第二章
中心街から少し離れた、とある料理店に二人の姿があった。
賑やかな中心街の喧騒も聞こえない静かな場所にある店ではあるが、既に日が暮れているというのも相まって、そこそこ賑わっている。
二人は既に注文を済ませたようで、ゆっくり飲み物を飲みながら料理を待っている。
コレンの手元にはワインが、ルディの手元にはジンジャーエールが置いてある。
この国、リストビア国は法律が厳しく、お酒は20歳以上からとなっている。
しかし、法は厳しいがインフラ整備、医療教育などの設備が非常に高水準である事から、治安も良く国に対して不満を持つ者も少ない。
「じゃあ、僕たちの入団を祝って乾杯!」
「乾杯!!」
二人はキンとグラスを打ち付け合う。
すっかり仲の良くなった二人、笑顔で気楽に会話をしている。
こうやって二人できちんと向かい合って話をするのは、初めてであった。
「今日はお疲れさま。本当に君は強いね」
「いやいや、コレンこそ。最後あのオッサンが止めてくれなかったら、普通に負けてたと思うよ」
「そんな事ないよ、それに君は今回魔法を使わなかったじゃないか」
「あぁ、魔法制御がまだまだ下手だからな。最近やっと狙った所に魔法を撃てるようにはなったんだけどな〜」
とルディは困った様な表情をする。
コレンはそんな様子に笑顔を浮かべて話を聞いている。
「コレンもあれだけじゃないんだろ?戦ってる時もまだ余裕がありそうだったしさ」
とルディは尋ねる。
「うん、僕も魔術を使うよ。主に肉体強化系の魔法だけどね。だから魔法も使った時は、もう少し早く動けるかな。」
「あの正確さで、さらに素早くなるのか…恐ろしいな」
ルディは、実際に魔法を使用したコレンの事を想像し戦慄する。
コレン今度は頬杖をついてニコニコしながら、ルディの事をじっと見ながら聞いている。
そうしている内に、ウェイターにより料理が運ばれてくる。
運ばれて来たのは、貝の酒蒸し、パスタ、牛肉のステーキ、ドレッシングのかかったサラダであった。
このお店は、安価でボリュームのある料理を提供すという事で定評がある。
その上、貴重と考えられている香辛料もふんだんに使われている為に、味付けもしっかりしており香り豊かである。
とある国では財産とも変えられる程の貴重品である香辛料をふんだんに使用できるのも、料理を安く提供できるのも、国の流通が行渡っているお陰であろう。
「そういやルディ、君はどうして帝国軍に入ろうと思ったの?」
コレンは口にパスタを頬張りながらルディに尋ねる。
口一杯に料理を詰めているが、全く下品という訳ではなく作法もしっかりしており、何処か気品の様なものが漂っている。その様な気品を漂わせつつ口一杯に頬張るというギャップが、何とも可愛らしい。
その様子にルディは少し見蕩れていた。
(いかんいかん、コレンは男だぞ…)
急いで自分を取り繕い、コレンの問いに答える。
「俺の親父が帝国軍の兵でな、相当な活躍をしたみたいなんだ。俺もそんな親父に憧れて、同じ道を進もうと思ったのがきっかけかな。」
「ふ〜ん、そうなんだ。因みにお父さんは今も軍にいるの?」
「いや10年程前、つまり魔王が代替わりする前に魔物に捕まって拷問の末に死んだって聞いたよ。」
「そうなんだ、ごめん…嫌な事を思い出させちゃったかな?」
コレンはまるで小動物の様に縮こまり、質問が悪かった事を謝罪する。
「気にすんな、もうとっくの昔の事だしな。因みに俺の今の戦い方も当時の親父の戦い方を真似てるんだぜ。本当の凄い人みたいだったしさ、俺にとってはそんな親父は誇りだよ。」
「そっかそっか、良かった。あのさ、一つ聞いてもいい?」
どうやら、ルディは自分の父が魔物に殺されたという事に対して、別段私意は無いようであった。
ルディが笑顔で誇らしそうに父について語る様子に、安堵の表情を浮かべるコレン。そして、改めて恐る恐るといった様子で上目遣いで尋ねる。
「君はさ、魔物の事がさ…その、憎いとか本当に残虐な生き物だと思ってる?」
「う〜ん、そうは思わないかな。親父を無惨に殺したという事はやっぱり悔しいなと思うけどさ、その様な行動をとるのは魔物の性質だろ?だったら仕方ないなと思うよ。」
