連載小説
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ぬくもりとつながり
「おら、飯だ。さっさと食え、ガキ共」

あの火事から二週間後。
今日も今日とて、孤児院にクリスの声が響く。言葉はいつもと同じだ。
だがその口調は前と比べて見違える程、角が取れていた。テーブルに鉄鍋を置くときも荒々しくない。

「さぁ、盛るから早くしろ〜!」
「はぁい!」
「ぼく、ぼく!」
「わたしがさきだよ!」
「ほらほら、順番を守れお前ら」

そしてクリスが変わったことも、子ども達には分かったようだった。以前は彼を怖がって近寄らなかった孤児院の子ども達だが、今はクリスに対して心を開いており、近づいてくる。クリスはもう人気者だ。外で一緒に遊んだり、今のように最初にクリスにスープを盛ってもらおうとしたりする。
その様子を少し離れたところでじっと見ている者がいる。

「あなたの好物、シチューかしら、クリス?」
「おっ、アイシクル。帰ったのか」

今日、アイシクルは氷の女王のところに謁見に向かった。日帰りで、日が沈む頃には戻ると言っていたが、ちょうど今戻ってきたようだ。

「そこにいてよく分かったな。食うか?」
「必要ないから私は食べないわ。みんなで食べなさい」

いつものすまし顔のように見えるが、よく見たらその目からは鋭さが少し消え、口角が軽くつり上がっている。
クリスが変わり、それに対して孤児院の子ども達が変わったように、アイシクルもまた変わった。初めて会った時は冷たく、厳しい口調だったが、その態度が少しずつ柔らかくなっていた。一番印象的だったのは、クリスの食べ物の興味を訊いたことだろう。普通であればなんでもない会話だ。だが人間そのものにあまり興味を持っていなさそうだったグラキエスの彼女がそれを訊ねたのは、クリス個人への興味が出た象徴とも言えた。
ジャガイモとニンジンが入ったシチューの夕食が始まる。以前のような重苦しい空気はない。10人ほどの子どもと老シスター、そしてクリスはテーブルにつき、和やかに食事をした。






食事を終えて子ども達を寝かしつけ、明日の準備などの仕事をした後にクリスは寝る。割り与えられた部屋に向かう。必要最低限の物と、昔使っていた革鎧とクレイモアがある部屋だ。以前、ここにはベッドが二つあって、離れて置かれていた。しかし今はそのベッドはぴたりとくっつけられて置かれている。

「おかえり、クリス。さぁ、早く休みましょう」

先にベッドに入っていたアイシクルが言う。軽くクリスは眉を寄せる。状況としてはアイシクルのすぐ横で眠ることになる。アイシクルの方はどうか知らないが、クリスにはこれは辛い状況であった。ただでさえ、グラキエスが近くにいて心が冷え、人のぬくもりを欲する気持ちが掻き立てられる。多くの女を抱いたことのあるクリスですら、落ち着いていられない状況だった。
それでも、寝ないわけにはいかない。服を脱ぎ捨て、薄着姿になってベッドに左側から潜り込む。すぐに彼の腕にアイシクルの手が触れた。

このようにクリスとアイシクルのベッドがぴたりと寄せられるようになったのは、あの火事の日からだ。倒れたクリスとアイシクルはこの部屋に運ばれた。先にアイシクルが目を覚ました。そしてこのようにベッドをくっつけるように村人に頼んだらしい。

『横になって休みながら、クリスの腕のやけどを冷やすから、ベッドを寄せなさい』

と。そして今のように、横で寝ながらクリスの腕に触れてやけどを治したのだった。彼女のおかげかクリスのやけどはひどい跡にはならず、その後も何か問題が生じる様子はない。今も問題なく動く。
しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「アイシクル、これをいつまで続けるんだ?」
「さあ……? いつまでかしらね?」

クリスの問いにアイシクルは心ここにあらずと言った調子で生返事をした。うぅ、とクリスは唸る。相変わらずアイシクルからもたらされる冷気で孤独感が掻き立てられる。その状態で目の前にいるのは、絶世の美女。強気そうで釣り上がっているがどこか優しさをたたえている瞳、厳しいけど優しい言葉を紡ぐ小さくて可憐な口、伸びやかな手足、透き通るような青い肌。どんなに高名な芸術家が作った彫像でも絶対かなわない美しい女が自分の腕に触れている。

「……ふぅ」

落ち着こうと一つ息をつき、クリスは目を閉じる。アイシクルに触れられている部分から、爽快感が伝わってくる。しかし、アイシクルの姿を視界から消しても落ち着かなかった。

