いかかったのだ。
前は敵、左右と後ろは味方だった兵士。あっと言う間に兵士は殲滅され、ヴォクレイ自身もなんとかこの国境の森まで逃げ出せたが、大怪我を負った。
そこで出会ったのがこのバイコーンのディオナであった。彼女と森の魔物たちの手厚い治療でヴォクレイはなんとか一名をとりとめた。
そして自分を最初に見つけてくれ、助けてくれたディオナと結婚し、今に至るらしい。
「裏切られた理由も心当たりはあるな。軍師たるもの、汚い手を使ってでも策を用いて被害を少なくしつつ勝つものだ。それを危険視して私を殺そうとしたのが今の君が仕えている貴族様がしたことだ」
目の前を行ったり来たりしながら、ヴォクレイは言う。ジェシカは何も言えなかった。
ヴォクレイの方が国を裏切ったと思っていたのに、まさか自分の国の人間がヴォクレイを抹殺しようとしていたとは。だがヴォクレイの語った言葉は説得力があった。イルトスト王国の貴族が人を裏切ったりするような腐敗した集団であることも彼女は知っている。
自分の心がぐらりと揺れたのをジェシカは感じた。
「いや……魔に堕ちた者の言葉など信用なるものか! ……仮にそれが真実だったとしても、魔族に魂を売り渡した時点でお前にもはや正道はない! 恥を知れっ!」
ジェシカは自分の気持ちを立て直そうとした。声を張り上げることで、ヴォクレイの言葉を頭から拒絶することで、盲目的な信仰心と魔物への嫌悪感にすがることで。
相変わらず頑固なことだなとヴォクレイは鼻を鳴らした。
「いずれにせよ、君は私との戦いに負けた。その事に異存はあるまい」
「くっ……そうだ……だが、ひとつ教えて欲しい。なぜ私たちの襲撃が分かった?」
猪武者のジェシカではあるが、ヴォクレイの策にはまってから疑問にようやく思ったことがあった。
馬の侵入を防ぐ綱や森のいたるところに掘られた落とし穴、敵を誘い込むための砦。
どれも一日でできるとは思えない。時間も人手もかかるはずである。
また、ゲリラ攻撃をしかけてきた魔物たちの中には戦闘に不向きなラージマウスやハニービーなどがいたが、彼女らの武器だって必要なはずだ。
これらをいかにして用意したのか。
ジェシカの問いにヴォクレイは左目を丸くした。
「猪武者だった君がそこまで考えるようになったか。正直、驚いたよ」
「つべこべ言ってないで早く答えろ!」
「気が短いのは相変わらずだな……簡単なことだ。襲撃が分かったのは君の軍や国にはまだ私の部下の間者がいた。それだけだ。武器は魔物の行商人に頼めばどうということはない。」
ふふっとヴォクレイは笑って見せる。回答を焦らされて苛立っていたジェシカは、余裕を見せつけるヴォクレイに腹を立てた。
「何がおかしい! 今すぐこの枷を解け! この場で叩き斬ってやる!」
「いいだろう」
ジェシカの言葉にヴォクレイはあっさりと従った。パチンと指を鳴らすと枷が外れ、ジェシカは床に崩れ落ちる。あまりに唐突なことだったためジェシカは目をぱちくりさせた。だがすぐに気を取り戻したらしい。その顔が見る見るうちに屈辱と怒りに染まっていく。
「……随分とあっさり……私など縛りつけておかなくとも問題ない、とでも言いたいのか……?」
ヴォクレイは何も言わない。薄く笑うだけだ。ジェシカの怒りが頂点に達した。
「……貴様はぁああ!」
腰にはまだ剣があった。それを引き抜き、ジェシカはヴォクレイに向かって突進する。しかしヴォクレイは避けようとすらしない。ジェシカの必殺の間合いまであと五歩。
「数々の侮辱! 万死に……」
「……そろそろだな」
ぽつんとヴォクレイが呟いた。
「んぐぅ!? んんぅうう!」
その直後にジェシカが声を上げた。苦しげな、それでいてどこか艶めいたものが混じっている声だ。同時に、ジェシカの突進が止まった。
「どうした? 万死になんだ?」
ヴォクレイが悠然と手を広げて見せる。彼の前でジェシカは、手足に力も入らずその場にぺたりと座り込んでしまった。もちろん、剣を振るってどうこうなどできようはずもない。
ぞくぞくとした、不思議な感覚がジェシカの身体を走り抜けていた。
あまり思い出したくはないが、ジェシカにも男を受け入れた経験はある。この感覚はそれに似ていた。性的な快感だ。
だがその快感は下手な男の愛撫などよりはるかに強烈だった。
「うっ、あ、ぁ……な、何、が……んっ、くぅんっ!」
身体を動かすたびに、皮膚から全身へと快感が走る。まるで全身が性感帯になってしまったかのようだ。
「くっ、あっ! はぁ、はぁ……貴様ら、私に何をしたっ、あ、あああ!」
喘ぎ声混じりではあるが、ジェシカは強気なところを見せようと声を張り上げて訊ねる。ヴォクレイの代わりにディオナが答えた。
「あなたが気絶している間に、まといの野菜の芯と、ダークスライムゼリーを食べさせました。肌が疼き、身体がとろけそうでしょう?」
「な、なんだ……と……!?」
魔界の食物の知識など持っていないし、あまり考えることを彼女は得意としない。だが、自分が食べさせられた物のせいで肌が敏感になっていることと、少なくともこのまま放っておくとまずいことになるだろうということはジェシカにも理解できた。
せめて一太刀と思い、剣を握ろうとする。怒りに身を任せ、なんとか剣を持ち立ち上がることには成功した。だが大きく動いたことで衣擦れによる快感も大きくなり、それに耐え切れずジェシカはまた崩れ落ちてしまう。
「くくく、さぁ、どうした。私を叩き斬るんじゃないのか?」
「ふふっ、私でも構いませんよ?」
座り込んで快感に悶え震えているジェシカを見下ろしながら、ヴォクレイとディオナは挑発する。二人の嘲笑と快感に揺さぶられる思考の中、ジェシカはあるひとつの解決案を見つけ出した。
「ひぁっ、ぁ、ぅぅ……そう、だ…ふく…ふくが、なければぁ……!」
衣擦れのせいで動けないならその元を絶てばいい。快感で震える指でゆっくりと鎧を脱ぎ始める。その思考がまといの野菜の魔力によって半ば誘導されていることなど、当人が知る由もない。
「おやおや、騎士様。まさか男の私の前で脱いでしまうのか?」
ヴォクレイがねっとりと言った。その言い方で、ただ邪魔な鎧を脱いでいるだけなのに、どこか脱ぐという行為がいやらしく感じてしまう。
羞恥に顔を赤く染め、よがり声を上げながらジェシカは鎧を脱ぎ続けた。そのよがり声は最初と比べて切羽詰ったものになっている。
ジェシカの変化に気づいたのは女性のディオナだった。
「あらあら、ジェシカ様? いかがなさいました? まだ鎧は全て脱げていないのに、達しそうですか? おまんこはもうぐしょ濡れですか?」
「っ、くぅ、黙れ、黙れ……私がこれを脱ぎ終わった時が、貴様らの、さいごの……くっ、ふぐっ、うっ……!?」
視線だけで人を射殺せそうなほどディオナを睨みつけながらジェシカは鎧を脱ぎ終え、薄衣姿になった。しかしそれと同時にそれまで耐え続けていた快感が限界に達っしてしまったようだ。
「くっ、……〜〜〜っ!!」
ジェシカの身体がオーガズムを迎え、座り込んだ姿勢からガクンと背を反らせた。咄嗟に口を閉じたため、声を噛み殺されたが、はっきりと、離れたところで見ているヴォクレイやディオナに分かるくらい、彼女は達していた。
「くくく、達してしまったか。さて、鎧を脱ぎ終えたときが私の最期か? 面白い、やってみろ……!」
