七話 10月10日
「さあー!今日は待ちに待った謝肉祭だ!各人ありとあらゆる生命に感謝を…」
「ウオッホン!魔物にはしなくてもかまいませんよ!」
「…感謝をしてカンパーイ!」
町長の声に合わせて乾杯の声が町に響き渡る。
町の人たちは一斉に酒の注がれたワイングラスを掲げ一気に飲み干した。
今日は町中の人たちが待ちに待った謝肉祭だ。
趣向としてはとしてはグラスを片手に酒を飲みながら各店舗の出店を楽しむと
いったものでこの日ばかりはこの町の人間は大いに賑わい別の町や、時には貿
易相手を招待してこの町を楽しんでもらうこともある。
教団の団長が余計なひと言を言ったせいで若干躓いたが今年も滞りなくスター
トした。
「よう、調子はどうだ?」
「おお!町のみんなが商会のみんなが家の酒を指定してくれたおかげで今年は
すっげー大変だった!」
私は乾杯の合図とともに友人のところへ足を運んだ。
笑顔な所を見るとどうやらうまくいっているらしい。
町の推薦があれば多少金額が上がっても大丈夫だろう。
自分の事のように私は胸中でほっとした。
「よく言うよ。それで潤ってるんだろ?」
「違いない違いない!ほら!あそこに今日の酒を量り売りしているからお前も
買ってけ!」
「わかった。うちもジパングのテンプラって言うの出してるから来てくれ…
おっと…後ろから『追っかけ』がきてるぞ。」
私は友人に振り向くように促す。
そこには町娘が酒の入ったボトルを持って立っていた。
この謝肉祭は男性の日ごろの苦労をねぎらうといった意味合いも持っており、
この祭りに参加する女性はからのグラスにお酒を入れて行くのが仕事になって
いる。
もちろん普通に参加してお酒を飲んでもいいし料理を楽しむのも大丈夫だが、
謝肉祭の間は女性陣は『追っかけ』となり男たちを酔いつぶすのが使命になる。
隙あらば男のグラスを酒を注ぎ続ける女性陣は酔っ払おうが、吐こうが、泥酔
使用が酒をひたすら注ぎに来る。
男たちは今日という日を楽しみにする反面いかに乗り切るかが試されているのだ。
「お疲れ様です!お酒をどうぞ!」
「こんな子供まで酒を注ぎに来るのか。」
友人は振り返ると少女の背丈に合わせてかがむ。
ビンと液体、計1.2キロのボトルが重たいのだろう。
少女はお酒をこぼさないよう一生懸命に震えながらついでいく。
「ありがとさん!これはお駄賃だ。」
「わっ!いいんですか!?」
「いいとも!なんてったってそれは家の酒だからな!お嬢ちゃんみたいな可愛
い子についでもらってくれたお礼だ!」
友人がポケットから小銭を取り出し小さな追っかけに手渡した。
少額だが子供にしてみれば大金だろう。
私は口元にグラスを当てながらその光景をぼんやりと眺める。
「わあ…!ありがとう!えへへっ!何買おうかな〜♪」
小さな背丈は元気よく頭を下げると靴から機嫌のいい音を鳴らしながらアップ
ルパイのカットが売っている店へ歩き始めた。
「羽振りがいいんだな。」
「ああ。今度、あの子お姉ちゃんになるんだよ。しっかりしているから大丈夫だ
と思うんだが、それでも妹ができたらもう甘えたりはできないだろう?」
「最後くらいは…ってやつか?」
お姉ちゃんか。
自分には二人娘がいる。
次女はまだ赤ん坊だが最近少しづつ母親に甘えるような行動をとるようになっ
てきてとてもかわいらしい。
だが娘の笑顔を見るたびに私は将来のことが不安になってきていた。
家庭は円満なのでそれほど問題はない。
問題なのは外部、いわゆる社会情勢の方だ。
あれから教団側は少しピリピリしたムードを漂わせ続けていた。
魔力を探知して転送先を特定することはできていたもののそこから魔物たちの
消息がぷっつり切れてしまうということを私は噂で聞いた。
仕事が終わり夕闇が終わりかけるころになるといつも教団の靴の音が外を闊歩
しているのが聞こえていた。
そしてアークインプが配っていた魔法陣のビラもさらに枚数が増えていたらし
い。
どれも噂でしかないがそれでも心当たりがある以上は迂闊に大胆なことはでき
ない状態だ。
「まあな。女の子ってたくましいよな。なんていうかこう…ちゃんと目の前の
目的が分かっているというか…」
「男は大望を見据え、女はそのプロセスを見据える。両方揃って子育てがよう
やくできるようになっているんじゃないか?」
「はは!どっちも気の長い話だな!」
友人がニヤリと笑いながらグラスを傾ける。
青黒い液体が芳醇な香りとともに喉をかけ下りた。
「そうだな。だから謝肉祭なんてのが必要なんだろう。」
「そうと決まれば次は…肉だ!あっちにバードンさんの鳥のもも肉ステーキが…」
「その前に行くところがあるだろう。ほれ。」
両手を屋台に伸ばした友人を私は躊躇いもなく引っ張る。
友人と私は同い年だがこのどこか少年じみたところが好きでもあり危なっかしく
もあった。
「いかがですか団長様。」
「おーこれはこれは!出店でお忙しいのにわざわざどうも!」
「そうでもありませんよ。おかげさまで女房に店を任せてきてあります。」
私は軽く皮肉交じりに挨拶をする。
しかしもう酒に酔っている教団の団長にはまったく通用しなかった。
今回の謝肉祭は教団側の施設運用の手間賃が適用された最初の謝肉祭だ。
なので商会の連中はとりあえず挨拶に行くことを余儀なくされていた。
要約すると今回は『教団の場所を有料で借りている』ということになったため
、暗に教団主催の謝肉祭となってしまったわけである。
名目上こそ『町をあげて』というスタンスだが教団側に手数料を払っている以