ルディは当時の魔物が人間を奴隷の様に扱ったり殺したりするのは、百獣の王ライオンが草食動物を殺して食べる様に仕方が無いと言い張る。
「そんな事言ったらさ、俺らだって生きる為に鳥、牛、豚を殺して食料として食べている。それに、戦争の際には魔物を捉えて拷問したり殺したりする奴もいるしさ。あいつらと俺らはやっている事は一切変わらないよ」
それは、教団の教えが布教している帝国軍に入ろうとする者にとってはあるまじき発言である。
教団の教えとは「魔物は邪悪な生き物」を一番としている。しかし、ルディはそんな魔物を人間と同じだと言う。聞く人が聞けば、即異端審問会にかけられ程の物であった。
しかし、そんな予想外の返答が来た事に対してコレンは驚くのと同時に、ルディが「魔物を恨んでいない」という事に安堵するのであった。
「まぁ入団した理由のもう一つに何処のどいつが親父を殺したのかは、少し気になるってのもあるかな。あわよくば見つけられたら良いな程度だけどな。」
「もしも見つけたら、その魔物を殺すの?」
改めて不安そうな表情を浮かべ尋ねるコレン。
「襲って来た場合は、自分を守る為に殺すかもしれない。少し前に聞いた話だけどさ、魔物は魔王の代替わりと一緒に姿を変えて、今は既に当時のような残虐性を持っていないって噂もあるしさ、それが本当なら殺さない。まぁ本当に俺の入団した理由は邪だよな。親父を殺した魔物を見つけた所で、どうこうしたいって訳でもないしさ。」
「いや、十分に立派な理由だと思うよ!教団の教えって言う一つの考えに流されるだけでなく、しっかりと自分の中で思っている。それは本当に凄い事だと思うよ!」
コレンは自分の入団理由を自虐的な表情を浮かべ卑下するルディに対して、誠意一杯褒めようとする。
「そうか、有り難う」
コレンが褒めてくれた事で、ルディには先程のような笑顔が戻る。
(どうして彼は、こんなにも割り切る事が出来るんだろ…)
コレンはルディのサッパリとした大人びた性格に感心する反面、自分の肉親である父の死すら割り切ってしまう程の考えを持つ20もいかない青年に対しに少し寂しさを覚える。
「コレンはどうして入団しようと思ったんだ?」
少し浮かない表情をしているコレンを察して、ルディも尋ね返す。
「あ、あぁ、僕はね。う〜ん、恋人探しかな…?」
「はっ?」
予想の斜め上をゆくコレンの理由にルディは思わず素っ頓狂な声をあげる。
「な、なるほど。コレンの入団理由は秘密って事だな。」
「え、いや、わりかし本気で言ったのだけど」
「ははは、コレンは面白いな。本当にコレンと居ると楽しいよ」
コレンの理由を、秘密にしたいから嘘をついたのだろうと決めつけるルディ。コレンはコレンで信じてもらおうと必死になるけど、ルディには取り入ってもらえない。
「もう、いいや…」
コレンは結局諦めて口を尖らせ、拗ねてしまった。
結局二人はこの後、ずっと冗談を言い合い笑い合っていた。
「もうすっかり暗くなっちゃったね〜」
「そうだな…」
店を出ると既に夜の帳は降りており、明かりは街灯と家からのみとなっていた。
昼間聞こえて来た喧騒も静かになり、やや寂しく感じられる。
「今日は俺に話しかけてきてくれて有り難うな」
「へ?あ、あぁどういたしまして」
「本当にコレンは面白いしさ、そんなコレンと仲良くなれて嬉しいよ」
「あ、ありがとう…」
(な、なんで、そんな恥ずかしい事面と向かって言えるかなぁ)
とコレンは顔を真っ赤にして、ルディに見られない様に逸らしている。
そんなコレンと相対してルディは、平然とした様子でコレンの様子を見ている。
「これから、よろしくな!」
「うん、こちらこそ」
ルディは右手を差し出す。
コレンは相変わらず、ルディと目を合わす事ができず顔を逸らしている。
コレンにとっては自分の顔が真っ赤になって熱くなっているのを見られている所為で、お互いに手を握り合ってた数秒も非常に長く感じられた。
「よし、そろそろ良い時間だしお開きにするか」