再びヴォクレイが手を広げて挑発してみせる。絶頂直後で焦点の合っていなかったジェシカの目に再び闘志と怒りの炎が灯る。
「ああ、やってや……!っぁぁっ、かは……っ!」
剣を持ち駆け出そうとしたジェシカだったが、それでもやはり衣擦れは辛かったのか、すぐにへたり込んでしまった。ディオナが笑う。
「ふっふっふ、無理ですって。どんなに武人で強靭な戦いの精神を持つリザードマンですら、快感に耐え切れず裸になってしまうほど肌が敏感になるまといの野菜ですもの。人間のあなたが耐えられるはずがありません。さぁ、騎士様。敵である私達の前で全裸になりなさい」
「はぁ。はぁ、ぁ……くそっ、クソぉっ!」
怒りと屈辱と羞恥に顔を真赤にしてぐしゃぐしゃにし、ジェシカは目を血走らせながら自らの服に手をかける。引きちぎるようにして薄衣を剥ぎ取った。彼女の胸が露になる。胸筋は男と同じくらい鍛え上げられており、ジェシカが屈強な戦士であることを表していた。だがそれに伴ってか、胸筋の上にあるはずの乳房は、およそ女らしくない物であった。
「あら、可愛らしいお胸ですね。こういうのが好きな貴族や僧侶もいたのではないですか?」
「うるさ……え?」
ジェシカの脱衣の手が驚きでピタリと止まった。性的な話に、いきなり貴族と僧侶のことが出たからだ。
「……お前が、寝たくもない貴族や僧侶と寝所をともにしていたことは、実は知っていた……」
ヴォクレイが言う。その声はかなり苦々しげであった。裏切られる前から、ヴォクレイは貴族や僧侶の腐敗具合を知っていた。金と権力を振りかざし、欲しい物を手に入れるのがイルトスト王国の上流階級の人間だった。
その欲しい物の中にジェシカの身体もあった。部下の命や騎士団の解散などで彼らはジェシカを脅し、その肢体を貪ったのであった。ジェシカに男性経験があり、それが思い出したくもない代物であるのは、これだ。
自分の思い出したくもない秘密を言い当てられ、驚いていたジェシカだったがそれがすぐに怒りになる。
「あふっ、だま、れっ……ころしてやる、ころして……っ、あ、あぁぁ……!」
怒り狂った彼女は捨て鉢になり、一気に下着を脱いで全裸になる。だが、無理に一度に脱ごうと大きく動いたため、その分快感も大きかった。さらに、全ての服を脱ぎ終えたということに安心し、油断もしてしまった。
「っあぁあ! あっ、あぐぁ、おああぁああ!!」
今度は声を押さえる余裕もなかった。淫らな咆哮を上げながら女騎士は絶頂する。股間からは潮がブシャッと音を立てて吹きだした。
どさりとジェシカは床に倒れこんだ。その床が肌に触れるのすら快感だ。びくびくと床の上で彼女は裸身を震わせる。強すぎた快感のため身体に力が入らず、起き上がることができない。
その彼女にヴォクレイとディオナは近づいた。
「もはや抵抗できまい。お前の負けだ。騎士、ジェシカ・アンジェラス」
「あ、おほへ、まは……」
「まだ戦うつもりですか? でも、気持ちよすぎてろれつが回りまっていませんよ? 頭もとろとろですか? 無理もありませんね。魔力がたっぷり入った、ダークスライムのゼリーも食べているのですから」
裸身を震わせながら睨みつけようとするジェシカだが、それが精一杯だ。ジェシカはくちびるを噛んで、観念したように呟いた。
「くっ……ころせぇ……」
「殺せ、だと? それは聞けない相談だな。お前には生きていてもらわないと困る。私が」
しゃがみこんでジェシカと目線を合わせたヴォクレイが低い声で言う。
「こ、これいじょ……わたしに……はじをかかせるなぁ……」
「貴女が恥に思う理由は、誇り高きイルトスト王国騎士なんて肩書きに縛られている人間だからでしょう。ならば騎士も人間もやめてしまえば良いのですわ」
「んな、なっ……!?」
人間をやめる。突然のその言葉に、快感でとろけていたジェシカの頭が覚めてきた。ダークスライムゼリーを食べさせたとディオナは言っていた。おそらくその影響で自分はこのとろけるような感じが強くなり、身も心もとろけ、ダークスライムになってしまうのだろう。
知識はなくとも感覚でジェシカは理解した。怒りと恐怖が沸き起こってくる。
「や、やめろぉお! 殺せぇ! 殺してくれ……んああっ!」
身体をよじって吠えるが、それによって床と自分の肌が擦れ、また快感が身体を走り抜けて動きが止まる。
「さっきから言っているだろう。お前は殺さない。お前に生きていてもらわないと、私が困る」
「な、なぜだ……」
「……お前が、私にとって大事な人……いや、女だからさ」
「……!?」
唐突なヴォクレイの言葉にジェシカは目を白黒させる。ヴォクレイの言葉は紛れもなく、愛情の吐露であった。ジェシカの顔に血が上る。
「ふ、ふざけるな! こんな時に愛の告白など! 普段から私を馬鹿にしているくせに!」
「……ディオナに助けられて以降、私はいつもお前のことが心配になった。私がいなくて敵の策略にはまっていないか、また貴族や僧侶の性処理に使われているのではないか……」
ディオナの罵声を無視し、ヴォクレイは遠い目をして語る。思わずジェシカは憎かった元軍師を見つめた。その様子に嘘はない。
思い起こせばこの軍師は自分のことを猪武者だと罵ったりしながらも、常に助けてくれた。ジェシカが侵攻しやすいように、撤退するときも可能な限り被害が少なくなるように。軍師として当たり前のことをしているだけだと彼は言ったが、それ以上に優遇されていた気がする。
自分を馬鹿にするヴォクレイを毛嫌いしながらも、ジェシカは彼を他の人間とは異なる特別な存在と認識していた。それはもしかして……
『だめだ、流されるな!』
自分の中に沸き起こった、プライドや使命などに押し隠されていた気持ちをジェシカは首を振って追い払った。そして魔物化させようとすることを抗議しようとする。
「だからって、何もこんな……」
「ごめんなさいねぇ。こんな手段になったのは、私が魔物ですから」
今度はディオナが口を開いた。
「貴女は考えるのが苦手で視野も狭い。ひとつの考えに一度凝り固まると他の事は見向きもしない。知らず知らずのうちに自分をごまかす……そんな人は魔物化させて素直になるのが一番なのです」
ヴォクレイも魔物化には難色を示したのだが、それが一番なのではないかという考えに至ったらしい。ちょうどジェシカがヴォクレイの討伐を命じられたことと人食い箱という通り名の魔物の行商人が来たのが重なったことも決め手だった。
「と言うわけで……貴女には気持ち良くなってもらって、素直になってもらいますわ」
そう言ってディオナはジェシカの横に回り込んで上体を起こさせ、その背中をつつつっと撫でた。まといの野菜で敏感になった肌を撫でられ、ジェシカの身体がびくびくと震える。
「あ、やめ、ぁぁぁっ! さわる、なぁぁっ、あ、あああ!」
拒絶の言葉を叫ぶが、その間に嬌声が混じるのを止められない。自分の中からヴォクレイに対する怒りのような感情が押し流されていくような気がする。
代わりに、もっと快感を求める気持ちが沸き起こってくる。しかも、その快感はディオナではなく、ヴォクレイから与えられたかった。
彼女の気持ちを見越したかのように、いつの間にか下帯だけの姿になったヴォクレイが、ジェシカをそっと抱きしめた。
「んんぅうううう!」
男に抱きしめられただけで、ジェシカは達してしまいそうになる。そのジェシカの様子にふふふとディオナが笑った。耳をしゃぶって囁く。
