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012.「ドラゴン退治と、僕の旅」 |
僕は目を覚まして、話を聞いてびっくりしてしまった。
あの時、ドラゴンの洞窟での出来事は、よく覚えていない。 いつの間にか気絶していて、目が覚めた後にドラゴンと話をしたんだけど、全然取り合ってくれなくて。 そして話している間に、新しく誰かがやってきたんだ。 あの二人は、確か。 「あ、そうだ。あの二人はどうしているの?」 僕が周りを見ると、眼鏡をかけたラージマウスの人、アラーティアさんが僕の方を見る。 「下の階だよ。加減はされていたようだが、負傷は君たちより重かったからね」 「無事だから良いんじゃないの?」 「あれを無事って呼ぶのは、問題があると思うけどね」 続いて金槌を腰に差したリザードマンの人が気楽に笑って、ちょこんと机に腰掛けたラージマウスが床の方に目を向ける。 エルシィさんと、マリーだ。 「なにやらショックを受けていたようだな。理由はわからんでもないが」 帯剣しているリザードマンの人も、事情を把握しているみたい。 このお姉さんは、ヴィヴィさん。 実は4人とも魔物なんだけど、今は人間に化けているみたい。 魔物らしい特徴の耳や尻尾が隠れている。 そうじゃないと、普通は人の町に入るなんて出来ない。 だからハーピーのピピと、ゴーストのオリエンティはこの部屋にいない。 「あれ? パルはどこにいるの?」 ピクシーのパルは、見た目が妖精みたいだから、人の町に入り込んでもあまり問題にならない。 だけど、部屋のどこを見回してもパルの姿が見えない。 「あー、パルちゃんねー。うん。黄昏ているてゆーか、なんだろーね、あれ」 「怒ってるんじゃないかな」 「あー、やっぱりそうかなー」 二人は何か知っているみたいだけど、僕には教えてくれそうに無い。 ヴィヴィさんを見ると、目をそらされた。 「ところでさー。『あの』二人、どーしようか」 「あんまり長引くようなら、私が見てこようか?」 マリーが机の上から降りると、アラーティアが止める。 「止めておいた方がいい。聞いた話が本当であれば、既にスイッチが入っている可能性がある」 「え、マジで?」 のんびりしていたエルシィさんが物凄く驚いている。 マリーも部屋を出ようとした足を止めて、アラーティアを見ている。 でも、僕には何のことかさっぱり分からない。 「どういうこと?」 「詳しくは話せない。確証が無い事は口にしない性分だ」 アラーティアは腕を組んで堅く口を閉ざす。 こうなったアラーティアから話を聞き出せないのは、僕も良く知っている。 アラーティアから聞けないなら、他の人に聞けばいい。 そう思ってみんなを見ると。 「パスー」 「あたしもパス」 「わ、わたしは修行をしてくる!」 マリーとエルシィさんは胸の前で×を作る。 そして、ヴィヴィさんが慌てて部屋を出ていった。 窓から。 「ちょ、ちょっと、ヴィヴィさんっ」 「すぐ戻る!」 そう言うと、ヴィヴィさんは走り去って行った。 「一体何なんだよ、もう! 皆してさ」 僕は今、買い物をしている。 みんなは魔物だから、あまり街中を歩かない方が良いので、買い物はいつも僕の仕事だった。 「そりゃ。再会出来て良かったけどさ。でも、何か隠しているよね、絶対」 僕はパンが入った紙袋を強く握り締める。 みんなは僕らが洞窟で倒れているのを見つけて、宿までつれて帰ってくれたんだ。 タイミングが合わなくて、僕らが洞窟に行っている間に村に到着して。 慌てて洞窟に駆けつけたら、僕らが倒れていたんだって。 この村に来るまでの事情は全部、ピクシーのパルから聞いて知っているみたい。 みんなもみんなで、はぐれてから色々あったみたいだけど。 「何を隠しているんだろ」 何があったのかは、僕が買い物から帰ってから教えてくれるって聞いたから、それはいいんだよ。 