『……無理もないか』

目を閉じたまま、自嘲するかのようにクリスはくちびるを歪める。はじめはツンケンしていてムカつく奴だと思った。もたらされる冷気と孤独感も不快だった。そうだったのに……いつからだろうか。氷の女王の命だとは言ってもずっとついてきてくれているその優しさに気づいたのは。いつからだろうか。彼女が見せる小さな笑みを見たいと思うようになったのは。クリスはもはやアイシクルに惚れていた。しかし

「クリス、どうしたの? 一人笑って……」
「……別に」

心の内を悟られないようにそっけなくクリスは応える。しかし、である。自分が惚れているからといって、気持ちに任せて彼女に襲いかかってしまっては全てが台無しだ。氷で作られた彫像はあっという間に壊れ、溶けてなくなり、取り返しのつかないことになる。だからクリスは何度か、アイシクルが眠ったのを確認してからベッドを抜けることがあった。自分で自分を慰めて、アイシクルに襲いかからないようにするためだ。白濁液を吐き出した後はなぜか疲労感を覚えたが、その理由は分からない。

「クリス、何か考えている?」
「別に……お前の方こそ何か考えているか?」

急に訊ね返され、アイシクルはバツが悪そうにそっぽを向く。その仕草からクリスの中で彼女から伝わる『普段とは違う』という感覚がふと沸き起こった。彼女がそっぽを向くことは過去に何度かあったが、それはどちらかというと苛立ちから来るような物だった。だが今は違う。どちらかというと、恥ずかしさなどからくるような、顔の背け方だ。クールな彼女からは想像できないような仕草である。

「な、何だっていいでしょう? さあ、腕の方は今日はもういいかしら? 早く寝るわよ。私だって寒いんだから……」
「えっ?」

またもや、らしくない言葉にクリスは目を丸くした。氷の精が寒さを訴える……何かの冗談だろうか? だがそれを訊ねるより先にアイシクルはクリスに背を向け、毛布にくるまってしまった。これ以上訊ねても仕方がないとクリスは肩をすくめ、くっつけられたベッドに潜り込み、仰向けになった。

「…………」
「…………」

ぎくしゃくとした沈黙が部屋を支配する。アイシクルはクリスに背を向ける形で寝ているため、クリスはさらに何か拒絶されているような気がして気まずかった。早く眠ってしまうべきだ。クリスはそう判断した。このまま重苦しい空気の中、意識を保っている必要はない。クリスは眠りに落ちるべく、目を閉じた。だが、眠りはなかなか訪れてくれない。眠ろう、眠ろうと意識すると、余計に目が冴えた。手を伸ばせばすぐ届くところに、何度も自分が脳内で汚した、美しい肢体があることも、眠りを妨げる要因となっている。さらに、アイシクルの近くにくると必ず感じる、彼女の魔力によって起きる感情、寂しさが心を蝕み始めていた。
アイシクルは眠っただろうか。眠ったのであればベッドから出てまた自分を慰めるか……そう思ったとき

「ねぇ……」

不意にアイシクルが声をあげた。

「……なんだ?」
「クリスは……女を抱いたこと、あるの?」

何という突拍子もないことを聞くんだとクリスは闇の中で顔をしかめる。だが短く、クリスは肯定の返事をした。仕事の報酬で女を買ったこともあった。村を襲撃した際、村娘を襲ったこともあった。あまり思い出したくないことだが。アイシクルはクリスの答えにふぅんと言った。

「やっぱり、温かいの?」
「……そりゃ、生きている人間だからな」

クリスの答えにまたふぅんとアイシクルは唸った。しゅるしゅるとシーツが擦れる音がする。目を開けてみると、アイシクルの顔が目の前にあった。クリスとアイシクルは向き合う形となる。

「クリスみたいに?」

先ほど、もう腕の治療は終わりだと言ったのに、アイシクルの手がクリスの腕を掴んでいた。闇の中で彼女のいつもより鋭さに欠ける目が透けて見える。

「まあな」

アイシクルの突然の行動にクリスは驚いたが、他にも驚いたことがあった。彼女の体温だ。氷の精であるグラキエスなのだから、その身体も氷のように冷たいものだと思っていた。だが彼女の体温は、温かいとまでは行かなくても、氷のようには冷たくなかった。せいぜい、冷え性の女性くらいなものか。やけどの跡の治療のときは、魔力を使ってまで冷やしていたのだろうか。

