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ぬめり気のある室内 |
○種族:おおなめくじ
○特徴:人間ほどの大きさにまで成長した巨大なナメクジ。 その姿はおぞましく、通った跡には異臭を放つ粘液が残る。 また軟体である為に打撃は通じず、特に無手の場合は逃げる方が得策である。 「おーい、おっさんー、マリンー。」 「あ、ああ、んんっ。」 「……。」 川で洗濯物を頼んだら、濡れ場に突入ですか。 いつもの事なので放置されている洗濯物を手に取ると、汚れを落とすべく水中で布を擦り合わせていく。 「ごめんなさい! その、久しぶりに沢山水があったから、つい。」 「気にしてないって。どうせいつもの事だし。」 焼いた川魚で昼食を摂るのもオツなもんだ。 マリンさんの歌は魚にも効果があるみたいで、歌に誘われて魚達(オス)が勝手に集まってくる。 もっとも、魚を捕まえた後でガイツのおっさんに襲われたとか。 「いやーあっはっは。魚は美味いなー。」 豪快に笑いながらも誤魔化しきれていないおっさんはさておいて。 じと〜っていうか、じぃーっと期待の眼差しを向けてくるコリンをどうしよう。 「えっち、したいー。」 いつもの様に隣に座っているコリンだが、いつもと違うのは甘え方がもう半端ないってこと。 顔はもう赤く染まってるし、手はもう下の方に伸びてるし。 「俺達の事は気にするな。」 「え、ええ。その、私たちも、えぇと、しちゃってるし、ね?」 「むしろあんたら二人が散々やりまくってるせいでコリンの限界が来てるんじゃないか。」 と言えたらいいんだけど、さすがにマリンさん相手には言い辛いよな。 「う、ご、ごめんなさい。その、わかってるつもりなんだけど。」 「くぉら小僧! マリンさんに悪いとは思わんのか!」 「あれ声に出てた? ……けどさ。一番悪いのはおっさんだろ?」 「ぐっ! そ、そそれは、あ、えーっとだ。」 「したいよ、ねー、したいよー。」 頭痛が限界を超えたらぶっ倒れるんじゃないかって思う。 だってさ、ほら。あの青い空を見つめて、明日もいい天気になったら良いな、あははって現実逃避しないとやってられないんだ。 海沿いの村の一件から、俺たち4人は一緒に行動している。 木よりも熊を切るのが大好きな樵のおっさん、ガイツ。 茶色の探検者帽子の下には角が生えている、ゴブリンのコリン。 今はロングスカートの下は人間の足に変化させている、マーメイドのマリンさん。 そう。俺たち4人の内2人は人間じゃない。 魔物なんだ。 教会が人類の天敵だと標榜してやまない連中と俺は一緒に旅をしている。 そして今現在はお尋ね者だ。 あの村でマリンさんの危機を救ったのは良いけど後が大変だった。 全員にとどめを刺そうとしたらマリンさんに泣いて止められた。アレが痛かった。 兵士達はそのままにして村を出て来たは良いけど、顔は見られちゃったし。 多分今頃は高価な紙とか使って似せ絵用意してあちこち触れ回られているんだろうなー。 ちくしょう、金持ちめ。紙の無駄遣いするくらいなら金をくれよ! いやそうじゃないって。 大事なのは人目を忍ぶように森を突き進んでいた事だ。 マリンさんは魔術の心得があるらしく、魔術を唱えて魚の部分を人間の姿に変えている。 お陰でレパトリーが多くて大変勉強にいや違うからソレは今はいい。 人の姿になれるといっても、魚系の魔物だから水不足は困るってことで急遽川沿いルートに切り替えた。 水不足になるのはあれだけやりまくって上から下から大洪水に出してりゃー当然だろう。 でもぐったりしたままのマリンさんを放っておくわけにも行かないので川沿いを進む事にしたけど、飯の心配が無くなったのは不幸中の幸い。 暫くは川沿いでほとぼりが冷めるのを待ってもいいくらいだ。 ずっとお預け食らっている俺の相棒はもう限界みたいだけど。 「ねー、したいよー、したいよー。」 「言いながら押し倒すなよ、いや、その、泣くなよ。」 最初にコリンとしてからは「外ではえっちしない」という約束をしていた。 