「そ、そうだね…おやすみなさい、ルディ」
「あぁ、おやすみ」
そう言って二人はそれぞれの宿泊先へ向かう、はずだったがそこにはルディの背中をボーッと眺め、右手を頬にあてるコレンだけが残っていた。
「ふぅ、ルディの手暖かかったな…」
その行動はコレン自身意識せずの事であった。
試験日から2日後、ついに軍からの連絡が届いた。
帝国軍のシンボルが描かれた大層な封筒に入っていた物は、入団許可証と入団式への招待状であった。
殆どの国では魔物との戦いの為に人手不足が起こり、誰でも良いから戦う手駒を無理矢理掻き集めているというのが現状だ。
しかし、この国は魔王軍本隊及び魔王城が存在すると考えられている場所の正反対の方位に位置する為に、軍も国の人々も緊迫感という物を持っていない。
その為に厳しい入団試験が有るとふるいをかけ、それでも戦いたいという者達にのみ入団を許可している。
この様に、毎年入団する人の数も10人〜20人程度決して多くはない。
それ故、彼らの入団を行事の一種として扱い、リストビア中心のお城で入団式を行うのである。
「入団式か、大層だな…ん?服装は各自、リストビア軍指定の服屋で仕立てて貰え?」
招待状には、どういう行事かの概要の他に服装などの指定まで書かれていた。
仕立てて貰うとはつまり、街の服屋に行ってしっかり寸法まで測って貰って来いという事であった。その上、お代は既に軍によって支払い済みである。
改めて、この国の入団式への力の入れ方が伺える。
ルディは読み終わった後、すぐに服屋へ向けて街へ出かけるのであった。
「ちょ、ちょっと、何で僕に女性用の服装を作ろうとするんだよ〜!」
「でも貴女、種族的にも普段はお腹とか太ももとか露出してる服を着るのでしょう?」
「だからって、今は駄目なんだって〜」
ルディが服屋に着いた時、コレンと店員が口論をしていた。
しかし、その様子は一方的でありコレンが店員に弄ばれているかの様である。
「あら、いらっしゃい」
「ル、ルディ!?」
店に入ってきたルディの存在に二人は気づいたようで、女性店員の方は笑顔で挨拶をする。その女性店員も、試験の時にいた女性にも劣らず美しかった。
髪は白に近い紫色でポニーテールに纏めてある、目はつり目であり少し性格はきつめな印象を受ける。胸は大きめ、そしてお腹周りもしっかりと括れている。腰周りも引き締まっており、脚もすらりと長い。彼女もまた絶世の美女と言える程美しいかった。
(魔力を纏っているのか?)
しかし、ルディには腰より下の部位に違和感を感じるのであった。
だが、そんな違和感などどうでも良い言える程にその女性店員は美しいく、ルディはただ見蕩れる今年か出来ないのであった。
「こら、ルディ。もうこの人には旦那様がいるから狙ったら駄目だよ!」
そんなルディの様子を見てか、コレンは少し怒った様子でズイっと身体をルディに寄せて叱る。
「い、いや、別に狙ってねぇよ」
見事に自分の考えてた事を当てられたルディは、目を泳がせて反論する。
「ふーん、ほんとに〜?」
「あらあら、うふふ…」
さらに追撃する様にコレンはジト目で、更に顔を寄せる。
そんな二人の様子を見て楽しむ様に、店員は笑っていた。
「あっ…」
コレンは、店員が笑っている事で自分とルディの顔があと少しで届きそうな距離まで縮まっている事に気づき、顔を真っ赤にして急いで距離を取る。
しかし、ルディはそんな顔を真っ赤にしたコレンに気づかずに、離れてくれた事にホッとした様子を浮かべるのであった。
「そ、それよりさルディ、もしかしてさっきの話聞いてた?」
「あぁ、はっきりと聞いてたよ」
コレンは非常に表情豊かである。
怒っていたかと思えば、次の瞬間には不安げな表情を浮かべている。
「確かに、コレンは女性と間違われて女物の服を着せられても仕方ないよな!」
「だーかーらー、僕は男だって!しっかりとした、かっこいい軍指定の正装を着たいの!」
そのルディの発言を聞いて、コレンは両腕を大きく広げて、だだをこねる様に声を大きくする。
「はははは、冗談、冗談だって」
怒っているコレンを宥める様にルディは微笑んでいる。
