in the coffin
一週間ほど経って、ルナとクドヴァンは本家の館に向かうことになった。
転移魔法でブラントーム領の中心地にあるルナの小さな別荘に向かい、そこから馬車に揺られて屋敷に向かう。
「なんだってそんな面倒なことをするんだ」
夕日に照らされて橙に染まる豪華な馬車の中で。ブラントーム家の当主、メランアリコに見せる資料の最終チェックをしながらクドヴァンは訊ねる。
「力を見せるためね」
ルナが気だるげに応えた。本来であればまだ眠っている時間なのだ。それに日がまだあるため、力も奪われている。彼女はクドヴァンの隣で馬車の席に脱力した様子で身を沈めていた。
その気になれば転移魔法で一気に屋敷の中に入ることはできる。しかし、貴族はそれではいけないらしい。多くの者が屋敷を出入りしているところを見せ、その顔の広さや財力をアピールする必要があるのだ。むろん、その訪れる者が小汚いのもいけない。そしてそれらをアピールするわけだから、真夜中に訪問するのでは意味がない。
以上のような理由でルナたちは面倒ながらも一度家に行って馬車を持ち出し、日のあるうちにブラントームの本家の屋敷に向かっているのだ。
「はふぅ……」
ルナが小さくあくびをした。先ほどの通り、本来ならまだ眠っている時間なのだ。
手で口元を覆ってあくびを消したルナはクドヴァンにもたれかかった。
「少し眠るわ。着いたら起して」
「了解。ごゆっくり……」
クドヴァンの返事を遠くで聞きながら、ルナは馬車の揺れと夫の体温の効果もあって、眠りの世界に誘われ、そのままそこに身を躍らせた。
日が暮れようとするころに、ルナとクドヴァンを乗せた馬車はブラントーム家の屋敷に着いた。
正門で手続きをし、さらに広大な敷地の中を馬車で抜ける。夜の帳が完全に降りたころ、二人は馬車から降りて客間に通された。
「メランアリコ様はまだ眠っていらっしゃいます。謁見まではもう三時間ほどお待ちください」
「……分かったわ、ありがとう」
メイド服を身にまとったヴァンパイアに対して、ルナは少々面倒くさそうに頷いた。
「サンドイッチか何か、軽食を召し上がりますか?」
「いただこうかしら。クドヴァンは?」
「いただきます」
やや堅い調子でクドヴァンは応えた。インキュバスとなり、ルナとほぼ対等な立場である彼だが、今は公共の場にいる。
今はルナの部下であり、執事として振舞っているのだ。
「かしこまいりました。すぐにサンドイッチと紅茶をお持ちいたします。失礼します……」
メイドのヴァンパイアが一礼する。そして自分が落としている影の中に沈み込んで姿を消した。急に彼女が消え失せた空間をぽかんとクドヴァンは見つめる。
あっけにとられている彼の様子を見てルナは近くの椅子に座りながらくすくすと笑った。
「あのくらいは私にもできるわ。分家とは言え、給仕に劣る私ではないわ」
「そうなのですか」
彼女と小さなラウンドテーブルを挟んだ席に腰を下ろしながら、堅い言葉でクドヴァンは感心した。今は二人きりなのであるが、いつメイドが戻ってきたり、あるいは別の用事で呼ばれたりするか分からないため、堅い言葉のままだ。
しばらくして、先ほどのメイドがサンドイッチとティーポット、そしてティーカップを二つ持って現れた。サンドイッチをラウンドテーブルに置き、紅茶をカップに注ぐ。
情事の時とはまた異なる、まろやかな香りがあたりに広がった。
「ではごゆっくり……御用がございましたらなんなりとお申し付けくださいませ」
メイドは一礼し、先ほどと同じように影に沈み込んで部屋から出て行った。
「緊張している?」
サンドイッチを一つつまみながらルナは訊ねる。
「ええ、まあ……」
苦笑のような照れ笑いのような困った顔をしながら、クドヴァンもサンドイッチを一つつまんだ。
クドヴァンは何回かこの屋敷を訪ねたことがあるのだが、未だに慣れない。正確に言えば、三度だ。一度目はルナと結婚することをルナの祖母に報告した時、二度目はメランアリコの結婚式の際に、そしてこれが三度目だ。
しかし、三度目だと言うのにこの格式張った雰囲気に、クドヴァンは押しつぶされそうだった。
「貴族って面倒ですね……」
「仕方ないわね。常に男と交わっていたい魔物娘でも、誰かがみんなをまとめあげて、いろいろとやらなきゃいけないわけだからね……」
そう言ってルナは遠い目をした。おそらく、久しぶりに会う従妹のことを思い浮かべるのだろう。
若くして家督を継いだメランアリコは、年齢だけで見れば結構長く生きているが、魔物娘の目から見ればまだまだ幼い。
そんなメランアリコだがどんな人物かと言えば、良くも悪くもヴァンパイアらしいヴァンパイアだ。人間のことを見下し、決して情欲には流されない。少し前に由緒正しき貴族の家から婿を迎えたが、まだ夫は人間だ。
分家であるルナ以上に、メランアリコはヴァンパイアらしく人間を見下し、吸血したとしてもまだ人間である夫と交わることを良しとしない。おそらく吸血して身体が疼いたとしても我慢している。
また、分家であるルナのこともあまりいい目では見ていなかった。ルナの母、ソワレが人間と交わってダンピールを生んだことも理由の一つと思われる。
そしてルナも、そのような態度のメランアリコとは必要以上に仲良くしたいとは思っていなかった。
しかし、メランアリコはヴァンパイアのあるべき姿を実践し、面倒な貴族としての使命を実施しているだけだ。あまり責められるものでもない。
ダンピールであるルナの姉のソレーヌもそれが分かっているので、メランアリコを"狩り"に行ったりすることはない。
苦笑してルナは首を振った。苦手な相手のことを考えても仕方がない。
サンドイッチに歯を立て、クドヴァンにも食べるように勧める。クドヴァンもサンドイッチを口にした。
適度な塩分で引き締められたターキーブレストの味と、パチパチとした辛味が口に広がる。胡椒だ。
豊かな魔物の貴族の家とは言え、胡椒はかなり貴重なはずである。それを贅沢に使っているところを見ると、サンドイッチ一つをとってもブラントーム家の本家は相当な力を持った家であるということがうかがえた。
ブラントーム家の屋敷に入ってたっぷり三時間待たされた後に、ルナとクドヴァンは謁見の間に通された。これでも、他の来客した商人を差し置いて先に謁見を許されたので、かなりの待遇だと言える。
「……以上が今回の研究の成果です」
「大変結構ですわ。それで、この新しい品種は安定して栽培できるのですか?」
跪いているルナに、玉座に腰掛けたヴァンパイアが訊ねる。クドヴァンの目から見て15,6才ほどの娘。
彼女が現ブラントーム家の当主、メランアリコ・ブラントームだ。
「肥料と日照に気をつければ、ほかの睦びの果実と同じでございます」
「つまり、日が出ている日が少ない年は不作になるのですわね? あと、肥料のコストも少々かかるということですね?」
甘味を強くするということはその分、栄養を必要とするということだ。当然、肥料や日照の問題が絡んでくる。
当たり前の事象の裏をとった指摘……避けようのない指摘だ。
上から注がれるメランアリコの冷たい視線を避けようとするかのようにルナは頭をさらに下げて答える。
「その通りでございます」
「そこは困りましたわね……まあ結構ですわ。ここまで甘味を出せたのは褒めて差し上げますわ」
「恐悦至極にございます」
気難しいメランアリコからの苦情がそれだけだと言うのは上出来な方だろう。ルナもクドヴァンも胸をなでおろした。
「今回の研究の報告、ご苦労でしたわ。引き続き、よろしくお願いしますわ」
「かしこまいりました」
これにて謁見は終わりかと思った。だがメランアリコが続ける。
「ところでルナ。今夜はここに泊まっていかれるのかしら?」
「……メランアリコ様のご都合がよろしければ……」
「結構ですわ。たまには領内の田舎の様子も聞きたいと思っていたところでしたの」
つまり、ルナが住んでいるところは田舎と言う揶揄だ。ルナの後ろで聞いているクドヴァンの胸がちくりと痛む。おそらく、ルナも同じ気持ちだろう。
しかしそこは分家でも貴族であるルナ。涼しい調子で答えた。
「かしこまいりました。メランアリコ様のお慰みになれば幸いです」
「楽しみにしていますわ。さて、他の客もいるのでこれにて……ごきげんよう」
「はい、失礼いたします。クドヴァン」
「はい」
ルナとクドヴァンは一礼し、その場を後にした。