「さぁ、来なさいジェシカ……自分が思うがままに振る舞える愛と快楽の、魔物の世界に……」
「あ……いや! いやぁぁっ!まもの、なんていやぁぁぁぁぁっ」
快感とディオナの言葉を振り払うかのように、ジェシカは頭を振る。彼女の足元には粘液の小さな水たまりができていた。
「嫌とは言いますが……どこかでそれを望んでいませんか?」
ディオナの言葉にジェシカは快感以外の理由で身体を竦ませる。図星だった。どこかで自分がこのまま魔物になってもいいと思っていた。人間をやめることも怖いが、それを望んでいる自分も怖い。
思わず、ジェシカはヴォクレイにしがみついた。位置としてはディオナの方がしがみつきやすかったが、ヴォクレイにしがみつく。そのことにディオナが微笑んだ。
「少し素直になりましたね。人じゃなくなるのは怖いかもしれませんが……大丈夫です」
何が大丈夫なのか、ディオナは何も言わなかった。代わりにヴォクレイが無言でジェシカを強く抱きしめ返す。
「くっ、んっ! うぅうううんんっ!」
それだけでジェシカはまた達してしまう。ぐにゃりと彼女は二人に抱かれたまま身体を弛緩させた。
「わ、わたしは……」
ぐったりとしたままジェシカはつぶやく。彼女が自分なりに気持ちを整理しているのだろうと悟ったヴォクレイとディオナは何も言わなかった。
ゆっくりとヴォクレイの方へとジェシカは顔を向けた。その表情は既に快楽に緩みきってしまい、かつての高潔さはもはや感じ取れない。
「……わたしは……もう、いやだ……わたしは、貴族のおもちゃじゃない……わたしは、私は……好きなように、生きたい……ヴォクレイぃ……」
自分を堕とした男の名前を呼びながら、ジェシカはその男を押し倒した。そのまま魔物の欲に、そして一人の女の欲に忠実に、騎士だった女は動く。
下着に手をかけて下ろしてヴォクレイの男根を引きずり出す。ジェシカの痴態を鑑賞したことで、彼のペニスは硬く張り詰めていた。その先端に、まるで騎士が主の手に口付けをするかのように唇を添える。
「んちゅ、お前だけが……私と対等につきあってくれた……ん、はむっ……」
同僚だった時には言えなかった言葉を短く明かし、照れ隠しのようにジェシカはヴォクレイの肉刀を口に納めた。
快感にヴォクレイは呻き声を上げる。女騎士のフェラチオはバイコーンを妻に持つ彼も唸らせるほどのものであった。なぜそんなに上手いのか、ヴォクレイは聞かなかった。代わりに黙って、自分に奉仕をする女騎士の頭を撫でる。
ちらりとヴォクレイを見上げたジェシカが目を嬉しそうに細めた。頭がゆるやかに動かされ、奉仕が熱烈なものになる。さらにこれから先の行為への期待に辛抱たまらなくなったのか、右手を自分の股間に伸ばしてくちゅくちゅと掻き回し始めた。
「ふふふ、我慢できなくなくなりましたか……では私も手伝って差し上げましょう」
背中から覆いかぶさるようにして服を脱ぎ捨てたディオナがジェシカに覆いかぶさる。そして淫らに身体を揺すり始めた。ディオナの豊満な乳房とその先で固く尖っている乳首がジェシカの背を這い回る。びくびくとジェシカは身体を震わせた。さらにディオナはジェシカの尻に手を回し、その丸いふくらみを撫で回す。
「んふぅううう!」
ジェシカはがくがくと身を震わせてくぐもった声を上げる。だがその間も奉仕と自慰を止めない。もはやジェシカは人間の姿をしていながら、その心はほぼ魔物のそれとなっている。
だらだらと股間から粘液がこぼれ、新たな水たまりを作った。騎士としての誇り、使命感、嫌な思い出……それらがとろとろに解け、愛液となって身体から抜け出ているような感じがする。
「あっ、く……ジェシカ……!」
ヴォクレイが切羽詰まった声を上げる。いつも斜に構えたような態度をしているヴォクレイも、ジェシカの貴族や僧侶に娼婦のように扱われて、その中で鍛えられた口淫には冷静ではいられなかった。
ジェシカが顔を上げ、上目遣いでヴォクレイを見つめる。その顔からは数刻ほど前の、怒りや恐怖などはすっかり消えていた。代わりに男と交わっている喜び、そして自分の技で男をよがらせていることにたいする優越感が浮かんでいる。上目遣いのまま女騎士は軍師を見つめ、とどめとばかりに激しく肉棒を吸い立てた。
「んんっ! ん、ずずっ、じゅずうぅぅぅっ!」
「くっ、ぬ……!」
その騎士らしからぬ小悪魔的な表情と刺激でたまらず射精する。どくんどくんと軍師の白濁液が女騎士の口に受け止められた。その精液を受け止めるジェシカも絶頂に達しており、身体がぶるぶると震えている。しかし、ヴォクレイが放つ子種は絶対に漏らすまいと、貪欲にペニスにむしゃぶりついて離さなかった。
「ん、こくっ……んふぅ……」
軍師の放った汚液を女騎士はためらいもなく飲み下す。そして満足そうな吐息を一つついて脱力し、ぐったりと軍師に身を預けた。その弛緩しきった身体からさらに力が抜け、形が崩れていく。身体の中にあったダークスライムゼリーが、快感にとろけた上に男の精液を受け止めた彼女の身体を作り替えていた。
たちまちのうちに、ヴォクレイの身体の上で紫水晶のような身体の女の姿をした粘体が身体を起こした。ダークスライムへと生まれ変わったジェシカだ。
「ふふふ、ようこそこちらの世界へ、ジェシカ・アンジェラス様。いかがですか? 魔物の身体は……」
新たな魔物と、自分の夫の新たな嫁の登場に、ニコニコ笑いながらディオナは訊ねる。
「……すごく、軽くて、気持ちいい……どうだ、ヴォクレイ? 私の身体は……?」
「……きれいだ」
仰向けに横たわり、押し倒されている形になっているヴォクレイはジェシカを見上げてそう呟く。言うことが皮肉な調子が多い彼にしてはストレートな言葉だった。その彼の言葉に女騎士だったダークスライムはその身体と同じような、とろけた笑みを浮かべる。
「お前のおかげでどんな素敵なカラダになったか……私を堕とした責任として自分で全部体験してもらうからな。覚悟しておけ?」
少し彼女は腰を浮かせ、股間がヴォクレイのそれの上に来るように調節する。そしてそのまま腰を下ろした。ぐちゅりと淫らな音が響いた。ヴォクレイの象徴がジェシカの身体の中に取り込まれる。
ネトネトとスライムがヴォクレイの肉棒に巻き付き、それぞれが意思を持っているかのようにぬるぬると嬲りにかかる。膣とは違うその感触にヴォクレイがうめいた。
「ふふふ……」
自分の新たな身体でヴォクレイのすまし顔を快感に歪めている……そのことにジェシカは満足そうに笑った。身体を倒してさらにヴォクレイの上体もスライムで包む。ぬめった身体に包まれてヴォクレイはくすぐったさに身体をよじった。
「すごいですわ。ヴォクレイのペニス……ジェシカの中でピクピク動いてますわ」
ジェシカの身体越しに夫の男根を観察しながらディオナが舌なめずりをして言う。ヴォクレイのペニスがひくついているのはジェシカによる全身愛撫に感じているからだ。
「そうか……なら、もっと動かしてみようか」
ジェシカの目に挑戦的な光が宿った。そして行動が起こされる。身体を倒してヴォクレイに抱きついたまま、ジェシカが腰を左右に振り始めた。彼女の体内に取り込まれている男の棒がそれにあわせて左右に振り回される。しかしその動きはジェシカの腰の動きだけによるものではなかった。
ジェシカの体内の粘液自体が動き回っていた。蛇のようにスライムが棒にぎゅうぎゅうと絡みついて揺さぶる。さらにぬるぬると裏筋やカリ首のところなど敏感な部分を撫でてヴォクレイを刺激する。