破ったら怒るぞ、とも。 一度コリンが約束を破った時は怒った。 その時以来、コリンはどんなにしたくなっても我慢するようになった。 代わりに宿に着いたら疲れて寝るまでし続けるっていう約束なんだけど。 今回は約束を破りたくないけど、我慢の限界みたい。 無理も無い。だって、俺でもあの二人が所かまわずやりまくっているのを見たらヤリたくなる。 「なー、小僧。いいじゃないか。別に俺達の事は気にしないで。」 「ええ。その、見られるのが嫌なら、席を外すから。」 「一回でも例外を作ったら、これからも恒例になりそうなんで嫌なんですよ。」 「なー小僧。何でまたそこまで野外プレイが嫌なんだ。」 言われてみればそうだ。相棒のコリンを泣かせてまで拒否する事でもない。 太ももまでぐっしょりと濡らした相棒だが、目は熱情以外の涙が溢れている。 コリンの頭を帽子ごと抱きかかえて背中を撫でて宥める。 「じゃあ早速だけど、席外してくれ。」 「おうよ。マリンさん行こう。」 「ええ。それではごゆっくり。」 しっかりと手を握って歩き去る二人。 何となくだけど、行動が予想できた。またするんだろうなーあの二人。 「ごめんね、ごめんねー。」 「気にするなって。自分で脱げるか?」 「うん。」 すっかり涙声のコリンをあやす様に背中を撫でる。 少し落ち着いたのか、ぎゅっと服を握り締めていた手を離してそろそろと服を脱ぎ始める。 泣いている女の子が自分から服を脱ぐ。そのシチュエーションに不謹慎ながら興奮してるあたり、俺も駄目人間だな。 服を脱ぐといっても抱きしめているので下半身だけ。子供らしい小ぶりな桃尻。 「ん、んぁ、んっ、んんっ。」 自分でするよりされる方が好き。満面の笑顔でそう言われた時、不覚にもベッドに押し倒してしまった。 あの時は俺も若かった。いやまぁ今もおっさんって訳じゃないし。むしろまだ生えてないんじゃないかと言われる位だ。 「気持ち、いいよぉ。」 「そーか。じゃあこれはどうだ?」 「んんっ! んん、ぁ、んっ。」 ……。余りそーゆー声を出されると俺としてもかなり辛い。 よし、ちょっと早いけどスパートかける! 「あ、ちょ、はげし、ああああああっっ!」 とまぁこんな調子で何とか当面の危機を乗り越えた俺。頑張ったぞ俺。 無理言って我慢させていた分、いつもより多めに天国行って貰ったからとてもいい顔をして寝ている。 お陰で俺はもう地獄。やるせない気分やら、襲っちゃって良いよな?という誘惑やらで今現在おれの脳内は大戦争中だ。 「お、やっと終わったのか。いやー、やるなぁ小僧。」 「俺はもう駄目だ。後のことは頼んだぞ。」 「あの、とても憔悴なさっているようですが、大丈夫ですか?」 「オレハモウダメダ。アトノコトハタノンダゾ。」 「一度もやらなかったのか、お前。……そうか。もう一人前の男、いや、漢だったんだな。」 ああ、もう俺は駄目だ。泣いて良いか? なぁ、何だか涙が溢れてきたんだ。 「そこまで我慢するなんて。もしかして、その。」 「何ですかマリンさん。」 「……不能なんですか?」 「……。」 「……。」 「……。」 いま、俺は、死んだ。 不能の烙印を押されて死んだんだ。 「ちょ、小僧! 死ぬな! お前はこんな所で死ぬようなタマじゃないだろう!!」 空が青い。とても青くて綺麗だなー。 「本当にゴメンナサイ! その、あの。」 「だからいいですって。」 もう何度目かになるマリンさんの謝罪。 この人は普段は温厚で面倒見が良いお姉さんなんだけど、時々すごく天然なんだ。 危うく俺は大聖堂のガラス絵さながらな場所に旅立つ所だった。 「いつもしてるよー。部屋の中だけなんだけどー。」 「そ、そうよね。私たちが一緒に行動してるって事は、多少の不能くらいどうにでもできるんだし。」 「だからー、ふのうじゃないー。」 「大変だな、おっさんも。」 「いやこれがまた味な物でなぁ。」 俺とおっさん。マリンさんとコリン。何でこの二人二組になって歩いているかというと。 コリンが不機嫌なのだ。不機嫌というか不満そうというかいじけていると言うか、よくわからない。 