謁見からさらに四時間後、ルナとメランアリコは夜食をともにした。メニューは貴族らしく豪勢なものであった。
前菜に出たのはジパングから取り寄せたというキノコが入ったスープが出された。具には細かく切られたキノコが少々入っているだけだが、そのスープにはいくつもの野菜や肉などが煮詰められて得られたエキスが染み込んでいる、手間のかかった物だ。
メイン・ディッシュに出たのは高級魔界豚のロースト、それも赤ワインに胡椒などをはじめとするスパイスをバランスよく混ぜた贅沢な物であった。横にはアンデッド族の魔物娘の間では高級食として好まれて食べられる、アンデッドハイイロナゲキタケのソテーが添えられている。
デザートにはルナたちが屋敷から持ってきた睦びの野菜のパイが出された。
クドヴァンもルナの横の席に就いてこれらの食事を食べた。
高級な食材を使っていながらそれを殺すことなく、見事な腕前で味が引き立てられている。少々悔しかったが、確かにルナの屋敷で食べる料理よりここの料理の方が味としては美味しかった。ルナの屋敷の料理は、グールの料理人が作っていてルナが作っているわけではないので、悔しがるものでもないのかもしれないが。
その豪勢な晩餐も終わり、メランアリコはまだ人間で立場はまだ下僕の夫を連れて席を立った。
他にやることがないルナとクドヴァンもテーブルを離れ、親戚のために用意されている部屋へと向かった。湯浴みを済ませ、部屋の奥にある寝室に向かう。
ゲストルームだというのに、いや、ゲストルームだからこそなのか、寝室もルナの寝室より一回りほど広い。だが、部屋が広く感じるのは実際に部屋が広いだけではない。
この部屋は寝室だと言うのに、ベッドがなかった。ベッドがあるべきところには……大きな棺桶が大義そうに鎮座していた。
「随分、クラシカルねぇ」
ルナが苦笑した。
魔王が今のサキュバスになる前まで……ヴァンパイアは昼は棺桶で寝ていた。今の魔王になってから久しく時が経っているのでその理由はもはや忘れ去られているが。
ある説では、棺桶には獲物となった人の血が溜め込まれていて、昼間はその血の中で眠っている必要があった、とされている。またある説では、そもそもヴァンパイアは人間の死体から生まれたアンデッドであるため、元々眠っていた棺桶が必要、とされている。
いずれにせよ、ヴァンパイアが眠るべき場所はベッドではなく、棺桶が常らしい。そして由緒正しき夜の貴族たるヴァンパイアのプライドがあるブラントーム本家では、ヴァンパイアが眠る場所は棺桶と言う伝統を遵守しているのだった。
「まぁ、好意をこめて丁重に用意されたものなのだから、これで眠りましょう」
そう言ってルナは柩に手をかけた。
この柩も木材にはジパングから取り寄せたらしい上質な桐が使われており、そして漆を塗られている。中には情熱的な色をした真紅の絹製のベルベッドが敷かれていた。その棺桶の中に寝巻きのガウンをまとった二人は向かい合って横になる。
棺桶の蓋が閉められた。二人がいる空間、棺桶の中が闇に包まれる。
最も、ヴァンパイアとその夫のインキュバスは夜目が効くので相手の姿は見えるのだが。
「広いベッドもいいけれど、たまにはこういうのも悪くないわね」
「そうだね」
暗闇の中、顔を見合わせて二人はクスクスと笑った。そしてどちらからともなく、腕を伸ばして抱き合う。
死者が眠るはずである棺桶の中で生きている二人は互いのぬくもりと鼓動と息遣いを感じ合っていた。
今日は一日大変で疲れた。ヴァンパイアにとって活動時間ではない、日のあるうちから馬車に揺られ、目上の人間であるメランアリコにかしこまって研究の成果を説明し、そしてフォーマルな晩餐会にも参加した。
あとはこのまま眠りに落ちるだけ……そのはずだった。
しかし……
「クドヴァン、どうしたのかしら?」
暗闇の中でルナの白い歯が三日月のように浮かび上がる。一方のクドヴァンはバツが悪そうにもじもじと身体を動かした。
隠したい事象が起きているのだが、ルナにはもうバレている。彼女の口調は疑問ではなく、確信を持ったものであり、ニヤニヤ笑いもそれを裏付けていた。
クドヴァンは勃起していた。
「ここをこんなにして……どうしてしまったのかしら?」
耳元で囁きながらルナは脚を動かし、太腿でグリグリとガウンの上から勃起したクドヴァンの逸物を圧迫する。クドヴァンの顔がさらに赤くなり、わたわたと彼は言い訳をした。
「いや、その……ルナの身体が暖かったからというか、ルナの綺麗な顔が間近にあったからというか、その……んっ」
「別に、悪くいうつもりはないわ」
言い訳をするクドヴァンのくちびるに左手の人差し指を当てながら、いたずらっぽい笑みから柔らかい笑みに切り替えてルナは言う。
そして空いている右手を、下からガウンの合わせ目に潜り込ませた。下着の上から勃起しているペニスをさする。
「むしろ、添い寝しているだけでこんなに反応してくれるだなんて、女として嬉しいわ」
「ルナ……」
妻にそう言ってもらって、慌てていたクドヴァンは少し落ち着く。落ち着いてから気付いた。
ルナの頬が上気し、瞳は情欲で潤んでいることを。
自分が性的に興奮していることに触発され、ペニスをさすることでそれがより高まっているとも考えられた。だがクドヴァンはルナの夫であり、何度も肌を重ね、何年も妻を見てきた男だ。妻の発情の程度やそれに伴う身体の変化は概ね把握していた。
おそらく彼女の秘貝からはとめどなく蜜が溢れて内股を濡らしているはずだ。ちらっと脚を観察してみると、クドヴァンの股間から離れていた太腿をルナはもじもじとこすり合わせていた。
ルナのこの様子は、すでに『出来上がっている』。とすると彼の経験上、ルナのこの様子は雰囲気だけが原因とは思えなかった。
『とすると、何だ?』
彼は心の中で首をかしげたが、考えているだけでは何も始まらない。実践あるのみだ。
そっとクドヴァンは手を伸ばし、ルナのガウンの合わせ目を退けて下腹部に手を潜り込ませた。
「あっ、クドヴァ……んんっ!」
思わぬクドヴァンの反撃に制止の声を上げようとしたが、それより先に彼の手がショーツの上から的確に、ルナのヴァギナを撫でさすっていた。ショーツ越しではあったが入口とクリトリスを撫でられる感触は、ルナの身体を反応させて震わせるには十分だった。
一方、クドヴァンも驚きに目を見開いている。
確かにルナは濡れていた。しかしその濡れ方はいつも以上であり、そして触った感触がいつもと全く異なっていた。
「ん……クドヴァン、どうしたの?」
「いや、なんかルナの濡れ方がいつもと違うなぁと思って……」
妻の言葉に応えながらクドヴァンはルナのショーツのクロッチをずらし、ぬるぬるとヴァギナの入口を指で撫で回す。
「あっ、あ……!」
ルナが短く声を上げるが、クドヴァンの意識は半ば思考の森に入っている。直接、彼女の性器を触ってみたが、やはり普段と愛液の感触が異なっていた。
妻のショーツを太腿の当たりまでおろしてみる。恥ずかしがってルナは脚を縮こまらせたが、ショーツのクロッチ部分と彼女の股間を、粘液がねっとりと糸で繋いでいたのがはっきりと見えた。
その粘り強い愛液はまるで薄い糊のようだ。
『糊……?』
そこまで考えたところで、ふとクドヴァンの脳裏に、今夜の晩餐で出されたメニューが蘇ってきた。
前菜にはジパングから取り寄せたというキノコが入ったスープが出された。給仕の説明は「ジパング・キノコのスープ コンソメ仕立て」だった。
キノコとしか言っていなかったが……
『ネバリタケだったのか!』
ようやくクドヴァンはこの状況の原因を突き止めた。
キノコは細かく刻まれていたため分からなかったが、確かにスープは少しとろみがついていた。この状況の説明も着く。
「クドヴァン?」
「……うっ」
妻の声と下腹部から上ってきた快感に、クドヴァンの意識が現実に戻ってくる。
夫に膣を触られて手が止まっていたルナだったが、彼が考え事をしている間に反撃をしてきたのだ。
「せっかくの雰囲気なのに考え事だなんて、殿方のすることじゃないんじゃない?」
「う、悪かっ……た、あっ、くっ!」
謝るクドヴァンの声が切れる。ルナの手の動きにはかすかに嫉妬のような物が混ぜられており、夫を啼かせようと激しく動き回っていた。
手のひらで竿をこすり、ときどき裏筋をかすめる。手の中では小回りの効かない手のひらでの愛撫だが、それでもクドヴァンの弱点を的確に捉えていた。