「もう、二人して…」
コレンは諦めて、頬を膨らませ拗ね始めてしまった。
しかし、コレンにとっては弄られて涌き上がる「怒る」という感情より、ルディが勘違いしてくれているという事への「安堵」の感情の方が勝っていた。
「そういや、俺も服を仕立てに貰いに来たんだった。」
ルディが入店してから、本当の目的を思い出すまで3分も要したのであった。
「なるほど貴方も、入団予定の方なのね。分かったわ、ではまず採寸をしましょうか」
そういって、店員は糸の様な物でルディの首、腕、胴、脚の順に採寸してゆく。
ルディの寸法が必要な部位の長さに糸を合わせてハサミで切る、その行動を繰り返す。
「うん、採寸は終わりね。」
店員の採寸が完了したという言葉を聞いた途端、ルディはやっと身体を動かせると言わんばかりに腕をグルグル回している。
「貴方は、店に来るのが早かったから明々後日には出来上がると思うわ。」
「分かった、ではその日に取りに来ます」
「えぇ待ってるわ。あと、何か服への要望は有るかしら?」
「いえ、特には…」
「分かったわ、では待ってるわね。」
ルディは返事をし、そそくさと店を出る。
そして、それにコレンも続く。
「ねぇルディ、今晩はまだ時間ある?ちょっと君に見せたい物があるんだ!」
「あぁ、十分にね」
店を出てすぐ、コレンはルディに問う。
「良かった!じゃあ太陽が沈む頃に、中央広場の噴水で集合ね!」
「了解…」
「じゃあまた夜に!」
「あぁ…」
コレンは用事でもあるのか、出てすぐに何処かへ行ってしまった。
ルディのコレンに対する返事は極めて気の抜けたものである。
ルディには時間があるので本当はもう少し、店内に飾られている洗練された意匠の服等を見ていても良かった、しかしルディには急いで店から出たい理由があった。
ルディ自身は気づいていないが、彼には魔術に対して天性の才がある。
そのお陰で、店員から微小の魔力を感じるという違和感を持つ事が出来た。
ただ一つの違和感だけなら勘違いと決めつけて無視する事もできた。しかし、採寸に使用した糸は、違和感程度では済まされない程の魔力に満ちていた。
以上の2点と、服をたったの3日程度で完成させるという店員の発言によりルディはある確信を得てしまったのだ。
結果を言うと、先の店の女性店員は魔物であり種族はアラクネであったのだ。
アラクネは裁縫が非常に得意である。そんなアラクネであれば、全入団予定者の服を一人でこしらえる事ぐらい簡単であろう。
ルディは実は以前に図鑑に目を通した事があった、勿論今まで書かれてある事を嘘だと思い信じてはいなかったが、先程の件で内容が本当であると確証してしまったのであった。
それは、コレンに対してもであった。
さっき店に入った時、店内にはアラクネの店員とコレンしか居なかった。しかし、そこには店員とは別の魔力を感じられた。またその魔力も、ルディの入店と共に気配を消したのだった。コレンは店員と自分の二人だけである事に油断して、自信の魔力を隠す事をしていなかったのかもしれない。
おまけに、店員の発言である。
「でも貴女、種族的にも普段はお腹とか太ももとか露出してる服を着るのでしょう?」
ルディは勘違いしているふりをしていたが、あの狭い密閉空間での会話を聞き逃す程耳も悪く無い。店員のこの発言は、コレンもまた魔物であるという事への証明であった。
結局、ルディが急いで店を出た理由は
別段魔物を恐れているという事は無いが、初めて見る魔物娘に対して同じ狭い空間に居るのに耐えられなかったという訳である。
しかし二人が異質だったのはともかく、ルディ自身も帝国軍に入団する者としては十分異質な思考回路を持っていた。
(あれが魔物か、あれだけ見事に魔力を消す程の能力か…あれは勝てないなぁ)
不思議と騙されていた事にも怒りを覚えず、魔物に対して嫌悪感を抱くのでもなく、ただその魔力操作の上手さに感心していたのであった。
そして、先程の事に対して考察する事数分、ルディも帰路につくのであった。