何となくマリンさんはコリンの気持ちがわかっているみたいだし、ここはマリンさんに任せておくことにして。 「おっさん。」 「ん、なんだ。」 俺が何の話をしようとしているのか気づいたおっさんは、エロ馬鹿な顔を一変させる。 「このまま川沿いに歩いていくとしても、この先どうするつもりなんだ。」 「むぅ。」 逃げ回っているだけじゃこちらが疲弊するだけで、いずれ捕まって運がよければ奴隷、悪ければ処刑だ。 ガイツのおっさんもその事は承知している。 「隙を見て領主ぶっ倒すとか言わないよな?」 「幾らなんでも無茶だわな。だとすると。」 「国外に逃げるってことになるよな。」 この大陸には大きく分けて3つの大国があり、その中に領主が納める小国が幾つも存在する。 マリンさん事件の首謀者であるセンハイム公もその内の一人で、今俺たちが居る国を治めている。 領主は国内では勝手気ままに振舞えるけど、国外にはそうはいかない。 外交とか領地権とか色々小難しい問題があるので、重罪人であっても国外に出られてしまったなら手出しできない。 逆に言えば国境付近の警備はかーなーり厳しい。 「海しかないよな。常識的に考えて。」 「船はどうする。それこそ人魚の血を探し回っている馬鹿領主の事だ。船を全部押さえているに違いないぞ。」 「だったら奪えば良いだろう。一度海に出たならこっちの勝ちだ。」 「そう簡単にはいかん。一度手痛い目にあっているからこそ、向こうも本腰入れて襲ってくる。しかも他の人魚を探す為により一層海へと兵を送っていると考えていい。」 「陸の上ならマーメイドは遠くには行けない。少なくとも水辺から離れられるはずが無いってばれてるだろ。」 「そうでもない。教会の教えがいい風に動いている。連中は水の入った巨大な樽にマーメイドが入っているもんだと思い込んでいるはずだ。」 「だとしたら陸上の方が良いのか。でもさ、ここの関所って東側は厳しかったぞ。」 「森にまでは兵士は来ない。そんな所まで警備を回して居ちゃ、隣国に襲われるだろう。」 「魔物がどうとか良いながらも人間同士の争いにも備えるだなんて。領主って大変だなー。」 当面の方針がついた。 このまま森の中を突き進んで気づけば国境越えてました、作戦。 一番妥当で楽なやり方だよな。 魔物と一緒に居ると魔物に襲われる事は無いという。 何でも魔物は人間の夫を得る為に襲い掛かるのだが、それに関係して他人の夫は盗らないのが基本なんだと。 例外は居るには居るが、少なくとも人間だけで居るよりはずっと安全。まぁ何かあったらこっぴどく叱りますよとマリンさんが笑っていたけど、その笑顔とても怖いですよ。 元々俺もコリンも森は得意だし、ガイツは樵(?)だし、何の問題も無い。 マリンさんの問題も川があれば良いって事だから川沿いを歩けばいい。 問題は一通り解決したぞーと思ったら、小屋が見えてきた。 木製の小屋は人が数人余裕を持って過ごせるほどの大きさだ。 屋根もしっかりしているようだし、一晩泊まる分には先客が居ても問題ないだろう。 「小屋ー。室内ー。ベッドー。」 途端に元気になるコリン。お前、そんなにベッドが恋しかったのか? 「誰かいらっしゃるのでしょうか。」 「そりゃ誰か居るだろう、けどなぁ。」 「わーってるよ。怪しいってんだろ。」 「え、どこが?」「どこがですか?」 この魔物二人は本気で言っているのか。本気で言ってるんだろうな。 「苔、だよな。しかもあの小屋の周辺と川との間にびっしりと。」 「おまけにぬめぬめと光っている。ありゃあ、粘液だよな。」 中に何が居るのか大体予想はついた。 俺とガイツは二人して頷くと、 「よしあの小屋にお邪魔するとしようかってコリン急ぎすぎだろ!」 「おじゃましまーす。」 「しかも入ってるし!」 「コリンったら、そんなに楽しみだったのね。」 なぜかマリンさんが嬉しそうにしている。 仕方なく俺たちもコリンに遅れながら小屋に入る。 「ちわー、ミカワ屋です。」 「こんばんはー。」 小屋の中にいたのは眠たそうな目をした一人の女性。 