上はスポンサーにあいさつに行くのは当然だ。
「あら、グラスが空いてますよ。」
団長の脇にいたローブの女性から酒をもらおうと私は手を伸ばす。
私は会釈をすると彼女から酒をついでもらった。
「これはどうも…おっと!」
腕を伸ばしてお酒をついでもらったのが良くなかった。
うっかり躓いてこぼしてしまった。
かかったのが手の部分だから良かったが葡萄酒ということもあり早く洗わない
と服に垂れてきて染みになってしまう。
「きゃっ!ごめんなさい!こっちへ来てください。きれいな水で洗い流します
ので!」
「いや、手がちょっと濡れただけだ。ハンカチで拭くよ。」
「そのハンカチまで染みになったら大変です!さあこちらへいらしてください。」
「行って来いよ。酒はなくならないし料理もまだある。」
へらへらと酔いに任せて笑う友人をよそに私はローブの女性の後を追った。
振りかえると友人が団長のローストチキンのサンドイッチを食べていたのが
私にとって悔やまれた。
「おいおい…まだか?水だったらこの日のために商店が井戸からたっぷり汲ん
で来たのがあるんだからわざわざこんなところまでこなくても…。」
「そうね水に用があるなら必要ないわ。」
「何を言って…!?」
目の前の女性がローブのフードを降ろす。
するとそこにはかつて見た銀の髪が目に映し出された。
「リリム…!」
「名前を覚えてくれてたの?偉いわ。ご褒美ポイント10ポイント追加…」
「そういうのはいい。どういう風の吹きまわしだ?」
リリムは髪を両手でフードから飛び出させるとシュルシュルと音を立てて脱ぎ
始める。
そこには色艶めかしい姿態が可憐な服とともに現れた。
しかし表情は以前出会った時とは違い緊迫感にこわばっている。
「お祭りを楽しみに…っていう冗談も言ってられないくらいまずいことにな
っているわ。」
「エミールの件か。あいにくだがこっちはあれから音沙汰なしだ。」
「そう…ならなおさらあなたに知っておいてもらわないといけないわ。」
リリムは私の手にあったグラスを手に取ると口にグラスを傾ける。
幼いような大人なような。女性の年齢を知ろうとするのは男としては野暮った
いものがあるが相変わらず不思議な雰囲気だ。
「まさか団長に酒を注いでいたのがアンタだったとは。魔物嫌いをうたって
いる割にはどんくさい奴らだな教団も。」
「そのどんくさい人たちから聞いたわ。召還事故が起こっているって。あれは
時間の逆行による影響ではないわ。」
「なに?」
「あれは人為的に行われている…いうなれば人災よ。」
リリムは酒を口にして頬の赤みが増す。
「誰かが魔法陣の経路を乱している。」
「エミールが呼び出すのに失敗しているんじゃないのか?
魔法陣のビラをまき散らしているのはあいつだろう?」
「いいえ、あれは魔物を呼び出すために出しているわけじゃないの。
召喚事故を引き起こすために無作為に出口を作り出しているだけに過ぎないの。」
「どういうことだ?」
「彼は他者に呼ばれて移動している使い魔たちを全て強制的にこの近辺の地域へ引き
ずり出しているのよ。」
「だが何のためにそんなことを…目くらましにしたって教団たちの防備を固める
結果になるだけ…」
「惜しいわね。逆よ。」
「逆?」
「召喚事故によって教団の防備と機動力をたしかめそれをアークインプに偵察をさせていたの。」
私の不安を読み当てるかのように彼女は返事を返した。
驚きを隠せなかった私を見て、それが可笑しかったのかリリムはようやく笑顔
を見せた。
からになった彼女のグラスを見て私はなんとなしに彼女が持っていた葡萄酒の
ボトルを手に取りグラスに注ぐ。
「一体…何を企んでいるんだか…。」
「それを調べるのはあなたの仕事。」
「あのな。俺には家族がいるんだ。もう本当に魔術とか魔物とかに関わるのは
勘弁してほしいんだ。世間体ってもんがあるんだよ。」
彼女には申し訳ないと思ったが少し当たり散らすようだった。
この手の出来事に会うたびにエミールの事故死を思い出す。
生き返っただけならそれでよかったじゃないか。
なぜ今になってまた俺を巻き込もうとするんだ。
「あなたの世間体と世界。どちらが大事かわからないの?」
「天秤にかけるな。俺にとってどちらも大事だ。どちらも大事だからこそ関わ
りたくないんだ。他に誰かいないのか。」
「いるかもね。探している時間は絶対にないけど。」
「…はっ…もういい…わかった。」
私は苛立ちとともに席を立った。
顔も合わせず背を向けずかずかと速足で元来た道を戻って行った。
我ながら子供っぽかったかもしれない。
これでは友人のことを馬鹿に出来ない。
「行けばいいんだろ。行けば。」
「そうね…でも…」
「わかっている。下手に刺激はしない。俺は今苛立っているから行くのは
機嫌がいい日にする。そこだけは譲らないからな。」
「……そう。ありがと。」
背後から放たれるリリムの声は小さかった。
祭りの喧騒が心を躍らせる音色を奏でている。
町の人たちの声が歓喜に満ち溢れている。
芳しい料理の匂いはあらゆる人たちの購買欲を高め、ステージの出し物は更な
るボルテージを情熱の色で高揚させる。
それと反比例するように世の中は悪い方向へと進んでいくのを私は自覚せずに
はいられなかった。
この話はもう少しだけ続く。
17/07/30 20:29更新 / にもの
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