指先で玉袋をころころと転がすのも忘れない。
大胆でありながら繊細なルナの攻めにクドヴァンは身体を揺らし、声をあげる。ごとりと棺桶が彼の動きに合わせて音を立てた。
「ダメよ、クドヴァン。そんなことをしたら周りにバレるわよ?」
クドヴァンの反応に気を良くしたルナがいたずらっぽく笑う。
本当はこの部屋には自分たちしかいないことを知っているくせに。心の中でクドヴァンは苦笑をする。
そしていつまでも妻の愛撫に身を任せているクドヴァンでもなかった。中断してしまっていた、秘花への愛撫を再開する。ぬるりとヴァギナを指の腹でなぞった。
「ん、んん!」
クドヴァンの反撃にルナが今度は身体を震わせる。そのまま彼は指をくっと曲げて、ルナの中に指を潜り込ませていった。
ハスキーな吐息を上げながら彼女はそれを受け入れる。
「だめ……集中、できない……」
快感で手の動きが鈍っていた。
ルナはクドヴァンの性器を握り直す。ペニスの裏側から手のひらを添えるような握り方から、指先で包むような握り方に変えた。そのまま指先だけでクドヴァンの肉棒を扱く。
「くっ……」
手のひらの愛撫よりは圧迫感などは少ない。しかし多くの点でクドヴァンの敏感なところを押さえてぷるぷると動くその刺激もまた絶妙なものであった。
クドヴァンも負けていられない。さらに指を押し進め、ぐりぐりと肉壷をかき回す。
ネバリタケの影響でにじみ出ている粘度の高い愛液がにちゃにちゃと必要以上にいやらしい音を棺桶内に響かせた。サッとルナの顔が朱に染まる。
「こ、これは……あっ、あっ! くっ……なぜっ!? なぜこんないやらしい音が……ひぅん!」
「ルナ、あんまり声を出すと周りにバレるよ?」
先ほど言われた言葉をお返しにクドヴァンは口にする。ルナの顔がますます赤くなるが、言い返す余裕は彼女になかった。
空いている左手がひしとクドヴァンの右腕を掴んでいる。羞恥や不安からしがみついているのか、膣への愛撫を緩めて欲しくて掴んでいるのかは分からない。
いずれにせよ、クドヴァンは指の動きを止めるつもりはなかった。ルナも右手は相変わらずペニスを握っていてクドヴァンを絶頂に導こうと動いている。
にちゃ、くちゅ、ぐちゅ……
夜の貴族であるヴァンパイアの棺桶からいやらしい水音が漏れていた。
「だ、だめクドヴァン……そんなに音を立てるのは……くぅう! 声も出てしまうから……あ、あ……!」
「はぅ、く……本当に、やめてほしいの? ん……そうじゃないでしょう?」
互いに嬌声混じりの荒い息遣いの下でささやきあう。
「気持ちいいんでしょう、ルナ?」
「ええ、恥ずかしいけど……くふぅ! 気持ち、いい……ねぇ、クドヴァンは?」
「気持ちいいよ……どうにかなってしまいそうだ」
夫の答えに満足げにルナは笑い、そして自分の下腹部からもたらされる快楽とクドヴァンに与える快楽に集中した。クドヴァンもまた妻の手の感触を味わいながら、ぬめった妻の粘壷をこねくり回す。
しかし、その時にも終わりの時が近づいてきた。
互いの身体のことをよく知った男と女が、相手の弱点をまさぐり合っているのだ。いつまでも平然としていられるはずがない。
先に音を上げたのはクドヴァンの方だった。
「くっ、ルナ……そろそろ……」
「はうっ、ん……イク? イッてしまうの?」
ルナの方も相当高まっていたが、まだ少しだけ余裕があるようだった。
クドヴァンのペニスを指先でしごきながら、彼を下から見上げる。
「いいわよ、イッてしまいなさい……あ、んん……私が受け止めてあげるから……」
そう言ってルナは追い込みにかかった。彼女の手の動きが早くなる。
あっと言う間にクドヴァンの身体が絶頂を迎えた。
「くっ……」
彼もネバリタケの影響を受けている。
精液の粘度が高くなっていた。ゆえに、精液が輸精管内を進み、精巣から上って下腹部をぐるりと回る様子を感じ取っていた。
その精液が陰茎の根元までやってきて、そして尿道内を駆け抜ける。
どぷっ……
液というよりスライムを思わせる白い奔流がクドヴァンのペニスからほとばしった。
「えっ、きゃ……! な、なんでこんなに……!?」
自分とクドヴァンがネバリタケを食べたことを知らなかったルナは驚いた。
その驚いているルナの顔や、ガウンからはだけた胸に精液が浴びせられる。
「な、なんでこんなにネバネバして……はっ、あのスープ……!」
自分の胸元にかかった精液を指で掬い取って転がしながらルナは一人つぶやいていたが、すぐに彼女も把握した。クドヴァンの精液で染まった白い顔に苦笑いを浮かべる。
自分が知らないうちにメランアリコにネバリタケを食べさせられたこと、そして自分以上に貴族的であろうとする彼女にもこのような淫らなことに対する興味のような物があったことに対する笑みだった。
『チャンス……!』
ルナによって絶頂に導かれ、肩で息をしていたクドヴァンだったが、妻が自分を仕留めて油断しているのを見て。
まだ指は彼女の膣内に潜り込んだままだった。その指を一気に奥まで差し入れ、子袋の入口である堅い部分をコリコリと指先で転がす。
「ひあんっ!? ちょ、クドヴァ……ああああっ!」
不意打ちを食らい、声を抑えるのも忘れてルナは反応した。クドヴァンにしがみついて身体をくねらせる
彼の愛撫から逃げようとしているのか、自分から積極的に腰を振っているのかは分からないが、その扇情的な動きはクドヴァンを掻き立てた。
自分が先に絶頂に達してしまった分、彼女をきちんと気持ち良くしようと愛撫に熱がはいる。ぐちゃぐちゃと、ネバリタケの影響を受けている膣が卑猥な音を立てた。
「あっ、はぁああ! そんなにしたら……ダメ……! すぐ、果てて……んあああ!」
しかし、ダメと言ってもクドヴァンはやめない。なすすべもなく、夜の貴族は夫の指によって絶頂に導かれる。
「イク、イク……くうううう!」
びくんびくんと身体を戦慄かせて、ルナも達した。周囲に気を配る余裕などない。
彼女の伸びやかな断末魔が棺桶の中に響いた。
「はぁ、はぁ……」
だらりとルナが身体を弛緩させる。今、悶えたためにガウンはすっかりはだけてしまい、帯がなんとか止められていて、腕が覆われている程度だ。
彼女の呼吸に合わせて上下する胸、すらりとした長い脚、そしてとろとろな蜜をこぼす秘花が見えてしまっている。
ルナの淫らな絶頂の様子やその乱れた姿に、クドヴァンの性器は萎えずに剛直を保ち続けていた。
「クドヴァンのそこ……まだ、元気ね……どうしたいのかしら?」
それに気付いたルナも、まだ荒い息遣いをしたままだが、にやりと笑う。
ここは棺桶、本来はヴァンパイアが眠る場所。それゆえか、ルナは強気な態度を見せる。
だがその強気な態度は、婉曲的な誘いでもあった。クドヴァンも、その誘いを断る気はさらさらない。
「……ルナと、ひとつになりたい……」
「……いいわよ。仰向けになりなさい……」
ルナが上になるつもりのようだ。
「そうでないと、棺桶がガタガタ鳴ってうるさいでしょう?」
そう言い訳しつつも、ルナは仰向けになったクドヴァンを押さえ付けながら、身体をクドヴァンのそれに這わせるようにして、上になった。
「いくわよ。そっと……そっとね……」
ルナが腰を引いていった。
にちゅっといやらしい音がして、ルナの媚粘膜とクドヴァンの亀頭が密着する。それだけで甘美な快感が二人の全身をめぐり、身体を震わせた。
「入れるわよ……」
「ああ……」
短い会話の後に、ルナはぐっとヴァギナをペニスに押し付けた。
にゅるりとクドヴァンの分身がルナの中に飲み込まれていく。
棺桶の中で二人の嬌声が絡まり合って響いた。
「あ、あ、あふぅ……」
クドヴァンに身体を密着させ、上から彼を抱きしめながらルナはぷるぷると震えながら吐息を着いた。
彼の指使いは気持ちよかったが、やはりこうして繋がり合っている時の一体感と快感は何物にも変えがたい。
快感に耐えるようにして、そして彼との繋がりをもっと味わいたくて、ルナはクドヴァンをさらに強く抱きしめた。
「くっ、うぅう……」
一方、クドヴァンは少々切羽詰まった声を漏らしていた。
今宵の妻の膣はネバリタケの影響で粘度の高い愛液が漏れている。その蜜がにちゃにちゃと、柔肉とともにペニスに絡みついてくるのだ。普段とは違う妻の味にクドヴァンは呻いた。ルナの腰のあたりに腕を回して、しがみつくようにして、精を放ちそうになるのをこらえる。