「はうっ、くっ……」
「ははっ、いつもクールな……うぅん! ヴォクレイでもそんな……ひゃぅ! 無様な喘ぎ声を漏らすとはな……!」
「ふふ……お前、だって……!」
喘ぎながらも笑って余裕を見せているジェシカに、ヴォクレイは下から突き上げた。彼女の身体の中に潜り込んでいる肉刀の先端が、ダークスライムのコアを捉える。
「ふわあああっ!?」
ダークスライムのコアは、彼女らにとって大きな弱点の一つである。そこを攻められると快感のあまり動けなくなる個体も多い。ジェシカもペニスでそこを突かれるとあっという間に余裕がなくなった。
だが、かと言って逃げることはなかった。むしろ自分から積極的にコアをヴォクレイの亀頭にこすりつけてくる。自分を墜とした愛する男とともに絶頂を見たいが故の行動だ。
思わぬジェシカの反撃にヴォクレイは抵抗をやめた。このまま何もしなくても二人は一緒に達するだろう。代わりにヴォクレイは下から腕を伸ばし、ジェシカの頭を抱えるようにして抱きしめる。
「も、ダメ……イク! イッてしまう……! ヴォクレイ……一緒にぃ!」
「ああ……一緒に……!」
「私も、私も……!」
ジェシカがオーガズムの予感を訴え、ヴォクレイもそれに応える。さらに、二人の交わりの様子を横で見ながら自らの秘裂をいじっていたディオナも達しそうになっていた。
そして三人同時に、その瞬間がやってきた。
ジェシカの粘液の身体、全てがぎゅっと収縮する。もちろん、ヴォクレイにまとわりついている物もだ。その刺激で絞られるかのように、ヴォクレイのモノの先端からどくどくと濁った液が透き通ったジェシカの身体の中に撒き散らされる。また、ディオナもそんな二人の痴態を見て楽しみ、二人の快感を自分の快感に想像の中で重ね、快感を解き放った。
しばらく、部屋には三人の荒い息遣いが響いていた。
「これで二人は結ばれ、ましたわね……」
先に口を開いたのはディオナだった。
「人間のしがらみや騎士のしがらみからも解放されて……」
「そうね……そこのところは、私を想ってくれたヴォクレイと……このような手段を選んだ貴女に感謝しないといけないわね……」
ヴォクレイに身体を預けたまま、首をひねってジェシカは言う。その顔は愛する男を包んでいる喜びにとろけていた。そして軍師の方に向き直る。
「ヴォクレイ……一緒に働いていたころは気づかなかったが……やはり私にとって貴様は大事な存在だ。騎士として、女として……私とともに、添い遂げてくれるだろうか?」
ヴォクレイに否のあろうはずがなかった。ゆっくりと目を閉じ、下から腕を伸ばしてジェシカのとろとろな体を抱きしめ、そっとそのくちびるを奪った。
強情で猪武者で、狡猾な軍師を毛嫌いしながらも気にしていた女騎士は、かくして彼によって堕とされた。
その身も心も変化するきっかけとなったのは、まといの野菜とダークスライムゼリーだ。まといによって身体と心の鎧をはがされ、またその快楽とダークスライムによってとろけさせる……二つ同時に使ったことによる結果だ。
今も元女騎士と元軍師は、バイコーンの力もあって淫らに交わり続けている。
知と力、両方を失ったイルトスト王国が、彼らのいる森からの魔力によって闇に堕ちるのはまた別の話だ。
「団長……何か困ったことでも?」
「いや、あいつと戦うのがいろいろ気が重たいんだ」
部下の言葉にジェシカは答えた。
これからジェシカが討伐に向かう相手は、かつての同僚、イルトスト王国の元軍師であるヴォクレイ・アムスキアだ。
軍師だった彼は、白兵戦を好んで力を信じて突擊するジェシカのことを、いつも猪と言って笑っていた。対してジェシカはもやしのように軟弱でかつ狡猾なヴォクレイを毛嫌いしていた。
しかし、悔しいかなジェシカはいつもヴォクレイの策に助けられていた。またヴォクレイがジェシカの武力によって助けられることも多かった。
あまり認めたくはないが、権力と欲望にまみれたイルトスト王国の上層部の世界で唯一、互いの悪口を言い合い、それでいて互いの短所を埋め合うことができた存在だと思う。
そんなある日、ヴォクレイが戦士したとジェシカは告げられた。なんでも、彼らしからぬことに戦略ミスで軍団が孤立してしまったらしい。彼が死んだことでジェシカは張り合う相手がいなくなり、どこか虚無感のような物を感じていた。
だがつい先日、実はヴォクレイが生きているという情報が入った。しかもそのヴォクレイは魔物側についたという話だ。
彼の軍略が魔物に利用されては危険だ。事態を重く見たイルトスト王国の幹部たちはジェシカを討伐に派遣したのであった。
「あいつの狡猾さを私はよく知っている。だから気が重いんだ……だが」
美しき顔を曇らせ、ため息をついていたジェシカが顔を上げる。彼女の目には怒りのような物が渦巻いていた。
「前々からいけ好かない奴だと思っていたが、魔物側に与するとは、どこまでも見下げた奴だ。あいつは絶対、私が討伐する」
そう強く言い切り、ジェシカは腰の剣を強く握り締めるのであった。
ジェシカたちの軍は、ヴォクレイが住んでいるとされる、国境に広がる森にやってきた。しかし、その入口で早速ジェシカたちは足止めをくらう。
「くそっ、なんてややこしいものを……」
苛立った声を上げてジェシカは目を向く。彼女の視線の先にはロープがあった。木と木を繋いでおり、ちょうど馬より少し高い位置に張られている。このまま走ろうとすると騎乗者が落馬する、単純かつ効率のいい仕掛けだ。
ロープが張られているのはそこだけではない。森のいたるところにそのロープが張られていた。
「隊長! いちいち縄を斬っていると進軍に手間取り、奇襲を受けやすくなると思われます! ここは馬を降りて進むべきかと……」
「むむむ……」
唸っていたジェシカだったが、部下の言うことは正しい。後続の兵士たちに振り返ってジェシカは命令と警告をする。
「皆、馬から降りよ! そして森に入ったら警戒せよ! 敵はこのような卑怯な策でこちらを攪乱する奴だ! それに負けてはいけない! 皆、私に続け!」
自身も馬から降り、ジェシカは先頭を切って進んだ。しかし、このように森の入口で仕掛けにぶつかったことから、彼女の軍の士気はすでに下がっている。
すでに彼女はヴォクレイの手のひらの上だった。
「くそぉ! ヴォクレイめ、どこまでも卑怯な手を……!」
大木を背にして矢を防ぎながらジェシカは悪態をつく。森に入って彼女とその軍を待ち受けていたのはヴォクレイの策略の嵐だった。
あるときは木の上からエルフたちに魔界鉄の矢を浴びせられた。ある程度攻撃したらエルフたちは逃げていく。
それを追撃しようとしたらジェシカの軍は落とし穴にはまった。落とし穴に落ちた兵士たちは他の森に住む魔物達に連れ去られた。
また、あるときは砦を見つけて攻撃しようとしたら、それは無人で防御にも使えないようなハリボテのような砦だった。そこに入り込んだ兵士はホーネットやケンタウロスによって一網打尽にされ、連れ去られてしまった。
これらの罠やゲリラ戦法によってジェシカの軍は統率が取れなくなり、散り散りになった。ジェシカも今、一人でこの大木の影に潜んでいる。
『戦争としては完全な負け戦だな……だがこのままおめおめと国に帰るつもりはないし、私もそれで終わるつもりはない。ヴォクレイさえ討ち取ればいいのだ……!』