「っておい、アイシクル。お前は何をしてるんだ?」

アイシクルの体温にボーッとしていたクリスだったが、ふと我に返った。アイシクルがいつの間にか、クリスの身体に自身の身体を密着させていた。半分くらいはクリスの上に乗っている。

「……分からない。でも、こうしていたいの……フロワアイル様にも、恐れずに、自分がしたいようにしろと言われたし……」

戸惑っているような声でアイシクルは答える。自分でも何をしているのか、何をしたいのか分からないのだろう。それを訊ねるために、今日は氷の女王に謁見しに行ったようだ。明確な答えは得られなかったのだが。それでも彼女の身体は何をすべきか分かっているようだった。クリスの胸元をアイシクルの冷たい指先が這う。性感帯でもないのにクリスはその指使いに悶える。意識していた女に密着され、男が反応し始めていた。そして幸か不幸か、その反応した部位にアイシクルの脚が当たった。

「何、この熱いの……クリスの身体より、熱い……」
「よ、止せ……!」

寝巻きのガウンを掻き分けて入ってくるアイシクルの手をクリスは掴んで止めた。アイシクルが少し悲しそうな目でクリスを見つめる。

「こんなことをするのは……嫌?」
「……嫌じゃない」

むしろ、アイシクルを女として意識しているからこんなことになっているのだ。クリスの答えを聞いて、アイシクルがホッとしたように微笑む。

「良かった。それなら、もっとクリスの温かいの……私にちょうだい……」

クリスのぬくもりを最大限に感じようとするかのように、アイシクルは剥き出しになった肌に自分の身体を密着させる。そして片手は、クリスの身体で最も熱くなっているところを包んだ。その手がいやらしく、上下に動き始める。

「うっ、く……」

クリスは思わずうめいた。久しぶりの、自分の手以外の感触、それも美しい氷の精で自分が意識していた女による手……その手による刺激は経験したことのない快感をクリスにもたらす。声をもらすクリスを不思議そうにアイシクルは見る。

「クリス、苦しいの?」
「いや、むしろ気持ちいい……」
「それなら、良かった。私も……クリスが温かくて、気持ちいい……」

アイシクルがクリスの耳元で囁いた。二人の間に沈黙が降りる。部屋にはクリスとアイシクルの吐息だけが響いていた。そのうち一方、クリスの息遣いが早く、荒くなっていく。

「まずい、そろそろ……」
「そろそろ、どうした?」

限界が近いことをクリスは訴える。だがアイシクルは彼の身にこれから何が起こるか分からないようだった。ペースを緩めることなく、クリスの突起を嬲り続ける。あっさりとそのまま、クリスは彼女の手によって射精に導かれた。雪のように白い体液が彼の肉棒から飛び散り、彼の身体と彼女の手を汚す。

「くっ、ああっ……!」
「うわっ、何……なんなの、これ……?」

いつも冷静な彼女も、これには少々驚いたようだ。釣り上がっている目を丸く見開き、今しがた男が吐き出した白濁液をまじまじと見つめる。が、やがて合点したように頷いた。

「なるほど、これが精……いつも、クリスが部屋の外に出て行った後に感じた物……冷気で奪う物より、濃くて熱い……」
「はぁ、はぁ……え……?」

二つの事に、クリスは驚いた。ひとつは、自分が夜な夜な自分を慰めていたことを、アイシクルに見抜かれていたこと。もう一つは、いつの間にか自分のこの世界の生命エネルギーである精が彼女によって奪われていたこと。後者のことを問いただすと、アイシクルは少し決まりが悪そうに説明をした。グラキエスという種族の食料は他の魔物娘と同様、人間の男性の精である。しかし彼女達はそれを性交などによって得るのではなく、周囲に放つ冷気によって身体から奪うらしい。つまり彼女はクリスと一緒にいるあいだ、彼から少しずつ精を奪っていたのだ。

「でもこれ……そんな冷気で奪う物なんか目じゃない……ん、れる……れろ……」

自分の手にかかった精液を、彼女は小さな口を開いて舌を伸ばし、舐め取っていく。いつもクールな彼女が夢中になって男の汚液を舐めとる。その状況にクリスは自分が知らず知らずのうちに精を奪われていたことへの怒りを忘れ、再び股間をいきり立たせていた。それに気づいているのか気づいていないのか、アイシクルは続ける。