そんなクドヴァンに上から顔を寄せながら、ルナはいたずらっぽく耳元で囁いた。
「どうしたの、クドヴァン……もう我慢できないの?」
「う、ああ……すまない……」
「構わないわ。まだ動かないから……」
そう言ってルナはそっと目を閉じた。言葉どおり、彼女は動かない。
しかしそれでも、膣内で粘液まみれの肉襞で優しくしごかれているかのような感触にクドヴァンは射精をこらえるために、身体に力を込めなければならなかった。
そんなクドヴァンを優しく撫でながらルナは囁く。
「落ち着いてゆっくり呼吸をしなさい……」
言われるがまま、クドヴァンはゆっくりと呼吸をする。しばらくすると彼女の中で剛直を保ったまま、射精感が引いていった。
蜜壷の中にこもったルナの体温が熱く、肉棒にじっとりと伝わってくる気がする。
そこまで落ち着いた時、クドヴァンはルナが呼吸を、クドヴァンのリズムに併せていることに気付いた。
「すぅ……はぁ……すぅ……」
「すぅ……はぁ……すぅ……」
クドヴァンの胸が上下するのに併せて、ルナの肩が軽く上下する。
彼女の息と同調すると、いつも以上に彼女と一つになれたように、クドヴァンは感じた。
ピッタリと重なった胸と胸の奥にある心臓の鼓動までも同調しているような錯覚を覚える。いや、実際にそうなのかもしれない。
「少し、動くわね……んっ……」
そう言ってルナはじっくりと、腰をひねるようにして動かし始めた。騎乗位で上に乗って激しく腰を跳ねさせて動かすのとはまた違った動きだ。もどかしいほどの摩擦がヴァギナとペニスに加えられ、二人はゆっくりと息を吐き出す。
ルナとクドヴァンの同調が少し乱れる。しかしそれは決して不協和音のような乱れではなかった。
言うなれば、水滴が一つ水面に落ち、波が立ったかのような……そんな感じだ。その波は規則正しく起こって水面を揺らし、水面に乗っている葉などを同じリズムで揺らす。そんな感じだった。
リズムに併せるように、クドヴァンも下から、ルナのすべすべとした背中を撫でる。
「はぁ、はぁ……」
少し荒い息遣いとなったルナがわずかに上体を起こし、それでも胸は密着するようにして、真正面からクドヴァンを見つめた。クドヴァンも彼女の目を見つめ返す。
暗闇に包まれた棺桶の中、情けない顔をした自分の顔が彼女の瞳に写っていた。
おそらく、自分の瞳にもルナの、口をだらしなく開けて熱い吐息をついている、乱れた顔が写っているはずだ。
「あ、あ、いい……」
いつの間にか、ルナの吐息に露骨な嬌声が混じり始めていた。それに併せて、彼女の腰の動きも少し激しくなっている
上下にぐねぐねと蛇のようにうねり、時々ぐるりと腰が円を書くように動く。腰の動きと同じくらい、粘着質な音が二人の結合部から立った。
「んっ、んん……ああ、クドヴァン……」
「ルナ……」
二人は目を閉じてくちびるを押し付け合う。舌などはまだ差し入れない。しかしそれでも互いのぬくもりや気持ちが伝わってきている……二人ともそのように感じとっていた。
「ん、んんん! ふああああっ!」
不意にルナがくぐもった声を上げ、くちびるを離した。とたんに嬌声が彼女の口から放たれる。それまで我慢していた分が爆発したのではないか、と思えるような激しい嬌声だった。
「あっ、ああああ! うっ、く……んあっ! だめぇ!」
驚いた彼女自身も喘ぎ声を殺そうとしたが、それでも抑えきれずに彼女の口から嬌声が上がる。いつの間にか、ルナの腰の動きはねちっこさを保ちつつ、暴れるように激しい物に変わっていた。
彼女が激しく腰をクドヴァンに打ち付けるたびに、ゴトゴトと棺桶が音を立てる。
「くっ、ルナ……そんなに動くと……」
もし周囲に誰かいたらバレる、いなくてもこの動きは激しすぎる……とクドヴァンは言いたかった。彼女の荒々しい腰使いにむずむずとクドヴァンの腰の奥からまた射精感が起こり始める。だが彼もそう口でルナに伝えられる余裕はなかった。
今までぬるま湯に使っていたのに、急激に溶岩を流し込まれて、湯が一気に沸騰したかのような変化だった。
水面は激しく波立ち、二人はそれに翻弄される。
「ダメぇ、止まらないのぉ! 声も、出ちゃ……くああああ!」
声を上げ、身体を激しく揺らしながらルナは叫ぶ。クドヴァンは諦めた。
万が一棺桶の外に誰がいようともはやバレているだろうし、自分と妻は夫婦の愛を今交わしているのだ。今更バレたところでなんなのだろう。
クドヴァンはぎゅっとルナの背中を抱きしめた。ルナも彼の意思を感じ取り、彼の肩のあたりにしがみつく。
「クドヴァン……! 一緒に……一緒にぃ!」
激しく腰を打ち付けあった。そのまま二人は絶頂の階段を駆け上る。
「くっ……!」
電気でも流されたかのようにクドヴァンの身体が反り、目がカッと見開かれる。自分の会陰がぎゅっと縮まり、粘っこい精液を体外に送り出そうとポンプしているのを感じ取っていた。
その精液が一拍遅れてペニスの先から放たれ、ルナの子宮口にべっとりと張り付く。
「ふぅううう!」
ぎゅっと身体を縮こまらせてルナは絶頂と夫の精液をその身体に迎える。
狭い空間の中、二人の身体はどこまでも一つで、どこにもいかず、一緒だった。
★
「夕べはお楽しみだったようですわね?」
「うっ……」
翌日、日の光が消えようとしている頃、別れの挨拶をしたルナにメランアリコはさらりと言った。呻き声を上げたのはクドヴァンだ。いきなり、妻との情事のことを指摘されて冷静ではいられなかった。
ただ鎌をかけただけだったかもしれないし、本当に棺桶の外から見ていたのかもしれないが、何にせよ、動揺してしまった。昨晩の情事の記憶が沸き起こる。
あのあと、今度はクドヴァンが上になってもう一回交わった後に二人は眠りに着いた。問題はその後、起きてからだった。
棺桶の中では気付けなかったが、ネバリタケの影響でクドヴァンのペニスにはたっぷりとルナの愛液が絡みついていたのだ。湯浴みしてもなかなか取れず、苦労したのだった。
それらのことを思い出し、クドヴァンは一人顔を赤くする。
一方のルナは
「ええ、楽しませていただきました。丁寧に寝所を設けて下さり、感謝しております」
涼しげに答えていた。やはり、こういう時は女性と言うものは度胸があるのかもしれない。
「……っ」
軽くくちびるを噛んでメランアリコは顔を横に向けた。ルナが、自分が思うような反応をしなかったことが悔しかったのかもしれない。
そっぽを向いたままメランアリコは続ける。
「道中、気をつけてくださいまし」
「はい、失礼します……」
こうしてルナとクドヴァンはブラントーム家の本家の屋敷を後にした。
「ふふ、ふふふふ……」
帰りの馬車の中、ルナは自分の下腹部を愛おしそうに撫でながら笑う。
「お腹の中……クドヴァンの子種で一杯……ふふふ……」
「やめてよ、恥ずかしいんだから」
クドヴァンが顔を赤くする。ネバリタケの影響で粘度が高くなった精液は今でもルナの子宮口にへばりついていることだろう。それをルナは感じ取っているのだ。
昨日の情事の跡をまざまざと見せつけられているようでクドヴァンは照れ入るしかなかった。
「でも……幸せなのよ……メランアリコと違って、あなたと自由に交われて」
「え……?」
思わぬ、ルナの主とも言える者の名が出てクドヴァンは片眉を上げた。ルナは続ける。
「『夕べはお楽しみでしたわね?』って言った後の彼女の顔、少し悔しそうだったでしょう? あれは、私が妬ましかったのよ。本当は自分も、従者の彼と交わりたくて、それなのにできなくて……だから、クドヴァンと交わっていた私が羨ましかったのよ」
「なるほど……」
あのくちびるを噛んで横を向いた仕草は、そういう気持ちがあったのか。クドヴァンは一人頷いた。
思えばメランアリコも、知っていたかどうかは知らないが、ネバリタケの入ったスープを飲んでいたはずだ。おそらく、自室に引き上げたあと従者の血を吸った際、秘花から漏れる粘度の高い蜜に驚き、悶え、それでも交わることなく、苦しんでいただろう。
そのことを思うと、確かにルナは幸せなのかもしれない。
「クドヴァン……」
夫の肩にルナは頭を預けて言う。
「……ずっと一緒にいて……改めて、言うわ」
「貴女の頼みであれば……」
従者として、夫として、クドヴァンはルナの手を握り、言葉に力強く頷く。
仲睦まじく寄り添って座っている夫婦の馬車はほの暗くなった夜の街道を走っていった。
転移魔法でブラントーム領の中心地にあるルナの小さな別荘に向かい、そこから馬車に揺られて屋敷に向かう。