矢の攻撃が止んだのをはかってジェシカは大木の陰から飛び出し、道なき道を走り抜けた。その足取りに迷いはない。
少し前、彼女はヴォクレイが指揮をとっているらしい陣を見つけていた。男を連れ去った、武装している魔物娘が向かう陣があったのだ。そこに帰投するということはそこが本陣に違いない。ジェシカはそう当たりをつけていた。
そして今、その陣が今目の前に見える。身を潜めてそこに身を踊らせようとしたジェシカだったが……
「きゃああああっ!?」
その入口に落とし穴があった。落とし穴の底に着いたと同時に頭をしたたかに壁に打ち付ける。
「うぐっ……」
その衝撃でジェシカは気を失ったのだった。
★
「……ん、ぅ……ぐ…頭が……ここ、は…?」
苦しげに呻き声を上げながら、ジェシカはゆっくりと目を開く。落とし穴からは引き上げられ、どこかの一室に運ばれていた。かなり広く、小屋くらいの広さはあるのではないかと思えた。
そして目の前には一人の男と一匹の魔物が立っている。男の方には見覚えがあった。
「目が覚めたか、ジェシカ」
ヴォクレイ・アムスキアが目の前にいた。灰色に煤けてパサついている髪、ひょろりと背が高くて骨ばった身体、蛇のようにじっとりとした狡猾そうな黒い目……右目を髪で隠していることを除けば記憶に懐かしい姿だ。かつての同僚、倒すべき敵。
彼に襲いかかろうとジェシカは身体を動かそうとしたが、動けなかった。手足は魔法の枷によって空中に縛り付けられ、身動きは封じられている。武装は解除されておらず、腰に剣がまだある。それなのに動けない。
腹の中で歯ぎしりしながらジェシカは視線を隣にいる魔物に向けた。
横にいた魔物は濃い黒色の毛並みの馬体を下半身に持っている……バイコーンだ。雪のように白い肌と、闇より濃い黒い毛並みが相互に引き立て合っている。
「お初にお目にかかります、ジェシカ・アンジェラス様。私がヴォクレイ様の第一夫人、ディオナ・アムスキアです。今後、よろしくお願いしますね」
ディオナと名乗ったバイコーンは頭を軽く下げた。彼女の挨拶にジェシカは眉を釣り上げて叫ぶ。
「何が『何がよろしくお願いしますね』だ、魔物め! 貴様らのような汚らわしい魔物などと仲良くするつもりなどない!」
「汚らわしい、か……魔物を汚らわしいと表現するのであれば、人間をどのように表現するべきか、私にはちょっと考えがつかないな」
不意に横からヴォクレイが口をはさんだ。そのヴォクレイに対してもジェシカは罵声を浴びせる。
「黙れヴォクレイ! 貴様だって相変わらず汚い人間だ! こんな下劣な策を用いるなど、恥ずかしくないのか!?」
「懐かしいね……君に『こんな下劣な策』と罵られるのも久しぶりだよ。そのたびに私はこう返してきたっけな。『策を用いるのが下劣だというのか?』とね」
ジェシカが動けないことにたかをくくっているのか、静かにヴォクレイはそう言ってクックッと笑う。王宮でもやったやりとりで相変わらず丸め込まれたジェシカはくちびるを噛んだ。
急にヴォクレイが笑いを止め、ジェシカに近づく。
「そしてだ。私を裏切って片目まで奪うような国の人間に言われたくなどないね……」
そう言ってヴォクレイは今まで下ろしていた前髪をかき上げた。さらにその下にあった眼帯も押し上げてずらす。思わずジェシカは息を飲んだ。
彼の右目は醜く潰れており、生々しい縫合の跡ともに赤黒く変色していた。
「目だけではない。脱げば分かるが、私の身体はあちこち傷だらけだ……あの時……」
残っている左目を、遠くを見るような目つきにしながらヴォクレイは語る。
あの時、孤立したヴォクレイの軍だったが、その理由は味方に裏切られていたからだ。
ヴォクレイの軍を囲むようにして護衛していたイルトストの軍がヴォクレイの軍に襲いかかったのだ。
前は敵、左右と後ろは味方だった兵士。あっと言う間に兵士は殲滅され、ヴォクレイ自身もなんとかこの国境の森まで逃げ出せたが、大怪我を負った。
そこで出会ったのがこのバイコーンのディオナであった。彼女と森の魔物たちの手厚い治療でヴォクレイはなんとか一名をとりとめた。
そして自分を最初に見つけてくれ、助けてくれたディオナと結婚し、今に至るらしい。
「裏切られた理由も心当たりはあるな。軍師たるもの、汚い手を使ってでも策を用いて被害を少なくしつつ勝つものだ。それを危険視して私を殺そうとしたのが今の君が仕えている貴族様がしたことだ」
目の前を行ったり来たりしながら、ヴォクレイは言う。ジェシカは何も言えなかった。
ヴォクレイの方が国を裏切ったと思っていたのに、まさか自分の国の人間がヴォクレイを抹殺しようとしていたとは。だがヴォクレイの語った言葉は説得力があった。イルトスト王国の貴族が人を裏切ったりするような腐敗した集団であることも彼女は知っている。
自分の心がぐらりと揺れたのをジェシカは感じた。
「いや……魔に堕ちた者の言葉など信用なるものか! ……仮にそれが真実だったとしても、魔族に魂を売り渡した時点でお前にもはや正道はない! 恥を知れっ!」
ジェシカは自分の気持ちを立て直そうとした。声を張り上げることで、ヴォクレイの言葉を頭から拒絶することで、盲目的な信仰心と魔物への嫌悪感にすがることで。
相変わらず頑固なことだなとヴォクレイは鼻を鳴らした。
「いずれにせよ、君は私との戦いに負けた。その事に異存はあるまい」
「くっ……そうだ……だが、ひとつ教えて欲しい。なぜ私たちの襲撃が分かった?」
猪武者のジェシカではあるが、ヴォクレイの策にはまってから疑問にようやく思ったことがあった。
馬の侵入を防ぐ綱や森のいたるところに掘られた落とし穴、敵を誘い込むための砦。
どれも一日でできるとは思えない。時間も人手もかかるはずである。
また、ゲリラ攻撃をしかけてきた魔物たちの中には戦闘に不向きなラージマウスやハニービーなどがいたが、彼女らの武器だって必要なはずだ。
これらをいかにして用意したのか。
ジェシカの問いにヴォクレイは左目を丸くした。
「猪武者だった君がそこまで考えるようになったか。正直、驚いたよ」
「つべこべ言ってないで早く答えろ!」
「気が短いのは相変わらずだな……簡単なことだ。襲撃が分かったのは君の軍や国にはまだ私の部下の間者がいた。それだけだ。武器は魔物の行商人に頼めばどうということはない。」
ふふっとヴォクレイは笑って見せる。回答を焦らされて苛立っていたジェシカは、余裕を見せつけるヴォクレイに腹を立てた。
「何がおかしい! 今すぐこの枷を解け! この場で叩き斬ってやる!」
「いいだろう」
ジェシカの言葉にヴォクレイはあっさりと従った。パチンと指を鳴らすと枷が外れ、ジェシカは床に崩れ落ちる。あまりに唐突なことだったためジェシカは目をぱちくりさせた。だがすぐに気を取り戻したらしい。その顔が見る見るうちに屈辱と怒りに染まっていく。
「……随分とあっさり……私など縛りつけておかなくとも問題ない、とでも言いたいのか……?」
ヴォクレイは何も言わない。薄く笑うだけだ。ジェシカの怒りが頂点に達した。
「……貴様はぁああ!」
腰にはまだ剣があった。それを引き抜き、ジェシカはヴォクレイに向かって突進する。しかしヴォクレイは避けようとすらしない。ジェシカの必殺の間合いまであと五歩。
「数々の侮辱! 万死に……」
「……そろそろだな」
ぽつんとヴォクレイが呟いた。