賑やかな中心街の喧騒も聞こえない静かな場所にある店ではあるが、既に日が暮れているというのも相まって、そこそこ賑わっている。
二人は既に注文を済ませたようで、ゆっくり飲み物を飲みながら料理を待っている。
コレンの手元にはワインが、ルディの手元にはジンジャーエールが置いてある。
この国、リストビア国は法律が厳しく、お酒は20歳以上からとなっている。
しかし、法は厳しいがインフラ整備、医療教育などの設備が非常に高水準である事から、治安も良く国に対して不満を持つ者も少ない。
「じゃあ、僕たちの入団を祝って乾杯!」
「乾杯!!」
二人はキンとグラスを打ち付け合う。
すっかり仲の良くなった二人、笑顔で気楽に会話をしている。
こうやって二人できちんと向かい合って話をするのは、初めてであった。
「今日はお疲れさま。本当に君は強いね」
「いやいや、コレンこそ。最後あのオッサンが止めてくれなかったら、普通に負けてたと思うよ」
「そんな事ないよ、それに君は今回魔法を使わなかったじゃないか」
「あぁ、魔法制御がまだまだ下手だからな。最近やっと狙った所に魔法を撃てるようにはなったんだけどな〜」
とルディは困った様な表情をする。
コレンはそんな様子に笑顔を浮かべて話を聞いている。
「コレンもあれだけじゃないんだろ?戦ってる時もまだ余裕がありそうだったしさ」
とルディは尋ねる。
「うん、僕も魔術を使うよ。主に肉体強化系の魔法だけどね。だから魔法も使った時は、もう少し早く動けるかな。」
「あの正確さで、さらに素早くなるのか…恐ろしいな」
ルディは、実際に魔法を使用したコレンの事を想像し戦慄する。
コレン今度は頬杖をついてニコニコしながら、ルディの事をじっと見ながら聞いている。
そうしている内に、ウェイターにより料理が運ばれてくる。
運ばれて来たのは、貝の酒蒸し、パスタ、牛肉のステーキ、ドレッシングのかかったサラダであった。
このお店は、安価でボリュームのある料理を提供すという事で定評がある。
その上、貴重と考えられている香辛料もふんだんに使われている為に、味付けもしっかりしており香り豊かである。
とある国では財産とも変えられる程の貴重品である香辛料をふんだんに使用できるのも、料理を安く提供できるのも、国の流通が行渡っているお陰であろう。
「そういやルディ、君はどうして帝国軍に入ろうと思ったの?」
コレンは口にパスタを頬張りながらルディに尋ねる。
口一杯に料理を詰めているが、全く下品という訳ではなく作法もしっかりしており、何処か気品の様なものが漂っている。その様な気品を漂わせつつ口一杯に頬張るというギャップが、何とも可愛らしい。
その様子にルディは少し見蕩れていた。
(いかんいかん、コレンは男だぞ…)
急いで自分を取り繕い、コレンの問いに答える。
「俺の親父が帝国軍の兵でな、相当な活躍をしたみたいなんだ。俺もそんな親父に憧れて、同じ道を進もうと思ったのがきっかけかな。」
「ふ〜ん、そうなんだ。因みにお父さんは今も軍にいるの?」
「いや10年程前、つまり魔王が代替わりする前に魔物に捕まって拷問の末に死んだって聞いたよ。」
「そうなんだ、ごめん…嫌な事を思い出させちゃったかな?」
コレンはまるで小動物の様に縮こまり、質問が悪かった事を謝罪する。
「気にすんな、もうとっくの昔の事だしな。因みに俺の今の戦い方も当時の親父の戦い方を真似てるんだぜ。本当の凄い人みたいだったしさ、俺にとってはそんな親父は誇りだよ。」
「そっかそっか、良かった。あのさ、一つ聞いてもいい?」
どうやら、ルディは自分の父が魔物に殺されたという事に対して、別段私意は無いようであった。
ルディが笑顔で誇らしそうに父について語る様子に、安堵の表情を浮かべるコレン。そして、改めて恐る恐るといった様子で上目遣いで尋ねる。
「君はさ、魔物の事がさ…その、憎いとか本当に残虐な生き物だと思ってる?」
「う〜ん、そうは思わないかな。親父を無惨に殺したという事はやっぱり悔しいなと思うけどさ、その様な行動をとるのは魔物の性質だろ?だったら仕方ないなと思うよ。」