「なんだってそんな面倒なことをするんだ」
夕日に照らされて橙に染まる豪華な馬車の中で。ブラントーム家の当主、メランアリコに見せる資料の最終チェックをしながらクドヴァンは訊ねる。
「力を見せるためね」
ルナが気だるげに応えた。本来であればまだ眠っている時間なのだ。それに日がまだあるため、力も奪われている。彼女はクドヴァンの隣で馬車の席に脱力した様子で身を沈めていた。
その気になれば転移魔法で一気に屋敷の中に入ることはできる。しかし、貴族はそれではいけないらしい。多くの者が屋敷を出入りしているところを見せ、その顔の広さや財力をアピールする必要があるのだ。むろん、その訪れる者が小汚いのもいけない。そしてそれらをアピールするわけだから、真夜中に訪問するのでは意味がない。
以上のような理由でルナたちは面倒ながらも一度家に行って馬車を持ち出し、日のあるうちにブラントームの本家の屋敷に向かっているのだ。
「はふぅ……」
ルナが小さくあくびをした。先ほどの通り、本来ならまだ眠っている時間なのだ。
手で口元を覆ってあくびを消したルナはクドヴァンにもたれかかった。
「少し眠るわ。着いたら起して」
「了解。ごゆっくり……」
クドヴァンの返事を遠くで聞きながら、ルナは馬車の揺れと夫の体温の効果もあって、眠りの世界に誘われ、そのままそこに身を躍らせた。
日が暮れようとするころに、ルナとクドヴァンを乗せた馬車はブラントーム家の屋敷に着いた。
正門で手続きをし、さらに広大な敷地の中を馬車で抜ける。夜の帳が完全に降りたころ、二人は馬車から降りて客間に通された。
「メランアリコ様はまだ眠っていらっしゃいます。謁見まではもう三時間ほどお待ちください」
「……分かったわ、ありがとう」
メイド服を身にまとったヴァンパイアに対して、ルナは少々面倒くさそうに頷いた。
「サンドイッチか何か、軽食を召し上がりますか?」
「いただこうかしら。クドヴァンは?」
「いただきます」
やや堅い調子でクドヴァンは応えた。インキュバスとなり、ルナとほぼ対等な立場である彼だが、今は公共の場にいる。
今はルナの部下であり、執事として振舞っているのだ。
「かしこまいりました。すぐにサンドイッチと紅茶をお持ちいたします。失礼します……」
メイドのヴァンパイアが一礼する。そして自分が落としている影の中に沈み込んで姿を消した。急に彼女が消え失せた空間をぽかんとクドヴァンは見つめる。
あっけにとられている彼の様子を見てルナは近くの椅子に座りながらくすくすと笑った。
「あのくらいは私にもできるわ。分家とは言え、給仕に劣る私ではないわ」
「そうなのですか」
彼女と小さなラウンドテーブルを挟んだ席に腰を下ろしながら、堅い言葉でクドヴァンは感心した。今は二人きりなのであるが、いつメイドが戻ってきたり、あるいは別の用事で呼ばれたりするか分からないため、堅い言葉のままだ。
しばらくして、先ほどのメイドがサンドイッチとティーポット、そしてティーカップを二つ持って現れた。サンドイッチをラウンドテーブルに置き、紅茶をカップに注ぐ。
情事の時とはまた異なる、まろやかな香りがあたりに広がった。
「ではごゆっくり……御用がございましたらなんなりとお申し付けくださいませ」
メイドは一礼し、先ほどと同じように影に沈み込んで部屋から出て行った。
「緊張している?」
サンドイッチを一つつまみながらルナは訊ねる。
「ええ、まあ……」
苦笑のような照れ笑いのような困った顔をしながら、クドヴァンもサンドイッチを一つつまんだ。
クドヴァンは何回かこの屋敷を訪ねたことがあるのだが、未だに慣れない。正確に言えば、三度だ。一度目はルナと結婚することをルナの祖母に報告した時、二度目はメランアリコの結婚式の際に、そしてこれが三度目だ。
しかし、三度目だと言うのにこの格式張った雰囲気に、クドヴァンは押しつぶされそうだった。
「貴族って面倒ですね……」
「仕方ないわね。常に男と交わっていたい魔物娘でも、誰かがみんなをまとめあげて、いろいろとやらなきゃいけないわけだからね……」
そう言ってルナは遠い目をした。おそらく、久しぶりに会う従妹のことを思い浮かべるのだろう。
若くして家督を継いだメランアリコは、年齢だけで見れば結構長く生きているが、魔物娘の目から見ればまだまだ幼い。
そんなメランアリコだがどんな人物かと言えば、良くも悪くもヴァンパイアらしいヴァンパイアだ。人間のことを見下し、決して情欲には流されない。少し前に由緒正しき貴族の家から婿を迎えたが、まだ夫は人間だ。
分家であるルナ以上に、メランアリコはヴァンパイアらしく人間を見下し、吸血したとしてもまだ人間である夫と交わることを良しとしない。おそらく吸血して身体が疼いたとしても我慢している。
また、分家であるルナのこともあまりいい目では見ていなかった。ルナの母、ソワレが人間と交わってダンピールを生んだことも理由の一つと思われる。
そしてルナも、そのような態度のメランアリコとは必要以上に仲良くしたいとは思っていなかった。
しかし、メランアリコはヴァンパイアのあるべき姿を実践し、面倒な貴族としての使命を実施しているだけだ。あまり責められるものでもない。
ダンピールであるルナの姉のソレーヌもそれが分かっているので、メランアリコを"狩り"に行ったりすることはない。
苦笑してルナは首を振った。苦手な相手のことを考えても仕方がない。
サンドイッチに歯を立て、クドヴァンにも食べるように勧める。クドヴァンもサンドイッチを口にした。
適度な塩分で引き締められたターキーブレストの味と、パチパチとした辛味が口に広がる。胡椒だ。
豊かな魔物の貴族の家とは言え、胡椒はかなり貴重なはずである。それを贅沢に使っているところを見ると、サンドイッチ一つをとってもブラントーム家の本家は相当な力を持った家であるということがうかがえた。
ブラントーム家の屋敷に入ってたっぷり三時間待たされた後に、ルナとクドヴァンは謁見の間に通された。これでも、他の来客した商人を差し置いて先に謁見を許されたので、かなりの待遇だと言える。
「……以上が今回の研究の成果です」
「大変結構ですわ。それで、この新しい品種は安定して栽培できるのですか?」
跪いているルナに、玉座に腰掛けたヴァンパイアが訊ねる。クドヴァンの目から見て15,6才ほどの娘。
彼女が現ブラントーム家の当主、メランアリコ・ブラントームだ。
「肥料と日照に気をつければ、ほかの睦びの果実と同じでございます」
「つまり、日が出ている日が少ない年は不作になるのですわね? あと、肥料のコストも少々かかるということですね?」
甘味を強くするということはその分、栄養を必要とするということだ。当然、肥料や日照の問題が絡んでくる。
当たり前の事象の裏をとった指摘……避けようのない指摘だ。
上から注がれるメランアリコの冷たい視線を避けようとするかのようにルナは頭をさらに下げて答える。
「その通りでございます」
「そこは困りましたわね……まあ結構ですわ。ここまで甘味を出せたのは褒めて差し上げますわ」
「恐悦至極にございます」
気難しいメランアリコからの苦情がそれだけだと言うのは上出来な方だろう。ルナもクドヴァンも胸をなでおろした。
「今回の研究の報告、ご苦労でしたわ。引き続き、よろしくお願いしますわ」
「かしこまいりました」
これにて謁見は終わりかと思った。だがメランアリコが続ける。
「ところでルナ。今夜はここに泊まっていかれるのかしら?」
「……メランアリコ様のご都合がよろしければ……」
「結構ですわ。たまには領内の田舎の様子も聞きたいと思っていたところでしたの」
つまり、ルナが住んでいるところは田舎と言う揶揄だ。ルナの後ろで聞いているクドヴァンの胸がちくりと痛む。おそらく、ルナも同じ気持ちだろう。
しかしそこは分家でも貴族であるルナ。涼しい調子で答えた。
「かしこまいりました。メランアリコ様のお慰みになれば幸いです」
「楽しみにしていますわ。さて、他の客もいるのでこれにて……ごきげんよう」
「はい、失礼いたします。クドヴァン」
「はい」
ルナとクドヴァンは一礼し、その場を後にした。
謁見からさらに四時間後、ルナとメランアリコは夜食をともにした。メニューは貴族らしく豪勢なものであった。