コリンはどこに居るんだろうと見てみたら、ベッドに寝転がっていた。 「ええと、まだ昼なんでこんにちは。」 「あらもう昼なのー? おかしいわねー、さっきまでは夜だったのにー。」 「お邪魔しますわね。あら立派なおうち。」 「マリンさん、ささ、どうぞこちらへ。」 「おっさん。ここは他人の家だってわかってんのか?」 歩きつかれたマリンさんに執事宜しく背筋を伸ばして椅子を勧めるおっさん。 それにしてもこの人、この暴挙に対して思うところは無いのか。はたまたそれさえも受け入れる包容力のある人なのか。 「ねーねー、ねころがろー。」 「あの、お茶はいかがー? ついさっき入れたばかりなのよー。」 「お茶ってコレですか。少し冷めているようですけど。」 「あらーありがとー。」 お茶のポットを受け取って、お茶を出そうとして動きが止まる。 「お茶のカップはどこだったかしらー。」 「これですね。お手伝いします。」 「あらーありがとー。」 のんびりとした口調でお辞儀をする謎の女性。 クリーム色のロングスカートが揺れるたび粘液を振りまいているんですけど。 「はいー、どうぞー。」 「そののんびりした話し方はどうにかならないんですか?」 「あらー、のんびりしてるかしらー?」 「ええ。とても落ち着いていらっしゃいますよ。」 「あらーありがとー。」 「それにしてもこの粘りは何だろう、うわ、手が引っ付いちまったぞ! 俺様ピンチ!」 あのおっさんは放置しておこう。 「んー、あらー?」 とここで謎の女性はじーっとマリンさんを見つめる。 「どうか致しまして?」 「あのー。あなたはだれですかー?」 あ、マリンさんの顔が引きつった。 かく言う俺の顔も引きつっているし、おっさんは大口空けている。 コリンは……寝てる。 「わ、わたしは、ああ、その、ええと。」 「マリンさん、ファイトだ!」 「いやもうゆっくりお茶でも飲もうかってカップから手が離れないしー!」 しまった。カップに粘液がついていたのか。どうやって外そう。 「ああー、なるほどー。わわたしはああそのええとさんですねー。」 「ち、ちが、ああ、どうしたらいいの!?」 「がんばれマリンさん! 俺様は応援してるぞ!」 「あらー、他にもお客さんー?」 どうしようかな、この状況をうまく纏めるにはどうしたら良いかな。 自己紹介やら何やらをしていると日が沈んだ。 気疲れしたマリンさんは既にベッドに倒れこんでいる。 ガイツのおっさんはマリンさんに添い寝中。ベッドは他にもあるんだからそっちで寝ろよな。 「ネイルさんは寝ないんですか?」 「寝るよー、ここでー。」 天井に張り付いたままネイルさんが返事をする。 ネイルさんはおおなめくじという魔物で、全身から高い粘着性を持つ粘液を常に分泌している種族なんだとか。 このおっとりとした、というにはあまりにも会話に時間がかかる性格もおおなめくじらしいっていえばらしい。 話によればネイルさんは水気の多い場所を求めて歩いて(もとい這って)いたらここを見つけて、気づいた時にはずっとここで暮らしていた、らしい。 マリンさんは辛抱強く会話を続けていたが、結果はご覧の通り神経衰弱で倒れてしまうほど。 化ける気力さえ無くなって、今は魚の半身が露わになっている。 「俺も疲れたし。寝るか。」 最近は必要以上に疲れることが多くて困る。 どいつもこいつも好き勝手やってるので苦労が全部俺に降りかかってくる気分だ。 マリンさんも普段はいいけど、慌てた時やら天然やら魔物特有の価値観やらで疲れたりする。 「文句言ってると罰が当たりそうなんだけど。」 ドタバタして疲れたり困ったりするのに悪い気がしない。 むしろ楽しんでいるくらいで、じゃあ今から一人になれと言われても丁重にお断りしてやる。 マリンさんの歌はこう、変な部分が元気になるのは困るけど、とても澄んだ音色で心の隅々にまで染み渡る。 きっと魔王が代替わりする前の歌も、こんな澄んだ音色だったんだろうな。だったら誘われるのも無理ない話だ。 あの歌に出会えてよかったと思う。 