ルディは当時の魔物が人間を奴隷の様に扱ったり殺したりするのは、百獣の王ライオンが草食動物を殺して食べる様に仕方が無いと言い張る。
「そんな事言ったらさ、俺らだって生きる為に鳥、牛、豚を殺して食料として食べている。それに、戦争の際には魔物を捉えて拷問したり殺したりする奴もいるしさ。あいつらと俺らはやっている事は一切変わらないよ」
それは、教団の教えが布教している帝国軍に入ろうとする者にとってはあるまじき発言である。
教団の教えとは「魔物は邪悪な生き物」を一番としている。しかし、ルディはそんな魔物を人間と同じだと言う。聞く人が聞けば、即異端審問会にかけられ程の物であった。
しかし、そんな予想外の返答が来た事に対してコレンは驚くのと同時に、ルディが「魔物を恨んでいない」という事に安堵するのであった。
「まぁ入団した理由のもう一つに何処のどいつが親父を殺したのかは、少し気になるってのもあるかな。あわよくば見つけられたら良いな程度だけどな。」
「もしも見つけたら、その魔物を殺すの?」
改めて不安そうな表情を浮かべ尋ねるコレン。
「襲って来た場合は、自分を守る為に殺すかもしれない。少し前に聞いた話だけどさ、魔物は魔王の代替わりと一緒に姿を変えて、今は既に当時のような残虐性を持っていないって噂もあるしさ、それが本当なら殺さない。まぁ本当に俺の入団した理由は邪だよな。親父を殺した魔物を見つけた所で、どうこうしたいって訳でもないしさ。」
「いや、十分に立派な理由だと思うよ!教団の教えって言う一つの考えに流されるだけでなく、しっかりと自分の中で思っている。それは本当に凄い事だと思うよ!」
コレンは自分の入団理由を自虐的な表情を浮かべ卑下するルディに対して、誠意一杯褒めようとする。
「そうか、有り難う」
コレンが褒めてくれた事で、ルディには先程のような笑顔が戻る。
(どうして彼は、こんなにも割り切る事が出来るんだろ…)
コレンはルディのサッパリとした大人びた性格に感心する反面、自分の肉親である父の死すら割り切ってしまう程の考えを持つ20もいかない青年に対しに少し寂しさを覚える。
「コレンはどうして入団しようと思ったんだ?」
少し浮かない表情をしているコレンを察して、ルディも尋ね返す。
「あ、あぁ、僕はね。う〜ん、恋人探しかな…?」
「はっ?」
予想の斜め上をゆくコレンの理由にルディは思わず素っ頓狂な声をあげる。
「な、なるほど。コレンの入団理由は秘密って事だな。」
「え、いや、わりかし本気で言ったのだけど」
「ははは、コレンは面白いな。本当にコレンと居ると楽しいよ」
コレンの理由を、秘密にしたいから嘘をついたのだろうと決めつけるルディ。コレンはコレンで信じてもらおうと必死になるけど、ルディには取り入ってもらえない。
「もう、いいや…」
コレンは結局諦めて口を尖らせ、拗ねてしまった。
結局二人はこの後、ずっと冗談を言い合い笑い合っていた。
「もうすっかり暗くなっちゃったね〜」
「そうだな…」
店を出ると既に夜の帳は降りており、明かりは街灯と家からのみとなっていた。
昼間聞こえて来た喧騒も静かになり、やや寂しく感じられる。
「今日は俺に話しかけてきてくれて有り難うな」
「へ?あ、あぁどういたしまして」
「本当にコレンは面白いしさ、そんなコレンと仲良くなれて嬉しいよ」
「あ、ありがとう…」
(な、なんで、そんな恥ずかしい事面と向かって言えるかなぁ)
とコレンは顔を真っ赤にして、ルディに見られない様に逸らしている。
そんなコレンと相対してルディは、平然とした様子でコレンの様子を見ている。
「これから、よろしくな!」
「うん、こちらこそ」
ルディは右手を差し出す。
コレンは相変わらず、ルディと目を合わす事ができず顔を逸らしている。
コレンにとっては自分の顔が真っ赤になって熱くなっているのを見られている所為で、お互いに手を握り合ってた数秒も非常に長く感じられた。
「よし、そろそろ良い時間だしお開きにするか」
「そ、そうだね…おやすみなさい、ルディ」
「あぁ、おやすみ」