「もっとこれ……欲しい。クリスの温もりも欲しい……もっと、肌を合わせたい……」

知っていてやっているのか知らずにやっているのか……いずれにせよ、言葉は誘いの言葉だった。それを聞いて、クリスの理性が灼き切れた。理性によってとどめられていた欲望が、アイシクルによって掻き立てられていた寂寥感とともに吹き出る。次の瞬間には、クリスはアイシクルを押し倒して覆いかぶさっていた。

「バカヤロっ……そんなに言われたら、我慢できるはずがないだろ……!」

いきなりのクリスの行為に少々驚いた様子のアイシクルだったが、抵抗はしなかった。むしろ、自分からそろそろと脚を広げていく。

「今まで、心を冷やして悪かったわ……私も切ないから……早く、ちょうだい……」

言われるまでもない。クリスはさらにアイシクルの膝を押し広げて彼女の脚のあいだに身体を割り入れた。そしてそのまま腰を押し進めていく。一瞬、彼女が辛そうな声を上げて口を歪めたが、止まれない。そしてついに二人は奥でつながった。

「くっ、全部、入った、わね……」
「すまない、痛むか……?」
「大丈夫……だけど……ちょっと、このままでいて……」

そう言ってアイシクルは下から腕を伸ばしてクリスの背中に回し、ぎゅっと引き寄せた。クリスもしばらくそうしていたい気分だった。久しぶりの女の味を、彼女の身体の温もりも含めてじっくりと味わいたかった。アイシクルの頭を包み込むようにして、抱きしめる。彼女の体温は最初の頃より上がっており、人肌と変わらない温かさとなっていた。

「クリス、気持ちいい?」
「ああ、身体が溶けてなくなりそうだ……アイシクルは?」
「私も……気持ちいい……でも、動いたらもっと……気持ちいいんでしょう? 動いて……くれる?」

アイシクルの要求にクリスは黙って答えた。身体を動かし始める。始めは彼女の身体を気遣って、ゆっくりと。あまり腰を動かすのではなく、身体全体をゆするようにして動く。また自分もゆっくりと動くことで、彼女の外見とは裏腹に熱く、ぬめっている肉壷の中をじっくりと楽しんだ。

「んっ、んっ……」

押し殺したような声が彼女の閉じた口からも漏れる。反応は小さいが、はっきりと感じていた。アイシクルの様子を見ながら、クリスは徐々に動きを大きくしていく。文字通り氷のようだったアイシクルの表情が、今はすっかり交わりの快感にとろけきっている。だらしなく半開きになった彼女の口から甘い嬌声が漏れ始めていた。特に一番奥を突いた時に上がる。そこが弱点のようだ。突く方に力を込めながらクリスは身体を動かす。

「あっ、そこっ! そこ……いい!」

露骨に嬌声を上げ、そして自分の気持ちいいところを具体的にアイシクルは口にする。スラリとした脚を彼女はクリスの腰に巻きつけた。自ら、自分が感じるポイントに彼のモノが当たるようにするためだ。抜き差しができなくなってしまったので、クリスは彼女の子宮口に自分の亀頭が擦れるようにぐいぐいと押し上げるような動きに変えた。くにゅくにゅと自分の敏感な部分が擦れ合う感覚に、二人は声を上げた。

「くっ、ああああっ! ダメ、そんなにされたら……ひぐっ! お腹の中からビリビリして……あっ、あんっ! もっと、もっとぉ……!」

もっとと要求されて、クリスは少し困った。これ以上激しく動くことはできない。代わりに、もっと二人の繋がるところを増やすことにした。クリスは首を曲げて自分のくちびるを彼女のそれに押し当てた。

「ん、んんんっ!? ん、んちゅう、ん、れる……」

驚いたように目を見開いたアイシクルだったが、すぐにクリスのキスを受け止めた。それどころか、自ら積極的に、クリスの舌を奪おうと絡みついてきた。今、二人は限りなく密着している。その密着したところはつながり合い、彼女のぬくもりをクリスは感じていた。おそらく、アイシクルも感じているだろう。くちゅくちゅと水音と喘ぎ声を響かせながら、クリスとアイシクルは互いの熱を求め合った。

「ん、あああっ! イヤ……何か変……! 私……気持ち、よくて、んあっ、熱くて……! とける、とろけちゃいそう……!」

くちびるを離してアイシクルが不安そうに言う。だが男の下で彼女は腰を自らくねらせて快感とクリスの熱を貪っている。限界が近いらしい。そしてクリスもまた終わりが近づいていた。

