プロローグ
僕は不幸だった。
最愛の恋人を病気で亡くし、恋人とともに愛情を注いだペットの老犬も、彼女を追うようにこの世を去った。毎日のようにエサをたかりに来ていたあの野良猫も、意気消沈な僕を見かねたのか、全く顔を見せなくなった。
あれだけにぎやかだった居間も、料理の音が響く台所も……物音一つせず、静まり返っている。
そんな部屋で僕は、ただただ虚空を見つめて……。
死んでしまいたいとさえ思っていた。彼女たちが僕の全てだったんだ。
それが2週間前までの、僕の状態。
今では……?
「リオ様、お口周りが汚れてしまっております。今拭いて差し上げますね」
「うー? ここー?」
「あぁ、そんな乱暴に拭われては……。リオ様はゾンビなのですから、お肌は大切にしないと」
「知性はある程度戻ってきたとはいえ、まだまだ力加減は赤ちゃんのようなのだな……。しかし今日も主の料理はうまい。また腕を上げたのだな」
「ご主人様のお料理を褒めてくださるのは嬉しいですが、どこぞのケット・シー様。野良という立場ですのに、食卓にまで上がりこんでいるのは、どういう了見でしょうか?」
「上げてくれたのは主なのだな。我は悪くないもーん」
「ご主人様、このどら猫を即刻追い出しましょう!」
「ケンカだめ。なかよく、たべる」
「くぅん……」
「はっはっはっ」
僕の目の前で繰り広げられる、にぎやかな食事風景。まるで、全てが元通りになったみたいな……彼女たちを失ってから、ありえないとわかっていながらも望まずにはいられなかった光景。今でも夢を見ているんじゃないかと思う。
でも以前とちょっと違うのは……彼女たちが魔物化を経た【魔物娘】だということ。
恋人はゾンビに。愛犬はクー・シーに。飼い(?)猫はケット・シーに。
言動も、姿も、大きく変わってしまった彼女たち。でも僕が愛した存在であることには変わりはしないし、僕の愛情も変わることはない。
「さぁ主、おかわりだ。我はこのムニエルとやらを所望するぞ」
「おー、イーくん。わたしもおかわりー」
「そんなにいっぺんに出されたら、ご主人様がお困りに――ご主人様?」
「主よ、なんなのだその愉快な顔は」
「イーくん、にやにや?」
僕は……。
「……あははっ、ごめん、なんでもないよ。よーし! たくさん盛っちゃうぞ!」
「おー。イーくん、ふとっぱら」
「ご主人様、さすがに盛り過ぎでは……」
「いわゆる、昔話盛り、というやつなのだな。その調子で我のムニエルも頼むぞ?」
「野良でどら猫にあげるお魚はありません」
「ふふん、犬っころがなにか喚いておるが聞こえないのだな」
「ぐるるるっ!」
「こら、そんな怖い顔しちゃだめだよ。食事の時くらい、ケンカはなし! ね?」
「なかよく、たいせつ」
「でも……」
「ルクスはおかわり、いる?」
「わふっ、私は……スープをください」
「うん、了解」
「……にゃふふ、主の愉快な顔が治っておらんな」
「にやにや、うれしそう」
僕、イーサン・ヘイルは、幸せです。
最愛の恋人を病気で亡くし、恋人とともに愛情を注いだペットの老犬も、彼女を追うようにこの世を去った。毎日のようにエサをたかりに来ていたあの野良猫も、意気消沈な僕を見かねたのか、全く顔を見せなくなった。
あれだけにぎやかだった居間も、料理の音が響く台所も……物音一つせず、静まり返っている。
そんな部屋で僕は、ただただ虚空を見つめて……。
死んでしまいたいとさえ思っていた。彼女たちが僕の全てだったんだ。
それが2週間前までの、僕の状態。
今では……?
「リオ様、お口周りが汚れてしまっております。今拭いて差し上げますね」
「うー? ここー?」
「あぁ、そんな乱暴に拭われては……。リオ様はゾンビなのですから、お肌は大切にしないと」
「知性はある程度戻ってきたとはいえ、まだまだ力加減は赤ちゃんのようなのだな……。しかし今日も主の料理はうまい。また腕を上げたのだな」
「ご主人様のお料理を褒めてくださるのは嬉しいですが、どこぞのケット・シー様。野良という立場ですのに、食卓にまで上がりこんでいるのは、どういう了見でしょうか?」
「上げてくれたのは主なのだな。我は悪くないもーん」
「ご主人様、このどら猫を即刻追い出しましょう!」
「ケンカだめ。なかよく、たべる」
「くぅん……」
「はっはっはっ」
僕の目の前で繰り広げられる、にぎやかな食事風景。まるで、全てが元通りになったみたいな……彼女たちを失ってから、ありえないとわかっていながらも望まずにはいられなかった光景。今でも夢を見ているんじゃないかと思う。
でも以前とちょっと違うのは……彼女たちが魔物化を経た【魔物娘】だということ。
恋人はゾンビに。愛犬はクー・シーに。飼い(?)猫はケット・シーに。
言動も、姿も、大きく変わってしまった彼女たち。でも僕が愛した存在であることには変わりはしないし、僕の愛情も変わることはない。
「さぁ主、おかわりだ。我はこのムニエルとやらを所望するぞ」
「おー、イーくん。わたしもおかわりー」
「そんなにいっぺんに出されたら、ご主人様がお困りに――ご主人様?」
「主よ、なんなのだその愉快な顔は」
「イーくん、にやにや?」
僕は……。
「……あははっ、ごめん、なんでもないよ。よーし! たくさん盛っちゃうぞ!」
「おー。イーくん、ふとっぱら」
「ご主人様、さすがに盛り過ぎでは……」
「いわゆる、昔話盛り、というやつなのだな。その調子で我のムニエルも頼むぞ?」
「野良でどら猫にあげるお魚はありません」
「ふふん、犬っころがなにか喚いておるが聞こえないのだな」
「ぐるるるっ!」
「こら、そんな怖い顔しちゃだめだよ。食事の時くらい、ケンカはなし! ね?」
「なかよく、たいせつ」
「でも……」
「ルクスはおかわり、いる?」
「わふっ、私は……スープをください」
「うん、了解」
「……にゃふふ、主の愉快な顔が治っておらんな」
「にやにや、うれしそう」
僕、イーサン・ヘイルは、幸せです。
20/03/06 21:53更新 / トーレ石油
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