そう言って二人はそれぞれの宿泊先へ向かう、はずだったがそこにはルディの背中をボーッと眺め、右手を頬にあてるコレンだけが残っていた。
「ふぅ、ルディの手暖かかったな…」
その行動はコレン自身意識せずの事であった。
試験日から2日後、ついに軍からの連絡が届いた。
帝国軍のシンボルが描かれた大層な封筒に入っていた物は、入団許可証と入団式への招待状であった。
殆どの国では魔物との戦いの為に人手不足が起こり、誰でも良いから戦う手駒を無理矢理掻き集めているというのが現状だ。
しかし、この国は魔王軍本隊及び魔王城が存在すると考えられている場所の正反対の方位に位置する為に、軍も国の人々も緊迫感という物を持っていない。
その為に厳しい入団試験が有るとふるいをかけ、それでも戦いたいという者達にのみ入団を許可している。
この様に、毎年入団する人の数も10人〜20人程度決して多くはない。
それ故、彼らの入団を行事の一種として扱い、リストビア中心のお城で入団式を行うのである。
「入団式か、大層だな…ん?服装は各自、リストビア軍指定の服屋で仕立てて貰え?」
招待状には、どういう行事かの概要の他に服装などの指定まで書かれていた。
仕立てて貰うとはつまり、街の服屋に行ってしっかり寸法まで測って貰って来いという事であった。その上、お代は既に軍によって支払い済みである。
改めて、この国の入団式への力の入れ方が伺える。
ルディは読み終わった後、すぐに服屋へ向けて街へ出かけるのであった。
「ちょ、ちょっと、何で僕に女性用の服装を作ろうとするんだよ〜!」
「でも貴女、種族的にも普段はお腹とか太ももとか露出してる服を着るのでしょう?」
「だからって、今は駄目なんだって〜」
ルディが服屋に着いた時、コレンと店員が口論をしていた。
しかし、その様子は一方的でありコレンが店員に弄ばれているかの様である。
「あら、いらっしゃい」
「ル、ルディ!?」
店に入ってきたルディの存在に二人は気づいたようで、女性店員の方は笑顔で挨拶をする。その女性店員も、試験の時にいた女性にも劣らず美しかった。
髪は白に近い紫色でポニーテールに纏めてある、目はつり目であり少し性格はきつめな印象を受ける。胸は大きめ、そしてお腹周りもしっかりと括れている。腰周りも引き締まっており、脚もすらりと長い。彼女もまた絶世の美女と言える程美しいかった。
(魔力を纏っているのか?)
しかし、ルディには腰より下の部位に違和感を感じるのであった。
だが、そんな違和感などどうでも良い言える程にその女性店員は美しいく、ルディはただ見蕩れる今年か出来ないのであった。
「こら、ルディ。もうこの人には旦那様がいるから狙ったら駄目だよ!」
そんなルディの様子を見てか、コレンは少し怒った様子でズイっと身体をルディに寄せて叱る。
「い、いや、別に狙ってねぇよ」
見事に自分の考えてた事を当てられたルディは、目を泳がせて反論する。
「ふーん、ほんとに〜?」
「あらあら、うふふ…」
さらに追撃する様にコレンはジト目で、更に顔を寄せる。
そんな二人の様子を見て楽しむ様に、店員は笑っていた。
「あっ…」
コレンは、店員が笑っている事で自分とルディの顔があと少しで届きそうな距離まで縮まっている事に気づき、顔を真っ赤にして急いで距離を取る。
しかし、ルディはそんな顔を真っ赤にしたコレンに気づかずに、離れてくれた事にホッとした様子を浮かべるのであった。
「そ、それよりさルディ、もしかしてさっきの話聞いてた?」
「あぁ、はっきりと聞いてたよ」
コレンは非常に表情豊かである。
怒っていたかと思えば、次の瞬間には不安げな表情を浮かべている。
「確かに、コレンは女性と間違われて女物の服を着せられても仕方ないよな!」
「だーかーらー、僕は男だって!しっかりとした、かっこいい軍指定の正装を着たいの!」
そのルディの発言を聞いて、コレンは両腕を大きく広げて、だだをこねる様に声を大きくする。
「はははは、冗談、冗談だって」
怒っているコレンを宥める様にルディは微笑んでいる。
「もう、二人して…」
コレンは諦めて、頬を膨らませ拗ね始めてしまった。