ガイツのおっさんは悪い大人の見本みたいなもんだが、悪い大人じゃない。 変な話、おっさんはおっさんなりの人生があって、その厚みが時々垣間見える。 悪がきみたいな、友達みたいな、いや、いい仲間なんだろうな。 やっぱり出会って良かったと思う。かーなーり疲れるけど。 ネイルさんもある意味で凄い。 会話の真髄について考えさせられた。いろんな意味で。 あと天井にへばりついて寝るなんて発想は無かった。魔物って凄い。 「コリンも。会えてよかったと思ってるぞ。」 布団に包まったままのコリン。その横に寝そべる。 体を少し起こしてキスをしようとして、ぐぃと腕を引かれる。 「のわっ、な、なんむ?」 問いかけようとした口は、コリンの唇で塞がれる。 いつもよりも控えめなキス。 ぎゅっと服を掴んでいる手と、じぃと見つめる眼差し。 「どうしたんだ。」 「ねー、しよ。」 「ん、そりゃいいけどさ。」 「今度は、一緒に。」 まだやりたい無いのかと呆れていた俺は、その言葉を聞いて硬直してしまう。 いつもよりも大人びたというか、色っぽいというか、恥じらいを帯びているというか、そんなコリンの表情に驚いたけど。 何よりも、心がざわめいてしまった。 あまりの衝撃に言葉も失っていると、コリンが続ける。 「あたし一人じゃ、やだ。」 「えっと、コリン?」 「一緒じゃなきゃ、やだよぉ。」 またコリンが泣きそうな顔をしている。 コリンがずっと不満そうな顔をしていたのは、こういうことだったのか。 自分だけが気持ちよくなって申し訳ないとかそういう気持ちが、コリンの中で渦巻いていたのか。 気づいた時には、キスをしていた。 盛り上げる為の熱が篭ったキスじゃなくて、それ以外の何かを込めたキス。 2度、3度、4度。 コリンの頭を撫でながら、キス。 柔らかい頬を撫でながら、キス。 細い背中に手を回して、キス。 ただキスをしているだけなのに、そこから先に何をしようかそんなのが思い浮かばない。 キスをするだけで満たされて、もっとキスをしたくなる。 コリンが今どんな気持ちなんだろう。俺と同じ気持ちなのかな。 とても穏やかな気持ちで抱き合ってキスを繰り返しながら、意識は緩やかに眠りへと落ちて行った。 「……。」 「……。」 目が覚めたらぶら下がっているネイルさんと目が合った。 物欲しそうな眼差しでこちらをじぃ〜っと見ている。 他の人はまだ起きていないみたいなので、ぎゅっと服を握ったままのコリンの手を起こさないように外して、外に出る。 川沿いの空気は朝からとても冷たい。 青い空白い雲、川の流れの生い茂る森。 景色を眺めるとまたガラにもなく感傷に浸ってしまう。 教会に逆らうつもりはないのに、教会に逆らっていると思われても仕方が無い現状。 危険だと言われ続けてきた魔物は、泣いたり笑ったりと表情豊かで、強すぎる個性と性欲を除けば人間と変わりが無いっていう事実。 「あー、また悩んじまってる。」 考えても仕方が無い。 俺の中ではもう、コリンを殺すとかそういうのはあり得ない。 けどその為に教会に刃を向けると言うのも、できないというか難しいと言うか。 「悩み少年ー。」 「ネイルさんです、か。」 声に振り向いたらネイルさんが後ろに居た。 なぜかドアにへばりついて水平の状態で立って(あるいは座って?)いた。 この人にしてみれば床に降りるより早いんだろうケド、びっくりした。 「悩みは川に流すとー、いいですよー。」 「そういうもんですか。」 ネイルさんは眠たそうというかぼーっとした表情なので、性格が読みづらい。 「私はー、そうやってきたー。」 何の悩みを抱えていたんだろう。 そう疑問に思っているうちに、ネイルさんはヌメヌメと室内に入っていく。 「悩みを抱えるのも同じ。……あー、もう。なんかもう何でもかんでも悩みの材料になってないか、これ。」 ナイフを手に取り、片手ジャグリングの様に放り投げては受け止めるという動作を繰り返す。 「じーさんが言ってたっけ。悩むのは若者の特権だ。悩んだ先に成長がある。」 冒険者として駆け出しだった俺に色々と教えてくれた爺さんを思い出す。 