「んぐぅ!? んんぅうう!」
その直後にジェシカが声を上げた。苦しげな、それでいてどこか艶めいたものが混じっている声だ。同時に、ジェシカの突進が止まった。
「どうした? 万死になんだ?」
ヴォクレイが悠然と手を広げて見せる。彼の前でジェシカは、手足に力も入らずその場にぺたりと座り込んでしまった。もちろん、剣を振るってどうこうなどできようはずもない。
ぞくぞくとした、不思議な感覚がジェシカの身体を走り抜けていた。
あまり思い出したくはないが、ジェシカにも男を受け入れた経験はある。この感覚はそれに似ていた。性的な快感だ。
だがその快感は下手な男の愛撫などよりはるかに強烈だった。
「うっ、あ、ぁ……な、何、が……んっ、くぅんっ!」
身体を動かすたびに、皮膚から全身へと快感が走る。まるで全身が性感帯になってしまったかのようだ。
「くっ、あっ! はぁ、はぁ……貴様ら、私に何をしたっ、あ、あああ!」
喘ぎ声混じりではあるが、ジェシカは強気なところを見せようと声を張り上げて訊ねる。ヴォクレイの代わりにディオナが答えた。
「あなたが気絶している間に、まといの野菜の芯と、ダークスライムゼリーを食べさせました。肌が疼き、身体がとろけそうでしょう?」
「な、なんだ……と……!?」
魔界の食物の知識など持っていないし、あまり考えることを彼女は得意としない。だが、自分が食べさせられた物のせいで肌が敏感になっていることと、少なくともこのまま放っておくとまずいことになるだろうということはジェシカにも理解できた。
せめて一太刀と思い、剣を握ろうとする。怒りに身を任せ、なんとか剣を持ち立ち上がることには成功した。だが大きく動いたことで衣擦れによる快感も大きくなり、それに耐え切れずジェシカはまた崩れ落ちてしまう。
「くくく、さぁ、どうした。私を叩き斬るんじゃないのか?」
「ふふっ、私でも構いませんよ?」
座り込んで快感に悶え震えているジェシカを見下ろしながら、ヴォクレイとディオナは挑発する。二人の嘲笑と快感に揺さぶられる思考の中、ジェシカはあるひとつの解決案を見つけ出した。
「ひぁっ、ぁ、ぅぅ……そう、だ…ふく…ふくが、なければぁ……!」
衣擦れのせいで動けないならその元を絶てばいい。快感で震える指でゆっくりと鎧を脱ぎ始める。その思考がまといの野菜の魔力によって半ば誘導されていることなど、当人が知る由もない。
「おやおや、騎士様。まさか男の私の前で脱いでしまうのか?」
ヴォクレイがねっとりと言った。その言い方で、ただ邪魔な鎧を脱いでいるだけなのに、どこか脱ぐという行為がいやらしく感じてしまう。
羞恥に顔を赤く染め、よがり声を上げながらジェシカは鎧を脱ぎ続けた。そのよがり声は最初と比べて切羽詰ったものになっている。
ジェシカの変化に気づいたのは女性のディオナだった。
「あらあら、ジェシカ様? いかがなさいました? まだ鎧は全て脱げていないのに、達しそうですか? おまんこはもうぐしょ濡れですか?」
「っ、くぅ、黙れ、黙れ……私がこれを脱ぎ終わった時が、貴様らの、さいごの……くっ、ふぐっ、うっ……!?」
視線だけで人を射殺せそうなほどディオナを睨みつけながらジェシカは鎧を脱ぎ終え、薄衣姿になった。しかしそれと同時にそれまで耐え続けていた快感が限界に達っしてしまったようだ。
「くっ、……〜〜〜っ!!」
ジェシカの身体がオーガズムを迎え、座り込んだ姿勢からガクンと背を反らせた。咄嗟に口を閉じたため、声を噛み殺されたが、はっきりと、離れたところで見ているヴォクレイやディオナに分かるくらい、彼女は達していた。
「くくく、達してしまったか。さて、鎧を脱ぎ終えたときが私の最期か? 面白い、やってみろ……!」
再びヴォクレイが手を広げて挑発してみせる。絶頂直後で焦点の合っていなかったジェシカの目に再び闘志と怒りの炎が灯る。
「ああ、やってや……!っぁぁっ、かは……っ!」
剣を持ち駆け出そうとしたジェシカだったが、それでもやはり衣擦れは辛かったのか、すぐにへたり込んでしまった。ディオナが笑う。
「ふっふっふ、無理ですって。どんなに武人で強靭な戦いの精神を持つリザードマンですら、快感に耐え切れず裸になってしまうほど肌が敏感になるまといの野菜ですもの。人間のあなたが耐えられるはずがありません。さぁ、騎士様。敵である私達の前で全裸になりなさい」
「はぁ。はぁ、ぁ……くそっ、クソぉっ!」
怒りと屈辱と羞恥に顔を真赤にしてぐしゃぐしゃにし、ジェシカは目を血走らせながら自らの服に手をかける。引きちぎるようにして薄衣を剥ぎ取った。彼女の胸が露になる。胸筋は男と同じくらい鍛え上げられており、ジェシカが屈強な戦士であることを表していた。だがそれに伴ってか、胸筋の上にあるはずの乳房は、およそ女らしくない物であった。
「あら、可愛らしいお胸ですね。こういうのが好きな貴族や僧侶もいたのではないですか?」
「うるさ……え?」
ジェシカの脱衣の手が驚きでピタリと止まった。性的な話に、いきなり貴族と僧侶のことが出たからだ。
「……お前が、寝たくもない貴族や僧侶と寝所をともにしていたことは、実は知っていた……」
ヴォクレイが言う。その声はかなり苦々しげであった。裏切られる前から、ヴォクレイは貴族や僧侶の腐敗具合を知っていた。金と権力を振りかざし、欲しい物を手に入れるのがイルトスト王国の上流階級の人間だった。
その欲しい物の中にジェシカの身体もあった。部下の命や騎士団の解散などで彼らはジェシカを脅し、その肢体を貪ったのであった。ジェシカに男性経験があり、それが思い出したくもない代物であるのは、これだ。
自分の思い出したくもない秘密を言い当てられ、驚いていたジェシカだったがそれがすぐに怒りになる。
「あふっ、だま、れっ……ころしてやる、ころして……っ、あ、あぁぁ……!」
怒り狂った彼女は捨て鉢になり、一気に下着を脱いで全裸になる。だが、無理に一度に脱ごうと大きく動いたため、その分快感も大きかった。さらに、全ての服を脱ぎ終えたということに安心し、油断もしてしまった。
「っあぁあ! あっ、あぐぁ、おああぁああ!!」
今度は声を押さえる余裕もなかった。淫らな咆哮を上げながら女騎士は絶頂する。股間からは潮がブシャッと音を立てて吹きだした。
どさりとジェシカは床に倒れこんだ。その床が肌に触れるのすら快感だ。びくびくと床の上で彼女は裸身を震わせる。強すぎた快感のため身体に力が入らず、起き上がることができない。
その彼女にヴォクレイとディオナは近づいた。
「もはや抵抗できまい。お前の負けだ。騎士、ジェシカ・アンジェラス」
「あ、おほへ、まは……」
「まだ戦うつもりですか? でも、気持ちよすぎてろれつが回りまっていませんよ? 頭もとろとろですか? 無理もありませんね。魔力がたっぷり入った、ダークスライムのゼリーも食べているのですから」
裸身を震わせながら睨みつけようとするジェシカだが、それが精一杯だ。ジェシカはくちびるを噛んで、観念したように呟いた。
「くっ……ころせぇ……」
「殺せ、だと? それは聞けない相談だな。お前には生きていてもらわないと困る。私が」
しゃがみこんでジェシカと目線を合わせたヴォクレイが低い声で言う。
「こ、これいじょ……わたしに……はじをかかせるなぁ……」
「貴女が恥に思う理由は、誇り高きイルトスト王国騎士なんて肩書きに縛られている人間だからでしょう。ならば騎士も人間もやめてしまえば良いのですわ」