しかし、コレンにとっては弄られて涌き上がる「怒る」という感情より、ルディが勘違いしてくれているという事への「安堵」の感情の方が勝っていた。
「そういや、俺も服を仕立てに貰いに来たんだった。」
ルディが入店してから、本当の目的を思い出すまで3分も要したのであった。
「なるほど貴方も、入団予定の方なのね。分かったわ、ではまず採寸をしましょうか」
そういって、店員は糸の様な物でルディの首、腕、胴、脚の順に採寸してゆく。
ルディの寸法が必要な部位の長さに糸を合わせてハサミで切る、その行動を繰り返す。
「うん、採寸は終わりね。」
店員の採寸が完了したという言葉を聞いた途端、ルディはやっと身体を動かせると言わんばかりに腕をグルグル回している。
「貴方は、店に来るのが早かったから明々後日には出来上がると思うわ。」
「分かった、ではその日に取りに来ます」
「えぇ待ってるわ。あと、何か服への要望は有るかしら?」
「いえ、特には…」
「分かったわ、では待ってるわね。」
ルディは返事をし、そそくさと店を出る。
そして、それにコレンも続く。
「ねぇルディ、今晩はまだ時間ある?ちょっと君に見せたい物があるんだ!」
「あぁ、十分にね」
店を出てすぐ、コレンはルディに問う。
「良かった!じゃあ太陽が沈む頃に、中央広場の噴水で集合ね!」
「了解…」
「じゃあまた夜に!」
「あぁ…」
コレンは用事でもあるのか、出てすぐに何処かへ行ってしまった。
ルディのコレンに対する返事は極めて気の抜けたものである。
ルディには時間があるので本当はもう少し、店内に飾られている洗練された意匠の服等を見ていても良かった、しかしルディには急いで店から出たい理由があった。
ルディ自身は気づいていないが、彼には魔術に対して天性の才がある。
そのお陰で、店員から微小の魔力を感じるという違和感を持つ事が出来た。
ただ一つの違和感だけなら勘違いと決めつけて無視する事もできた。しかし、採寸に使用した糸は、違和感程度では済まされない程の魔力に満ちていた。
以上の2点と、服をたったの3日程度で完成させるという店員の発言によりルディはある確信を得てしまったのだ。
結果を言うと、先の店の女性店員は魔物であり種族はアラクネであったのだ。
アラクネは裁縫が非常に得意である。そんなアラクネであれば、全入団予定者の服を一人でこしらえる事ぐらい簡単であろう。
ルディは実は以前に図鑑に目を通した事があった、勿論今まで書かれてある事を嘘だと思い信じてはいなかったが、先程の件で内容が本当であると確証してしまったのであった。
それは、コレンに対してもであった。
さっき店に入った時、店内にはアラクネの店員とコレンしか居なかった。しかし、そこには店員とは別の魔力を感じられた。またその魔力も、ルディの入店と共に気配を消したのだった。コレンは店員と自分の二人だけである事に油断して、自信の魔力を隠す事をしていなかったのかもしれない。
おまけに、店員の発言である。
「でも貴女、種族的にも普段はお腹とか太ももとか露出してる服を着るのでしょう?」
ルディは勘違いしているふりをしていたが、あの狭い密閉空間での会話を聞き逃す程耳も悪く無い。店員のこの発言は、コレンもまた魔物であるという事への証明であった。
結局、ルディが急いで店を出た理由は
別段魔物を恐れているという事は無いが、初めて見る魔物娘に対して同じ狭い空間に居るのに耐えられなかったという訳である。
しかし二人が異質だったのはともかく、ルディ自身も帝国軍に入団する者としては十分異質な思考回路を持っていた。
(あれが魔物か、あれだけ見事に魔力を消す程の能力か…あれは勝てないなぁ)
不思議と騙されていた事にも怒りを覚えず、魔物に対して嫌悪感を抱くのでもなく、ただその魔力操作の上手さに感心していたのであった。
そして、先程の事に対して考察する事数分、ルディも帰路につくのであった。
14/07/09 02:34更新 / ぜっぺり
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