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剣の特訓 |
昔、母様が話してくれた童話があった。
童話の主人公は勇者で。 勇者は長い旅の果てに、悪いドラゴンを倒した。 勇者は色々な魔物たちを倒した。 勇者はとても強くて、勇敢で、決して負けなかった。 どんな魔物が出てきても、負けることはなかった。 私は母様に尋ねた。 母様はこの勇者に勝てるの?と。 母様は笑って答えた。 その内容を聞いて私は胸を叩いて見せた。 それなら、私はその勇者より強くなって、母様を守ってみせる、と。 目を覚ます。 空はまだ暗くて、葉っぱの隙間から星空が見える。 右を見る。 サックを枕代わりして少年が寝ている。 耳を澄ませる。 ワーウルフの寝息が聞こえる。 リザードマンが特訓をする音が聞こえる。 ラージマウスの声に混ざってハーピーの声と羽ばたきが聞こえる。 ラージマウスが鳴いているけど、何でだろう。 ドラゴンが現れるという町まではそんなに距離はない。 でも最初の町を出てから次の村に着くまで、すごく時間が掛かった。 きっとドラゴンが現れる町まではもっと掛かると思う。 その時間が長ければ長いほど、少年と一緒に旅をする時間も増える。 それはきっと退屈のしない日々だと思う。 なぜかよく会う魔物たちと少年のかけあいも面白い。 少年はドラゴンを退治するのだと言った。 なぜ倒すのかと訊ねたら、少年はこう返してきた。 「ドラゴンが怖い魔物だっていうのはわかるんだけどね。殺されるほど悪い事はきっとしていないと思うんだ」 あの町では他の討伐クエストはなかった。 辺境の村や町での討伐クエストは人気ですぐになくなる。 討伐クエストは、危険な動物や魔物を倒せばいい。 生死は問わない。 少年は魔物が殺されるのは悲しいと言った。 だから冒険者になったと言った。 それが少年の理由。 少年がどうやっても勝てないほど強いドラゴンを退治すると決めた理由。 そして私が少年についていくと決めた理由。 少年がドラゴンに出会った時、何をするのか興味を抱いた理由。 いまこうして私が少年と旅をしている理由。 「む。奇遇だな、こんな場所で出会うとは」 リザードマンの様子を見に行くと、リザードマンは特訓を中断する。 「一度、貴様とは手合わせをしてみたかったのだが。構わないか?」 首を横に振る。 「何故だ?」 首をかしげる。 遊ぶならできるけど、手合わせは出来ない。 手合わせするほど加減が上手くない。 「安心しろ。得物は用意している」 リザードマンが渡してきたショートソードを受け取る。 リザードマンが両手でロングソードを構える。 「さぁ、いくぞ」 リザードマンが気合を入れる。 私はどうしようか悩む。 リザードマンが剣を振り下ろしてきた。 ショートソードを横に倒して受ける。 横から薙いで来た。 ショートソードを縦にして受ける。 リザードマンがロングソードを振るたびに風の音が鳴る。 打ち合わせるたびに金属の音が鳴る。 「く。力は相変わらず、魔物じみているな」 何度かロングソードを受けると、リザードマンが下がる。 「そちらから攻めてくる気はないのか。はたまた、攻めるまでも無いというのか?」 首を横に振る。 近くの木をショートソードで切る。 木を切る代わりにショートソードがぐにゃりと曲り、刃が刺さったまま千切れた。 使い物にならなくなったショートソードを捨てる。 「なるほど。力のコントロールが出来ていないのか」 首を横に振る。 ただ面倒なだけ。 木を引き抜く。 木の高さは私よりもリザードマンよりもはるかに高い。 木の太さは私の胴よりもリザードマンの胴よりも太い。 「まさか。それで戦うつもりか」 うなずく。 「な、ならば受けてたとう!」 木でリザードマンを叩いた。 リザードマンを倒した。 人の姿は便利で不便。 色々な道具を使うことが出来るけど、色々な道具を使わないといけない。 人間には鱗がなくて、花の棘が刺さるだけで血が出る。 何故私は人間の振りをしているのか。 私は地面に転がっている、ひしゃげたショートソードのグリップを拾う。 ドラゴンは強い。 その鱗は鉄よりも堅く。 その爪は鉄を容易く引き裂く。 その力は塔を叩き壊し。 その息吹は町を焼き尽くす。 でも人間はドラゴンに勝つ。 それが不思議で、人間を知ろうと思った。 だから人になる練習を始めた。 頭のてっぺんから尻尾の先まで、人間に見えるようにした。 途中から尻尾も隠す努力をした。 翼も仕舞うようにしたし、角も引っ込めた。 そして私は旅に出た。 母様から貰った財宝の一部を手にして旅に出た。 でも上手くいかなかった。 私は人間の道具が使えなかった。 槍で戦った。 槍が折れた。 斧で戦った。 斧が折れた。 人間が使う道具は人間のために作られている。 そう言い聞かせたけど、魔物が使う武器でも同じ結果になった。 私は人間になる才能がない。 落ち込んだ私は酒場で酒を呑むことにした。 冒険者の誰かが勧めてくれた酒は、一時の忘却の役に立った。 酒を飲んでいる間だけ、駄目な自分のことを忘れる事が出来た。 私は、腰に差している剣を引き抜く。 最初の町で、少年に買ってもらった剣。 少年が使っているものと同じ、子供でも扱えるショートソード。 最初はどうせ壊れるからと使わなかった。 今は壊したくないから使っていない。 少年とおそろいの剣。 「おはよう。今日はどこまで行けるかな」 首をかしげる。 「次の村までだよ。ほら、パンを食べたら出発しよう」 うなずく。 少年がショートソードを振っている。 木を切るのは無理だと言う事で、いまはショートソードで薪割りをしている。 「待っててね。ちょっとずつコツを掴んできたから」 汗をかきながら少年が笑う。 私は少年の隣に立つ。 手には少年が使っているものと同じ、薪にするための木。 そしてショートソード。 「あれ、君もするの?」 うなずく。 少年が剣を振り下ろす。 剣は本来、切ることと刺す事に向いている。 けど木を切ることには向いていない。 「えいっ、この!」 なかなか切れない。 「あ、また抜けなくなった!」 力任せに抜いたら折れそうなので、慎重に引き抜く。 折れないようにするのは難しい。 3つ目。 7つ目。 18個目。 30個目。 「ふぅ。ふぅ」 少し疲れた。 折れないように折れないように注意していたら、疲れた。 「疲れたぁ」 うなずく。 「もう休憩を入れたらどうだい。腹も空いただろ」 ワーウルフが鹿を持ってきた。 「よくわかんないけど。もう日が落ちるよ」 ラージマウスが木の実を持ってきた。 「晩御飯にしようよ。皆でさ」 ハーピーが魚を持ってきた。 肉や魚を焼くための薪だけは沢山あった。 肉を焼いて食べて、魚を焼いて食べて。 ハーピーが近くの川から汲んできた水で喉を潤し、木の実を食べる。 ワーウルフが少年を食べようとするので、耳を引っ張る。 ラージマウスが少年を食べようとすると、ハーピーがラージマウスに襲い掛かった。 そんな二人を見て少年は笑い、私は。 少年の隣で一緒にその光景を見ていた。 とても楽しくて面白いのに。 とても楽しくて面白いから。 少しだけ不安になった。 人間は楽しくて面白くて。 そして怖い存在だから。 |
13/01/14 23:13 るーじ
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