「大丈夫……そのまま力を抜いて……俺と一緒に、イこう……」
「クリスと……一緒に?」
「ああ……」

クリスはそう言ってアイシクルの口を塞いだ。それが引き金になったかのようだった。アイシクルの身体が硬直した。その後に、ぐんにゃりと彼女はクリスの腕の中で脱力する。しかし彼女の性器はきゅうきゅうとクリスのそれを締め付け、離さなかった。達していた。
それに道連れにされるかのように、クリスも果てる。久しぶりの女だったからか、射精が止まらないのではないかとクリスは思った。生命の元である精液がどくどくと彼女の最奥を目掛けて放たれる。

「く、ううっ、止まらない……」
「ああ、熱い……クリスので、中が、いっぱいに……」

あまりの熱で二人がどろどろに溶けて一つに混じり合ってしまったのではないか、そう思うくらいの目もくらむような快感だった。その快感に意識が持っていかれないように、クリスは唯一目の前にいて今孤独を否定する存在であるアイシクルにすがりつくようにして射精し続けた。





「クリスー、おんぶー!」
「オレも、オレも!」
「わーっ!? いでで、やめろー!」

孤児院の子どもにおんぶをねだられたクリスだが、目を塞ぐ形で顔にしがみつかれたため、悲鳴を上げた。しかし、振り下ろしたりはしない。しっかり背中に子どもが収まったことを確認し、そのまま馬になりきって孤児院の庭を走り抜けてみせた。その子を下ろしたら次の子を乗せる。
クリスとアイシクルがひとつになった次の日のことだ。村は比較的暖かかったため、クリスは子ども達にねだられて外で遊んだ。子ども達はどこからそんなエネルギーが捻出されるのかと不思議に思うくらい、はしゃぎ回った。昨日、あれからさらに3度もアイシクルと交わったツケもあったクリスにはかなりきつい事だった。子ども達に断ってクリスは孤児院の玄関の石段に腰を下ろして休憩する。

「ぜぇ、ぜぇ……疲れた……けど、悪くない」

荒い息遣いをする彼の口ににぃっと笑みを作っている。

「ここに来たばかりのころは、怖がられて避けられて、一人だったからな……」
「そうね……」

クリスのつぶやきに答えた者がいた。アイシクルだ。彼女もまた、クリスとあったばかりの頃は氷のような冷たい態度を取っていた。でも今は、とても穏やかな、春の日差しのような柔らかな笑顔をクリスに向けている。

「血なまぐさい臭いもしない……もう、あなたは一人じゃない」
「そうだな……」

グラキエスの魔力の影響か、寒さと孤独感はなくはない。だが隣にいるグラキエスはそれと同時にその孤独感を消していた。
人間は獣で食うか食われるか、だと思っていた。その信念に従って人を食いつぶしてきた自分が誰かとつながることなど許されないと思っていた。しかし、そんなことはなかった。
今、早くまた一緒に遊ぼうと叫んでいる子ども達がそれを教えてくれた。そして、横にいるグラキエスも。特に彼女は、孤独の苦しみを教えてくれ、それだけで突き放すことなく、つながりを教えてくれた。

『ありがとう』

そっと彼女の、その外見に似つかわぬ温かい手を握りながら、クリスはその温もりと存在を噛み締めるのだった。
13/01/17 20:27更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
はい、そんなわけでグラキエスSS、これにて完結でございます!
3章の終わりの時点でちょっとデレていましたが、ベッドをくっつけて寝ていたらデレ進行が早まってエッチしちゃいました♥ もげやがれ

前にも言いましたがなかなか難産でした。
一度、年明ける前に書きあげはしたのですがどうしても納得できず、jackry様やたんがん様、若草雅也様にアドバイスを求め、そしてそれらを加えて練り直したのがこのSSです。
アドバイスをもらってもなおいろいろ悩み、何度も「これは御蔵入りにするか?」と考えましたが、ここでそれをやったらずっと逃げ続けるだろうなと思い、半分くらい意地で書きました。
いかがだったでしょうか?
そしてどうも私は中世より現代のほうが得意な気もします。
そんなわけで三月あたりに現代ジパングを舞台にまたグラキエスSSに挑戦したいと思います!
それまでちょっとおやすみをください。
あ、もちろん中世を苦手なままにするつもりもありません。
図鑑世界中世を舞台にした連載SSも水面下進行中ですよ!

ではでは、また会いましょう!
うー、それにしても寒いなぁ、グラキエスさんが近くにいたりしないだろうか、キョロキョロ

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