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028.竜と竜狩り |
小さな子供の頃。
まだ、母様と父様と一緒に暮らしていたころ。 沢山の人がやって来た。 人間はドラゴンがいると知ると、たまにやって来る。 ドラゴンの財宝を求めて。 ドラゴン討伐の名声を求めて。 ドラゴンという素材を求めて。 一人で来たり、複数で来たり、沢山で来たりした。 巣が荒らされるのが嫌なので、母様は良く外で出迎えた。 母様が竜の姿で吠えると、みんな逃げて行った。 面白そうなので、私も竜の姿で吠えた。 やっぱり人間たちは逃げ出していった。 「とうさま、とうさま」 「おっとと。おかえり」 今日も人間たちを追い返した。 父様に抱き着くと、父様は笑いながら抱き留めてくれる。 温かくていい匂い。 このまま寝てしまいそうになる。 「まったく。大したことなどしていないだろうに」 母様がため息一つついてる。 でも、見なくてもわかる。 母様は笑ってる。 「いいじゃないか。この子はまだ子供なんだから」 「だが、ドラゴンだ」 「そうだね。でも、僕と君のかわいい子供だよ」 父様は暖かい日差しの様に優しい。 母様は涼しいそよ風の様に優しい。 私は二人のやさしさに包まれて、いつだってすぐに眠ってしまっていた。 ある日。 沢山の人がやって来た。 「ふん。懲りもせず、またやって来たか」 母様が尻尾で地面を叩いてから、外に出ていく。 何時もの様に母様を見送っていると、父様が難しい顔をしていた。 首をかしげる。 何でそんな顔をしてるんだろう。 「ああ。少し、気になっていてね」 首をかしげる。 父様は何が気になっているんだろう。 「気のせいだといいんだけど。少し、様子を見てくるよ」 父様はきっと、教会の動きが出てくるんじゃないかって思っていたのかもしれない。 実際、後で聞いた話だと、本腰据えて討伐に来たと思っていたみたい。 それは大体合っていた。 母様は教会の騎士達と戦っていた。 冒険者や戦士、魔法使いもいた。 父様が居なかったら怪我をしていたかもしれないって。 だから、父様が悪いんじゃなかった。 悪いのは何時だって、巣にやって来る邪魔者だけ。 巣に、誰か入ってきた。 父様じゃない。 母様じゃない。 誰だろう。 知らない匂い。 座って待っていると、人間がやって来た。 「へぇ。これは大当たりじゃないか」 その人間は笑っていた。 なんだか楽しそう。 首をかしげる。 「大人のドラゴン相手は少し手間取るからなぁ。先にこっちを頂くか」 それを聞いて思ったのは、何時もと同じ人間だなってこと。 お宝寄越せーとか、倒してやるーとか。 だから、竜の姿になって吼えた。 いつもならこれでみんな逃げるから。 でも、その人間は逃げなかった。 近づいて来た。 そして、斬って来た。 痛かった。 怒って前足を叩き付けるけど、当たらない。 前足が斬られた。 痛い。 ブレスを吐く。 でも、当たってない。 尻尾が斬られた。 痛い。 お腹が斬られた。 痛い。 「ははははは! 弱い、弱すぎるぞドラゴン! 子供のドラゴンだから少しはマシかと思ったが、準備運動にもなりゃしない!」 体中が痛い。 いっぱい斬られた。 痛い。 吼える。 でも、人間は逃げない。 「はっ。俺は勇者様だぞ? 吼えたところで逃げるわけないだろうが!」 また斬られた。 痛い。 翼もいたい。 尻尾もいたい。 前足も後ろ脚もお腹も顔もいたい。 体中が痛い。 「俺はな、ドラゴン狩りを専門にしている勇者様だ。お前よりももっと強くてでかいドラゴンだって何度も討伐してきた」 また斬られた。 いたい。 いたい。 「お前の親が帰って来たら、なんて思うだろうなぁ。怒るか? お前の命を助けてくれと懇願するか? どっちにせよ、魔物に与(くみ)した時点でぶっ殺しは確実なんだけどなぁ」 ……? なんで父様も殺しちゃうの? 父様、人間だよ? 「は? 馬鹿か? 阿保か? 魔物を殺さない奴は人間じゃない。だから殺していいんだよ」 よくわからない。 父様は翼も無いし、尻尾もない。 人間なのに、人間じゃない? 「はぁ。ドラゴンって馬鹿しかいないのかよ。どいつもこいつも」 なんで。 わからない。 