ナイフを使うようになったのも、爺さんと旅をしてから。 自分の事を「俺」っていうようになったのも、爺さんと旅をしてから。 爺さんが居なかったら今頃俺はどうなっていたんだろう。 「考えると頭が痛くなる。久しぶりに的当てでもしていよう。」 2本目のナイフをもう片方の手に取り、一番近い木を見る。 ジャグリングしていたナイフを投げる。刺さる。 すぐに2本目を投げる。刺さる。 「やっぱり真っ直ぐ飛ばないな。」 ナイフを木から引き抜いて、元の位置に戻る。 そうやって俺は数年ぶりのナイフ投げを楽しんだ。 それから数日。 実は俺たちはまだネイルさんの家にお邪魔していた。 ネイルさんは基本的に草食系なので、川に行く途中の苔を食べたり草を食べたりして暮らしていると言う。 川に行って水を汲んで室内の水がめに補給する。 この一連の行動だけで日が暮れる事もあるっていうんだから、個性的だ。 「小僧、そっちの成果はどうだ?」 「ご覧の通り。」 「大量だよー。」 俺たちは長旅に備えている。 食べ物の保存が効くように兎や狐の肉でジャーキーを作ったり、周辺のキノコや野草を使って薬を作ったり。 魔物についての知識も大体身についてきた。 元々行動範囲の広くないネイルさんやマリンさん、集落から全然外に出た事が無かったコリン。 それでも俺が知っている以上の魔物のことを知っていた。 特にコリンは物知りだった。ゴブリンは物を作ったり鉱石を売ったりするので、人間の商人との繋がりがある。 もちろん空を飛んでやってくるハーピーや森に住んでいるワーウルフとかリザードマンとか、色んな魔物が集落に来るんだとか。 魔物たちは自分だけの巣を作ったり、集落を作ったりするけど、基本的に他の巣にお邪魔する事は無い。 例外はジャイアントアントやゴブリンの様に、本格的な巣や集落を作る種族で、彼女らは一癖あるものの喜んで客を迎え入れるのだと言う。 その流れで知ったんだけど、コリンは俺以上に最近の流行に詳しかった。 魔物3人で服の話をしていた時に小耳に挟んだんだけど。コリン、新しい服とかやっぱり欲しかったのかな。 「いよぉっし、こい!」 「だが断る。」 今後の俺たち4人の編成は一般的な戦闘職業に当てはめると。 ガイツとコリンが戦士。マリンさんは魔法使い。俺はナイフを使うので盗賊だ。 盗むのが上手い訳じゃないしカギ開け出来ないけど盗賊。 あ、なんかちょっとへこむなぁ、この事実。 「くぉら! せっかくマリンさんにいい所を見せるチャンスだってのに、何でこない!」 「だが断る。」 おっさんは見ての通りだし、コリンも見た目を裏切る怪力でストンハンマー振り回す。 マリンさんは走る事も難しいぐらい陸上じゃ体力無いけど、歌で相手を惑わせたり、人魚魔法という特殊な歌の魔法を使ったり、水系の魔法を使ったり出来る。 俺は力もないし魔法も使えないから、前衛後衛の間に位置するわけだ。 前衛で対処できなかった敵が来た場合に応戦したり、状況次第では前衛に参加したり。 弓は使えないけど石投げやナイフ投げは出来るからやっぱり中距離戦闘になるし。 「この俺様が稽古をつけてやろうって言うんだ、早くかかってこい!」 ……さっきから煩いなぁ、おっさん。 「稽古っていうけど、一方的に叩きのめされているじゃねえか。」 「そうやってこそ強くなるのだ! さぁ、俺様のため、ひいてはマリンさんのために、かかってこい!」 なんていう俺様理論。 旅の準備をする傍ら、おっさんは稽古をつけようと言い出した。 何でもおっさんが言うには、俺の戦い方はなってないんだとか。 実際にやってみたらボロ負けした。というか吹っ飛んだ。一撃目で。 そりゃそうだろう。兎相手に勝てても、40人からなる兵士の半分をたった一人で沈めるような熊男だぞ。 体格が並以下の俺が勝てるわきゃ無い。 第一負けると悔しいし、コリンに看病されるのはうれし恥ずかしでもやっぱり悔しい。 「そもそも俺は真正面から戦うのはタイプじゃねぇんだって。」 「俺は真正面からのガチンコが大好きだ。だからガチンコ勝負をしようじゃないか。」 