でも。 「話し合い、してるんだろうなー。じっくりと」 思わず空を仰いでから、ため息をついてしまう。 だって、この買い物リスト、幾らなんでも多すぎる。 この村を出たあとにも必要な買い物があるから、その分も纏めて買うって話だけど。 村中あちこち歩き回らないとないんじゃない? 村長さんにドラゴンがいなくなったこともまだ教えていないから、ついでに教えて来て欲しいって言われたんだけど。 ドラゴンがいなくなったら、村の皆は困るんだったよね。 あぁ、どうしよう。 村長さんに会いに行ったら、笑顔で家の中に迎えてくれた。 でも洞窟の中でのことやその後の事を話すと、村長さんは途端に困り顔になってしまった。 「そ、そうなのか。どこに行ったのか、わからないのかい」 「はい。気づいたらいなかったんです」 「倒された、というわけじゃないんだよね」 「はい。僕たち皆、倒されちゃったので」 「死体は、なかったんだね」 「はい」 村長さんは落ち込んでいるみたい。 今まで村を守ってくれていたドラゴンがいなくなったからだと思う。 これからは、村はどうなるんだろう。 「はははは! やっとドラゴンを倒してくれたんだな!」 部屋の奥から誰かが大きな足音を立ててやってきた。 何だか、とても偉そうな服の人だ。 でも何だか違うような。 何だろう。 「デーリング。また、貴族の真似事をしているのか」 村長さんが落ち込んだ顔をしている。 「何を言うんだ。これから、貴族になるんじゃないか! いいか! これからこの町は、ドラゴンを撃退した町として、末永く反映していくんだ!」 「はぁ、何を言っているのだ。……ああ、君の話は分かった。あとで宿へ報酬を持っていこう」 僕は村長さんに見送られて、宿に戻った。 あちこち歩いて回ったから、もうくたくただよ。 「ただいまー」 何時もの癖で、宿に戻ってくる時、僕は『ただいま』って言ってる。 家に帰る時は何時もそうしていたし、お客さんにそう言ってくれると嬉しいって知っているから。 「おう、おかえり! 今日は随分と大荷物だな」 「いっぱい買ったんだ」 おじさんは僕の荷物を見ると、おかしそうに笑った。 「あんまりおねーさんたちの尻に、敷かれるんじゃないぞ」 「そんなんじゃないって」 僕はおじさんの冗談を軽く流して、二階の部屋に戻る。 ノックをして、返事を待ってから中に入る。 「ただいまー。買って来たよ」 「ああ。おかえり」 部屋に戻ると、パルを含めた皆が揃っていた。 でも、やっぱりハーピーのピピと、ゴーストのオリエンティはいない。 「ピピには私から話をつけといたから、問題ないって」 あれ、どうしたんだろう。 パルの声は、何だかいつもよりとんがっている。 「パル、どうかしたの?」 「どうかしたって、どう言う事?」 「え、だって。怒ってるみたいじゃない」 パルはちっちゃな頬を膨らませている。 「怒ってないよ」 「怒ってるって」 「怒ってないってば!」 「怒ってるって!」 「そこまでだ。二人とも」 僕とパルが言い争いをしていると、アラーティアが僕らに間に入ってきた。 「さて。さっそく今後について話をしたいのだが。座ってくれるか?」 「あ、うん」 真剣な話をするんだ。 そんな空気を感じて、僕は空いている椅子に座る。 「少年。君の旅の目的は確か、『ドラゴンと会って話をしたい』だったか。達成は出来たかな?」 「……うん。話は、出来たよ」 「つまり、君の旅の目的はもう無くなった。相違ないな?」 目的が無くなった。 そう言われて、僕は胸の中が重くなる。 僕の旅は、これで終わったの、かな。 「旅が終わったのならば、これからどうするかを考えなければいけない。人間の時間は有限であり、気づけば最後まで使いきってしまうものだ」 彼女たちは魔物だから、のんびりしていても大丈夫。 