「んな、なっ……!?」
人間をやめる。突然のその言葉に、快感でとろけていたジェシカの頭が覚めてきた。ダークスライムゼリーを食べさせたとディオナは言っていた。おそらくその影響で自分はこのとろけるような感じが強くなり、身も心もとろけ、ダークスライムになってしまうのだろう。
知識はなくとも感覚でジェシカは理解した。怒りと恐怖が沸き起こってくる。
「や、やめろぉお! 殺せぇ! 殺してくれ……んああっ!」
身体をよじって吠えるが、それによって床と自分の肌が擦れ、また快感が身体を走り抜けて動きが止まる。
「さっきから言っているだろう。お前は殺さない。お前に生きていてもらわないと、私が困る」
「な、なぜだ……」
「……お前が、私にとって大事な人……いや、女だからさ」
「……!?」
唐突なヴォクレイの言葉にジェシカは目を白黒させる。ヴォクレイの言葉は紛れもなく、愛情の吐露であった。ジェシカの顔に血が上る。
「ふ、ふざけるな! こんな時に愛の告白など! 普段から私を馬鹿にしているくせに!」
「……ディオナに助けられて以降、私はいつもお前のことが心配になった。私がいなくて敵の策略にはまっていないか、また貴族や僧侶の性処理に使われているのではないか……」
ディオナの罵声を無視し、ヴォクレイは遠い目をして語る。思わずジェシカは憎かった元軍師を見つめた。その様子に嘘はない。
思い起こせばこの軍師は自分のことを猪武者だと罵ったりしながらも、常に助けてくれた。ジェシカが侵攻しやすいように、撤退するときも可能な限り被害が少なくなるように。軍師として当たり前のことをしているだけだと彼は言ったが、それ以上に優遇されていた気がする。
自分を馬鹿にするヴォクレイを毛嫌いしながらも、ジェシカは彼を他の人間とは異なる特別な存在と認識していた。それはもしかして……
『だめだ、流されるな!』
自分の中に沸き起こった、プライドや使命などに押し隠されていた気持ちをジェシカは首を振って追い払った。そして魔物化させようとすることを抗議しようとする。
「だからって、何もこんな……」
「ごめんなさいねぇ。こんな手段になったのは、私が魔物ですから」
今度はディオナが口を開いた。
「貴女は考えるのが苦手で視野も狭い。ひとつの考えに一度凝り固まると他の事は見向きもしない。知らず知らずのうちに自分をごまかす……そんな人は魔物化させて素直になるのが一番なのです」
ヴォクレイも魔物化には難色を示したのだが、それが一番なのではないかという考えに至ったらしい。ちょうどジェシカがヴォクレイの討伐を命じられたことと人食い箱という通り名の魔物の行商人が来たのが重なったことも決め手だった。
「と言うわけで……貴女には気持ち良くなってもらって、素直になってもらいますわ」
そう言ってディオナはジェシカの横に回り込んで上体を起こさせ、その背中をつつつっと撫でた。まといの野菜で敏感になった肌を撫でられ、ジェシカの身体がびくびくと震える。
「あ、やめ、ぁぁぁっ! さわる、なぁぁっ、あ、あああ!」
拒絶の言葉を叫ぶが、その間に嬌声が混じるのを止められない。自分の中からヴォクレイに対する怒りのような感情が押し流されていくような気がする。
代わりに、もっと快感を求める気持ちが沸き起こってくる。しかも、その快感はディオナではなく、ヴォクレイから与えられたかった。
彼女の気持ちを見越したかのように、いつの間にか下帯だけの姿になったヴォクレイが、ジェシカをそっと抱きしめた。
「んんぅうううう!」
男に抱きしめられただけで、ジェシカは達してしまいそうになる。そのジェシカの様子にふふふとディオナが笑った。耳をしゃぶって囁く。
「さぁ、来なさいジェシカ……自分が思うがままに振る舞える愛と快楽の、魔物の世界に……」
「あ……いや! いやぁぁっ!まもの、なんていやぁぁぁぁぁっ」
快感とディオナの言葉を振り払うかのように、ジェシカは頭を振る。彼女の足元には粘液の小さな水たまりができていた。
「嫌とは言いますが……どこかでそれを望んでいませんか?」
ディオナの言葉にジェシカは快感以外の理由で身体を竦ませる。図星だった。どこかで自分がこのまま魔物になってもいいと思っていた。人間をやめることも怖いが、それを望んでいる自分も怖い。
思わず、ジェシカはヴォクレイにしがみついた。位置としてはディオナの方がしがみつきやすかったが、ヴォクレイにしがみつく。そのことにディオナが微笑んだ。
「少し素直になりましたね。人じゃなくなるのは怖いかもしれませんが……大丈夫です」
何が大丈夫なのか、ディオナは何も言わなかった。代わりにヴォクレイが無言でジェシカを強く抱きしめ返す。
「くっ、んっ! うぅうううんんっ!」
それだけでジェシカはまた達してしまう。ぐにゃりと彼女は二人に抱かれたまま身体を弛緩させた。
「わ、わたしは……」
ぐったりとしたままジェシカはつぶやく。彼女が自分なりに気持ちを整理しているのだろうと悟ったヴォクレイとディオナは何も言わなかった。
ゆっくりとヴォクレイの方へとジェシカは顔を向けた。その表情は既に快楽に緩みきってしまい、かつての高潔さはもはや感じ取れない。
「……わたしは……もう、いやだ……わたしは、貴族のおもちゃじゃない……わたしは、私は……好きなように、生きたい……ヴォクレイぃ……」
自分を堕とした男の名前を呼びながら、ジェシカはその男を押し倒した。そのまま魔物の欲に、そして一人の女の欲に忠実に、騎士だった女は動く。
下着に手をかけて下ろしてヴォクレイの男根を引きずり出す。ジェシカの痴態を鑑賞したことで、彼のペニスは硬く張り詰めていた。その先端に、まるで騎士が主の手に口付けをするかのように唇を添える。
「んちゅ、お前だけが……私と対等につきあってくれた……ん、はむっ……」
同僚だった時には言えなかった言葉を短く明かし、照れ隠しのようにジェシカはヴォクレイの肉刀を口に納めた。
快感にヴォクレイは呻き声を上げる。女騎士のフェラチオはバイコーンを妻に持つ彼も唸らせるほどのものであった。なぜそんなに上手いのか、ヴォクレイは聞かなかった。代わりに黙って、自分に奉仕をする女騎士の頭を撫でる。
ちらりとヴォクレイを見上げたジェシカが目を嬉しそうに細めた。頭がゆるやかに動かされ、奉仕が熱烈なものになる。さらにこれから先の行為への期待に辛抱たまらなくなったのか、右手を自分の股間に伸ばしてくちゅくちゅと掻き回し始めた。
「ふふふ、我慢できなくなくなりましたか……では私も手伝って差し上げましょう」
背中から覆いかぶさるようにして服を脱ぎ捨てたディオナがジェシカに覆いかぶさる。そして淫らに身体を揺すり始めた。ディオナの豊満な乳房とその先で固く尖っている乳首がジェシカの背を這い回る。びくびくとジェシカは身体を震わせた。さらにディオナはジェシカの尻に手を回し、その丸いふくらみを撫で回す。
「んふぅううう!」
ジェシカはがくがくと身を震わせてくぐもった声を上げる。だがその間も奉仕と自慰を止めない。もはやジェシカは人間の姿をしていながら、その心はほぼ魔物のそれとなっている。
だらだらと股間から粘液がこぼれ、新たな水たまりを作った。騎士としての誇り、使命感、嫌な思い出……それらがとろとろに解け、愛液となって身体から抜け出ているような感じがする。