段々と腹が立ってくる。 くるりと手の中でナイフを回転させる。 「いい、もういいさ。じゃあぶっ倒れるまでやってやる。」 「その意気だ小僧!」 戦闘は苦手だけどこのさい仕方が無い。 真正面からならショートソードぐらいが丁度良いんだけど、というか普通の剣技は習った事があるから真正面ならそっちの方が良いんだけど。 しょうがない。たまにはナイフで真正面と行くか。 大きく息を吸って、短く吐く。大きく息を吸って、長く吐く。 それを2度繰り返す内に心の中が冷えていく。 ナイフを右手に、構えは小さく。 開始の合図は視線が合ったとき。 「よし、こい!」 大きく脚を開いて構えるガイツへと、音を殺すようにして走り出す。 「で、やっぱりやられたーっと。」 「そういうこった。」 青アザのついている頬に冷たく濡らしたタオルが気持ち良い。 今日も昨日と同じように、コリンに手当てしてもらっているわけだ。 「つえーよな、ほんと。」 加減されているので骨が折れる事は無いけど、ヒビ位なら入っているかな。 マリンさんが治療の魔法も使えるから良いけど、これ逃亡者のやる事じゃないぞ。 怪我が理由で捕まりましたって馬鹿かよ。 その馬鹿みたいなことをやった当の本人は、思い切りしょげている。 「ガイツ。あなたの方が大人なのよ。もう少し優しくしてあげないと駄目よ。」 「う、い、いや、男と男の真剣勝負には怪我が付き物、で。」 「痛いのは嫌でしょ?」 「あ、う、はい。」 稽古のたびにこうなる。 ちなみにネイルさんはというと、壁に張り付いて窓からの景色を楽しんでいる。 「ガイツつよいねー。」 「でかいやつの方が強いっていうのはよくある事だろ。」 「んー。ミノは力持ちだよー。」 ミノタウルス。怪力で知られる魔物だ。 「でもマリンの方が強そうー。」 「魔法が?」 首を振って指差すのは、お説教の場面。 「ああなるほど。おっさんはマリンさんには頭上がらないし。」 「むー。」 「ん、どうした。」 濡れたタオルを握り締めたまま、コリンが不機嫌そうにしている。 よくわからないので、頬にキスをする。 「む〜〜〜!」 「ちょ、なんで顔を赤くして怒る。」 「なんでさん付けー?」 「さん付けって、んー、ああ、マリンさん、とかネイルさん、ってことか?」 「うん。」 「いや、年上だろう、あの二人は。」 「あたしも年上ー。」 「見た目は年下だけど。」 「やだー、年上ー。」 やだってなんだろう。 「じゃあどうしたらいいんだ。」 「マリン、ネイル。」 つまり自分と同じ扱いにして欲しいって事か。 「マリンもネイルも気にしない。だから、さん付けなしー。」 「まー、考えておくけど。」 子供のわがままだなぁと思いながら、もう一度キスをする。 なんか最近、キスをするのが増えたなぁ。 「コリンが特別だから、ってのじゃ駄目か?」 「っっっ!!」 「ちょ、いた、ま、まて、ハンマーはやめ、やめぇえええ!!」 いきなり顔を真っ赤にしたコリンに襲い掛かられて、俺は家の外まで逃げ出した。 「若いって、すばらしいー。」 実は一番年上なのはネイルだったりする。 彼女から見て若くて初々しい2組のカップルを眺めながら、川の流れを眺めながら。 「あら、もう夕方ー。」 何時も通りあっという間に過ぎていく時の流れを楽しんでいた。 |
「む〜!」
「コリン。何でそんなに不機嫌なんだ?」 「む〜〜〜!」 「ちょ、まりんs、マリン、一体どういうことなんだよこれ!」 「あらあらあら。」 「微笑ましく見守っていないで何か無いんですか!?」 「これはまぁ。」 「若さゆえのー。」 「過ちってヤツだな、小僧。」 「む〜〜!」 「わけわからん。」 ----作者より 自分なりにひと段落ついたので、ようやくあとがきらしい後書きを入れます。 魔物娘っていうジャンルを知ってから随分と時間が経ちました(’’ 自分でも書いてみようと思って書いたら、こうなりました(。。 他の人の文章を見てみると、投稿するのをやめたくなるくらいの絶望を感じます。 10/03/28 14:24 るーじ |