でも、僕は人間だから、同じ様にのんびりしていると、あっという間に年をとっておじいさんになってしまう。 だから、旅が終わったなら次の事を考えないといけない。 「確かさー。報酬があったよね。あれを貰って、お店を開くのかなー」 エルシィさんは何時も通り、のんびりした風に聞いてくる。 「ううん。僕の家は宿屋をしているから、そのために使おうと思ってるよ」 「ならば君は、自分の家に帰ると言う事か」 「うん」 ヴィヴィさんがじっと僕を見ている。 だから僕はみんなを見る。 「みんなが良かったら、一緒に家に来て欲しいんだ」 そう言うと、みんなは驚いたように僕を見る。 「あー、少年」 「ま、まままさか、そ、そそそれは、ぷ、ぷろ、ぷろぽっ」 「ヴィヴィ。それは無いから安心しなさい」 「なっ!? あ、慌ててなど、おらん!」 パルがヴィヴィさんの頭を叩いて宥めてる。 叩くと言っても、パルは小さいから撫でているようなもんだけど。 「少年。少年には旅の間、魔物の何たるかを教えてきたつもりなのだが。それを踏まえた上で、『私たちを家へ招待』するのか?」 「え、えっと、それは、その、そういうのじゃないよっ」 僕は魔物についての事を思い出して、思わず顔が熱くなってしまう。 「友達を家に招待するくらい、普通でしょ!」 「そうだが。少年よ。遊びに行った後は、家に帰ると言う事だぞ」 「う、うん」 「そして私を含め、この場にいる者たちは決まった住まいを持たない。流浪の身だ」 「私は実家があるから戻っても良いんだけどね」 そう言えば、マリーは元々人間だから、お父さんとお母さんの家があるんだった。 「マリーとエルシィは旅を楽しんでいる途中だ。ヴィヴィもまだ修行の旅の途中、で良かったのだな?」 「そ、そう! 途中なの!」 「つまり君の家には、長期間は滞在しない。そういう訳だ」 「そ、そう……なのだ」 急にヴィヴィさんが静かになった。 「私はずっといても良いけど。もらえる物を貰わなきゃね」 「なっ、き、貴様!」 パルが僕の方に飛んでこようとして、ヴィヴィさんに捕まった。 「何するのよ」 「き、きさま! か、かれは、まだ子供だぞ!」 「それって何か問題がある?」 「う、い、いや、と、ともかく、駄目だ!」 二人が言い争っている様子を眺めてから、アラーティアが僕を見る。 「つまり家に帰る。それが君の選択なのだな」 「う、うん」 アラーティアの目はとても静かだ。 この学者の様な目で見られると、何か自分が間違っている様な気がしてならない。 「ドラゴンと友達になるのが夢、と言っていた様な気がしたが。それはもう良いのだな」 「そ、それは。まだ、だけど」 「家に帰る。それは良い事だ。子供は家に帰って孝行するのが仕事だろう」 アラーティアの声は、どこか僕を責める様に聞こえる。 「そうして夢を変えて、諦めて、大人になっていくのか?」 「違う、よ」 アラーティアは僕をじっと見てから、口を開く。 「ならば少年よ。走れ。走り続けるのだ。夢を諦めて立ち止まると、もう走れなくなるかも知れないぞ」 僕が続けて何かを言おうとしたけど、アラーティアは首を横に振る。 「ドラゴンと友達になろうとしても、そのドラゴンがいなければ話にならんであろう」 「けど、探せばきっとどこかには」 「『いなくなる』であろう」 アラーティアの言葉に不吉な響きが混ざった。 どういうこと? 『いなくなる』だろう、って。 「まだ噂の段階だが、恐らくは既に。実際には、もう始まっているのだろう」 アラーティアは部屋の壁の、そのずっと向こうを見るように目を細める。 「教会が魔王討伐に本腰をあげた。ドラゴンの本拠地を落とすために、進撃を開始するそうだ」 |
13/07/21 01:12 るーじ
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