前菜に出たのはジパングから取り寄せたというキノコが入ったスープが出された。具には細かく切られたキノコが少々入っているだけだが、そのスープにはいくつもの野菜や肉などが煮詰められて得られたエキスが染み込んでいる、手間のかかった物だ。
メイン・ディッシュに出たのは高級魔界豚のロースト、それも赤ワインに胡椒などをはじめとするスパイスをバランスよく混ぜた贅沢な物であった。横にはアンデッド族の魔物娘の間では高級食として好まれて食べられる、アンデッドハイイロナゲキタケのソテーが添えられている。
デザートにはルナたちが屋敷から持ってきた睦びの野菜のパイが出された。
クドヴァンもルナの横の席に就いてこれらの食事を食べた。
高級な食材を使っていながらそれを殺すことなく、見事な腕前で味が引き立てられている。少々悔しかったが、確かにルナの屋敷で食べる料理よりここの料理の方が味としては美味しかった。ルナの屋敷の料理は、グールの料理人が作っていてルナが作っているわけではないので、悔しがるものでもないのかもしれないが。
その豪勢な晩餐も終わり、メランアリコはまだ人間で立場はまだ下僕の夫を連れて席を立った。
他にやることがないルナとクドヴァンもテーブルを離れ、親戚のために用意されている部屋へと向かった。湯浴みを済ませ、部屋の奥にある寝室に向かう。
ゲストルームだというのに、いや、ゲストルームだからこそなのか、寝室もルナの寝室より一回りほど広い。だが、部屋が広く感じるのは実際に部屋が広いだけではない。
この部屋は寝室だと言うのに、ベッドがなかった。ベッドがあるべきところには……大きな棺桶が大義そうに鎮座していた。
「随分、クラシカルねぇ」
ルナが苦笑した。
魔王が今のサキュバスになる前まで……ヴァンパイアは昼は棺桶で寝ていた。今の魔王になってから久しく時が経っているのでその理由はもはや忘れ去られているが。
ある説では、棺桶には獲物となった人の血が溜め込まれていて、昼間はその血の中で眠っている必要があった、とされている。またある説では、そもそもヴァンパイアは人間の死体から生まれたアンデッドであるため、元々眠っていた棺桶が必要、とされている。
いずれにせよ、ヴァンパイアが眠るべき場所はベッドではなく、棺桶が常らしい。そして由緒正しき夜の貴族たるヴァンパイアのプライドがあるブラントーム本家では、ヴァンパイアが眠る場所は棺桶と言う伝統を遵守しているのだった。
「まぁ、好意をこめて丁重に用意されたものなのだから、これで眠りましょう」
そう言ってルナは柩に手をかけた。
この柩も木材にはジパングから取り寄せたらしい上質な桐が使われており、そして漆を塗られている。中には情熱的な色をした真紅の絹製のベルベッドが敷かれていた。その棺桶の中に寝巻きのガウンをまとった二人は向かい合って横になる。
棺桶の蓋が閉められた。二人がいる空間、棺桶の中が闇に包まれる。
最も、ヴァンパイアとその夫のインキュバスは夜目が効くので相手の姿は見えるのだが。
「広いベッドもいいけれど、たまにはこういうのも悪くないわね」
「そうだね」
暗闇の中、顔を見合わせて二人はクスクスと笑った。そしてどちらからともなく、腕を伸ばして抱き合う。
死者が眠るはずである棺桶の中で生きている二人は互いのぬくもりと鼓動と息遣いを感じ合っていた。
今日は一日大変で疲れた。ヴァンパイアにとって活動時間ではない、日のあるうちから馬車に揺られ、目上の人間であるメランアリコにかしこまって研究の成果を説明し、そしてフォーマルな晩餐会にも参加した。
あとはこのまま眠りに落ちるだけ……そのはずだった。
しかし……
「クドヴァン、どうしたのかしら?」
暗闇の中でルナの白い歯が三日月のように浮かび上がる。一方のクドヴァンはバツが悪そうにもじもじと身体を動かした。
隠したい事象が起きているのだが、ルナにはもうバレている。彼女の口調は疑問ではなく、確信を持ったものであり、ニヤニヤ笑いもそれを裏付けていた。
クドヴァンは勃起していた。
「ここをこんなにして……どうしてしまったのかしら?」
耳元で囁きながらルナは脚を動かし、太腿でグリグリとガウンの上から勃起したクドヴァンの逸物を圧迫する。クドヴァンの顔がさらに赤くなり、わたわたと彼は言い訳をした。
「いや、その……ルナの身体が暖かったからというか、ルナの綺麗な顔が間近にあったからというか、その……んっ」
「別に、悪くいうつもりはないわ」
言い訳をするクドヴァンのくちびるに左手の人差し指を当てながら、いたずらっぽい笑みから柔らかい笑みに切り替えてルナは言う。
そして空いている右手を、下からガウンの合わせ目に潜り込ませた。下着の上から勃起しているペニスをさする。
「むしろ、添い寝しているだけでこんなに反応してくれるだなんて、女として嬉しいわ」
「ルナ……」
妻にそう言ってもらって、慌てていたクドヴァンは少し落ち着く。落ち着いてから気付いた。
ルナの頬が上気し、瞳は情欲で潤んでいることを。
自分が性的に興奮していることに触発され、ペニスをさすることでそれがより高まっているとも考えられた。だがクドヴァンはルナの夫であり、何度も肌を重ね、何年も妻を見てきた男だ。妻の発情の程度やそれに伴う身体の変化は概ね把握していた。
おそらく彼女の秘貝からはとめどなく蜜が溢れて内股を濡らしているはずだ。ちらっと脚を観察してみると、クドヴァンの股間から離れていた太腿をルナはもじもじとこすり合わせていた。
ルナのこの様子は、すでに『出来上がっている』。とすると彼の経験上、ルナのこの様子は雰囲気だけが原因とは思えなかった。
『とすると、何だ?』
彼は心の中で首をかしげたが、考えているだけでは何も始まらない。実践あるのみだ。
そっとクドヴァンは手を伸ばし、ルナのガウンの合わせ目を退けて下腹部に手を潜り込ませた。
「あっ、クドヴァ……んんっ!」
思わぬクドヴァンの反撃に制止の声を上げようとしたが、それより先に彼の手がショーツの上から的確に、ルナのヴァギナを撫でさすっていた。ショーツ越しではあったが入口とクリトリスを撫でられる感触は、ルナの身体を反応させて震わせるには十分だった。
一方、クドヴァンも驚きに目を見開いている。
確かにルナは濡れていた。しかしその濡れ方はいつも以上であり、そして触った感触がいつもと全く異なっていた。
「ん……クドヴァン、どうしたの?」
「いや、なんかルナの濡れ方がいつもと違うなぁと思って……」
妻の言葉に応えながらクドヴァンはルナのショーツのクロッチをずらし、ぬるぬるとヴァギナの入口を指で撫で回す。
「あっ、あ……!」
ルナが短く声を上げるが、クドヴァンの意識は半ば思考の森に入っている。直接、彼女の性器を触ってみたが、やはり普段と愛液の感触が異なっていた。
妻のショーツを太腿の当たりまでおろしてみる。恥ずかしがってルナは脚を縮こまらせたが、ショーツのクロッチ部分と彼女の股間を、粘液がねっとりと糸で繋いでいたのがはっきりと見えた。
その粘り強い愛液はまるで薄い糊のようだ。
『糊……?』
そこまで考えたところで、ふとクドヴァンの脳裏に、今夜の晩餐で出されたメニューが蘇ってきた。
前菜にはジパングから取り寄せたというキノコが入ったスープが出された。給仕の説明は「ジパング・キノコのスープ コンソメ仕立て」だった。
キノコとしか言っていなかったが……
『ネバリタケだったのか!』
ようやくクドヴァンはこの状況の原因を突き止めた。
キノコは細かく刻まれていたため分からなかったが、確かにスープは少しとろみがついていた。この状況の説明も着く。
「クドヴァン?」
「……うっ」
妻の声と下腹部から上ってきた快感に、クドヴァンの意識が現実に戻ってくる。
夫に膣を触られて手が止まっていたルナだったが、彼が考え事をしている間に反撃をしてきたのだ。
「せっかくの雰囲気なのに考え事だなんて、殿方のすることじゃないんじゃない?」
「う、悪かっ……た、あっ、くっ!」
謝るクドヴァンの声が切れる。ルナの手の動きにはかすかに嫉妬のような物が混ぜられており、夫を啼かせようと激しく動き回っていた。
手のひらで竿をこすり、ときどき裏筋をかすめる。手の中では小回りの効かない手のひらでの愛撫だが、それでもクドヴァンの弱点を的確に捉えていた。
指先で玉袋をころころと転がすのも忘れない。
大胆でありながら繊細なルナの攻めにクドヴァンは身体を揺らし、声をあげる。ごとりと棺桶が彼の動きに合わせて音を立てた。