どうして、そんなに笑ってる? 「決まっているだろ。俺は殺しが好きなんだよ。勇者なんて力と肩書を貰ったおかげで堅苦しくなっちまったが、便利だ。大抵のことは『勇者様』のすることだからってことで見逃される」 勇者って、何? 「正義だよ!」 いたい。 また斬られた。 よくわからない。 父様と母様は何も悪いことをしていないのに、殺されちゃうの? なんで? なんで。 なんで。 「あー、うぜぇ。別に目の前で殺さなきゃいけないわけじゃないし。もう殺すか」 どうして。 殺すの? 「はっ。決まってる」 何? 「楽しいからだよ」 その後、何があったかわからない。 たぶん、私が暴れたんだと思う。 父様と母様が帰ってきたときには、私はぐったりとしていて。 巣はボロボロで、もう跡形もなくて。 そして、その場には私しかいなかった。 ただ岩につぶされた赤い染みから、あの人間の匂いがしていた。 それから、父様と母様がずっと一緒にいるようになった。 父様は時々悲しそうな顔で、私の頭を撫でていた。 「リィは、人間を怖いと思ったことはあるか?」 首をかしげる。 人間は弱っちい。 だから怖くない。 「傷だらけになっていたのは、ついこの間のことだろう」 あれはなんか、別。 勇者はなんか違う。 「はは、違う、か。確かにそうだな」 父様はなんだか悲しそうにしている。 首をかしげる。 「勇者なんてものは、飾りだ。本人がどうであるか。それが重要だ」 母様は腕を組んで頷いてる。 勇者って何だろ。 「自分で考えろ」 ゆうしゃ。 勇者。 わかんない。 「あっはっは。リィーバはまだまだ子供だな」 「いや。その説明では普通わからんだろ」 「なっ。私はこれでわかったぞ!」 なにがわかったの? 「戦えばいいということだ!」 なるほど。 「まったく。この親にしてこの子あり、だなぁ」 父様は今日も母様と遊んでる。 父様は武器を使っている。 左手に槍、右手に剣。 腰には手斧と先端が重い片手用の棍。 背中にはおっきな盾(カイトシールド)。 父様は剣を振り、距離が空いたら突撃して槍で突く。 ブレスが来ると盾で防御する。 時々、槍を投げて空いた手を使い斧や棍で闘う。 あ、父様が吹っ飛んだ。 走って飛んで、きゃっち。 「ああ、助かったよリィ」 とうさま父様。 「なんだ?」 なんでいろんな武器を使ってるの? 「ああ、それか」 いったん遊びはお休みするみたいで、母様も元の姿に戻って歩いて来た。 「小器用なのだよ」 「いやいや、俺は不器用だよ」 父様は少しだけ笑う。 「俺は不器用だ。剣で一番になれない。やりでも斧でも、何を使っても二流どまりだ」 父様は槍を片手でくるくる回す。 もう片方の手で斧と棍を上に投げて受け取って、投げて受け取って。 「お前が不器用なら、私はどう表現すればいいのだ」 「ははは。お前は飽きっぽいだろう」 母様がむすっとした。 いたい。 尻尾で叩かれた。 「俺はな、不器用だ。だが、根性だけは誰にも負けない自信がある。だから、頑張った」 がんばった? 「ああ。人一倍頑張った。それで足りないならもっと頑張った」 すごい頑張ったんだ」 「ああ。すごく、すごく頑張った。それだけなんだ」 父様がどこか遠くを見てる。 壁よりももっと遠くの何かを見てる。 「出来ることをやる。出来ないなら出来るようにする。それだけしか、俺はやっていなかった。それだけだったんだよ」 母様は何も言わないで父様を見てる。 よくわかんないけど。 私の知らない父様を母様は知ってるみたい。 なんだか、ずるい。 「おっとと、どうしたんだリィ。いきなり甘えて来て」 知りたい。 知りたい。 よくわかんないけど、なんか知りたい。 「それじゃ何を教えりゃわからんぞ」 うー。 「こらリィーバ。尻尾で床を叩くな」 むー。 むー。 「はいはい。また時間があったら、いろいろ話をしてやるから」 ほんと? 約束? 「約束だ」 「まったく。お前はまた、軽はずみに約束をして」 「いいじゃないか」 むー? 父様と母様が見つめ合ってる。 また、私の知らないことがあるのかな? むー? 私は。 それから今まで以上に沢山のことを知りたがるようになって。 人間のことも知りたくなって。 やがて、旅に出ることになった。 |