「あっ、く……ジェシカ……!」
ヴォクレイが切羽詰まった声を上げる。いつも斜に構えたような態度をしているヴォクレイも、ジェシカの貴族や僧侶に娼婦のように扱われて、その中で鍛えられた口淫には冷静ではいられなかった。
ジェシカが顔を上げ、上目遣いでヴォクレイを見つめる。その顔からは数刻ほど前の、怒りや恐怖などはすっかり消えていた。代わりに男と交わっている喜び、そして自分の技で男をよがらせていることにたいする優越感が浮かんでいる。上目遣いのまま女騎士は軍師を見つめ、とどめとばかりに激しく肉棒を吸い立てた。
「んんっ! ん、ずずっ、じゅずうぅぅぅっ!」
「くっ、ぬ……!」
その騎士らしからぬ小悪魔的な表情と刺激でたまらず射精する。どくんどくんと軍師の白濁液が女騎士の口に受け止められた。その精液を受け止めるジェシカも絶頂に達しており、身体がぶるぶると震えている。しかし、ヴォクレイが放つ子種は絶対に漏らすまいと、貪欲にペニスにむしゃぶりついて離さなかった。
「ん、こくっ……んふぅ……」
軍師の放った汚液を女騎士はためらいもなく飲み下す。そして満足そうな吐息を一つついて脱力し、ぐったりと軍師に身を預けた。その弛緩しきった身体からさらに力が抜け、形が崩れていく。身体の中にあったダークスライムゼリーが、快感にとろけた上に男の精液を受け止めた彼女の身体を作り替えていた。
たちまちのうちに、ヴォクレイの身体の上で紫水晶のような身体の女の姿をした粘体が身体を起こした。ダークスライムへと生まれ変わったジェシカだ。
「ふふふ、ようこそこちらの世界へ、ジェシカ・アンジェラス様。いかがですか? 魔物の身体は……」
新たな魔物と、自分の夫の新たな嫁の登場に、ニコニコ笑いながらディオナは訊ねる。
「……すごく、軽くて、気持ちいい……どうだ、ヴォクレイ? 私の身体は……?」
「……きれいだ」
仰向けに横たわり、押し倒されている形になっているヴォクレイはジェシカを見上げてそう呟く。言うことが皮肉な調子が多い彼にしてはストレートな言葉だった。その彼の言葉に女騎士だったダークスライムはその身体と同じような、とろけた笑みを浮かべる。
「お前のおかげでどんな素敵なカラダになったか……私を堕とした責任として自分で全部体験してもらうからな。覚悟しておけ?」
少し彼女は腰を浮かせ、股間がヴォクレイのそれの上に来るように調節する。そしてそのまま腰を下ろした。ぐちゅりと淫らな音が響いた。ヴォクレイの象徴がジェシカの身体の中に取り込まれる。
ネトネトとスライムがヴォクレイの肉棒に巻き付き、それぞれが意思を持っているかのようにぬるぬると嬲りにかかる。膣とは違うその感触にヴォクレイがうめいた。
「ふふふ……」
自分の新たな身体でヴォクレイのすまし顔を快感に歪めている……そのことにジェシカは満足そうに笑った。身体を倒してさらにヴォクレイの上体もスライムで包む。ぬめった身体に包まれてヴォクレイはくすぐったさに身体をよじった。
「すごいですわ。ヴォクレイのペニス……ジェシカの中でピクピク動いてますわ」
ジェシカの身体越しに夫の男根を観察しながらディオナが舌なめずりをして言う。ヴォクレイのペニスがひくついているのはジェシカによる全身愛撫に感じているからだ。
「そうか……なら、もっと動かしてみようか」
ジェシカの目に挑戦的な光が宿った。そして行動が起こされる。身体を倒してヴォクレイに抱きついたまま、ジェシカが腰を左右に振り始めた。彼女の体内に取り込まれている男の棒がそれにあわせて左右に振り回される。しかしその動きはジェシカの腰の動きだけによるものではなかった。
ジェシカの体内の粘液自体が動き回っていた。蛇のようにスライムが棒にぎゅうぎゅうと絡みついて揺さぶる。さらにぬるぬると裏筋やカリ首のところなど敏感な部分を撫でてヴォクレイを刺激する。
「はうっ、くっ……」
「ははっ、いつもクールな……うぅん! ヴォクレイでもそんな……ひゃぅ! 無様な喘ぎ声を漏らすとはな……!」
「ふふ……お前、だって……!」
喘ぎながらも笑って余裕を見せているジェシカに、ヴォクレイは下から突き上げた。彼女の身体の中に潜り込んでいる肉刀の先端が、ダークスライムのコアを捉える。
「ふわあああっ!?」
ダークスライムのコアは、彼女らにとって大きな弱点の一つである。そこを攻められると快感のあまり動けなくなる個体も多い。ジェシカもペニスでそこを突かれるとあっという間に余裕がなくなった。
だが、かと言って逃げることはなかった。むしろ自分から積極的にコアをヴォクレイの亀頭にこすりつけてくる。自分を墜とした愛する男とともに絶頂を見たいが故の行動だ。
思わぬジェシカの反撃にヴォクレイは抵抗をやめた。このまま何もしなくても二人は一緒に達するだろう。代わりにヴォクレイは下から腕を伸ばし、ジェシカの頭を抱えるようにして抱きしめる。
「も、ダメ……イク! イッてしまう……! ヴォクレイ……一緒にぃ!」
「ああ……一緒に……!」
「私も、私も……!」
ジェシカがオーガズムの予感を訴え、ヴォクレイもそれに応える。さらに、二人の交わりの様子を横で見ながら自らの秘裂をいじっていたディオナも達しそうになっていた。
そして三人同時に、その瞬間がやってきた。
ジェシカの粘液の身体、全てがぎゅっと収縮する。もちろん、ヴォクレイにまとわりついている物もだ。その刺激で絞られるかのように、ヴォクレイのモノの先端からどくどくと濁った液が透き通ったジェシカの身体の中に撒き散らされる。また、ディオナもそんな二人の痴態を見て楽しみ、二人の快感を自分の快感に想像の中で重ね、快感を解き放った。
しばらく、部屋には三人の荒い息遣いが響いていた。
「これで二人は結ばれ、ましたわね……」
先に口を開いたのはディオナだった。
「人間のしがらみや騎士のしがらみからも解放されて……」
「そうね……そこのところは、私を想ってくれたヴォクレイと……このような手段を選んだ貴女に感謝しないといけないわね……」
ヴォクレイに身体を預けたまま、首をひねってジェシカは言う。その顔は愛する男を包んでいる喜びにとろけていた。そして軍師の方に向き直る。
「ヴォクレイ……一緒に働いていたころは気づかなかったが……やはり私にとって貴様は大事な存在だ。騎士として、女として……私とともに、添い遂げてくれるだろうか?」
ヴォクレイに否のあろうはずがなかった。ゆっくりと目を閉じ、下から腕を伸ばしてジェシカのとろとろな体を抱きしめ、そっとそのくちびるを奪った。
強情で猪武者で、狡猾な軍師を毛嫌いしながらも気にしていた女騎士は、かくして彼によって堕とされた。
その身も心も変化するきっかけとなったのは、まといの野菜とダークスライムゼリーだ。まといによって身体と心の鎧をはがされ、またその快楽とダークスライムによってとろけさせる……二つ同時に使ったことによる結果だ。
今も元女騎士と元軍師は、バイコーンの力もあって淫らに交わり続けている。
知と力、両方を失ったイルトスト王国が、彼らのいる森からの魔力によって闇に堕ちるのはまた別の話だ。
13/07/09 23:33更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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