「ダメよ、クドヴァン。そんなことをしたら周りにバレるわよ?」
クドヴァンの反応に気を良くしたルナがいたずらっぽく笑う。
本当はこの部屋には自分たちしかいないことを知っているくせに。心の中でクドヴァンは苦笑をする。
そしていつまでも妻の愛撫に身を任せているクドヴァンでもなかった。中断してしまっていた、秘花への愛撫を再開する。ぬるりとヴァギナを指の腹でなぞった。
「ん、んん!」
クドヴァンの反撃にルナが今度は身体を震わせる。そのまま彼は指をくっと曲げて、ルナの中に指を潜り込ませていった。
ハスキーな吐息を上げながら彼女はそれを受け入れる。
「だめ……集中、できない……」
快感で手の動きが鈍っていた。
ルナはクドヴァンの性器を握り直す。ペニスの裏側から手のひらを添えるような握り方から、指先で包むような握り方に変えた。そのまま指先だけでクドヴァンの肉棒を扱く。
「くっ……」
手のひらの愛撫よりは圧迫感などは少ない。しかし多くの点でクドヴァンの敏感なところを押さえてぷるぷると動くその刺激もまた絶妙なものであった。
クドヴァンも負けていられない。さらに指を押し進め、ぐりぐりと肉壷をかき回す。
ネバリタケの影響でにじみ出ている粘度の高い愛液がにちゃにちゃと必要以上にいやらしい音を棺桶内に響かせた。サッとルナの顔が朱に染まる。
「こ、これは……あっ、あっ! くっ……なぜっ!? なぜこんないやらしい音が……ひぅん!」
「ルナ、あんまり声を出すと周りにバレるよ?」
先ほど言われた言葉をお返しにクドヴァンは口にする。ルナの顔がますます赤くなるが、言い返す余裕は彼女になかった。
空いている左手がひしとクドヴァンの右腕を掴んでいる。羞恥や不安からしがみついているのか、膣への愛撫を緩めて欲しくて掴んでいるのかは分からない。
いずれにせよ、クドヴァンは指の動きを止めるつもりはなかった。ルナも右手は相変わらずペニスを握っていてクドヴァンを絶頂に導こうと動いている。
にちゃ、くちゅ、ぐちゅ……
夜の貴族であるヴァンパイアの棺桶からいやらしい水音が漏れていた。
「だ、だめクドヴァン……そんなに音を立てるのは……くぅう! 声も出てしまうから……あ、あ……!」
「はぅ、く……本当に、やめてほしいの? ん……そうじゃないでしょう?」
互いに嬌声混じりの荒い息遣いの下でささやきあう。
「気持ちいいんでしょう、ルナ?」
「ええ、恥ずかしいけど……くふぅ! 気持ち、いい……ねぇ、クドヴァンは?」
「気持ちいいよ……どうにかなってしまいそうだ」
夫の答えに満足げにルナは笑い、そして自分の下腹部からもたらされる快楽とクドヴァンに与える快楽に集中した。クドヴァンもまた妻の手の感触を味わいながら、ぬめった妻の粘壷をこねくり回す。
しかし、その時にも終わりの時が近づいてきた。
互いの身体のことをよく知った男と女が、相手の弱点をまさぐり合っているのだ。いつまでも平然としていられるはずがない。
先に音を上げたのはクドヴァンの方だった。
「くっ、ルナ……そろそろ……」
「はうっ、ん……イク? イッてしまうの?」
ルナの方も相当高まっていたが、まだ少しだけ余裕があるようだった。
クドヴァンのペニスを指先でしごきながら、彼を下から見上げる。
「いいわよ、イッてしまいなさい……あ、んん……私が受け止めてあげるから……」
そう言ってルナは追い込みにかかった。彼女の手の動きが早くなる。
あっと言う間にクドヴァンの身体が絶頂を迎えた。
「くっ……」
彼もネバリタケの影響を受けている。
精液の粘度が高くなっていた。ゆえに、精液が輸精管内を進み、精巣から上って下腹部をぐるりと回る様子を感じ取っていた。
その精液が陰茎の根元までやってきて、そして尿道内を駆け抜ける。
どぷっ……
液というよりスライムを思わせる白い奔流がクドヴァンのペニスからほとばしった。
「えっ、きゃ……! な、なんでこんなに……!?」
自分とクドヴァンがネバリタケを食べたことを知らなかったルナは驚いた。
その驚いているルナの顔や、ガウンからはだけた胸に精液が浴びせられる。
「な、なんでこんなにネバネバして……はっ、あのスープ……!」
自分の胸元にかかった精液を指で掬い取って転がしながらルナは一人つぶやいていたが、すぐに彼女も把握した。クドヴァンの精液で染まった白い顔に苦笑いを浮かべる。
自分が知らないうちにメランアリコにネバリタケを食べさせられたこと、そして自分以上に貴族的であろうとする彼女にもこのような淫らなことに対する興味のような物があったことに対する笑みだった。
『チャンス……!』
ルナによって絶頂に導かれ、肩で息をしていたクドヴァンだったが、妻が自分を仕留めて油断しているのを見て。
まだ指は彼女の膣内に潜り込んだままだった。その指を一気に奥まで差し入れ、子袋の入口である堅い部分をコリコリと指先で転がす。
「ひあんっ!? ちょ、クドヴァ……ああああっ!」
不意打ちを食らい、声を抑えるのも忘れてルナは反応した。クドヴァンにしがみついて身体をくねらせる
彼の愛撫から逃げようとしているのか、自分から積極的に腰を振っているのかは分からないが、その扇情的な動きはクドヴァンを掻き立てた。
自分が先に絶頂に達してしまった分、彼女をきちんと気持ち良くしようと愛撫に熱がはいる。ぐちゃぐちゃと、ネバリタケの影響を受けている膣が卑猥な音を立てた。
「あっ、はぁああ! そんなにしたら……ダメ……! すぐ、果てて……んあああ!」
しかし、ダメと言ってもクドヴァンはやめない。なすすべもなく、夜の貴族は夫の指によって絶頂に導かれる。
「イク、イク……くうううう!」
びくんびくんと身体を戦慄かせて、ルナも達した。周囲に気を配る余裕などない。
彼女の伸びやかな断末魔が棺桶の中に響いた。
「はぁ、はぁ……」
だらりとルナが身体を弛緩させる。今、悶えたためにガウンはすっかりはだけてしまい、帯がなんとか止められていて、腕が覆われている程度だ。
彼女の呼吸に合わせて上下する胸、すらりとした長い脚、そしてとろとろな蜜をこぼす秘花が見えてしまっている。
ルナの淫らな絶頂の様子やその乱れた姿に、クドヴァンの性器は萎えずに剛直を保ち続けていた。
「クドヴァンのそこ……まだ、元気ね……どうしたいのかしら?」
それに気付いたルナも、まだ荒い息遣いをしたままだが、にやりと笑う。
ここは棺桶、本来はヴァンパイアが眠る場所。それゆえか、ルナは強気な態度を見せる。
だがその強気な態度は、婉曲的な誘いでもあった。クドヴァンも、その誘いを断る気はさらさらない。
「……ルナと、ひとつになりたい……」
「……いいわよ。仰向けになりなさい……」
ルナが上になるつもりのようだ。
「そうでないと、棺桶がガタガタ鳴ってうるさいでしょう?」
そう言い訳しつつも、ルナは仰向けになったクドヴァンを押さえ付けながら、身体をクドヴァンのそれに這わせるようにして、上になった。
「いくわよ。そっと……そっとね……」
ルナが腰を引いていった。
にちゅっといやらしい音がして、ルナの媚粘膜とクドヴァンの亀頭が密着する。それだけで甘美な快感が二人の全身をめぐり、身体を震わせた。
「入れるわよ……」
「ああ……」
短い会話の後に、ルナはぐっとヴァギナをペニスに押し付けた。
にゅるりとクドヴァンの分身がルナの中に飲み込まれていく。
棺桶の中で二人の嬌声が絡まり合って響いた。
「あ、あ、あふぅ……」
クドヴァンに身体を密着させ、上から彼を抱きしめながらルナはぷるぷると震えながら吐息を着いた。
彼の指使いは気持ちよかったが、やはりこうして繋がり合っている時の一体感と快感は何物にも変えがたい。
快感に耐えるようにして、そして彼との繋がりをもっと味わいたくて、ルナはクドヴァンをさらに強く抱きしめた。
「くっ、うぅう……」
一方、クドヴァンは少々切羽詰まった声を漏らしていた。
今宵の妻の膣はネバリタケの影響で粘度の高い愛液が漏れている。その蜜がにちゃにちゃと、柔肉とともにペニスに絡みついてくるのだ。普段とは違う妻の味にクドヴァンは呻いた。ルナの腰のあたりに腕を回して、しがみつくようにして、精を放ちそうになるのをこらえる。
そんなクドヴァンに上から顔を寄せながら、ルナはいたずらっぽく耳元で囁いた。
「どうしたの、クドヴァン……もう我慢できないの?」
「う、ああ……すまない……」
「構わないわ。まだ動かないから……」
そう言ってルナはそっと目を閉じた。言葉どおり、彼女は動かない。
しかしそれでも、膣内で粘液まみれの肉襞で優しくしごかれているかのような感触にクドヴァンは射精をこらえるために、身体に力を込めなければならなかった。
そんなクドヴァンを優しく撫でながらルナは囁く。
「落ち着いてゆっくり呼吸をしなさい……」
言われるがまま、クドヴァンはゆっくりと呼吸をする。しばらくすると彼女の中で剛直を保ったまま、射精感が引いていった。
蜜壷の中にこもったルナの体温が熱く、肉棒にじっとりと伝わってくる気がする。
そこまで落ち着いた時、クドヴァンはルナが呼吸を、クドヴァンのリズムに併せていることに気付いた。
「すぅ……はぁ……すぅ……」
「すぅ……はぁ……すぅ……」
クドヴァンの胸が上下するのに併せて、ルナの肩が軽く上下する。
彼女の息と同調すると、いつも以上に彼女と一つになれたように、クドヴァンは感じた。
ピッタリと重なった胸と胸の奥にある心臓の鼓動までも同調しているような錯覚を覚える。いや、実際にそうなのかもしれない。
「少し、動くわね……んっ……」
そう言ってルナはじっくりと、腰をひねるようにして動かし始めた。騎乗位で上に乗って激しく腰を跳ねさせて動かすのとはまた違った動きだ。もどかしいほどの摩擦がヴァギナとペニスに加えられ、二人はゆっくりと息を吐き出す。
ルナとクドヴァンの同調が少し乱れる。しかしそれは決して不協和音のような乱れではなかった。
言うなれば、水滴が一つ水面に落ち、波が立ったかのような……そんな感じだ。その波は規則正しく起こって水面を揺らし、水面に乗っている葉などを同じリズムで揺らす。そんな感じだった。
リズムに併せるように、クドヴァンも下から、ルナのすべすべとした背中を撫でる。
「はぁ、はぁ……」
少し荒い息遣いとなったルナがわずかに上体を起こし、それでも胸は密着するようにして、真正面からクドヴァンを見つめた。クドヴァンも彼女の目を見つめ返す。
暗闇に包まれた棺桶の中、情けない顔をした自分の顔が彼女の瞳に写っていた。
おそらく、自分の瞳にもルナの、口をだらしなく開けて熱い吐息をついている、乱れた顔が写っているはずだ。
「あ、あ、いい……」
いつの間にか、ルナの吐息に露骨な嬌声が混じり始めていた。それに併せて、彼女の腰の動きも少し激しくなっている
上下にぐねぐねと蛇のようにうねり、時々ぐるりと腰が円を書くように動く。腰の動きと同じくらい、粘着質な音が二人の結合部から立った。
「んっ、んん……ああ、クドヴァン……」
「ルナ……」
二人は目を閉じてくちびるを押し付け合う。舌などはまだ差し入れない。しかしそれでも互いのぬくもりや気持ちが伝わってきている……二人ともそのように感じとっていた。
「ん、んんん! ふああああっ!」
不意にルナがくぐもった声を上げ、くちびるを離した。とたんに嬌声が彼女の口から放たれる。それまで我慢していた分が爆発したのではないか、と思えるような激しい嬌声だった。
「あっ、ああああ! うっ、く……んあっ! だめぇ!」
驚いた彼女自身も喘ぎ声を殺そうとしたが、それでも抑えきれずに彼女の口から嬌声が上がる。いつの間にか、ルナの腰の動きはねちっこさを保ちつつ、暴れるように激しい物に変わっていた。
彼女が激しく腰をクドヴァンに打ち付けるたびに、ゴトゴトと棺桶が音を立てる。
「くっ、ルナ……そんなに動くと……」
もし周囲に誰かいたらバレる、いなくてもこの動きは激しすぎる……とクドヴァンは言いたかった。彼女の荒々しい腰使いにむずむずとクドヴァンの腰の奥からまた射精感が起こり始める。だが彼もそう口でルナに伝えられる余裕はなかった。
今までぬるま湯に使っていたのに、急激に溶岩を流し込まれて、湯が一気に沸騰したかのような変化だった。
水面は激しく波立ち、二人はそれに翻弄される。
「ダメぇ、止まらないのぉ! 声も、出ちゃ……くああああ!」
声を上げ、身体を激しく揺らしながらルナは叫ぶ。クドヴァンは諦めた。
万が一棺桶の外に誰がいようともはやバレているだろうし、自分と妻は夫婦の愛を今交わしているのだ。今更バレたところでなんなのだろう。
クドヴァンはぎゅっとルナの背中を抱きしめた。ルナも彼の意思を感じ取り、彼の肩のあたりにしがみつく。
「クドヴァン……! 一緒に……一緒にぃ!」
激しく腰を打ち付けあった。そのまま二人は絶頂の階段を駆け上る。
「くっ……!」
電気でも流されたかのようにクドヴァンの身体が反り、目がカッと見開かれる。自分の会陰がぎゅっと縮まり、粘っこい精液を体外に送り出そうとポンプしているのを感じ取っていた。
その精液が一拍遅れてペニスの先から放たれ、ルナの子宮口にべっとりと張り付く。
「ふぅううう!」
ぎゅっと身体を縮こまらせてルナは絶頂と夫の精液をその身体に迎える。
狭い空間の中、二人の身体はどこまでも一つで、どこにもいかず、一緒だった。
★
「夕べはお楽しみだったようですわね?」
「うっ……」
翌日、日の光が消えようとしている頃、別れの挨拶をしたルナにメランアリコはさらりと言った。呻き声を上げたのはクドヴァンだ。いきなり、妻との情事のことを指摘されて冷静ではいられなかった。
ただ鎌をかけただけだったかもしれないし、本当に棺桶の外から見ていたのかもしれないが、何にせよ、動揺してしまった。昨晩の情事の記憶が沸き起こる。
あのあと、今度はクドヴァンが上になってもう一回交わった後に二人は眠りに着いた。問題はその後、起きてからだった。
棺桶の中では気付けなかったが、ネバリタケの影響でクドヴァンのペニスにはたっぷりとルナの愛液が絡みついていたのだ。湯浴みしてもなかなか取れず、苦労したのだった。
それらのことを思い出し、クドヴァンは一人顔を赤くする。
一方のルナは
「ええ、楽しませていただきました。丁寧に寝所を設けて下さり、感謝しております」
涼しげに答えていた。やはり、こういう時は女性と言うものは度胸があるのかもしれない。
「……っ」
軽くくちびるを噛んでメランアリコは顔を横に向けた。ルナが、自分が思うような反応をしなかったことが悔しかったのかもしれない。
そっぽを向いたままメランアリコは続ける。
「道中、気をつけてくださいまし」
「はい、失礼します……」
こうしてルナとクドヴァンはブラントーム家の本家の屋敷を後にした。
「ふふ、ふふふふ……」
帰りの馬車の中、ルナは自分の下腹部を愛おしそうに撫でながら笑う。
「お腹の中……クドヴァンの子種で一杯……ふふふ……」
「やめてよ、恥ずかしいんだから」
クドヴァンが顔を赤くする。ネバリタケの影響で粘度が高くなった精液は今でもルナの子宮口にへばりついていることだろう。それをルナは感じ取っているのだ。
昨日の情事の跡をまざまざと見せつけられているようでクドヴァンは照れ入るしかなかった。
「でも……幸せなのよ……メランアリコと違って、あなたと自由に交われて」
「え……?」
思わぬ、ルナの主とも言える者の名が出てクドヴァンは片眉を上げた。ルナは続ける。
「『夕べはお楽しみでしたわね?』って言った後の彼女の顔、少し悔しそうだったでしょう? あれは、私が妬ましかったのよ。本当は自分も、従者の彼と交わりたくて、それなのにできなくて……だから、クドヴァンと交わっていた私が羨ましかったのよ」
「なるほど……」
あのくちびるを噛んで横を向いた仕草は、そういう気持ちがあったのか。クドヴァンは一人頷いた。
思えばメランアリコも、知っていたかどうかは知らないが、ネバリタケの入ったスープを飲んでいたはずだ。おそらく、自室に引き上げたあと従者の血を吸った際、秘花から漏れる粘度の高い蜜に驚き、悶え、それでも交わることなく、苦しんでいただろう。
そのことを思うと、確かにルナは幸せなのかもしれない。
「クドヴァン……」
夫の肩にルナは頭を預けて言う。
「……ずっと一緒にいて……改めて、言うわ」
「貴女の頼みであれば……」
従者として、夫として、クドヴァンはルナの手を握り、言葉に力強く頷く。
仲睦まじく寄り添って座っている夫婦の馬車はほの暗くなった夜の街道を走っていった。
13/05/28 19:10更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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